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初期シ.ユマーレンバッハの原価計算論

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(1)

284  

▲− 9ニ ー  

初期シ.ユマーレンバッハの原価計算論  

平 林 喜 博  

Ⅰ 間愚の所在  

ドイツ原価計算論の中核であるレ.ユマ−レ∵/バッハの原価計算論は,−・般に   1919年の論文「桧原価計算論」(Selbstkostenrechnung)でその実賀的な姿を   あらわし;1984年の著書「原価計算上価格政策」(Selbstkostenrechn11ng und   Preispolitik)の第6版においてその結実した理論体系をみることができると   いわれて−いる。 

−レ∵/バッハの凰価計算論は確立し▼たとみるのが至当であるが,しかしこの15   年間紅わたるレユマ−レ∵/バッノ、の花々しい活躍の時代紅ほ、約20年間にわた  

る胎動の時期のあったことを看過して−はならない。たしかに「シコ.マ−レンバ  

(り  

ッハ時代」と称されるはと,1919年以降15年間の精力的な活躍ほ称讃されるに   催いする。しかし,それがためこの胎動期の20年間が背後にかくれ,ともすれば   軽視されることほ遺憾である。レユマーレンバッハの原価計穿論の研究紅.おい  

ては,この20年間払わたる彼の理論生成の過程を研究することが不可欠であ   り,またこれとそれ以降における彼の理論との関連を求明することも大切なの   である。けだし,そこにシュ、マ−レンバッハ原価計算論の形成確立に必要な基   本的諸条件がそろっでおり,また広く原価計算の特殊ドイツ的条件が芽ばえて   いるからである。  

(1)E,Sch畠fer,Von der statischen zur dynamischen Betriebswirtschaftslehre ZfhF   1953,S.207小なお,シュマーレンバッノ\の高弟ハックス教授は,シュマ−レンバッハの    半世紀にわたる諸活動を3期に区分し,その第2期を1918年から1933年までとし,この    期間をシュて−レンバッノ、の学問の成熟と収穫の時代としている。けだし,レ・ユ・マ一−レ   

ンバッノ、の活動はまこと紅めざましいものであったと推察できる。(K,Hax,Schmalen・   

bachswissenschaftliches Werk seit1933‖ZfhF1953,S.498ff)   

(2)

285   初期シ㌧.マ−レンバッハの原価計算論   l− 93 −−   

しかしながら,現今かかる視点からシ.ユマーレンバッハの原価計算論を克明  

〈2)  

にあとづけるという労作ほ、比較的少くないといってよい。もちろん,それには   種々の理由が数えられようが,本小文ほ,その理由のせんさくを別にして,従   来のかかる研究上の欠階を数少ない先学諸貿の研究に.導かれつつ,いささかな  

りとも補過するのが目的である。つまり,1910年までに発表されたシュマーレ   ンバッハの原価計算北.関する諸論文を,初楓シュマ−レンバッハの原価計算論  

\jヽ  

というかたちで整理し,そこ紅みられる彼の原価引算思考を解明するのが,本   稿の目的なのである。  

1Ⅰ初期シュマーレンバッハの原価計算論の構造   さて,初期シーユ・マ−レン㌧バッハの原価計算論ほ、大きく 

なっていると考えられる。1つは原価帰属論であり,いま1つは原価補償論で   ある。しかも,この2つの部分ほ相互規定の関係軋あり,楯の両面であるとい   え.る。つまり,原価帰属論は原価補償論に規定されつつ展開されて−いるし,逆   に原価補償論ほ原価帰属論に規制されつつ論究されているのである。   

ところで,かかる原価計算論の構造を惹起せしめた要因はな々であるのか,  

考えて.−みなければならないであろう。私見によれば,それは間接費の問題紅閑   適するといえる。敷朽して−いえば,間接費は本質的紅ほ固定費的性格をもって  いるので,固定費問題が上記のような構成内容をンェ.マ、−レ∵/バッハをして   惹起せしめたと考えられる。つまり,固定費たる原価をどこ紅,例えば製品  

(2)松本剛著『原価理論の構温』(森山畜店,昭和42年版)は,この数少ない労作の1つと    して特にここにあげて:おきたい。本署は最近のシ.ユ.マ−レンバッハの原価計穿論の研究    成果を十分に唄囁しつつ,「レユ.マーレンバッノ\理論がどのような論理構造をもってド   

イツ独占資本主義下の経営実務を解釈し,また,政策を提示し更に.そのような論理構造    に・よってなにをどのように説明したのか」(同著,3異)辛いう分析視角より,シュマ  

・−レンバッハの原価計辞論を詳細に論究している玉着である。  

(3)本小文ではシュマ−レンバッノ\の諸論文のうち下記の3論文を特にとりあげている。  

1)Buchf9hrungundKalkulationim Fabrikgesc旭ft,,DieDeutschen Metallin−  

dustI−iezeitung.15Jahrg。1899..Nachdruck.19281   

2)Gewerbliche Kalkulation ZI・fhdasgesamte kaufm畠nnischeUnterrichtswesen,   

5.Jahrg1902/03,Heft6。7.u8(1902)Nachdruck,ZfhF15 Jahrg 1963.   

