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業態開発におけるイノベーションと競争 - ビブレのケース- ※

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(1)

業態開発におけるイノベーションと競争

‑ ビブレのケース‑ ※

近 藤 公 彦

( 小樽商科大学)

要約 ( アブス トラク ト)

この論文の目的は、ニチイ ( 現マイカル)によるビブレの業態開発プロセスをケース ・スタディの対象 とし ながら、イノベーションと競争の視点から業態開発における研究モデルを探ることにある。このケース ・スタ ディを通 じて発見された事実は、次の 2 点である。第 1 に、新業態の開発は既存業態との異業態性を克服する なかで行われるものであり、そのプロセスにおいて商品調達、商品政策、および販売方法の 3 つの側面でイノ ベーションが引き起こされたこと、第 2 に、開発された新業態の競争優位は地域的可変性 と時間的可変性から 構成される業態可変性を基礎 としていること、である。

キーワー ド

業態開発、イノベーション、競争、業態可変性、地域的可変性、時間的可変性

Ⅰ はじめに

バ ブル経済の崩壊 には じまる近年の長期的 な景気低迷 は、 消費市場 を急速 に冷 え込 ませ、

日本の大規模小売企業の多 くが依 って立 って きた 「 総合スーパー」 とい う業態の競争優位 を揺 るがす までになっている。 こうした状況 にあって、総合スーパー を中心 とす る大規模 小売企業が積極 的に取 り組 んでいるのが業態 開発である。大規模小売企業 による業態開発 は、不 断に変化す る市場環境 によ り適合的な 新業態 を創造す ることによって、新 たな成長 機会 を兄 いだそ うとす る行動 と捉 えることが で きるだろう ( 近藤 ,1 995) 。

しか し、新業態が どの ようなプロセスで開 発 されるのか とい う問題 は、 これ までほ とん ど理論的な焦点が当て られることはなかった。

マ クロの視点か ら業態変動のメカニズムを明 らか に しようとして きた小売商業形態論 は、

業態のイノベー シ ョンと競争 を抽象度の高い 枠組みで理解 しようとす るあ ま り、業態創造 の主体 である小売企業 の ミクロ行動 を捨象 し て きた し ( 近藤 ,1 998)

1

、一万で、小売競争 論 は店舗 レベルの価格 ・サー ビス競争 に注 目 す るが、業態の変容 とい うよ りドラステ ィッ

クな問題 については考慮 して こなかった。

この論文の 目的は、特定企業の業態 開発 プ

ロセス を跡づ けることによって、業態 開発 に

かかわるイノベー シ ョンと競争の問題 に接近

し、業態開発 プロセスの研 究 を進めてい く上

で手がか りとなる 「ひな型」 を探 ることであ

2

。ここでケース ・ス タデ ィの対象 とす るの

は、ニチイ ( 現マ イカル) によるビブ レの業

態 開発である

3

。ビブ レの業態 開発 をケース ・

(2)

ス タディの対象 として取 り上げるのは、ビブ レの開発 に着手 されてか ら 20 年近 くが経過 し、マイカルにおいて業態 として 1 つの完成 型 をなしていること、比較的多 くの資料が存 在 し、その業態開発プロセスに接近 しやすい

こと、の 2 つの理由である。

本稿では、 ビブレの業態開発が着手 され、

それが一応の完成 をみた 1 9 82 年か ら 1 9 84 年 にわ た る期 間 を分析 対 象 と し、総合 ス ー パ一 ・ニチイが専門百貨店 ビブレをどのよう なプロセスで開発 していったのかを検討する ことを通 じて、業態 開発 におけるイノベー ションと競争にかかわる研究モデルを探 る。

Ⅱ 分析視角と問題の整理

ビブレの業態開発プロセスを跡づける前に、

本稿 における分析視角 とそれにかかわる問題 を整理 しておこう

まず、ここで議論 しようとする業態概念に 関する問題である。一般に業態 という用語で もって理解 されるのは、百貨店、スーパー、専 門店、コンビニエ ンス ・ス トア、あるいはディ スカウン ト・ス トアといった業態であろう。

こうした業態が比較的容易に識別できるのは、

それ ら業態間でかな りの程度の差異が見 られ るか らである。すなわち、業態 を識別する基 準は業態間にどの程度の差異があるか という 点にある。この業態間差異は業態 フォーマ ッ トの違いか ら生 じる。 業態 フォーマ ッ トとは、

小売 ミックス次元 と小売技術 ・管理次元の 2 つの次元か らなる業態の様式である ( 近藤 , 1 9 9 8)4 。小売 ミックス次元は、店舗の立地、規 模、品揃え、価格、サービスなどか ら構成 さ れ、 また小売技術 ・管理次元は小売活動にか かわる技術や管理の要素 を指 し、百貨店の部 門別管理、総合スーパーの仕入れ局面の本部 集中管理 と販売局面の分権管理、多店舗展開

と店舗運営の標準化などがその例である。新 業態の創出あるいは業態開発 とは、これ らの 次元における新たな業態フォーマ ッ トの構築 にはかならない。

これに関 して指摘 しておかなければならな いのは、新業態 とイノベーションとの関連で ある

5

。小売商業形態論が業態変動のメカニズ ムを説明する際にカギ概念 としてきた 1 つは、

イノベーションであった ( 近藤 ,1 9 9 8) 。すな わち、新業態は環境変化 に適合 した革新的な 経営手法を採用する革新的小売企業によって 創造 されると理解 されて きた。そこで想定 さ れるイノベーションは、既存の小売商業には 存在 しないまった く新 しい小売技術である。

しか し、本稿で議論するイノベーションは当 該企業にとって新規であるものを指 し ( 01 s o n e ta 1 . ,1 9 9 5) 、小売商業形態論が上記のように 理解 してきた社会的新規性 という意味では用 いない。それゆえ、小売企業による新たな業 態 フォーマ ッ ト創造 を分析する際の視点は、

当該企業にとってそれが新規であるか どうか であ り、 またどのようなイノベーション ・プ ロセスでそれが生み出されるかであって、そ の結果 として創造 された新業態が社会的に新 規であるか どうかはここでは問わない。この ような捉 え方をするのは、個別小売企業を業 態創造の行為主体 として位置づけ、その行為 主体が生み出すイノベーションに焦点を当て るためである

業態開発はまず もってその行為主体である

個別小売企業 レベルの問題であ り、この間題

に取 り組むことな くマクロ ・レベルの業態変

動 メ カニ ズ ム を説 明す る こ とはで きない

( Sa vi t t ,1 9 8 4; Ho l l a nde r ,1 9 8 6 ;近藤 ,1 9 9 8) 。

もちろん、このことはマクロ ・レベルの業態

変動メカニズムの解明が不必要であることを

意味するものではない。 ここでの視角は、そ

うしたマクロ ・レベルの業態変動メカニズム

(3)

の説明が ミクロ ・レベルの小売企業による業 態創造プロセスの説明により基礎づけ られな ければならないという点にある。

以上の若干の整理を踏まえて、次にニチイ によるビブレ業態の開発 を対象に、そのプロ セスを跡づけてい くことにしよう。

Ⅲ ビブレの業態開発プロセス

流 行 に敏 感 なヤ ング とヤ ング ミセ ス の

「ちょっとリッチな暮 らし 」 「自分 らしいこだ わ り」を大切 にする 『 専門百貨店』、それがサ ティとともにマイカルの小売事業の中核 をな す ビブレである。 ビブレはフランス語で 「 生 きる 」 「暮 らす 」 「生活 す る」 を意 味す る

「 ⅤⅠ VRE 」にちなんで命名 され、その店舗であ るビブレ 21 の 「 21 」は 21 世紀を目指す ととも に、全国で 21 店舗は展開 したいという願いが 込め られている

6。

ここでは 、1 9 8 2 年か ら 1 9 8 4 年 までの 3 年間 における天神 ビブレ 21 、河原町ビブレ 21 、原 宿 ビブレ 21 の 3 店舗 を取 り上げ、業態開発 プ

ロセスの詳細 を見てい くことにしよう。

1.天神 ビブレ 21

ビブレの歴史は 、1 9 8 2 年 3 月、福 岡市のニ チイ天神店を業態転換 し、天神 ビブレ 21 とし て再出発 させたことにはじまる

天神 ビブレ 21 の前身となるニチイ天神店は 76 年 1 1月、福岡最大の繁華街天神の中心部に 位置する典型的な都心型店舗 として出店され た。売場面積は 9 , 51 0 m

