環境による教育
久保田江満子*多田 慧子*大里 道子*
福田 洋子* 石井 智子*
1.は じ め に
幼稚園の教育は,環境による教育であると言われている。環境とは,園生活の中で幼児を取り巻くす べての環境を示すものであり,幼児の育ちにかかわることになる。すべての環境とは,最も大きな環境 としての教師自身を始めとして教材,教具,友達,家庭生活,更には幼児を取り巻く自然と様々なもの が考えられる。教師は,これらの環境がより有効に働くために,一人一人の幼児の心を正しく読みとり,
その都度その幼児に見合った環境を幼児と共に構成し直しながら,幼児期にふさわしい生活を営み,幼 児の育ちを促すものとなるようにしていかなければならないと考えている。
2.主体的な生活をささえる環境
幼児の生活は,主体的であるということが大前提であるが,一人一人の幼児が好きなことを好きなだ
けしていることが果して主体的生活をしているといえるのであろうか。集団生活の中で一人一人が主体 ○
的に生活することについて再考していくことにする。
M男の場合,朝の登園は,はっきりとして目的をもったものであり身支度をする間もなく好きな遊び に取り組む。非常に意欲的で工夫され楽しそうな遊びの展開となっている。しかし,遊びの様子をみる と,自分を強く出し自分の考えだけで遊びを進めようとしている。嫌だと思うことは決してしようとし ない。周囲のことにっいては,ほとんど考えている様子は見られない。また,皆と一緒に話を聞くこと もできないことが多い。
この様なM男の状態から見ると,自分のやりたいことに対しては,非常に主体的であるが,一緒に遊 んでいる友達の気持や,自分を取り巻く状況に全く無関心で思うがままに生活しているように思われる。
これで果して主体的に生活しているといえるのであろうか。幼児一人一人が主体的に生活するためには,
ぶっかり合いがあったり,相手の存在に気付き,自己統制していくことが必要になってくるはずである。
これこそ,集団の中での育ち合いによってなされるものであり,環境による教育であると考えている。
即ち,一人一人が主体的な生活を営むということは,とりもなおさず一人一人の自己統制できる育ち につながっているということである。一人一人に主体的な生活をさせるために,教師は,一人一人の幼 児が思う存分に自己表出することを通して自己統制をすることができるような育ちを願いながら,幼児 と共に生活し,大きな環境としての役割を果していかなければならないと考える。
*茨城大学教育学部附属幼稚園
28 茨城大学教育学部教育研究所紀要第22号(1990)
幼児一人一人が主体的に生活できるようになることをねがいながら,毎日繰り返される幼児の遊びを 見てみると, 一人一人は勿論のことグループ遊びにも次のような姿がみられることに気付く。
それぞれの幼児が 育ちあう 問題提起をする 解決策を
主体的に自分をだす 考える
幼 興味・関心 ぶつかる 働きかける 幼児が主体的に 児
・友達が ・一人 が
・場が ・友達と 変 働きかける ・物が わ
・教師が る
環境構成 環境の再構成
これらの流れは,好き勝手に遊んでいるように見える小さな遊びの中にも見られ, 積み重なりながら 学級集団という本流に流れ込み集団を構成する者の一人として成長していくように思われる。この流 れの中の問題提起をすることこそ,環境の構成そのものであり,教師のねがいにつながっていくものと 考えている。
しかし,ここで考えなければならないことは,主体的に生活している幼児一人一人は,興味のもちか たも,感じ方も違っているということである。クラスの構成メンバーによっても雰囲気も違い,行動も 違ってくる。これらの幼児をまるごと受けとめ,一人一人の育ちに合った予想立てをしながら,幼児一 人一人が主体的に生活するための環境の構成をしていかねばならない。更に予想の違いは,日々の生活 の中で瞬時のうちに再構成し,その場その場で環境を変えていくことが可能となる柔軟な教師の対応が 幼稚園教育のすべてにつながっていくということである。しかし,幼児が主体的に遊んでいる中には,
教師が介入してはいけないと思われるような雰囲気を感じる時がある。
例えば,2〜3人の幼児が木陰に集まり,ゆったりとした気分で頭を寄せ合っている。のぞいてみる と,一匹のアリが一生懸命に大きなバッタを運んでいるのを見ているのである。ここで声をかけたらこ の雰囲気がこわれるであろう。そんな空気が流れている。この幼児たちを取り囲む環境として十分な雰 囲気を感じ,この時間をたっぷりと保障してやろうと思いながら,そっとその場を離れた。
