著者 佐々木 寛
雑誌名 PRIME = プライム
号 17
ページ 15‑24
発行年 2003‑03
URL http://hdl.handle.net/10723/556
はじめに
本小論は、 近年多岐多様に議論されるようになっ た 「安全保障」 概念を、 <沖縄>という場所から 捉え返そうとするささやかな試みである。
まず議論の前提として、 いわゆる 「9・11」 お よび 「10・7」(1) 以後の世界政治を考える際に、
本論のテーマに関する限りで以下三つのことを確 認しておきたい。 第一に、 現在米ブッシュ政権が 世界規模で進めるいわゆる 「対テロ戦争」 では、
名目上 「安全保障」 の障害となるのは国内外に拡 散し連携する 「テロリスト (集団)」 であり、 ま たその 「テロ行為」 を未然に予防することに重点 がおかれるため、 「戦争」 は国境を横断して展開 するのみならず、 日常的な政治の営みにも深く関 与することになるということである。 つまり、
「戦争」(2) はグローバルな規模で計画され、 遂行 されるのみならず、 「戦争」 自体がもっている
「例外状況」 や 「有事」 の論理が世界規模で種々 の政治制度を強く規定する状況が生まれている。
「テロ」 という姿の見えない不安や脅威に対する
「戦争」 とは、 時間的にも空間的にも無限定の
「戦争」 準備を要請し、 一種のグローバルな管理 社会化を進行させているという意味では、 単に戦 争が 「世界化」 しているというだけではなく、 む しろ世界が 「戦争化」 しているということができ る。(3)
第二に、 ミサイルや実弾が飛び交う実際の 「戦 争」 に際して、 その戦闘行為を広く 「正当化」 す るための政治的な努力が、 当の実戦にも増していっ そう重要性を与えられるようになったということ である。 もちろん、 戦争は常に大義名分を要する のであり、 戦争の歴史はその正当化の歴史であっ た。 また、 20世紀以降の現代戦争は、 大衆の同意 や黙認を調達するプロパガンダや情報戦略に大き な役割が与えられてきたことはいうまでもない。
しかし、 とくに 「対テロ戦争」 を含む近年の 「戦 争」 では、 実際の戦闘行為の事前事後に事実上い わば 「言説の戦争」 が存在するという事実に着目 する必要がある。 とくに冷戦後顕著に見られるの は、 大国による武力介入に際して、 「文明」、 「デ モクラシー」、 「自由」、 「人権」 といったむしろリ ベラルなシンボルが重要な役割を果たしていると いう点である。 これらリベラルなことばや価値に ついてはもちろんそれ自体否定しようもない。 た だ重要なことは、 現実政治の文脈では、 「文明と 野蛮」、 「正義と悪」 というように、 それが本来多 元的で複雑な世界を善悪二元の平板な世界像に単 純化する契機ともなり、 「戦争」 正当化の根拠と なる場合もあるという事実である。(4) 今日、 「戦 争」、 「平和」、 「テロ」、 「正義」 といった政治的基 礎概念の意味をどのように定めるのか、 そのいわ ば 「定義権」 をめぐる争いこそ、 グローバルな権 力闘争の重要な一側面を構成している。 その意味
特 集:沖縄から問う9月11日後の人間の安全保障
「安全保障」 概念の位相と 「沖縄問題」
佐 々 木 寛
(新潟国際情報大学専任講師)
で、 本論のテーマである 「安全保障」 概念も、 そ の意味をめぐる再検討も、 単に観念的な問題では なく、 むしろすぐれて政治的な現実問題である。
第三に、 これら 「戦争」 や 「安全保障」 問題を めぐる質的な変化は、 「9・11後」 突然に始まっ たわけではない。(5) もちろん、 「9・11」 を契機 にした米国の対外政策や世界戦略の変更は世界中 に大きな影響を及ぼしつつある。 しかし、 本論の テーマである 「安全保障」 概念の位相を考えると き、 「9・11」 はそれ以前の現代史との連続性の 中で位置づけられる必要があるだろう。 「安全保 障」 概念が変化しているとすれば、 それはいわば 歴史的な 「地殻変動」 ともいえる長期にわたる構 造変容を背景にもっている。
1. 安全保障問題の基本構成
そもそも 「安全保障」 という理念は歴史的な構 成概念であり、 非常に長い時間と経験の上に生成 を遂げた、 いわば国際政治の腸 (はらわた)、 あ るいは 「文化」 ともいえる概念である。 それゆえ、