3)Theorie der Prod11ktionskosten−Ermittelung・ZfhF3rJahrg 1908/09   

(3)

286   滞40巻 第3・4号   

一−タイ 一  

紅,帰属させるのか,また発生した固定費をいかように回収補償するのか,こ   れがレ.ユマーレ∵/バッハの基本的研究課題であったと推察できるのである。   

もちろん,このような問題意識軋ほその当時の社会経済的状況が伏在してい   たことはいうまでもない。シ′.ユマーレンバッハとても時代の子である限り,その   思想的背恩たる社会経済的状況に鈍感でほありえなかった筈である。いな,む  

しろレユ.マ−レンバッハこそ経営経済学老として,他の誰れよりもいちはやく   ドイツ資本主義の発展の特異なる現象に.鋭い洞察を加えたのでほ.なかろうか0   周知の如く,1870年代以降の資本主義ほ,それ以前の資本主義とほ極あて異な  

る特異な現象を呈していた。綿工業から重工業への移行,個人企業の経営形態   から株式会社形態への発展,自由競争から独占への移行,そ・してなによりも慢   性的不況の出現,これらが70年代以降の新しい現象であった。このような状況  

軋あって,ドイツほ,先進国イギリスが「世界の工場」として世界市場を支配   しノているのに対抗せんがため,鉄鋼業等の重工業を中心にしていちほやく産業   資本の展開をこころみたが,これがためにほ,当初から巨額の資本調達をする   必要があり,そのために株式会社制度の採用に・よる資本蓄積が不可分に結びつ   いていた。いわばイギリスに.典型的に.みられる資本主義の発展に.対比して,特   異な形態の資本主義の発展をしたのがドイツであったわけである。   

tノかし,このドイツ資本主義は1870年紅ほフランスを,1890年にはイギリス   を凌駕せんばかりに発展したのである。だが,それだけに1873年の恐慌とそれ   紅つづぐ慢性的不況は,ドイツに.も大打撃をもたらした。とりわけ,巨大な固   定資本を要していたドイツ重工業部門への影響は大きく,過剰設備の慢性化に  伴う固定費問題ほもはや軽視できぬまでになったのである。1/コ.マーレンバッ   ハも自ら述べている。「原価計算論に.ついてのいままでの出版物に・みられる共通   の特徴ほ,それらが主として鉄鋼業及び機械工業から出ていることである0 

この現象の理由を私は主として−2つの事実にみることができると思う0  

1つはこれらエ業部門では製造間接費(Generalunkosten)の理解の仕方が  

大きな役割をほたしていることであり,いま1つは著しい景気変動の存在で  

あって,これが製造間接費に与える影響が強く感ぜられるに・至ったからであ   

(4)

287   初期シ宣マーレンバッハの原価計静論   − 95 −  

(4)  

る」と。つまり,シーユマ−レン㌧べッノ\の景気変動という表現に端的にあらわれ   ている慢性的不況下に.おける増大する間接費問題の解決,これが彼をして原価   計算の科学的解明を必要とする動機となっていることを十分紅認識して∴おかね   ばならない。   

レーユ.マ−レンバッノ\が間接費をいかに重要視していたかは,つぎのような論   述内容からも傍証できる。例えば,1899年の論文「エ場取引に.おける簿記と原   価計算」一一以下「1899年論文」と略称する一においては,直接費紅ついては言   及せずに.,間接費に.ついてのみ終始論述し,この間接費が操業度の増減に応じ  

(5)  

て,固定費,比例費,逓減費,逓増貿に分類できることを論述している。また   同様のことほ1902年の論文「工場の原価計算:(Gewerbliche Kalkulation).」  

下「1902年論文」と略称する一に.おいてもみ.られる。すなわら,ここでも連接   禦の研究ほ捨象し,いきなり間接費の性格論からその論究を始めているのであ  

(8)  

る。  

(4)E,Schmalenbach,Gewerbliche Kalkulationい ZfhF1963.S…376  

(5)ESchmalenbach,Buchfiihrung und Kalkulationim FabIikgeschaft.Nachdruck.   

