ポスト原発・新しい社会の形成
――東北アジア共生を視軸にして――
黒 沢 惟 昭 はじめに
大学時代に、恩師高島善哉教授から「市民社会」の教えを受け、関心を抱きその実 現によって、新しい日本社会の形成を目指してきた。しかし、関心は西欧の市民社会 であった。ところが、東京学芸大学在職時に文科省から「科学研究費」を得て、中国 は長春の東北師範大学の研究者たちと「20世紀東北アジアにおける社会及び教育の変 動と国際関係」をテーマに、3年間にわたって共同研究を行った
(1 9 9 8−2 0 0 0年度)
。 そのとき初めて訪中して以来東北アジアに関心を抱き西欧中心の研究の限界を痛感し た。共同研究の終了後も東北師範大学を拠点に、中国、韓国、サハリンへ調査・研究 を重ねた。その過程で、東北アジアの重要性の認識を深めた。一方、3・11フクシマ は経済成長のための科学の在り方・限界についての見直しを迫った。自然を超克する のはなく、共生するための科学の在り方である。この認識から「市民社会」について も反省を促された。未曾有の大震災からの復興は、近隣諸国、東北アジアとの連帯が なければ不可能であり、それは「平和憲法」の精神であることを痛感した。つまり、「市民社会」をアジアの視界から再考する必要性である。アジアとの共生、「一つの アジア」を目指す市民社会の展開である。それは日本の「平和憲法」の理念の具体化 でもあることに思い至った。これら二点から私の「市民社会」論を考え直すことを念 じ、これまでの研究の総括、『東北アジア共同体の研究 平和憲法と市民社会の展 開』
(明石書店、2 0 1 3年9月)
を上梓した。本稿の寄稿依頼を受け素稿を書き上げてか らすでに1年になる(*)。このために用意した稿は前掲拙著(終章)
に加筆・修正を施 して収録した。改めて新稿を用意すべきであるが、専門を越える面が多く、それは私 の力を越える。そこで本稿では重要な部分は残すことにしたが、出来るだけ重複は避 け、その後の新しい情報を繰り込み稿を改めた。前掲拙著と併読されたい。さらに、アジア、とりわけ「東アジア」を展望しないと視野が狭いことに気が付いた。しかし その展開は私の能力を越える。「おわりに」で先学の研究の要旨をデッサンし、これ に基づく考察は今後の課題としたい。
(*)
編集者注:本稿は元々は『山梨学院生涯学習センター創設2 0周年記念論集』への寄稿依頼に よるものであったが、編集上の都合により本誌での掲載に変更させていただいた。
−7 1−
一、3. 1 1大震災で考え、学んだこと
1、体験的 帰宅難民 ―生涯のトラウマの一齣
2011年3月11日、午後2時46分。会議のため川崎市内にいた。 帰宅難民 を体験 した。いつもの5倍以上の時間をかけて何とか帰宅出来た。
(詳しい「体験記」は前掲 拙著「終章」を参照)
正確な情報の不在に不安を感じた。メディアの責任を痛感した。政府
(官房長官)
の 説明 も「当面は心配なし」をオウムのように繰り返すのみ。メディアはそれを唯々諾々と受け入れ、自らも安心している風情。原因・経緯は全て
「想定外」とされる始末。全局が同じような「報道」の「垂れ流し」。登場する、通 称「学者」も、「評論家」も真相を説明してくれるようには思えなかった。ご本人自 身が分からなかったのだろう。こんな 専門家 の話を聴かされる視聴者はたまった ものではない。後に、信念の人、良心的学者がいることを知ったが、メディアから外 されていたのだ。今回ほどメディアの劣化に怒りを感じたことはない。以下、信じら れる科学者の説明を紹介しよう。前掲拙著にも引用したが、わかりやすく全容を解説 説明してくれる貴重な論稿である。
2、原発事故の真相―山本義隆の説明
山本の説明は前掲拙著に引用したので要点を抽出する。
(1)「東京電力福島第一原発一〜四号機が地震によって損傷し、津波により非常用 電源が喪失し冷却機能が失われ、核燃料のメルトダウン
(溶融)
と水素爆発をつぎつ ぎひき起こし、多量の放射性物質が放出され、広範囲に飛散するという大事故が発 生」「十万に近い数の人たちが、着の身着のままで生まれ育った故郷と住み慣れた家 を後にし、生活の基盤を奪われ、いつ帰れるとの展望もなく長期にわたる避難生活―難民化―を余儀なくされた。」「多くの人たちが被爆の恐怖のうちに生活している。子 供たちに将来放射線障害が現れるのではないかという危惧はこの先何年も払拭される ことはない。」
(山本義隆『福島の原発事故をめぐって いくつか学び考えたこと』みすず書 房、2 0 1 1年、2−3頁。事故のしばらく後に出版された貴重な書である。素人の私にも大枠は つかめた。 )
因みに、本稿執筆時に、「チェルノブイリから福島へ」(Bs 4、2 0 1 3. 1 1. 3)
を観る。「故郷
(福島)
へ帰れないと思った方がよい」。経験を共有する現
在
の
チェル ノブイリ被災者の忠告が胸を打つ。実際、15万人の「被災者」が帰りたくても帰れな いのだ。2年半後の現実なのだ。「家はネズミの巣、畑はイノシシのえさ場。だから もう捨てなさい、と政府だけには言われたくない福島の被災者。」
〈 「素粒子」 「朝日」
2 0 1 3. 1 1. 5〉 ( 「この地域住めない、という時期来る」 「原発避難 石破氏が発言」 〈同紙〉に対す
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る反発)
。未だ福島原発の「内部の状況」さえ分からないのだ。一方で、再稼働が進 む。福島の「棄民」はどう思う。3、責任の所在
二年余に至る現在も、福島第一原発ではメルトダウンした核燃料がどこにあるのか 判明しておらず、放射能汚染水も処理の目処がたっていない。放射能の子供たちへの 影響は、チェルノブイリの現在の状況が放映され、懸念されるが対策は遅々として進 んでいない。
( 「熊取六人組」の一人今中哲二は、 『放射能汚染と災厄 終わりなきチェルノブ イリ原発事故の記録』明石書店、2 0 1 3年、で詳しく述べている。忘れさせないために、記録を 残すのだと出版の意図を述べる。再稼働に執念を燃やす首相ほかはどう思う)
。参考人として 国会に出席した専門家、児玉龍彦(東京大学アイソトープ総合センター長)
が声を荒げて 議員を責めていたシーンが心を打つ(1)。( 『内部被曝の真実』に「7. 1 7衆議院厚生労働委員 会・全発言」が収録されている)
。4、山本の告発は続く(前掲書)。
「事故発生以来、日本の原発政策を推進してきた電力会社と経済産業省
(旧通産省)