たとえばこの概念だけを個別にとりあげて相対化 し、 新たな概念を対置させたとしても、 それだけ では 「安全保障」 概念の変容を十分議論すること にはならないだろう。 つまり、 「安全保障」 の問 題は、 まず近代国際システムの生成というより大 きな歴史的文脈と関連づけて理解されなければな らならない。 それゆえ、 仮に伝統的な意味におけ る 「安全保障」 概念が根本的な変容を迫られてい るとすれば、 それは近代国際システムそのものの 本質的な変容を前提として議論されなければなら ない。(6)
いうまでもなく、 近代国際システムにおいて、
安全 (および福祉) を保障するのは第一義的には 近代国家であり、 したがって、 「安全保障」 とは なによりもまず 「国家安全保障 ( )」
に他ならない。 国家主権の確立によって曲がりな りにも 「国家」 の内的秩序と安全とが維持される
ことにより、 もっともよく人々は暴力から逃れる ことができる。 このような世俗内秩序の人為的な 確立という、 まさに内戦の時代に構想されたトマ ス・ホッブズ リバイアサン のテーマは、 冷戦 後政治的無秩序がもたらす悲惨さを知る今日にお いて、 未だ古びてはいないのである。
しかしまた同時に、 この近代的プロジェクトと しての 「安全保障」 概念は、 「世界戦争」 と核テ クノロジーの軍事的利用を経験した20世紀を通じ て、 徐々に論理的なほころびを見せてきたという ことも確かである。 もともと 「安全保障」 の問題 領域は、 「誰が」 「何を」 「何から」 「どのように」
そして 「何のために」 守るのかという基本的な争 点から構成されているが、 主に20世紀を通じて、
またさまざまな社会関係が脱領域的に連結するよ うになったグローバル化の中で、 とくに 「安全保 障」 の主体と対象の次元においては、 多くの矛盾 や葛藤が顕在化するようにもなった。
端的にいって、 「安全保障=国家安全保障」 の 基本前提は、 国家が主体となって、 国民を 「外か らの」 敵や脅威から主に軍事的な手段で防衛する というものだが、 その前提は必ずしも自明のこと ではなくなりつつある。 まず、 「何から」 という
「安全保障」 の対象の問題を見ても、 たとえば
「テロリズム」 やネット犯罪、 経済危機や麻薬の 密売、 環境問題や難民問題など、 国家に対する脅 威が単に多様化しているのみならず、 内と外との 明確な境界を徐々に相対化しつつある。 またさら に、 「誰が」 「何を」 という 「安全保障」 の主体や 客体 (目的) をめぐる問題に関しても、 近年さら にラジカルな問題提起もなされるようになった。
すなわち、 「本当に国家というものは国民を守る のだろうか」 という素朴な問いである。 20世紀を 通じて、 もっとも多くの国民を殺戮したのは、 実 はその外敵ではなく、 むしろその国民を庇護する はずの国家であったという統計的事実(7)は、 「国 家安全保障」 という壮大な歴史的実験のひとつの
苦い結論でもある。
いずれにせよ、 「安全保障」 の問題領域は、 ホッ ブズ以来ふたたび正当性 ( ) の問題を 浮き彫りにしつつあるといえるだろう。 「安全保 障と正当性」 というテーマは今後ともゆっくりと、
しかしさらに確実に重要性を増してゆくにちがい ない。 本論で検討を加える 「人間の安全保障」 と いう新しい概念が登場した背景もまた、 この 「安 全保障」 の正当化問題の文脈で考えることができ る。
2. 「人間の安全保障」 の位置
1994年の国連開発計画 ( ) の報告書以来 注 目 を 浴 び る よ う に な っ た 「 人 間 の 安 全 保 障 ( )」 概念は、 古典的な 「国家安全 保障」 概念からの一種の跳躍であった。 この新た な概念は、 この後述べるようにきわめて多義的で あり、 制度化や政策のレベルではまだまだ未成熟 な概念ではあるが、 何よりも 「安全保障」 問題の 構成自体を大きく変える可能性をもつという意味 で画期的であった。(8) ただそれ以前に、 いわばそ の伏線として、 主に冷戦期を通じてすでに 「安全 保障」 概念の多様な展開が見られたことには言及 しておく必要がある。 以下、 ごく簡潔に整理して おきたい。(9)
第一次大戦後の国際連盟の構想に盛り込まれた
「集団的安全保障 ( )」 の概念に は、 すでに国家同士の飽くなき権力闘争を克服し、
国際社会共通の価値を前提とする 「リベラル」 な 国際秩序像が強く反映されていた。 しかし、 本格 的に概念の多様化が進んだのは、 第二次大戦後、
それも1970年代以降である。(10)デタントが進行し、
超大国同士の武力衝突や核戦争の可能性が相対的 に減退する一方で、 オイルショックなどの経済的 な危機が注目され、 エネルギーや食糧など経済分 野の 「安全保障」 が広く議論されるようになった。