2

で、ニューファミリー 層 とよばれる 3 0‑ 40 代 をターゲ ッ トとして いたが、同店は出店以来、単年度黒字を一度 も計上することがで きず、赤字を出しつづけ ていた。数回にわたって店舗政策の見直 しが はか られたが、業績の向上 には結びつかず、

81 年度の売上高は 4 3 億 5 , 7 0 0 万円と初年度 目 標の 5 0 億円す ら達成で きない状況であった。

業績不振の最大の理由は、同地区が岩田屋、

博多大丸、ダイエー福岡ショッパーズプラザ の各店が激 しい競争を繰 り広げる全国で も有 数の商業激戦地であったことによる。大型店 同士の店舗間競争に埋没 し、有効 な店舗政策 を打ち出せなかったのである

当時、同店 とともに岡山、河原町、三宮、横 浜の 5 店舗 を統括 していたのは第五事業部で あった。第五事業部は後のビブレ事業部の前 身となる組織であったが、地域的にまった く 異 なる店舗 を 1 つの事業部が管轄 したのは、

これ らの店舗がいずれ も赤字かまたはそれに 近い不振店であることによる。つ まり、第五 事業部はそ うした不振店を各地域事業本部か ら分離 し、都心型店舗の新 しい方向を探 るこ とを目的に設け られたものであった。第五事 業部の発案者であ り、みずか らその事業部長 を担当することになった小林義昌氏は、「 少々 のテコ入れ程度では どうに もな りそ うにな かった。まさに生 きるか死ぬか。いっそやめ て しまうか。つづけるにはどうすればいいの か7 」と苦 しんだという。この第五事業部が最 初に取 り組んだ店舗が 5 店舗のなかで最 も業 績の悪いニチイ天神店であった。

恒常的な同店の販売不振 を解消 し、業績 を 上向かせるにはどのような対策を採ればよい のか。明 らかなのは 「 少々のテコ入れ程度で はどうにもな りそうにない」 ということだけ である。店舗運営部に籍 をおいていた西棟 昭氏が都心店舗活性化 プロジェク トの リー ダーとな り、店舗政策の抜本的な見直 しがは じまった。

天神地区の客層は 7 割がヤ ングで占め られ る。これに対 してニチイ天神店のターゲ ット である 3 0‑4 0 代は 3 割にす ぎない。「この 2 0

‑3 0% のお客をターゲ ッ トにいままで と同 じ

(4)

商売 をしていた ら、売上げ も利益 も上がるは ずがない。お客 に合わせ満足 して もらえる店 に変 えねばならない 8 」と小林敏峯副社長はこ の ように述べ、それに向けて 1 年あま りにわ たる模索がつづけ られた。その結果導 き出さ れた結論 は、 これ までの総合 スーパ ー とは まった くコンセプ トの異 なる新業態店 として 天神店 を生 まれ変わ らせ るとい う方向であっ た。ノ J 、 林義昌氏 は次のように懐述する

9。

それまでは肌着や日用品をセルフでできるだ け省力化 して売るという考え方だった。それ を全面的に否定して、専門知識をもった販売 員がよりグレー ドの高い、流行の先端をいく 商品を扱う店に変えたわけです。ターゲット もマーケットにあわせてヤングに絞 り込ん だ。とはいってもニチイの看板のままでは、

スーパーのイメージが強すぎる。そこで名前 をビブレに変えて、ゼロからスター トするこ とにしたわけです。

ターゲ ッ トをこの 7 割 を占めるヤ ングに転 換 し、専 門知識 をもった販売員がグレー ドの 高い トレン ド商品を対面で販売するとい う政 策が採 られることになった。品揃 えは衣料品、

服飾、住 関連 の一部 とし、百貨店 の扱 うナ ショナル ・ブラン ドの うちヤ ング向けのブラ ン ドを中心 に 1 5 7 のインイ ンシ ョップが導入 された。 またアパ レル ・メーカーを回 り、商 品を仕入れ、編集 して売場 をつ くった。

各階の構成は次のようなものであった 。 2 階が レデ ィス ・ファッシ ョンのフロア 、 3 階 が ジーニ ング、 シューズ とメ ンズ ・フ ァッ ションのフロア 、 4 ・5 階が本格派のアウ ト スポーツと トップスポーツ、都会派のニュー スポーツとチ ャンピオ ンスポーツか らなるス ポーツ ・プロショップのフロア 、 6 階が音 と 映像 のプロシ ョップの フロア 、 7 階が家電、

照明、イ ンテ リアなどクリエイティブライフ のフロア、そ して 8 階が レス トラン街 と催事 のフロアである。

この商品構成は次の 2 点で特徴的であった。

第 1 に、衣料品が中心であった旧天神店 とは 大 きく異 な り、衣料品部門を 3 分の 1に縮小 したことである。 これは衣料品スーパー とし て創業 し、 またそれを強み として きたニチイ にとって‑大転換であった。衣料品部門を抑 えたのは、各階のフロアで隣接す る専 門店 ビ ルのコアと差別化 をはかると同時に、コアと の相乗効果 をね らうためであった。 コアはヤ ング向けのメンズ、 レデ ィス衣料が 8 割 を占 める専 門店であ り、それに対 して ビブ レはヤ ング向けの住生活部門を中心 とした品揃 えを 行ったのである。第 2 に、その際の売場 区分 としてインショップが重要な役割 を果た した ことである。天神 ビブ レ 21 では 1 57 のイ ン シ ョップが一気 に導入 されたが、 これは 「イ ンシ ョップ 1 000 日作戦」の名の もとで 1 980 年 よ り継続 されて きたインシ ョップへの取 り組 みがあっては じめて実現す ることがで きた も のである。

ニチイが 恒常的不振店 を活性化するための 起死回生策 として打 ち出 した新業態店、天神 ビブ レ 21 はこうして新 しいス ター トを切 っ た。初年度売上げ 目標 は旧ニチイ天神店の前 年度売上高 を大幅に上回る48億 円 とされた。

しか し、 この業態転換 は大 きく期待 を裏切 る 結果 となる。ターゲ ッ トと目論んでいた 2 0‑

2 3 歳のヤ ング、大学生、OL 層の支持が まった く得 られず、購買力のないジュニアが来店客 の中心 を占めたか らである。プロジェク ト ・

リーダーか らその まま同店店長に着任 した西

棟 昭氏 は、「 開 店 1 週間 くらいで失敗 に気づ

いた。来る客 はジュニアばか り。それ とい う

の も店内の壁の色 をピンクにした りして、わ

れわれの感覚が間違 っていた 1 0 」 と述べてい

(5)

る。新百合 ケ丘 ビブ レ店長神沢昭彦氏 は、次 の ように懐述す る

11。

1 年 日をオープンして、これが非常に厳 し かったんですね。やっぱり、核になるものが ない。要は、個々の売場ではやってるんです が、その部分はこれまでのニチイの商品のな かから、ただ商品が若 くなっただけで、やっ ぱり、商品としてお客さんに打ち出せるもの がなかった。

ターゲ ッ トであるヤ ング層の支持 を集める ことがで きなかったのは、福 岡を地盤 とし、

伝統 と規模 を誇る百貨店岩田屋の存在 にあっ た。岩田屋 はその暖簾性 ゆえに取引先‑の発 言力が強 く、売れ筋ブラン ドを取 り揃 えてい た。これに対 して天神 ビブ レ 21 は業態転換 に あたって百貨店、専門店の取 り扱 うブラン ド を収集 したはずであったが、同 じブラン ドで も売れ筋 の商品はなかなか回 して もらえず、

実際に店頭 に並んだ商品は売れ筋 とはほど遠 い死 に筋商 品であ った。 また顧客 の店舗 イ メージが切 り替わるのに も時間がかかった。

「た しかにスーパ一 ・ニチイは消 え、ビブ レと して再 出発 したのですが、お客 さまの方で、

この店で買い物 していいか どうか といった心 配があったようです

12

」 と小林義昌氏 は述べ てい る。 さ らに ビブ レへ の リニ ュー アル ・ オープ ンに引 きつづ き、岩田屋、博多大丸、紳 士服専 門店のフタタが相次いで店舗改装 に着 手 し、また同年 1 1月にはダイエー福 岡シ ョッ パーズプラザの改装が予定 されるなど、集客 力の向上 を目指 した店舗間競争が激 しさを増

