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学力形成 と教師の指導力への期待

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Academic year: 2021

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●シンポジウム 学力低下」問題を問う①●

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学力形成 と教師の指導力への期待

上越教育大学 高 田 喜久司

1 学力低下の様相 と本稿の意図

学校週5日制の もと,「ゆとり」のなかで 「生 きる力」の育成 をス ローガ ンとした新学習指導要領の完全実施 を目前 にして,いま 「学力低下」 に関す る論議が活発 に展 開され, ヒー トア ップ している実情 にある学力低下で 国が滅ぶ学力低下‑ 日本の深い危機ゆとり教育』で 日本衰亡」等々, これ らは総合誌や教育雑誌の刺激的な特集テーマである その論調の多 くは 子 どもの学力低下の原因をゆとり教育に求めている。そのため 「基礎 ・基本 の徹底」や 「基礎学力の充実」が改めてクローズアップされてきた。

新学習指導要領は現行の内容か ら3割削減 した 「厳選 された内容」 を 「 減 した授業時数」でゆとりをもって確実に習得するよう意図 したものである

これに対 して内容 も時数 も減 らしたゆとり教育では学力低下は当然だ という 考え方が根強い。ゆとり教育が学力低下の元凶 となった感がある。

これ ら学力低下の一様相 を確認 しなが ら本稿では,学力観の変遷 を素描 し なが ら学力形成のポイン トにアプローチ したい。具体的には,まず経験主義 的学力観 も,対極 にある科学主義的学力観 も学力の維持 ・向上には難点があ ったことを指摘する。次に新学力観の トライアングル ・モデルの提示やカリ キュラムの全体構造的理解の重要性 を論 じ,学力形成への教師の姿勢 を問う

さらに各教師が †生 きる力」の育成に関連する基礎 ・基本の確実な定着 を図 るポイン トを明示 してみたい。

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2 学力観の変遷 と学力低下問題

(1) 学力観の変遷 ・素描

学力の問題は社会的,歴史的条件に制約 されて起 こってきている。戦後の 教育において,学力が問題 とされたのはおおむね5回であったと考えられる

1期は1950年代,戦後の民主主義社会を基底 とした経験主義の学力観で ある ここでは「生活 ・経験 と学力」との関係が問題 となった。第2期は1960 年代,高度経済成長の進行 と情報社会への突入 という社会的条件に基づいた 科学主義的学力観の登場である。「系統 ・構造 と学力との関係が主要テー マ となった。第3期は1970年代の安定経済成長,人間性尊重の社会傾向か ら, いわば人間主義の学力観である。「人間性 と学力の関係が論議 された。第

4期は, 「新 しい学力観」が唱道された時期であ り,人間性 をより深めた 「 性重視を志向 した学力である。第5期は新 しい学力観の延長 と措定 しても よい現在のゆとり教育の是否をめ ぐる 「生 きる力の育成にかかわる学力観 である。

学力観の変遷 をた どって指摘で きることは,わが国の教育界 は学力の維 持 ・向上には必ず しも有効に機能 しなかったということである。その経緯 を

まず明 らかにしよう

(2)経験主義的学力観 と 「はいまわる経験主義

経験主義の学力観は,行為 し学習する子 どもの経験 を基調にお く考え方で ある。客観的な知識体系 よりもむしろ,主体性 に立脚 した経験 こそが,真の 学力であるとみなす ものであった。具体的には,問題 を解決するプロセスの なかで,民主主義社会に生 きて働 く諸能力 (思考力,判断力,行動力)や態 度を身につけるものとして期待 された。

ただ,経験主義が強調する問題解決能力は子 どもの生活経験の射程にある 知識 ・技能に重点をお く結果 とな り,経験 を拡大すれば真の学力が形成され るものと考えられたのであるか くして,経験 を支える学力観は1950年前後 か ら,読 ・書 ・算の基礎学力の低下 として批判を浴びるようになる すなわ ち,子 どもの勝手気 ままな経験ばか りが豊か とな り,客観的知識の体系 とし

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学力形成 と教師の指導力への期待

ての学力が空自になって しまったことが問題視 されるようになったのである。

これに対 して経験主義の立場か らは,読 ・書 ・算の力は低下 したか もしれ ないが,問題解決力や思考力 ・行動力 ・生活能力などは伸長 したか ら学力は 低下 していない と反論 している。 この批判,反批判の図式は今 日の学力問題

を論議するモチーフと類似 していることに留意 したい。

しか し各種の学力調査が,計算力などは戦前に比べてほぼ2学年低下 して いることが客観的な事実 として証明されたことによって致命的 となる0

経験主義的学力観 は,さらに生活や経験的事実の学習によって子 どもに何 を認識 させ ようとするのかが不明確であると批判が加 えられた。単に子 ども の 日常生活の経験 を大切 にしているだけでは 「はいまわる経験主義」だ と指 摘する声が強 まったのである。

