本稿は︑本紀要前号︵第五十八号︶に掲載した天明六年版﹃宇治大納
言物語﹄紹介・翻刻︵一︶の続編である︒今回は︑上中下三巻の内︑下
巻の部分を紹介する︒凡例は︑前号に準じるが︑次の如くである︒
凡例
一︑本文は︑架蔵本版本﹃宇治大納言物語﹄を底本とした︒当本は︑天
明六年刊大坂書房河内屋八兵衛版本である︒
一︑翻刻に当っては︑できるかぎり底本に忠実であることを旨とし︑句
読点︑濁点︑漢字︑仮名づかい︑畳字︑ふりがな︑ミセケチなどは底
本のままとしたが︑漢字︑異体字︑変体仮名は現行の文字に改めた︒
見せ消ち・訂正部分は︑該当箇所の左に*を付す︒
一︑底本にはないが各説話の冒頭に私意により通し番号を付した︒和歌
は︑二字下げとした︒本文で二・三字下げた注記の類として本文とは
区別されて表記されていると思われる部分は︑三字下げて記した︒ま た︑底本にある二行﹁分かち書き﹂の部分は︹
︺を付し︑
脇の傍書・
注記の類は︑︵ ︶に入れて︑底本にあるままに付した︒
一︑本文丁数は︑丁の終わりに︵
﹂ ︶を付し︑上中下巻の別と丁数とそ
の表裏を︵上1オ︶・︵上1ウ︶のように記した︒
一︑底本にはないが︑各説話間に一行分の空白を設けた︒
宇治大納言物語下
52
いまはむかし︒閑院のおとゞ冬つぎ0 0
と申人の御子︒内舎人よしかど 0
0 0
申けり︒むかしはやんごとなき人も︒うとねりにぞ成給ひける︒其御子
に︒高藤と申おはしけり︒わかくより鷹をなんこのみ給ひける︒高藤父
のうとねり殿も︒このみ給ひければ︒此すゑもつたへて好給ふなるべ
し︒廿ばかりにおはしける程に︒九月ばはりに小鷹狩に出給ひぬ︒山し
なの
︒ないしやの岡をつかひゐ給ふに
︒申時ばかりに
︒かきくらがり
て︒大なる雨ふり風ふき神なりければ︒人〻やどりせんとて﹂︵下
天明六年版﹃宇治大納言物語﹄紹介・翻刻︵二︶
白 石 美 鈴
むきたる方に︒みなはせちらしていぬ︒此君にしの方に︒人の家のみゆ
るに︒馬をはしらせておはしね︒御ともに︒馬かひ男一人なん侍ける︒
ちいさき門のうちに入給ひね︒馬を引入て︒とねりおとこいたり︒君は
板敷にしりうちかけておはしけり︒雨風まさり神なりておそろしけれ
ば︒帰給ふべきやうもなし︒目もくれぬ︒いかにせんと︒心ぼそくおぼ
してゐ給へるに︒あをにぶの狩衣袴きたる男の︒歳四十ばかりなるが︒
いできて︒こは何人のかくてはおはしますぞといへば︒鷹つかひに出た
りつるに︒かゝる雨﹂︵1ウ︶にあひて︒ゆくべきかたもなくて︒馬の
むきたるにまかせてはしらせつるに︒家のみえつればよろこびてきたる
也︒いかゞせんずるとのたまへば翁︒雨いたくふらん時は︒かくておは
しませかしといひて︒馬飼の男のもとによりて︒たがおはしますぞとと
ひければ︒しか〳〵の人のおはしますなりといひければ︒其時に︒けい
めいしてとりしつらひ︒火ともしなどすめり︒とばかりありて︒あやし
のようにさふらへど︒うちへぞおはしまさめ︒御ぞもいたくぬれさせ給
ふてさふらふめり︒ほしてこそ奉﹂︵下2オ︶らめ︒御馬に草かはでは
いかで侍らはん︒あのうしろの方へ引入てなど申︒あやしの家なれど
も︒ゆへびておかしくす︑みたれば︒むげの物にはあらざりけれとおぼ
して︒またかくてあるべきにもあらねば入給ひぬ︒あじろをてんじやう
にはしたり︒莚屏風をたてたりき︒きよげなる︒かうらいべりのたゝ