日本においては1980年に大平内閣の下で 「総合安
全保障 ( )」 概念が登場し
たが、 これも資源小国としての日本がオイルショッ クを契機に軍事的な 「安全保障」 に加えて 「非軍 事的安全保障」 や 「経済安全保障」 の重要性を自 覚したためであった。
また、 冷戦下のヨーロッパでは、 1975年発足の 欧州安全保障協力会議 ( ) の構想にも反映 され、 また1982年のパルメ委員会報告書で明言さ れた 「共通の安全保障 ( )」 概念 が注目される。 これは、 東西両陣営のとくにヨー ロッパを舞台にした戦争がどちらの陣営にとって も耐えがたい不利益をもたらすという現実認識の 中から生まれ、 東西の 「共通の安全保障」 として 少なくとも偶発的な武力衝突などを普段からの努 力で予防、 回避しようとするものである。 「信頼 醸成措置 ( s)」 や 「防衛的防衛 (
)」 という画期的な政策概念もこの時生成 を遂げた。(11)
ちなみに、 1990年代に入って注目されるように なった 「協調的安全保障 ( )」
という概念も、 いわばその落とし子だといえる。
それは冷戦後、 欧州安全保障協力機構 ( ) や 地域フォーラム ( ) の共通理念で もあり、 「多国間安全保障枠組み」 を重視し、 切 羽詰った強制措置よりも普段からの紛争予防に重 点を置くという点で、 「共通の安全保障」 概念の 系譜に位置づけられる。(12)
しかし、 このような 「安全保障」 概念の多様化 は、 伝統的な 「国家安全保障」 概念と矛盾すると いうより、 その延長線上にある。 あくまでその起 点は国家であり、 多様化する脅威や不安は、 国家 に対する多様な 「非軍事的撹乱要因」 として理解 される。 この発想からは、 たとえば地球環境問題 を視野に置く 「地球の安全保障 ( )」
という概念も、 それが深刻に 「国家安全保障」 を 脅かす問題でない限りは、 「安全保障」 の議論の 対象にはなりえない。
「安全保障」 概念の位相と 「沖縄問題」
他方で 「人間の安全保障」 概念は、 「人間開発」
(人間の社会参加能力の拡大) や人間個々人の
「人権」 を 「安全保障」 の起点に据えるという意 味で、 この前提をくつがえすものであった。 その 意味では、 これまでの 「安全保障」 概念の伝統と は一線を画しているといえる。 しかしこの国連発 の概念が、 個人的諸権利を起点とし、 普遍的な人 間の思想に彩られているということの真の意味を 理解するためには、 世界規模で容赦なく政治構造 を再編させ、 「個人化」 のプロセスを進行させて きた 「グローバル化」 の現実についても十分な注 意を払う必要があるだろう。 「人間の安全保障」
は、 「安全保障」 の議論に個人の 「リスク」 の問 題をも包摂しようとする。 しかしその要請は、
「グローバル化」 の長期的な作用がもたらす、 国 家をはじめとするさまざまな既存の政治秩序のゆ らぎや構造変容を背景としているのである。(13)
現代の国際政治において、 「人間」、 「人権」、
「人道」 などの普遍概念の役割や重要性はますま す高まりつつある。 そしてその根源には、 おそら く、 ジェノサイドや世界戦争といった20世紀の人 類史的経験が横たわっている。 その意味では 「人 間の安全保障」 概念もまた20世紀の歴史的産物で あるともいえるが、 その可能性はとくに、 「グロー バル化」 から取り残され、 もはや単独の 「人間」
としてしか保護されることのなくなってしまった 人々の問題を考えるときにはさらに際立ってくる だろう。(14)
3. 「人間の安全保障」 のアポリア
しかしまた同時に、 「人間の安全保障」 概念は、
未だ形成途上であり、 原理的な矛盾を孕む論争的 概念でもある。 この概念を政策理念として共通に 掲げる国際機関や国家も、 実際にはそれぞれの事 情 や 背 景 に 応 じ て そ の 内 容 に は 差 異 が み ら れ る。(15)
また、 現在使われている 「人間の安全保障」 概
念の内容をつぶさに検討すると、 それは実はわれ われがこれまで単純に 「平和」 と呼んできたもの に限りなく近いことがわかる。 それではなぜ 「平 和」 ではなく、 「人間の安全保障」 なのだろうか。
この問いは十分に考えてみる価値があるだろう。
ここで問題なのは、 「人間」 や 「人道」 などの
「リベラル」 な普遍概念が、 「安全保障」 や 「武力 介入」 という伝統的な権力政治 (パワー・ポリティ クス) の概念と結びつくことにともなう現実的な 問題である。
