近代経済神学史の展 開(37)
近 代 経 済 神 学 史 の 展 開
ロ バ ー ト ・H・ ネ ル ソ ン
『 地 上 の 天 国 へ の 到 達 経 済 学 の 神 学 的 意 味 』 に つ い て
坂 本 幹 雄
「 進 歩 の信 仰 者 が,ビ ジ ネス と宗教 の 両者 を 心安 らか に分離 す る こ とが で きた の は,前 者 を 将来 の地上 の天 国 を出現 させ る ため の手段 と考 えた か らで あ る。 … …経 済進 歩 が道 徳 的 目的 を 持 ち得 ない な らば,わ れ われ は,た とえ一 日た りとも,物 質 的利 益 の た め にモ ラル を犠牲 に し て はな らな い… … われ わ れ は最 早,ビ ジ ネス と 宗教 を魂 の別 々の引 出 しの中 に入 れ て置 くべ き で はな い。」
(J.M.ケ イ ンズ 「ロ シア管見 」1))
1.神 学 史 と して の 経 済 思 想 史
宗 教 と経 済 学 の 関連 研 究 に は,既 に広 大 な範 囲 を対 象 と した もの か ら特 定 の 問 題 に至 る まで大 量 の研 究 文 献 が あ り,多 くの権 威 が存 在 して い る 。 い ま,わ
れ わ れ の焦 点 はキ リス ト教 関係 に 限定 して置 こ う。 中世 の 経 済 思 想 史研 究 は, 事 実 上 ま った く神 学 との関 連 な しに論 ず る こ とは ほ とん ど不 可 能 で あ ろ うか 。
ジ ェ イ コブ ・ヴ ァイナ ー の二 つ の著 作,17世 紀 ・18世 紀 の 摂 理 論 と経 済 社 会 の 発 展 を論 じた 『 社 会 秩 序 にお け る摂 理 の役 割 』(Viner[17]),初 期 キ リス ト教 時 代 か ら ウ ェ ーバ ー ・ トー ニ ー ・テ ーゼ に至 る まで を ま とめ た未 公 刊 集 『キ リ
ス ト教 思 想 と経 済 社 会 』(Viner[18])は 今 で は よ く知 られ た文 献 で あ る 。 シ ュ
ンペ ー タ.̲̲.の『経 済 分 析 の歴 史 』 も依 然 と して この研 究 文 献 リス トに入 る で あ ろ う(Schumpeter[15])。 包 括 的 著 作,特 定 問 題 の 著 作 の 他 に,特 定 の 人 物 か ら入 る研 究 と して,ア ダム ・ス ミスの 宗教 論 等 経 済 学 者 個 人 に関 す る宗 教 論 も あ る。 リス ト作 成 もひ とつ の大 きなテ ーマ で あ ろ うが,い まそ れ は手 に余 る も の で あ り,将 来 の課 題 と しよ う2)。
わ れ われ の 関 心 は,現 代 経 済 学 との つ なが りで あ る。 西 洋 思 想 史 あ るい は西 洋 神 学 思想 史 の 流 れ の 中 で,経 済 学成 立 期 か ら現 代 に至 る経 済 学 者 群 像 の宗 教 的 イ ンプ リケ ー シ ョ ンを論 じ,把 握 した もの は少 な か っ たの で は な か ろ うか 。 断片 的 ・数 章 分 で あ れ ば,多 数 あ るか も しれ な い が,本 格 的 に現 代 的状 況 に対 す る問題 意 識 か ら,あ るい は現 代 に至 る まで を包 括 的 に取 り上 げ て研 究 した 文 献 は,そ う多 くは な さそ うで あ る。 そ う した 中で ケ ネ ス ・E・ ボ ー ル デ ィ ング の 『経 済 学 を超 えて 』(Boulding[5])等 は著 名 な文 献 の ひ とつ に入 る で あ ろ う か 。 か く して筆 者 に と って,本 格 的 に体 系 的 な著 作 と して現 代 に至 る まで を取
りま とめ た通 史 と して の経 済 思 想 史 は,寡 聞 に して標 題 に付 した ロバ ー ト ・ H・ ネ ル ソ ンの 著 作 『地 上 の 天 国 へ の 到 達一 経 済 学 の 神 学 的 意 味 』(Nels・n [13])が 初 め て で あ っ た。 思 想 史 家 に と って もお そ ら く珍 しい の で は な か ろ う か 。
と ころ で,著 名 な宗教 社 会 学 者 ロバ ー ト ・N・ ベ ラ ー は,経 済 学 と宗教 との 関 連研 究 につ い て も重 要 な示 唆 を与 えて い る よ うに思 う。 ベ ラー は,彼 の1960 年 代 の研 究 成 果 を ま とめ た 『信 条 を超 え て』(Bellah[1])の 最 終 章 を 「社 会 科 学 と宗 教 の 間 」 と題 し,社 会 科 学 の宗 教 的 イ ンプ リケ ー シ ョ ンにつ い て 論 じ て い る3)。 社 会 科 学 は宗教 に と って イ ン プ リケ ー シ ョン を持 って い るだ けで は な い 。社 会 科 学 自体 が 宗 教 的 イ ンプ リケ ー シ ョン と宗 教 的側 面 とを持 って い る。
宗 教 と科 学 の対 立 図 式,後 者 の進 歩 に よ る前 者 の 衰 退 とい う世 俗 化 論 ・啓 蒙 主
義 そ の もの が神 話 的 ・宗 教 的 で あ って科 学 的 で は な い。 一 方 で,ベ ラ ー は,こ
れ に対 して社 会科 学 に お け る非 合 理 的 要素 を開 拓 した業 績 と して フ ロ イ トの無
意 識 デ ュル ケ.̲..ムの集 合 的沸 騰,ウ ェ ーバ ー の カ リス マ等 を挙 げて い る。 要
す る に,社 会科 学 に お け る前 者 の啓 蒙 主 義 ・世 俗 化 論 も後 者 の 非 合 理 的 要 素 の
近代経済神学史の展 開(39) 指 摘 と共 に,宗 教 性 を包 含 して いる 。
1980年 代 に入 って,ベ ラ ー は ア メ リカ個 人 主 義 につ い て の 共 同研 究 プ ロ ジ ェ ク トを進 め,そ の 成 果 は 『心 の 習 慣 ア メ リカ個 人 主 義 の ゆ くえ』(Bellah [2])と して 著 され た 。 そ の 中 で ベ ラー は,ア メ リカー 般 市 民 へ の大 量 イ ン タ ヴ ュ.̲.̲の 調査 手 法 と同 時 に,歴 史 を顧 み る手 法 もと って,ア メ リカ の現 代 市 民 の形 成 に なお根 強 い影 響 を与 え続 けて い る ア メ リカ の共 和 国伝 統 と聖書 伝 統 に つ い て 頻 繁 に触 れ て い る。
さ らに最近 ベ ラー は,現 代 に お け る技 術 革 命 と宗 教 の 関係 を論 ず る に際 して, まず 宗 教 と経 済 の 関係 とい うテ ーマ は 「マ ックス ・ウ ェーバ ーの 業績 と最 も密 接 に 関連 した,宗 教社 会 学 に お け る古 典 的 か つ 中心 的 テ ー マ で あ る4)」 と注 意 を喚 起 して い る。 しか しベ ラー の研 究 は,ど ち らか とい え ば経 済社 会 の研 究 で あ って,経 済 学 の 世 界 そ の もの を主 題 と して い る わ け で は ない 。 そ れ こそ は わ れ わ れ の 課題 と しな け れ ば な らない 点 で あ る。 つ ま り,わ れ わ れ と して は,で
きれ ば 上 記 の ベ ラー の視 点 を経 済学 の 世 界 に適 用 して見 た い とこ ろで あ る。
ベ ラ ーの社 会 科 学=宗 教 と把 握 す る視 点,共 和 国伝 統 と聖 書 伝 統 の視 点 に お い て,ま た ア メ リカ福 祉 国家 の倫 理 的 ・宗教 的 基礎 とい う点 にお い て も,ネ ル ソ ンの 『地 上 の天 国へ の到 達一 経 済 学 の神 学 的 意 味 』 は,ベ ラ ーが 参 照 され て い る わ けで は な い が,ベ ラー一 の研 究 との重 な りが 窺 え る よ うに思 う。 ネ ル ソ ンは,啓i蒙 主 義 か ら現 代 福 祉 国 家 に至 る まで の経 済 学 を近 代 経 済神 学 と と らえ, 共 和 国伝 統 を よ り宗 教 的 ター ム を用 い て 強調 して い る。