み︒三えばかりしきたり︒入てくるしければ︒よりふしたまひぬ︒御か
りぎぬ御さしぬきなどとりて︒翁入ぬしばしばかりふしてみ給へば︒ひ
さしのかたのへり戸をあけて︒十三四ばかりなる﹂︵下2ウ︶をんなの︒
うちこほこき︒すわうのきぬ一かさね︒こきはかまきたる︒扇さしかく
して︒かた手にたかつきをもちて︒はぢしらひて︒とをくそばみてゐた
るをみれば︒かしらつきほそやかに︒かみのかゝりひたいつき︒かやう のものゝ子ともおぼえず︒いとおかしげ也︒たかつきにおしきすへて︒
かはらけにはしをきてもて来りたりけり︒まへにをきてかへりぬ︒ゆく
うしろで︒かみのふさやかに︒よをろには過たりと見えたり︒又折敷に
物をすへてもてきぬ︒おさなけれど︒さかしくもすへず︒ゐざり﹂︵下
3オ︶のきてゐたれば︒ひめをして︒こをほね︒おはびほえとり︒うる
か︒などしてまいらせたるなりけり︒日いとたけがうじたるに︒かくま
いらまいらせたればげすのものなれど︒いかゝせんとおぼしてまいり
ぬ︒夜もふけぬればふし給ひぬ︒このありつる人の心につきておぼし給
ひければ︒ひとりふしたるがおそろしきに︒ありつる人こゝにきてあれ
とのたまへば︒まいらせたる︒とよれとて︒ひきよせてふし給ひぬ︒ち
かきけはひ︒よそにみつるよりは︒こよなくけたかうなつかしうらうた
し︒あはれにおぼす︒かやう﹂︵下3ウ︶のほどの始にてはいかでかか
くはあらんとあさましくおぼえ給ければ︒まめ〳〵しく︒ゆく末までの
事をちぎり給ひけり︒長月なれば夜もながきに︒露まどろまれず︒あは
れにおぼえ給ふまゝに︒かへす〳〵ちぎり給ふ︒夜もあけぬれば︒出給
ふとて
︒はき給ふ太刀を
︒かたみにをきたれとて
︒ゆめ〳
〵親心あさ
く︒人にあはすとも︒人みる事すなと︒いひつゝけて出もやらず︒かへ
す〳 〵ちぎりをきて出給ひぬ
︒馬にのりて
︒四五町ばかりおはする程
に︒御ともの人〳〵︒ここかしこより尋奉﹂︵4ウ︶りて︒きあひて浅
ましがりよろこひける︒さて殿にかへり給ぬ︒父殿︒きのふ出させ給し
まゝに︒見え給はず成ぬれば︒いかにしつる事にかとおぼしあかして︒
あくるをそきと人いだしたてゝ尋給ふ程に︒おはしたればうれしとおぼ
して︒若きほどにかゝるありきする事あしき事也︒我心にまかせて鷹つ
かひありきしを︒こ殿の露けいし給はざりしかば︒是もまかせてありか
するに︒かゝる事のあれば︒いとうしろめだし︒いまよりかゝるありき **
天明六年版『宇治大納言物語』紹介・翻刻(二)
なせそとて︒鷹つかひ給はず成ぬ︒御とも﹂︵下4ウ︶の人〳〵も︒こ
の家をみず成にしかば︒たづぬべきやうもなし︒とねりおとこはいとま
申てゐ中へいぬ︒わりなく恋しくおもはせ給へど︒人やるべきやうもな
し︒月日はすぐれど︒恋しさはいやまさりにて︒心にかゝらせ給はぬ時
もなし︒四五年にも成ぬ︒父殿はかなくうせ給ひぬれば︒おぢの殿ばら
の御もとに︒かよひてぞすごし給へる︒おやもうせて心ぼそくおぼえ給
まゝには︒此みし人の恋しくおぼえ給へば︒めもまうけですごし給ふほ
どに
︒六年ばかりに成ぬ
︒此御もとにありしとねり男
︒ゐなかよりの
ぼ﹂︵下5オ︶りてまいりたりときかせ給ひて︒御馬めしいでゝ︒かは
せはたけさせなどせさせ給ふ︒さておまへちかくまいりたるに︒此男
に︒一とせ雨やどりしたりし家は︒覚ゆやどとひ給へは︒いかゞおぼえ
さふらふと申ければ嬉しとおぼして︒けふいかんとなん思ふ︒鷹つかふ
