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アジアの都市問題(1)一その「アジア的形態」について一

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(1)

アジアの都市問題(1)

一その「アジア的形態」について一

         <も  く  じ>

1。問題の所在

2.アジアにおける都市問題の特質

   一A.ダツトソン氏の所説を中心に一  (11大都市主義

  ①物理的側面   ②経済的側面   ③社会的側面

 ② 都市問題のアジア的形態   ① 人品問題

  ② 貧困の問題

  ③都市経済と住民の問題

3. 「アジア的都市」のケース・スタディ(その1)

   一日本の農村都市・佐賀市のスプロールー  (1)はじめに

 ② 都市化の概観  (3)スプロールの空間構造  (4)都心の機能集積  (5)まとめ

1.問題の所在

 小稿の目的は、アジアとりわけ発展途上国における都市闊題の特質および本質解明への 緒論的考察を試みることである。

 「都市問題」の古典的理解は、広く知られているように、19世紀中葉のロンドン市に関 するエンゲルスの序述の中に与えられている。彼は、産業資本の発展が人口の都市集中、

それに伴う労働者階級の住宅難、スラムの発生、精神的、道徳的荒廃をもたらす状態を、

ヴィヴィッドに画き出している。それこそ正に、近代的都市問題の原初形態にほかならな   (註1)

かった。

(2)

 それから120余年をへた今日、世界は「都市化」Urbanizationと呼ばれる新しい都市 問題の波にゆすぶられている。第1表は、今世紀前半の都市化のテンポを示すものだが、

1900〜50年間にくらべ、ここ10年間における人口の都市集中の加速度的テンポに驚かされ るだろう。とりわけ北アメリカの6割にのぼる集中の高さ、オセアニア、ヨーロッパ(ソ 連を含む)、ラテンアメリカの4分の1から半分近い集中度にくらべると、アジア、アフ リカは1割前後にとどまり、地域別に著しいテンポの差のあることが知られる。だがこの ことは、アジア、アフリカの都市問題が、欧・米その他にくらべ、それほど深刻化してい ないことを示すものでは決してない。否むしろ、その特殊性の故に、事態は一そう緊迫化 しているのだ◎

      (註2)

 ライスマン教授は、後進国の都市問題研究の意義を、次のように指摘している。

  都市的過程は、世界の農村的な未開発国で始まったばかりである。現在始まったばか  りの都市化も、一世紀半前に西欧で起ったことに驚くほど類似している。人道主義的な  理由からばかりでなく、科学的理由からも、低開発国で進行している都市化の過程を理  解することは緊急事である。科学的側面についていえば、これは歴史的にはん復される  できごとを、世界的な規模で研究できる類いまれな機会である。(中略)

      第1表  大陸別による大都市(人口10万以上)の人口集中率

1900年 1950年 1960年

北 ア メ リ カ ラァンアメ リカ

ヨ  一  1コ  ツ  ノぐ

ア   ジ   ア ア  フ  リ  カ オ セ ア   ア 世      界

12.8%

11.9 2.1 1.1 21.7 5.5

22.6%

19.9 7.6 5.2 39.2 13.1

60%

25 30 12 8 44 20

(註) 1900、1950はUN, Report on the World Social Situation(N. Y.1957)

   1960はH.Hoyt, World Urbanization.(Urban Loid Technical Bu11etin.

   NO.43,1962. p.49)より作成

人道主義的側面についていえば、われわれはいまだ多くの、ことを知らなければならな い。新しく出現しつつある都市は、西欧が以前に犯した誤りを繰りかえさなければなら ないとしたら、なんという無駄なことであろう。今日では、われわれは、スラム、時代 遅れの交通、衰退地区、不完全な計画等が都市景観には避けられない特徴ではないとい うことをよく知っている。これらは無知、凡庸、そして大多数の犠牲において少数者が 自己の利益を飽くことなく迫求したことの遺産である。これらの誤りは、それらをつく りだした社会的な力を理解することによって避けることができるかも知れない℃しかし この可能性については、私は完全に楽観的であるわけではない。というのは、低開発国 の都市は、今日すでに途方もない問題をつくりだしてしまったからである。

(3)

 やや引用が長きに失したが、低開発国の都市問題を「途方もない問題」と重視する認識 は、全くわれわれの視角と同じ次元である。ただ欲をいえば、「人道的側面」における

「少数者」の元凶をなす者は、かってのヨーロッパ四強であり、その「遺産」とは、彼等 による植民的略取の結果であることを明記すべきであった。

 しかしながら、後進諸国の都市問題を概括的ないし包摂的にとりあげた労作は極めて少 なく、とりわけアジアの都市問題を、アジアの大学等で論究されたエッセーに接すること はごく締れであった。ここに紹介するブイリッピン大学大学院行政学科のアーチ・ダツト ソン氏(Arch Dotson)一アメリカからの客員教授と思われる一の論文はアジアの都市 問題に関する一つの代表的見解と水準を示すものと思われる。彼のいう「アジア的霊送」

をここにまず紹介し若干の批判を加えよう。

 つぎにアジアの一員である日本の都市問題と東南アジアの都市問題との異同、関連が問 わるべきであろう。宮本憲一教授も指摘するごとく「わが国の都市問題は、ハンセンやガ ルブレイスのふれた現代資本主義社会に共通した新しいかたちのものと、産業革命期の古       (註3)

いものとがかさなりあっている」のであり、アジアの都市問題を研究する意味は、わが国 の都市問題の一つの重要な側面を解明する手掛りともなりうるものといえる。とりわけ筆 者は、かねてから「地方都市問題」を都市問題一般の中でとりあつかうことの不合理性を       (註4)

痛感し、2〜3の試論を発表してきた。これは地方都市(その大部分は後進地帯にある)