ネ ル ソ ンは経 済 学 者 を説 教 者 と して描 く。 これ 自体 は そ う珍 しい こ とで は な か ろ う5)。 ネル ソ ン もい う よ う に 「宗 教 的 メ タ フ ァー の利 用 は,現 代 経 済 学 者 を描 写 す る決 ま り文 句 」 の よ うな もの に な っ て い る と もい え る6)。 ネ ル ソ ンの 書 に序 文 を寄 せ た ドナ ル ド ・N・ マ ク ロ ス キ ー(McC1・skey[12])も,既 に
『 経 済 学 の レ トリ ック』(McC1・skey[11])に お い て,現 代 経 済 学 に お け る経 済
学 者 集 団 の営 み とそ の教 義 を宗 教 的(神 学)レ トリ ック(メ タフ ァー)を 用 い て
描 い て い る。 ネル ソ ンは,マ ク ロス キ ー の影 響 を受 け て い る とい って よい で あ
ろ うが,さ ら に経 済 学 は宗 教(神 学)だ とは っ き りと前 面 に 出 して主 張 して い
るの で あ る。 そ して ネ ル ソ ンは,宗 教 的(神 学)レ トリ ック(メ タフ ァー)を 本 格 的 に駆 使 して,そ の全 編 に わ た って展 開 し,十 分 に ひ とつ の 通 史 とい え る経 済 思 想 史 を著 した。 本 稿 で は,こ の ネル ソ ンの著作 を概 観 ・検 討 し,新 た な経 済 思 想 史 へ の 糸 口 を探 りた い と思 う。
慌,
2.近 代 経 済 神 学 史
信 念 体 系 の 源 泉 と して の思 想 史線 上 に宗教 と経 済 学 の連 続 性 を捉 え よ う とネ ル ソ ン は次 の よ うに問 題 提 起 して行 く。
「過 去 に お い て は,信 念 体 系 は ほ とん ど常 に宗 教 に基 づ い て い た。 最 も広 い パ.̲.̲.ス ペ ク テ ィブ を と って見 る と,神 学 は人 間存 在 の意 味 と出来 事 が 解 釈 さ れ るべ きコ ンテ ク ス トを与 えた 。神 学 は社 会 制 度 の正 当性 お よび そ の よ う な 制 度 を発 達 させ 組 み立 て よ う とす る課 題 を も った 人 び との 正 当 性 を築 い た の で あ る7)」。
この 関係 が 近 代 に は通 用 しない と見 る わ け に はい か な い 。
「も し も経 済 学 が 近 代 世 界 につ い て の 思 考 様 式 を提 示 し,経 済 学 が 多 くの 近 代 制 度 に正 当性 を付 与 す る もの で あ れ ば,… … あ る現 実 的 な意 味 で,経 済 学
は ひ とつ の近 代 神 学 を提 示 して い る ので はな い か8)」。
経 済 学 を神 学 とす る ネル ソ ンの定 義 を見 よ う。 ネル ソ ンに よれ ば,彼 が,経 済 学 を神 学 とい う名 辞 を もっ て叙 述 す る に あ た って は 「経 済神 学 は,意 味 を付 与 し,目 的 を限定 し,そ して 人 間存 在 の知 覚 をか な り形 作 る よ うな0連 の 原 理 と理 解 を提 示 す る もの と して の意 味 で」 用 い られ る。結 局,「 「神 学 」 とい う名 辞 は よ り厳 密 に は根 本 的 な意 味 と 目的 の源 泉 とな る思想 体 系 を示 唆 す る もの で あ る9)」。
か く して ネル ソ ンは,近 代 経 済 思 想 を西 洋神 学 史 の 長 い コ ンテ クス トの 中 に
位 置 づ け よ う とす る。 す な わ ち経 済 学 を近 代 経 済神 学 と して把 握 す る。 近代 の
世 俗 化 の拡 大 に伴 っ て宗教 の影 響 は衰 退 して きた。 経 済 学 と神 学 とは対 立 す る
もの で あ り,経 済 学 の 成 立 は神 学 か らの独 立 を意 味 して い る。 「経 済 学 は一 般
的 に は人 生 の 精神 的 ・超 越 的部 分 よ りもむ しろ世 俗 的 ・日常 的 な もの を取 り扱
近代経済神学史の展 開(41) う もの と,見 な され て い る10)」 。最 早,宗 教 に力 は な い。 しか しこれ は宗 教 が 不 必 要 とい うわ けで は な い。 宗 教 に宗教 の力 が な い ので あ る。宗 教 は存 続 して い るが,セ レモ ニ ー を担 当 して い る に過 ぎな い。 宗 教 は宗 教 の役 割 を果 た して は い ない 。今 や経 済 学 が かつ て の宗 教 の役 割 を果 た す よ う にな っ た。 説 教 者 は, 聖 職 者 で は な く後 継 者 と して の経 済 学者 で あ る。 世 俗 化 は この宗 教 的 担 当者 の 交 代 で あ る。 世俗 化 の連 続 性 は しか し単 に交 代 とい うだ けで は な く,ユ ダヤ=
キ リス ト教 伝 統 の世俗 化 を意 味 す る もの で あ る。 近代 経 済 神 学 が そ れ を担 った。
しか も近 代 経 済神 学 は,西 洋 の宗 教 的遺 産 に関 す る多 くの神 学 論 争 を再 燃 させ た もの で あ る。確 か に近 代 経 済 神 学 は,外 的 形 態 の上 で は,ユ ダヤ教,キ リス ト教 等 か らラ デ ィカ ル に分 離 した けれ ど も,神 学 的 内容 の 点 で は それ ほ どで も な く,神 学伝 統 の路 線 に密 接 に従 っ た もの とネ ル ソ ン は見 る。西 洋 神 学 史 の長 い流 れ の 中で,近 代 経 済 神 学 は,ユ ダヤ教 的 起 源 とギ リシ ア的起 源 とい う二 つ の起 源 に まで湖 る もの で あ る。 か つ て の ユ ダヤ ー キ リス ト教 的神 学 者 間 の論 争 が持 ち越 され て い る の だ とネル ソ ンは見 る。
ネル ソ ンの い う近 代 経 済神 学 の信 念体 系 の根 本 にあ る もの は,経 済 進 歩 の信 条 で あ る。 経 済 進 歩 こそ は,人 類 の 転換 力 で あ る 。経 済進 歩 は,人 類 の物 質 的 問 題 だ けで は な く精 神 的 問 題 も解 決 す る,地 上 の 天 国へ の救 済 の道 を表 わ す も の で あ り,悪 を滅 ぼ す 手段 を表 わす もの で あ る。 この 点 も う少 し詳 し くネル ソ
ンの 主 張 を見 る必 要 が あ ろ う。 ネ ル ソ ンは次 の よ う に対 比 す る。
「昔 の 説 教 師 が た い て い は,あ る行 為 が,神 の 世 界 に対 す るデ ザ イ ン と一 貫 性 が あ るか ど うか を尋 ね て い た の だ とす れ ば,現 代 経 済 学 の神 託 に お い て は, 経 済 効 率 と経 済成 長 の 法則 が 神 の プ ラ ン に代 わ って 来 た ので あ る11)」 。
ネ ル ソ ン は こ の現 代 経 済 学 の神 託 を敷 術 して さ らに次 の よ うに 述 べ て い る。
「経 済 的命 令 が,神 の意 図 に代 わ る もの な の で あ る。」 多 くの近 代 人 に とって,
「世 界 の悪 を排 除 す る力 は,最 早,神 の特 権 で は な い 」。 「経 済 的 稀 少 性 を排 除
す る こ とが 問 題 」 な の で あ る。 「あ らゆ る重 要 な物 質 的 必 要 が 充 分 に満 た され
る な らば,… …過 去 の戦 争 ・憎 悪 ・そ の他 人 間 の歴 史 の悩 み の種 が 終 結 す るで
あ ろ う12)」 。
ネル ソ ンに よれ ば,こ の現 代 経 済 学 の神 託 に 関 して,最 も影 響 力 の あ った 説 教 者 こそ ケ イ ンズ で あ る13)。ケ イ ンズ の経 済 的処 方 箋 は,20世 紀 福 祉 国 家 の 主 要 な要 素 の 形 成 に役 立 っ た もの で あ る。 具 体 的 に い え ば,ネ ル ソ ン は,『0般 理 論 』 の社 会 哲 学 や 「わ が孫 た ち の ため の経 済 的 可 能性 」 の 中 に 「預 言 的託 宣 の説 教 者 」 と して の ケ イ ンズ を見 て い る。 ケ イ ンズ につ い て は後 で見 よ う。
