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補説・個別的租税利益説と全般的 (1) 租税利益説(上) 山 崎

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(1)

190  

ー ヱ2 −  

補説・個別的租税利益説と全般的  

(1) 租税利益説(上)  

山  崎   怜  

Ⅰ  

利益説=比例課説の定式のために.,利益説諭老の主張にふくまれる能力原則   や累進制の論定やは従来その体系のなかでのr■例外」または「矛眉」だとされ  

た。利益説そのものにおける時代別,国別,階級別の相異を無視したまま,形  

式的で類型的な利益説解釈が定着したかに・みえるが,われわれ鱒ここで古典的   利益説に対象を限定し,可能なかぎり原資料に.内在しつつ,一方に.おける経済   学史や社会思想史の成果と,他方に.おける経済史的研究をふまえて−,利益説の   生誕と進展と解体の過程を歴史内在的に把握したい。  

王Ⅰ  

近代自然法思想はホップズで成立した自然権を放とする17倣紀的手法と自利  

心を原基とし,じつほ.自然法の解体形態である自然史の構成をめざす18世系己的   手法と払わかれ,前者でほ社会契約が,後者では世論あるいほ.同感がそれぞれ  

(2) 社会ないし政府成立の手続きであり,かかる対照の根拠ほ,経済的世・界の自立  

(1)小論ほふたつの部分からなり,前半はさき紅「個別的租我利益説と全般的担税利益    説」と施して昭和40年10月22日の日本財政学金貨22回大会(於甲南大学経済学部)のさ    いに報告され,『日本財政学会ブレティン』り),17−20ぺ−汐に.掲載された小塙の,数    おおいミ‥スプリントのみを訂正したうえでの再録であり,再録理由ほ本誌前号の小論  

「『安価な政府』の基本構成」とおなじであるのでくりかえさない。ただし,そのおり紙   

幅の極度の制限のゆえ紅省略された脚注を今回はつけくわえた。補説となづけられた後    半部分はもっばら要約的に説明せざるをえ.なかった前半の叙述を報告原稿紅したがって   

解説したものであり,趣旨は前半にまったく沿うものである。なお,稀説での脚注番号    は便宜上,前半部分のものにつづけることとした。  

(2)山崎 怜「スミス財政思想の基礎視角一イギリス近代思想における国家の把握とア   

ダム・スミスー」,『財政学の課題』(千倉書房),1962年9月。   

(2)

191   補説・個別的租税利益説と全般的租税利益説(上)  

−エヲーー  

性把握の,したがって重商主義像における巨大な転換の有無による。労働過   程(人髄と自然との物質代謝過程)を知らぬ経済認識は,経済人でほなく政治的人   間を,したがって政治的世界に.よる権力的秩序づけ(近代政治学の生誕)を要求   するが,それは封建的共同体からおどり−でた革命的個人(自然権)がみずからの  

●●●●●●●●●●●■●●■●●  

秩序を自立的匿つくりえない段隠匿対応するので,かえっていちじるしくラデ   ィカルであり,自然権・契約・権力が緊迫感にみちて牽制しあう。そ・のうち,  

労働投下→財産への通がひらかれると,右の革命性は稀薄に・なり,自然権思想   は徐々に崩れる。いいかえれば,封建的なものに対置したかたちでの政治的危   機払おける納税の合理化たる自然権思想は抽象的にほ.租税の根拠たる利益と租   税負担配分上の課税物件・標準とが個別的に.・T・致(利益と平等とが個別分割的に一山   致する根拠と配分の同時決定論)し,利益が完全把.納税者諸個人に,分解しうるばあ  

いのホップズでは納税拒否権がなく,利益が生命・身体という政治的基準から   財産またほ所有という経済的基準となり,分解が不明確で利益と課税標準とが  

あいまい紅しか関係づけられないロックのばあいに.は拒否権(ただし不発)があ   り,そ・れぞれピ.ユ.アリタン革命の内乱性と名誉革命の妥協的性格とを反映した   ものとみられ,さらに.ぺディをいれて・これを個別的租税利益説の確立・変質・  