には独自の分析視角、問題分野があるからであるが東南アジアの都市問題の性格もまたわ が国の地方都市のそれとかなりの共通点を有するように思われる。そこでこれは未だ、,一 つの仮説に近い問題展開だが、わが国の典型的農村中心都市、佐賀市のスプロール問題を とりあげた。その実態分析は今後のわたくしのアジア都市問題研究への試考錯誤の第1歩 としての意味をもつにすぎない。

2.アジアにおける都市問題の特質

     一A、ダットソン氏の所説を中心に一

 A、ダットソン氏は、「アジアの都市問題と若干の解決策」と題する論文を雑誌『フィ        (註5)

リピン行政ジャーナル』(1964年7月号)に発表した。彼は問題意識の中心に「アジアの 都市問題の多様性の識別」をおき、それへの対処が益々緊急な課題となりつつあることか

ら、アジアの主要都市における代表的解決策(マスタープラン)を紹介し、その面からす るアジア都市問題解決への特殊性、困難性を指摘している。その意味で極めて実践的な論 旨であり、氏の積極的姿勢がうかがわれる。論述は小稿ながら一般論からはじめ特殊論 へと進み、(1)大都市主義(Metro poritanism)の一般論、(2)都アジア市問題の特殊 性、(3)代表的アジア諸国の都市政策の概説と評価からなっている。ここでは(1)と②にし ぼって紹介し(3)は続稿でとりあげたい。彼の都市問題一般への理解はこうである。

(4)

(1)大都市主義

 「一つの基礎的構造変化が、人間の社会組織に起りつつある。それは移行(Transfor−

mation)と呼ぶほど大がかりではないが、人口集中と都市の膨脹という顕著な特徴をも った大都市主義といわれるものである。」とのべ、都市問題の中心に「大都市主義」をす えている。彼は「大都市主義」を二面性としてとらえ、一つは都市膨脹に伴い都市が「経 済、政治、学問と教養および社会的接触の自由の場」という人類社会における大きなメリ ットをもつにいたっている局面、いま一つは、かかる「利便が、非常に入りくんだ深刻な 諸問題によって埋没しかかっており」「何らかの解決をわれわれにせまっている」とい

う危機的局面である。そして、アジアの実態をふまえながら、多様な都市問題を、物理的

(Physica1)、経済的(Economic)、社会的(Socia1)の3つの側面にわけて論じてい る。だが「これらの3範聴は相互に排他的ではなく、有機的な統一問題の構成分子であ り、相互補完関係にある」とする。

 ④物理的側面

 フィジカルな問題の典型例として水問題をあげる。rl人当り水の必要量は、都市化と ともに増大しており、水の供給危機は多くの都市地域に表面化している」ほとんどの都市 が「せい一杯努力しても、自分の水を適切に処理し、伝染病の周期的発生を防止すること さえ不可能」な状態にある。また伝染病からの適切な避難施設もない。

 「都市の物理的問題は、基礎条件の欠除から生じている。街路はますます時代おくれと なり、交通によって窒息しかけている。通勤時間はひっきりなしに長くなり、大気は益々 汚染され、学校、公園、その他の都市施設は、ニーズに応じきれなくなっている。都市の 外周部への膨脹(スプロール・訳者註)につれ、都心は衰退し、都市の再生が緊要な政策 課題の一つとなっている。」と。

 ここでは、低開発国特有の衛生問題と、先進国にもみられるモータリゼーションが同時 発生していることが指摘されている。

 ② 経済的側面

 都市のもつ経済的メリットは「規模の経済と外部経済」 (Economies of scale and External Economies)にあり、それを求めて工業、商業、貿易、財政、企業経営と雇用

とが集中することの一般法則をのべ、つついて、アジアの実態をつぎのようにいう。「ア ジアにおける社会会計(Social Account)の手法は、このような集中の利益や社会費用 を正確に評価できるほど未だ充分洗練されていない。しかし、われわれはそれが極めて不 均等に配分されていることを知っている。企業家にとっていかに利益のあるものでも、社 会的公共的費用はひどく高価なのだ」と。その例として、土地価格の上昇、スラムの形成 をあげている。

(5)

 ③ 社会的側面

 「都市の社会問題は断絶と緊張という一般形態をとる。平均以上の高い犯罪率、少年少 女の非行、法的、社会的慣行への違反事件の異状な上昇等々が起っている」とくに、アジ ア的な問題としては、都市持た移住者の不適合性がある。「移住者の集団は、ほとんど無 一物で、また何一つ専門技術も持たないでやってくる」その結果「彼等は、都市へ適応し ょうと努力するには、もっとも不向きな場所=スラムへと押しやられてしまう」と。そこ で反社会的集団(ギャングや宗教的秘密結社など)が形成されるが、それは「デュルケー ムがアノミー(anomie)と呼んだもの」と同じだとしている。

(2)都市問題のアジア骨形態

 ① 人 口 問 題

 彼はまずアジアの人日問題に注目する。

「われわれが、特に対決をせまられているものは、都市問題のアジア的形態である。アジ アの都市問題の特異性を正しく認識するためには、大都市主義の基礎的根源の一つである 人ロ膨脹に立ち入ることが必要である。事実、人口は世界的に膨脹しつづけているが、い まだかって、その影響が、アジアにおけるほど大きかったところはどこにもない。地球表 面の2分の1には、1平方マイル当り3人以下しかいないのに、インドの低地、インドネ

シアおよび日本では、1平方マイル当り2〜3千人という途方もない密集(the incredi−

ble congestion)に達しているのだ」すなわち、彼は都市問題におけるアジア的特質の 第一に人口膨脹現象漏人口問題をおくのである。さらに、人口問題のいま一つの特徴とし て人口移動を指摘する。「農村から都市、とりわけ大都市地域(Metropolitan areas)