と東京大学工学部原子力工学科を中心とする学者グループ、そして自民党の族議員た ちからなる『原子力村』と称される集団の、内部的には無批判に馴れ合い外部的には いっさい批判を受け入れない無責任性と独善性が明るみにひきだされている。」「学者 グループの安全宣伝が想定される、苛酷事故への備えを妨げ、営利至上の電力会社は 津波にたいする対策を怠り、これまでの事故のたびに見られた隠蔽体質が事故発生後 の対応の不手際をもたらし、これらのことがあいまって被害を大きくしたことは否め ない。その責任は重大であり、しかるべくその責任を問われなければならない。」
(前 掲書3〜4頁。傍点引用者。 )
因みに、チェノブイリでも隠蔽はすざましかったことは 最近知った。三池でも水俣でも全く同じである。「足尾銅山で始まり、四大公害を経、そして今なお発生する公害、さらには沖縄を含めた基地問題など、すべては同根であ る。それを貫いているものは、国を豊かにするという思想である。そのもとで企業を 保護し、住民は切り捨てるという構図が続いてきて、福島を経た今もその構図は全く 変わっていない。」
(小出裕章「滔々と流れる歴史と抵抗 田中正造没後1 0 0年に寄せて」 『世 界』2 0 1 3. 7)
5、核保有、「大国化」への野望
「政権党の実力者とエリート官僚が組んで札束で地元の反対を押しつぶし、地域を 破壊してまで原発を推進してきた。」これが実相である。しかも、「自主・民主・公 開」の「原子力平和利用の三原則」の陰に、核武装という選択肢によって、「大国化」
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への夢を実現しようという野望もあったことも忘れてはならない。1958年に原子力発 電にアクセルを踏んだ当時の総理岸信介
(原発再稼働、輸出に熱心な、安倍現首相のオジ イチャン)
は次のように回顧録に記している。「日本は核兵器を持たないが、
(核兵器保有の)
潜在的可能性を高めることによって、軍縮や核実験禁止問題などについて、国際の場における発言力を高めることが出来 る。」
( 『岸信介 回顧録』 、前掲山本書9頁より重引。後述の「平和憲法」の理念とは真逆の考 えだ)
因みに、「専守防衛ならば、核兵器も持てるということを2002年5月31日に、小泉 内閣官房長官福田康夫は再確認している」
(前掲山本書、2 4頁)
潜在的核兵器保有国の 維持によって、将来的な核兵器保有の可能性を開いておくことが戦後の日本の支配層 に一貫して引きつがれた原子力産業育成の目的なのである。そうであれば、脱原発・反原発=反原爆でなければならない。その通りだ。被爆国日本は、改めて留意しなけ ればならない。しかも、原子力発電の推進、核燃料サイクルの開発が、以上のように
「産業政策の枠を超え」る「外交、安全保障政策」の問題として位置づけられるので あれば、「経済的収益性はもとより技術的安全性さえもが軽視されてしまう」ことも 理解できよう。
(山本書2 4〜2 5頁、傍点引用者)
6、人間を超える 怪物
原子炉は「完全に科学理論に領導された純粋な科学技術」によるもので、それは、
巨大な権力に支えられてはじめて可能となったものであり、それまでの、「職人や技 術者が経験主義的に身につけてきた人間のキャパシティーの許容範囲を踏み越えた」
のである。山本の説明を続けよう。
第一に、「そのエネルギーは、ひとたび暴走をはじめたならば、人間によるコント ロールを回復させることがほとんど絶望的なまでに大きいことが挙げられる。石油コ ンビナートが爆発し火災を起こしても、何日かせいぜい何週間かで確実に鎮火され、
跡地に再建可能である。しかしチェルノブイリにしてもフクシマにしても、大きな原 発事故の終息には、人間の一世代の活動期間を超える時間を要する。そしてその跡地 は何世代にもわたって人間の立ち入りを拒む。……そのうえ、廃棄物が数万年にわ たって管理を要する……どう考えても人間の処理能力を越えている。」
(傍点引用者、
チェルノブイリがそれを実証している。 )
第二に、「原子力発電は建設から稼働のすべてにわたって、肥大化した官僚機構と 複数の巨大企業からなる 怪物 的大プロジェクトであり、そのなかで個々の技術者 や科学者は主体性を喪失してゆかざるを得なくなる。プロジェクト自体が人間を飲み こんでゆく。原子力はまた、国家に大国としての力を与えるという幻想を生みだした ことによって、国際政治においても人間のコントロールを受け入れない 怪物 を生
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みだしたと言えよう。」
(前掲山本書、8 9〜9 2頁。傍点引用者)
人間のキャパシティを超 える「怪物」を生み出してしまったのだ。人間が生み出したものに人間が支配され る。「科学の疎外」(マルクス)
がぴったり当てはまる。「東北人は忍耐強い」「人間の 絆」が言われる。その一方で、多くの自殺者も出ている。疎開者は15万人という。山 本が専門家の立場から告発する本質的問題、責任をメディアは何故報道しないのか。しかも、安倍首相自ら商人を引き連れて熱心に「原発」輸出に乗り出している。正気 の沙汰か。「死の商人」は死語になっていないのだ。最近になって元首相小泉純一郎 が「汚染水」の処理ができないことを悟り「脱原発」を唱えだして、メディアを賑わ せている。ごく当たり前のこの提唱が広がることを期待したい。メディアよ、「ここ がロードス島だ、踊れ!」
二、脱原発、その根拠
1、小出宏章はこう断言する。この恐怖から解放される方法はただ一つ。「原発を 止めること」ただそれだけです。
(小出裕章『原発のウソ』扶桑社新書、2 0 1 1年、1 6 9頁)
。 この人の肩書は「助教」とある。若手研究者を想像したが49年生まれ、まもなく定年 だ。いまではご存知の方も多いと思うが「熊取六人組」の一人。中国の文化大革命で 江青女史らを『四人組』と指弾したのをまねて、電力会社ら原発推進派側が原発に反 対する専門家六人をこう揶揄したことに由来する。本人たちは『原子力安全グルー プ』と名乗る。細見周『熊取六人組 反原発を貫く研究者たち』(岩波書店、2 0 1 3年)
は好著である。良心を貫く科学者集団がどのように集まり形成されたかよくわかる。
引用したい箇所は多々あるが、次の一節を引用したい。「この大きな節目で思うの は、この国に「自立した個人」が必要」だということだ。考えてみれば「原子力」と いうものの扱いを国や電力会社といった一部の限られた人たちに任せきりにしていた からこそ、3.11のような事態を前に、私たちは為すすべもなく、立ち尽くすしかな かったのではないか。どういうエネルギーを使うかを決めるのは私たち一人一人だ し、その対価を支払うのもまた私たち一人一人なのだ。本来持っている決定権をあま りにも簡単に他者に差し出している。多分その方が自分にとっては楽に違いない。だ が、何も起きないうちはいいが、ときとしてそれが強烈なしっぺ返しとなって身に降 りかかってくることもあるのだ。「自立した個人」として主体的に考えて行動する。