やうにてあれとおほせられて︒御ともには︒たちわきなるものゝ︒むつ
ましくめしつかひけるをぐして︒あみだの嶺ごえにおはしぬ︒日入ほど
になん︒かしこにおはしつきたりける︒きさらぎの中の十日のほどなれ
ばまへなる桜ところ〳〵ちりて︒鶯木末﹂︵下5ウ︶になく︒やり水に
花ちりてながるゝをみる︒いみしうあはれなり︒ありしかどにうち入
て︒家主のおとこめし出せば︒おもはずにおはしましたるがうれしさ
に︒てまどひをしてまいりたり︒ありし人はありやととはせ給へば︒さ
ふらふよし申︒よろこびながら︒おはせし所に入給へれば︒木丁のうち
にはたかくれてゐたり︒見給へば︒みしよりはこよなくねびまさりて︒
あらぬ物にてめでたくみゆ︒かたはらに五ッ六ばかりのをんなの子の︒
えもいはずめでたきいたり︒これはたそとのたまへば︒うちうつぶし
て﹂︵下6オ︶なくにやあらんとみゆれば︒はか〳〵しういらふる事も
なければ︒心えずおぼして︒此家なる人やあるとめせば︒父おのこまい りゐて︒ひざにゐたり︒此ちごのあるは︒たれぞととい給へば一とせおはしましたりし後︒人のあたりにまかりよる事もさふらはず︒おさなく御物なれど︒おはしましてかし後より︒たゞならず成て︒生れてさふらふなりといふまゝに︒いみしくいよ〳〵あはれに成にたり︒まくらがみをみれば︒をきし太刀あり︒さはかくふかきちきりなりけりと思ふも
いよ〳〵あはれにおほず事か﹂︵下6ウ︶ぎりなし︒かくて其夜とゞま
りて︒又の日かへり給ふ︒此家あるじ︒なに人にかあらんとおぼして
たづねとひたまへば︒此郡の大りやう︒みやぢの弥益といひ侍る︒かゝ
るあやしき物の姫なれど︒さるべき︒先の世のちぎりこそあらめとおぼ
して︒又の日むしろばかりの車にしたすだれかけて︒さふらひ二三人ば
かりぐしておはしぬ︒車よせて此女のせ給ふ︒むげに人なからんもあし
ければ︒母をめしいでゝのせらる四十ばかりの女のさすがにかばかなる
さましてさようのものゝめとみえたり︒わか色のき﹂︵下7オ︶ぬに
かみきこめて乗ぬ︒殿におはして︒西の対にしつたひおろし給︒また人
の方にめもみやらせ給はず︒見給ふほとに︒うちつづき︒おのこ子二人
うみつ︒やんごとなくおはする人なれば︒たゞ成になりあがり給ふ︒大
納言に成給ひぬ︒此の姫君は︒宇多の院位におはしますに︒女御にまい
らせ給ふ︒さていくばくもなくて︒醍醐の御門をばうみ奉り給へる也け
り︒男二人は和泉の大将と申︒其弟三条ノ大臣となん申ける︒此おほぢ の大りやういやますは︒四位に成て刑部ノ太輔にぞ成たりける︒だいご
の御﹂︵下7ウ︶門位につかせ給ひければ︒大納言は内大臣になり給ひ
にけり︒いやますが家は︒今の勧修寺也︒むかひの東の山づらに︒むば
の家にはだうを立てり︒其寺を大やけ寺となんいふ︒此いやますが家の
あたりを︒あはれとおぼすにやありけん︒だいごの御門の御ささきは
ちかくせられたりとなん
53
いまはむかし︒小松の御門の御をひ︒清和天皇のみこ︒位につかせたまはで︒小松の宮とて︒誠にひさしく人まいるよもなくてすぎさせ給︒
ざえもおはしまし︒御心もちかしこくおはし﹂︵下8オ︶ませどもかひ
もなし
︒御子三人おはしましける
︒つれ〳
〵のまゝに
︒あらまし事に
は︒位につきからば︒我等いかゞ思ふべき︒所望どもありなんと仰られ
ければ︒太郎の宮︒さる事さふらはゞ︒大貳になりて︒暫にしの国を十