して きた。

こうしたターゲ ッ トの読み誤 り、競合店に 対す る暖簾性 と品揃 え面での競争劣位 によ り 天神 ビブレ 21 は出鼻 を くじかれ、現状の まま では当初の売上げ 目標48億 円を達成すること

は困難であることが確実祝 されるようになっ た。再ス ター トを切 った天神 ビブ レ 21 ははや くも店舗 ・商品政策の見直 しを余儀 な くされ る

西棟店長 をは じめ とす る同店幹部 らは百貨 店、専門店 を再度研究 しなお し、競合店 との 差別化 をはか り、集客力 を高めるためにはど の ような施策が必要であるかを改めて探 って いった。綿密 な調査 と議論の末に新 しく浮か び上がって きた方向は、 ターゲ ッ トを感度の 高いファッション ・ヤ ングに絞 り込み、当時 彼 らの間で注 目されつつあった DCブラン ド

( デザイナーズ&キャラクター ・ブラン ド)を 大量 に導入することであった。DC ブラン ド・

メーカーは独 自の感性 ・感覚の商品群 を売 り 出 していたが、 まだヤ ングの トレン ド ・リー ダーが着 目す る段 階で は百貨店 は本格 的 に 扱 ってお らず、 またブラン ド・シ ョップも九 州ではあま りなかった。天神 ビブレ 21 はその DCブラン ドを集積 した大型専 門店 ビル とし て リニューアルすることに活路 を兄いだそ う

としたのである

小林義昌第五事業部長 と西催 昭店長の 2

人は、さっそ く DC ブラン ド・メーカー との交

渉に乗 り出す。しか し当時、 DC ブラン ド・メー

カーがニチイのような総合スーパーに商品を

供給す ることはほとん どなかった。「 安売 りの

スーパ ー」 に商品 を供給す るこ とで ブ ラ ン

ド・イメージが崩れることを極端 に恐れたか

らである

13

。小林事業部長 と西棟店長 も DC ブ

ラン ド・メーカー とこれ まで接触 したことも

な く、 また彼 ら自身 もDCブラン ドに関す る

知識は きわめて乏 しかった。ニチイの肩書 き

で取引契約 を申 し込んで も、DCブラン ド ・

メーカーの対応 は冷たかった。ここにおいて

ニチイは、DC ブラン ド・メーカー との取引関

係の構築 という大 きな困難に直面す るのであ

る。専門事業本部の浅井貞雄氏 は、次の よう

(6)

に述べ てい る

14。

ある DC ブランドのメーカーさんに取引をお 願い Lに行ったところ、社長さんがいうわけ です。ニチイさんが扱ってお られるような商 品は石 ころだ。私 どものブランドは磨いた玉 だ。そういうものを一緒に店内において販売 するような店は、私は玉石混交型のマーチャ

ンダイジングと呼びますわ、と。まあ、そう いってプレッシャーをかけて くるわけです な。私 どもとしてはとても呑めないような条 件つ きで、取引を願った記憶があ ります。

先述 の神 沢店長 もまた、 同様 の こ とを指摘 してい る

15。

ニチイという看板では、デザイナーズ ・ブラ ン ド、キャラクターズ ・ブラン ドは入 らな かったわけです。それが一番大 きな部分で す。そこか ら新 しい業態を作ってい くという のなかで、今 までは鳩のマークでお客 さんか ら信頼 を得てましたけれ ども、今度はメー カーさんの方か らは、鳩のマークでは入 らな かった。そういうなかで、ビブレという名前 で業態変更するということで、今 までのスー パーのや り方 とは全 く違います、ということ を外に出しなが ら、そういうブランドとの交 渉に入っていった。

取 りつ く島 もない状 況 の なかで交 渉の糸 口 が 開 け た の は、小 林 氏 が 著 名 な フ ァ ッシ ョ

ン ・デザ イナー 山本耀 司氏 と話 し合 ってい る ときに、 アス クプ ラ ンニ ング とい う名が 出た こ とであ った。 アス クプ ラ ンニ ングは フ ァッ シ ョン ・ビル な どを企 画す る会社 で、その こ とか ら DC ブ ラ ン ド ・メー カー に も強 い影響 力 を もって い た。 アス クの仲 介 が あ るな ら、

その DC ブ ラ ン ド ・メー カー もビブ レへ の 出

店 を考 えて もよい とい うこ とであ った。 とこ ろが まった くの偶然 に も、小林義 昌氏 とアス クの唐崎利 洋社 長 は知 己の 間柄 であ った。 そ れだ けで な く、 アス クプ ラ ンニ ングの贋崎利 洋社 長 はニチ イの贋 崎 尚孝専務 の子息 であ っ た。 この ような思 い もか けない結 びつ きが 明 らか になる と、 アス クを仲介 に して次 々 と有 名 DC ブ ラ ン ドとの導 入 契 約 が ま と ま って い った

16。

こ う して業態転換 か らわずか 8 ケ月後 の 8 2

年 1 1月、さ らに業態 を見直 した天神 ビブ レ21 が リニ ュー アル ・オー プ ンした。 この ときに 集 め られ た DC ブ ラ ン ドは、 イ ッセ イ ・ミヤ ケ、 ケ ンゾー、 コムサ ・デ ・モー ド、 ス クー プ、 フラ ン ドル、 フロムニル、 ム ッシュ ・ニ コル、 ピ ンクハ ウス、 ヤマモ トカ ンサ イ、 ワ イズ、 マ ドモアゼ ル ・ノ ンノ、 ス タジオ Ⅴな ど29 ブ ラ ン ドで、20 の イ ンシ ョップが導入 さ れた。 この DC ブ ラ ン ドの大量 集積 に よ り天 神 ビブ レ21 の情 報発信 力 は飛躍 的 に高 ま り、

ターゲ ッ トで あ る フ ァッシ ョン ・ヤ ングを引 きつ ける こ とに成功 した。

表 1 天神 ビブレ 21 の業績推移

売上高 ( 百万円) 対前年伸び率 ( %) 82 年度 3, 630 83. 3 83 年度 5, 841 1 60. 9 84 年度 7, 552 1 29. 3 85 年度 8, 784 11 6. 3 86 年度 9, 780 111. 3

出所 :伊藤

( 1 9 9 6 )、1 1 0

ページ。

表 1は、天神 ビブ レ21 の業績 の推移 を示 し

た ものであ る。 旧ニチ イ天神 店 と しての最後

の売上 高 は 4 3 億 5 , 7 0 0 万 円であ るが、天神 ビ

ブ レ21 として初 の売上高 は 36 億 3 , 000 万 円 と

前年 を大 き く下 回 ってい る。 ビブ レに業態転

換 した店舗 の初年度 の売上 げ は旧店 の実績 を

下 回 るのが通例 であ る といわれ る。 これ は次

の 2 つ の要 因 に よる ものであ る。 第 1 に、総

合 スーパ ーのニチ イが専 門百貨店 ビブ レに転

(7)

換 されることによってターゲ ッ トと品揃 えが 大幅に変わ り、それまでの 3 0‑4 0 代の固定客 が失われるか らである。第 2に、天神 ビブ レ 21 国有の要因 として、当初の ターゲ ッ トの読 み誤 りによ り集客が販売 につなが らなかった ことがあげ られる。しか し 、 2 年 目となる 8 4 年 2 月期 には伸 び率61 %を達成 して売上高は 5 8 億 円を超 え 、3 年 Hの 85 年 2 月期では約 3 0

%増の 75 億 円に達 している。

ここにおいて天神 ビブ レ 21 は試行錯誤の 末、ニチイの専販店路線 1 7を具体化す る新業 態 として新 たなス ター トを切 った。ニチイは 天神 ビブ レ 21 を新業態のモデル と位置づけ、

第五事業部管轄下 にある各店を順次 ビブ レ業 態に転換 してい く

2. 河原町ビブレ 21

天神 ビブレ 21 についでビブレが出店 された のは翌 83 年 4 月、京都河原町にあるニチイ河 原町店の業態転換 によってであった。河原町 店は売場面積が 5 , 8 0 0 m 2 と狭 く、このため天神 ビブ レ 21 と同様の品揃 えを行 うことはで きな かった。 ビブ レ業態 に転換するとい う方向は 決 まっていたが、実際にどの ような売場 ・商 品構 成 とす るか は、綿密 なエ リア ・マーケ テ イングを実施するなかで少 しずつ練 りあげ