S..8ff 

(6)E,Schmalenbach,Gewerbliche Kalkulation。ZfhF1963一S.376ff ここで「1899年    論文」と「1902年論文」との相違及び「1902年論文」の内容紅ついて少し論評してみ    たい。   

両論文の相違は,前者に.は表題からも明らかなよう紅原価計穿紅おける簿記的一也益    計静的一息考がみられるのに対して,後者の論文では簿記的問題が捨象されて.いるとこ    ろにある。より具体的に.いえほ,「1899年論文」では間接費の簿記的取扱のために計静   

的勘定(kalkulatorische Konto)を設けて論じて:いるのに対して,「1902年論文」では    このような論述がまったく影をひそめて−しまっているのである。もっとも,1907年の論   

文「生産費算定の技術」(Die Technik der Produktionskosten・EImittelung ZfhF    2.‥TabIgl.1907/08)では,もっぱら原価計界と簿記の関連紅ついて:,つまり工業簿記の問    題が論究ざれている。しかして,工業蒋記の問題は彼の原価計静論とは別個に論述され    るようになり,後のコンプ㌧ンラーメンの完成をみるようになるのである。  

ところで,この「1902年論文」は,最初バクア一によってその存在が指摘されていた    のであるが,その表題及び内容については十分知ることができなかったものである。しか   

し,このたびキ,ユ.」−ピックによって,それら未解決の問題が明らかに.された。(T,Beste,   

Schmalenbachs>>Gewerbliche Kalkulation<≪.ZfhF1963.S.373)  

なお,この論文紅ついて,ベステは,①この論文は弟1論文である「工場取引における    簿記と原価計算」とほ反対に,全く原価の問題のみを扱っていること,⑧読者はバ/ぷマ・−   

レンバッハがこの論文において,彼の原価学説の主要な考え方を示していること匿.気付   

であろうこと,⑨今世紀の初めに∴/コ∵マーレンバッハに.よって固定費が既に.はっきり認   

(5)

288   

第40巻 第3。4号  

・− 96 −−  

かくみると,初期レユマ−レンバッハの嵐価計算論は間接費ないしは固定費   の帰属論と補償論とが,その中心内容であったと理解できる。では,間接費は   どこに帰属させるのか。ま−た間接費ほいかように.して回収補侃するのか。そし   て,これらの問題ほ原価計算としていかに狙上に.のばるのであるか。われわれ   ほこの問題解決の緒口にレー。.マーレンバッハのいう原価範疇論と費用分解論と   があると考える。  

ⅠⅠⅠ原価範疇論と費用分解論  

初期レユマー・レンバッハの原価計算論に・おいて,格別に注意しなけれほなら   ないものの1つにいわゆる原価範疇論と費用分解論とがある。これらは後に・多  

くの論議をよび起したのであるが,レ.ユマーレンバッハによって若干の修正が   なされているのみで,今日でもシ.ユマ−レ∵/バッハ原価計算論の1つゅ特徴を   示すものとなっている。ここで原価範疇論というのほ,周知の如く,ミ/ユ.マー  

レ∵/バッハが原価を操業度の増減に関連づけて,比例費,固定費,逓減費,逓   増費に.それぞれ分類し,その性格を論じているものであり,費用分解論という   のほ,これら4原価範疇のうち逓減費,逓増費に.ついては,数学的に・比例的部   分と固定的部分(消極的固定部分)に分解できると論じているものである。い  

ま後述の必要のために.簡単な数値例でもって費用分解を示すと第1表のとおり   である。   

ところで,原価範疇論及び費用分解論について,初期のシュマ−レンバッハ   の諸論文をみると,そこに.ほ多少の相異のあることに.気付く。概していえば,  

その論述は時代をくだるに.したがって詳細に・なっている。例えば,比例費,固  

諭されていること,この3点をあげて:高く評価している。(T,Beste,Schmalenbachs>>  

Gewerbliche Kalkulation<冬.ZfhF1963.S1374−3L75)   

最後に.,「1902年論文」の内容をみるとおよそつぎのようにまとめられると考える0  

Ⅰ問題の所在。1.本論文の目的。2・本研究の社会経済的背景○  

Ⅱ 間接費性格論。1..間接費の問題点。2間接費・直接費の定義。3u間接費の性格o   i)原価範疇論。ii)費用分解論◇  

Ⅲ 間接費配賦計算論。1.配賦原価と配威基準。2・比例費計算について0   

3.原価補償の計算。   

(6)