旋回の過程とよびうる。   

流通過程(貿易や植民地)ではなく労働過程地盤にもとづく富認識は,裸の個  

人が,みずからの秩序を自立的に構成しうる段階に㌧達したことを意味し,もは  

や,政治的外被ほ必要でなく,自然権・自然状憩の仮構をぬぎすて,契約を放   棄し,世論または同感に.おもむく。自利心の開花に.よる経済世界の自立(経済   学め生誕)と政治的穏健と中庸とがうたわれる。名誉革命体制と本来的重商主   義の開始がその出発点であり,すでに.ロックこそがその原型ともいいうるが,  

いまクォルポウル,モソテスキヱ.−,ヒ,ユーム,ケイムズ,スミス,ミルをそ   れぞれ全般的租税利益説の薪芽,促進,定礎,確立,完成,旋回とすれば,そ   の背景は原始蓄積とそれに/つづく産業革命の興隆発展期である。プーランス人モ  

ソテスキ,ユ.−をふくめたのは,この説の基盤が事実上粗野保険料説である(ブ  

ラックストクンを想起)のみか,いわゆるスコットランド歴史学派の祖のひとり   

(3)

第41巻 第3号   192  

−J4 −  

たるモソテスキ.ユ∴−が18世紀イギ.リスのイデオロギー的中心だったからであ   る。この説では,租税の根拠が全般的利益であるため租税負担配分原則では利   益以外の何かを設定しなくてはならず(利益と平等とが同時的に一傲または決定し   ない),納税拒否権は公然と否定され,それ故紅根拠論と配分論とは分離し,負  

担能力主義や累進制の主張やが利益説の名のもと紅登場しえた。これは産業資  

本を政策主体とする時代の自信に.みちた納税の合理化(じつは義務化)であり,  

かつ利益がもっぱら経済的基準すなわち財産ないし所得となる,したがって利   益は個別化しえない,すぐれて経済の時代ともいうぺき段階の所産である。個   別的租税利益説から全般的租税利益説への旋回ほ,17世紀から18世紀への,市   民革命期から名誉革命体制と産業革命期への,革命から秩序への,権利から利   益への,政治思想から経済思想への旋回を背景に.もつ,自然権的利益説から自   然史的利益説への,■ 自然法的利益説から功利主義的利益説への主流に‥おける旋   回を意味する。  

ⅠⅠⅠ  

消費税の根拠でいえば,利益たる生命・身体の維持の価格としての消費税  

(ホップズ)がぺデイでほ現実的富に.その対象をすりかえ.られ,ロックでは経   済学的に.棄却され,ウォ・ルポクルでは「利益がmutualであれば費用はincommon  

(3)  

であるぺき」で塩税はど「generalで苦痛をあたえ.ることのすくない」ものは  

(4)   (6)  

なく,ヒェームは砧generalimposition を強調し,スミスは直接税賦課の技術   的困難の代用品たることをのぺ,総じて利益に.対応するものとしてではなく,  

全般的性質の力説とその経済学的効果(生産力効果と分配効果)をめぐってであ    り,とく紅.スミスが租税第1原則のおわりで,「これ以上この種の不平等紅つ  

(○)  

いて論じない」というのは,およそかれの利益が全般的利益で負担配分上でほ   無意義であることをみずから告白したものに.はかならず,それはホップズの  

(3),(4)C〃抽βげ5劫グ・J〜α∽β〝fαγ.γ 成ざねγ.γ q/■β兜gJα乃d,VOl.ⅤⅠⅠⅠ,1811,p..944.  

(5)David Hume,TVyi iings on Economics,ed.by Eugene Rotwein,1955,p.89.  

(6)Adam Smith,An hiquir.yinto the Natwe and Causes qf the 勒alih qf■   

Ⅳ虎ね那,1776,Caman,s ed.,VOl.ⅠⅠ,p.310.   

