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鉄剣の副葬 鉄剣と鉄刀の共伴関係から

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鉄剣の副葬 鉄剣と鉄刀の共伴関係から

著者 入江 剛弘

雑誌名 金大考古

巻 32

ページ 3‑4

発行年 2000‑03‑13

URL http://hdl.handle.net/2297/2818

(2)

− 3 − は SWATOW WARE ( スワトウウェア ) と 呼ばれる。その生産地やその生産形態などは、

長らく不明とされてきたが、 1993 年の窯跡の発 掘 調 査 を 始 め と し て 、 近 年 の 、 中 国 に お け る 調 査 の 進 展 に よ り そ の 実 体 が 明 ら か に な り つ つ あ る 。 消 費 地 で あ る 我 が 国 で は 、 窯 跡 発 見 以 前 よ り 、 そ の 存 在 は 、 染 付 の 分 類 上 に お い て 認 識 さ れ て い た 。 こ れ ら

州 窯 系 陶 磁 器 は 既に知られているように 16 世紀末から 17 世紀に か け て の 遺 跡 で 出 土 す る 。 本 稿 が 対 象 と す る

「金沢城下町遺跡」においても例外ではなく、

州 窯 系 陶 磁 器 の 出 土 が み ら れ 、 ま た 、 近 年

の 近 世 遺 跡 の 発 掘 調 査 の 増 加 に 伴 い 資 料 が 充 実 し て き て い る 。 そ こ で 、 そ れ ら の 資 料 を 用 い た 編 年 案 の 提 示 、 景 徳 鎮 窯 系 陶 磁 器 と の 出 土 比 率 の 検 討 を 行 い 、 金 沢 城 下 町 遺 跡 に お け る

州 窯 系 陶 磁 器 の 変 遷 を 明 ら か に す る こ と を本稿の目的とする。

本 稿 で は 、 第 一 に 、 生 産 地 で あ る 中 国 福 建 省

州 地 区 の

州 窯 系 窯 と 製 品 に つ い て 概 観 し 、

州 窯 系 陶 磁 器 の 特 徴 を 定 義 し た 。 第 二 に 、 そ の 定 義 に 基 づ き 金 沢 城 下 町 遺 跡 に お け

、 る出土品から抽出した

州窯系陶磁器を用い 編 年 案 を 提 示 し た 。 時 期 区 分 は 共 伴 す る 肥 前 陶 磁 器 の 様 相 に よ り 、 Ⅰ 期 か ら Ⅴ 期 に 区 分 し た 。 こ こ で は 、 各 期 ご と の 、 器 型 及 び 組 み 合 わ せ の 変 化 を み て い く 。 同 時 に 、 既 に 発 表 さ れ て い る 各 地 の 編 年 と の 比 較 を お こ な う 。 第 三 に 、 景 徳 鎮 窯 系 陶 磁 器 と

州 窯 系 陶 磁 器 の 出 土 比 率 を 各 遺 構 、 層 位 ご と に み て い く 。 計 測 方 法 は 接 合 後 の 破 片 数 計 測 で あ る 。 比 較 対 照として大坂城での比率もみていく。

以 上 の 分 析 を 通 じ て 、 得 ら れ た 幾 つ か の 知 見 を 「 ま と め 」 と し て 第 5 章 に 記 し た 。 す な わち、Ⅰ期( 16 世紀第4四半期)では、大坂城 に お け る 同 時 期 の

州 窯 系 陶 磁 器 の 様 相 に 較 べ 、 や や 前 時 代 的 で あ り 、 景 徳 鎮 窯 系 陶 磁 器 との出土比率も低率となっている。Ⅱ期( 17 世 紀 第 1 四 半 期 ) で は 、 出 土 比 率 を 大 幅 に 増 加 さ せ 、 大 坂 城 の 出 土 比 率 に 近 い 値 を 示 す 。 器 型 に 関 し て も 、 大 坂 城 で 新 出 す る タ イ プ が 時 を同じくして金沢でも搬入されており、また、

同 時 期 の 大 坂 城 の 様 相 に 類 似 す る こ と か ら 、

Ⅰ 期 に み ら れ た 大 坂 城 と の 格 差 は ほ ぼ 解 消 さ れ た と い え る 。 Ⅲ 期 ( 1620 年 代 -1630 年 代 ) で は 、 さ ら に 器 型 の バ リ エ ー シ ョ ン が 増 え る 。 城 下 町 に お け る