られていった。

京都の街の特性 は 「 千年の都」 としての歴 史 と伝統 とともに、多数 の大学が立地す る

「 学生の街」としての顔 をももちあわせている ことである。河原町ビブ レ 21 の ターゲ ッ トは この学 生 に しぼ られ る こ とに な っ た。 リ ニューアル ・オープンに先立つ 1 年前か ら東

年一店長、 同店 のセールス プロモー シ ョ ン ・マネジャー岡本博和氏 を中心 に学生モニ ターが組織 され、 フリー ・ディスカッション を通 じて彼 らのさまざまなニーズが探 られた。

そこか ら浮かび上がって きたニーズは、「 物販 には もう飽 きた。物販以外 のサー ビス機能、

それ も一流の ものを備 えてほ しい」 とい うも のであった。た とえば、「リスニ ング ・ルーム をつ くってメジャーな音楽 をそろえ、施設 も 一流で誰で も参加で きるように してほ しい」、

「 いまのニチイの店にはない喫茶店がほ しい」、

「 デー トがで きるパブリックなスペースを設け てほ しい」、「 人が集 まる明るい店に してほ し い」 な どであった。 こ うした学生 の多様 な ニーズに積極的に対応するため、河原町 ビブ レ 21 では衣料品を中心 としなが らも、若者受 けす る遊びのサー ビス機能 をもった店づ くり が 目指 された。一方、スポーツ用品、家電、家 具、イ ンテ リアといった商品群 は取扱品 目か

らはず される。

こうした 1 年 にお よぶ綿密 な調査 を経て、

天神 ビブ レ 21 の リニューアル ・オープ ンか ら 5 ケ月後の 1 9 8 3 年 4 月、ニチイ河原町店は河 原町ビブレ 21 として生 まれ変わった。地下 1 階はブラン ド・シ ョップと個性的なカッ トハ ウスか らな り 、 1 階のフロアには、パ リ、東 京、 ミラノのファッシ ョン商品 と、キャラク ター ・トレン ドを追求す るシ ョップが集め ら れた 。 2 階が 1 8‑ 2 5 歳の女性 を対象 とした キャリアライフのフロア 、3 階が 1 8 歳以下の ハイティー ンを対象 とす るジューシーライフ のフロア 、 4 階がメンズ ・ファッションのフ ロア、そ して 5 階が生活 を演 出す るバ ラエ ティマーケ ッ トのフロアで、 ここにレコー ド シ ョップとビブ レクラブの受付 カウンターが 設 け られた。 6 階の フロアは、サ ウ ン ド&

アー トの空気 に満 ちた カルチ ャー基地、 メ

ディアステーシ ョンと名づけ られ、最新機器

が取 り付 け られたビデオホールがあ り、演劇

の上演や映画の上映がで きる。 ビブ レ ・サテ

ライ トス タジオは地元 ラジオ局の KBS 京都 と

直結 し、 またアマチュアバ ン ドが練習で きる

(8)

ビブ レ ・レンタルス タジオが設 け られた。

河原町 ビブ レ21 には、こうしたハー ド面で の商品 ・施設だけでな く、 ターゲ ッ トとす る ヤ ング層 を引 きつ けるための さまざまな仕掛 けが施 された。その 1 つが ビブ レクラブであ る。会費は無料であるが、会員 になれば、 ビ ブ レ主催 の コンサー ト、イベ ン トな どへ の優 待サー ビス をは じめ、 コンピュー タ情報サー ビスではコンピュー タによる恋人探 し、個人 売買の情報サー ビス といった特典 を受 け られ る。 と くに好 評 を博 したの は、パ ー トナー シップの特典である。これは河原町 ビブ レ21 が映画、学校 ・ 教室、占い、シ ョッピング、デ ィ ス コ、喫茶 ・パ ブ といった さまざまな施設 と 契約 を結 び、会員 は割引料金で これ らの施設 を利用す ることがで きるとい うものである。

表 2 河原町ビブレ 2 1 の業績推移

売上高 ( 百万円) 対前年伸 び率 ( %) 83 年度 4, 523 99. 0 84 年度 5, 751 1 27. 2 85 年度 6, 499 113. 0 86 年度 6, 907 1 06. 3 87 年度 7, 326 1 06. 1 出所 :山崎 ( 1 9 88)、45ページ。

こうした ターゲ ッ トとす る学生 を中心 とし たヤ ング層 のニ ーズ を反 映 した店づ くりを 行 った結果、河原町 ビブ レ21 は彼 らか ら大 き な支持 を得 ることに成功 し、表 2 に示 される ように、 リニューアル ・オープ ン当初か ら好 調 な業績 を上 げることがで きた。

3. 原宿ビブレ 21

ビブ レ21 として三宮 ビブ レ21 についで 4 店 目となる原宿 ビブ レ21 は 8 4 年 1 1月、東京 の原宿表参道 にオープ ンした。

原宿 ビブ レ 21 が特徴 的であるのは次の 2 点 である。第 1 に、天神 ビブ レ21 、河原町 ビブ レ21 、三宮 ビブ レ21 が既存 の不振店か らの業

態転換であったのに対 し、原宿 ビブ レ21 は初 の新規 出店であることである。 ビブ レの 3 店 舗 で新業態のノウハ ウを学習 ・蓄積 して きた ニチイは、「ビブ レのノウハ ウはほぼマス ター した」 として、新規 出店 とい う新 たな展 開に 取 り組みは じめたのである。前述の神沢店長 は、 その品揃 えに関 して次 の よ うに述べ て いる

18。

一つの大 きな引 き金になったのは、デザイ ナーズ ・ブランド、キャラクターズ ・ブラン ドが入ってきて、こういう商品が売れるんだ と、この商品が今の旬、トレンドなんだとい う部分が、自分たちのなかの背景で掴まえら れる形になったことです。ビブレのオリジナ ル性 という背景に移ったのは、その流れから だと思うんですね。

DC ブランド、とくにキャラクターズ ・ブラ ンドの部分とビブレとしての直営の部分との 融合というのはありましたね。コーナーでブ ランドを入れながら、その延長上でうちの直 営の商品の品揃えをもって くる。そのなか に、出はじめのブランドを入れ込みながら、

品揃えでコーナー展開をしたり、アイテムで 分けて仕入れをしたりとか、いう形で直営の 力 をつ けてい こうとい うや り方は取 りま

した。

第 2 の特徴 は、 ファッシ ョンのメ ッカとし

て全 国的に知 られる原宿表参道への出店であ

ることである。同 じ原宿 で もテ ィー ンズの集

まる竹下通 り周辺 とは趣 を異 に し、表参道 は

落ち着 きのある並木道 に、モ リハナエ ビルや

イギ リスの紳士服専 門店ポール ・スチ ュアー

トな ど高級 感 あふ れ る店が多 く、 また キー

ウェス ト ・クラブな ど酒落たアダル ト感覚の

喫茶店、 レス トラ ンが建 ち並ぶ。 こうした街

(9)

並みのファッション性 に引 きつけ られて、表 参道には大学生以上のヤ ングアダル トが集 ま る。小林敏峯社長が 「 原宿店はニチイが専販 店化 を進めるうえでのパ イロ ッ トシ ョップ。

5 年は赤字覚悟 と採算 は厳 しいが、" 研究開発 費"のつ もりであえて出店する 1 9 」と語 ってい るように、原宿への出店はファッシ ョンの最 先進地でこれまで蓄積 して きた業態運営のノ ウハ ウを確認するための試金石 という位置づ けがなされている。

表参道特有の雰囲気 にあわせて、原宿 ビブ レ 2 1 は主要 ターゲ ッ トを 2 0‑2 7 歳の高感度 ヤ ングアダル トに設定 し、店舗 コンセプ トを キャリアのための 「 知的生活の提案」 にすえ て、ヒ ト・モノ ・ 空間の複合 コミュニケーシ ョ ン ・スペース とした。ヤ ングアダル トの知的 な女性、 カップルのニーズや感性 に応 え、原 宿文化 あこがれ派 を取 り込んで大人の原宿文 化の創造 を目指そ うというものである。