(4)

補説・個別的租税利益説と全般的租税利益説(上)   −J5−  

193  

「租税の平等は財産の平等に.ではなく,各人が自己の防衛紅ついて国家からう  

(7) ける債務の平等に.もとづく.」が「商品自身が課税されるばあい各人は川…・・・・まさ  

に.その消費行為に・おいて,かれの所有するもの軋応じ七でほなく,国家の利益  

(8)  

に.よってえ.1たもの(What b.ythe benefitoftherealmshe hath had)紅応じて」  

の叙述と対比して,まさ紅象徴的である。それほ,ぺティの accoIdingtotbe  

(9)  

share andinterest they have blthe Publick Peace やスミスの以they  

く10)  

respectively enjoy mder the protection of the state や their respective  

(11)  

interestsih the estate と比較し,また,ヒ.コ.−ムの「自愛(self interest)−」 

政府というものがあたえるあの全般的な保護(generalprotection)とほちがった   特殊個別的な報酬(particularrewards)への期待が自愛の意味−についていえ  

(12) は…‥・そんな見込みが社会全体に.対して主権者の権威をうみださない」の明言  

とくらぺて,いかに.も個別分割的利益ではあるまいか。むろん,われわれはス   ミスみずからが generalbenefit に対応する generalcontribution を,それ  

(13)  

が以particular contribution でありえないことをのぺ,『国富論』欝5篇第2章   がこの generalor public revenue こその考察にあてられたことを知ってい  

(14)  

る。こうして利益は配分基準たりえずに.,当然に.経済学的思惟の必要があり,  

したがって(1)租税転嫁論の生成と(2)能力原則がでてくる。(1)はすでに.ロッ   クに,またほるかlぺティ紅すらさかのぼりうるし,(2)は18世紀に・顕著であ   り,とくに.原始蓄積と産業革命に.よる小地主や小農の,また小生産者の没落に  

(7)Tho皿aS Hobbes,LeviaihG7C,ed.by Michae10ake$hott,BasilBlackwe11,  

1955,p.226.水田 洋訳『リヴァイアサン』(岩波文庫),(2),287ぺ匝ジ。  

(8)T.Hobbes,De CiveoY・The Citizen,Eng。Tr.,1651,reprintedanded.byS    P小 Lamprecht,New York,1949,p.148..イタリックほ筆者による。  

(9)Sir Wi11iam Petty,A Treaiise Qf Taxes and Coniributibns,1662・in:The   

Economic Writings q/SirmlliramPetty,ed.by C.H.Hull,VOl.Ⅰ,p.91.イタ   リックは筆者に.よる。  

(抽,仕か A.SIコi地,〃♪。√れ,p.310.イタリックは筆者紅よる。  

(12)D.Hume,EssGγS,MoTG[a〃d PoZiticG[.in:HILn,e,s MorGlo d PoZ(tico[   

Philosobhy,ed.by HeIlry D.Aiken,1959,p.308.  

n3)A.Smith,OP.cii.,pp.,300−1.  

(14)Zbid。,p.302.Chap.ⅠIOf the Sourcesof the Generalor Pllb王ic Revenue of   

the Society.   

(5)

194   第41巻 第3号   

−− jぢ −  

よる政治改革案に対抗した経済派たる主流派は累進税思想をひっさげた。ヒ.ユ   ー・ムは.「市民たちのあいだでの〔分配の〕なみはずれた不平等は国家を弱体化す   る。1…かかる平等が人間性にいちばんかない,それが貧者の幸福につけくわ  

(1さ) えるものは富者の幸福から減らすものより,ほるかに.おおい」と口をすべら  

し,ケイムズは,r 各人は公共収入に対してかれらのSubsistenceに.比例してで  

(16) はなく,abilityに比例して貢献すべきだ」と.のぺるだけでなく,「1国を毒す  

る悪徳は財産の不平等から生ずるので,私は貧乏人ほ免税とし,富者紅課税し  

〈17)  

でできるだけ不平等を是正すべきだ」として,明確に.累進制を主張した。周知  

(18)  

のモソテスキ.ユーやスミ.スをふくめてこうした主張は,もちろん3階級構成そ   のものの廃止でほなく,労働貧民や貧窮な小生産者をむしろこの構成紅くみい   れるためのものであるとともに,次にのぺるラディカリズムへの産業資本の側   からの地主を藁人形に仕立て−た予防作戦であり,したがってまた全般的利益説  