州 窯 系 陶 磁 器 の 比 率 は ほ と ん ど 変 化 は し て い な い 。 し か し 、 金 沢 城 に 近 接 し た 遺 跡 と 城 下 町 の 生 活 遺 跡 で は 様 相 に 格

。 ( )

差がみられるようになる Ⅳ期 1640 年代以降

で は 、

州 窯 系 陶 磁 器 の 比 率 に ほ と ん ど 変 化 は み ら れ な い 。 器 型 に 色 絵 の 碗 が み ら れ る 。

Ⅴ期( 17 世紀末)では、良好な資料が得られな か っ た が 、 中 国 陶 磁 器 の 輸 入 割 合 か ら 推 測 す ると、伝世品の可能性が高いといえる。

本 稿 で 提 示 し た 事 柄 は す べ て 、 事 象 の 追 認 で あ る 。 そ れ ら を 通 じ 、 多 く の 疑 問 ・ 課 題 が 残 さ れ た 。 一 部 は 本 稿 中 に も 述 べ た 。 事 象 の 把 握 は 、 研 究 の 第 一 歩 で あ る 。 今 回 、 第 二 歩 目 で あ る 、 そ の 「 要 因 」 に つ い て 、 回 答 を 何 ら 用 意 す る こ と が 出 来 な か っ た 。 ま こ と に 残 念 な こ と で あ り 、 筆 者 の 力 量 の 無 さ を 痛 感 し た 。 よ り 多 角 的 な 視 点 に よ る 検 討 の 必 要 性 を 感じている。

鉄剣の副葬 鉄剣と鉄刀の共伴関係から

入江 剛弘

日本の近接戦用の武器と言えば 「日本刀」 、 と呼ばれるように、刀が主流だった。しかし、

古 代 に 目 を 向 け る と 刀 よ り も 剣 の ほ う が 主 流 の 武 器 で あ っ た 。 剣 と 刀 の 交 代 時 期 は 、 古 墳 時 代 で あ り 、 古 墳 時 代 初 め に は 、 新 た な 鉄 供 給 ル ー ト を 掌 握 し た 首 長 が 所 持 し た 武 器 が 鉄 刀 で あ り 、 と り わ け 、 素 環 頭 鉄 刀 で あ っ た と い う 見 解 が あ る 。 鉄 刀 を 副 葬 す る 古 墳 が あ る 一 方 、 鉄 剣 を 副 葬 し つ づ け る 古 墳 も あ る 。 そ こ で 、 鉄 剣 を 副 葬 す る こ と と 鉄 刀 を 副 葬 す る ことの違いを考察する。

ま ず 、 時 期 を ① 弥 生 時 代 中 期 〜 弥 生 時 代 後 期 、 ② 弥 生 時 代 終 末 〜 古 墳 時 代 初 頭 、 ③ 古 墳 時 代 前 期 前 半 、 ④ 古 墳 時 代 前 期 後 半 の 4 期 に 分けて検討していく。

鉄 剣 の 副 葬 本 数 を 検 討 す る と 、 全 時 期 を 通 じ て 、 大 半 の 遺 構 で は 、 1 本 ま た は 少 数 本 副 葬 さ れ る が 、 古 墳 時 代 に な る と 多 数 本 副 葬 す る遺構が増える。

鉄 剣 を 副 葬 す る 遺 構 の 分 布 を 見 て み る と 、

①期では、広形銅矛・銅戈の分布圏と銅鐸分布 圏 の 地 域 と 重 な っ て 分 布 し て い る 。 ② 〜 ③ 期 で は 、 瀬 戸 内 海 周 辺 に 、 鉄 刀 を 共 伴 す る 遺 構 の集中がみられる。

鉄 剣 の 副 葬 本 数 と 、 鉄 刀 の 共 伴 本 数 を 検 討 す る と 、 少 数 本 鉄 剣 を 副 葬 す る 遺 構 は 、 少 数 本 共 伴 し 、 多 数 本 副 葬 す る と 多 数 本 共 伴 す る 傾向がみられる。