初期シュマーレンバッハの原価訳者†論  

289    ーー97 −  

総原価K 固定費(マイナス固定費)K   lOO,000K   60,000Ⅹ   108,000K   60,000Ⅹ    108,000K   48,000Ⅹ   128,000K   48,000Ⅹ    128,000K   40,000Ⅹ   150,000K   40,000Ⅹ   150,000K  

O  

l80,000K  

O  

180,000K  

O  

210,000K  

O   

210,000K   −112,000K   256,000K   −112,000K   256,000K   −288,000K   324,000K   −288,000K   

比例致K   40,000Ⅹ   48,000K    60,000K   80,000K    88,000Ⅹ   110,000Ⅹ    150,000K   180,000K   180,000K   210,000K    322,000K   368,000Ⅹ   544,000K   612,000K   生産量P  

lい漁業区〈圭,,238冨  

2・操那〈壬;冨33;  

3・操業区〈墓:338芸  

4・操業区(…;233冨  

5・操業区(…;芸33冨  

6操業区〈…;…33冨  

7い操業区〈…;喜83;  

定貿,逓減費,逓増費に.ついての論述をとりあげて姦てこも,「1899年論文」及び  

「1902年論文」ほ,どちらかといえば記号を用い,簡単にそれらの性格を述べ   ている程度である。1例をあげれば,比例費とは,.方の壁産でγの原価の時,2∬  

し丁\  

の生産で2.γの原価になるようなものであるという。しかるに,これが1908年の   論文「牲産費算定め理論」−以下「1908年論文」と略称する一になると,記号  

(8)  

ほもちろん用いて−いるが,その上に要領を得た説明を加えているのである。   

同様のことほ費用分解論にもいえる。例えば,「1902年論文」では,逓減費ほ   比例部分と固定部分に.分解できるとして,それを数式で示しているにすぎな   い。つまり.方の生産でγの原価が生じ,2.方の生産で1施γの原価が生じる時,与れ   ほ∬の生産で弘γ十施γの原価が生じ,2.方の生産で弘γ・+抜γの原価が生じたとも   考えられる。しかしてこのうち弘γは固定部分,,施γと一色γはそれぞれ比例部  

(7)E,Schmalenbach,BuchftihrungundKalk111ationimFabrikgeschaft Nachdrucku   

1928.SS…8−9 

E,Schmalenbach,Gewerbliche Kalkulation.ZfhF1963・SS 377−379  

(8)E,Schmalenbach,Theorieder Produktionskosten−Ermittelung・ZfhFl1908/09・   

SS−42∬43.土岐政圃著『原価計界研究』節1巻(森L摘‥店,昭和1咋版)71−72頁潜照0   

(7)

第40巻 第3・4号   290  

ー・− 9ざ −一  

分と考えるのである。いいかえれば,.先の生産の時に発生したグ原価は弘γの固   定資と施γの比例費に分解でき,また2方の生産のさいの1施γ原価ほ学左プの固定  

(9)  

費と一色.γの比例費に分解できると考えるのである。ところが,「1908年論文」に   なると,この費用分解は具体的な数値一重届を用いている−でもって説明され  

(10)  

ているのである。例えば,次のとおりである。   

ある熔鉱炉が200トンの銑鉄を生産し,この生産段階で212トンのコ−クスを   使用する事とする。また,生産鼠を250トンにするとコL−クスの消費ほ236トン   に.なるとする。銑鉄生産鼠200トンー250トンの間ほ生産費を重患で出すと,固  

定原価,コL−クス=6け,比例原価,1トンの銑鉄につきコ−クス⊥誅トンとな  

る。   

銑鉄200トンの際にほ.原価は次のとおりになる。  

固定原価  

比例原価諒・×2qO  

116トン コークス    96トン コークス   合計212トン コ−クス   銑鉄250トンの際には原価ほ次のとおり紅なる。  

固定原価   比例原価誅×250  

116トン コ−クス    120トン コ、−クス   計 236トン コ」−クス    なお,余言でほ・あるが,シュマーレンバッハのこれらの説明の仕方から,筆   者はシュマーレンバッハが数愚計算の重要性を認識していたのではないかと推   察する。たしかに,原価計算ほ価値計算でなければならない。しかし,その価   値,つまり貨幣で評価された原価の基底k物畠のあることほ軽視できないので  

あって,ある場合に.は,その物愚の計算が重要となる。したがって,現今はと   もすればこの数愚計算を蔑視しがちであるが,それは数愚計算の存在意義を認   めないというものであってはならないと思う。シ.ユマ、−レンバッハが煩雑さを  

(9)E,Schmalenbach,Gewerbliche Kalk111ation.ZfhF19631S1378 

(101E,Schmalenbach,Theorie der Produktionskosten−Ermittelung ZfhF1908/09   

S43土岐政蔵著,前掲琴72−73頁参照0   

(8)