われわれが「六人組」の生きざまから何か学ぶことがあるとしたら、それ以外にはな いと思う。破局の後も続いていく未来を、どのように生き抜いていけばいいのか。そ のとき「原発は止まる」のか、「やはり動く」のか。その答えは、結局私たち一人一 人が探していくほかないのだ。」「おわりに」で、前掲書の著者細見が説く教訓であ る。なお、講演後の質疑で、なぜ助教なのか、と問われ、「教授になりたいと思った
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ことは一度もない。74年に助手に応募して助教になりましたが、その日から一度も誰 にも命令されたことはないし誰にも命令したことがない。今のこの立場が一番快適で す」「食べていけるだけの給料はもらっています。贅沢を言わなければ生きていけま す。」と小出は答えたという。六人組の一人、今中哲二も語る。「世の中で金持ちにな るということは、人が作ったものを奪う権利を持つこと。偉くなるということは、人 を踏みつける権利を持つこと、というのが見えちゃったから、それは詰まらないなと 思った。」
(前掲細見書、5 0頁)
。最先端の「原子核」を専攻した六人は皆秀才、エリー トに違いないのに、このような気持ちを淡
々
と
さ
り
げ
な
く
語
る
ことに私の感動は深ま る。日本にもこういう人がいるのだ。「生きる力」を与えられた。小出の次の科学的 証言にも勇気がでる。素人には貴重な教えである。
2、「ほとんどの日本人は「原発を廃止すれば電力不足になる」と思い込んでいま す。しかし、「原発を止めたとしても、実は私たちは何もこまらないのです。確かに 日本の電気の約30%は原子力ですが、発電設備全体の量から見ると、実は18%にすぎ ません。……原子力発電所の『設備利用率』だけを上げて、火力発電を休ませている からです。……設備のどのくらいをうごかしているかというのが『設備利用率』で す。2005年の統計によれば、原子力発電所の設備利用率は約70%です。……一方、火 力発電所は約48%です。つまり半分以上が止まっていたということになります。今回 の地震と津波で、原発が止まって電力不足になった印象がありますが、実は違いま す。火力発電所が被害を受けたことが大きな理由です。それでは、原子力発電を全部 止めてみたとしましょう。ところが、何も困りません。壊れていた火力発電所が復旧 し、その稼働率を7割まであげたとすれば、十分それで間に合ってしまいます。原子 力を止めたとしても、火力発電所の3割をまだ止めておけるほどの余力があるので す。それだけ多くの発電所が日本にはあるのです。」
(前掲小出書、1 7 0〜1 7 1頁)
「恐怖 からの解放は原発を止めること」「止めても何も困らない」。「原子力村」から対極の 有志の「助教」がこう断言することに大いに勇気づけられた。素人の私としては叙上あ ま た
の山本の教えのほか、このたび初めて知った真の学者たちの言葉を信じて、数多のデ マゴーク、御用学者、御用評論家に対抗するほかない。それにしてもテレビ、新聞で このように語り、教えてくれた人はいるのだろうか。寡聞にして知らない。メディア の劣化を痛感せざるをえない。
( 「電力会社が大スポンサーであるがゆえに、メディアがエネ ルギー政策についての代替案を提供できず、国民の世論がまったく盛り上がらない状態が続い てきました。 」 (宮台)宮台真司 飯田哲也『これからのエネルギーとこれからの政治を語ろ う』講談社現代新書、2 0 1 1年、1 1 3頁)
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三、自然エネルギーへの転換
山本も小出も、脱原発・反原発を主張する一方で、エネルギーの浪費を戒め、「知 足」を説く。同時に、自然エネルギーへのシフトも緊急の課題である。数年まえ、稚 内の友人の案内で宗谷海峡に面する丘の上の風力発電の現場を見学した。最北の街で 地域再生=新しい市民社会の生成のために、自然エネルギーの活用に早くから取り組 む先見の明に感嘆した。それが世界の大きな流れだという認識はその時はなかった。
わが不明を恥じる。
飯田哲也
(環境エネルギー政策研究所所長、この人は NHK テレビ討論会で、事
故
直
後
に
脱 原発、風力発電の必要を強調したことで印象に残った。 )
によれば、「現在、自然エネルギー は『第四の革命』とよばれるほど、世界中で爆発的に増えつつある」という(飯田ほ か『 「原子力ムラ」を超えて』NHK ブックス、2 0 1 1年、2 2 9頁)
。以下、飯田の教示の要点を 紹介しよう。1.すでにヨーロッパでは、「2010年に入って2050年までに自然エネルギー100%に できるというシナリオが、さまざまな研究機関や団体、場合によっては政府機関から 次々と登場している。」そういう時代に突入しているのだ。「自然エネルギーではまか なえない」などという妄想をまじめに議論しているのは、日本だけである。
(前掲書2 3 頁)
2.その自然エネルギーを日本でも爆発的に増やそうと考えることは、きわめて 真っ当だろう。「そもそも太陽エネルギーだけでも、現在私たちの文明で使っている 化石燃料や原子力の約一万倍も降り注いでいる。つまり、そのうちわずか0.01%を電 気か熱か燃料に変換すれば、地球全体で使っているエネルギーを、すべて自然エネル ギーに切り替えることができるのだ。そう考えれば、けっして難しい話ではない。」
(同、2 3 0頁)
3.とりわけ、留意すべきは、自然エネルギーの「地域性」である。原子力にせよ 石炭火力にせよ、従来の私たちは、「発電施設を特定の場所に押しつけてきた。」その 分、その地域には電源三法にもとづく交付金などを浴びせるように注ぎ込み、住民を なかば強引に黙らせてきた。そのおかげで、「ほかの地域に住む大半の人々は、エネ ルギーのことなど考える必要もなかった。」ところが、「自然エネルギーの場合は必然 的に小規模分散型になる。設置場所が圧倒的に増えるわけだ。たとえば風力発電がさ かんなデンマークの場合、その設置場所を点で表すと国全体が浮かび上がるほど だ。」
(同、2 3 4頁)
4.さらに、地熱発電やバイオ発電など、自然エネルギーの手段はいろいろある。
「これらの活用で、光熱費を県内にとどめ、それが地域経済と雇用を生み出す。つま