③ 期 と ④ 期 の 古 墳 の 構 成 や 、 規 模 を 比 べ る

と 、 ④ 期 に は 、 鉄 刀 を 共 伴 す る 古 墳 が 、 前 方

後 円 墳 に 集 中 す る 他 は 、 構 成 に 特 徴 は 見 ら れ

な い が 、 古 墳 の 規 模 は 、 鉄 刀 を 共 伴 す る 古 墳

の ほ う が 、 規 模 が 大 き い と い う 傾 向 が み ら れ

(3)

− 4 − る。

鉄 剣 の み を 副 葬 す る 古 墳 は 、 鉄 刀 を 共 伴 す る 古 墳 よ り も 規 模 が 小 さ い 。 墳 墓 の 造 成 を 考 え る と 、 墳 墓 の 大 き さ と 権 力 の 強 さ に は 、 比 例 関 係 が あ る と 思 わ れ る の で 、 鉄 刀 を 副 葬 す る 、 鉄 供 給 ル ー ト を 掌 握 し た 首 長 よ り も 、 権 力のレベルが低い首長に、副葬された武器が、

鉄剣であったと考えられる。

江戸切り子と薩摩切り子の文様構成の違い

岩井 千恵子

江 戸 切 り 子 と 薩 摩 切 り 子 の 歴 史 は 、 1 8 3 4 年 に ま ず 江 戸 の ガ ラ ス 問 屋 加 賀 屋 で 切 り 子 が 創 案 さ れ 、 そ の 後 1 8 5 1 年 に 薩 摩 藩 が 薩 摩 切 り 子 の 製 造 を 開 始 し た の が 、 そ れ ぞ れ の 始まりとされているのが通説である。

現 存 す る 薩 摩 切 り 子 の 特 徴 と し て 、 色 被 せ の ガ ラ ス 器 が 主 体 で あ り 、 文 様 構 成 も 透 明 地 と 色 ガ ラ ス の 対 比 を 出 す よ う に さ れ て い る 。 深 い 切 り 込 み や 、 所 々 の 透 か し な ど で ボ カ シ の 面 白 さ が 使 わ れ て い る 。 ガ ラ ス 器 の 形 態 で は 、 皿 が 一 番 多 く み ら れ , 禁 裏 な ど へ の 高 級 な 贈 答 用 に 扱 わ れ る こ と が 多 か っ た 。 多 種 の 文 様 を 組 み あ わ せ る こ と が 多 い た め 、 や や 装 飾 過 剰 の 印 象 を 与 え る も の が 多 い の も 特 徴 の 一 つ と 言 え る の で は な い だ ろ う か 。 ま た 、 生 産構造として 「ガラス工場」など、藩を挙げ 、 て の 製 作 活 動 で あ り 、 手 の 込 ん だ 文 様 で も 量 産 が あ る 程 度 可 能 で あ っ た た め 、 様 々 な 種 類 の ガ ラ ス 器 を 見 る こ と が で き る 。 し か し 、 藩 の 諸 事 情 に よ り 2 0 数 年 間 ほ ど し か 製 作 さ れ なかった。

江 戸 切 り 子 の 特 徴 と し て は 、 無 色 透 明 な も の ば か り み ら れ 、 た と え 色 が つ い て い た と し て も 、 単 色 で あ り 、 薩 摩 切 り 子 の よ う に 色 被 せ の も の で は な い 。 そ の た め 、 単 色 で も 華 や か な 輝 き を 与 え る よ う に 細 か な 文 様 が 全 体 的 に 配 さ れ て お り 、 そ の 使 わ れ る 文 様 も 霞 文 が 多いのが特徴である。また、生産構造として、

江 戸 切 り 子 の 製 作 さ れ て い た の が 、 裏 長 屋 な どの家内工業であるため、小型のものが多く、

数も少ない。当時の江戸の商売の仕方として、

客 の 注 文 に 応 じ て 作 ら れ る た め 、 こ の よ う な 事に考えられる。また、形態的な特徴として、

江 戸 切 り 子 に は 、 実 用 的 な 物 が 多 く 、 日 用 の 高級品としての扱いであったと思われる。

文様構成の違いを見ると、江戸切り子では、

単 色 の た め 、 多 種 の 文 様 を 併 用 し て も 余 り 効 果 が な い 。 そ の た め 、 1 種 類 の 文 様 を 全 体 的 に 配 し 、 細 か な 文 様 を 配 す る こ と に よ り 、 単