に.おいて租税政策がはじめて固有の内実をそなえて・成立する(この点では重商主  

義最後の,そして最大の論客スタふアー・トが重要な人物となる)。  

ⅠⅤ  

たとえばスミスにあきらかなように,生産力の発展が財産ないし所得の不平   等を条件として実現されるのであれば,この不平等にねらいをさだめた没落小   生産老の側は右の主流をつきあげるものとして一定の反主流を形成する。レヴ   ュラーズ,ディガーズ,急進主義がそれであり,第1のものは不動産および動  

く19) 産への直接税と普通選挙とを主張し,とりわけ第3のものは一種の個別的利益  

q5)DいHume,〃久 C紘.,〔肋・査烏〝g.S卵乙βα偶の戒cざ〕,p.15.傍点は原文イタリック。   

所得再分配政策を基礎づける「厚生」の論理の垣間みられることに注意されたい。  

u6)HenryHo血eOf Kames,Sketches q/the Histor.yqf Man,1774,ANewEdition  

1819,VOl.ⅠⅠ,p 106  はⅥ ∫∂摘.,p.122.  

(18)Charles Louis de Secondat(Baron dela Br畠de et de Montesquie11),L Es2rii    dcs Loix.1748,liv.XIII.ch,VII.The SbirLt oj the LatL・S,Trby Tho皿aS    NugeIlt,New YoI・k,1959,p.210。宮沢俊義訳『法の椅神』(岩波文庫),」二,301−2ぺ  

−ジ。根岸国孝訳,世界の大息想16,196ぺL−・ジ。  

㈹ 松川七郎『ウイリアム・ぺテ・イ』(岩波書店),上,1958年9月,算2章第1節「長期議   

(6)

195   補説・個別的租税利益説と全般的租税利益鋭(上)  

−J7一・  

説(全般的利益説把・対時した18倣紀でのロック主義)を採用して全般的租税利益説に   対抗=依存し,主流に.おける旋回に.逆手をとられながら重大な役割をに.ない,  

そのひとったる政治的性格のものほ「代表なければ諌税なし」に.集約される納   税拒否権の主張で議会改革ひいてはアメリカ革命の租税論的礎柱となり,他の   ひとったる経済的性質のものは公共経費の支出増を財産不平等紅帰一・させて累   進税を個別利益説的に.根拠づ仇 アセスト・タックス以下一連のピット税制改   革を裏面から急進的にノささえたものと魂られる○   

フランスでは,その後進性と内部矛盾の激しさを反映しすこぶる錯雑な経過   をたどるが,あえて単純化すれば,利益説はケネーをふくむいずれもはじめか   ら一・種の全般的租税利益説で川保険料説(モソテスキ.=L−,ジラルダンなど),  

(ロト・般意思(ルソー),M全般的利益(人権宣言など)があり,とれらとむすび   ついて個別的利益説が点滅した。前者紅ほ免税特権批判・保守性・革命権の絶   対性一小ずれも特殊フランス的なもの−が微妙に.からみづき,後者ほ免税   特権批判に追いうちをかけ有産者課税を利益説によって強化しようとする急進   主義のフランス坂であり,いずれに.せよ,「租税体系についての真に歴史的な   民族」たるフランス人が利益説の旗のもとに盾接税,単税論,累進制,そして   能力原則を−・賢してかかげたことは,利益説−・般の,またそのフランス的存在   状況の問題性であろう。  

Ⅴ  

従来ともすれば漫然と利益説を解説し,また交換説とか,保険料説,政務費   用説などと類別される傾向に.対して,われわれはその歴史的基盤をあたえ,そ   の資本主義生成史上の史的内容をとかしこんで理解しようとした。個別と全般   のふたつの利益説を定式化したうえで,(1)近代思想主流紅おける租税根拠論   の17世紀型と18世紀型,その後雑な存在状況(時代別と階級別のくみあわせ),(2)  

スミス利益=能力説論争の整理,(3)近代思想における累進税論の意義づけ,  

会における公収入の諸問題」;山崎 怜「財政思想と財政政策一政策論の方法と思想史  

の必然性−」,『経済政策の現代的課題』(勤草書房),1963年12月。   

(7)