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り、自然エネルギーは地域経済にとって、お金とエネルギーを地域内で循環させる大 きなインパクトをもたらしてくれるわけだ。」
(同、2 3 3頁)
。政権交代によって脱原発政策はもとの木阿弥、復活が始まっていることは先に述べ た。しかし、叙上の真の学者たちの教えのもとに、似非学者の言説に惑わされないで 脱原発、新しいエネルギーによって、地域に根差した、社会形成を目指さなければな らない。そのためには、小出が示唆するように、「市民の教育力」が要求される。教 育の出番だ。
四、世界の趨勢・補足
世界の主要国の自然エネルギーの状況については後出書を参照されたい。ここでは 先駆国にくらべて日本の有利な点を指摘しよう。
第一に、世界では太陽光、風力、燃焼の技術が発展し、コスト削減が進んでいるこ とです。ドイツなどのパイオニア国が太陽光産業の発展のために尽力してきたおかげ で、日本は低いコストで太陽光設備を手に入れることができるのです。
第二に、日本は、先行する何種類もの電力市場や市場規制のあり方から学べること です。最も重要な教訓は、現行のシステムで利益を得ている人たちが市場設計に影響 を及ぼすのを許してはならないということです。公平なアクセスを、独立したシステ ム運用者が保証すること、そしてスポット市場を確立し、消費者が最低コストの電力 を使用できるようにすることです。
日本にとっていまは、エネルギー分野で新しい発展の道を歩む貴重な機会なので す。化石燃料やウランの輸入依存を減らすことは、コストとリスクを削減することに つながり、本当のエネルギー安全保障が実現するからです。」
(自然エネルギー財団編
「自然エネルギー Q&A」2−5頁、岩波ブックレット No.8 8 4)
以上、一部の引用であるが安倍政権が進めているエネルギー政策とは真逆の道を示 している。ポスト・フクシマを考える貴重な示唆である。なお、前掲書で飯田は「日 本でも広がるコミュニティパワー」の現状を次のように述べる。
7 コミニュニティパワーの現状
「日本で最初の風力協同組合は、2001年に誕生した市民出資の風力発電「はまかぜ
はまとんべつ
ちゃん」
(出力1 0 0 0 kW、北海道浜頓別町)
です。NPOの北海道グリーンファンドが事業 主体となり、環境エネルギー政策研究所が市民出資の仕組みを創ることで、日本で初 めて実現した市民参加型の風力発電です。」「また、日本初のコミュニティパワーは、2004年に長野県飯田市で誕生したおひさま進歩エネルギーです。……地域の人が担い 地域の人が決め地域にメリットが戻る構造です。その後、岡山県備前市の備前グリー
なめりかわ
ンエネルギー、岐阜県高山市の木質燃料、富山県 滑 川市のアルプス発電などが誕生
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しました。そして、福島原発事故以降、各地でコミュニティパワーが急増していま す。ほうとくエネルギー
(神奈川県小田原市)
、しずおか未来エネルギー(静岡県静岡 市)
、多摩電力(東京都多摩市)
、調布まちなか発電(東京都調布市)
と続き、2013年8 月1日にはついに福島県で第一号のコミュニティパワーとなる会津電力株式会社(福 島県喜多方市)
が誕生しました。今後も、北海道から沖縄まで全国各地で続々とコミュ ニティパワーが立ち上がる見込みです。また、生活クラブ生協や日本生活協同組合連 合会、パルシステムなどの消費生活協同組合でも、エネルギーの共同購入に焦点を置 いた「エネルギー協同組合」を創る動きがあります。発電側と消費側の両面で、コミュ ニティパワーが広がってゆくことで、これまで閉鎖的で独占的だった日本のエネル ギー市場、そしてエネルギー体制を大きく変えてゆくものと思われます。」(5 8−5 9 頁)
。心強いではないか。五、東北アジア共同体、 「市民社会」の再考・展開
1、市民社会研究の反省
マグニチュード9、死者・行方不明19,000人に及んだ今回の大震災。1000年に一度 の巨大津波、人類史上二番目の原発事故。それは「科学」を過信し、自然を克服でき るという人間の驕りに対する重大な警告である。この人間の中に、似非「学者」、政 府の宣伝を信じた、私をはじめ多くの素人も加えなければならない。私は「人間の疎 外」の視点から教育を考えてきた。疎外の回復を教育に求めたのである。そして、回 復されるべき社会を「市民社会」と措定した。
(もう一つの近著『人間の疎外と教育 教 育学体系化への前哨』社会評論社、2 0 1 3年9月、を参照されたい。以下、 『疎外』と略記)
市 民社会はもともと中世ヨーロッパで育まれ、近代とともに花開いた。その形成史に学 び、日本の市民社会の可能性を探った(前掲『疎外』第三章参照)
。その研究過程で、日本独自の「共同体」は「前近代」、「封建的」と見なし克服されるべきものと捉えた。
しかし、日本の高度経済成長が達成された70年代半ばごろから「近代」に対する疑念 が多くの人々に生じた。それが直ちにかつての日本への回帰になったというわけでは ない。そうではなく、西欧中世の市民社会が育んできた、「協働性」「団体意識」を無 視、軽視した「市民社会」の移入、模倣ではなかったか、という反省である。
今回の震災からの復興の在り方を確かめた限り、東北の農村、漁村で長い間に形成 されてきた「共同体」が今後の社会形成に大きな示唆を与えてくれることに気が付い た。それは近代的「効率」主義ではなく、長い間の「経験」の蓄積ではないかと思う のである。私の「市民社会」論に欠落していたことを認めないわけにはいかない。
3.11.の衝撃は科学の「再審」と同時に、精神・倫理の革命が必要であることも教
−7 9−
える。「効率」「利便」を前面に立てて巨大事業によって一挙に「回復」をという方式
( 「新自由主義」 )
はなく、長い生活のなかで培い、育んできた知恵を生かして、自然 の克服よりも自然との新しい「共生」を徐々に進める知恵である。復興のレポートに 出てくる「海は公有である」、「六次産業」などの言葉が象徴的である。私の「市民社 会」研究をこの視点から再考しなければならない。こう思うのである。2、東北アジア共生への視界
同時に、本稿で考察したいのは、もう一つの「市民社会」、つまり、近隣諸国、東 北アジア共生の視点である。大震災のなかで、「絆」という言葉がよく使われた。「自 己責任」の押し付けではなく、「助け合って生きる」意味である。この絆を拡げ、近 隣諸国の人々、東北アジアの人々とともに助け合って生きること、市民社会の拡大で ある。いま、中国の大気汚染の日本への影響が話題になっている。海と同じく「大 気」、自然環境も「共有」