3.〈 ロ ー マ 伝 統 〉 対 〈プ ロ テ ス タ ン ト伝 統 〉
ネル ソ ンは,ロ ー マ ・カ ソ リ ック伝 統 とプ ロテ ス タ ン ト伝 統 の二 つ の系 統 か ら経 済 思 想 史 を構 成 す る。 そ こで まず,ネ ル ソ ンの著 作 全 体 の構 成 を見 よ う。
近 代 経 済神 学 に は,ロ ー マ ・カ ソ リ ック伝 統 とプ ロテ ス タ ン ト伝 統 とい う二 つ の大 きな源 流 が あ る。 第 一 部 は 「近 代 経 済 神 学 の起 源 」 と して 「初 期 の ロ ーマ 伝 統 」 と 「初 期 の プ ロテ ス タ ン ト伝 統 」 か ら構 成 され て い る。 第 二 部 は 「世俗 化 と近代 経 済 神 学 の興 隆 」 と して 「ニ ュー トンの ロ ーマ教 会 」 と 「ダ ー ウ ィ ン の プ ロテ ス タ ン ト教 会 」 か ら構 成 され て い る。 プ ロ テ ス タ ンテ ィズ ム の伝 統 は, そ の 時 々 の創 始 者 の意 図 が ど うあ れ,20世 紀 を宗 教 戦 争 と して特 徴 づ け られ る 帰 結 を もた ら した。 現 代 にお け る支 配 的 な潮 流 は,ロ ーマ ・カ ソ リ ックの伝 統 の権 威 の側 に あ る。 お そ ら くそ の よ うな意 味 も多分 に含 んで ア メ リカ経 済 思 想 史(経 済神学 史)と して 第 三 部 は 「ア メ リカ福 祉 国 家 の ロ ーマ 神 学 」 とな って い る。 「効 率 とい う進 歩 主 義 の福 音 」 と 「経 済 進 歩 主 義 の神 託 」 の二 章 か ら構 成 さ れて い る。 第 四部 は 「ポ ス トモ ダ ン経 済 学 の 世界 へ の突 入 」 と題 して経 済 的多 元 主 義神 学 を志 向 す る経 済 学 者 た ち を取 り上 げ て い る。 そ して ネ ル ソ ン自 身 の展 望 を も って終 わ って い る。
次 に この構 成 をロ ー マ伝 統 対 プ ロ テ ス タ ン ト伝 統 とい う図 式 に揃 え直 して, 経 済 学 者 群像 を眺 め て み よ う。 ロ ーマ 伝 統 の側 に は,次 の よ うな思 想 家 が挙 げ
られ て い る。 「初 期 の ロ ーマ 伝 統 」 と して,
「ア リス トテ レスー 創 設 の 父 」,
「トマ ス ・ア ク ィナ スー キ リス ト教 の 理性 の使 徒 」 とな って い る。
近 代 に入 っ て 「ニ ュ ー トンの ロ ーマ教 会 」 に は
「ア イ ザ ッ ク ・ニ ュ ー ト ンー 近 代 の 救 世 主 」,
「ジ ョ ン ・ロ ッ クー 近 代 世 界 へ の 架 橋 」,
「ア ダ ム ・ス ミスー 近 代 経 済 神 学 の 父 」,
近代経済神学史の展 開(43)
「ジ ェ レ ミー ・ベ ンサ ムー 天 国 の 幸 福 へ の 指 導 者 」,
「サ ン=シ モ ンー 効 率 の 福 音 の 使 者 」
等 が 挙 げ られ て い る 。 そ して 「ア メ リカ 福 祉 国 家 の ロ ー マ 神 学 」 と して
「リチ ャ ー ド ・イ リ ー一 社 会 的 福 音 の 説 教 者 」,
「ソ ー ン ス タ イ ン ・ヴ ェ ブ レ ンー 新 聖 職 者 の 召 集 者 」,
「サ ー マ ン ・ア ー ノ ル ドー ニ ュ ー デ ィ ー ル の 協 同 社 会 主 義 の 預 言 者 」,
「ジ ョ ン ・ケ ネ ス ・ガ ル ブ レ イ スー 地 上 の 天 国 到 達 の 告 知 者 」,
「ジ ョ ン ・メ イ ナ ー ド ・ケ イ ンズ ー 経 済 進 歩 主 義 の 建 設 家 」,
「ポ ー ル ・サ ミ ュ エ ル ソ ンー 経 済 進 歩 主 義 の 聖 書 の 著 者 」,
「ミル トン ・フ リー ドマ ンー 市 場 メ カ ニ ズ ム の 立 案 計 画 の 総 監 督 」,
「チ ャ ー ル ズ ・シ ュ ル ッー 経 済 効 率 の 説 教 者 」 と な っ て い る 。
こ れ に対 して プ ロ テ ス タ ン トの 側 に は,次 の よ う な 思 想 家 が 挙 げ ら れ て い る 。
「初 期 の プ ロ テ ス タ ン ト伝 統 」 と して
「プ ラ トンー 最 初 の プ ロ テ ス タ ン ト」,
「ア ウ グ ス テ ィ ヌ ス ー 疎 外 の 神 学 者 」,
「マ ル テ ィ ン ・ル タ ー一 理 性 に対 す る神 学 の 抗 議 者 」,
「ジ ョ ン ・カ ル ヴ ィ ンー 最 初 の 経 済 神 学 者 」,
近 代 に 入 っ て 「ダ ー ウ ィ ン の プ ロ テ ス タ ン ト教 会 」 に 所 属 す る 者 と して,
「ジ ャ ン=ジ ャ ッ ク ・ル ソ ー一 最 初 の 近 代 プ ロ テ ス タ ン ト」,
「チ ャ ー ル ズ ・ダ ー ウ ィ ンー 歴 史 の 意 味 の 啓 示 を告 げ る 者 」,
「カ ー ル ・マ ル ク ス ー マ ル テ ィ ン ・ル タ ー の 末 商 」,
「ハ ー バ ー ト ・ス ペ ンサ ー一 ジ ョ ン ・カ ル ヴ ィ ンの 後 継 者 」,
「ジ ー ク ム ン ト ・フ ロ イ トー ピ ュ ー リ タ ン的 個 人 主 義 の 近 代 の 預 言 者 」,
そ して 「人 種 差 別 的 ダ ー ウ ィ ニ ズ ムー 宗 教 戦 争 の 煽 動 者 」 が 挙 げ られ て い る 。
また ポ ス トモ ダ ン ・エ コ ノ ミクス の 世界 の 「経 済 的 多 元 主 義 神 学 」志 向 の 思 想 家 と して,
「チ ャール ズ ・リ ン ドブ ル ムー 行 政 多 元 主 義 の使 徒 」,
「マ ンカ ー ・オ ル ソ ンー 集 合 的行 為 の 宗教 的 論 理 」,
「ドナ ル ド ・マ ク ロ ス キ ー一 経 済 学 の 異端 者 」,
「ジ ェ イ ムズ ・ブ キ ャナ ンー 新 改 革 の 召 集 者 」,
「ケ ネス ・ボ ー ル デ ィ ン グー 世界 の 普 遍教 会 の追 求 者 」
等 が 挙 げ られ て い る。 なお ポ ス トモ ダ ンの プ ロテ ス タ ン ト伝 統 の系 譜 に環 境 保 護 主 義 論 者 や 自由意 志 論 者 が 挙 げ られ て い る。 以 上 の よ う に,経 済 思想 史=経 済神 学 史 の構 成 を{府鰍 した だ け で も,明 確 に宗 教 的 経 済 学 者 で あ るボ ール デ ィ
ア リ ス ト テ レ ス(384‑322B.C.)
ト マ ス ・ア ク ィ ナ ス(1226‑1274)
ア イ ザ ッ ク ・ニ ュ ー ト ン(1642‑1727)
ジ ョ ン ・ ロ ッ ク ア ダ ム ・ ス ミ ス (1632‑1704)(1723‑1790)
ジ ェ レ ミ ー ・ ベ ン サ ム (1748‑‑1832)
ク ロ ー ド ・ア ン リ ・ ド ゥ ・サ ン=シ モ ン
(1760‑‑1825)
20世 紀福祉国家 の理論家
ジ ョ ン ・ メ イ ナ ー ド ・ケ イ ン ズ(1883‑1946)
図1ロ0マ 伝 統 に お け る重 要 人 物
〔 出 所 〕Nelson[13]p.20.
近代経済神学史の展開(45)
プ ラ ト ン(427‑347?B.C.)
ア ウ グ ス テ ィ ヌ ス(354‑‑430)
マ ル テ ィ ン ・ル タ ー(X483‑1546)
ジ ョ ン ・ カ ル ヴ ィ ン(1509‑1564) イ ン グ リ ッ シ ュ ・ ピ ュ ー リ タ ン
チ ャ ー一ル ズ ・ ダ ー ウ ィ ン(1809‑1882)
ハ ー バ ー ド ・ス ペ ン サ ー {1s20‐103)
カ ー ル ・マ ル ク ス (1818‑1883)
ジ ー ク ム ン ト ・フ ロ イ ト (1856‑1939
図2プ ロテ ス タ ン ト伝 統 に お け る重 要 人 物
〔 出所 〕Nelson[13]p.21.