店舗面積 は3, 830m

2

で、次のような売場 ・商 品構 成 とされた。地下 1 階 はス テー シ ョナ リー、生活雑貨、デ リカテ ッセ ン、地上 1 と 2 階は DC ブラン ドのフロアで、レノマ、ニコ ル、タケオ ・キクチ 、Z EL DA などの一流 ブラ ン ド ・ショップのほか、 ビブレが開発輸入 し たニュー ヨークのメークア ップ化粧品ボロー こ、表参道で最大の売上げを誇るカフェハ ウ ス、ビーベ ンなど 2 5 のインショップを展開 し た 。 3 階はビブ レのオリジナル ・ブラン ドで ある婦人衣料 ・雑貨のエ ッセ、紳士衣料 ・雑 貨のザザか らなるファッシ ョン ・フロア 、 4 階はニチイ ・グループの ピープルによる会員 制スポーツクラブ、エグザス と美容室、そ し て 5 階はテラス ・レス トランのラ ・ビータと、

レコーディング ・ス タジオ、スカイとい う構 成である。

こうして 8 4 年 1 1月にオープンした原宿 ビ ブ レ 2 1 は、宣伝不足、非物販施設の開発が遅

れたことなどか ら、当初の売上高は予算比 60

‑7 0 % と低迷 した。しか し、これ らの低迷の 要因が取 り除かれるにつれて急速 に業績が上 向 き、表 3 に示す ように、開店後 1 年 を経た 8 5 年 1 1月か らは毎月前年比 3 0% 増のペース で売上げを伸 ばす まで回復 した。

表 3 原宿ビブレ 21 の業績推移

売上高 ( 百万円) 対前年伸び率 ( %)

84 年度 556 ‑

85 年度 2, 080 374. 1 86 年度 2, 311 111. 1

出所 :山崎 ( 1 988)、45ページ。

同店の成功の要因 としては、次の 2 点 を指 摘することがで きる。第 1 に、一流 ブラン ド の導入 に成功 し、 ターゲ ッ トとす る都市型 キャリアのライフス タイルの提案が明確 にな されたことである。ニチイが ビブレの原宿へ の進出を決めたのは、ファッシ ョン専 門店業 態 としてのイメージを高めて一流商品の取引 先 を増や し、以後のビブ レ展 開をスムーズに 進めるためで もあった といわれる。河南和雄 原宿 ビブレ 2 1 店長は次のように述べている

20。

ビブレ展開の最大の難関は、取引先の開拓で した。天神店、河原町店の店長は、わざわざ ( 秩)ビブレの名刺をつ くって、メーカーに日 参したものです。三宮店を出店した頃から、

ようやくスーパー・ニチイとはまったく違う ファッション専門店だと理解していただける ようになりました。

第 2 に、非物販施設の強化が集客 に大 きく 貢献 したことである。同店の売場面積 に占め

る非物販の比率は 4 0 % を超 えている。従来の

ファッション専 門店の非物販施設が外食 レス

トランやカルチ ャー施設 に限 られていたのに

対 し、原宿 ビブレ 2 1 では、ターゲ ッ トとする

都市型キャリアのライフス タイルに不可欠 な

(10)

健康、美容、音楽 にかかわる施設が設け られ た。これ ら非物販施設が物販施設 との相乗効 果 を生み、集客力の向上 に大 きな役割 を果た

している。

原宿 ビブ レ 21 では、たえず商品の見直 しが はか られている。河南店長 によれば、「 放 って おけば どん どん低年齢化す る

21

」か らである

同 じ原宿で も表参道 は本来、20代 のヤ ングア ダル トが中心マーケ ッ トである。 しか し、竹 下通 りにあふれるジュニアは 「 大人の ファッ

シ ョン」にあ こがれるため、休 日には中高生 が ビブ レにも押 しかけて くる。彼 らに席巻 さ れれば、キ ャリアの客離れ を引 き起 こしかね ない。そ こでイ ンシ ョップの入れ替 えを行 っ た り 、DC ブラン ド・メーカーに取扱商品のグ レー ド・ア ップを要求す るといった低年齢化 を防 ぐ施策が練 られている。河南店長 は次の ように述べている

22。

原宿には約2 万のマンションメーカーがひし めいている。そういう専門家が注視するなか で、もっともおしゃれに関心の高いキャリア を相手にしているのですから、 つねに最先端 のものを追いかけて売場を活性化しなければ なりません。実際、他のビブレより商品の動

きが 3‑ 4 週間は早いですね。

こうして総合 スーパ一 ・ニチイが取 り組 ん だ ビブ レは、原宿へ の出店 の成功 に よって 取引先であるアパ レル ・メーカー、アパ レル 卸、そ して ターゲ ッ トであるヤ ング層か ら高 感 度専 門百貨店 として認知 を受 け るこ とに なった。

Ⅳ ビブレ開発におけるイノベーションと競争

総合スーパーのニチイは どの ように して専 門百貨店 ビブ レを開発 し、その業態 を確立 し

て きたのか を天神 ビブ レ 21 、河原町 ビブ レ 21 、原宿 ビブ レ 21 の 3 店舗 を対象 に跡づけ て きた。小売商業形態論が示唆す るように、小 売業態の生成 ・発展 を分析す る際の カギ概念 はイノベーシ ョンと競争である( 近藤,1 99 8) 。 ここではビブ レのケースか ら導 き出される発 見物 をこれ ら 2 つの視点か ら検討 し、業態 開 発 における研究モデルを探 ってい くことに し

よう

1.業態開発 におけるイノベー シ ョン

業 態 開発 に よ っ て創 出 され る新 業 態 の フォーマ ッ トが既存業態のそれ と異質である ほ ど、その確立 にはよ り大 きな困難が ともな う。 ビブ レの業態 開発 はニチ イにい くつかの イノベーシ ョンをもた らした。そのイノベー シ ョンは総合スーパ一 ・ニチイ と専 門百貨店 ビブ レとの間の異業態性 にもとづ く参入障壁 を克服す るなかで生み出された ものである

23。

ここではそ うした異業態性 を商品調達、商品 政策、お よび販売方法の 3 点か ら整理 しよう

ニチ イは、 これ ら 3 つ の異業 態性 をそれ に 対応 す るイ ノベ ー シ ョンを通 じて克服 して いった。

(1)商品調達のイノベーシ ョン

まず第 1 に、商品調達のイノベー シ ョンで あ る。 ケースで見 て きた よ うに、総合 スー パーであったニチ イはビブ レを開発す るにあ たって、商品調達 において初期 に大 きな困難 に直面 した。総合スーパー としてそれ まで取 引のなか った DCブラン ド ・メーカーか ら商 品を新 たに調達 しようとした ときである。

既存 の仕入先 に代 わって新 たな仕入先 と取

引関係 を構築す る際には、大 きな取引 コス ト

が発生す る。ニチイの場合、それ までDC ブラ

(11)

ン ドを扱 った経験がな く、それについての知 識 は皆無 といってよいほどであった。そのた め、 どの ような DC ブラン ド ・メーカーがあ り、それが どのような特徴 をもつブラン ドで あるかに関す る情報 を探索 ・収集 しなければ な らなかった 。DC ブラン ド・メーカー との取 引関係構築 にかかわるこうした困難は、幸運 にもアスクプランニ ングとの偶然の人的つな が りによって克服の糸口をつかむことがで き た。 しか し、それは新規取引先の開拓 に多大 なコス トをかけた結果 として克服 された もの であって、「 棚 ぼた」式 に実現 したわけでは ない

24。

また衣料品の仕入れ先は総合スーパー と百 貨店では大 きく異 なる。とくに DC ブラン ド・

メーカーにとって、総合スーパーであるニチ イは魅力的な販路 として認識 されない どころ か、ファッション・トレン ドをリー ドする DC ブラン ドのブラン ド性 を汚す もの と見 なされ た 。DC ブラン ド・メーカーに対 して、ビブ レ がニチイとはまった く異なる業態であること を認識 させ、その消極的な姿勢 を転換 させ る ため、ビブレは DC ブラン ド・メーカー との取 引条件の交渉に大 きなコス トを負担 しなけれ ばな らなかった。 さらに取引の成立後 には、

DC ブラン ド・ メーカーが ビブ レの期待す るブ ラン ドを契約 にそって期待 どお りに納入 して いるかを監視 し、導入 された DC ブラン ドが 予想 どお りの販売成果 を収めているかを評価 す る とい うモニ タリング ・コス トも必要 で あった。