給はらんと申給ふ︒二郎は東国十五給はらんと申給ひける︒たよりなく
わびしきに︒心きえして申給ふ︒ていしの院三郎にして︒我は位につか
せ給はゞ東宮にたちて︒御つぎをこそはじめさふらはめと申給ひき︒よ
く申給ふとおぼしめしける︒されどたゞ人にて︒わうじゞうと申たるぞ
かし︒﹂︵下8ウ︶去程に陽成院位につかせ給ふて物にくるはせ給ふよう
にて︒けうふしぎのまつりごとをせさせ給へばすべきかたなくて︒関白
殿をはじめて︒世はうせなんと歎きあひ給へどかなはず︒いきたるもの
ともをとりあつめてくちなはに蛙をいくらともなくのませ︒猫に鼠をと
らせ︒犬猿などをたゝかはしつゝ︒ころさせ給ふだにあるに︒はてには
人を木にのぼせさせ給ふて︒うちころさせ給ひつゝ︒いくらともなく人
しぬるに︒関白にて昭宣公なげきて︒今はすぢなし︒位をおろしまいら
せんとおぼして︒されぬ﹂︵下9オ︶べき宮たち︒またちかき御門の御
ぞうの︒源氏に成給へるなどを見ありき給ふに︒宮達は心えてよく見え
んと︒つくろひきらめきあひ給へり︒つき〳〵しく︒いみしきを︒これ
もわろし︒是もよくもみえずとおぼして︒小松の宮へまいりて︒此由申
させ給へば︒さきかせ給ひぬとて︒しばしありて入奉りて︒とみに出さ
せ給はず︒けたかく物し給ふとおぼす程にぞ出給へる︒ふるめき神さび
て︒御なをしもきたまはず︒したりがほなるさまにて︒何事にたちよら
せ給ひたるぞとて
︒もののたまひたるさまも
︒よくおはします
︒位﹂
︵下9ウ︶につかせ給ひたらんにかしこくおはしましなんと見奉り給ひ
て︒かう〳〵と申給へば︒いつばかりと問せ給へば︒程へばあしくさふ
らひぬべけれは︒あさて日もよく侍ふ︒其日とてまかで給いぬ︒さて内
にまいり給へれば︒木に人をのぼせてうちころしたるを︒けうじて人々
笑︒われもわらひ入ておはします︒いとあさまし︒おとゞ申給ふ︒つれ
〳〵に侍らへば︒くらべ馬のせんとし給ふに︒行幸して御覧ずべきよし
申給ふに︒いみしうよろこばせ給ひて︒いつばかりと仰らるればあさて
と申給へば︒よろこびて︒いつし﹂︵下
10オ︶かとまたせ給ふ
︒其日に
成ぬればかんだち殿上人せう〳〵まいりて︒よき人々をばえりとゝめ
て︒年老すゑあるましき人々うかうまつりて︒陽成院といふ所に御輿よ
せておろし奉りつ︒さて後にぞ︒物ぐるはしく人をさへころさせ給て︒
世の失侍ひぬべければおろしまいらせつると申かけらるゝを︒聞せ給ひ
てぞ︒かなしき事かなとて︒をう〳〵とおめかせたまひたりける︒さて
やがて昭宣公をはじめ奉りて︒百官引つれて︒御輿ぐして小松の宮へみ
らせ給ぬる︒めでたくいみしき御輿よせた﹂︵下
10ウ︶るに
︒行幸には
是にはのらぬものを︒今一にこそのれと仰られければ︒おりさせ給ひぬ
るをのせ奉りてさふらへば︒此御輿をもてまいりて侍ふと申させ給へ
ば
︒さ仰られけるを
︒うへのきかせ給て
︒年比わびしくならひたる心 に
︒所せくや人の思はんと
︒あやうくおはして
︒なにの輿なりとも
︒
たゞのらせ給へかしとぞ︒はせつきて申給ける︒さて位につかせ給ひ
て︒宮達の申給ふまゝに︒西国東国奉らせたまへば︒わろく申てけりと
おぼして︒いとも給はり給はざりけり︒宇多の院位につかせ給て︒けふ
までその御ぞう﹂︵下
11オ︶におはします
︒母上はきさきにならせ給ひ
ても︒御木丁のめぐりを︒月に一度︒ものかはんと︒みそかにいひてめ