196   第41巻 第3号   

−・ヱβ −  

他)近代思想砿おける主流と反主流の確定,(5)近代思想に.おけるイギリス型と   フランス型の分極化,(6)利益説における租税根拠論と租税負担配分論の区別   の必要や納税拒否権の問題,さらにピット所得税の思想的前提の把握,ひろく   は近代諸革命と財政史の租税思想史的理解をふかめるのがねらいであり,これ   までの内外の諸研究は以上の視角からみですべて疑問視される。J・S・ミルのい   わゆる−・般的便宜と犠牲説がスミスへの全面批判というよりもその批判的継承   であるように,全般的利益説はいわば利益説の崩壊過程であった○   

補 説   

1イギリスに‥おける17世紀の租税論と18世紀のそれとを比較するとき,と   くに.めだつもののひとつは,後者に.おける累進税的主張の点在であり,知られ   ているよう紅,スミスやモソテスキ.ユ.−(イギリス人ではないが,18世紀のイギ   リス思想に絶大な影響をあたえた)やケイムズ(スコットランド歴史学派の大立物)や   K,,それはいちじるしい。だが,かかる傲優に,対して,それは a mereinci−  

(20)  

dentalremark 紅すぎぬとするセリグマンのスミスについての指摘に.象徴的  

な,租税利益説に累進原理ほ不適合とする通説がこ:れまで支配的であったし,  

く21)  

今日でもそうである。しかし,それでほ特殊18世紀的な史的意味ほ解明されえ   ないままでほあるまいか。累進税的主張の点在は果して偶然であろうか。これ   が第1。つぎに,もうすこ.しひろげていえば,租税利益説はその古典的なもの   紅限定しても16世紀から19世紀前半にノいたる約300年の経過をもつ。その間の   歴史の動向岬絶対王制・重商主義・市民革命・産業革命という諸時代と諸変   革を固有に.内包する一に.てらして,利益説が一定の変容をこう、むらないはず   はない。これが第2。しかも利益説は,おおざっばに↓、え.ば,オランダ,フラ   ンス,イギリスの諸国の政策と思想濫.胚胎したのであったが,周知のように,  

鋤 Edwin R.A.Seligman,Progressive7bxaiionin Theor.y and Practice,2nd    ed.,1908,p.165.  

桧山 ただし,たとえばシュノ\プなどはセリグマンに.批判的であり,さすが軋するどいとお    もわれるが,スミスの利益説に.おける18世紀的変容に気づいてはいない。F.Shebab,   

Pγ〃g7・βざ.S∠むg7七∬αf≠0邦,1953,pp..31−35,eSp.34.   

(8)

197   補説・個別的租税利益説と全般的租税利益説(上)   −J9−  

それらの国々の資本主義のながれもその経済構造も,そしてそれに対応する政   治思想や社会思想もかなり重大な差異をもっていたのだから,それら紅ささえ   られ,それらにくみこまれていた利益説に,おなじく−・定の変異のないはずは   ない。これが第3。そのうえ,それらの諸時代,それらの国々にほ.,つねに,  

ひとつの勢力,ひとっの階級ではなく,諸勢力・諸党派・諸階級が対立し依存   レ,融合し離散しながら,諸思想群が形成されて−いったのが歴史の真実だとす   れば,これらに照応する利益説申請形態がありうるはずである○これが第4。   

以上のような4つの,じつに当然といいうる疑問をいだいたわれわれには従   来の所説がどうに.も首肯しがたいのである。たとえば1例。租税利益説は「ひ・  

とまとめにいうとおよそつぎのごとくに.なろう。個々人があつまって社会を構   成し,社会生活をいとなむ紅あたっては,個人のカでは調整できない利害対立   や,じゅうぶんに.充足させることのできない社会的需要がうまれてくる。国家   ほ,そのような,個人のカでは処理しきれない問題を解決するため紅個々人が   なっとくのうえ.でつくりあげた機関であり,したがってそれは個々人の利益を   まもることを本来の使命としている。  しかし,国家ほ経費を支出すること   なし紅は.活動することができないから,その経費ほ.,国民がとうぜん負担しな   ければならないが,この負担は国民のがわからいえば,国家の活動に.よってう   ける利益の対価に.ほかならない。この意味で,租税とは国民がしかるべき機関   すなわち議会においてその必要性が確認された国家活動にたいしで支払う対価   であり,その根拠はこの利益一対価という関係把もとめられることとなる。  