291   初期レコマ一−レンバッノ、の原価計弁論  

−99・−−  

さけ■るために記号あるいほ重嵐軋よる例示を用いたとほいえ,それを利用した   背後に.当時の原価計算における数愚計静の認識の高さを看取するのは邪道であ   ろうか。   

さて,本題に」戻って−,レユマ−レ∵/バッノ\の原価範疇論と費用分解論とは,  

彼の初期原価計算論においてほ,原価帰属論と原価補償論との結節点に.なって  いることに注目しなけれほならない。いいかえれば,原価範疇論及び費用分解   論を媒介に.して原価帰属論と原価補偵■論とは1体となって初期シ.ユマL−レンバ  

ッハの原価計算論を形成しているのである。   

例えば,シ㌧マ−レンバッノ\ほ「1899年論文」に‥おいて,問技費を第1次   原価と第2次原価とに.区分し,第1次原価のみを個々の給付単位に.帰属させ,  

(11)  

第2次原価ほ粕利益より嫡償するとし、うことを論じている。また,同じ意味内容   のことほ「−1902年論文」においても論述している。すなわち,間接費(allgemeine   Unkosten)は比例性の観点からみると間接的比例費(allgemeine Propotionalia)  

がまずうかびあがるが,られは個々の給付単位に配賦しなければならないとい  

(1ご\  

う。しかるに.,シ㌧.マ−レ∵/バッノ\は論理的に当然考えられる間接的固定費に   ついてほ全く言及してヽ、ないのである。これは,間接的固定費が粗利益より補   償されると考えるが故に.,配賦問題から除外したと考えられ,「1899年論文」の   考え方を踏襲しているものと察せられる。つまり,ミ/コマー・レ∵ンバッハは原価   を少なくとも比例性あるものと固定性あるものとに.区分し,前者は個々の給付   単位に.帰属させ,後者は粗利益から補償するという思考を当時もっていたもの  

と推論できる。端的にいえ.ば,部分原価計算思考を既に.もっていたといえるの   である。   

ところで,問頑は.,このような思考の背後に・原価範疇論と費用分解論とが顕   在していることである。つまり,初期シュマーレンバッノ\の原価計算論を構成   する原価帰属論と原価補偵論とは,この原価範疇論と費用分解論を不可欠の内  

(11)E,Schmalenbach,BuchftlhrungundKalkulationimFabIikgesch餌t,NachdluCk.   

1928.S.9  

(12)E,Schmalenbach,GewerblicheKalkuiation ZfhF1963S.379   

(9)

欝40巻 筋3・4弓   292   ー∫0♂一  

容として展開されているのである。シ′ユ.マーレンバッハのいう第1次原価と第   2次原価の区分思考ほ,明らか牡鹿価範疇論をふまえての費用分解蒔から導出   されている。すなわち,生産の増加紅伴って発生する原価部分を第1次慮価と   し,総額から第1次原価を控除したものを第2次原価とするのであるが,これ   は正に例えば,逓減費を固定費と比例費とに.分解するのと同じ思考に.もとづい   ている。したがって,第1次原価は比例的間接費であり,第2次原価ほ固定的  

(1B)  

間接費であると考えられるのほ至極当然である。   

かくみると,原価帰属論からいえぼ,いわゆる固定費ほ配賦されないという   考え方,逆に.原価補悦論からいえば,比例費ほ.原価のかたちで回収し,固定費   は鱒利益より補償されるという考え方が生起し,これを計算暦欣・みちびき出し   ているのが原価範疇論であり,また費用分解論であるといえる。しかし,ミ/ユ   々−レンバッハに.とって,このように.比例費と固定費とを別々把封節する理論   的根拠ほ何か,という問題が必然的紅生れる。以下節をあらためてこの問題に  ついて考察したいと思う。そのさい,われわれは原価帰属論の立場と原価補償   論の立場との双方から考えてみたい。もちろん両者が密接檻連関することほい  

うまでもない。  

ⅠⅤ 原価帰属論と固定章の別計算  

原価帰属論から固定費の別計算を考えてみる場合,われわれはヤ、ま1皮シュ   マL−レ∵ソバッハの数学的費用分解を吟味する必要がある。   

前述のように.,シュマーレ∵/バッハのいう第1次原価あるいは間接的比例費   ほ,彼の数学的費用分解で算出されるところの比例費部分と対応する。ところ   が,費用分解で昇出されやところのこの比例費部分は,欝1表からも明らかな  

