手稿 本 によるオ リジナル版 Sanc l uar y の研究 ( Ⅸ)
菊 池 昭
2 1 ,「第ⅩⅩ
Ⅰ章」について (承前)
さ て,
MS.1 1 7
,TS.3 0 8
;改 訂 版 (暑 号 R.)p.2 48
に な る と,Mi s s Myr t l e
の 「毎 夏 ,母親 に会 い に行 く (Pope ye
の よ うな )男 は,根
っか らの 悪 人 じゃない」 とい うことばが出て来 る。 これ を「Pope ye
とい う人物 は, た またま現代社会 の悪人 の シンボルになっただ けで (最初か ら悪 人 た らしめ よう と したので はな く),実 は彼 もまた呪 われ た人 間の ひと りなの だ」11)とい う, あ と に なっ てFa ul kne r
自身 か らな され た説 明 と結 びつ け な が ら, このMi s s Myr t l e
の ことば には,Pope ye
をどうい う人物 と して造型 す るか とい う こと につ いての作 者 の基本 的な考 えが示 されていると見 ることがで きな くはない。実 際,
Fa ul kner
の中 に (母親 を愛 す る人 間 に)悪 人 はいないとい うような 思 いが全 くなか った と した ら, た とえMi s sMyr t l e
とい う妙 な老女 の Hの端 か ら出 たとい うか た ちに しろ, こう した ことばが書 かれ た筈 はない と考 え ると して も, それ を一概 に無稽 と斥 ける ことはで きないだろう し,更 にまたその考 え を引 き延 ば して行 け ば, (後 ほ ど第ⅩⅩ
Ⅶ章 で詳 し く論 ず る と ころ の )Fa ul kne r
が改訂版 で新 たにPope ye
の生 まれ育 ちにかか わ る因縁 話 を長 々と 付 け加 えることに した,その理 由 につ いての何 が しかの手 がか りが え られ るかも しれ ない。
しか しこの ことばが,女 だて らに酒 に酔 って勝手 な熟 をあげ, いか に もわ け 識 り顔 に尤 も らしげな ことを喋 って いる老女 たちのバ カ話 の一つ と して書 かれ
( 1 ) Faul k ne ri nt h eUni v e r s i
ty,p. 74.
〔7 5 〕
た とい う, ま さにその ことに よって,
Faul kner
の意 図 が,Pope ye
の人間性 一につ いての新 しい認識 を読者 に強 いるとい うようなと ころにはなか ったのだ と考 え ることもで きるだ ろう。
つ ま り, こ こ に あ るの は
Faul kner
の ア イ ロニーー ー 退 廃 したs a nct i f i ed s t r eet s (s a nct uar y)の住人 は, ただ鼓腹 して思 いつ きのセ ンチ メンタルな こ
とばを喋 り散 らすだ けで,物事 の実態 を見極 め ようとい う意欲 も気力 もないの だとい うアイロニーであったとい うべ きか も しれない.なぜな らば,老女 た ち の会話 の うち,
Mi s sMyr t l e
の次 の言 い草 な ど, この女 が ま と もな人 間観 察 などできる筈 もなか ったことを示 しているとみ ること も十分 に可能 だか らで あ る。 (文 中 イ タ リックス は筆者 で, この部分MS.1 1 8
に はな くTS. 3 1
1で新 し く作 られ た もの。)" Thes on. ofabi t ch , " Mi s sLor r ai nes a i d.
" Heヲ dougl l tt O' Vehads ens eenought ogotaol dugl yma n , "
Mi s sMyr t l es a i d. " Te mpt i n guspo o rgi r l sl i k et h a t . "
" Me nal wa y se x pe c
tsu s t 07 1 e S i s tt e mpt at i o n , " Mi s sLo r T l ai nes ai d ( TS.
311;R . 251 )
だが, しか し少 な くとも次の ような ことだけは解釈 の違 いを越 えて認 め うる もので はないか と思 う。すなわ ち,
Pope ye
を母 の もとに帰 させ ると した上記 のFaul kner
の構想 には,作者 の母 に寄 せ る深 い思 いが投影 されて いるに違 いないとい うことで ある。 ′
Fa ul kner
の伝 記 的研 究 の 中 に は,時 と して この作家 が母 か ら愛 され る こと の少 ない幼少年 時代 を過 ご し,母 の愛 に飢 えていたとい うような見方 をす る も の もあ り,(2)しか しそれ は飽 くまで も推測 の域 を出 ないの だが,一方 ,Fa ul k‑
ner
が生涯 を通 じて母Ma udを大切 に過 したい とい う ことの方 は,今 や紛 れ も ( 2)
例 え ば,J u di t hBr ya ntWi t t e nb e r g ,Fa u l k n e r:Th eTr a n L gi gu r a t i o no fBi o gr a ph y
( Li nc ol na ndLo nd on:Uni ve r s i t yo fNe b r a s kaPr e s s ,1 979) ,pp. 23, 24,25.
手稿本 によるオ リジナ)I,版
S a nc t u a r y
の研究 (Ⅸ)7 7
ない事 実 と して認 め られて いて,
( 3)
少年 時代 のFaul kne r
と母親 の関係 が どうで あったに しろ,彼 の中 に,人間 は生 きて この世 にある限 り母 を忘 れ ることはで きない とい う思 いが強 く存在 し,それが根 になってPopeye
を母 の もとへ帰 す とい う構想 が湧 いたの だと考 えて もあなが ち不 自然 で はな いように思 う。'そ して,事 実 が も しそ うで あった とす れ ば,
Fa ul kner
の中 でPopeye
は悪 の シンボルな どでは決 してな く, ま さ しく 「人間」
の ひと りと して存在 したの で あ り, あ る い は い さ さか俗 な解釈 に堕 す危 険 をか え りみ ず に い うな ら,Fa ul kner
に して みれ ば母 の愛 に よって代表 され る無私 の愛 ,無償 の愛 だ けが 悪 を凌駕す る と言 いたか ったとも考 え られ るのである。 (売春宿 の女主人Mi s s Reba
が,隠れて いるTempl e
をHor ace
に会 わせ る気 になったの も,彼 に 「子を思 う母親 の気持
」
を説 かれ たためである ことも考 えたい。 R. 2 04
参照 。)2 2 .
「第ⅩⅩ
Ⅰ章」について
MS.11 9‑12 0
,TS.313‑3 20
の範 囲 に書 かれ, R.で は第26
章 と して使 われ ているが,書 き出 し部分 はか な り変 え られている。 ただ し,その変更 は主 と し て文章上 の ことで, この章 を構成 す る次の ような骨組 みには変 わ りがない。(1) 朝 の早 い時間,
Hor aceは妻 Bel l e
へ手紙 を書 く。 (MS.
,TS.
で は, その手 紙 を投 函 したあ とか らのHor ace
の行動 が描 かれ るが,R.
で は書 き終 わ った時点 か らの叙述 とい うふ うに変 え られ ている。)( 2)
さま ざまな出来事 で精神 的 に疲 れ果 てたHor a ce
が,
「俺 は病 気 なんだ。死 ぬ ような思 いで静 けさを求 めている。 この問題 に片 がつ いた らヨーロ ッパへ で も行 ってみ よう」 と心 に乾 く。
改訂版 も
MS.
,TS.