ニチイによるビブ レ業態の開発 は、 こうし た新規取引関係の構築にともなう取引 コス ト の負担 を背景にしている。 ビブレは、この取 引 コス トの負担 によって商品調達のイノベー ションを引 き起 こす ことに成功 したのである。

(2 )商品政策のイノベーシ ョン

ビブ レにおける第 2 のイノベーシ ョンは、

商品政策のイノベーシ ョンである。「 業態開発 は、イコール商品開発。 ビブレが軌道に乗 っ たのは、旧ニチイの商品をすべて捨ててまず 商品開発 に取 り組んだか ら

25

」とい う指摘が、

このことを端的に物語 っている。ビブレでは、

完全買い取 り制の もとで 自主マーチ ャンダイ ジ ングが貫徹 されている。その きっかけは、

ビブ レの業態開発の当初、希望す るブラン ド を円滑 に仕入れることがで きなかったことか ら、一部の商品について 「 いつで も顧客が必 要 とす る基本的な商品を、値頃な価格で、安 定的に供給 しよう」 とい う方針の もと、商品 の 自主企画に着手 したことには じまる。衣料 品業界では委託販売が一般的であったなかで、

ビブ レによる完全買い取 り制 にもとづ く自主 マーチ ャンダイジングは画期的であった。

完全買い取 り制 による自主マーチ ャンダイ ジングという商品政策のイノベーションには、

需要予測にかかわる 2 つの市場 リスクの負荷 が ともなう。すなわち、ある商品について需 要が供給 を上回った場合 には販売機会の損失 が発生 し、逆に供給が需要 を上回った場合 に は過剰在庫が生 じる。需要の不確実性 にとも なうこうした市場 リスクは、衣料品、 とくに ファッシ ョン性の強い衣料品において高 くな る。 この リスクを軽減す るためには、需要の 不確実性 を可能なか ぎり吸収す るシステムを 構築す ることが必要である

ビブ レが需要不確実性 を吸収するために採 用 した方法が、仕入れか ら販売、在庫、顧客 を一元的な管理の もとにお くファッシ ョン ・ クリエー ター制度であった。新百合 ケ丘 ビブ レ店長神沢昭彦氏は、次のように述べている2 6 。

基本的には、当初は第五事業部から部門長

制、ここでいうファッション・クリエーター

(12)

制 というのをやっていましたから、歴史の背 景があ ります。当然、入社 して くれば、そこ の売区長のや り方、会社のなかでのその制度 のや り方 というのを常にそこで覚えていき ます。

また、営業本部 ビブ レ事業部営業部長佐藤 克 巳氏 は次 の ような指摘す る

27。

地元で商売をやってらっしゃる方は、みんな それをやっているわけで。われわれが、それ をできないわけがない。もともと商売の原点 は、それなんだか らということでやってい る。別に変わったことをやっているとは、み んな思ってませんよね。

フ ァッシ ョン ・ク リエー ター制度の重要性 は、商 品 ・顧客 にかかわる情報 をファッシ ョ ン ・ク リエー ターの もとに集 中 させ た ことに あ る。 この制度の もとで商品の仕入れ ・販売 にかかわる専 門知識 を蓄積す る と同時 に、顧 客情報 との連結が可能 になった。 フ ァッシ ョ

ン ・ク リエー ター制度 は需要不確 実性 の吸収 装置 として機 能す ることによって、商 品政策 の イノベー シ ョンにおいて不可欠の役割 を果 た しているのである。

(3 )販売方法のイ ノベー シ ョン

第 3 のイノベー シ ョンは、販売方法 のイノ ベー シ ョンであ る。他 の総合 スーパー と同様 に、ニチ イの販売方法 はセル フ ・サー ビスで あった。セル フ ・サー ビスはチ ェー ン ・オペ レー シ ョンとともに総合 スーパ ーの業態 アイ デ ンテ ィテ ィの根幹 をなす ものであるが、ニ チ イは ビブ レにおいてセル フ ・サ ー ビス方式 を完 全 な対 面販 売 方 式 に切 り替 えた。 セ ル フ ・サー ビス に よる低 コス ト ・オベ レー シ ョ

ン を業 態 の 競 争 優 位 と して きた 総 合 ス ー パ 一 ・ニチ イに とって、 ビブ レを通 じた対面 販売‑ の転換 は、 オペ レー シ ョン ・コス トの 面で は低価格販売か らの決別 を意味す る とと もに、 コ ミュニケー シ ョンの面 で は顧客 との 人的接触 に よる販売促 進‑ の移行 を 目指す も のであ った。その際 には もちろん、応分 の コ ス トを負 担 しな けれ ば な らなか った。 セ ル フ ・サー ビス とコンサ ルテ ィング能力 を必要 とす る対面販売 で は販売の ノウハ ウが大 き く 異 なるか らであ る。

まず、セル フ ・サー ビスで は顧客 との商 品 情報 に関す るコ ミュニケー シ ョンは通常発生 しないが、対面販売 の場合、そ うした コ ミュ ニケー シ ョンは販売上不可欠 となる。顧客 は 販売員 とコ ミュニケー シ ョンにおいて販売員 に 自分 のニーズ を伝 達 し、販売員 はそのニー ズ に適合 した商品 を選択 し、 顧客 に推奨す る。

そ して最終 的 に顧客 は商品 を絞 り込み、特定 商 品の購 買 に結 びつ けてい く。セルフ ・サー ビス方式 の もとで こうした コ ミュニケー シ ョ ンを必要 としなか ったニチ イの販売員 に とっ て、 コンサルテ ィングの知識 ・ノウハ ウを新 たに学習す ることは大 きなコス トを ともな う

ものであ った。 この知識 ・ノウハ ウの学習 を ビブ レで はマニュアルではな く 、OJ Tに よっ て行 った。小林義 昌専 門事業本部長 は、次の ように述べ てい る

28。

若い社員が取引先に自分自身で出向いていっ

て、商品をセレク トし、取引先の人にいろい

ろ教えてもらいなが ら、その商品にあった売

場環境、内装をやってい く。これは楽 しい苦

労なんです。その過程で必然的に商品知識を

覚え、創意工夫 して販売努力をするようにな

る。だから、一番の教育は現場での環境づ く

りだと考えています。

(13)

マニュアルであれOJTであれ、セルフ・ サー ビスか ら対面販売への転換は、販売にかかわ る新たな知識 ・ノウハウを販売員に学習 させ るための教育 コス トを必要 とすることに変わ りはない。販売方法のイノベーションの実現 には、こうした販売員の再教育 というコス ト 負担が必須であった。

(4) イノベーションの相互関連性とその特質

以上のように、 ビブレ業態の開発に際 して ニチイは、総合スーパーと専門百貨店 との間 の異業態性 を克服するなかで 3 つのイノベー シ ョンを引 き起 こした。 これ ら3つのイノ ベーションを関連づける要 となるのは、対面 販売 という販売方法のイノベーションである。

まず 、DC ブラン ド・メーカーとの取引関係 の構築 とい う商品調達のイノベー シ ョンに とって、対面販売 は不可欠の条件であった。

なぜ なら、総合スーパーで従来取 り扱われて きたいわゆる実用衣料 とは異な り 、 DC ブラン

ドはファッション ・コーディネイ トの観点か ら顧客 との密接なコミュニケーションを通 じ て彼 らのニーズを探 り、そのニーズを満たす ようなコンサルティングを必要 とするか らで ある。同様 に、 自主マーチャンダイジングと いう商品政策のイノベーションにとってもま た、対面販売は必須であった。前述のように、

完全買い取 り性 にもとづ く自主マーチャンダ イジングは大 きな需要不確実性 に直面す る。

この不確実性 を吸収 し、販売機会の損失 と売 れ残 りのリスクを回避するために設けられた のが ファッション ・クリエーター制度であっ た。ファッション ・クリエーターは販売局面 において顧客 と接触 し、そこか ら得 られた顧 客ニーズに関する情報を仕入れ局面に反映さ せる。この制度の もとで販売情報 と仕入れ情 報が連結 され、需要不確実性 を最大限吸収す

ることが可能 となったのである。こうして販 売方法のイノベーションは、商品調達ならび に商品政策のイノベーションの必要条件 とし ての役割 を果た しているのである。