への人ロ移住が一そう高まっている。主な原因は、この地域の国民は、日本を除くと一そ う農村的だという事実からきている。例えばインドとセイロンにおいては、国民の85%以 上が農村地域に住んでいる。均衡のとれた人口移動ですらも、大都市地域への新しい移民 の洪水をもたらしかねないのだ。」「アジアの大多数の国々は大部分のヨーロッパや北ア メリカ諸国より経済的に立ちおくれている。だがそれ以上に、大都市と背後地との間の所 得、生活水準および住み安さの格差ははるかに大きい。農村地域の『押し出し』(Push)

と大都市の『吸引』(Pull)との結合は、それ故益々強まっている。」この人口集積のテ ンポの速さは、「都市の成長率」という面から事えられる。即ち「西洋における大都市の 勃興は、数IO年間を要したのに、東洋にあっては、それはほとんど一夜のうちに起った」

という。つまり、アジアの大都市は、例えてみれば砂漠におけるオアシス的存在であり、

都市と周辺との間には、人口密度、所得、生活水準および成長率等の面で断層にも近い格 差がある。この事実こそ、都市問題のアジア的特質を基本的に規定するものだが、彼にあ っては、人口現象の作用をもっとも重視している。人口問題につぐアジア的都市問題の特 質は貧困、社会問題と都市経済問題とがある。

(6)

 ② 貧 困 闘 題

 まずスラムをあげる。「アジアの大都市の多くは、単にスラムを保有しているばかりで はなく、相当部分がスラムであるといっても不公平ではない。そこには都市の最も基礎的 な慰楽すらない。使用可能な空地の小屋や丸太小屋に住んでいる不法居住者(squatter)

はアジアにはどこにもある都市問題である。」

 つぎに水問題を指摘する。「アジアの水問題は、単に水不足のみではなくて、飲用に適 する水(potable water)の不足である。あるいは供給が不充分であるばかりでなく、利 用できる水が不潔なことである」

 「保健の問題が、とりわけ重要だという証拠としては、我々は保健学上の資料(Actua−

rial data)をしらべれば足りる。そこでわれわれは、多くのアジアの都市における平均寿 命は、西欧の都市にくらべると、まさに3分の1の短かさであることを知る。われわれの 大部分の地方は多くの特殊な健康上の問題に直面している。食物の安全な処理のために必 要な設備、そのための住いのデザインが要求されるだろう」という。

 ここで筆者が貧困の問題として一括したことがらは、彼にあっては住宅、道路(交通)

等の「物理的問題」と不可分であるという見解に立っている。

 ③都市経済と住民の問題

 都市の行財政の問題についてみると「アジアの諸都市は、物的下部構造(physical infrastracture) の整備の必要性に直面している」が、それに応じうるだけの都市の行 財政の形式は、まだ整っていない。それを維持するためのrl人当り所得はひどく低く、

祖税基盤は、都市サービスを維持するのにも不充分である。」しかも、低い資源しかもた ない各地の都市の間に、かなりの地域間不均衡(inbalance)が生じている。行政サービ スの面では「大都市主義のための都市機能の維持に必要な一定水準の専問技術、例えば技 師、教師および交通警察官」はなかなかえられない。一方住民の問題は極めて複雑であ

る。

 「アジアにおける都市化の社会過程は、とりわけ厳しい人間的適応を要求する。今日の

        むらびと      むらびと

都会人は、昨日の村人でもなく、今朝の村人でもない。彼等は応々にして、仕事をさがし に町へやってきた連中(tribals)なのだ。無学文盲者の割合は、しばしば50%をこえる。

アジアの都市社会はまた、とくに人種的、宗教的に種々雑多である。施設の不足という観 点から、強力な刺戟がグループ間の衡突と競争に存在している。よりよい生活への新しい 期待に刺戟されたものの、それに到達する手段がなく、社会的価値は損じられるままに放 置されている。このためアジアの都市人ロはとりわけ、動揺し不安定化しがちなのだ」

 以上、ダットソン氏の論旨を、人口問題、貧困問題(物的問題)、都市経済と住民の問 題の3つの側面にわけて要約したが、彼はその基底に人口問題をおく、即ち「このような 人ロ的、物理的、社会経済的相違は、私見によれば、アジアの都市問題を区別するのに充 分だと思う1とのべ、さらにつづけて「人口的要素だけは、物理的、経済社会的諸問題の

(7)

基礎とするのに充分であるbしかし、物理問題もまた人口問題に影響し、あるいは影響さ れている。経済問題その他もまた同様である」と。

 このように人口学的立場から都市問題へのアプローチを試みることは、わが国の学界で も、一般的傾向でさえあるが、それでは都市問題の現象的把握にとどまるものといわざる をえない。より本質的な都市問題の解明に到着するには経済学的アプローチこそ重視すべ きのではないかとするのが、われわれの立場である。その体系的な展開と実証は、後日に

;期したいと思う。

3. 「アジア的都市」のケース・スタディ(その1)

       一日本の農村都市、佐賀市のスプロールー

 (1)はじめに

 一般的にいって、「都市問題」は、現代資本主義の構造的矛盾の現象形態である。わが 国の都市問題の特質は、先進国型の都市問題と後進国型の都市問題との複合したものとし てとらえられるが、それは日本資本主義のもつ二重構造が、そのまま都市問題に反映した ためといってよいであろう。

 ここでは資本主義分析に立ち入る余裕はないが少くともアジアの都市問題を、それぞれ の国の社会経済体制をぬきにして論ずることは重大な誤りをおかすことになろう。したが ってA・ダットソン氏の論述は構造的分析だとは言うことができない。換言すれば、アジ アにおける都市問題の解明には、アジア諸国における都市問題のケース・スタディを不可 決とするのである。