も,Hor ac e
が この箇所 で一 種敗北 的 な気分 にな って いる ことを示 す。 だがそれで も,改訂版 になって この部分 は 「こん な ことを手 が けるには俺 は年 をと りす ぎた。 いまはただ,静 けさだけが ほ しい」 とい う程 度 の感慨 吐露 で終 わ るように変 え られたのであって,MS.
,TS.
での記述 は,( 3)
例 え ば,Se eDa vi dMi nt e r ,Wi l l i a m F i ul k n e r: Hi sLL fea n dWo r k( Ba l t i mor ea nd
Lon do n:TheJ oh nsHo pki nsUn i ve r s i t yPr e s s ,1 980) ,p.1 9.
実 はそれ よ りはるか に色濃 く沈帯 した気分 をあ らわに して いるものであった。
次の ような内容 で ある。
Hor aceは自分 の周 囲 を見 まわ して考 える。世 間 とい う ものの浅薄 さ, その
欺 暗性 あるいは偏見‑ そ う した もの と闘 っている俺 だが, しか しその俺 に味 方 す る も の は誰 も い な い。 一 体 , 人 を殺 した の は誰 か とか,Goodwi nや Ruby
,それ にあのバ カ娘 ,そ してまたこの俺 自身が これか らどうなるかな ど, 本当 はどうで もいい ことで はないのか。 自分 か ら求 めて捲 き込 まれた ような も のだが, この間題 をとにか く片づ けて しまった ら, そのあ とは雄鹿 みたいに人 間共 の姿 や におい,音 に対 して敏感 になって,決 してかか わ り合 いを持 たない で生 きて行 こう。 ‑こん なふ うに
Hor ace
はす っか り気弱 くなるの だが, その くせ一 方 で は,憤 りとない まぜ にな った激 しい意 気込 み (apar oxys m ofr a gi ngpl eas ur e
) を もって,何 と して bJTempl e
を法廷 に引 きず り出 し, その人 とな り,生 まれ育 ち,暮 しぶ りなどすべ てを露 わに して,そんな娘 を子供 に持 った ごりっぱな人 種 た ちの偽善性 ,欺 臓性 をあばいて恥 じ入 らせそやるの だと考 える。そ う した 連 中が いま,Goodwi nを縛 り首 にす るとか Tommyが死 ん だとか と騒 いでい
るが,問題 はそん な所 にあ るの じゃない。へたを した ら陪審員 自体 が連 中 と同じ愚行 を くり返 す ことにな るの だぞと言 ってや らな くて はな らない。‑
Hor a ce
はそん なふ うな昂 ぶ った気持 にはな る ものの, レか しそれ も束 の間 の ことで, たちま ち 「それ に して も陪審員 には何 か して もらいたい もの だ。な んせ,俺 はほとほ といやになって しまった」 と気力 も萎 えたように咳 く, とい うのがオ リジナル なか たちで,実 はこれ はMS. 1 1 9
のマ ー ジンにわ ざわ ざ追記 した ものだ ったの だが,改訂版 になって, い ささか深刻 す ぎるこの 自他 への嫌 悪 の思 い入 れ はす っか り刈 り取 られ たわ けである。( 3)
コ‑ ヒ‑を飲 み,朝食 をとる。R.
で は 自分 で コー ヒー を入 れ る こ と に なって い るが,MS.
,TS.
で はBel l e
への手紙 を投函 しての帰 り途 ,一軒 の家 の前 で コー ヒーの におし)をか ぎ, その あ とで ホ テル に戻 って朝食 をとる ことになって いる。 そ してMS.
,TS.
手稿本 によるオ リジナ)i,版
Sa nc t uar y
の研究 (IX) 79 での この箇所 で もまた,その心根 の余 りの純粋 さの故 に,今 や厭世的 にす らな っ て来 て いるHor a ce
が描 かれ て いる。MS.1 1 9
で は,次 の ような文章 がマー ジンに追記 され ている。
Hewe ntt ot hehot e la ndwi t hkni I f ea ndf or khedughi ms e l f ba c ki nt ot ha twor l dheha dvomi t edhi ms e l foutoff orat i me, i n whi c h he mus tf ol l ow a ce r t a i n or de r e d pr ocedur e a bol l t whi c hl ュ eha dnei t he rvol i t i onnorwi l l .
( MS.11 9,TS. 31 4)
( 4)
ホテルの前 でC1 a r enc eSnopes
に出会 う。MS.1 19
でのSnopes
の こと ばはか な り短 い もの だが,TS. 31 4
で は この男 は大変健吉 になって, そのSnope s
一族 らしいと ころをあ らわにす るようにな る。R.
の記述 は このTS.
を大筋 において活用 したもので ある。( 5 ) N a r c i s s a
と地方検事Eus t a ce
にかか わる事柄 。MS,1 19
,TS.31 5
で は,Hor a ce
が街 で妹 に出会 い短 い立 ち話 を したあと,N a r c i s s a
の方 は地 方 検 事 の事 務 所 へ行 くとい う こ とにな るの だが,R.
で はⅡor a ce
が妹 を遠 くに見 か け, あ とを追 ってみ る ものの結局姿 を見失 って しま うとい うように変 わる。MS.
,TS.
は これ につづ き, 時間 を逆 行 させ て,N a r c i s s a
がMi s sJe nny
に地 方 検 事 の名前 を訊 ね,Mi s sJ e nny
か ら 「(新 聞 にEus t a c eGr a ha m
が地 方検事 に選 ばれたと出ていたの に, その名前 を覚 えていないなんて )あんたは 一体 ,新 聞 を読 みなが ら何 を考 えているのかね」と抑冷 され る場面 が ある。(こ の部分 はR . 第2 0
章 ,p.1 8 0
に移動活用 され たと考 え られ る。)ところで
1S.31 5‑1 6
には,Eus t a ce
の名 が出て来 た ことに関連 し,彼 の過 去 に まつ わ る事柄 が語 られ るが, これ はMS.
で は本来 あって しか るべ きp.
1 19
にはな く,次 のp.1 20
のマ‑ ジ ンに挿入箇所 の指示 な しに追記 され た もの で ある。R
.で は これが更 に引 き延 ば され,抜 け目ない この男 の イメー ジが‑層鮮 明 に浮 か び上 るように され ているO (ただ し, R.にあ るポー カーの勝 負 につ いてのエ ピソー ドは,
MS.
にはないものでTS.
の段階 でつ け加 え られ た ものである。)以上 の ように して
MS.
,TS.
と改訂版 とでは,冒頭部 で同 じ骨組 みの上 に かな り違 った肉づ けがな されているのだが, この ことには書 き直 しで よ りよい もの に しようと したFa ul kner
の意気込 みが出ているとみ ることができるよう に思 う。すなわ ち,場面 にふ くらみ を持 たせなが ら, しか も叙述 の流れを不 自然 に阻 害 す る もの は蒔措 な く捨 てて行 って いるのだが, こう した措置 は
Hor a c e
を小 説 の主人公 と して もう少 し自立的な人物 た らしめようと したな らば,や は り必 要 な ことであったと考 え ざるをえない。Fa ul kne r
はこの第ⅩⅩ
Ⅰ章 になって, それ以前 の章 におけるよ りはっき りしたか たちでHor a c e
の行動 目的 を述べ て いる。MS.
,TS.
の この章 を読 む と,社会悪 と闘 うHor a c e
の正義感 もわか る しその誠実 さもよ くわかる。例 えば,Bel l e
へ離婚 の手紙 を送 って帰 る道 す が ら,Hor a c e
の中 に浮 か ん だ意識 を写 す第ⅩⅩ
Ⅱ章 冒頭 の次 の文‑ MS.