ン グ等 は別 と して,な か な か興 味 を ひ く壮 観 な眺 め で は な か ろ うか 。
以 上 に挙 げ られ て い る諸 々の 思想 家 につ い て い ま逐 一辿 る紙 幅 は な い か ら, こ こで は当 面 の 焦 点 を,ネ ル ソ ンが作 成 した二 大 伝 統 の思 想 家 につ いて 簡 略 的 に示 した 図(図1,2参 照)に 移 し,こ の系 譜 図 を概 観 す る こ とに しよ う。
先 に述 べ た よ うに,ネ ル ソ ン に よれ ば,近 代 の世 俗 化 と はユ ダヤ=キ リス ト
教 的神 学 伝 統 の 世 俗 化 で あ り,こ の 点 は0般 的 に了 解 され て い る。 ネ ル ソ ンの
強 調 して い る点 は,西 洋 宗 教 内部 の初 期 神 学 論 争 が,近 代 経 済学 内 部 の 明確 な
不 一 致 とな って 世 俗 化 され て きた の だ とい う とこ ろ に あ る。 近 代 は,経 済 的 信
念 に つ い て 〈ロ ー マ伝 統 〉対 〈プ ロ テス タ ン ト伝 統 〉 とい う二 つ の 流 れ が 争 っ
て きた の で あ る。 こ の二 つ の流 れ を ネル ソ ンはパ ウル ・テ ィ リ ッヒや ジ ョン ・
コ.̲̲̲トニ ー ・マ ー レー等 に依 拠 して展 開 して い る14)。ネ ル ソ ンが掲 げ た 図 の ギ リシ ア か ら現 代 に至 る まで の 流 れ を概 観 しよ う。 テ ィ リ ッヒ に従 って,ネ ル ソ ンは,こ の二 つ の伝 統 の 間の 中心 的 な不 一 致 を,人 聞 の理 性 の役 割 に見 る。 ネ ル ソ ンに よれ ば,世 界 は合 理 的 で あ り,合 理 的 法則 が 出来 事 の根 底 に あ り,人 間 理性 は この法 則 を理 解 す る こ とが で き る とい う確 信,言 い換 えれ ば,人 間 に お い て 決 定 的 な もの と して 理 性 を置 こ う とす る基 本 的 な見 地,そ れ が ロ ーマ 伝 統 の 系 譜 に あ る基 本 的 な立場 で あ る。
これ に対 して,プ ロテ ス タ ン ト伝 統 は,こ の合 理 性 に 関す る悲 観 的 な見解 の 流 れ で あ る。 そ れ もや は りキ リス ト教 以 前,ギ リシ ア哲 学 を起 源 とす る。 そ れ は,洞 窟 の壁 に投 影 され た単 な る虚 像 を見 て,永 続 的 な幻 想 の 中 で生 きる人 び とにつ い て語 った プ ラ トンの 中 に見 い 出 され る。 プ ラ トン哲 学 は,ア ウ グ ス テ ィヌス の神 学 に最 も強 い影 響 を与 え た。 次 い で,中 世 後 期 カ ソ リ ック教 会 が ア ウ グス テ ィヌ ス か ら離 れ て 以 後,ア ウ グス テ ィヌ スの ヴ ィジ ョ ンは,ル ター と プ ロテ ス タ ン ト改 革 に継 承 され た。 ル タ ー は ア ク ィナ ス を世 俗 的 ・堕 落 的 合 理 主 義 と して非 難 した 。
次 に近 代 との連 続 性 を辿 れ ば,ル ター等 の キ リス ト教 神 学 者 た ち が救 済 へ の 道 を見 い だ して理 性 の役 割 を最 少 化 した の と同様 に,マ ル クス等 の 近代 経 済 学 者 が,社 会 の経 済 進 化 の 中で 合 理 的 論 証 の役 割 を最 少化 して来 た 。 天 国 が 突 如 と して地 上 に 出現 す る と信 じた多 くの キ リス ト者 が い た よ うに,マ ル ク ス等 の 近代 経 済 学 者 は経 済進 歩 の 黙 示 録 的頂 点 を予 言 したの で あ る。 そ して,20世 紀 は,近 代 経 済 神 学 思 想 に基 づ く 「宗 教 戦 争 の復 活15)」 と して見 られ る もので あ る。
プ ロ テ ス タ ン ト伝 統 にお け る人 間理1生に対 す る悲 観 的 な見 解 は,端 的 に い え
ば,原 罪 論 に よ る。 マ ー レー に従 って,ネ ル ソ ンは この 見 方 を次 の よ うに展 開
して い る 。神 の約 束 は平 和 で は な く,戦 争 で あ るが 故 に,こ の世 界 にお け る合
理 的 進 歩 の見 込 み は ほ とん どな い。 経 済 的努 力 や合 理 的 思 想 の産 物 は,ほ とん
ど恵 み を もた らさ ない 。 カ ル ヴ ィニ ズ ム とス ペ ンサ ー の社 会 的 ダ ー ウ ィニ ズ ム
との 間 に は,人 間存 在 は経 済 的成 功 等 と選 民 階級 をめ ざす 競 争 か ら成 り立 つ と
近代経済神 学史の展 開(47) 見 る点 で類 似 性 が 見 い 出 され る。 人 間 の堕 落 以来 の 人 間存 在 の罪 深 き腐 敗 状 態
とい う点 に 関 して は,マ ル ク ス の疎 外 概 念 とル タ ーや カ ル ヴ ィ ンの見 地 との 間 に も類 似牲 が見 い 出 され る。 フ ロ イ ト思 想 の 中 に は,ピ ュ ー リ タ ン的性 質 が発 見 され て い る。 ス ペ ンサ ー,マ ル クス,フ ロ イ トは,ダ ー ウ ィニ ズ ム と進化 論 的枠 組 み の点 で共 通 の特 徴 が 見 られ る。 プ ロ テ ス タ ン ト改 革 の伝 統 は,ダ ー ウ ィニ ズ ムが 浸 透 した19世 紀 後 半 と20世 紀 初 頭 に ダ ー ウ ィニ ズ ム 的 な近 代 的言 い 換 えが な され た 。 ダ ー ウ ィニ ズ ム の典 型 的 な見 方 に よれ ば,人 生 は優 勝 劣 敗 を 要 求 す る戦 場 で あ る。 ア ウ グス テ ィヌ ス の世 界 もカ ル ヴ ィニ ズ ム の世 界 も異 な る わ け で は な い,神 は,多 くの 者 を召 し,少 数 の者 を選 ぶ よ う命 ず る。 マ ル ク ス も また基 本 的 に億 この伝 統 に属 す る。 ア ウ グス テ ィヌ ス の歴 史 哲 学,地 獄 の 国 に対 す る聖 の 国 の長 い 闘争 の 物 語 は,「 抑 圧 階 級 」 に対 す る 「賃 金 労 働 者 階 級 」 の長 い 闘争 とい う歴 史 哲 学 の世 俗 化 され た ヴ ァー ジ ョンにす ぎな い もの で あ る。
なお ネ ル ソ ン に よれ ば,プ ロ テ ス タ ン トとい う ラベ ル は,プ ロテ ス タ ン ト改 革 の特 定 の神 学 に 関 して 当 て は ま るだ け で は な く,「 プ ロテ ス タ ン ト」=〈 制 度 教 会 に対 す る 「抗 議 者 」〉 とい う意 味 で も当 て は ま る もの で あ る。 プ ロ テ ス タ ン ト伝 統 は,同 時代 の不 正 に対 す る大 きな反 逆 者 とな る傾 向 が あ る 。 人 間 の 現 実 の 状 態 と高 度 な 理念 との コ ン トラス トは深 いペ シ ミズ ム の源 泉 とな って い る。 プ ロ テ ス タ ン ト伝 統 の 典 型 的 な見 方 で は,人 間 を疎 外 状 態 に あ る者 と捉 え る。 人 間 は理 性 ・環 境 ・経 済 的 影 響 に対 す る深 い不 信 に苛 まれ て い る存 在 で あ る。 プ ロ テ ス タ ン ト伝 統 は,経 済 的 思 考 様 式 に対 す る多 くの批 判 の源 泉 と な っ て い る。 近 代 産 業 文 明 を否 定 して,幸 福 な 自然 状 態 へ の 回帰 を追 求 す る現 代 環 境 保 護 主 義 は,こ の伝 統 に特 徴 的 とな って い る見 地 を繰 り返 して い る もの にす
ぎな い 。
以 上 の よ うな プ ロテ ス タ ン ト伝 統 の系 譜 に対 して,ネ ル ソ ンに よれ ば,ロ ー
マ伝 統 の系 譜 は,ス トア哲 学 の 理性 と 自然 法 に よ って推 進 され る世 界 へ の強 力
な信 条 の 流 れ を汲 む もの で あ る。先 に述 べ た よ うに ロ ー マ伝 統 の確 信 は,世 界
は合 理 的 で あ り,合 理 的法 則 が 出 来 事 の根 底 に あ って,そ して 人 間 の理 性 は こ
の法 則 を理解 す る こ とが で きる,と い う もの で あ り,人 間 に お い て 決 定 的 な も の と して理 性 を置 こ う とす る基 本 的 な見 地 を とる。 また ロ.̲.̲マ 伝 統 は,一 般 的 に は,法 に対 す る信 頼,権 威 の 中心 的源 泉,人 生 に対 す る実 際 的 ・実用 主 義 的 ア プ ロ ーチ とい っ た一 連 の態 度 と結 び つ い た もので あ る。 ロ ーマ伝 統 の系 譜 は, ア リス トテ レス に代 表 され る ギ リシ ア哲 学 を起 源 と し,ト マ ス ・ア ク ィナ ス等 の キ リス ト教 伝 統 の 中 に継 承 され,ア リス トテ レスか らア ク ィナ ス,啓 蒙 主 義 を経 て20世 紀 現 代 福 祉 国 家 の経 済 学 者 へ と進 む。 現代 福 祉 国家 の経 済 学 者 は今 日で は理 性 の役 割 を よ り強 くよ り有 利 な 点 か ら見 よ う とす る伝 統 を続 けて い る。