・…ノこれはあらゆるものを交換関係ないし貨幣関係に.還元しようとするブル  

ジョア的な考え方に.いかに.もふさわしい思想であった。しかし租税の賦課徴収  

はもちろん,国家が与えるとされる利益活動もまた,はんらい国家権力の発動  

紅よる権力行為であり,交換関係とは異質のものであるから,租税利益艶なる  

ものは権力行為をギグ・アンド・テイクの関係に擬制して説明したもの紅すぎ  

なかった。いいかえればそれは科学的な解頭ではなく,たん紅ブルジョア的な  

イデオロギ−・にもとづいて,租税を合理化しようとしたものに.すぎないという  

大きな制約をもっていた。この制約は資本主義が上昇期紅あるあいだは,租税   

(9)

198   第41巻 第3号   

ー20−  

根拠論としての利益説の権威をかならずしも失墜させるものではなかったが,  

資本主義の矛盾が深まり,右のような擬制が妥当性を失うにつれて,利益説畔  

(22)  

この制約のゆえに……いわゆる租税義務説に席を譲ることとなったのである。」  

これは一見してどこにでもある変哲もない利益説の説明であり,もんだいなど   ありえようもない至当な叙述とおもわれるかも知れない。しかし,おもわぬ   主ころに.おとしあながあるというものだ。第1。ここでは.利益説が義務説と対   比したかたちで,歴史を画する2大学説としてえがかれる。これまた常識では  

(2S)  

ある。しかし,そのいわゆる利益説の体制側の鼓吹者たちが租税は「義務」で   はないとのぺたことがあったか。いな,である。かれらは「利益なければ租税   

(24)  

なし」とのぺたことがあったか。いな,である。かれらのすぺては納税拒否権   を否認しつづけた。のち紅記すように,かれらにおいては納税拒否権の拒否と   利益説とは相互依存のかんけいにあった。欝2。著者らによれば,利益説は  

「科学的な解明では.なく,たん軋ブルジョア的なイデオロギーに・もとづいて,  

租税を合理化しよう」とするものだが,この「擬制が妥当性を失うにつれて」  

租税義務説がでてくる。とすれぼ,租税利益説は虚偽意識的な弁護論だが,義   務説はそうではない,つまり「租税のもっている権力的側面をただ別の言葉で  

(25)  

いいなおした紅すぎない」もの,やや臭当で卒直なものにみえる。これまた,  

誤解をいざなう。まず義務説は,利益説の租税根拠論としての不適切を非難し   づつ自己を揚言するばあい,利益説に.ふくまれた「義務」ないしは「権力」的   側面を無碍して,自他をあざむいた。つぎ軋義務説は,みずからのなか軋「一  

(26)  

般的利益に.たいする一般的報償」のかんけいをひそませ,義務とはいいざま,  

位公 武田隆夫・遠藤湘昔・大内 カ『改訂・近代財政の理論−その批判的解明』(時潮社),  

1961年9月,173−4ぺ一汐。  

脚 著者らのいうホップズやぺティやスミスを指す。参照,武田隆夫・遠藤湘吉・大内    力,前掲苔,174−176ぺ−ジ。  

錮 同上,190ぺ、−・ジ。体制派(主流派)に.とっでは,租税の「合理化」(同上,174,  

190ぺ−・汐)が眼目であったから,かれらに.おいては,逆は其ではない。これが成立す    るのはヲデイカリズムに.おいてであった。のちをみよ。  

(姻 同上,190ぺ−ジ。  

鍋 同上,同ぺ」−ジ。   

(10)

199   補説・個別的:阻鋭利益説と全般的租税利益説(上)  

−2J一   

不断にみずからを利益説的に粉飾したり性格づけてきたのである。資本主義   は,資本主義であるかぎり,「理論」においても事実においても,利益主義を   放棄しさることはできない。義務説の支配するはずの今日,地方税はもちろ   ん,彪大な間接税体系,さまざま−の行財政における分担金・負担金・手数料の   かたちで応益主義が強化され,応能主義の大宗たる所得税の「減税」がさけば   れるのは,義務税の自他をあざむく「擬制」的本性でなくてイ可であろう。資本   主義にとって:ほ,いつの時代,どこの国でも租税や課徴金が必然的なのであ  