ぐりありかせ給ひけると申侍たり︒誠にや︒それは小松の宮より︒市に
天明六年版『宇治大納言物語』紹介・翻刻(二)
出て物をうりかはせ給て︒かくせねば︒心ちむつかしきとて︒しつれば
心ちのよくならせ給ひけると申伝へたり
54
いまはむかし︒国経の大納言0 0 0 0 0
と申人おはしけり︒その妻にて︒在原の 0
0 0 0
中納言といふ人のむすめ
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
なん︒えもいはず︒かたちきよげにうつくしう 0
て︒大納言は歳六十よ︒北のかたはわつかに﹂︵下
11ウ︶廿ばかりにて
そおはしける︒いみしう色めきたる人にて︒老たる人にぐしたるを︒心
ゆかぬ事にそ思ひたりきる︒大納言の御をいにて︒左大臣おはしける︒
本院にぞ住給ひける︒歳廿七ばかりにて︒かたちありさま︒めでたくい
みしき人にてぞおはしける︒此おぢの大納言の北の︒めでたきよしを
きゝ給ひて︒ゆかしとおぼしわたりけるに︒其比すきものゝ兵衛の佐み
0 0 0 0 0
このまご
0 0 0
︒名はいやしうもあらざりけり︒あざな平中とぞいひける︒其 0
比の人の娘︒宮づかへ人︒みぬなんなかりけり︒此大納言の妻をも︒此
兵衛佐忍び︵下
12オ︶てみるといふ事をきゝ給ひて︒誠にや︒いかでき
かんとおほしけるに︒冬の月あかゝりける夜︒此兵衛佐まいりけるに︒
何となき世のものがたりし給ふほどに︒夜も更にけり︒おかしきさまの
物がたりのつゐでに︒おとゞ近くゐよりてとひ給ふやう︒こゝに申さん
事かくさずの給へ︒こゝら見たまふ女の中に︒めでたきはたれかあると
とひ給へは︒いみしうかたはらいたき事なれど︒我まことに思はゞ︒あ
りのまゝにいへとおほせらるれば申なり︒籐大納言の北の方こそ︒世に
似ず誠︵下
12ウ︶目出度人におはすれと申に︒まことなりけりとおぼし
て︒それをばいかにしてみ給ひしと問給へは︒そこにさふらひし人をし
りたりしが申し也︒老たる人にそひたるを︒いみしう侘しき事になんお
もひたるときゝ侍しかば︒わりなくかまへていはせて侍しに︒にくから
ずなん思ひたると侍しに︒にくからずなん思ひたると侍りて︒いみしく 忍びて︒ふべむにみ初てなん侍し︒うちとけてもえあひ侍らずときこゆれば︒あしきわざをもし給ひけるかなとて︒わらひの給ひける︒さて心のうちに︒いかで此人を見んとおぼす心︒﹂︵下
13オ︶ふかく成まさりに
ければ︒其後よりは︒此大納言をぢにおはしければ︒事にふれてかしこ
まりきこえ給ふ︒大納言ありがたくうれしく︒かたじけなき物にぞ思ひ
給ひける︒女とらんずるをばしらでと︒心の中におかしく覚しける︒か
くてむ月に成ほどに︒三日が間まいらんとの給ひけるよしを︒大納言
きゝ給ひて︒家を作みがき︒御まうけをなんし給ひける︒正月三日に成
て︒さるべき殿上人上殿部ひきぐして︒此大納言の家におはしければ
よろこび物にあたり給事かぎりなし︒あるまじなどまう﹂︵下
13ウ︶け
たるなど︒げにことはりとみゆる︒さるうちくだるほどに日暮ぬ︒うた
ひあそび給ふ事おもしろく︒そゞろ寒きまでめでたし︒此おとゞ︒御か
たちよりはじめ︒すぐれ給へる御ありさまの︒よのつねならずめでたう
おぼすれば︒萬の人ゝめをつけたてまつりみ奉る事いみし︒北の方は
おとゞのおはするそばの方よりのぞき給ふに︒おとゞのかたちけはひ