(3) 科学主義的学力観 と 「おちこぼれ問題

基礎学力低下論議のなかか ら芽生えた知識体系重視の傾向は,1960年代 に 入って強 まり,やがて客観的知識を重視する科学主義的 (系統主義 ・教科主 義的)学力観の登場 となる。ただ,文部省は1961年度か ら全国一斉学力テス トを実施 したが学力獲得競争の様相 を呈 して過熱化 し,その弊害が指摘 され 5年後 に廃止 される。

科学主義的学力観 は,科学的,客観的知識に重点を置 きす ぎたため,「 学あって子 ども不在」の学力へ と陥る危険性 を宿 していた。その うえ,

度で過密 な教育内容」 と 「急 ぎ足の授業展開」,これ らの要因が競合するこ とによって授業についていけないいわゆる 「落ちこぼれ」の子 どもが増大 し, 厳 しく批判 されるようになってい くおちこぼれ」問題の表面化 は,授業

を理解で きる小学生は 7割,中学生は 5割,高校生は 3割 という 「七五三教 育」 と称 され,今 日に至っていると解 される。

結局,教育界の二大思想潮流 と考えられる経験主義的学力観は 「はいまわ る経験主義」 とな り,科学主義的学力観は 「おちこぼれ問題を招来 し,学 力の維持 ・向上に寄与することにはならなかったと結論づけられるのである。

それでは,「新 しい学力観」や 「生 きる力」の育成の特質や問題点は奈辺 に あるのであろうか。

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3 新 しい学力観」の特質と問題点

(1) 新学力観のメ リッ ト・デメ リッ ト

新 しい学力観 (新学力観)は,端的に言って,学習結果 としての 「知識 ・ 理解 ・技能」 (見 える学力) を偏重す るのではな く,学習プロセスで体得す る 「関心 ・意欲 ・態度

思考 ・判断 ・表現」 (見えない学力)に, より多 く の価値 を認め ようとするものである。新学力観が提唱 される背景には 「子 ど もの問題行動

過熟 した受験競争

学校教育の画一性 ・硬直性に歯止め をかけることによって,教育本来のあ り方 を求めようとする意図があった と いえる

「関心 ・意欲 ・態度」 を重視する新学力観への転換 によって,教育実践界 では子 どもを徹底 して中心 に据える 「活動型授業構成への取 り組みが盛ん になったことがメリッ トである。他方 「活動型授業構成のメリッ トは大 き いが,活動 させ ることによって 「知識 ・理解 ・技能」や 「思考力」 は確実に 体得で きるのか と危倶 されるようになった。新学力観の提唱によって知識 ・ 理解や思考力が軽視 されているのではなかろうか という声が多かったことを 想起 しなければならない。

(2)新学力観の 「トライアングル ・モデル」

新学力観 は本当に知識 ・理解 ・技能を軽視するものであったのであろうか。

新学力観が求める資質や能力 は周知の ように,① 「関心 ・意欲 ・態度」,

② 「思考 ・判断」,③ 「技能 ・表現」,④ 「知識 ・理解4観点によって構 成 されている。 この4観点は学力の内実か ら検討すると,3側面に整理する

ことが可能である。

1は,学力の情意的 (エネルギー的)側面 としての 「関心 ・意欲 ・態度」

であ り,学習過程 においては 「導入」で重視 される。

2は,学力の機能的側面 としての 「思考 ・判断 ・表現であ り,学習過 程 においては 「展開で強調 される

3は,学力の内容 (実体)的側面 としての 「知識 ・理解 ・技能」であ り,

終末で力点が置かれる。

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学力形成 と教師の指導力への期待

もちろん,「関心 ・意欲 ・態度」は導入段 階で終了することな く,展 開や 終末で も持続することが大切である。同様 に,「思考 ・判断 ・表現」 も 「 識 ・理解 ・技能」 も,それぞれすべての段階で重視 されなければならない。

ただ,力点の置 き方に違いがみ られるのである ところでこの 3側面 をどの ように理解するかが,新学力観 を具現で きるか否かのキーポイン トだった と 考える。

まず もって,「関心 ・意欲 ・態度」 と 「思考 ・判 断 ・表現」 と 「知識 ・理 解 ・技能」の3側面 をバ ラバ ラに分断 しては,新学力観の真意 を理解するこ とにはならない。 これ ら3側面が,相対的に独 自性 を保ちなが らも,楽器の トライアングルのように全体 に響 きわたって統合 され,結果 として 「個性重 視」の学力 として定着することが肝要なのである これが筆者の提言する新 学力観の 「トライアングル ・モデル」のエ ッセ ンスである

新学力観論議 において,教師はこの 「統合」や 「全体的」 に理解する観点 が きわめて弱かったといえる。

この トライア ングル ・モデルに従 えば,「知識 ・理解 ・技能」が不十分 な ところに 「思考 ・判断 ・表現」は機能 しない し,「関心 ・意欲 ・態度」 も育 成 されないことを意味する。同様 に 「関心 ・意欲 ・態度」 を軽視するところ では 「思考力」を保証することはで きない し,いわんや 「知識 ・理解 ・技能」