1 1 9
,TS. 3 1 3
にあってR
.で は取 り除かれた次 の ような文 もそ うした誠実 さを よく示す ものだろう (イタ リックスは筆者 で,TS.
で追加 された部分 を示 す。)Het houghtofBe l l e,t he nhewa st hi nki ngoft het hr e eoft he m.
Hes i w Be l l ea ndNa r c i s s aa ndt hewoma nwi t ht hec hi l don he rl a p,a l ls i t t i ngont hec oti nt hej a i l ,a ndhi ms e l fl i keoneof t hos ef ur i ousa nda i ml es sbugst ha tda r twi t hs por a di ca ndun‑
bel i e vabl es pe edupont hes ur f a ceofs t a gna ntwa t e r a st h o u ghi n fur i o use s c a pefr o m t h ev e r ys ub s t a nc et h at s p a w柁 e dt h e m,a she
s t r ovewi t l lS ubt e r f ugea nde vas i ona nds t ubbor nnes sa ndi nj us ‑ t i c e,Wi t h t ha tf unda me nt a la bhor r ence oft r ut h whi ch i si n ma nki nd. ( Ⅰ t a l i csmi ne )
( MS.11 9,TS. 31 3)
手稿本によるオリジナル版
Sa n c t u ar y
の研究 (Ⅸ )81
つ ま り, この一文 に端的 に示 され ている 「醜悪 な世間に対 する憤 りと, その 世間の中でただむな しく右往左往 しているだけの非力な己れに向 けるにが い自 噺, あるいは嘆 き」‑ こう したHor ac eの 「
誠実 な嘆 き」 こそが, まさ しく オ リジナルSanc t uar y
の主題 なのだろ うが, しか しその嘆 きぶ りとい うことに なると,それ は我 々を して彼 に共感 させ るように働 くよ りは,む しろ逆 に,港 胆 を感 じさせ ることになる方が多 いのではないか と思 われ る。いまやその行動 目的 は明 白にされたはずなのに,彼 はど うも依然 と して,困 難 に直面 してた じろ ぐことのない一個 の男, というふ うには見 えて来 ないので ある。正 直の ところ, その意気込み にもかかわ らず,悪 と闘 うた くま しい気晩 が彼 には欠 けているという印象 しか与 え られ ない。何 や ら, いつまで も腰 が定 ま らないと言 った感 じであって,前述(3)のマ ージンへの追記 を含 めて彼 の闘 う 姿勢 というもの も,結局の ところ一種 の激情的な衝動, ヒステ リックという形 容詞 がつ きかねない上 すべ りな憤激 と して示 されるだけ,といわ ざるをえない。
た しか に, オ リジナ ル版 の テー マ が上 述 の通 り己 れ の非 力 さ に対 す る
Hor aceの 嘆 き で あっ た と して も, Faul kner
は結 局, この版 に お い て はf l or ace
の造型 に突放 したの だ とい う ことにな るだろ う。 つ ま りHor aceは外
的 な力 と闘って敗 れ る悲劇的人物 にまで高 め られ ることな く, ただ う じう じと 詠嘆 を繰 り返 す不 甲斐 ない男 , とい う域 にとどまって しまったといわ ざるをえ ない ようである。 そ う して こう した ことの反省 に基づ いて,Fa ul kne r
は"i t i sacheapi dea "( 4)
とい う激 しい ことばで この 自分 の作 品 を批 判 し, あ らため て作家 と して生 きる ことの厳 しさを自他 に示 したといえるのではなか ろうか。さて,
R.
第2 6
章 と して使 われ る このMS.
,TS.
の第ⅩⅩ
Ⅱ章 は, と りわ け両者 の前半部分 において大 きな違 いをみせているの だが,先述 の通 り,R.
第
2 6
章 の冒頭部 とい うの は,そのTS.
に更 に手 を加 えて書 き直 した もので あ り,改訂版 がTS.
通 りになるの は,地 方検事Gr aha m
の学生 時代 のポー カー( 4) Wi l l i a m Fa ul kne r
," I n t r od uc t i on,
"Sa nc t ua r y ( Ne w Yor k:TheMod e r nLi b r a r y
,1 932) ,Ⅴ.
勝 負 に関 す る逸 話 以後 ,
Na r c i s s a
が この抜 け 目な い男 に会 い, しか も このGr a ha m
す らおぞ けだっ ほどの酷薄 な性情 をあ らわにす るR. 25‑5 8
の部分 に おいてである。と ころで改訂版 の この箇所,つ ま り
TS.
で いえばpp.31 7‑1 9
中 に見 出 され る次 の二つの文 は,実 はMS. 1 2 0
には書 かれていない ものなのである。" So t hequi c ke rhe[ Hor ace H os es ,t hebe t t eri twoul d be , woul dn' ti t ? " s hes a i d.
"Ift he yhungt hema na ndgoti tove r wi t h. " Hi sha ndsbe ca meper f e ct l ys t i l l .
( Hemovedt owa r dhe r , ) buthe rbl a nkc al cul a t i ngga z ewa sl i ke awa l l ,s ur r oundi nghi m.
ここに描 かれた
Na r ci s s a
は,Sanc t uar y
の手書 き原稿 で まず示 された第一段 階の彼女 とはもちろん, タイプ原稿 の前半部 で (手書 き原稿 に描 かれた もの に 近 いか た ちで)提 出 され たNa r ci s s a
とも違 って, 自分 の世 間態 を守 るためには他人の生命 など全 く意 に介 しない,冷酷無残 な女 となっている。
そ こで, この章 での
Na r c i s s a
の書 き方 につ いて,MS.
か らTS.
ない し R.に至 る移 り示わ りを眺めなが ら考 えると,次の ようなことがいえそ うで ある。 す な わ ち,
Hor a c e
がNa r ci s s a
に対 して抱 いて いた幻想 が消 え た ときか ら,Fa ul kne r
はこの女 の実 態 を読者 の前 にはっき りさ らけ出す書 き方 にな って行くの だが,
MS.
を書 き終 え た段 階 でNar ci s s a
の非人 間的 な全体像 がFa ul k‑
ne
r自身の中で もよ り明確 な輪郭 を もった ものにな り,従 ってTS.
では更 にこ とばを足 して彼女 のおぞま しさを強調 し,R.
ではその姿勢 を一層徹底 させて, つ いにこの女 を,最 も唾棄 すべ き邪悪 な人間 に して行 ったとみることができる ので はあるまいか。第
ⅩⅩ
Ⅱ章,す なわ ち R.第26
章 の末尾 になるMS.1 20
,TS.31 9‑2 0
, R.手稿本 によるオ リジナル版
Sa nc t uar y
の研究 (Ⅸ )8 3 25 8‑59
は,三者 間 に相 当の違 いが見 出 され る。Snopes
が床屋 にいる人 間 たちを相手 に,ユ ダヤ人 とユ ダヤ人の弁護士 はけち くさい奴 らだと罵 る場面 であ るが,「アメ リカ人 な ら正 当 な値段 で買 い取 って くれ るもの も,ユ ダヤ人 な ら
1 0
ドル以上 ビター文 出 しは しない」 と悪 口を言 い,床屋か ら 「それな ら,なん で連 中に売 りつ けようとす るんだね」 と逆襲 されてあわてて 「タバ コで もすわ んか ね」 と ごまか すとい うMS.