 論理的にいって、都市問題は農村を犠牲として発展する資本主義の矛盾の必然的産物で あるから、都市と農村との接点にある農村中心都心は、いわば原型としての「都市問題」

を提示するにちがいない。ここにケース・スタディを行う都市に、佐賀市をえらんだ理由 がある。また、スプロール(Spraw1:無秩序な都市の拡散)をその中心においたのは、ア ジア全域にわたる都市化の重要な側面としてスプロールという現象形態が看取されるから である。

 スプロールという怪物が、世界の都市空間を蚕食しはじめたのは、第2次世界大戦直後 のアメリカ合衆国においてであった。日本列島には、1955年ごろ上陸し、地方都市にも60 年代にあらわれはじめた。東南アジアにおいても同じ傾向のあることは、ダットソン氏も 指摘したとおりである。

 アジアの主要国(資料の制約から、日本、インドおよび島懊国のフィリピン・台湾にし ぼった)の都市人口のうごきを概観すると、かなりの多様性がみられる。1955〜65年夏10 年間における人口1Q万以上の都市の成長は、東南アジアの島喚国がもっとも高く144%、

インドが66.2%と都市の数がふえ、日本は17.7%増にとどまっている。人口規模別では島 軍国は、全層的にふえ、とりわけ人口10〜20万規模の都市の急増が目立つのにインドは20

(8)

第2表  アジア主要国の人口10万以上都市の動向(1955〜65年)

薩{灘

馨欝

増 加 率 台ブ

 イ  リ  ピ 湾ン

姦{麟 馨{麟

増 加 率

姦{灘

陰{灘 階加工

113 133 100,0%

100.O%

17.7%

 9 21 100.O%

100.0%

144.4%

65 108 100.O%

100.0%

66.2%

10〜20

 万人

71 79 53.4 59.4

1L3

 4 11 44.5 52.4 175.0 37 55 56.9 50.9 59.5

20〜30   万人

21 27

15.8 20.3 28.6  2  4

22.2 19.O lOO.0  9

22

13.8 20.4 144.4

30〜50   万人

12

ユ5 9.0 11.3 25.O  1  3

11.1 14.3 200.0  9

19 13.8 17.6 川.1

50〜100   万人

3 5 2.3 3.8 66.7 1 1 11.1

4.8 0 4 5 6.2 4.6 25.O

100万人

 以上

6 7 4.5 5.3 16.7  1  2

11.1  9.5 100.O 6 7 9.2 6.5 16.7

(註)① 日本は国勢調査(各年)によるそれ以外は

  ②1955年はCalifornia Univ. of lnternationa1 Studies lnstitute of     International Urban Research鯉The World/s Metropolitan     Aaeas (1958年)

    1965年はU.:N.「人口統計」(1965〜1968)?opulation of Capital     Cities and cities of 100,000 and more inhabitants による。

  ③ 東南アジアの諸国で1955、1965両年の資料がとられるものはこの4国のほ     か韓国、香港、セイロンがあるのみである。3グループとして表示したの     は人口増加パターンによる。

〜50万規模の増加がもっとも高くIO〜20万規模がそれにつぎ、日本では50〜100万規模の 上昇が目立ち、10万規模はもともていたい的である。(第2表参照)

      (註6)

 なお、国際間都市比較上の制約ないし困難性について簡単にふれておこう。第1は都市 概念が国によって異ることである。ここでは国連の定義に従い「一定の境界をもち、通常 ある種の地方政治によって特徴ずけられるところの行政的に承認された都市的行政地域」

をとった。

 第2には、市域の区画のされ方の問題である。人口集中地域(D.1.D)ないし、本来 的都市地域(City proper Ville)をとる国と「都市的人口集積(Urban agglomeration)

をとる国、両者を統計的に併記している国とがある。都市的人口集積とは「市の境界外で あるが、これに隣接している郊外地域または人口密度地域を含むもの」だが、わが国の都 市概念はこれに当る。第2表もこの都市概念によった。

 第3には、都市人口を「常住人口」としてみるか「現在人口」でみるかで異るし、推計 方法の差異、精度によっても異る。

 したがって、第2表による国際比較はこれらの制限を充分考慮して読まれねばならない

(9)

が、ともあれ以上のような都市化の相違がみとめられる。いかなる要因から発生している ものかは今後のケース・スタディを含む解明を待たねばならないが、人口100万以上の大 都市への人口集中が依然つづくなかで、中小都市の成長という新しい事態が認められる。

これはアジアに於ける都市化が新しい局面を迎えつつあることを示す指標のように思われ る。つまり、ダットソン氏の云うごとき「大都市主義」として一義的に割切ることは正鵠 ではないであろう。私はこれを広義の「スプロール」とタび得ると思う。ここにアジアの 都市問題の重要な局面として、スプロールをとりあげた所以である。

 「スプロール」という言葉は、たんに都市空間の蚕食のみでなく様々の意味に用いられ ているが、ここでは一般的な用語にしたがって「都市の無秩序な拡散現象」と規定してお こう。その指標は、J・ゴットマン氏の手法にしたがえば、人口拡散、土地の浸食のほか に、都市交通、都市環境、都市機能の配置等々をかかげている。

 ここでわたくしは都市化一スプロール現象を、たんに空間的な拡散として非都市的地域 に都市人口が進入していくプロセス、いわば「ヨコの都市化」としてとらえるのみでな く、既成都市地域(City proper ville)の一そうの都市的深化一市街化ないし「タテの 都市化」としてもとらえ、地方都市にあっても「都市問題」が二重の促迫運動として発現 するのをみたい。