(公共)
財産なのだ。原発事故の放射能も近隣諸国の人々に とっては恐怖だったに違いない。今、フクシマで行われようとしている汚染水を海に 流すなどもってのほかだ。「トイレのないマンション」ではゆくゆくは「海に流すし かない」のではないか。そのとき「絆」は消滅するだろう。安倍首相はオリンピック 招致の演説で「完全にブロックされている」などと大見得を切ったが、こんなことは ウソだと日本人の多くは知っている。(否、オリンピック委員も気が付かない筈はない。結 局「商業主義」に屈したのだろう。イヤハヤ)
「海は公有」なのだ。「国境」などはない。震災復興のためにはなによりも近隣諸国との「国境」を超えた「絆」が必要である。
これ以上信用を失ってはならない。
今回も日本の被災者を助けようという声が近隣諸国から起こった。台湾、中国、ロ シア、韓国。しかも、国交がなく敵対している北朝鮮も義捐金を送ってくれた。感銘 を受けた。隣国でありながら長期にわたって国交断絶は異常である。ミサイル発射、
拉致問題だけが殊更に報道される。それも重要であろう。しかし、日本が植民地とし て長年支配した歴史を忘れるべきではない。慰安婦問題も韓国だけが報道されるが、
北朝鮮も同時に配慮しなければならない。こちらが忘れても被害者は絶対に忘れな い。「東北アジア共生」のために早急に「正常化」が必要である。日本海側に林立す る「原発」の一つに北朝鮮のミサイルが命中したら日本は壊滅する。3.11.はそのこ とを教えてくれた。一日も早く、国交を回復して友好を実現することが日本の安全の た
め
に
も
不可欠である。「金王朝」を揶揄する資格が日本国民にあるだろうか。68年 まえの日本も「天皇陛下」のために「一億総特攻」を真面目に考えていたのである。
ところが、ひとたび敗戦となったら、「特攻精神」などはすっかり忘れ、子どもを、
家族を愛する普通の人にかえった。「生き神」様=「天皇」は一転して平和を愛する
「象徴」に変じた。北朝鮮も、「金王朝」が変容・崩壊すれば、国民は普通の人にか
−8 0−
えるであろう。私と同世代、上の世代の日本人ならそのことはよくわかる筈だ。民族 の分裂の象徴、「ベルリンの壁」も崩れて久しい。いまや旧東ドイツの女性が首相で ある。20余年前こんな事態を信じられたか。過去を天下に謝罪し、同時に「平和憲法」
によって経済の復興を遂げた戦後を、近隣アジアの人々、とくに北朝鮮の人々に繰り 返し語りかけるべきだ。多大の迷惑をかけた日本人の義務である。
六、安倍政権の復活、 「壊
憲」の恐怖
1、自民党圧勝、安倍政権が出現。
反原発、「デモができる国」にした市民の声が票に結びつかなかったのは残念極ま りない。ひたすら景気回復、インフレ政策を強調する。それが受けているようだ。し かし、伝わってくるのは企業の収益増大、内部蓄積だけである。消費増税、電気料金 の値上げ、生活保護費の引き下げ。私のような年金生活者、低所得者層の生活は深刻 である。「この道は、いつか来た道」。元総務相片山善博は「公共事業による地域経済 効果」について「何事も学ばず、何事も忘れず」と安倍の「景気対策の名のもとに公 共事業の大盤振る舞い」を批判
(『世界』2 0 1 3年3月号)
。「国土強化」の名のもとで「土 建国家」への逆流。一方、領空・領海侵犯がメディアをにぎわす、一触即発の危機に戦々恐々。いまこ そ「平和憲法」の出番、と思うのだが、「憲法改正」「国防軍」は自民党の公約。平和 憲法は風前の灯。メディアはこのことを伝えない。
2、TPP の問題
さらに、安倍政権が公約を破って進めている
TPP
は深刻である。前掲拙著で詳し く述べたので、ここでは進藤栄一の批判の一端に留意を促したい。「米国が
TPP
で狙いを定めているのは、単に食品、食料分野だけではない。さら に広範な経済分野に及んでいる。農業分野は最重要分野であるとはいえ、全交渉対象 21分野の一つにすぎない。政府調達、医療、金融、保険、公共事業、法律、会計サー ビス、土地所有など、およそ国の骨格を形成するほとんどの分野を含んでいるのであ る。」「疑いもなく米国は、医療保険分野の規制緩和によって、混合診療制度と医療機 関株式会社化とをみとめさせようとしている。狙いは無論、豊かな消費人口を持つ日 本だ。ここで混合診療制度とは、保険診療と、全額自己負担となる自由診療とを組み 合わせる医療サービス方式のことを意味する。まさに高額なカネのかかる、貧乏人に 無理を強いる米国流医療制度だ。私自身、米国滞在中何度も見聞きした米国医療の実 態だ。」「もし医療の世界に、米国流の株式会社化が導入されるなら、医療は株式の利−8 1−
益を最大化させる手段と化すだろう。赤字診療部門は切り捨てられ、高額所得者を対 象とする自由診療部門が拡大していかざるを得まい。自由診療部門の導入拡大は、世 界に誇る日本型国民皆保険制度の瓦解の第一歩となる。」
( 『アジア力の世紀―どう生き抜 くのか』岩波新書、2 0 1 3年、9 1−9 3頁)
さらに、「コメなどを「聖域と認識する」という 表向きの合意と引き換えに、日本は逆に、自動車を「関税引き下げ対象外」として、米国にとっての「聖域とする」という、取引条件を、早くも呑まされた。普通車 2.5%、トラック25%という、高関税をかけられたまま、日本が
TPP
に参加する日本 産業界のメリットは、いったいどこにあるのか。……そもそも日本では、政権与野党 から官僚、メディアに至るまで、TPPに潜むアメリカン・グローバリズムのリスクに あまりに無感覚だ。」(同書、7 8−7 9頁)
ところで、またぞろ「新しい、美しい国」である。安倍晋三『新しい国へ 美しい 国へ 完全版』
(文春新書、2 0 1 3年)
が出た。アメリカが日本を護ってくれる。しかし、憲法の制約によってアメリカに十分協力出来ない。憲法を変えて「集団自衛権」を行 使、アメリカと対等になる。そして「戦後レジームからの脱却」を果たす。安倍のか ねてからの悲願だ。平和憲法とは真っ向から対立する。平和憲法の理念を考えて見よ う。
七、 「平和憲法」の思想
1、小田実の教えに学ぶ
平和憲法の意義は、小田実から学んだ。『9.11と9条』
(大月書店、2 0 0 6年)
、『戦争 か、平和か「9月11日」以後の世界を考える』を参考にして考えてみよう(引用に頁 は示さない)
。要諦は「正義の戦争はあり得ない」ということ、この思想に「平和憲法」は根ざしている。世界に誇るべき意義を再認したい。
まず日本人の二つの「誤解」を確かめよう。
(1)平和憲法に基づく平和主義を国是とした国は「普通の国」ではなく、軍隊を持 ち、「正しい」戦争ならやってのける国が「普通の国」だということである。この点 を多くの日本人は知っているだろうか。