の一節 は,TS.31 9‑2 0
では もっと引 きの ば され た鱒舌体 にな り,R.
で はそれが なお更 に無意 味 な多弁 にな って行 く。例 えば,Whe naJ ew l a wyerc a nhol dupa nAme r i c a n,awl l i t ema n,a nd notgi vehi m butt e ndol l ar sf ors ome t hi ngt ha tt woAmer i c a ns a l r ea dygl Vehi m t e n t i me st ha tmuc hf ors ome t hi ng e xa ct l y l i kei t ,Wenee dal a w.
( TS. 31 9)
とい う
TS.
は,R.
で は次の ように変 わっている。Whe naj ew l a wyerc a nhol dupa nAme r i ca n,awl l i t eman,a nd notgi vehi m butt endol l a r sf ors omet hi ngt ha tt woAmer i cans , Ame r i ca ns ,s out hr onge nt l men;aj udgel i vi ngl nt heca pi t a lof t heSt a t eofMi s s i s s l ppla ndal a wyert ha t ' sgol ngt Obea sbi g ama na shi spas omeda y,a ndaj udget oo;whe nt he ygl Vehi m t e l lt i mesa smuchf ort hes a met hi ngt ha nt hel owl i f ej ew,We ne edal a w.
( R . 258‑ 59)
2 3 .
「第ⅩⅩ
Ⅱ章」についてMS.1 21‑28
,TS.3 21‑37
の範囲 に書 かれ たもので,R.
第27
章 と して使 われているが, 冒頭部 は三者 間 にかな りの変動 がある。
ま ず
MS.1 21
の 最 初 の ス タイ ル で は,"Thet r i a lopenedont he20t hof June
" で書 き出 され, す ぐに法廷 の様子‑ 地 方検事 が提 出 したわずか な証 拠 品 と,Ruby
の証言 の様子 が述 べ られ る。だが
Te mpl e
が出廷 していないわ けだか ら,その理 由に触 れてお く必要 を感 じたとみえて,Fa ul kner
は一本 の線 で上記 の証拠 品提示 の後 の位置 を挿入 箇 所 と して指示 しなが ら,Hor a ce
が二 日前 (R.
で は前 日)Mi s sRe ba
に電話 してTe mpl e
た ちが もういな くなった と知 らされ, この売春宿 の女将 に 「わ た しは何 も知 らない し,知 りた くもない よ」 と告 げ られ るとい う,比較 的簡単 な や りと りをマ ー ジンに追記 した。と ころが,最 初 は ち ょっ と した付 け足 しにす ぎなか った この や りと りが,
TS.
か らR.
に進 む につ れ て段 々引 きの ば され,複雑 な もの にな って行 くので あ る。 まずTS.3 21
で は,Mi s sRe ba
に 「わ た しは何 に も知 りませ ん よ」 と いわれ たあ とのHor a ce
の内部思考 が述 べ られ ることになる。彼 は 「もう手 お くれ だ。結局 はTe mpl e
を喚 問す る ことな どで きない ことだったか も しれ ない」と考 え, いわゆる中流 階級 と称 す る連 中 とい うの は,彼 ら自身が実 はつ い この 間貧困階級 か ら脱 け出 したばか りの くせ に,今 で はかつ て 自分 が属 していた階 級 におびえ, その階級 に対 して は一致 団結 して防禦線 を張 って行 こうとす る も のだ とい うことを, あ らためて思 い知 らされ るのである
。「 (
実態 が )あか らさ ま にな る くらいな ら, あの男 が縛 り首 になった方 が い い とい うわ けだ」‑
Hor a ce
は そ う考 え, そ れ か らにが い思 い を こめ て"Ic a nnote ve nf a c et he pi c t ur e
" と乾 くので ある。[ Ⅱor a c e いea l i z e da ga i nt ha tf ur i oushomogene i t yoft hemi ddl e c l a s s eswhe noppos e dt ot hepr ol et a r i a tf r om whi c hi ts or e ce nt ‑ l ys pr unga ndbywhi c hi ti ss oof t e nt hr e at ene d. Be t t e rt ha t hes houl dha ng,het hought ,t ha nt oe xpos e…t ha nt oe xpos eHI cannote ve nf a cet hepl Ct ur e,het ol dhi ms el f .
( TS. 321 )
手稿本 によるオ リジナル版
Sa nc t u ar y
の研究 (α )8 5
一体,「 (
実 態 が )あか らさまになる くらいな ら」"t ha nt oe xpos e‥. "
とい うとき,Hor a ce
はこの あか らさまにされ るものの中 に自分 をも入 れているの であろうか, それ とも自分 は局外 において,いわゆる中流 階級人づ らを してい る連中の心 の うちを代弁 してみせたということなのだろうか。改訂版 で この
Hor a ce
とMi s sRe ba
のや りと りは拡大 され,MS.
,TS.
で の冒頭部の他 の部分 を押 しの けて, それ 自体.で この章 (第2 7
章 )の大 きな冒頭 部 を形 づ くるほどふ くれ上 り, その折上記TS.3 2 1
のHor a c e
の内部思考 は切 り捨 て られて しま うのだが, この捨 て られたTS.
の記述 は,Hor a c e
とい う人 物 につ いて,引 いて はオ リジナルSanc t uar y
の基本 的 な性格 につ いて,また異 なった面か ら考察 してみる材料 を与 えて くれ るように思 う。.まず,捨 て られ た記述 の うち,何 の ことわ りもな しに突然出て来 る
"Ica n‑
note ve nf a c et hepi ct ur e"
と い う一 句 に注 意 を 向 け ざる を え な い。 この"pi c t ur e
" は当然 にLi t t l eBel l e
の写真 の ことであろ うが,中流 階級人種 の 押 し隠 されたきたな らしさ‑ それ は義理の娘 にだって間違 いな くあるものだ ろう,それを思 えば,彼女 の写真 を眺めることなどは今や一層 み じめな思 いを か きたてるだけの ことだ, というのであろうか。 それ とも, 自分 もまた所 詮 は そ ういう厭 うべ き中流階級 の一人で あ り, それ を考 えると,Li t t l eBel l e
の無 垢 に救 いを見 出そ うなどま ことにお こが ま しいことだ, というのであろ うか。Hor a ce
とい う人物 はた しか に知識人的弱 さを持 ってい るが, だか らと言 っ て, 自分 も中流階級 的醜悪 さに骨の髄 までつかっていると救 いがた く己れ を定 め,その 自己嫌悪 の揚句,みずか らの醜 さを隠蔽 す るため, 自分が いま現 にそ の生命 を救 お うと奔走 している男 を殺 して しまえなどと口走 るとい うの は, ど う考 えて も奇怪 といわ ざるをえない。あ るいは, こう した錯乱 ぶ りによって作者 は
Hor a ce
の悩 みの深 さを表現 し ようと したと考 えることもできようが,それであるな ら, ここで は意余 って こ とば足 りず ということになる。とすれ ば,
Hor a c e
はLi t t l eBel l e
に も中流 階級人 の においを喚 ぎ出 したの だと考 えたい。 すなわち今 までは,Li t t l eBe l l e
の純潔 を目 して, それがたとえ束の間の ものであろうと汚れに対するいささかの浄化力があるもの と信 じ, そういう意味でいつ も身辺 に置 いて眺めていた写真であるが, さま ざまな事件 に遭遇 し,その都度世間の実態 というものに目を見開かれてみると, もはやそ の写真,つま り
Li t t l eBe l l e
という中流階級育 ちの娘 は,自分 とは縁 なき世界 に住 む人 間 な の だ と い う こ と を認 識 せ ざる をえ な くなっ た‑ そ うい うHor a ce
の, また一つの新 しい精神的出発 を示す一節 で あるとみることがで き るだろ う。 これ以後,Hor a c e
が義理の娘 の写真 を眺めることは二度 とないの である。さて
R.