 ここでとりあげる佐賀市は日本列島の中でも比較的広大な西南暖地平坦部、水田農業地 帯に形成された農村中心都市である。したがってその圏域は佐賀平野一円にわたり、周辺 住民の日常生活における教育、文化、サービスの機能を集中している。その田園都市的景 観は、正に「アジア的都市」の一典型を呈しているといってよいであろう。

 (2)都市化の概観

 佐賀市のスプロールの先駆をなしたのは、住宅用地の造成であった。1945〜1955年に は、市および県による小規模団地が白市の空地を利用して造成されていたものが、1955〜

1965年になると新市地区へとすすみ、団地数も増加し、規模も次第に大きくなっていった

(第1図)このことは用途地域指定における土地利用の変遷によって、おおよそ推察する ことができる。第3表によって用途地域の推移をみると1957〜1968年の11年間に902勿、

97.4%増加するが、伸び率の高いのは工業地域のL4倍で、商業地域はほとんど変らない。

増加寄与率では、住居地域が圧倒的な比重で8割を占め、残りの2割を工業および準工業 用地域が占め、住居地域の飛躍的増大を示している。だが、現実には住宅、商店の混在が

目立つ。

 新興住宅用地地帯となったVI、孤の両校区は、1950年代末期からはじまり、1965年代に 入って、本格化したものである。造成主体も地方自治体ないし公社、公団から労働金庫、

官公庁職員アパート、民間企業社宅と多様性をおび、構造も木造からブロックないし鉄筋 コンクリートの高層アパート化の傾向をたどった。

(10)

第1図  佐賀市住宅(団地)造成状況

薯→

、国

XN

 国  道 碧3  万  ↓ 20    \、[動

  ¥ 阻  \\、

x皿1 (町・

  1回!

  1隔、馳      

  ロ   へヘノ

⑭1皿87}

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 36   XV工

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 国 ノ7道

 讐 例

 万

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斎一へ岐 △

 國

禦8

1.数字は建設住宅団地戸数 2.建設年次は次の区分で示   す

 △1945〜55年建設のもの  01955〜65年  〃

 □ 1955〜        〃

なお、建設戸数の一部は、70 年国調の世帯数から推定した ものがあり、建設当時と若干 増減している。

3.記号  校区名

∬  日1 赤 IV 循皿 神

V 勧

V旺 蓮VI 北 皿 巨IX 兵 x[…童X 久

菱罐X肛 局

XV 西XVI本

繍鼎 罫域 ll新

製1

第3表 用途地:域指定面積の推移

地域区分 1957年 1968年 1957〜1968年

住宅地域商業地域 工業地域準工業地域

 合   計

面積、押合%面積み。i割合%三世。1増減率講与轡

519.0 306.3 49.4 51.8 926.5

  156,0 1 1,241.0

33・ll 306・5  5.3    131.5  5.6 1   149.5

100.oll,828.5

68.oI 16.7  7.1  8.2 100.0

  1722.Ol

 o,21 82.1 97.7 902.0

139.li o.ll 166・21 188.6{

97.4i

80.l o・o1

9・・ P

10・81

・00.01

(註) 佐賀市役所資料

 これに誘発されて、民間ないし個人の貸家、アパート建設もみられるがが、小規模で質 も悪く、旧市部に集中しており、宅造は公営住宅主導型として進行している。

 さらに特徴的なことは、宅地化の進展が基本的に道路体系に規定された点と線の形態を 呈することである。)皿にあっては、国道263号線沿いに北西に向って細長く伸び、VIにあ

っても宅地化はせいぜい国道208号線から2〜300駕くらいしか離れていない。最近XIV校

(11)

区の国道34号線沿いの宅地化が進んでいるが、これも面としての広がりはない。全体とし て国道沿いの正に虫食い的スプロールということができる。

第4表  農地転用と新築状況(1966〜1968)

1区      [転用農地

分 1  二丁割合

全   市 場 市 部

新酔校区市騒1 副x伽

100.0%

17.7 14.3 12.0  8.5 12.8

転用農地1専用住宅   率 1新築割合

2・・%1

12.4 5.0 3.3 1.8 3.0

100.O%

18.7 15.2 13.3  9。2 12.8

専用住宅

 新築数    全建物     新築数

96.1%

67.6 72.6 70.2 56.3 64.5

(註)市役所資料

 一方耕地の壊滅もかなりのテンポで進んでいる。農地転用状況をみると、一番多いのが 旧市部だが、これは旧市域にまだかなりの空地、未利用地、耕作放棄された農地が残って いることを物語っている。つぎにVI、∬、 X VIがつづき、これら4校区で全転用面積の6 割強を占める。 (第4表)

 また、建築物新築建数(1966〜エ968年)についても、ほぼこれと同一傾向がみられる。

新建築物理数が10%以上の割合を占めるものは、旧市、XVI、 VI、 XI、 X IVの順で多い。

とくにXVIは、専用住宅建築ばかりでなく工業団地の造成がすすんでいる。いわば「計画 されたスプロール地帯」といえよう。次にXIV校区における工場建設比重の高さは、国道 34号線ぞいに自動車修理工場を中心とするサービス工場がランダムにはりついている。VI はとくに小規模の民間資本による住宅建設が無秩序に進行している典型であり、XV:【と対 照的スプロールのタイプである。皿はこの両者の中間的タイプに属するとみてよいであろ

う。では次に、スプロールの地域空間構成について検討しよう。

 (3)スプロールの空間構造

 スプロールの態様を校区別に校回し、そこになんらかの法則性(空間の有機的構造)の 有無を探ってみる。まず、60〜70年聞の地帯と人ロの変動率を座標にとり、校区ごとにド