商品調達、商品政策、お よび販売方法にわ たるこれら 3 つのイノベーションはいずれも、

新たな活動 ・知識 を必要 とするラディカル ・ イノベーション ( r a di c a li nno va t i o n) として 特徴づけ られるだろう。インクリメ ンタル ・ イノベーション ( i nc r e me nt a li nno va t i o n) が 既存の活動 ・知識の延長線上にある連続的な 変化 であるのに対 して、 ラデ ィカル ・イノ ベーションは新たな活動 ・知識 を必要 とする 非連続的な変化である ( Abe r nat hyeta1 . , 1 9 8 3; De wa r & Dut t o n,1 9 8 6 ) 。ラディカル ・ イノベーションは既存のルーティンを破棄 し、

新たなルーティンを創出することか ら生 じる。

総合スーパー業態であるニチイか ら専門百貨 店業態であるビブレへの転換 は、商品調達、

商品政策、お よび販売方法 に関す る既存 の ルーティンを破棄 し、新たなルーティンの創 造 を求めるものであった。業態開発 を新たな 業態 フォーマ ッ トの構築 と捉 えれば、それは 既存業態 フォーマ ッ トの活動 ・知識 を援用す ることが困難な、それゆえラディカルなイノ ベーションを必要 とするのである。逆にいえ ば、上記のようなイノベーション ・コス トと もいうべ きコス トを負担 し、ラディカル ・イ ノベーションを生み出す ことがで きては じめ て、 異業態性にもとづ く参入障壁 を乗 り越 え、

新業態 を確立することがで きるのである。

2. 業態開発における競争優位

ビブレのケースか ら注 目しなければならな

いもう 1 つの点は、業態の競争優位にかかわ

る。業態の優位性はまず、小売競争の基本単

位である店舗において発揮 されなければなら

(14)

ない。業態の優位性 は店舗競争力の源泉であ るとともに、他方で店舗競争力が業態の優位 性の基盤 をな している。業態の優位性 は店舗 競争力 を通 じて発揮 され、店舗競争力が発揮 されては じめて業態の優位性が確立 されるの である ( 小川 ,1 993;近藤 ,1 99 8)

店舗競争力に影響 を及ぼす要因 としてビブ レの開発プロセスか ら導 き出されるのは、地 域 と時間の 2 軸か らなる業態可変性である。

(1)業態可変性

前述の ように業態の競争優位 は、その優位 性 を反映 した店舗 レベルにおいて発揮 されな ければな らない。 しか しこのことは、必ず し もその業態が多様な商圏における競争や消費 者の特性 を無視 して、画一的な店舗政策 を策 定 しなければならない とい うことを意味する

ものではない。

実際、 ビブレの業態開発 にあたっては店舗 レベルの商圏構造が強 く影響 している。天神 ビブ レ21 への業態転換 は、九州最大の商業激 戦地である福 岡天神地区におけるニチイ天神 店の店舗競争力 を高めることを目的に着手 さ れた。天神 ビブ レ21 はニチイにとってビブ レ 業態への転換第 1 号店であ り、 さまざまな試 行錯誤が重ね られたが、業態転換 による店舗 競争力の向上をはかるために採 られた政策は、

一貫 して来街者 の 7 割 を占め るヤ ング層 を ターゲ ッ トとし、彼 らの支持 を獲得する店舗 づ くりにあった。つづ く河原町 ビブ レ21 で は、学生の街京都の特性 を反映 した店舗づ く りが 目指 された。主要 ターゲ ッ トとして設定 した学生のニーズを探 るために学生モニ ター が組織 され、彼 らのニーズをいかに充足す る かが課題 となった。そ して、原宿 ビブレ21 は ビブ レとして初の新規出店であ り、 これ まで の業態開発の過程で蓄積 されたさまざまなノ

ウハ ウを動員 し、 ビブ レの業態 としての完成 度を測る試金石的な役割 を担 うものであった。

そこでは、原宿表参道 という最先端のファッ ション中心地において高感度ヤ ングアダル ト をターゲ ッ トとす る斬新 な店舗政策が練 ら れた。

これ ら3 つのビブレ出店のケースに共通す るのは、いずれ も、それぞれの地域 における 競争 と消費者の特性 を店舗政策 に反映 させ、

競合店 との差別化 をはかる取 り組みがなされ ている点である 29 。河原町 ビブ レ21 店長 東 年‑氏が 「ビブ レにはこれが ビブ レだ とい う固定 された ものが ない。店周辺 の環境 に よって柔軟性 をもった対応 をしている

30

」 と 述べているように、個 々の店舗 は業態 として のビブレの基本 コンセプ トを共有 しなが らも、

それぞれの地域特性 に適応する店舗政策が採 られているのである

31

。店舗競争力が地域商 圏の競争 と消費者の特性 に影響 を受けるとす れば、それぞれの店舗競争力 は各店舗の地域 特性への適応度に決定づけられることになる。

地域特性へ の適応度が高 くなればなるほ ど、

店舗競争力 は高 くなる。ビブ レの競争優位 は、

なによ りもこの高い地域適応性 に基礎づけ ら れてお り、 このことはまた、 ビブレが店舗 レ ベルで商圏ごとに地域適応することによって 企業 レベルでの可変性が実現 されていること を意味する。 ここでは、そ うした可変性 を業 態の地域的可変性 と呼ぶことに しよう

地域的可変性が共時的な商圏適応 を表すの に対 して、時間的可変性 は経時的な商圏適応 を示す。商圏特性 は時間的に不変ではない。

人口変動や交通体系の変化 などの社会経済的

要因や競争構造の変化 などの競争要因によっ

て経時的に変容 してい く。業態の時間的可変

性 とは、そ うした商圏特性の経時的変化 に合

わせて各店舗が不断に店舗政策の修正 を行い

うる性質をい う。新百合 ヶ丘 ビブ レ店長神沢

(15)

昭彦氏が 「ビブ レの場合 には 、 1 回業態作 っ て も、お客 さんに合 わせ た形で変 えるのが早 いんです よ。そ うい う部分でのお客 さんか ら の信頼 は高い と思い ますね

32

」 と指摘す るよ うに、店舗 としての ビブ レは業態 としての ビ ブ レの基本 コンセプ トを共有 しつつ、地域的 多様性 と時間的変動性 に適応す るために、そ の店舗 を可変的 とす るのである。

(2 )業態可変性の基盤

ビブ レの競争優位が この ような時間的 ・地 域的可変性 によって与 え られるとすれば、 こ の こ とは総合 スーパ ーの基 盤 で あ るチ ェー ン ・オペ レーシ ョンと矛盾す る可能性 をは ら む。 なぜ な ら、チ ェー ン ・オペ レー シ ョンが 基本的に画一的な店舗政策 による低 コス ト化 を目指 しているのに対 して、時間的 ・地域的 可変性 はそ うした画一的店舗政策それ 自体 を 否定 しかねないか らである。 こうした トレー ド ・オ フ関係 をビブ レは どの ように克服 し、

業態可変性 を実現 しているのであろうか。端 的にいえば、 ビブ レの業態可変性 の基盤 はイ

ンシ ョップの組み替 え ・編集 にある

33。

前述の ように、地域的可変性 は個 々の店舗 が商圏 とす る地域の消費者や競争の特性 に応 じて店舗 レベ ルで商圏適応す るこ とを指す。

ニチ イではイ ンシ ョップを業態の「カセ ッ ト」

あるいは 「 パーツ」として位置づ けてお り、店 舗商圏の特性 に最 も適 したイ ンシ ョップを配 置す ることに よって適応 をはか るのであ る。

ニチ イ とい う企業 レベ ルで見 れ ば、 それ は 個 々の店舗 ごとにイ ンシ ョップを柔軟 に組み 替 え、編集す ることによって地域的多様性 に 適応 し、地域的可変性 を達成す ることになる

ビブ レはこのイ ンシ ョップ ・レベルにおいて チ ェー ン ・オペ レー シ ョンを実現 し、その経 済性 を享受す る仕組み を作 り上 げているので ある

この ようなイ ンシ ョップの組み替 え ・編集 はさらに商圏特性の地域的多様性 だけでな く、

その時間的変動性 にも対処す ることがで きる

す なわち、経時的な変化 とともに商圏特性 に 適合的でな くなったイ ンシ ョップをよ り適合 的なインショップに組み替えることによって、

商圏における消費者や競争の時間的変動性 に 対応 し、その競争力 を維持す るのである。

以上 、 ビブ レの業 態 開発 プ ロセス のケ‑

図 1 ビブレにおける業態開発イノベーション 商品調達のイノベーション

DC ブランド・メーカーと の取引関係の構築

商品政策のイノベーション 自主マーチャンダイジング

販売方法のイノベーション

対面販売

(16)