ネ ル ソ ンに よれ ば,近 代 は,ロ ーマ ・カ ソ リ ック伝 統 と プ ロテ ス タ ン ト伝 統 とい う二 つ の傾 向 の 基 本 的 思 考 様 式 の 問 の 相 互作 用 を終 わ らせ た の で は な く, 代 わ りにそ れ を新 た な世 俗 的形 式 の 中へ と運 ん だ ので あ る。1100年 か ら1300年 に至 る中世 後 期 の神 学 的発 展 の 中 に啓 蒙 主 義 の重 要 な祖 先 が 見 い 出 さ れ る。 こ の時 代 に,ア ク ィナ ス等 は,神 が合 理 的 世 界 を作 り,こ の 世界 の 法 則 を発 見 す る 人 間 の 理性 の 力 を行 使 す る こ とが 人 間 の 義 務 で あ る,と 主張 した 。 い わ ゆ る 17世 紀 科 学 革 命 期 の ニ ュ ー トン等 の 自然 哲 学 者 た ち の絶 え間 な き努 力 は,こ の 中世 的 な信 条 に基 づ い た もの で あ っ た。 そ して20世 紀 は,啓 蒙 主 義 が 初 期 に悲 観 的 なル ター主 義 者 や カ ル ヴ ィ ン主 義 者 の堕 落 した 人 間性 とい う ヴ ィジ ョ ンが あ ま りに耐 え難 い と理 解 した よ うに,結 局 は,ダ ー ウ ィニ ス トの見 方 の残 酷 さ
に反抗 した。20世 紀 福 祉 国 家 の 設 計 者 は,そ の代 わ りに,ア リス トテ レス,ア ク ィナ ス お よび啓 蒙 主 義 者 の合 理 主 義 者 的 ・功 利 主 義 的伝 統 へ 回帰 した の で あ る。福 祉 国家 は,持 続 的経 済 進 歩 の道 に応 じて,人 間 の 改 善 をは か るた め に人 間 理性 の役 割 に対 す る強力 な信 条 の上 に構築 され て きた もの な ので あ る。
以 上,ネ ル ソ ンの い うロ ーマ 伝 統 と プ ロテ ス タ ン ト伝 統 の特 徴 をそ の系 譜 の 中で,概 観 して きた 。各 論 点 の 逐 条 的検 討 は別 の機 会 に譲 り,ネ ル ソ ンは,こ の 二 大 伝 統 の特 徴 的 な見解 を,各 々 図表 に集 約 して い るか ら,最 後 に この 図 表
を こ こで の ま とめ に代 えて 参 照 しよ う。
近代経済神学史の展開(49)
〈ロー マ伝 統 に特徴 的 な見 解16)>
1.世 界 は合 理 的 で あ る。 人 間 を含 め て 自然 は理 性 の命 令 に よ って 導 か れ る。
2。 物 質 的 ・外 的 世 界 は,原 初 的 ・根 本 的 実在 で あ る 精 神 ・観 念 の世 界 で は な い 。
3.人 間 は,本 性 上,人 間存 在 の合 理 性 を発 見 し理 解 す る こ とが で きる。
4.体 系 的 な科 学 的探 究 に は,注 意 深 い 調査 ・研 究 が 必 要 とされ る,自 然 の合 理 的法 則 の 解 明が 要 求 され る。
5.進 歩 とは 自然 的 ・合 理 的運 命 へ 向 か う漸新 的 運 動 の 中 に見 出 され る もの で あ る。
6.妥 当 な法則 とは 自然 法 で あ り,こ れ が 人 間性 を支 配 す べ きで あ る。
7.正 義 は合 理 的 な もの で あ り,全 て に共 通 な もの で あ る。
8.あ らゆ る人 間性 は,同 一 の 理性 を共 有 して い るが 故 に,万 人 は基 本 的 に平 等 で あ る。
9.人 生 は幸福 達 成 の た め に生 き られ る。 功 利 主 義 的 目標 が 人類 に と って適 切 で あ る。
10.社 会 は,共 通 善 に 向 か って,政 府 が 舵 取 りをす る有機 的 共 同体 で あ る。
11.私 有 財 産 は,共 通 善 の有 益 な手段 で あ る 。 12.利 己 心 の追 求 は,自 然 で 正 当 な こ とで あ る。
13.貧 者 は援 助 に値 す る。社 会 に は共 同体 の 同胞 と して の 貧 者 を扶 養 す る強 い 義 務 が あ る。
14.英 知 は 中庸 の 中 に見 出 され る。
15.世 俗 的 ・常 識 的 ・実用 主 義 的態 度 は,人 間性 の必 要 に最 も役 立 つ もの で あ る。
〈プ ロテ ス タ ン ト伝 統 に特 徴 的 な見 解17)>
1。 この世 界 にお け る人 間 の状 態 は,原 初 の 本物 の 自然 か らの深 い疎 外 状 態 に あ る。
2.人 間 の堕 落 した状 態 の た め に,理 性 は信 頼 しが た く,し ば しば誇 大 妄 想 の
源 泉 で あ る。
3.既 存 の 法 は,現 在 の人 間 の腐 敗 とい う 理 性 と同様 に 堕 落 した産 物 で あ る。
4.正 義 は合 理 的 な もの の 中 に は見 出 され ず,神 も し くは歴 史 の鉄 の 命 令 の 中 に見 出 され る もの で あ る。
5.こ の世 界 の 道 は,理 性 を通 して で は な く,啓 示 を通 して 人 間 に示 され る。
6.真 の進 歩 は,人 間存 在 の 革 命 的転 換 を要 求 す る もので あ る。
7.こ の世 界 は,罪 深 い もの と定 め られ て い る。美 徳 の勝 利 は,来 世 の 天 国 か も し くは地 上 の 天 国 へ の 到 着 を待 た ね ば な らない 。
8.人 類 は,救 わ れ る者 と救 わ れぬ 者,す ぐれ た者 と劣 った者 との集 団 に分 割 され て い る。
9.人 生 は幸 福 の た め で は な く,神 も し くは歴 史へ の奉 仕 とい う修 行 的 な労働 の た め に生 き られ る もの で あ る。
10.利 己 心 と経 済 競 争 は,人 間 の諸 問題 に悪 影 響 を及 ぼす もので あ る。
11.共 同生 活 と共 有 とが存 在 の 最 高 形 態 で あ る。
12.政 府 は,財 産 同様 に罪深 き手 に負 え な い 自然 の 支 配 を意 図 した強 制 的 な社 会 の 手段 で あ る 。
13.貧 者 は 自 らの運 命 に責 任 が あ る。 社 会 は彼 ら を甘 や か して は な らな い 。 14.中 庸 は陳腐 で あ る。 実 用 主 義 は弱 さの しる しで あ る。
15.歴 史 の記 録 は,進 歩 で は な く,退 化 人 間 の堕 落 で あ る。
上 の表 に加 えて,ネ ル ソ ンは さ らに二 大伝 統 を一 緒 に ま とめ た 表 を挙 げ て い る。 これ は以 下 の よ うに両 伝 統 を比 較 対 照 す る上 で 便 利 な表 とな って い る。
〈プ ロ テ ス タ ン ト伝 統 と ロ ー マ 伝 統 の 例 示 比 較18)〉
プ ロ テ ス タ ン ト伝 統 カ ソ リ ッ ク伝 統
1。 堕 落 した社 会 制 度 に対 す る歴 史 の 偉 大 な 「抗 議 者 」。
1.現 在 の 社 会 は,不 完 全 で あ るが,
善 き人 生 を提 供 す る こ とが で きる。
2.神 お よび/ま た は歴 史 は,人 間 の 影 響 を越 え た非 情 に して,気 ま ぐ
れで,強 力 な もの で あ る。
3.人 間 行 動 の合 理 性 につ い て 悲観 主 義 的 。
4.人 間存 在 は残 酷 で野 蛮 で あ る。 人 間の状 態 は,疎 外 状 態 で あ る。
5.来 世へ の 態 度 は,罪 深 き人生 と社 会 か らの脱 出 を期 待 す る もので あ
る。
6.過 剰 な世俗 的 快 楽 を非 難 す る禁 欲 主 義 的 態 度 。
7.法 は,人 間 の弱 さ と脆 い理 性 の 堕 落 した 産 物 で あ る。
8.人 類 問 の 分 断 ・セ ク ト主 義 ・分 割 の 促 進 。
9.政 府,私 有 財 産 は,抑 圧 的 で あ る が,人 間 の 罪 深 さ を抑 制 す る た め に必 要 で あ る 。
近代経済神学史の展 開(51) 2.神 お よ び/ま た は歴 史 は,信 頼 す
るに足 りる もの で あ り,部 分 的 に は理 性 に よ って 理 解 可 能 で あ り, 人 間活 動 に よ って影 響 を受 け る こ
とが あ る。
3.人 間行 動 の合 理 性 につ い て楽 観 主 義 的 。
4.人 間存 在 は善 き人 生 を提 供 す る。
多 くの者 は,そ れ を体 験 しよ う と い う希 望 を持 つ こ とが で き る。
5.今 世 に対 す る態 度 は,現 存 在 の 実 践 的改 善 を追 求 す る もの で あ る。
6.全 体 の幸 福 を追 求 す る功 利 主 義 的 態 度 。
7.法 は,人 間 の 英 知 が 蓄 積 され た 高 貴 な具 現 化 で あ り,多 様 な 人 々 を ひ とつ の理 性 の 規 則 の下 に置 く も の で あ る。
8.普 遍 的教 会 と人 類 全 体 の統 一 を促 進 す る 。
9.政 府,私 有 財 産 は,よ りよ き人 生 に有 益 な手 段 で あ る。