ットし第1次検証を行った。第2図がそれである。大別して、世帯、人口とも極めて急激 な増大を示すAグループ(XVI、 VI、∬の3校区)と、世帯、人口ともに増加はするが、

そのテンポがゆるやかであり、一部停滞傾向さえ示すBグループ(XV正、 X皿、】X、 XV 孤、1、皿、皿、の8校区)および人口はいっせいに減少するが、世帯は横ばいか漸減傾 向にあるCグループ(V、1、孤、X、 Vの5校区)の3グループにわけることができ

る。

 しかしながら、この分類のうちBとCには、本来産業構成の異なる都心部の校区と、周 辺農村部とが混在している(第3図参照)。そこで、第2次検証を行うため次の8つの指標

(12)

第2図

 %

校区別世帯・人口増減率の輝北

200

      一、、      !      、

@              、

E印35−4・年増、麟     /  、・印40〜45年増減率     !   、             、

% 150

          (71.6)、

「      

竜         

% 100 (6671

i503

  

@ !   、

@ノ     1!!       1

@,I         ・ m      ,

%50f      ・●          o        

亀、

f    、

1 、m・   ,昼     B 

    、 X

lw \童 ●8X X x

0

il㌻爺x     、

篭        牲

べrl増加レ郭

、、、、    .

、、一

一30

      一20      50

をえらんだ。各指標の意味はこうである。

①「昼夜間人口比」

②  「戦後の移住者割合」

③ 「持家率」

④世帯当り人員の大小

⑤  「扶菱人ロ割合」

⑥「農地転用率」

⑦「スーパー利用率」(食晶について)

⑧  「販売員、サービス業従事者割合」 (事業所ベース)

100

都市化と正比例する。

上とおなじ

都市化と反比例する。

核家族化のテンポを示す。

一般に農村部ほど高い。

スプロールの直接的指標

生活の利便度、消費生活への都市化を示す。

都市機能の集積度を示す。

(13)

第3図

200

150

100

50

0

一50

注二「国勢調査」による、記号は第1図の凡例と洞じ

 以上の指標を、A、 B(新市)、B(旧市)、C(新市)、C(旧市)の5つに再区 分し、それぞれについてウエイトを示すと第5表のとおりとなる。さらに、この指標を 用いて、)皿(A)、XV:【(B新市)、X(C新市)、V(C旧市)について検討したの が第4図である。これをもとに、スプロールの空間構造模型をつくれば第5図となろう。

第5表 スプロール地帯検出指標

標iAグ・レーフl   l

」 Bグループ

四神日寸 陰王者㌦閤

 持  家  率  1世帯当り人員

}扶養人口割合

i農地転用率l

lスーパー利用        し

燦十重舗答

Cグループ 新 市旧 市

(14)

第4図  都市スプロールパターン  書(間

二.人

次泉 就+

者 294

 躯  琴  壱 墜蘭 割係合   49

 戦

_後 住居居の 歴住20者 未合年割

50.5

 ス  i ノξ  }  マ  i利ケ 用ソ率ト

42.5

       ,,ヤ34.1       ,   豊

     1&65&6 /1a41 XW

      ノー一一   57.6      1      /   11.8       1     ノ

   !!      11.5      覧

2%4乳72L5  18乳1

         、      1          、      1       3.47 1        ロ

       3a7 /ノa葛4

       ,

       ,         4.48       

88.5

X

農12.4

   

37.1 41.4

 44.8

(註) スーパー利用、持家率、戦後の居住者率は『佐賀市民の生活構造と意識』

   農地転用率は佐賀市農業委員会撫料    その他はセンサス(40年、45年)による

各地区の性格はこうである。

④ 中心既成市街地区(Cグループ、旧記)

  V、IV、1の旧市域3校区が含まれる。人ロ集積がほぼ飽和点に達し、市街化は再開

(15)

第5図  地方中心都市図のスプロール空間構造模型

既成・中心市街地区  (C・旧市)

市街化進行地区

(B・・旧市)

スプロール地区   (A)

準スピ・一・レ地区(B新市)

 純  農  村  地

  区

(C・新市)

 口  停  滞  )

 発の手段以外に発展は困難である。人口は停滞的なうごきを示し、一部では空洞化しは  じめ、昼夜間人口比は極めて高い。

②市街地化進行地区(Bグループ、旧市)

  中心既成市街地に外接し、漸次これにくみ込まれっつある地域。人ロの漸増、空地の  解消がすすむ、∬、皿の両校区がふくまれる。

③都市化進行地区(Aグループ)

  スプロールが急テンポに進行しつつある地区で、河、XVI、 V正の3校区が含まれる  が、やがてXIVがこのグループに入ることになろう。ベッドタウンとして耕地の虫くい  的侵食が進み、人口、世帯の増加テンポは著しい。いわば都市化最前線である。論理的  には、市街地化進行地域に外接して、同心円型を形成しよう。

④準都市化地区(Bグループ、新市)

  都市化の作用はまだ弱く、散発的に宅地化が行われる程度、スプロール予備地区で、

 通勤、通学圏の拡大によってスプロール地区に包摂されることもさほど遠いことではな  い。XV[はすでに、スプロールの波をかぶりっつあるが、 X皿、 X[、 XV、斑がこれに  含まれる。ここでは、近代的近郊農業が併存しうる可能性をもつ。

⑤周辺農業地域(Cグループ・新市)

  都市化の直接的影響は少く、人口、世帯とも減少しつつある純農村地区である。現在  の交通体系では、中心既成市街地からほぼ25キロメートル圏の外側にあり、Xと顎がこ  こに含まれる。

(16)