第27
章 は,Hor a ce
とMi s sReba
の や りと りが ま ず 出 て来 て,Templ e
が売春宿 か らいな くなったという裁判前の状況 が語 られ るか たちにな るO従 って書 き出 しの文章 も,"Thet r i a lwa ss e tf ort het we nt i et hdfJ une"
と書 き変 え られ,
Mi s sRe ba
のわれ関せずえんの態度‑ それは もちろん,R.
第25
章 (MS.
,TS.
第ⅩⅩ
Ⅰ章 )において雰囲気 と して十分描 き出 されて いたもの だが‑ を新 たに付 け加 える。(Mi s sRe ba
が,Hor a c e
とのや りと りを一方的に打 ち切 って電話の受話器 を置 き,それを通 して彼女の叫ぶ声や混 線 したDe l s a r t e
的な声‑ とは,s ha pe‑ up
の掛 け声 を思 わせ る リズ ミカルな 声音 とい うことであろう‑ が聞 こえて来 る くだ りもR
.での新設。)そ して このあとに初 めて,裁判当 日の模様‑ 机の上の証拠品の ことなどが述べ られ る。と.ころで
Fa ul kne r
は, この証拠品に関するMS.1 21
の記述 中に,一度次 の 文 を書 いて横線 で消 している。ac or ncobwhi c h a ppea r e dt oha vebee n di ppe di n da r k , br owni s hpa i nta ndwhi c ht he
これが ここで消 された理 由 は, この
cor ncob
を検事 の切 り札的証拠品 と し て最後 まで残 して お き, そ うす る ことで事 件 を最 も非劇 的 なか た ちで‑手稿 本 によるオ リジナル版Sa
nc t u ar y
の研究 (Ⅸ ) 8 7
Goodwi n
が無実 の罪 に陥 し入れ られ るというだけではな く,Hor ac e
の闘いが 無残 な敗北 に終 わるという,そ う した二重 の意味 において悲劇的 なかた ちで終 結 させ るために,一番効果的 な場面 が来 るまで,この (読者 を含 めた)誰 にとっ て も意想外 の品物 の提示 を控 えてお こうとい うことであったのは間違 いない。その場面 とは, オ リジナル版 の第
XX
Ⅳ章 (MS.1 29
,TS.3 3 8)
,R.
における第
2 8
章 とい うことになるが, と もあれ,Fa ul kner
がMS.1 21
で最初上記 の一句 を書 きは じめたとき,彼 には事件 の最 も劇 的な終結 の仕方 につ いてはま だ十分 に構想 されていなか った‑ とはいえないに して も,い くらか味の薄 い かたちでだけ考 え られていたのではないだろうか。 この一句 に横線 を引 いた時 が,彼 の頭 の中でHor a c e
の努力が音 をたてて崩れ巨大 な徒労 の闇の中 に呑 み 込 まれて行 く‑ つ ま りは, この小説の最 も効果的な締 め くくりが揺 る ぎないもの と して構想 され た時だったのだと考 えたい。
実 際,
c or ncob
が ここで持 ち出 され ていた ら,筋 は別様 に展 開 して いただ ろうことは疑 いえない。 この一文 を書 いてか ら消すまでの時間 は, どうであろ うと さほど長 くはなか ったはずである。その短 い時間に,小説全体 の効果 を左 右 す る結末 のつ け方 を構想 したとい うこと, ここではFaul kner
のそ うい う驚 嘆すべ き創作 力 に注 目 しておきたい。検事 の論告 が終 わった 日の夜 ,刑務所 にいる
Goodwi n
の ところへ赴 いたと い うRuby
に会 うために,Hor a c e
は自分 も刑務所 へ出か けて行 く。その時の こ と を述 べ た R.26 4
の 文 章"Hor acer et ur nedt ot own,t ot hej ai l . They a dmi t t e dhi m. Hemount e dt hes t ai r s;t hej a i l e rl ocke da L doorbehi ndhi m. "
か らは,実 は
MS.
,TS.
で この部分 に続 くことになっている次の文 が落 とさ れている。Thege ner a lr oom wa se mpt y. Hegl anc e doutt hewi ndow,a t t hewa l loft hehot e loppos i t e,t hi nki ngoft ha tf a t a l i t ywhi c h ca nbeengende r e dbyaconvi ct i onofdi s a s t e r .
( MS.123)
Thr ought heba r r edwi ndow oft hege ne r a lr oom hec oul ds ee t hewi ndow i n t hehot e lwa l lt hi nki ng oft ha tf at a l i t y whi c h ma ybeenge nde r e dbyaconvi c t i onofdi s a s t e r .
( TS. 324)
先 に本論第
1 2
章 の末尾部 で,改訂版 におけるHor a c e
の記述 の仕方 の変化 を 述べ たのであるが,書 き直 しにあたってⅡor a c e
の意識描写 を削 り全体 をでき るだ け客観描写 で統 一 しようと したFa ul kne r
の意 図 は, こうい う些小 な所 に もあ らわれていると思 う。(5)更 に,改訂版 にお ける客 観描 写 とい うことをい うな ら,上記 に続 く部分,
Ruby
がHor a c e
に,援助 の報酬 と して 自分 のか らだを望 むのな ら, どうぞ勝 手 に 自由 にす るが いいとい うような気持 をみせ,Hor a c e
が 自分 の真意の全 く 理解 されていない ことを慨 嘆 して, 「赤 ん坊 がベ ッ ドか ら落 ちない ように足 を つか まえなが ら, とで もい うのかね?」
とい うくだ りのあと"Shel ookeda t hi m,he re ye sgr a vea ndbl a nka ndc ont empl a t i ve, Out s i det hecl oc ks t r uc k t we l ve" (R.268
)か らは,MS.
,TS.
で "‥. a ndc ont e mpl a t i ve"
の後 に 置 かれ や次の一文 が除かれていることも考 えたい。a nd t he y l ooke d a tonea not he ra c r os st ha tol d ba r r i e rc om‑
pos e d on t i l eOneha nd ofaqui xot i cf ol l y whi c h s heknows s e r e ne l ywi l ls oonbec ompl e t e l yl os ti nt her e cr ude s ce ntf ur y oft hef l es h;On t heot herha nd ofac ol d de s pa i rwhi c t lhe knowss or r owf ul l yt ha tt hei mme mor i a lma gl COft hef l e s hwi l l a nne a l ∴
( MS.1 25,TS. 329)
( 5 ) 1 9 81
年 になって,Sanc t uar y
のオ リジナ)i,・テクス トを編集出版 したNo e lPo l k
も, その本 の 「あとが き」で改訂版 における記述 の客観性 とその意義 につ いて触れている。Se eNo e lPo l k
," Af t e r wo r d
,HSa nc t uar yITh eOr i gi nalTe xt ,No e lFo l k( e d. ) ,( Ne w
Yo r k:Ra nd o mHo us e ,1 981 ) , p. 300.