の定着 も至難であろう

したがって活動型授業によって 「関心 ・意欲 ・態度」 に訴えつつ も,最終 的には 「知識 ・理解 ・技能が身につけ られなければならない。新学力観は, 学力のエネルギー的側面 を過重視 して,「知識 ・理解 ・技能」や 「思考力」 決 して軽視するものではないことを教師は改めて確認 してお くべ きであろう

新学力観」 は見える学力だけでな く見えない学力 も含めて総合的にとら えるところに特質があった。そのため新学力観が教育界のスローガンとして もてはや されたほどにはその実践が上滑 りに陥 りがちだった と批判 されるの は,新学力観 を、全体的観点か ら理解する姿勢が希薄だったか らであると推断 される。

生 きる力」の育成 にかかわってこの4月,「指導要録」の改善が公表 さ

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れた。各教科の評価観点は新学力観時代 の 「関心 ・意欲 ・態度

思考 ・判

技能 ・表現

知識 ・理解とまった く同一であることに鑑みるならば, 学力観 を全体構造的に理解することは喫緊の要請課題 といえる この トライ アングル ・モデルは,今後 とも学力 を理解するうえで,一つの有効 な示唆を 与 えて くれるのではなかろうか。

4 生きる力」の育成と 「基礎 ・基本の確実な定着」

(1) カ リキュラムの全体構造的理解

全体構造的な理解 はカリキュラムについて も行われなければならない。新 学習指導要領 ・総則 には次のように記 されている

学校の教育活動 を進めるに当たっては,各学校 において,児童 (生徒) に生 きる力 をは ぐくむことを目指 し,創意工夫 を生か し特色ある教育活動 を 展開する中で, 自ら学び自ら考える力の育成 を図るとともに,基礎的 ・基本 的な内容の確実な定着 を図 り,個性 を生かす教育の充実に努めなければな ら ない

この総則の中身をキーワー ド風 に言い換 えるな らば,特色ある教育活動」

を展開す るなかで,「生 きる力の育成 を目指 し,「自ら学び自ら考える力

の育成 と 「基礎 ・基本の確実 な定着を図って,「個性 を生かす教育」の充 実に努めることを要請 している。 「自ら学び自ら考える力基礎 ・基本

がバ ランスよ く響 き合 って統合 され,生 きる力が育成 されるという全体 構造 をもっているのである

しか しなが ら,新設 される総合学習に向けた取 り組みが活発化する一方で, 基礎学力低下‑の懸念の声があがっている。教師は 「総合学習」 と 「基礎 ・ 基本の確実な定着」 とのバ ランスを図ってカリキュラム構成 をどの ように宥

うかが問われているといえよう。

この うち,「基礎 ・基本の確実な定着について少 し検討 してみよう

(2) 基礎 ・基本の 「確実な定着」‑ そのポイン ト

今回の中教審や教課審答 申,さらに新学習指導要領で特徴的なことは,塞 礎 ・基本の 「確実な定着」や 「繰 り返 し指導」 とい う文言が多用 されている

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学力形成 と教師の指導力への期待

ことである。 これ らをカリキュラムや指導計画の全体構造のなかにどう位置 づけるかは学力 を検討するうえで不可避の課題 といえる。

た とえば新学習指導要領小学校 ・総則の第5指導計画の作成等に当たっ て配慮すべ き事項 「2‑(5)には 「各教科等の指導に当たっては,児童 が学習内容 を確実に身に付 けることがで きるよう,学校や児童の実態に応 じ, 個別指導やグループ別指導,繰 り返 し指導,教師の協力的な指導など指導方 法や指導体制 を工夫改善 し,個 に応 じた指導の充実を図ること」 とうたわれ ている

基礎 ・基本の確実な定着 を図るためには,この配慮事項 を自校化 した指導 計画が作成 されなければならない。具体的には,各学校や各教師においては 次のポイン トを実質化する配慮や工夫がなされているのであろうか。

①あなたの学校では子 どもに身につけさせたい基礎 ・基本 とは何かを確定 し 把握 していますか。

②学力調査等によって子 どもの学力傾向や実態を把握するように努めていま すか。

③学力調査等の結果か ら理解不十分な内容について指導改善を図ろうと努め ていますか。

④一人ひとりの子 どものつ まず きや理解不十分な学習内容について,個別指 導やグループ別指導,ティームティーチ ングなど指導方法や指導体制 を工 夫 していますか。

⑤学習指導法のなかに 「確実 な定着」や 「繰 り返 し指導「ドリル学習 位置づけていますか。

学力問題 を考 えるとき, 「総合学習」に比 して基礎 ・基本の 「確実な定着」

への取 り組みがやや心許ないように思 うのは,筆者だけであろうか。

学力低下が論議 される折,さらに学力形成に難のあった歴史的事情 を 考慮するとき,カリキュラムや指導計画を全体的な視野か ら理解 しつつ,各 教師は基礎学力向上への配慮 を忘れてはならないのである。本来,学校教育 の課題は基礎的学力の形成にある。学力形成や向上は教師の指導力 しだいで あることを改めて肝 に銘 じたい。

参照

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