り,そ・れが諸資本主義の塾と構造によって歴史的・社会的変異をうけとるので   ある。われわれほその塾と構造の特殊利害擁護的イデオロギーのスロー・ガンに  

(27) 左右されてはならない。第3。著者らは利益説を「ひ・とまとめ」に・して,それ  

は「各人の負担は,国家活動によってめいめいが受ける利益におうじるよう紅  

(28) きめられるのがもっとも公平である,という一のである」とし,さらに「租税利   益説といわれるものに.は,租税の本質を政府の「サーヴィス」の対価と魂るも  

の,あるいは,国家をひとつの巨大な保険会社とみなし,租税を生命・財産の   安全をはかるための保険料と考えるもの……‥=個々人に利益を与える国家の活動   の費用を算定し,これを標準として課税せよというものや,個々人が国家活動   によってうける利益を享受する度合を標準として課税せよというものなどがあ   る。そ\れぞれニ、ユアンスは異っているが,全体に共通しているのは……租税と  

(29) 国家活動との間に,ギグ・アンド・テイクの存在を想定する点である」とする。  

ここに列記された諸々の利益説群は,サーヴィス価格説,保険料説,政務費用   説,交換説などと分類された通説の平板な羅列紅すぎないが,じつはこれらの   諸説は,それぞれ,大体において,ある特定の時代の,ある特定の国の初期資   本主義紅おいて個々に発生したものであり,そういう意味での特殊歴史的性格   をもっている0これをちだ「ギグ・アンド・テイクの存在を想定する」説とし  

抑 いい方に.よっては,利益鋭ほ義務説の初期資本主義的形態,義務説は利益説の後期資本    主義的形態とすることも十分に可能である。利益説とか義務説とかは,要するにたんな    るスロ−ガンであって,資本主義的租税に.おいては両者はメダルの表装なのである。  

㈹ 同上,173ぺ−汐。  

位9)同上,174ぺ−ジ,注(4)。   

(11)

算41巻 第3号   200   一22−  

て「ひとまとめ」に論ずるのは著者ら自身の方法にさえ矛属する。なぜなら,  

著者たちほみずからの学問を「ある時代またほある国における財政ないし財政   政策についても,それにかんする財政思想についても,それらのものがいかに   必然的に生じ,かつまたいかに必然的に廃棄されざるをえなかったかを明かに  

(30)  

し,その歴史的意義と限界とを指摘しうる」と誇示されていたのであるし,  

「租税利益説を奉じるひとびと」が「どのような方法をとれば,うける利益と   負担とがあいおうじうるか」について,一般的には「原始的蓄積期の論者は,  

支出税」を,「資本主義経済が確立する」と「収益税や,著俸的消費税」を  

(31)  

「合理的であると考えた」のであれば,当然に予想されるのほおなじく利益説   であるにせよ,支出税を是認する利益説と収益税や賓俸的消費税を是認する利   益説とのあいだに,・一・定のちがった歴史的刻印のみられる点であろう。しか  

し,著者らはこの点を放置しておいたまま,「利益説の背景には,原子的国家   観,国家契約説等のブルジョア社会の初期に支配的であった諸思想がひそん  

(32)  

で」」、るとの無概念の叙述をくりかえすだけである。もとより,18世■紀イギク  

し3Sl  

スでいえば,スミ.スをふくむ体制派はすでにきっぱりと原子的国家観や国家契   約説等を拒否していた。第4。著者らほ,利益説と義務説とを時代の先後とし  

(34) て上昇期資本主義と「資本主義の帝国主義化」とに対応させたが,両者はま  

ず時代別であるよりも,国別のもんだいである。各国資本主義分析と世界資本   主義分析のかんけいについてはいまはとわないとしても,利益説から義務説へ   のレェ1−マはイギリス内部に適用すれば,いわれるほどかんたんではなく,さ   きにふれた利益説=義務説の表裏かんけいが一層うかびあがるであろう。第   5。したがって容易に.察知されるように,対比はなに.よりもイギリスとドイツ  