ス ・スタディか ら明 らかになった業態開発に おけるイノベーションと競争の図式は、図 1 のように示すことがで きるだろう。

Ⅴ おわりに

この論文では、ニチイによるビブレの業態 開発 プロセスを取 り上げ、そこにおけるイノ ベーションと競争を分析 して きた。その結果 明 らかになったのは、第 1 に、ビブレの業態 開発 に際 して商品調達、商品政策、および販 売方法にかかわる 3 つのイノベーションが引 き起 こされたこと、第 2 に、開発 されたビブ レの競争優位は地域的可変性 と時間的可変性 の 2 軸か ら構成 される業態可変性 によって基 礎づけ られていることである。

図 1 に要約 されるようなこれらの発見物は、

ビブレという単一ケースか ら導 き出されたも のであ り、この枠組みはただちに業態開発プ ロセス一般 に普遍化 されるものではない。 し か し、本稿の 目的はそうした一般化 しうる枠 組みを構築することではな く、業態開発 プロ セスの研究を進めてい く上で 「ひな型」 とな る研究モデルを探 ることにあった。このケー ス ・スタデ ィを踏 まえ、今後の研究課題 とし ては次の点を指摘することがで きよう。

総合スーパー業態であるニチイと専門百貨 店業態であるビブ レには、大 きな業態異質性 があった。それゆえ、両者の間の異業態性の 克服にはラディカルなイノベーシ ョンが必要 とされたのである。本稿では、イノベーショ ンの創 出にかかわるコス トをイノベー シ ョ ン ・コス トとして言及 したが、そうしたイノ ベーション ・コス トの負担は、既存の従業員 や組織 に大 きなコンフリク トを生むことにつ ながるか もしれない。なぜ なら、この種のイ ノベーシ ョンは既存のルーティンを破壊 し、

新たなルーティンを確立することによっての

み実現 されるか らである。そ うであるとすれ ば、業態開発プロセスにおいてどのようなコ ンフリク トが発生 し、それが どのように解消 されるかを明 らかにする必要があろう。

さらに、本稿で示 した 3 つのイノベーショ ンは、いずれも小売業務や商品供給に関する イノベーションであって、それを構造的に支 える組織のイノベーションには言及 していな い

34

。ニチイの場合、 ビブレ業態の開発 に当 たった第五事業部は当初、総合スーパー業態 の不振店の転換 を目的として設立 されたもの であったが、その後、この事業部はビブレ事 業部‑ と組織的な発展 を遂げてい く。このこ とは、 ビブレの ドミナン ト・デザイン、店舗 コンセプ ト、お よびルーテ ィンなオペ レー ションが確立 されてい くなかで、第五事業部 が業績不振店の再生 をはかるタスク ・フォー ス としての役割を終え、ビブレ事業部に継承 されていったことを示唆 している。業態開発 をイノベーション ・プロセス として捉 えると いう視点か ら、この組織イノベーションが ど のようなプロセスで生成 ・確立 されてい くの かを検討する必要があろう。

以上、本稿で示 した業態開発プロセスの枠 組みを手がか りにしなが ら、多面的にケース を検討 し、業態開発の理論構築に向かわなけ ればならない。

( 文中肩書 きは、 ( 秩)マイカル営業本部ビブレ 事業部営業部長佐藤克巳氏ならびに新百合 ケ 丘 ビブレ店長神沢昭彦氏 を除 き、いずれ も当 時である。)

*この論文は、平成 1 1年度文部省科学研究費

補助金 ( 奨励研究 ( A) 、 「 小売企業の業態

開発プロセスに関する研究 」 ) の援助 に負っ

ている。

(17)

1 小売商業形態論 にお ける理論展 開の詳柵 につ いては、Br own( 1 987,1 988) 、向山 ( 1 9 85 , 1 98 6) 、 白石 ( 1 9 8 7) 、小川 ( 1 9 9 3) 、 笹川 ( 1 9 9 4) 、坂川 ( 1 9 9 7 ) 、関根 ( 2 0 0 0 ) など の文献 レビュー を参照せ よ。

2 したが って、 このケース ・ス タデ ィは単 一 ケース を用 いて業態 開発 にかかわる問 題 に接近 し、理論 的一般化 を行 うための 探索 的ケース ・ス タデ ィとして位置づ け られ る。 これ ら諸概念 の方法論的 な議論 については、Yi n ( 1 9 9 4) を参照せ よ。

3 2 0 01 年 9 月 1 4 日、マイカルは民事再生法 の適用 を 申請 し ( 後 に会社 更 生 法 に変 更)、経営破綻 した。この事実 をもって、な ぜ ビブ レを業態 開発 のケース ・ス タデ ィ の対象 として取 り上 げるのか とい う本稿 の研 究視角 に対 して疑念が生 じるか もし れない。しか し、この疑念 は例 えば、1 9 8 0 年代 に注 目された 日本的経営 の優位性 が 近年 の不況下 にお ける 日本企業 の低迷 に よって、それ を研 究対象 とす る価値が な い と断ず るの と似 ている。あるいは、同 じ く8 0 年代 に喧伝 されたエ クセ レン ト ・カ ンパ ニーの議論 につ いて、そ こで取 り上 げ られた企業 の一部が後 に業績 を低迷 さ せ たか らといって、 その研 究視角の重要 性が損 なわれるわけではない。

本稿 で ビブ レをケース ・ス タデ ィの対 象 とす るのは、そ こに業態 開発 における イノベー シ ョンと競争 とい う問題 の本 質 にかかわる重要 な要素が見 られ るか らで あ る。 この意味で ビブ レは業態 開発研 究 の素材 を提供す るケースであ り、本稿 の 目的 はビブ レを通 して業態 開発 を研 究す るこ とであって、 ビブ レひいてはマ イカ ルの歴 史 を経営史的に分析 す ることでは ない。したが って、上記の疑念 は、本稿 で 提示 され る業態 開発 プロセス ・モデルの

研究視角 の有用性 を減 じる もので はない と主張す ることがで きる。

4 業態 フォーマ ッ トは論者 に よ りい くつか の異 なった用語が用 い られてい る。例 え ば、和 田 ( 1 989) は小売 フォーマ ッ ト&シ ス テ ム、福 田 ( 1994) は小 売 フ ォーマ ッ ト、 中内 ( 1 99 1)は事業 フォーマ ッ トと呼 んでいる。

5 業 態 とイ ノベ ー シ ョンの 関係 につ い て の興 味深 い議論 は、坂 川 ( 1998) 、石 原 ( 2000) 、小川 ( 2000) らに よって展 開 され ている。

6 2 0 0 1年 9 月末現在、マイカルが展 開す るビ ブ レはグループ全体 で北海道 1店舗、東北 8店舗、関東 6店舗、近畿 11店舗、中 ・四 国 2 店舗、九州 1 店舗 の計 2 9 店舗である。

7 山崎 ( 1 9 8 8 )、41 ‑ 4 2 ペー ジ。

8 『 激流』1 9 8 2 年 4 月号、1 6 ペー ジ。

9 鈴木 ( 1 9 9 2 )、91 ‑ 9 2 ペー ジ。

1 0 伊藤 ( 1 9 9 6) 、4 2 ペー ジ。

11 筆者 とのパーソナル ・インタビューによる。

1 2 山下 ( 1 9 9 0) 、8 4 ペー ジ。

1 3 一般 にアパ レル ・メー カーの取引先 は百 貨店系 と総合 スーパ ー系 にわかれ るが、

通常、 同 じメー カーが これ ら 2 つの業態 に同 じブラ ン ドを卸す ことはほ とん どな い。その理 由は、総合 スーパーに商品を納 入す ることによるイメー ジ低下が危倶 さ れた り、またアパ レル ・メーカーに対す る 百貨店か らの圧力が きわめて強いためで あるといわれる。

1 4 鈴木 ( 1 9 9 2)、8 9 ページ。

アパ レル ・メー カーは、 ビブ レとの取 引 を行 うにあた り、安売 りの禁止、売場環 境 の改善、お よび接客販売 の採用 とい う

3 つの条件 を提示 した とい う( 伊藤,1 996 , p. 2 6 ) 0

1 5 筆者 とのパーソナル ・インタビューによる。

参照

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