1990年代に入り、 「人道的介入」 の概念が注目 されるようになった。 ある地域で人権侵害や 「人 道的危機」 が生じた際に、 「人間の安全保障」 の 観点から国家主権の原則をこえて国際社会が 「介 入」 する必要性を正当化する概念である。 しかし、
この概念が実際に適用された、 ソマリア、 ルワン ダ、 ユーゴスラヴィア (空爆) などの事例から判 断できることは、 現実政治の文脈における 「人道 的介入」 は、 国際道義に基づいた熟慮の末にやむ をえず行なわれるものであるというより、 人道に 名を借りた戦争、 すなわち 「人道的な戦争」 の様 相を帯びるということである。(16) そもそも一体誰 がその人道的な危機状況を判断するのかという問 題はすぐれて 「政治的な」 問題なのであり、 「国 際道義」 や 「正義」 などの明るい理念に基づく政 策が、 現実政治のフィルターを通過するとむしろ 逆に平和を破壊する危険をもたらす可能性がある ということは、 これまでの国際政治の歴史がくり 返し教えるところでもある。
「人間の安全保障」 概念には、 こういった恣意 性 (一元性) や権力性 (代行性) の問題に加えて、
「非歴史性」 の問題も指摘できる。 つまり、 「安全 保障」 という語感がもつ緊急性や例外性の意味合 いに引きずられて、 その危機の状況がどうしても たらされたのか、 その歴史的因果関係についての 思考が看過されがちになるという問題がある。 そ もそも 「人間の安全保障」 が脅かされる背景には、
歴史的に形成されたグローバルな構造的暴力や大 国による利己的な世界政策の問題が横たわってい るのだと仮定すれば、 世界の 「周辺」 部の安全が 脅かされるのは、 あるいは世界の 「中心」 部の安 全追求の結果であるかもしれない。 この、 「北側 の市民の安全の追及のために、 南側の弱い立場に ある貧困層やマイノリティの、 とくに女性の人間 安全が保障されない状況を生みだす」 という現実 は、 まさに 「人間安全保障のジレンマ」 と呼ぶこ とができるだろう。(17)
4. 「沖縄問題」 の構造
沖縄から 「安全保障」 問題を見るとき、 これま で述べてきたようなグローバルに錯綜する 「安全 保障」 の重層構造がより浮き彫りになるだろう。
まず確認しておきたいことは、 米軍基地問題を中 心とする 「沖縄問題」 とは、 決して 「沖縄の問題」
ではないということである。 それはすぐれて日本 国内の地方と中央との問題であり、 日米関係の問 題であり、 さらにはグローバルな規模の 「安全保 障」 の問題である。(18)
端的に言えば、 沖縄の住民にとっての 「人間の 安全保障」 は、 米国や日本の 「国家安全保障」 の 要請により、 これまで事あるごとに少なからず犠 牲を強いられてきた。 日米安保体制は、 沖縄では 常にそれが一体誰のための安全保障なのかという 根源的な問いを引き起こしてきたといえる。 「国 家は本当に国民を守るのか」 という素朴な問いか けは、 日本全体の約0 6パーセントの土地に現在 でも在日米軍専用基地の70パーセント以上が集中 す る 沖 縄 に お い て は む し ろ 自 然 な 問 い で あ ろ う。(19) 「国家や国民の安全を守る」 という伝統的 な 「安全保障」 のロジックは、 沖縄の住民の 「人 間の安全保障」 の立場とは鋭く対立する構図があ る。
したがって、 「沖縄問題」 の構造を理解するた めには、 すでに 「人間安全保障のジレンマ」 とし
て述べたような、 グローバルな 「中心」 と 「周辺」
の構造、 さらには 「中心」 から 「周辺」 への 「抑 圧委譲」 のメカニズムに目を向ける必要がある。
「抑圧委譲」 のメカニズムとは、 自らが受けた抑 圧や矛盾をより弱い部分に転嫁していく重層的な しくみのことである。 敗戦以来、 「安全保障」 問 題における米国と日本との非対称的な関係につい ては今さら多言を要しないが、 問題はその矛盾が、
まずは沖縄という 「周辺」 部に転嫁され、 しかも 沖縄も決して一枚岩というわけではなく、 たとえ ば普天間の基地問題は、 沖縄の中でもさらに 「周 辺」 部である名護に押し付けられ、 またそれは名 護の中でもより 「周辺」 部に位置する辺野古に押 し付けられるという構図である。(20) このボーダレ スな 「抑圧委譲」 のプロセスにおいては、 「周辺」
部同士の争いが激化し、 「周辺」 部はさらに分断 され、 「周辺」 部の中でもさらに周辺化されてし まった人々の声は、 ますます 「中心」 部から遠ざ かっていくことになる。 このようないわば 「全体 主義」 的な政治過程の中では、 個々の 「安全」 の 追求とは、 結果的には、 自分より周辺化された他 者の 「安全」 が脅かされることへの不感症の上に 成立するものである。