(2)平和主義=民主主義とうけとめ、それが世界共通と捉えたことである。これが 全くの誤解であることを見せつけられたのはベトナム戦争であった。戦争についてア メリカには全く大義名分がなかった。アメリカの前はフランスだった。国
内
的
に
は
民 主主義・平和主義を標榜しながらも、対外的には「正しい」戦争を行うのは世界の常 識である。「民主主義」の母国古代ギリシアもそうであった。
以上が、日本人の誤解の例である。それでは「正義の戦争」というものがありうる
−8 2−
か。
小田はイラク戦争の指揮を執ったコリン・パウエルの説を例に出す。彼は国際協調 派としてたいていの戦争はするべきではない、ベトナム戦争はその最たるものであ る。その彼でも、正義の戦争はある。それはしなければならない。実例は湾岸戦争だ。
独裁者フセインがクウェート侵攻を行った。これは許しがたい暴挙だとして、アメリ カが中心になって多国籍軍がつくられ、イラクの「不正義」を制圧するための戦争を 行った。これが湾岸戦争である。この戦争の指揮を執ったのはパウエルだった。これ に対して小田は「正義の戦争はない、戦争はしてはならない」と反論する。前掲小田 書から引用をしよう。
「正義の戦争をする相手―敵は必ず不正義の戦争を行う敵です。敵が不正義の戦争 をする敵だという前提で、自分の側の戦争が正義の戦争となるのですから、これは当 然のことです。そして、正義の戦争は不正義の戦争をする敵に必ず勝たねばならな い。正義の戦争は敗れてしまえば、正義が無になってしまうことになるので、これも また当然のことです。しかし、不正義の戦争をする敵もその不正義の戦争において勝 とうとする。不正義の戦争をする敵なので、当然、どんな不正義の手段も使う。たと えば、化学、生物兵器。正義の戦争をする側はこの不正義の戦争になんとしてでも勝 たねばならないのですから、こちらの側もあらゆる手段を使う。そのあらゆる手段の なかには、当然、『核』兵器の使用もふくまれる。何十万人、何百万人の死者が出る。
いや、何十万人、何百万人を殺す。正義の戦争は勝つ。しかし、これではたして正義 の戦争か。」
(傍点、引用者)
次の指摘にも留意を促したい。「何十万人、何百万人をころして正義の戦争というなら、その正義とはいったい、
誰のための正義か、確実に言えることがひとつあります。それはこの本を書く私の、
また、この本を読むきみ、あなた、諸君にとっての正義ではないことです。」
(ここに 留意されたい)
ところで、パウエルが「正義の戦争」とみなした湾岸戦争も彼が意図 したようにひとまずは勝利したが、その後、アフガニスタンから再びイラク戦争を行 わざるをえなかった。そして平和は来たか。イランへ、北朝鮮へ、「有事」は拡大さ れないという保証はない。そうであれば、ただ殺されるだけの「私、きみ、あなた、諸君」にとって、その側 からいえばいかなる戦争も「正義」ではない。視点をどこに置くか。この小田の断言 に強い共感を覚える。小田は、彼の大阪大空襲の恐怖の体験を基に、「べ平連」の運 動のなかで、「体験」を「思想」にまで高めた。その到達点が「平和憲法」だ。この 点を学ばねばならない。
2、「世界平和宣言」としての「平和憲法」
「正義の戦争」はありえない。この思想から導かれる結論は次のようになる。小田
−8 3−
の文章を引用する。「誰がどう考えても、どのような理由があろうと、殺し合うこと のない世界をつくり出すことはまちがいのない正しいことです。また誰にとってもい いことです。」
(傍点、引用者)
その通りだ。しかし、そのような社会をどうつくり出 すのか。その理想世界実現のための法制度の第一号が「平和憲法」なのだ。それは「正 義の戦争」はありえないということを「殺し、焼き、奪う」歴史を展開し、あげくの はてに、「殺され、焼かれ、奪われる」歴史を、つまり加害=被害の長い歴史的経験 を経て体得した日本国民が到達した人類普遍の原理なのだ(2)。私を含めて多くの日本 人は「平和憲法」のこの深い意味を十分に理解してこなかった。後論のAU
形成はそ の具体的展開の一例である。湾岸戦争の時、「世界の若者が正義の戦争で血を流しているのに平和憲法を唱えて いるだけでいいのか」という批判に負い目を感じた日本人が多かった。「湾岸戦争も 戦争である。そこに正義などあり得ない。戦争は必ず報復の戦争を呼ぶ。正義は唯一 つ「平和」だ。戦争を止めて平和の実現にあらゆる努力を傾けることだ。それを宣言 しているのが日本の「平和憲法」である。全世界の人々よ、愚かな戦争
(人殺し)
は 即刻止めて日本の「平和憲法」の理念に学べ」こう自信を持って訴えるべきだったの だ。それが「平和憲法」の理念だ。3、世界への訴え
「平和主義」は世界大に広がらなければ実現できない。だから、世界各国の憲法の なかでこれほど人類全体、世界全体とかかわらせて自分の国の在り方を論じている憲 法はないのだ。一国平和主義ではないのだ。そのためにはまず、日本人自ら世界の未 来、平和のための努力をする必要がある。ただ「護憲」「平和」を唱えるだけではだ めだと小田はいう。その通りである。具体的例として小田は、「良心的兵役拒否」、世 界の「反核」の実現、「途上国」の債務軽減などを挙げ、「なすべきことは山とある」
という。憲法の理念を小田が示したように思想にまで煮詰めること。同時に国境を越 えて、世界大に広める具体的努力が要求されるのである。そのようにして練られた思 想の下に「改憲」を阻止して、それを超えて近隣諸国に協力、支援を呼びかけていか ねばならない。そのためには、「戦争」以外ならどんな辛い仕事も引き受けるという 覚悟と実践を全世界の人々に具体的に示すならば「平和憲法」の精神を世界の人は認 めてくれるだろう。
(小学生の時、 「きけ、わだつみの声」という映画を観た。映画の終わり の場面。砲弾の飛び交う中で学徒兵が、こんなところで死ぬなら、何故戦争反対で死ななかっ たのか、と戦友に語るシーンを思い出す。元自
民
党
代議士宇都宮徳馬も、それをスローガンに して、雑誌「軍縮資料」を出版していた)
−8 4−
4、平和憲法を世界遺産に
平和憲法の理念を広めるためには、「世界遺産」にすることを提唱したい。こう考 えて一文を草したので一部を訂正して、述べる
(初出「平和憲法を世界遺産に」 『科学的 社会主義』2 0 1 3. 1 2)
。今夏、「富士山を世界遺産に」で日本中が沸いた。「平和憲法を世界遺産に」を提唱 したい。在職中、学生のために読むべき本の推薦を問われ、太田光・中沢新一『憲法 九条を世界遺産に』
(集英社新書)