\  

鋤」司上,67ぺ−ジ。  

軋 同上,174ぺ−ジ,注(5)。  

闘 同上,174−5ぺ一一汐,注(6)。  

鯛 原子的国家観なることばは,おそらく19世紀のドイツ人がみずからの嫌悪すべき相    手として勝手につくりあげた国家像であり,すくなくとも体制派匿かんするかぎり,こ    のことばからみちびかれるような単純無垢な理論を提出したイギリス人は17世紀にさ    え,いない。  

錮 武田隆夫・遠藤湘吉・大内 カ,前掲書,191ぺ一汐。   

(12)

補説・個別的租税利益説と全般的租税利益説(上)   −23−  

201  

では.なく,イギリスとフランスとの国別,さら紅王国内部の時代別に.,しか  

し,それよりも同時代の党派別になされなくてはならなかった。−・般把は従来   の,そ・して著者らの盲点はじつにこのあとの1点にこそあったとおもう。19世紀   後半のドイツに正統派財政学として,みずから財政学体系の「創始」を誇るド   イツは,なぜにこ.れまでイギリスやフランスに当該体系の「生誕」しえなかっ   たかの理由として,私経済の論理の公経済への無区別な応用を,すなわち利益   説をかぞえ,そのため把は,国別も時代別も党派別もすべていっぱひとからげ   にして,これを非難する必要があったのだから,イギリス内部の同時代の諸党  

(35)  

派,とりわけ体制派と非体制派の区別把冒をつぶった0た 

ン革命のさいに,「租税」の「即時廃止」や「不動産および動産」粧対する直接   税を執拗紅提案し,逆進的な間接税たる内国消費税を批判しつづけたレゲエラ  

6)  

(3  

−・ズ  

とか,「租税はあたえられる(g壱ぴβ〝)のであって,課徴される(よ∽♪郎♂♂)のでは  

(88)  

ない」とする18世紀のラディカルズのような,非体制派群が欠落する結果,17  

(39)  

世.紀のイギリスではロックをのぞいて直接税の,また差率課税の論調がまった   くないかのようなあやま二った認識とこれにたいする上すぺりの非難,「良由な贈   物」に.みられる課税権の否定を18世紀の体制派の主張でもあるかのよう紅混融  

脚 このことほ意識的紅なされたともいえるし,そうでないともいえるが,どちら紅して    も,かれらの目的のためには効果的であった。  

㈹ 松川七郎,前掲書。  

即)RichaI・d PIice,0血相門川烏■〃乃・い弼f如」情痴研ぎ扉Cね幻∴L∂♂γ′.γ,〃7βタ′飯山がゐ   

〃/■G〃がβγ・御脚れd如=彪ル誠一〝 彷d f加須.γq/■〃紹1祈の■紺∠〃iA弼gγ■≠−c〃,London,  

1776,p.6.傍点は原文イタリック。  

(姻 R.PI・ice,Ad離一才オ〃邦αJO∂・Sみ肌離0乃・ざ0 タカβⅣαわ rβα乃d VαJ〝βげCよむ∠Jエ〜∂β亘γ    and the VVdr with America,etC.,London,1777,p.27.傍点は原文イタリック。  

C391W.W.Gent,ProPosals to thc Q.fffccrs of thc jlrm.y a〃d C(t.y of Loltdo)t    ノbγrαゑブ〝gq/′■αJJ励めβ7七・別ほ㌧dⅥd C弘ざf¢肌ざ,1659,pp・3−6lCit.,in:F小    Shehab,02.ciiい,pp‖12,14−5.ここで汐.ェソトは,「人はたくわえうるものから,  

〔租税を〕支払うぺきであり,飲みくいしたり家族に着せたりするものから支払うことは    できない」といい,すすんで「年100ポンドをうる人は1ポンドを,200ポンドの人は…   

一・・・4ポンドをむしろ無理せずに支払いうるし,1千ポンドの人は100ポンドを支払わね   

ばならぬ…・」とし,「2千ポンドの人は,まったくの公正さで,300ポンドを支払う   

紅ちがいないし,支払うぺきである」という。   

(13)

第41巻 第3号   202  

−24 −  

してこれをなじる非難となるのであるq「ひ、とまとめ」に、論ずるのは,かかる   轍をふむことに.専一実上ならざるをえない。  

(未 完)   

参照

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