冷戦後、 日米安保の 「再定義」 を経て、 日本の
「安全保障」 政策 (そして沖縄) は、 さらに米国 のグローバルな世界戦略の中に位置づけられるよ うになった。 そして 「9・11」 以後、 日本はブッ シュ政権の 「対テロ戦争」 に対して、 さらにこれ を積極的に支援する姿勢を明確にするようになっ た。 しかし、 日本政府と沖縄との関係のあり方は 本質的に変わっていない。 「沖縄問題」 の構造的 矛盾は、 1972年以来、 これまで一貫して補助金あ るいは 「振興策」 という経済問題に置きかえられ てきたからである。 そしてそれによって常に沖縄 は 「基地か金か」 の選択肢を迫られ、 結果的に自 ら分断を余儀なくされてきた。 日本政府は、 一方 で米軍への 「思いやり予算」 と、 他方で沖縄への
「安全保障」 概念の位相と 「沖縄問題」
補助金という膨大なマネーによって、 この理念な き 「安全保障」 体制の矛盾に対処してきたのであ る。
2000年の沖縄サミットとは何であったのか。 そ れは、 沖縄における基地の存続とのいわば 「交換 条件」 として開催されたサミットであったといえ る。 だが、 「守禮の門」 が描かれた、 今ではあま り使われることのなくなった2000円紙幣が象徴す るように、 沖縄の従属的地位は今も何も変わって いない。 そしてサミットでは、 日本政府によって 皮肉にも 「人間の安全保障」 が声高に謳われたの であった。
しかしこのサミットに際して、 主に沖縄に集っ た平和運動から提起されたのは 「人間の安全保障」
ではなく、 「民衆の安全保障 ( )」
という概念であった。(21) 個人的権利としての人権 もさることながら、 民衆が時間をかけてつくりあ げてきた人間関係や文化、 物質的な基盤、 すなわ ち 「サブシステンス」 を守ることこそが 「安全保 障」 の真の目的であるべきだという主張である。
つまりこの概念は、 人間がばらばらな個人として 権利を保障されるだけでなく、 まず民衆が分断さ れないということに重要な意味を見いだした。 さ らにまた、 自分たちの 「安全」 は上から一義的に 定義されるのではなく、 民衆自らが決めるべきだ という 「内発性」 の論理が強調されている。 その 意味で、 沖縄における 「民衆の安全保障」 概念の 生成は、 日本政府の 「人間の安全保障」 がもつ欺 瞞や矛盾を鋭く抉り出したといえるだろう。
このように、 沖縄から問い返される 「安全保障」
の問題領域は、 グローバル化の中での 「安全保障」
の重層構造を浮き彫りにするだけでなく、 「安全 保障」 の正当性をめぐる新たな問題をも先鋭化さ せているのである。
5. 「安全保障」 の重層化と民主主義原理 近代的プロジェクトとしての 「安全保障」 は、
「グローバル化」 のプロセスの中でゆっくりとゆ らぎつつある。 「安全保障」 の対象である危険や 脅威は、 単に多様化しているだけでなく、 あらゆ る境界を横断して展開するために、 「安全保障」
の目的や主体においても伝統的な国家中心的アプ ローチでは単純に割り切れない問題が提起される ようになった。 基地問題は、 その一例である。
沖縄では基地があることによって 「危険」 がも たらされる。(22) 日本が 「対テロ戦争」 に参加する ということは、 在日米軍基地に向けた 「テロリズ ム」 の可能性を想定せざるをえなくなるというこ とである。 その場合、 一体何のために誰が 「リス ク」 を負うのかという原理的な問題がさらに先鋭 化するだろう。 同様に、 たとえばエネルギー安全 保障のために原子力発電所の建設を推進するとい う国家政策は、 建設地の地域住民に少なからず
「リスク」 を負わせるだろう。 もちろんその 「リ スク」 に対しては、 しばしば何らかの補償がなさ れるかもしれないが、 「リスク」 は通常、 当該社 会の 「周辺」 部により多く押し付けられる。(23) そ れゆえその 「リスク」 配分の不平等性をめぐって は、 さまざまな形で公的な異議申し立てがなされ ることになるかもしれない。 また、 原子力発電所 であれば、 その 「リスク」 はあるいは国境をもこ えて拡大するかもしれない。 このように現代は、
「グローバル化」 にともなって境界横断的な 「リ スク」 問題が発生し、 それをめぐって政治権力が 重 層 的 に 再 編 成 を 迫 ら れ る と い う 「 危 険 社 会 ( )」 の様相を呈するのである。(24) それ ゆえ、 この 「危険社会」 の観点から、 ふたたび現 代の 「安全保障」 問題を検討してみることはきわ めて有効だろう。