 以上5つの圏構造は、環状を形成するが、現実には同心円ではなくて、主要幹線道路綱 によって、ヒトデ形となろう。

      第6図  土地利用形態からみた旧市:域校区        市        街        地       92.6

63.5

78.8

67.4

耕地

12.9  18.5

       

       7

  

5.8

16.1

   1覧ン

12.8

H

65.5 61.1

   、    \

猟〉耀空地

2.5  7.9

2.7

9.1

50

(註) ① 佐賀市「市街化区域及び市街化調査区域設定のための基本調     査報告=書」 (44年)より作成した

   ②記号は第1図と同じ

(17)

 (4)都心の機能集積

 最後に、既成都市地域一旧市部における地域中心機能の集積、いわば「タテの都市化」

の実態を検討しよう。国勢調査において1960年より人口集中地区(DID)が設定され、

1965年、1970年と逐次拡大された。DIDの拡大は、市街地の拡大とみてほぼ大過ないと 思われるが、1960年には720加で旧市域の62.6%であったものが65年には909加でほぼ80%

となり、68年の用途地域指定時には1645勿となり、旧市域をこえ140%に拡大した。

 当面、旧市域5校区の土地利用状況をみると、第6図のとおりで市街地面積の占める割 合が極めて高く、Vの92.6%を筆頭に、1の80.7%、皿の67.4%、皿の65.5%、 IVの58.4

%とつづいている。IVがその景観とは反対に、二丁域内での順位の低さは、空地を12%も かかえ込んでいるためである。ともあれ、旧市域内の校区別土地利用は、ほとんど60%以 上が市街地化している。

 これにくらべ、新市地域にあっては、耕地率が平均して63.5%で、ほぼ新市の市街地率 に準ずる高さを示す。集落地(農業集落とみなしてよい)は旧市、新市ともそのウエイト は変らないが、旧市にない山林原野が9%強を占め、河川、湖沼もクリーク農業を象徴:し て18.3%と高い。しかしながら空地率は、新市は2.5%と低いのに対し、旧市では7.4〜

16.2%と高く、市街化の密度が面心にあってもまだ低いことを物語っている。

 ところで、都心部既成市街および市街北進行地域の実態を、都心機能を示す第6表から 第3次産業の集中度によって検討しよう。第3次産業全部門にわたって旧市地域の集中度 が高く、事業所数、従業者数とも7割以上の二心率を示す。サービス業を除くと、事業所 数より従業者数の占める割合が高く、集中度の上位から順にあげると、電気ガス水道業

第6表  旧市域校区別都心機能集中度(1966年)

校  区

麗翻瞬不競業

虚血従業者榊業所灘業榊事業所搬業者虚業所難業欝 サービス業}運転・通信業i

       I

       i     l

}聴劉ii;i

l 皿8.4}6.9

1旧市部計75,5}83.7

i姉部計24・5i16・3

17.4 35.4 14.2 8.6 7.7 83.1 16.9

33.l    l7.9 49.7    23.0

7.6  13.6 5,2   9。7 2.1   9.3 97.6    73.5

2.4  26.5

24.1   9.7

18.1125.2

11.6  1 14.3 9。7 1 5.9

71:1剛

28.3    31.9

2.7}

54.2i

12.5 1 1.5 1

、7.71 88.6 21.4

  「

(註) 事業所統計により作成

(99%)、金融不動産業(98%)、運輸通信業(89%)、卸小売業(84%)、サービス業

(72%)の順に低くなる。

校区別では、既成市街地(市心の3校区がほぼ全部門にわたって高い集中度を示すが、

(18)

とりわけV校区が電気ガス水道部門で95%、運輸通信部門で54%、金融不動産部門で50

%、卸小売業で38%と極めて高く、いわゆる業務機能の中心地(シビックセンター)であ ることを示す。これにつぐ都心機能の集中地区では、1校区が金融不動産部門(33%)と サービス部門(24%)、卸小売(12%)で業務機能とサービス(歓楽)機能の混合地区と

しての性格を示し、IV校区はほぼすべての第3次部門を1割前後集中し、準都心的性格 を示す。一方周辺市街地区では、皿校区が運輸通信機能(18%)に、皿校区がサービス機 能(IO%)にやや高い占拠率を示すほかは、とりたてて高い都心機能の集中はまだみられ

ない。

 しかしながら、市街化の現状は住宅群、商店街、工場が連坦し、さらにクリークが残存 する平坦地という地形上の特質もあってかなり散慢化しており、都市機能の効率的集中度 は弱い。商業機能を高めるためには、商店街を近代化し、建物の高層化、立体化、繰地、

駐車場などの配置を含む都心部のコンパクトな再開発が必要であろう。

 R・L・ネルソンによれば、都市の形態と都心の位置との関連について、次の法則をア メリカ合衆国におけるショッーピング・センター形成に見出せるとしている。この論理は       (註8)

スプロールのパターンを決定する一つの手がかりを与えると思われる。

 〔法則 1〕

 正方形および矩形め都市の繁栄中心は、その対角線の交点に形成せられかつ商業取引の  繁栄中心への集積度は高い。この場合、副都心形成はむしろ困難であり、また都市の発  展方向如何によって繁栄中心はそれに伴う交点の移動につれて通常発展方向に向って移  動ずる。

 〔法則 2〕

 これに対して扇形都市においては、扇のカナメの地点に繁栄中心が形成され、都市の半  径が拡大するに伴い、その都心と周辺部とを結ぶ放射道路と、都心をかこむ同心円的環  状路線との交点にそれに対応した副繁栄中心ができ、都市の大規模化とともにこれが副  都心になり、都心の地位は相対的に低下する。