10.人 間 は,過 去 の 黄 金 時 代 を 回 復 し,10.目 標 は,現 世 の よ り偉 大 な 完 成 で 今 や そ れ を 将 来 へ と投 影 し な け れ あ る 。
ば な ら な い 。
11.革 命 的 変 化 の 煽 動 者 。11.現 存 在 の 漸 進 的 改 良 。
12.貧 者 は,自 ら に相 応 しい 運 命 を享 受 す る。 慈 善 は,改 善 の意 志 を無
くす もので あ る。
12.貧 者 は,不 幸 で あ る。社 会 は扶 養 す る義 務 が あ る 。
最 後 に,再 び 図1,2の 系 譜 図 を振 り返 って,こ の 図 の成 立 の要 点 を考 え て 見 よ う。 ポ イ ン トは,近 代(啓 蒙主義)以 降=,す な わ ち 経 済 学 成 立 以 降 の解 釈 にあ る よ うに思 わ れ る。 先 に も見 た よ う に,啓 蒙 主 義 ・経 済 学 を科 学 史 や哲 学 史 等 の 方 向 の 中 に見 る の で は な く(そ れ らは傍 証 とされ る),主 と して 宗 教 の 方 向 に位 置 づ け る こ とに よって,要 す る に経 済 学 を神 学 史 の系 譜 に乗 せ て しま う こ とが で きた わ け で あ る。 二 大 伝 統 の うち,プ ロ テ ス タ ン トとマ ル ク ス主 義 ・ ダ ー ウ ィニ ズ ム ・ナ チ ズ ム等 の系 譜 も巧 く繋 が っ て い る よ う に思 うが,啓 蒙 主 義 か ら現 代 福 祉 国 家 に至 る経 済 学 の 主流 を ロ ーマ ・カ ソ リ ック伝 統 の 系 譜 に位 置 づ け た,こ の ア イデ ア に よ って巧 く系 譜 図 が 完 成 され て い る点 が,ど ち らか とい え ば,筆 者 に は印 象 的 で あ った 。 とい うの も前 者 に 関 して は,個 々 に は比 較 的 よ く耳 にす る論 点 が 多 か った よ うに思 う。 そ の うち の ひ とつ が,次 の点 で
あ る。
プ ロテ ス タ ン ト伝 統 に 関 して は,20世 紀 を宗 教 戦 争 に至 ら しめ た,と ネ ル ソ ンは再 三 強調 して い る。 この点 は,今 日,少 なか らぬ論 者 が認 め る点 で あ ろ う が,ネ ル ソ ンの論 証 の重 要 な立 脚 点 の ひ とつ で あ ろ う。 そ れ 故 に,依 然 と して 基 本 的 に は 「現 代 経 済 学 の 権 威 は,ロ ー マ伝 統 の権 威 な の で あ る19)」 。 しか し
ネ ル ソ ンは,現 代 に お け る福 祉 国 家 の行 き詰 ま り も指 摘 して い る。 今 日,主 流 派 経 済 学 を批 判 す る環 境 保 護 論 者 等 が プ ロ テ ス タ ン ト伝 統 の 系 譜 に属 す る もの で あ る。 そ して ネ ル ソ ン自身 は,カ ソ リ ック的統 合 原 理 を認 め つ つ も,ポ ス ト モ ダ ンの 世 界 に お け る分 離 ・独 立 ・離 脱(secessi・n)の 方 向 を受 容 して 行 くこ
とを重 視 して い る。
4.二 大 伝 統 図 式 の 問 題 点
〈ロ ー マ 伝 統 〉対 〈プ ロ テ ス タ ン ト伝 統 〉 の 図 式 につ い て ネ ル ソ ン 自身,い
近代経済神学史の展 開(53) くつ か の 問題 点 を考 えて い る。
まず 第一一に ネル ソ ンは,図 の よ う に両 伝 統 に主 要 な近代 経 済 学 者 を配 置 した が,そ れ が完 全 に一 致 す る もの で はな い,と 認 め て い る。 ロ ーマ伝 統 に関 して
「ア ダ ム ・ス ミス や ジ ョン ・メ イ ナ ー ド ・ケ イ ンズ が ロ ー マ の 伝 統 に属 す る と 述 べ る こ と は,合 理 的 思 想 の力 に対 す る プ ロテ ス タ ンテ ィズ ム と懐 疑 主 義 の 要 素 が,か れ らの 思 考 の 中 に は見 出 しえ な い と述 べ る こ とで は な い20)」 。 な る ほ どロ ックや ス ミス を取 り上 げ た 際 に も,ピ ュ ー リ タニ ズ ム の側 面 につ いて 相 応 の 注 意 が 払 わ れ て い る21)。同様 に プ ロテ ス タ ン ト伝 統 に 関 して も 「も しマ ル ク ス とフ ロ イ トが基 本 的 に,人 類 に非 合 理 的影 響 … … に制 約 され た もの と して, 惑 わ され て い る人 間 の思 想 を見 て い るの だ とす れ ば,マ ル クス とフ ロ イ トは, 合 理 的 諸 力 を人 類 の 問 題 に 最 も影 響 を及 ぼ す もの と して見 て い る道 筋 に い る 22)」と述 べ て い る。 ネ ル ソ ンに よ る個 々 の 思想 家 の特徴 付 けが,彼 らの あ らゆ る言 明 に当 て は まる とい うわ け で は ない 。結 局 「こ こで の 目的 は,検 討 され る 人 物 の思 考 様 式 の 本 質 と西 洋 史へ の か れ らの影 響 を特 徴 づ け るか れ らの思 想 の 顕 著 な要 素 を捉 え る こ とで あ る23)」 とネ ル ソ ンは断 わ って い る。
次 に ネル ソ ンは現 代 に お け る妥 当性 につ い て も欠 点 が あ る とい う。 プ ロ テ ス タ ン ト伝 統 に 関 して は,「 今 日の 制 度 的 プ ロ テ ス ダ ン ト教 会 の神 学 は,啓 蒙 主 義 以 来 の 楽観 的 合 理 主 義 的見 地 が 主 流 派 プ ロ テ ス タ ンテ ィズ ム に広 く浸 透 して い る こ とを反 映 して,ロ ーマ の伝 統 に大 き く分 類 され る。今 日の主 流 派 プ ロテ ス タ ン ト教 会 は,大 部 分 が,近 代 にお け る世 俗 的形 態 に よ りしば しば想 起 され る よ うな こ の伝 統 を離 れ,プ ロ テ ス タ ン ト改 革 の神 学 を放 棄 して い る24)」 とい う。 こ れ に対 して ネル ソ ンは,ロ ーマ 伝 統 に 関 して も逆 転 現 象 が あ る と見 て い る。 す な わ ち 「教 皇 ジ ョン ・パ ウ ロ2世 の神 学 は,今 日の主 流 派 プ ロ テ ス タ ン ト教 会 の 大 半 よ り も,プ ロ テ ス タ ン ト改 革 の 当初 の信 条 に よ り近 い 。 現 代 の ロ ーマ カ ソ リ ック教 会 は,近 代 の趨 勢 と して あ りうべ き破 壊 的結 果 に対 して 警 鐘 を鳴 らす べ く指 導 して い る これ は4・5世 紀 前 の プ ロ テ ス タ ンテ ィズ ム
に分 類 され る役 割 で あ る25)」 と述 べ て い る。
しか しな が ら,逆 説 的 に とい う こ とで あ ろ うか,「 こ れ は制 度 的 キ リス ト教
の多 種 多様 な分 断 の 中で 長 年 生 じて きた ハ イ ラ イ トと して最 大 の 変 化 を彩 る も の で あ る26)」 と して,ネ ル ソ ンは現 代 にお け る この最 後 の 帰結 こそ,図 式 の有 効 性 を示 唆 す る もので あ る と見 る。 ネル ソ ンの い う 「ポ ス トモ ダ ンの世 界 」 と は そ の よ う な世界 の こ とな の で あ ろ うか 。 従 っ て ネ ル ソ ンは,ポ ス トモ ダ ン神 学 を多 元 主義 の 神 学 とい う。
5.ケ イ ン ズ の 近 代 経 済 神 学
本 稿 で は,ネ ル ソ ンの い う近代 経 済神 学 の二 大 伝 統 にお け る重 要 人物 を個 別 に取 り上 げ る こ とは で きな か った 。 こ こで は ケ イ ンズ につ い て若 干 言 及 した い 。 敢 え て ケ イ ンズ を取 り上 げ て見 た い 理 由 は,近 代 経 済 神 学 そ の もの の研 究 の 先 駆 者 と して 考 え る こ と もで きる よ うに思 うか らで あ る。
最 初 に述べ た よ うに,な るほ ど経 済 学 者 を説 教 者 と して 論 ず る等,宗 教 的 メ タ フ ァー を用 いて,経 済 学 を論 ず る こ とは少 な くな い で あ ろ う。 ケ イ ンズ もそ の ひ と りで あ った27)。ケ イ ンズ は,よ く知 られ て い る よ うに 「ロ シ ア管 見 」 の 中 で,レ ー ニ ン主 義 を宗 教 と して 語 って い る 。 ネル ソ ン もマ クロ ス キ ー もケ イ ンズ の こ う した レ トリ ックの影 響 を受 け て い るの で あ ろ うか 。 そ の よ う に感 じ られ る28)。そ うで な く と も以 下 に見 る よ うに わ れ わ れ は ケ イ ンズ を ネル ソ ンの 研 究 の 先 駆 者 と して見 る こ とが で きる よ うに思 うの で あ る。
ケ イ ンズ に よれ ば 「宗 教 と ビジ ネ ス」 とは 「ヨ ー ロ ッパ 人 が 数 世 紀 にわ た っ て魂 の別 々 の引 出 しの 中 に し まい続 け て きた二 つ の もの の組 合 せ 」 で あ る29)。