しかし仮に、 このように 「安全保障」 の問題領 域が重層化しているとしても、 個々の 「安全保障」
構想は、 相互に矛盾するだけとは限らない。 たと えばある地域では、 「国家安全保障」 が存在する がゆえに、 はじめて 「人間の安全保障」 が確保さ
れるという場合もありえる。 またさらに、 たとえ ば沖縄の 「平和」 と日本の 「安全保障」 とはあら ゆる点で常に矛盾するといえるのかどうか、 さら に慎重な検討が必要だろう。 安全保障研究にとっ て重要なことは、 重層化した 「安全保障」 問題の 内部に、 現実にどのような場合に一致点や対立点 が見られるのかについて、 きめ細かく検証を積み 重ねることである。 すでに述べたように、 一方で 伝統的な 「安全保障」 は、 もはやサブナショナル な 「安全」 やグローバルな 「安全」 の存在を無視 して存立することができなくなりつつある。 しか し同時に他方で、 民衆にとっての 「平和」 も、 グ ローバルな 「安全保障」 システムの中で実際どの ように位置づけられるべきなのかについて明確な 青写真を提示できなければならなくなっている。
ただ、 現実政治においてさらに重要なのは、 重 層化した 「安全保障」 の問題をどのように再構成 する 「べき」 なのかという、 すぐれて規範的な問 題に他ならない。 重層化した 「安全保障」 の問題 領域において、 どれか特定の主体レベルを独占的 に前提とすることができなくなった以上、 「安全 保障」 の起点をこれまでのように国家の次元に置 くのか、 あるいは国家より下位の社会や民衆の次 元に置くのか、 あるいはまた何らかの普遍的な価 値を起点にするのかによって、 「安全保障」 のベ クトルはずいぶん異なってくる。 つまりそれぞれ の<層>の間に、 争点に応じて安全保障のベクト ルの対立や葛藤が見られた場合に、 「どちらの安 全が優先されるのか」 という何らかの価値判断が 要求されるのである。 現代の安全保障研究も、 こ ういった政治的な原理問題に直面しているといえ る。 そしてこの問題を言い換えるなら、 現代の
「安全保障」 問題において、 一体 「レレバント・
コミュニティ」 は何であるのかという問題になる だろう。
もし、 沖縄から発する 「安全保障」 構想があり うるとすれば、 それは下から形成される 「内発的
安全保障」(25) という概念につながるだろう。 それ は 「安全保障」 問題や外交における民主主義原理 の見直しという課題と連結している。 そしてまた、
それが単なる 「沖縄問題」 をこえて、 国内問題と 日米関係とを関連づけ、 沖縄の平和ならびに日本 国民や国際社会の平和をも両立させようとするな らば、 それは 「越境的安全保障」 構想とでも呼べ るものになるかもしれない。 そしてそれがさらに、
有事対処よりも可能な限り予防的であり、 軍事問 題に偏重せず、 人権問題や経済社会問題を可能な 限り視野に入れるものであるとすれば、 それは新 たな 「包括的安全保障」(26) の構想と呼ぶこともで きるだろう。 沖縄から 「安全保障」 の問題をとら え返せば、 それは必然的に 「安全保障」 概念の多 元化と民主化を要請するのである。
おわりに
冒頭でも述べたように、 「安全保障」 概念の再 検討を試みることは、 現実的な意味をもっている。
それは、 現代の 「安全保障」 問題がまさに正当性 をめぐるさまざまな問題に直面するようになった からである。 本小論では、 現代の 「安全保障」 論 が、 かつてホッブズが取り組んだような、 いわば
「新しい社会契約論」 を必要としていることを指 摘した。 「安全保障」 概念を多元化してゆくこと は、 理論的な混乱を引き起こすという意味で否定 的な見方も存在する。 しかし、 今政治理論に求め られているのは、 「知と権力」 をめぐるグローバ ルな権力の作用を読み解き、 歴史や現実の周辺に 息づく多様な意味合いを、 「平和」 や 「人間」、
「安全」 などの基本概念にとりもどすという作業 であろう。 戦争 (暴力) は世界を単純化する欲望 がつくりだす。 今われわれがとりもどすべきなの は、 「ラジカルな他者」 が生きる多様な世界像で ある。
「重層的安全保障」 の中に位置づけられる、 民 衆による下からの 「安全保障」 という構想は、 必
「安全保障」 概念の位相と 「沖縄問題」
ずしも伝統的な国家=国際的 「安全保障」 構想と は矛盾しない。 沖縄も含めた東アジアの 「平和」