ように,操業度(区)の各段階に.応じてその額が異なるということである。つま   り,こ・の比例費というのは生産鼻の増加隼よる原価増加分を算出する大きさで   あって,それが故に.生産蚤の増加につれて,その都度固定費から比例費へ移る  

凋 久保田音二郎若『間接費計界論』(森山督構,昭和34年版)168貢:。   

(10)

293   初期レ.ユ.マーレンバッハの原価計算論   − J(〃一一  

ものが生じるのである。したがって,第2次原価,つまり直接帰属されえない   原価ほ.生産長の増減紅応じて異なるという奇妙な現象が生じることとなる。固   定費が操業度の違いに.よって異なるということは,その性格からして明らか浸   矛眉である。しかし,あえてシュマーレ∵ソバッハがこのような主張をする根拠   は奈辺にあるのか,それを考えること.がここでは重要である。筆者の理解に.よ   れほ,かかる主張の根拠は,シ㌧.マーー・レ∵/バッノ\が,原価総額から第1次原価   を控除した第2次原価,つまり数学的費用分解に.よる固定費部分を非原価であ   ると考えていることにあると考える。いいかえれはぅ 喪用分解によって算出さ   れる固定費をアイドルコストであるとシュマ・−・レン㌧バッハは考えているものと   推論できる。ことで,アイドルコストであると考えられる理由はバ/ユマ−レン   バッハの数学的費用分解に.よれほ・,第1表より明らかなように生産品の増減に   応じて固定費部分が変化するが,不足操業度(1,000p・−2,000p)から完全操業   度(2,000p−2,800p)へ上昇する紅つれ 

ことにある。すなわち,そこで固定費部分が減少するのは操業度が完全操業度   になるにしたがって,それだけ固定費を形成する機械,設備等が利用されてい   ることを示しているのであって,それはアイドルコストの減少を意味している   と考えられるのである。逆にいえば,固定費部分の存在は不完全操業から由来   する機械,設備等の未利用を意味し,それがアイドルコストを構成していると   考えられるのである。 

しかし,かかる考え方が正鵠を得ているとすれば,いったいシーユマ−レンバ   ッハは固定費をいかに.理解しているのであろうかという反問が予想される。シ′  

ユマ−レ∵/バッノ\は周知の如く,固定費を操業度の変化に.影轡されないものと  

(14)  

規定している。   

しかし,後にでほあるが,彼は「限界価値をもってする分解に・よって生じる   固定費は,1)元来の固定費に.,2)経営準備の増大による固定費を加え,3)経営  

(15) 価値の増大によって生じたる経営収益を減じたものである」と論じている。つ   

(14,iE,Schmalenbach,SelbstkostenrechnungI。ZfhF1919S小287  個 レユマ−レンバッハ著・土岐政磯訳首娩価討罰と価格政策』(森山一古仏,昭和3叫版)   

78−79王i。   

(11)

第40巻 滞3・4弓   294   ーJ〃ご一一  

まり,、固定費を絶対的固定費である経営準備の原価と述べつつ,これは限界操   業度でのみ固定的であり,したがっ.て∴それぞれの操業度では.さまざまな大きさ  

(1(〉)  

をもつと論じるのである。   

さて,ミ/ユ.マーレンバッハのかかる固定費に対する2様の解釈は,−・見する  

ところ二律背反である。しかし,そ・の内容をよく吟味すると,まず,一山方で固定  

費という場合の固定費はいわゆる帳簿技術的費用分解による固定費であり,他   方の固定費というのは数学的費用分解に.よる固定費であることが理解される。  

次に,数学的費用分解に.よる固定費ほ.,帳簿技術的費用分解による固定費のう   ち利用されていない部分を意味していることが認識される。そして,かかる理   解から固定費には本来的固定費と,そのうち利用されない部分をいう固定費と   の2つの意味があり,またこれに応じで比例費にも本来的比例費と,生産患の   増減に伴って固定費のうちで利用された部分をも含める比例費との2つの意味  

(17)  

のあることが判明する。しかして,この利用されない部分をいう固定費がアイ   ドルコストであること.は明らかである。   

かくみると,原価帰属論の立場から固定費の別計算の論拠を探ぐると,この   固定費が数学的費用分解に.よる固定費であり,それは究極的にアイドルコ′スト   であるが故に別封算をするという論理がうかびあがる。そして,数学的費用分   解はかかる固定費を算出するための1つの用具として初期シ.ユマー・レンバッハ   の原価計算諒でほ重要な位置をしめていたと考えられる。  