この 「魂 の別 々 の引 出 し」,「地 上 の天 国 」 とい う メ タ フ ァーが 現 わ れ て い る 中 心 的 な部 分 を読 ん で み る こ とに し よ う。
「現 代 資 本 主 義 は,現 在 の生 活 水 準 を た だ単 に維 持 す る とい う こ とだ けで は な く,わ れ わ れ が 経 済 的 な心 配 事 か らか な り解 放 され る よ うな 経 済 的 楽 園 (economicparadise)へ と,わ れ わ れ を次 第 に導 くこ と もで きる,と わ れ わ れ は常 に信 じて きた 。 と こ ろ が 今 や わ れ わ れ は,果 た して 企 業 家(business man)が わ れ わ れ を現 状 よ りも もっ とず っ と良 い 目的 地 へ 導 きつ つ あ る の か
ど うか 疑 って い る 。一 手 段 と して見 た企 業 家 は我 慢 す る こ とが で き る。 しか
近代 経 済神 学 史 の展 開(55) し 目的 と して見 た企 業 家 は そ れ ほ ど満 足 す べ き もの で は な い。 わ れ われ は, ビジ ネ ス と宗教 を別 々 の引 出 しの 中 に入 れ て置 くとい う物 質 的利 益 の 追 求 に よって,道 徳 的不 利 益 を十 分 に埋 め合 わせ る こ とが で き るか ど うか 疑 い 始 め て い る。 プ ロ テ ス タ ン トや ピ ュ ー リタ ンが ビ ジ ネ ス と宗 教 を心 安 らか に分 離 す る こ とが で きた の は,前 者 の活 動 が 地上 に関係 す る もの で あ り,後 者 は地 上 以 外 の何 処 か にあ る天 国 に関 係 す る もの と した か らで あ った 。進 歩 の信 仰 者(Thebelieverinpr・gress)が,ビ ジ ネ ス と宗 教 を心 安 らか に分 離 す る こ と が で きた の は,前 者 を将 来 の 地 上 の 天 国 を 出 現 させ る(theestablishment・f up・nearthhereafter)た め の手 段 と考 えた か らで あ る。 しか し,こ の 点 に 関 し て は,何 処 か 別 の と ころ に あ る天 国 とい う もの も,将 来 の地 上 にお け る天 国
に至 るた め の確 実 な手 段 と して の進 歩 とい う もの も,い ず れ もわれ わ れ が十 分 に信 じ られ ない,第 三 の心 の状 態 が存 在 す るの で あ る。 も し天 国 が何 処 か 別 の と こ ろ にあ る もの で は な く,将 来 出現 す る もので もない とす ば,今 こ こ に こそ存 在 せ ね ば な らず,さ もな け れ ば全 然 存 在 しな い ので あ る 。経 済 進 歩 が 道 徳 的 目的 を持 ち得 ない な らば,わ れ わ れ は,た とえ一 日た りと も,物 質 的 利 益 の た め にモ ラ ル を犠 牲 に して は な ら ない 換 言 す れ ば,わ れ わ れ は, 最 早,ビ ジ ネ ス と宗 教 を魂 の 別 々 の 引 出 しの 中 に入 れ て 置 くべ きで は な い 30}Je
ケ イ ンズ の こ う した レ トリ ックか ら,ま ず わ れ わ れ は宗 教 へ の 「思索 」 と 「好 奇 心 を抱 い た探 究 」 の学 徒 ケ イ ンズ の ポ ス トモ ダ ン的 な状 況 に も通 ず る思 想 を 学 ぶ こ とが で きる よ うに思 う。 また と りわ け 「魂 の 別 々 の引 出 し」 とい うメ タ フ ァー は,人 間 の 資 質 の 全 体 的 な把 握,バ ラ ンス を とっ た表 現 を感 じさせ る も の で あ り,宗 教 の位 置 づ け と役 割 につ い て も示 唆 す る ものが あ る よ うに感 じら れ る。 そ して今 や ネ ル ソ ン を経 て,わ れ わ れ はケ イ ンズ 自身 の近 代 経 済神 学 あ る い は 「貨 幣愛 」 の ター ム を重 視 して 「貨 幣神 学 」 の 展 開 の ひ とつ と して 見 て
も よいの で は な か ろ うか 。
次 に,ネ ル ソ ンは,先 に見 た よ うに ケ イ ンズ を ロ ーマ 伝 統 に お け る預 言 的 託
宣 の 説 教 者 で あ る と論 じて い た。 お そ ら くケ イ ンズ 自身 が 「そ の 日の 出来 事 を
つ か み 取 り,パ ンフ レ ッ トを風 に吹 き飛 ば し,常 に時 間 の相 の 下 に もの を書 き 3ユ)」ま く った か の よ う な側 面 を持 つ ,と い うそ れ だ け を見 て も,ケ イ ンズ の 思 想 を統 合 的 に解 釈 す る の は難 しい 。 な る ほ ど ネ ル ソ ンが 言 う通 りで あ る と して も,た と え ば ケ イ ンズ の次 の よ う な見 解 は ど う な の で あ ろ うか 。 ケ イ ン ズ は
「トロ ッキ ー の 英 国 論 」 と題 す る小 論 の 結 論 部 分 に お い て,宗 教 的 メ タ フ ァー を用 い て 次 の よ う に述 べ て い る の で あ る 。
「… … 暴 力 とい う もの の 無 益 と知 恵 の な さ につ い て の わ れ わ れ の 確 信 … … 。 暴 力 は何 事 を も解 決 しな い で あ ろ う そ れ は 階 級 戦 争 に お い て も,国 家 間 の 戦 争 や宗 教 戦 争 にお け る の と 同 じで あ る 。 … … あ ら ゆ る政 党 は ひ と し く, そ の起 源 を過 去 の 思 想 に持 って い る の で あ っ て新 しい 思 想 に で は な い し か もマ ル ク ス 主 義 者 ほ どそ れ が 際 立 って い る こ とは な い 。 人 間 が そ の福 音 を 暴 力 に よ っ て押 し広 め る こ と を何 が 正 当 化 す る の か,と い う微 妙 な点 に つ い て 論 じる必 要 は な い 。 とい うの も誰 も福 音 は持 っ て い な い か らで あ る32)」 。 全 体 的 に ネ ル ソ ンの解 釈 した通 り,プ ロテ ス タ ン ト伝 統 に批 判 的 な ロ ーマ 伝 統 の 系 譜 に あ る ケ イ ンズ の姿 が 窺 わ れ る よ うで もあ る。 しか し 「誰 も福 音 は持 っ て い ない 」 こ れ を果 た して プ ロテ ス タ ンテ ィズ ム伝 統 の 批 判 と して 直 解 的 に解 釈 して も よい で あ ろ うか 。 そ れ と も ネ ル ソ ン 自 身 が,ス ミス や ケ イ ンズ が ロ ー マ 伝 統 に属 す る と言 う こ とが 「合 理 的 思 想 の 力 に対 す る プ ロ テ ス タ ンテ ィ ズ ム と懐 疑 主 義 の要 素 が,彼 ら の思 考 の 中 に 見 出 しえ な い と言 う こ と に は な ら な い 」 と留 意 して述 べ て い る 時 の,ケ イ ンズ を指 す の で あ ろ う か 。 あ る い は 天 国 は 「全 く存 在 し な い」 と語 る懐 疑 主 義 的 な ケ イ ンズ を指 す の で あ ろ うか 。
さ ら に こ の 点 に 関 して い え ば,ネ ル ソ ンの 図式 を フ レ ー ム ワ ー ク とす る と, フ ィ ッツギ ボ ンズ(Fitzgibb・ns[6])の ケ イ ンズ の プ ラ トニ ス ト的側 面 に 関 す る議 論 等 は い っそ う興 味 深 くな って くる よ うに 思 わ れ る。 ネ ル ソ ンが ロ ーマ 伝 統 の系 譜 に入 れ た ロ ック や ス ミス につ い て ピ ュ ー リタ ニ ズ ム の 側 面 につ い て相 応 の 注 意 を払 っ た よ う に(あ るい は今 やそれ以上 に)ケ イ ンズ に つ い て もそ うす べ きで あ るの か も しれ な い 。
ネ ル ソ ンの い う 「人 物 の 思 考 様 式 の 本 質 」 とは 一 体 何 で あ ろ うか 。 わ れ わ れ
近代経済神学史 の展 開(57) は,今 や ネ ル ソ ンが 留 意 した方 の 点 が,む しろ重 要 な 課 題 とな っ て 来 る の で は な い か と も考 え始 め る。 ポ ス トモ ダ ン以 前 の ポ ス トモ ダ ン。
そ して ポ ス トモ ダ ン神 学 に な る とそ の 可 能 性 は ます ます 高 くな っ て くる の で あ ろ うか 。 ネ ル ソ ンの い う よ う に 「ポ ス トモ ダ ンの 世 界 」 とは 二 大 伝 統 の 図 式 が通 用 しな い 世 界 で あ り,あ る い は 二 大 伝 統 の 「混 合 」 とい う図 式 の 「ハ イ ラ イ ト」 な の で あ ろ うか 。 ネ ル ソ ンは ポ ス トモ ダ ンの 「経 済 的 多 元 主 義 神 学 」 を 強 調 した の で あ っ た。 た と え ば ネ ル ソ ンが,ジ ェ イ ム ズ ・ブ キ ャナ ン を福 祉 国 家 批 判 と同時 に進 歩 を認 め る点 で,二 大 伝 統 の 「混 合 」 と把 握 し,ポ ス トモ ダ