を考えるなら、 外交のレベルでは、 米国が進める グローバルな世界戦略の東アジアにおける分業化 に取り込まれるのではなく、 多国間の安全保障枠 組みを主体的につくりあげてゆかなければならな いだろう。 そして、 ヨーロッパの歴史が教えるよ うに、 そのような来るべき地域的安全保障の枠組 みは、 民衆による国境をこえた文化的・社会的相 互交流の蓄積ぬきにはありえないのである。 その 意味でも沖縄は、 今後とも日本や東アジア、 さら にはグローバルな 「安全保障」 の問題を考える際 の最も重要な起点の一つであり続けるにちがいな い。
註
(1) 2001年 「アメリカ同時多発テロ事件」 の9月11 日とともに、 米軍がアフガニスタン攻撃を開始 した10月7日は同時に記憶されるべきである。
(2) もちろん、 「対テロ戦争」 を 「戦争」 と呼ぶべき かどうか自体が重要な政治問題である。 「戦争」
を 「組織的な暴力」 と定義するなら、 ここでは、
現代の 「戦争」 が二分化している事実、 つまり 一方で隣人や弱者同士が血みどろの殺し合いを 展開せざるをえないプリミティブな 「市民戦争 (内戦)」 型の 「戦争」 と、 他方で、 軍事テクノ ロジーの革新や軍事力の圧倒的な優位を背景に したきわめて非対称的な懲罰型の 「戦争」 とが、
並存している事実を指摘するにとどめたい。
(3) その意味で、 近年の 「安全保障」 概念は、 潜在 的な脅威や不安をもたらす 「おそれ」 のある異 質なものや他者の排除といういわば疫学的なニュ アンスを強めるようになる。 漠然とした不安の 中で少なくとも 「自分たちだけは安全」 であり たいと願う切迫した大衆心理が、 近年の 「安全」
や 「安全保障」 ということばにに対する異常な までの関心の高まりの背景に透けて見えるよう
に思える。 たとえば、 近年の 「ミサイル防衛」
という発想は、 従来の相互的・国際的安全保障 観を否定し、 「絶対的安全保障」 の実現を構想す るものである。 外側や他者に対しては対話の道 を閉ざし、 「清潔な」 世界を実現しようとする論 理は、 内側には徹底した管理と支配の論理となっ て反映されるだろう。 大衆の漠然とした不安感 が徹底した支配の契機に転化された世界、 それ は オーウェルが描いた 1984年 の全体主義 的世界を想起させる。
(4) むしろリベラルなことばが逆に無軌道な暴力の 追求を正当化するという倒錯した世界もまた、
「戦争は平和である」、 「自由とは服従である」 な どいわゆる 「二重思考」 が支配するオーウェル 的な世界を想起させる。 現在、 公然と 「正義」
を掲げながらも裏では生々しい自己 「利益」 の みを追求する米ブッシュ政権の政策を批判する のが、 米国内ではむしろ国家 「利益」 の合理的 な追求を訴える古典的なリアリストたちである ことは興味深い。
(5) 「沖縄」 という場から見れば、 たとえば 「戦争 の日常化」 という前述の現象ひとつとってみて も、 それはずいぶん以前からすでに始まってい たことである。
(6) その意味で、 「安全保障」 概念の安易な拡大論や 多様化論に対する国際政治学におけるリアリス トたちの抵抗や反論には根拠がある。 これらい わゆる 「リアリスト」 とは異なる立場から、 近 代国際システムの生成と 「安全保障」 との関連 を歴史的に俯瞰したものの一例として、 デヴィッ ド・ヘルド デモクラシーと世界秩序 (佐々木 寛・遠藤誠治・小林誠・土井美徳・山田竜作訳)
出版 2002年を参照。
(7)
1994 を参照。
(8) それを指摘したものの一例として、 栗栖薫子
「人間の安全保障 ―― 主権国家システムの変容と
ガバナンス」 (赤根谷達雄・落合浩太郎編 「新 しい安全保障」 論の視座 亜紀書房 2001年) を参照。
(9) 安全保障概念の多様化とその理論的な整理のた めに、 一例として、 日本国際政治学会編 安全 保障の理論と政策 ( 国際政治 第117号) 有 斐閣 1998年、 防衛大学校安全保障学研究会編 安全保障学入門 亜紀書房 1998年、 納屋正嗣・
竹田いさみ編 新安全保障論の構図 勁草書房 1999年、 山本武彦編 国際安全保障の新展開 ――
冷戦とその後 早稲田大学出版部 1999年、
1999 を参照。
(10) 1950年代から70年代にかけては、 いうまでもな く、 核戦略理論や抑止理論が安全保障研究の中 心を占めていた。
(11) これら概念の生成においては、 この時期現実主 義的な平和政策の構想を目指したヨーロッパ平 和研究の貢献は無視できない。 これらの概念は、