手稿本 によるオ リジナル版
Sa 7 2 C t u ar y
の研究(Ⅸ ) 8 9
これ が R.で なぜ削 られ たの で あ ろ うか。 こ こで
Rubyあ るい は Hor ace
の 胸 の うちを語 っているの は,誰 で もな い作者 自身 である。作者 が彼 らの内部思 考 を外側 か らただ推測 してい るので はな く,彼 らの胸 の中 に入 り込 んでそ こから喋 っている‑ つ ま り,彼 らの代弁者 にな り切 っているので ある。
これ は,作 中人物 の意識 を直接描写 す るもので はないに して も,実質的 には それ と少 しも変 わ りない。 ここにみ られ る,
Hor ace
に向 けたRubyの憎 しみ
に近 い不信感 は,彼女 の閲歴 のみ じめ さだ けではな く,Hor ace
の努 力のむな しさ‑ 現実 の醜悪 さに押 し潰 され る理想家 の悲惨 さに,逆方 向か ら照 明 をあ て るもの と して削 る必要 のなか った ものではないか と思 われ るのだが,改訂版 をで きるだ け客観描写 で ま とめて行 こうとい うFa ul kne r
の新 しい意 図が, こ れ を落 とさせ たので はないか と考 え させ る。あ るい はま た,
Fa ul kner
は必 ず しもHor a ce
に対 す るRubyの不 信 と絶 望
を強 く打 ち出す ために この部分 を書 いたので はな く,一つの文 の中で記述 内容 を対比 させ る, そ う したいわ ば文章構成 の ち ょっと したお も しろ さに心 をひか れ ただ け‑ まさにそれだ けだったのか も しれない。とい うの も, この箇所 の あと
Rubyは, 自分 の送 って来 たみ じめな, しか し
純 愛 に貫 か れ た生 活 を嬉 々Hor a ceに物 語 るわ け だ が, そ うす る の は逆 に Hor a ce
を信頼 す るか らこそで あ ろ う し, そ うな叫 ゴ不信感 をあ らわ にす る こ の箇所 の記述 は, それ だけが油 の ように浮 き上 る奇妙 な もの になって しま う。その こと も当然 ,削除 の大 きな理 由になったろうと考 え られ るので ある。
なお,上記 文 中 に出 て来 る
"qui xot i c"
とい う ことばに注意 した い。 これ は削 られ て消 えて は しまった ものの,Fa ul kner
がHor aceとい う人物 に与 え
ようと してい た性格 , ひいて はオ リジナ ル版Sanc t uar yとい う作 品 が世 に訴 え
ようと した もの‑ 不正 に断乎立 ち向 う魂 の美 しさを, ひと ことに要約 して示した もの といえ るように思 う。(6)
と ころで,理想 的 な愛 の姿 を追 い求 め,
Rubyとい う女 の中 にそれ を見 出 し
( 6) 1976
年8 月 30
日,私はYa l e
大学においてCl e a nt hBr ooks
と対談する機会 を持っ たが,その折Br oo ks
はHor a c e
を評 して,「彼は結局Do nQui xot e
であったのだ」と語ったことが記憶に残っている。
て全身的 に感動す る
Hor ac e
の純粋 さ,それはまた純粋 なだけにいつ倒 れても おか しくない もろさ,危 なっか しさを内部 にはらんでいるもので もあるが, こ の混濁 の世 には稀有 のそう したHor a ce
の心根 は,以下 に述べる考察 によっても同 じように して知 られるであろう。
上記の通 り
Ruby
が 自分 の過去 について物語 り,その長 い身の上話が終 わっ てHor a ce
が二 回 目の裁判 に出席す るためにRuby
と一緒 に刑務所 か ら朝 の光 の中へ出て行 く場面のR
.での描写,The ywa l kedoni nt hef r es hs unl i ght ,be nea t ht hehi gh,s of t s ky. I I i g h a ga i ns tt hebl ue,f a tl i t t l ec l oudsbl e w upf r om t he s out h‑ wes t ,a ndt hecools t ea dybr e e z es hi ve r eda ndt wi nkl e di n t hel oc us t swhe r et hebl oomsha dl ongs i nc ef a l l en.
( R.272)
は
MS. 1 2 6
にはな くて,TS. 3 3 4
で追加 され たものなのだが, しか しそのTS.
にお ける最初 のセ ンテ ンス
"The ywa l ked…s ky.
''の あとに付 け られて いた 次の文がR
.ではな くなっている。Tot hem bot hi ts e eme dnow t ha tl a s tni ghthadbe e nt i l eCr ux , t hecr i s i s;( hi gha ga i ns tt hebl ue,f a tl i t t l ecl ouds …)
( TS. 334)
なぜ この箇所が削 られたのだろうか。 これを考 えることは,
Ruby
に対するHor a c e
の気持 を‑ む しろHor a ce
とい う人物 の心 の有 り様 それ 自体 を一層 明 らかにするものだと思 う。二人 にとって昨夜 が試練,危機 だったというの は, も し
Hor a ce
がRuby
の 申 し出 に応 じて彼女 と肉体 関係 を結 んでいた ら,Ruby
にとってHor ac e
は間 違 いな く親切 ごか しに女のか らだを狙 うただの男 になって しまったろう し,‑手稿本 によるオ リジナル版Sanc
t uar y
の研究 (Ⅸ)9 1
方Hor a ce
は,仮 に彼 の中 にRuby
に対 す る愛 が あってその愛 にせ か されてRuby
の肉体 を求めたと して も,それが彼女 に与 えた援助の代償 と して提供 さ れたものである以上,結果的 にはRuby
のか らだをカネで買 って肉欲 を満 た し たに等 しく,それは四十三年間真の愛だけを求めて来 た彼 自身 を自らの手 で抹 殺 して しまうことであったということであろう。へたをするとⅡor a c e
自身が 泥 の ような存在 にな りかねなか った昨夜, ということを強調 しようと して,Fa ul kne r
はTS.
で これを追記 したのだと思 う。だが,
"c r ux
" と言 い"c r i s i s
" という以上, これ らの ことばにはもっと深 い意味が こもって しまう。つ ま り,Ruby
の肉体 に対す る欲望がHor a ce
に全 くなか ったのな らば,昨夜 の ような状況 も少 な くとも彼 にとっては何の試練 に も危機 にもな らなか ったはずである。"c r ux
","c r i s i s"
という二つの ことば は,Ⅱor a c e
が.自分 の欲望 を必死 に抑 えて, ようや くの思 いで一夜 を無事 に切り抜 けたということを暗示 しているとみて も不 自然ではな
い
O揮身の力をこめ て社会悪 と闘 う以外の何 ものも頭 にないEor a c e
という男の持つ, いわばすが すが しさを強調 しようと してTS.
に追記 した ものだが, しか し実 はそれ は,Ⅱor a c e
をとんで もない情欲の人 に して しまう逆効果 を内包 するということに 気づ いて,Fa ul kne r
はR.
で これ を削 って しまった‑ そ うい うことで あると思 う。
そ して,も しそうであるとすれば,この箇所の削除 は
Hor a c e
とRuby
の (肉 欲か ら開放 された)関係 を,別方向か ら明 らかにす るもののはずである。二 回 目の裁判が始 まる前,
Hor a ce
が法廷 に入 ってか らユ ダヤ人弁護士 の姿 を見 か ける所 までの法廷 内部 の描写 (R .2 7 3‑7 4)
は,TS.