 わが国については、東京および神戸について、この論理の実証が試みられている(荒川 祐吉氏ら)。しかしこの適用にはなお、いくつかの条件が併せ検証されねばならない。即 ちアメリカにおける実証であることは、平野部に形成された都市であることを示すが、地 形との関係、人口規模がどれくらいの都市が想定されているのか、その都市の性格、産業 構造、中心機能の集積度ないしヒンターランドとなる都市二等についても必ずしも明らか にされていない。ともあれ、佐賀市が平野部に形成されており、第3次産業への二化が高

くとりわけ商業、サービス都市であることから推論すれば、おおよそ〔法則1〕の論理が 市街形成の方向として佐賀市に適用されるように思われる。

(19)

 (5)む  す  び        (註9)

 以上の実態調査から、日本列島の典型的農村中心都市にあっても、激しいスプロール の進展がみられ、そこには、一定のメカニズムないし法則性が貫徹していることを検証し た。いまこれを、「都市問題」視点から特徴点を整理し今後の課題を明らかにしておこ

う。

① 住 宅 問 題

 スプロールは、フィジカルな側面では基本的に住宅問題に帰着する。いうまでもなく

「住宅」とは、人間の生活を支える基本的空間一場であり、現在と将来との労働力再生産 のもっとも基底をなすものである。いわ・ば都市の物的構成要素である。「住宅問題」への アプローチは、都市住民からは「家計に占める住宅費(地価を含む)」と映じ、国、地方 自治体にとってはナショナルミニマムないし、シビルミニマムの重要な一環である。住宅 は、社会会計にストックとして計上され国富の指標とされるが、わが国のG:NPの伸びに くらべ、1人当り国民所得のおくれは、住宅水準の低さに端的に反映している。例えば1 室当り人員はわが国が1.03人(1968年)に対し、10年前のアメリカが0.6人、イギリスと

フランスが0.7人、西ドイツが0.9人と10〜20年目おくれを示す。住宅投資の国際比較も、

日本はだいたいアメリカの3分の1フランス、西独の半分、イタリアの3分2程度であ る。これらの簡単な指標からしてもわが国の住宅水準の後進性は歴然としている。

 佐賀市は、農村都市だけあって、1室当り人員は全国平均より少なく、持家率が高い。

第7表によって所有関係別住宅数を全国と比較すると、全国都市より借家率が低く、とく に貸店輔等の民間併用借家の割合が低い。借家の半数近くを占める民間の専用借家は、木 造、狭少なアパートに代表される低質の借家からなり、スラム化の要因となりかねない。

第7表 所有関係別住宅数(%)

域1持城

 1   1総

数囎あ画面鰹i鴨鰹1締住宅

全国計! 60.3

都市評52.5 佐賀市i56・8

      1

39.7 47.5 43.2

5.8 6.5 7.1※

18.7i

22・7 2 ・4※

8.31

10.7 7.4※

6.9 7.7 7.3※

(註) 九州経済調査協会『九州の住宅事情』による(1968)

   ※は推計値

(主に旧市内)公共住宅割合のみ全国都市平均を上まわるのは、スプロールが第1図に示 したごとく公共の住宅団地主導型であることを裏づけている。ともあれ、全住宅に示める 公共施設住宅は西欧の50%強一とくにフランス、オランダは80%前後一にくらべると格段

(20)

に低い。なおアジア諸国との対比は、資料の制約から行えなかった。

 ②モータリゼーション

 人口の都市への集中と拡散は産業と職業の都市化と併進する。佐賀市にあっても、スプ ロールは、職場への通勤距離の拡大、農家の在村・離農による都心への通勤増という形で 日常生活の流動化および広域化がみられるが、これは必ずしも、近代的交通・通信手段の 整備と対応していないため、交通問題の深刻化となって現れている。とりわけモータリゼ ーションは、自動車保有台数の伸びからみると、過去4年間で全国が2倍の増に対し、佐 賀市は3倍と高い。ただ佐賀市民の足としては、大都市と異なり、平垣地という地理上の 条件もあって自転車が圧倒的に高く、ついでバイク(小型・軽二輪)が多い。正にアジア 的類似性といつもよいであろう。又自動車では小型トラック(軽を含む)が5.2倍、小型        (註10)

乗用車(おなじ)の4.7倍が目だち、普通自動車の増加率は低い。

 しかしながら、通過交通量の急増を、中心とするモータリゼーションの急展開は当然の ことながら道路資産とのギャップを益々拡大し、年年交通難、交通まひを恒常化し、交通 事故を多発させている。事実1968年における佐賀市内交通事故発生件数は、九州都市のう ち第1位であった。交通戦争が、田園都市の平安をおびやかしているのだ。

③生活環境の悪化

 以上みたごとき激しい都市化の波をうけて、佐賀市のもつ文化度、とりわけ住民の生活 環境水準は相対的に低下しアンバランスが表面化しつつある。シビルミニマムの視点か ら、その実態と問題点を指摘しよう。

 中心指標としそは上下水道、し尿・ゴミ処理があげられるが、公共下水道は皆無、ク リークの市街地内残存ともからんで、排水問題は深刻な事態になっている。ゴミ処理率 32.2%で全国主要都市(人皆10万以上)の下位にランクされ、市道舗装率も悪い。し尿          第8表  公共下水道の必要性について(意識)

分隊の劉非農家の場合

現在必要である。

将来必要になると思う。

全然必要でない。

無   答    計

38%

30 18 14 100

(註) ① 1970年8月実態のアンケート調査による。

   ② X、XI、X∬、X皿の4校区から各1集落をサンプリングした。

も、その半が海に捨てられており、正常な状態とはいえない。

 一昨年実施した市民の生活環境への意識調査から、とくに公共下水道に関する意向をみ ると第8表が示すように、「現在必要」とするものが農家で全体の30%、非農家でも38%

参照

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