Ⅴ 原価補償論と固定費の別計算  

さて,固定費の別計算の根拠は原価補償論の立場からも考察されねばならな   い。これについては,まず「1899年論文」においてシー。.マ−レンバッハが論述  

していも2段階的原価補偵論が参考になる。彼ほおよそつぎのように論述して   いる。いま,原価逓減の場合を考えてみると,例えば商品(単1商品のみを扱   っている)100に対して200マルク,商品200に対して300マルクの原価が発生し  

(16)E・Schmalenbach,alp a0r・SSh297−298  

肺 一土岐政蔵著,前掲書10L7−109瓦参照。   

(12)

初期レユ.マ−・レンバッノ、の原価計算論  

−lJ(人†トーl  

295  

たとする。この場合,補偵は2段階に.分け,最初に.商品100が製造され,その   後に.更に商品100が製造されると仮定して,原価柊最初200マルク,ついで100  

(18)  

マルクそれぞれ補償されると考えればよい,というのである。同じような考え   方ほ,既述の第1次原価と第2次原価との区分に関連した叙述でも十分理解す  

ることができる。つまり,そこには第1次原価のみをまず回収し,つぎに・第2   次煉価を粗利益で補偵しようという思考がみられるのである。つまり,ここか   ら看取できることは,原価を段階的に補偵サるために.固定費の別計算という思   考が生れてし、ることである。したがって,ミ/ユマーーレンバッノ\の数学的費用分   解ほ,原価補償論からみれほ固定費,比例費の分解ではなく,原価補償の順序  

を決定するためのものであり,−・方が原価討尭のかたちで補償されることから   補償原価といえば,他方は原価計算のかたちで補償されず粗利溢より補偵され   るので非補償原価となり,いわば補偵原価と非補偵原価との区分を意図したも  

(19)  

のが数学的費用分解であるといえる。   

しかし,何故に原価の段階的補償が必要であるのか,という問題が依然とし   て残る。これについては2つのことを考えねほならないと思う。1つは,シ.ユ   マーレ∵/バッハの原価計算に対する考え方であり,′いま1つは,原価の発生の   恒常性と原価の回収補償の部分性という事態を招いたドイツ資本主義経済の基   本矛盾である。   

前者のレユ.マ−レ∵/バッハの原価計算に対する考え方に・ついては,「1908年論   文」にほっきりと看取できる。それは,シ㌧マ−レ∵ソバッハは原価計算の目的   を多岐的に.みているのであるが,価格決定を中心課題とする価格計算をそれら   の中でもっとも重要視していることである。しかし,彼は原価計算が価格決定  

㈹ E,Schmalenbach,Buchf伽ungundKalkulationimFabrikgesch&ft・NachdIuCk,  

1928、Sい8 

(19)シ.ユマ⊥レンバッハの数学的費用分解については,周知の如く種々の論談がある0し    かし,今日では,この費用分解はシュマーーレンバッノ\白からも承認しているように固定    費と比例費の分離ではなく,補償原価と非補償原価との分離を企てるものである,とし、   

う見解が通説となっゼいる。VgllE Heinen,BetriebswirtschaftlicheKostenlehre・   

BdI.Grundlagen,Wiesbaden,1959SS244−257矧=卜雄監訳『原価理論』(中央経    済杜,昭和39年版)176−189克参照○  

/   

(13)

第40巻 第3・4蔓  

一一−ノりイ・−−−  

296  

に.連接的に関連するとは考えていないのであって,価格決定に第1軋必要なこ   とほ得らるべき価格(erzielbare Preise)の決定であり,その意味で原価計算  

(20)  

ほ価格決定に.対して第2段的に考えるノぺきであると論述しでいる。つまり,原   価計算は得らるべき価格の算定であるという考えが,レーユマ−・レンバッハの原   価計算の目的観なのである。そ・して,このために2つの原価の計算方法が考え 

られているのである。1つは,得らるべき価格の算定の手段としての総平均原   価計算である。いま1つはその時の作業度に.相応した比例原価のみを計算する   方法である。そしてシュマ−・レ∵ンバッノ、はいう。「固定費は,当該経営部門が正   常の作業に.とどかない限り概いして計算されない。逓減費は,一固定,比例両部   分に・分解した後,その比例費的部分の魂をもって・−総平均資より少ない一計琴  

(21) される」と。   

かくして,シ㌧マーレンバッノ、の原価計算聡.よれば,得らるぺき価格の決定   を通して,第1段階として基本的には比例費からなる原価回収計算がなされ,  

第2段階として固定資の粗利益よりの補償計算が考えられて−いるのである。い   いかえれは,得らるべき価格の決定に.よって,企業はこれが市場価格といかな  

る関連に.あるか,つまり市場価格より上廻わるのか−比例費回収が十分に.でき   そ・の上回定費の補償もできるのか−,あるいは下廻わるのか一比例費回収さ   えできないのか−を比較し,それによって自己の企業の順応力をおしはかるの   である。しかして,このために.は比例費計算が必要であり,逆にいえば固定費の   別計算が必要と顕るのである。端的にいえば,企業の競争力維持のための価格   政策的な原価計算思考が,固定費の別計静の根底にほ.存在しているのである。   