を紹介した。「日本の思想界の巨人」中沢新一と「政治家の人たちとも、自分の意見を言い合っ て、一歩も引かない」テレビタレント太田光のユニークな対談である。「今、憲法九 条が改正されるという流れになりつつある中で、十年先、二十年先の日本人が、『何 であの時点で憲法を変えちゃったのか、あの時の日本人は何をしていたのか』」その 当
事
者
に
な
っ
て
し
ま
う
わ
け
に
は
い
か
な
い
。そういう使命感がこの対談の動機である。
安倍政権の成立で「改憲」の流れが一挙に加速されるなか、共感は強まる。
九条が「世界遺産」であるゆえんはなにか。「戦争していた日本とアメリカが、戦 争が終わったとたん、日米合作であの無垢な理想に向かい合えたのは、あの瞬間しか なかったんじゃないか。日本人の、十五年も続いた戦争に嫌気がさしているピークの 感情と、この国を二度と戦争を起こさせない国にしようというアメリカの思惑が重 なった瞬間に、ぽっとできた。これはもう誰が作ったとかという次元を超えたものだ し、国の境すら超越した合作だし、奇跡的な成立の仕方だなと感じたんです」。当時 のアメリカ人の中に生きていた思想には、アメリカ建国の精神、さらに先住民を虐殺 し
て
し
ま
っ
た
ア
メ
リ
カ
人
の
後
悔
、いやその先住民たちがつくった「イロコイ連邦憲 章」の精神は第九条にも通じているのである。こういう見方もあるのか、と興味深く
「対談」を読んだ。九条が「世界遺産」であることの貴重な示唆である。「世界遺産」
九条をぜひ読もう。推薦文をこう結んだ。それから数年。二人の提言はいまこそ実現 を目指さなければならない。要するに、「加憲」「創憲」など「改憲」の方向を断固排 して、平和憲法の真
髄
を積極的に世界に広めなければならない。富士山と同様に世界 に誇れる日本の宝と思うからだ。そのことを私は故小田実から学んだ。
(前述したので この部分は割愛。 )
5、憲法学者の教え
憲法学者、樋口陽一の説明を引用しよう。「押し付け憲法」「ポツダム憲法」という 批判に対して樋口は次のように述べる。
(1)「確かに1945年8月、ポツダム宣言の受諾による無条件降伏と占領というこ とがなければ、あの時点で日本国憲法に当たるものが成立したことはなかったでしょ
−8 5−
う。当時の大日本帝国にとって選択肢はあったわけです。ポツダム宣言を受け入れな いで、神国日本の悠久の大義に殉ずるのだ、臣民が全員死んでも、悠久の大義に生き るのだという選択が、それまでの政府や言論界の大勢からすればあっていいはずでし た。そういう選択をしないで、大日本帝国は主権国家としてポツダム宣言を受け入れ たのです。」「ポツダム宣言の受諾は、日本がみずから始めた戦争の結末としての合意 なのです。大日本帝国は合意しないで、みずから破滅する自由を持っていたのですか ら、そこに立ち返って考えただけでも、「敗戦によって押しつけられた」という言い 方自体を、再考する必要がありましよう。
(2)そのポツダム宣言第10項には、「日本国政府ハ日本国民ノ間に於ケル民主主 義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙ヲ除去スベシ」と述べられている。「大日本 帝国憲法のもとでも民主主義的傾向が存在していたのだ、その復活強化を妨げる要素
そうらんしゃ
を除去せよ、という言い方です。」「帝国憲法自身、天皇を統治権の総攬者としながら も、権力分立と臣民の権利の保障という立憲主義の要素をそれなりに導入したもので あったという、日本近代史をきちんと踏まえた文言になっているのです。」
( 『いま、憲 法は「時代遅れ」か』 )
以上の二点を勘案すれば「押しつけられた憲法だからやめてしまおう」は「俗論」
であるという樋口の説明は納得がいく。さらに、「押しつけられた」という人たちの 多くは、つまり「改憲」派にとって本当に必要なのは、如上の「形式」ではなく内容、
つまり「九条」であろう。たしかに、九条の「空洞化」がいわれてきた。警察予備隊、
保安隊を経て自衛隊となり質量ともに世界有数の武装装置が強化され、日米安保条約 によってアメリカと結びつく体制を維持してきた。「空洞化」が喧伝されるのも無理 もない。しかし、「世論を背景にした国会での論戦の中で考え出される法制局解釈が 実質上の規制効果を発揮してきた」ために、「憲法第九条が決して全面的に「空洞化」
されなかった」ことも改めて評価されるべきである。しかし、アベ・リターンズに よって「改憲」の流れは俄かに加速され、「空洞化」をめぐるせめぎあいは一挙に「解 決」されることが予想される。「国防軍」の創設に象徴される「憲法改正」である。
しかし、「改正」案を総体的に論ずることは、稿を改めたい。小論の趣旨にそう限り の「改憲の制度設計」を樋口の前掲書で確かめよう。
(3)「国防軍の行動への規制の仕方は、「法律の定めるところにより、国会の承認 その他の統制に服する」
(九条の二、第二項)
として、憲法自身ではなく法律の定める ところにゆだねられる。宣戦という重大事項も、法律の定め方次第で国会の―事前で あれ事後であれ―承認事項となるとは限らない、という制度設計である。」「憲法の文言では説明できなかった「自衛権」を明文化することによって、実定法 の解釈に自然権を国家の権利のきめ手として使う不都合さを解消しようということに なる。」
( 『いま、 「憲法改正」をどう考えるか』 )
−8 6−
6、改憲の意味
小論では、平和憲法
(第九条)
に限定したため自民党「改憲案」全体については稿 を改めるが、「改憲」は勿論九条に止まるのではない。ここでは、次の指摘を紹介し ておきたい。「現行憲法は、その前文で、憲法の改正には限界があることを自ら宣言している。
別言すれば、実定憲法を超えて妥当すべき普遍的原理が存在することを前提に、かか る原理に反する「一切の憲法」を認めないことを、実定憲法たる現行憲法自身が宣言 しているのである。しかし、自民党改憲案ではこれは削除される。その結果、この宣 言が根底的に保障している近代の諸原理の普遍性は消え失せることになる。要する に、自民党改憲案は、近代立憲主義と深くかかわる諸原理を一応継承しているもの の、その根本法的・高次法的性格を否定し、法の支配の伝統を削除し、もって、近代 立憲主義に連なる諸概念の「原理性」
(=「普遍性」 )
を没却し、憲法改正権をその拘 束から解き放つものと言わざるを得ない。」明治の開国以来、国際社会の仲間入りするために欧米から学んだ「立憲主義」に象 徴される法原理
(普遍的原理)
を「改憲」によって転換することである(奥平康弘ほか 編『改憲の何が問題か』駒村圭吾・稿)