での"he
''を"Hor a c e"
に変 え た こと,TS.
にあった句点一つ を削 った こと以外,TS.
と
R.
の間 に違 いはない。しか し,この箇所 を過 ぎてこの章の末尾 に至 るまでの部分 を仔細 に眺 めると,
TS.
とR
.の間 はい うまで もな く,TS.
とMS.
の間 にす ら,描写 す る対象 は 三者 もちろん同一であるもののそれを描写す る仕方‑ つ ま り,文章 にはかなりの変化 がみ られ る ようにな る。
そ うい う叙 述 変化 の一例 と して,次 の よ うな もの をあげる ことが で き よう。
MS.1 27:
Att heot here ndoft het a bl es atama npi c ki nghi st eet h;be‑
hi ndhi m,he rmot i onl e s sba c kt ot her oom,agi r l .
…
A j e w,Hor a c es a i d;aJ e w l a wye r ,gl a nc l ngS Wi f t l yf r om t hema nt ot hegi r l . Shes a tmot i onl e s s;ac l os ebl a c khat f r om beneat hwl l i c hr edha i rcur l e di nl i ghtcl ot sl i ker i c h c l ot sofr e s i n;t hegl i t t e rofar hi ne s t oneor na me nt ,apur pl e s houl der ‑ knotbe nea t ht hes of tc ur veofac hee konwhi c ha r ounds potofr ougel a yl i keapa s t e ddi s cofpur pl epa pe r . I twa sTempl e.
TS. 336:
Att heot herendoft het a bl es a tama n pi c ki ng hi st e et h.
. . . A j e w,he[ Hor a c e]s a i d. A j e w l a wye r ,hi sgl a ncef l i c ki ng a wa y,da r t i ng t hi swa y a nd t ha ta boutt hea dj ac e nthea ds . Fors econdsbe f or ehes a w Te mpl ehekne w whathewas gol ngt Of i nd.
R . 274:
Att i l eOt he re ndoft het a bl es a tama npi c ki ng hi st e et h.
"
. " I t ' s a l a wye r , " he l Hor ac e ]s a i d. " A Je w l a wye rf r om
Memphi s . " Thenhewa sl ooki ngatt heba c ksoft hehe a ds
a boutt het a bl e,whe r et hewi t ne s s e sa nds uc hwoul dbe. " I
know wha tI ' l lf i ndbef or eIf i ndi t , " hes a i d. " Shewi l lha ve
onabl a c kl l a t . "
手稿本 に よるオ リジナル版Sanc
t uar y
の研究(Ⅸ ) 9 3 MS.
か らTS.
, R.と進 む につれ描写が よくなったとは必 ず しも思 えない。た しか に
MS.
で はTe mpl e
の外 観 が 詳 し く述 べ られ て い るが, これ とてHor a c e
がTe mpl e
をまだ見 た ことが ないとい うことを考 えれば,月 分 の前 の 席 に背 中 を見 せて坐 っている娘 をと くと眺めた上 でTe mpl e
だと察 しをつ ける とい うことだろ うか ら, これだけであれ ば,MS.
の記述 が特 にど うとい う土 とはないのだが, しか しFa ul kne r
はTe mpl e
の提示 の仕方 にもう少 し工夫 を こらした方が いいと考 えたようである。̲その ために,法廷 内でのTe mpl e
の具 体的な描写 はここか らはず され,あとで詳述 するように第ⅩⅩ
Ⅳ章 に移 され る ことになったのだが,上記 の三つの文 を比較 す るとこの時Faul kner
の頭 に浮 かんだTe mpl e
提示 についての新 しい工夫がかな り明瞭 に推測 できる。す なわ ち,
MS.
か らTS.
, R.と進 む につ れ,Templ e
の あ らわ し方 が次 第 に暗示的 にな り,謎 めいた書 き方 を して読者の中 にまず期待感 の ような もの をかき立 てておいてか ら何気 ないふ うに答 を出 してみせ るという, いわば ミス テ リー仕立て にす るという計算 がそ こに働 いたことはた しかだと思 う0そ うい う計算 の結果 と しての
R
.の文章 が成功 であったか どうか はまた別 の 問題 で あるが, しか しよかれ悪 しかれ, この文章 はFa ul kner
特有 の調子 の或 るもの を示 しているであろう。さて,
MS,1 2 7‑28
,TS.33 6
には,上記部分 に続 いて,Hor a ce
の少年 時 代 のある残酷 な思 い出‑ 彼 が一人の黒人 に唆か されて二匹の袋嵐 が入 ってい る樽 の中へ一匹の猫 を入れ, その猫 が腹 わたを出 して死 んで しまうの を見 て, 堰吐 しつつ泣 きなが ら母親 の所 へ走 り戻 った こと, そ してまたその夜氷嚢 をあ てがわれて寝 なが ら,激 しくうな されては傍 の母親 にすが りつ いたとい うこと, そ うい う思 い出が述べ られている。これ は も ち ろ ん,
Te mpl e
が ユ ダヤ 人 弁 護 士 と一 緒 に い る の を見 て,Hor a ce
が 自分 の敗北 を予感 した とい うことを暗示 す るもので はあ る。 だが, この思 い出の中の 「母親 の所 へ逃 げ帰 るHor a ce 」
に注 目す るか 「惨 殺 され る 猫」 に注意 を向 けるか で,Hor a c e
に対 する理解 は全 く異 な ったものにな ってしまう。
た しか に
,Hor a c e
の敗北 はもう疑 いようもない。それな らばHor a c e
はいま, 少年 時代 の彼 がま さ しくそ う したよ うに身内の ところへ駆 け戻 り,身内の者 に すが りつ いて怯 えを忘 れたい と思 っているのであろ うか。そ うだ とすれ ば,や は り彼 は何歳 になろ うと母親 か らの乳離 れのできていな い,従 って窮地 に立つ とす ぐに肉身 の庇護 を求 める精神的 な幼児 にす ぎず, だ か らこそ妹 や娘 に
i nce s t uous
な感 情 な ど も持 つ ような ことにな るの だ, と解 釈 されて も致 し方 ない ことになる。しか し母親 と子供 に関す る記述 が出て来 ると,す ぐにそれ を,子供 の‑ エ デ ィプス的 と考 え るか前 エ デ ィプス的 とみ るか は関係 な く‑ 母親 へ の固着
̀ a t t a c hme n
t'と,Fr eud
的 に解釈 してみ るとい うの はいかがな もので あろ うか。繰 り返 せ ば, そ う した精神分析 な ど考援用 す ることな しに素 直に考 えめ ぐら した方 が, この文 章 を書 い た‑ とい う よ りも, この小 説 を書 い た当 時 の
Fa ul kne r
の こころを一番 誤 りな くつか め る と思 う。 そ うい う意 味 で, こ こは や は り 「殺 され る猫 の惨 め さ, む ごた らしさ」
が主 眼 であ るとみて,次の よう に解釈 したい。Hor a ce
は,樽 の中 で袋 嵐 に喰 い殺 され た猫 に,八 方 ふ さが りの袋小路 に追 いつ め られ,脚腰立 たぬほどに打 ちのめ され る自分 を重 ね合 わせて いるので あ る。彼 の 目に見 えて いるおのが敗北 とはそ ういう徹底的 に無残 な ものであ り, 母親 な り何 な り身 内 に甘 えかか れ ばそれで済 む とい うよ うな もの で はなか っ た。す なわ ち,Fa ul kner
の 目に うつ る この世 の邪悪 とは, その よ うな書 き方 をせず にはい られないほど強大 で,根 の深 い もの だったということであろ う。と もあれ上 記 の一 節 は,
Te mpl e
の存在 が"abl a c kha t"
の語 で ほの めか され るだ けになった R.で は当然 削 られ ることになる。さて この あ と,
MS.