吹いるゝにほひより初︒人にすぐれ給へるを見給ひて︒我身のすぐせ
こゝろうくおぼゆ︒いかなる人︒かゝる人にそひてあらん︒歳老ふるく
さ﹂︵下
14オ︶き人にぎしたる
︒事にふれてわびしくおぼゆ︒身のをき
所なく︒心うくあんじゐ給へるに︒此おとゞかくうたひあそび給ひて
此すだれの方をしりめに見をこせ給ひ︒はづかしげにいはんかたなく
すだれのうちさへわりなく︒ほゝゑみて見をこせ給ふも︒いかにおぼす
らむといとゞはつかし︒かゝる程に︒夜やう〳〵ふけゆくに︒皆人えい
にたり︒ひもときかたぬぎて︒舞たはふれ給ふ事かぎりなし︒帰り給ひ
なんとする程に︒大納言申給ふは︒御車をこゝにさしよせて奉れ︒いた
くゑはせ給ひにたりと﹂︵下
14ウ︶申給へば
︒いみしくびんなき事
かでさる事侍らむ︒いたくゑひなば︒此殿にこそ侍らめ︒忽ゑひさめて
まかり出なんとの給ふ︒ことかんだちめも︒きはめてよき事なりとて︒
たゝよせに︒御車ひかくしのもとによせさするほどに︒引出物にいみし
き馬ふたつ︒目出度御琴などとり出たるに︒おとゞ︒大納言にかくけう
ゑのために参たるを︒誠にうれしと申給ふ︒かゝるゑひのついでに︒し
れ事申はびんなき事にてさふらへど︒おぼさは︒かぎりなくやむ事なか
らん引出物をこそ給らめとの給へば︒大納言︒いみしう﹂︶下
15オ︶ゑ
ひたる心もめいぼくあり︒うれしくおぼゆるにかくの給へる︒我身は︒
此そひたる人をこそいみしくおぼゆれ︒おとゞにおはすとも︒かばかり
の人は︒えやもち給はあらん︒しりめにかけて︒みすの中を常に見やり
給ふるも︒わづらはしくはおぼえつ︒おなじくは︒かゝる物もちたりけ
るともみせ奉らんかしと︒酔ぐるひたる心なれどおぼして︒おきなのも
とにはかゝる物こそさふらへ︒是を引出物にまいらすとて︒屏風ををし
たゝみて︒すだれよりをしいれて︒北の方の袖をとりて引きよせて︒こ
れにさふ﹂︵下
15ウ︶らふと申給へば
︒誠にまいりたるかひありて︒い
まこそうれしく侍れとて︒おとゞよりてひかへ給ひぬれば︒大納言たち
のきて︒こと殿原を︒いまは出給ひね︒おとゞはとみにいで給はしとの
さまへば︒上殿部めをくばせ︒ひぢをつきて︒あるひは出給ひ︒或はた
ちかくれて︒いかなる事ぞみはてんとおぼす人もあり︒おとゞ︒いまは
誠にいみしく酔たり︒車よせよ︒すぢなしとの給ふ時に︒御車庭に引出
したるを︒人ゝさとりてさしよせつ︒大納言よりて︒御車のすだれもた
げ給ふ︒おとゞ北の方をかきいだきて︒車にうちのせて︒や﹂︵下
16オ︶
がて︒つゞきて乗給ひぬ︒大納言︒すじなくてや︒をんななども︒我な
わすれそとなんいひかけ給ひける︒忽車やり出させて出給ひぬ︒大納言
内に入て︒装束をときてふし給ひぬ︒いみしくゑひにければ目くるめ
き
︒心ちあしくて
︒あかつきがたにやう〳
〵醒 て︒夢のように見しこ
とゞもおぼゆれば︒ひが事にやあらんとまでおぼして︒女房に︒うへは
ととひ給へば︒ありしやうをかたるに︒いみしうあさましう︒うれしと
いひながら︒物にくるひにけるこそ︒酔の心といひながら︒かゝるわざ
する人やあると︒おこにもたえがたく︒﹂︵下
16ウ︶かた〳
〵思へとも︒
とりかへすべきやうもなし︒女のさいはひのするなめりとおもふにも︒
我を老たりとおもひたりしきそくのみえしも︒ねたくくやしく︒かなし
く恋しく︒人めにぞ︒心としたる事とおもはせて︒心のうちには︒わり