しかし,かかる底流の根源はドイツ資本主義の基本矛盾にある。高度に生産   技術の能力を高め姦が,しかしそのために固定設備からくる固定費の恒常化を   十分に解決できない市場の不安定は,原価計算に.価格計静を中核ならしめ,原   価の段階的補償を正当化しているのである。シュマ−レ∵/バッハの初期原価計  

鋤 E,Schmalenbach,Theorie der Produktionskosten−EImittelunglZfhF1908/09    SS58〝−62土岐政蔵著,前掲苔92−97見参照。  

(2ユ)E,ScbmaleJlbacb,aノa.0.,S.61土岐政威著,前掲題=96頁   

(14)

297   初期シ㌧.マ−レンバッノ、の原価討静論   一九清一−  

算論は正に・かかる原価計静思想を具体化し,その計算の論理を定着させる役割   をほたしているのである。  

Vlま  と  め   

以上のように・,初期レ.ユマーレ∵ノバッハの原価計算論は原価帰属論と原価補   償論とからなるのであるが,その特質は固定費の別計算碇ある。そして,この   固定費の別計算の根拠は,原価帰属論からみればそれが究極的にはアイドルコ   ストであるからであり,原価補償論からみれば市場価格と得らるべき価格との   関係から顔階的に.原価を補償しょうとする価格政策的原価計算思考砿ある。、し   かも,これら固定費の別計静を可能にするために原価範疇論と費用分解論とが   密接にからみあって,初期レ.ユマ−レンバッノ、の原価計算論を構成しているの   である。   

ところで,かかる原価計算思考はいうまでもなく部分原価計算思考そのもの   である0それは原価の帰属に弾力性をもたせると同時に,その回収紅も段階を、  

つけて部分的に実現しようとするものである。しかし,かかる計算の前提は市   場価格の存在であり,かかる前提の下に原価計算は得らるぺき価格の算定に第   一儀的に関与することができるのである。そして,この事実はますます原価計   算を文字通り原価のみを計算するという方向へ,へまりⅩalku18tion(原価給   付売価単位計算)からKostenrechnungへの推移を示す根拠にもなるのであり,  

初期シュマー・レンバッノ\の原価計算論はこの推移をよく示しているといわれて   

(22)  

いる。   

さて,初期シュマ−レ∵/バッハの原価計界論には,費用理論がからみあって   いるのが看取できる。原価計算と費用理論との交渉についてはいまだ十分な解   明がなされておらず,しかもなかなかやっかいな復雉な問題を含んでいるので,  

早急に解決のつくものでもない。しかし,初期シュマ−レ、ンバッノ、の原価計算  

論に原価計算と致用理論との交渉の様相の1つのパタ−ンをみる。それは,極   鋤 久保田音二郎稿「Kalk11lationにひそむ原価計界,思考」(『国民経済雑誌」第115巻第5   

宅)   

(15)

298   節40巻 節3・4写   

−−JO6−・  

めて素朴ではあるが,費用理論の内容を形成する原価範疇論と費用分解論とを   原価計算の中心問題である原価帰属論及び原価補償論に・結びつけて,1つの理   論体系を構成しているところにみられる。   

しかし,問題ほ.依然多く残されている。初期シュマ−レンバッノ、の原価計算   論と後の彼の原価計静論との関連紅ついての考察もそ・の1つである0いまいえ   ることは,初期の原価計算思考が後にも引継がれていることである0シ′ユマー  

レンバッノ、の後の原価計算論を端的に.示す書物の表題が「原価引算と価格政策」  

であることは,この事情をよく物語っていると思う。そして,それほまたド   イツ原価計算の特殊性でもあることは周知のところである。しかし,後のシュ  マーレ∵/バッハの原価計算論にほ,経営価値論という初期にもそ妨薪芽がみら   れるが,重要な考え方が導入されていることに十分注意しておかねはならない。  

経営価値論の完成をもってレ.ユ.マ−レ∵/バッハの原価計算ほその礎石を獲得す  

るのである。初期の時代はこれについ■ては完成した考え方をみることができな  

い。しかし,逆にいえばそこにレ.ユマ、−レンバッハ原価計算論の後の発展の軌  

道がほっきりみられるわけである。   

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