,TS.
は R.第27
章 と同様 ,執行吏 の開廷宣言 とTem‑
pl e
を証 人 とす る ことにつ いての裁 判長 とHor ac e
の や りと りで,第ⅩⅩ
Ⅲ章を終 わ る ことにな る。 だが,
R.
家MS.
,TS.
と比 べ ると,新 しい叙 述 が追 加 されているとい うだけで はな く,一 つの重大 な変更 がな されてい ることに気手稿本 によるオ リジナル版
Sanc t ua r y
の研究 (Ⅸ)MS.1 28:
" MrBenbow
,"t heCour twa ss a yl ng. " Thi si syourwi ト ne s s? "
" I ti s ,YourHono
r.""
Doyouwi s hhers wor n? "
" Ye s ,YourHonor , " hehea r dhi ms el fs a yl ng,Whi l ea l lt he t i mei ts ee me dt ohi m t ha thehe ar dt heba i l i f f ' svoi ceont he ba l conybe nea t ht heea ves:
" Thehonor a bl eCi r cui tCour tofYokna pa t a wphaCount yi s nowopena c cor di ngt ol a w‥‥‥. …‥"
TS. 336‑ 37:
" MrBe nbow, " t heCour twa ss a yl ng," t hi si syourwi t ne s s ? "
"
Iti s ,yourHono
r.""
Youwi s hhe rs wor n? "
" Ye s ,yoprHonor , " hehea r dhi ms e l fs a yl ng,Whi l ea l lt he t i mei ts ee medt ohi m t ha thes t i l lhea r dt hebe l lr i ngl ngand t heba i l
if f ' Svoi c eont heba l c onybenea t ht heea veswhe r e t hepi geonspr eene da ndc r oone d:
" Thehonor a bl eCi r c ui tCour tofYokna pa t a wphaCount yi s now openac cor di ngt ol a w‥
…‥‥…"
R.274‑ 75:
" Thehonor a bl eCi r cui tCour tofYokna pa t a wphac ount yl S nowopena c cor di ngt ol a w‥. . ‥ "
Te mpl eha donal bl a c k ha t . Thecl e r kca l l e dherna me づ く。
95
t wi c ebef or es hemove da ndt ookt hes t a nd. Af t erawhi l e Hor a c er e a l i s edt hathewa sbei ngs pokent o,al i t t l et es t i l y
,byt heCour t .
" I st hi syourwi t nes s ,MrBe nbow? "
" I ti s ,yourHono r . "
" YouWi s hhe rs wor na ndr ecor ded? "
" Ido,yourHono r . "
Be yond t hewi ndow,be nea t h t he unhur r i ed pi geons ,t he ba i l i f f ' svoi ce s t i l ldr oned,r ei t e r a nt ,i mpor t una t e,a nd de‑
t a che d,t hought hes oundoft hebel lha dcea s e d.
まず,法廷 の窓 の外 の様子‑ 外界描写 の ことをいえば, それ は
MS.
か らTS.
, そ してR.
へ と進 むにつれ て肌 目の こまかい もの にな り,良.
ではつ いに すべ ての手 だてを失 ったf f or a ce
の落 ち込 む ような敗北感 を象徴 的 に示 す もの にまで高 め られ る。R
.の方 で こう した外界描写 になった理 由 はあとで もう一度考 え る ことに し て, このR.
とオ リジナル版 との間 にみ られ るもう一つ の重 大 な違 いに注 目 し てみたい。読 んです ぐわか るように,執行吏 の開廷宣言 と裁判長 の発言の順序 が 両 者 入 れ 替 っ て い る。 つ ま り オ リ ジ ナ ル 版 で は, 執 行 吏 の 発 す る"Yokna pa t a wphaCount y"
とい うことばで この章 が終 わっている ことに注 意 したい。 この ことば‑ Fa ul kne r
の文学世界全体 を包含 す ると言 って よい この名称 は,私 の調査 した限 りで はFa ul kner
の未刊 の中短篇 も含 め,少 な く とも彼 の文学作 品 においては この時初 めて現 われる ものである。"Je f f e r s on"
の名 につ い て はMe r i wet he r
が す で に指 摘 して い る通 り,( 7)
"El me r"
の草稿 中 に見 出 され るの だが,"El me r"
の憩 をえ た1925
年 頃 に 名前 だ けが浮 か び,その後 の作品 を通 してFa ul kner
の頭 の中で次第次第 に体( 7) J a me s B. Me r i we t h e r ,Th eLi t e r a r yCa r e e ro f Wi l l i a m Fa ul k n e r. ・A Bi b l i o gr a ph i c al
st u
dy( Col u mb i a , S. C. :Un i v e r s i t yo fSo u t hCa r ol i naPi e s s ,1 971 ) ,p. 1 3.
手稿本 に よるオ リジナル版
Sanc t ua r y
の研究 (Ⅸ )9 7
裁 を整 えて来 た
̀ ̀ Jef f e r s on"
は, そ こか ら更 に膨 れ上 り,郊外 にまで拡 が っ て行 って様 々な人物 た ちを生 き死 に させ,様 々な人間劇 を繰 り拡 げる途方 もな く広大 な一つ の世界 に成長 して しまう。この世界 にか っき りと した輪郭 を与 え, 真 にFaul kner
の 国有財産 た ら しめ, その意 味 においてそ こに一層 多彩 な人 間 劇 が くり拡 げ られ ることを約束 す るような名の創造‑ 言 いかえれ ば, 「命名」とい う行 為 を通 して実 現 す る, 自己 の世 界 の真 の確立 が, オ リジナ ル
Sanc t u‑
ar y
のま さに この箇所 においてな されたと考 えていいので はなか ろ うか.Fa ul kner
が"Yokna pa t a wphaCount y"
とい う執行 吏 の声 で この章 を締 め くくろ うと考 えた時,彼 の中 に は,探 し求 めて いた色 をつ いにわが もの と した 陶工柿右衛 門の ような よろ こび と, この ことばの余韻 を響 かせ なが ら章 を結 ぶ ことの効果 に対 す る一種 の気負 いが あ ったに違 いない こと さえ,想像 され るの である。と ころが, この
"Yoknapat a wphaCount y"
は, オ リジナ ル版 が書 き直 さ れ た時,R.
第17
章(p.1 23)
に新設 した,Mi s sJennyに向い Goodwi n 夫婦
の ことを説 明す るHor ace
の ことば中 に, さほ ど注意 す るに足 る ことばで もな いと言 ったふ うに して,早 々 と使 われ る ことになるの である。 ("Count y"
の 字 はR
.で"count y
" と小文字 に され る。)Thi smor nl ng t heBa pt i s tmi ni s t ert ook hi m f orat ex t . Not onl yasamur der e r ,butasa na dul t er er;apol l ut eroft hef r ee I ) emocr at i co‑ Pr ot es t antat mos pher eofYoknapat a wphacount y.
この改 訂 時 の