。不安よりも恐怖の念にかられる。内向けに論ず るのではなく国際社会に訴える必要がある。「世界遺産に」の提言はそのためである。前述した「戦争」以外のどんな辛いことも引き受ける覚悟と同時に、近隣諸国とりわ け中国、韓国・朝鮮を中心とする近隣アジアの人々の理解を得ることが不可欠であ る。樋口が指摘するように「ポツダム宣言」受諾の意味も重要であるが、「平和憲法」
は、多大な迷惑をかけた近隣諸国の人々に、日本は二度と「戦争はしません」という 誓いの証しでもあると私は思う。この意味では「アジアとの合作」とも言えるのでは ないか。
八、東北アジア共同体(AU)
叙上の「誓い」をどう実証するか。数年来考え続けたことは「アジアの統合」、「一 つのアジア」
(AU)
の形成である。ここ10数年に30回以上も訪中(訪韓)
を重ね、日 中の「架け橋」に尽くすと意気は旺んであるが、私の専門を越える領域である。幸い にも中国の大学で数年にわたって講義をする機会を与えられた。彼の国の研究者との 交流も重ね、得難い示唆をうけた。その体験を基に専門家に学んだ結論は、「EU」に 学んで「AU」(アジア連合)
を創ること、平和憲法を世界遺産にするためにはそれ以 外にないという結論である。「東北アジア共同体」はその一里塚である。このテーマ をここ数年、日中の往来の中で追究し、思考の結実を前掲『東北アジア共同体の研究−8 7−
―平和憲法と市民社会の展開』)として今回の訪中
(2 0 1 3年9月)
直前に公刊した。参 照を請いたい。以下、その要点をかいつまんで述べ本稿の結論に代える。1、歴史の総括
私が中国に関わるようになったのは比較的新しく、1998年−2000年度に科学研究費 を得て中国の研究者と「20世紀東北アジアにおける社会及び教育の変動と国際関係」
をテーマに共同研究を行って以来である。そのとき日本側代表として、研究の目的を
「AU」形成を目指そうと提案した。全員が即座に賛成してくれた。同時
に
「歴史的 総括」を中国側から求められた。そうでなければ「大東亜共栄圏」になってしまうと いう反論である。その通りであるが、そのとき叙上の「平和憲法」の理念が中国で理 解されていないことが痛感された。因みに、この9月に訪中して長春の東北師範大学 の院生に「平和憲法」について語る機会があった。現在の日中関係を配慮して慎重に 語った。一定の理解を示してくれたのは嬉しかった。しかし、9月18日に宿舎近くの 南湖公園を散歩していたとき突然サイレンが鳴り響いた。時計を見ると9時18分。中 国人にとって「9.18」は抗日の原点として忘れ得ぬ日なのだ
(前掲拙著「第1 1章」参 照)
。改めてこう思った。かつての「満州国」の首都長春には、元関東軍司令部をは じめ当時の建物が多く残され、いまも使われている。「韓国では壊されましたが」と 案内の中国人はさりげなく私に言った。「忘れる勿れ」のメッセージだと私は受け止 めた。被害者は、許したとしても、「決して忘れない」ことを実感した。日本人はこ のことをどの程度意識しているだろうか。平和憲法の精神がアジアに理解される前提 がこの自覚である。2、相互理解
歴史認識では加害者側の自己批判が前提になる。そのためにはお互いの共通認識の 努力が不可欠である。戦後60年の節目に日本、中国、韓国の学者、教師、市民が協力 して『未来をひらく歴史・東アジア三国の近現代史』、最近『新しい東アジアの近現 代史』が公刊された。画期的なことで関係者に敬意を表したい。歴史観の批判的共有 の具体的手立てである。活用は期待したようには進んでいないと編者は嘆くが、各国 の国家制度、歴史認識の違いがあるから相互理解は容易でないだろう。しかし、平和 憲法の理念を広め、加害=被害の歴史を繰り返さないためには近隣諸国との共存・共 生が不可欠である。こ
こ
が
原
点
だ
。EUの形成も半世紀を要した。一歩一歩の積み重 ねの結果である。AU形成も断じて諦めてはならない。たとえ50年、100年先であっ ても同じ目標
(AU)
に向かうという努力によって時々の対立を相対化することがで きる。訪中のたびにこのことを私は繰り返えし語った。叙上の共通テキストは大きな 前進だ。−8 8−
3、「日本海〈東海〉波高し」
石原元都知事の挑発に乗って尖閣諸島の国有化を宣言したことが急速に事態悪化を 招いた。主権は分割できないが、天然資源は共有できる。このことを忘れてはならな い。そのためには、パンドラの箱を開けた日本側が譲歩し、かつて、田中角栄・周恩 来会談で合意した「棚上げ」に復すべきだ。歴史認識の総括
(村山談話の確認)
と並行 して勇気をもって努力すれば事態の好転が期待できる。その上で、台湾も含めて、漁 業、天然資源の共同開発・管理に進むべきだ。それが平和憲法の教えだ。(具体的方法 については、前掲拙著で進藤栄一氏の納得できる具体的「提言」を紹介した。本稿「おわりに」
も参照)
。以上の3点はこの9月訪中の折の講義の要旨でもある。参加者の賛同を得 たことを記したい。九、 「集団的自衛権」批判、新しい道への展開
1、集団的自衛権
この問題については豊下楢彦『集団的自衛権とは何か』
(岩波新書、2 0 0 7年)
によっ て詳しく前掲拙著( 『東北アジア共同体の研究』 )
、で述べたので要点のみに止める。「集 団的自衛権の行使は憲法の制約によって行使は認められない」これが、自衛隊発足以 来、政府の一貫した解釈である。この解釈を守ることにつきる。重要な点は、「政治外交戦略」抜きの「集団的自衛権だけが 突出 して議論され ている」ことだ。これが豊下の批判である。つまり、発想の根本が、「一九六〇年の 岸信介政権による安保改定以来、日本外交を規定してきた日米二国間関係の枠組みに 呪縛されているからである。この枠組みのなかで、岸政権が達成できなかった日本の 軍事貢献度を高めることによって、米国に対して、「対等性」を確保しようというの が、集
団
的
自
衛
権
の
解
釈
変
更
なのである。」
(傍点引用者)
しかし、アメリカの「敵」「友」は固定的ではなく、いつでも日本が「 はしごを外される という事態が予想 される。」この点を豊下は資料に基づいて検証し、そのうえで、「集団的自衛権の行使 による日米安保体制の強化という路線に代わる、日本外交のオルタナティヴを提起」
する。それは、「平和憲法」による政治外交戦略である。前掲書で詳しく紹介したと ころなので、ここでは、「集団的自衛権」
(改憲)
の危険性について「一水会」顧問の 鈴木邦雄の分かりやすい批判を見ておこう。「一時の勢いで変えてしまうと禍根を残す。今の雰囲気に乗じ変えてしまうと、ア メリカの戦争に全部協力して自衛隊がどこにでも出て行っちゃうような憲法になりか ねません。憲法は本来、政治家を縛るためのものなのに、政治家が国民を縛る憲法に