なく恋しくなんおぼしける︒左のおとゞは︒我もとにゐておはして︒對
にしつらひすへてすみ給ふに︒こゝはとみゆる所なく︒いみしくなんお
ぼしける︒北の方の心には︒年比の人をむつかしとおもひつるに︒かゝ
るめでたき人にそひてあるを︒我身のすぐせかしこくおもひける︒もと
の﹂︵下
17オ︶人は
︒我をわりなく心ざし思ひたりしをぞ︒あはれとお
もひ出られける︒平仲も老のむつかしさにこそ︒なぐさめにわりなくし
てあひしりつれ︒かゝる人にそひにたれば思ひ出べきにあらぬに︒又我
をば色めきとみ給やらん︒ひまもなくもてなし給へれば︒何事にもかく
しも身もてなすべきにもあらず︒かくてある程に︒うつくしげなるおの
こゞうみつ︒その子中納言に成て︒本院の中納言あつたゞ
0 0 0 0 0 0 0 0 0
と云は此人な 0
りけり︒誠にわすれにけり︒おとゞ北の方車にのせ給しほどに︒下かさ
ね﹂︵下
17ウ︶のしりとりて
︒御車にいるゝやうに︒平仲よりて︒かき
つけて︒をしつけてさりにけり︒おとゞみ給はず成にけり︒北の方また
みけるに︒袖の下にみちのく紙をひきやりてをしつけたるを︒あやしと
おもひてみれば忍ぶる人の手にて
物をこそいはねの松の岩つゝじいはねばこそあれ恋しき物を
となんありける︒車にのりしほど︒下がさねのしりに入しは︒是にこそ
天明六年版『宇治大納言物語』紹介・翻刻(二)
有けれとおぼしける︒又ある人のかたりしは︒若君のかいな
0 0 0 0 0
に書て︒母 0
に見せ奉れとてやりらりけるとも申す
昔せし我かねごとのかなしきはいかに契りし名残成けん﹂︵下
18オ︶
此哥こそ
︒ちごのかいなに書て
︒母にみせ奉れといふに
︒若君見せけ
り︒女いみしくなきて︒又かいなにかきて返し
うつゝにてたれ契けん定なき夢ぢにたどる我は我かは
写本云
有 アリ
二宇 ウ治 チ拾 シフ遺 イ行 ヲコナハル︒
世 ヨニ
這 コレ
箇 コノ
物 モノ
語 カタリ未 イマダ
有 アラ︒
鏤 ネリハムルコトシニ
梓一是 コノ
故 ユヘ
乞 コイ二假 カツテ或 アル
家 イヘニ︑ 所 トコロノ︑
秘 ヒスル
之本 ホンヲ使 テ 満 ミチ
直 ナヲ
謄 ウワサ
間
多 ヲホシ
舛 クハ
差 シヤ
一只 タゝ
追 ツフ
二陶 トウ
靖 セイ
節 セツノ
之遺
イ風 フウヲ
不 ス
求 モトメ︒ 甚 ハナハタ解 カイシ︒ 暫 シハラク︒ 俟 ニツテ︒
侘 タ
日 シツヲ︒ 要 ヨフスト︒ 考 カンカウルコトヲ︒
同 トウ
異 イヲ︒
云 イフ︒
爾 シカ
﹂ ︵ 下 18ウ︶
高藤系図
天明六年丙午春求版校正
大阪書房 河内屋八兵衛﹂︵下
19ウ︶
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シム 良門内舎人勧住寺家祖 閑院左大臣冬嗣公六男
高藤
勧住寺内大臣 定国定国定方母者宮内大輔弥益女 ミヤヂノ大リヤウ也
定方右大臣左大将三条右大臣
女子宇多院女御醍醐御門之母也﹂︵下
19オ︶
利基 左中将兼輔 中納言惟正
従五位下 紫式部
源氏作者 大貳三位
狭衣作者 刑部大輔為時 正五位下越前守
江戸日本𣘺通壹丁目 須原屋茂兵衛 同日本𣘺通二丁目 山城屋佐兵衛 同芝明神前 岡田屋嘉 七 同中𣘺廣小路 西 宮弥兵衛 同浅草茅町二丁目 須原屋伊 八 大阪南久宝寺町心斎𣘺南ヘ入 堺 屋新兵衛 同順慶町心斎𣘺南ヘ入 堺 屋定 七﹂︵下
20オ︶
書林