たとえば現在の東アジアの安全保障問題を考え る際にも依然としてその有効性を失ってはいな い。
(12) ただ、 冷戦期とは異なり、 明確な敵対国を想定 できない冷戦後の文脈では、 むしろ中長期的な
「予防」 的側面が重視され、 「安全保障」 概念の 内容はさらに拡大している。
(13) その意味で、 「人間の安全保障」 概念は、 国際政 治学における 「ポスト・モダン学派」 や 「批判 理論」 の流れとして整理するよりも、 「グローバ ル化研究」 との関連において整理するほうが有 効であるかもしれない。
(14) 勝俣誠編著 グローバル化と人間の安全保障 ――
行動する市民社会 日本経済評論社 2001年を 参照。
(15) たとえば、 国連開発計画が 「南」 の貧困や抑圧 を取り除くことに重点を置くとすれば、 国連難
民高等弁務官事務所 ( ) では、 人々の生 存の危機という緊急性に重点を置いている。 ま たこの概念を外交政策の基本理念に据えている カナダでは、 緊急を要する人権侵害に対して、
武力行使も含めた幅広い対応が想定されている。
日本も小渕内閣時にこの概念を外交方針に明確 に位置づけたが、 などによる経済的な国際 支援に限定され、 伝統的 「安全保障」 概念の補 完的な意味合いが強い。
(16) 最上敏樹 人道的介入 ―― 正義の武力行使はあ るか 岩波書店 2001年を参照。 実際に 「介入」
とは 「武力行使」 を意味する。 例えば、 多くの 地域紛争の現場で地道な活動を展開している国 境なき医師団 ( ) は、 「人道的活動」 や 「人 道的救済」 ということばは使っても、 「人道的介 入」 ということばは使わない。 ここで用いた
「人道的戦争」 という言葉は、 それ自体極度に屈 折したことばであり、 再びオーウェル的な世界 を想起させるだろう。
(17) 武者小路公秀 「「人間安全保障」 とグローバル覇 権の顔 ―― 非改良主義的改良のための政策科学 を目指して」 (日本平和学会編 平和研究 第27 号 早稲田大学出版部 2002年) を参照。 引用 部分は19頁。 武者小路氏は、 このジレンマを克 服すべく、 「人間の安全保障」 概念を最終的には
「生きとし生けるものの安全」 にまで拡大する必 要性を訴えている。
(18) それゆえ、 「沖縄問題」 ということばはそれ自体、
国際的な安全保障問題の矛盾を沖縄という小さ な土地の問題として閉じ込めて見えなくしてし まう、 一種の象徴的な暴力であるともいえる。
そしてまた、 いわゆる 「沖縄問題」 が表出する のは、 この日本国内の中央−地方関係と日米関 係とが同時に問題化するときである。
(19) そしてこの問いは、 沖縄の近現代史を俯瞰する とさらに自然なものであることがわかる。 1880 年の日本と清による 「分島・改約」 問題、 戦時
「安全保障」 概念の位相と 「沖縄問題」
中の 「捨て石作戦」、 戦後の占領継続と軍事基地 化、 72年の復帰時に際しては基地自由使用と核 持ち込みに関する密約など、 いうまでもなく沖 縄の近現代史は、 日本政府によって捨て石、 あ るいは政治的質草にされつづけてきた歴史であっ た。
(20) そしてさらにその先に、 ジュゴンや珊瑚などの さまざまな生命の存在を認めることは不可能で はない。 沖縄の中にも差別構造はあり、 抑圧は 常に声を発することのできない弱い部分に押し やられる。
(21) これと同様の概念として、 ブザンや ウェー バーらによる 「社会的安全保障 ( )」
の概念が有名だが、 これは地域的な共同性とい うよりむしろ、 エスニックなアイデンティティ やナショナリティの一体性に重点がおかれてい る。
(22) もちろん、 基地がもたらすものは 「危険」 ばか
りではない。 「基地経済」 の存在も決して無視で きない問題である。
(23) 基地問題と原子力発電所問題は、 政治問題とし て多くの特徴を共有している。 一例として、 新 潟では東京へのエネルギー供給のために世界最 大の柏崎・刈羽原子力発電所が存在するが、 「電 源三法」 にみられるような多額の補助金と 「リ スク」 問題との狭間で地元の人間関係は引き裂 かれた。
(24) ウルリッヒ・ベック 危険社会 ―― 新しい近代 への道 (東廉・伊藤美登里訳) 法政大学出版局 1998年を参照。
(25) この概念を太平洋の島嶼部の研究から導いた例 として、 ロニー・アレキサンダー 大きな夢と 小さな島々 国際書院 1992年 を参照。
(26) 拙稿 「グローバル化時代の 戦争 と安全保障 問題の再構成」 (
8 2002年) を参照。