色 で も ガ ラ ス 器 全 体 に 奥 深 い 輝 き を 与 え る こ と を 考 え ら れ て い る 。 基 本 と な る 1 種 類 の カ ッ ト ( 主 に 霞 文 ) を 中 心 と し て 、 そ の カ ッ ト を 引 き 立 て る た め に 、 他 の 無 駄 な 装 飾 を 省 い て い る も の が 多 い 。 全 体 的 に 統 一 さ れ た 仕 上 がりになっている。

薩 摩 切 り 子 で は 、 色 被 せ の ガ ラ ス 器 が 主 力 の 商 品 で あ っ た た め 、 そ れ を 最 大 限 に 生 か し た 、 色 ガ ラ ス と 透 明 ガ ラ ス の 対 比 に よ る ボ カ シ を 重 要 視 し た カ ッ ト が 多 く 見 ら れ る 。 透 明 の 上 に 被 せ た 色 ガ ラ ス を 深 く 切 り 込 み 、 下 の 透 明 地 を 透 け さ せ る よ う な や り 方 で あ る 。 文 様 自 体 も 大 き さ も 、 大 き め に 作 ら れ て い る 。 ま た 、 華 や か な 印 象 を 与 え る た め に 、 少 な く とも2種類の文様を組み合わせたものである。

主に見られる組合せは、六角籠目に麻の葉文、

魚 子 文 で あ る 。 そ れ に 、 面 取 り な ど の 細 か な 技法を組み合わせている。

こ の 卒 論 で は 、 江 戸 切 り 子 と 薩 摩 切 り 子 を 取 り 扱 っ た の だ が 、 江 戸 切 り 子 の 方 が 数 が 少 な く 、 満 足 の 行 く よ う な 統 計 的 な 結 果 は 出 て こ な か っ た 。 一 応 、 文 様 構 成 的 に は 、 1 種 類 組 み 合 わ せ て い る も の が 、 薩 摩 切 り 子 の 可 能 性 が 高 い と い う こ と が で て き た が 、 識 別 基 準 に 入 る 前 の 、 大 ま か な 分 類 、 目 安 程 度 の も の にはなると思う。

松山窯の磁器

幸山 竜哉

、 松山窯は再興九谷焼の数ある窯のひとつで 時 期 的 に は 江 戸 末 、 古 九 谷 と 現 代 九 谷 の 中 間 に 位 置 す る 。 製 品 と し て は 吉 田 屋 風 の 塗 潰 し 手 を 用 い た 色 絵 大 皿 が よ く 知 ら れ 、 青 ・黄 ・緑 の 色 絵 が 中 心 だ が そ の 発 色 や 筆 致 か ら ゲ テ モ ノ と さ れ て い る 。 再 興 九 谷 に 関 し て は 上 記 の よ う に 陶 芸 家 に よ る 美 術 的 観 点 の 分 析 が な さ れ て い る が 、 最 近 で は 胎 土 分 析 に よ る 産 地 の 分析が試みられている。

年 の 窯跡 の 発掘 で 検 出さ れ た物原 1979~1980

か ら の 出 土 遺 物 は 恐 ら く 確 か な 松 山 窯 製 品 で あ り 、 そ の 特 徴 を 窯 跡 内 お よ び 消 費 地 と 比 較 す る こ と で 松 山 窯 の 磁 器 生 産 の 変 遷 や 消 費 地 との関係が把握できると考えた。

本論では二つの物原の器種構成・技法構成の 違いから時期による差を、銘による器種構成・

技 法 構 成 の 違 い か ら 銘 を 限 定 す る 何 ら か の 要

因 を 探 り 、 そ れ ら に よ り 得 ら れ た 松 山 窯 磁 器

の 特 徴 を も っ て 消 費 地 出 土 の 再 興 九 谷 と い わ

れ る 磁 器 か ら 松 山 窯 磁 器 を 割 り 出 し 、 さ ら に

出 土 遺 跡 の 性 格 に よ っ て 松 山 窯 磁 器 の 出 土 が

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