ンの 系 譜 に入 れ た よ う に33)。
6.近 代 経 済 神 学 史 の 可 能 性
ネ ル ソ ン は カ ソ リ ック対 プ ロテ ス タ ン トの 図 式 を貫 徹 させ た 。 ユ ニ ー ク な ア イ デ ア で あ っ た と思 う。 か く も宗 教 的 ・神 学 的 レ トリ ック(メ タフ ァー)を 駆 使 した経 済 思 想 史 は な か った よ うに 思 う。 この レ トリ ッ ク な りフ レ ー ム ワ ー ク の ア イ デ ア に よ って こ そ可 能 と な った の か も知 れ な い 。 そ の 図 式 は そ れ と して, 今 や ネ ル ソ ン以 後 の わ れ わ れ に と って,ネ ル ソ ンの 著 作 の 大 き な意 義 は,と も か く もひ とつ の ま と ま っ た 通 史 と して 近 代 経 済神 学 を構成 し,あ る い は展 開 し, 提 供 して くれ た と こ ろ に あ る の で は な か ろ うか 。 「経 済 学 」 に 「神 」 の 一 文 字
を入 れ た,こ の一 文 字 に よ っ て経 済 思 想 史 の相 貌 が 異 な って 立 ち現 れ て くる, この こ とに 巨 大 な意 味 が あ る の で は な か ろ うか 。
最 後 に再 び構 成 を振 り返 っ て 見 よ う。 こ の経 済 思 想 史=経 済 神 学 史 に お い て, まず お そ ら く宗 教 研 究 の側 か ら い え ば,キ リス ト教 だ け で あ って 東 洋 宗 教 が 入 っ て い な い とい う点 は,不 満 で あ り,確 か に そ の 通 りで あ ろ うが,そ れ は ネ ル ソ ンの 問 題 で は な か ろ う(お そ ら くマ クロスキ ー等 の問題 で もなか ろ う)。 経 済 思 想 史 と して 見 れ ば,限 界 革 命 期 の 経 済 学 者 が 入 って い な い とか,大 陸 系 の経 済 学 者 が 少 な い とい う こ と に な る が,そ れ も差 し支 え な い で あ ろ う。 また 現 代 を
ア メ リ カ を 中心 とす る の も,著 者 が ア メ リカ 人 で あ る の だ か ら とい う点 か ら,
あ る い は ア メ リカ の経 済 学 の 現 代 に お け る支 配 力 とい う点 か ら,そ うあ って 然
るべ きだ とい う立 場 は認 め られ て よい で あ ろ う。 ア メ リカ文 化 ・社 会 ・政 治 論 等 と して の意 義 もあ ろ う。
しか しス ミスか ら古 典 学 派 の 経 済 学 は辿 って い るの で あ る か ら,古 典 派経 済 学 者 と して 一 語 で マ ル サ ス を素 通 り して しま った こ とは残 念 な感 じが す る。 近 年,マ ル サ ス研 究 にお い て は,マ ルサ ス神 学 につ い て もか な りの文 献 が 現 れ て き た。 マ ル サ ス神 学 研 究 に 本 格 的 に 取 り組 ん で い る ひ と り,ウ ォー タ ー マ ン (Waterman[19][20])は,キ リス ト教 と経 済 学 の研 究 プ ロ グ ラ ム も提 示 して い る。 い まわ れ わ れ と して ネ ル ソ ンの プ ロ グ ラム とこ れ ら と を具 体 的 に比 較 して み る こ とは今 後 の課 題 と しよ う。
20世 紀 に入 って,シ ュ ンペ ー ター やハ イエ ク等 の ケ イ ンズ に比 肩 し うる重 要 な経 済 学 者 も挙 げ て然 るべ きで あ ろ う。 た とえ ば,シ ュ ンペ ー タ ー を ネル ソ ン は引用 して い る け れ ど も,主 題 と してで はな い 。 む しろ主 題 と して狙 上 にの せ て し ま う こ とはで きない で あ ろ うか。 シ ュ ンペ ー タ ー 自身 は,よ く知 られ て い る よ うに,ヴ ィジ ョ ン とツ ー ル,理 論 と実 践,分 析 とイ デ オ ロギ ー等 の 峻 別 を 強 調 して い た。 ま た一 方 で シ ュ ンペ ー タ ー は,『 資 本 主 義 ・社 会 主 義 ・民 主 主 義 』 にお い て は,マ ル クス 主 義 を宗 教 と捉 え 「預 言者 マ ル クス」 につ い て も論 じて い た34)。 しか し 自著 が 「本 来 の意 図 を超 え て,い っ そ う 明確 に預 言 と な る」 可 能 性 を認 め て もい た35)。い ず れ に して もわ れ わ れ は シ ュ ンペ ー タ ー 自 身 の方 法 論 的 主 張 や態 度 にか か わ らず,今 や近 代 経 済神 学 史 の 中 で,資 本 主 義 の 現 実 を創 造 的 破 壊 の 過 程 と説 き,人 類 の40年 先 を語 っ た 『資 本 主 義 ・社 会 主 義 ・民 主 主 義 』(Schumpeter[14])を 預 言 的 託 宣 の 説 教 者 の 書 と して 読 ん で し ま う こ と も充 分 に可 能 で は なか ろ うか。 ネ ル ソ ン流 に い え ば,そ して お そ ら く シ ュ ンペ ー ター の読 者 ほ とん ど誰 しもが 予 想 す る よ うに 「ヨゼ フ ・ア ロ イス ・ シ ュ ンペ ー ター 資 本 主義 成 功 故 の崩 壊 の預 言 者 」。
以 上,最 後 に ネ ル ソ ンの書 を充 実 ・拡 大 で きる点 が あ る とす れ ば,い か な る
点 が そ うな りう る もの なの か,い くつ か考 え て 見 た 。 とい うの も,ケ イ ンズ の
タ ー ム に即 して言 えば,も しも悪 しき貨 幣 愛 が 相 変 わ らず あ る い は ます ます 支
配 的 なポ ス トモ ダ ンの 世界 が 宗教 と ビジ ネ ス とをい ま や魂 の別 々 の箱 に しま っ
近代経済神学史の展開(59) て置 け な い の で あ る とす れ ば,あ るい は西 洋 の伝 統 で あ る二 重 真 理説 の破 綻 が 明 確 で あ る とい って よい の だ とす れ ば ネル ソ ンの近 代 経 済 神 学 史 の研 究 路 線 は, い っそ う充 実 ・拡 大 で き るプ ロ グ ラ ムだ と思 うか らで あ る。
注 1.
1)Keynes[9]P.268.救 仁 郷 訳284頁 。 全 集 版 訳 の 頁 に は 原 典 頁 数 が 併 記 さ れ て い る か ら省 略 し(同 様 の 場 合,以 下 同 様),こ こ で は 別 訳 を 記 す 。 な お 引 用 の 訳 文 は 多 少 手 を 加 え て あ る 。 以 下 同 様 。
2)ウ ォ ー タ ー マ ン 自 身 の 分 類 学 的 な 付 記 を 添 え た 参 考 文 献 が 興 味 深 い(Waterman C19J)0
3)Bellah[1]PP.237ff.訳111頁 以 下 。 4)Bellah[3]訳40頁 。
5)Black[4],Goodwin[7],Stigler[16J等 を 参 照 さ れ た い 。 な お ス テ ィ グ ラ0は 経 済 学 者 は 説 教 を し て こ な か っ た と 見 る の で あ る か ら,ネ ル ソ ン の 見 解 と は 大 き く異 な る し,わ れ わ れ は ネ ル ソ ン の 立 場 を 支 持 し た い 。(Stigler[16]p。3.)。
6)Nelson[13]pref.P。XXI.
2.
7}Ibid.,pref.p.xx.
$}Ibid.
g}Ibid.,pref.p.xxv.
10)Ibid.,pref.p.xxi.
11)Ibid.,P.2.
12)Ibid.
13}Ibid.
'3 .
14)Ibid.,PP・10ff.
15)ibid.,p.17.
16)Ibid.,p.31.
17)Ibid.,p.53・
1S)ibid.,p.54.
19)Ibid.,p.23.
4.
20)Ibid.,pp.20‑21.
21)cf.Ibid.,pp.92‑95,pp.104‑105.
22)Ibid.,p.21.
23)Ibid.
24}Ibid.,pp.22‑3.
25)Ibid.,p.23.
26}Ibid.
5.
27)ケ イ ン ズ は ま た 経 済 学 者 を 歯 科 医 の メ タ フ ァ0で 語 っ た こ と で も 夙 に 有 名 で あ る 。 cf.Keynes[9]p.332.訳346.
28)e.9.McCloskey[12]P.xvi.
29}Keynes[10]P.199.
30)Keynes[9]P.256.訳274頁 。 傍 点 は 引 用 者 。 以 下 同 様i。
31)Ibid.,P.268.訳284頁 。 32)Keynes[10]p.66.
33)Keynes[13]p.59・
6.
34)Schumpeter[14]PP.5ff.
35)Ibid.,p.xi.̲
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