このように生活のリズムに沿って展開される生活の自然な流れこそ大切であり,幼児を取りまく環境 として見直さなければならない重点事項であると考える。
以上の様な考え方を基本に幼児の主体的な生活をささえ園生活が営まれている。学級集団としての幼 児の生活をささえているものを現したものが図1・図2である。
図1
幼児鱒雑… 灘 環 留 墜 突
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興味・関心
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一l一人に, 応じて
の 教師のねがい1
主 環境の再構成
体 図2的
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の 関 幼児の育ち 立 ● 一人一人に
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応じて 化
3.育ち合う姿を見つめながら
クラスの一人一人を眺めてみると本当に色合いの違う幼児たちであることが鮮明に浮き出してくる。
同じような経験をしたからといって,かならずしもその経験が幼児一人一人の中に同じように貯め込ま れていくとは限らない。
例えば北側の窓から見える道路に時々大きな清掃車が来る。いっものように好きな遊びをしていた 男の子たちは,すぐに気付いて窓際に走り寄った。しかしちょっとのぞいたかと思うとすぐに元の遊び に戻る幼児遊びの場から背伸びしただけですぐに自分の遊びを始めた幼児自分の遊びに夢中になっ ていて全然興味を示さない幼児車が動くにっれてどんどん垣根に沿って車を追いかけていく幼児がい るなど様々な反応を示していた。
教師の働きかけはあったが結局清掃車を門の外まで追いかけていったのは5人の男子だけだった。し かし偶然やってきた清掃車に最も心を動かしたS児を中心とした製作活動が深まり,熱中して取り組む 様子から他の友達にも良い影響を与えていった。
このように受け皿の違う子供たちであることをしっかり捉え,その感じ方に応じたかかわりをしてい く中で,子供たち同士の育ち合いが更に,深められるような状況を作っていくようにしなければならな いと考えている。
(1)友達を環境として
幼児たちは,お互いがお互いに影響を受け合いながら幼稚園生活を送っているのである。この中 での育ち合いこそ幼児の育ちを促すたあの大きな環境となるものである。教師は,これらのことを 考え,自分のことだけに終止していた幼児が他の友達のことに気付くことができるようになった 時期には,自分を取り巻く友達の存在を知らせる意味でも今日遊んだことをクラス全体へ戻すこと
も必要である。
この様なことから友達の行動は,大きな環境となり集団生活でなければ育たない心の育ちを促し
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ていく大きな働きをもっているものと思われる。
②実践事例
教師は,様々なねがいをもちながら毎日の生活を幼児と共に過ごしている。幼児同士の刺激によ ってお互いが伸びていくことの大切さを考えながら,ねがいを達成すべき場が生じた場合は,瞬時 のうちに,環境をととのえ,そのチャンスを生かすようにすることが大切であると考える。
その舟どうして動くんだい (2年保育5歳児,9月)
〈教師のねがい〉
_ 一 一 _ _ 幽 一 噛 幽 曹 ■ 一 曹 . 一 . 曹 曹 . 一 . . 曹 o , ¶ r r 喧 騨 ■ 一 一 ■ 曹 層 , 弓 , } 一 一 一 一 一 一 一 一 一 幽 虚 9 . . 曹 ・ . 曾 . 一 ・ 9 . 雪 一 一 唱 ・ ■ 噛 , 甲 國 一 曜 一 曹 一 冒 ■ 一 ■ . 9 . 層 冒 一 一 一 1 C , 一 層 , , 層 一 一 一 一 一 一 一 幽 . 一 一 曹 虚 一 . 一 一 ・ , 冒 . ・ , . 縣 一 . 璽 冒 一 , . 層 , , , 一 一
c。幼児たちは今いろいろな動くものへ興味をもち始あている.いつかチャンスを見つけて工夫すi :: る力が付くようにしたい。
・ :
奄n 友達の良さに気付くように,一人一人の良さを表面に出してやりたい。
iO 新しいことヘチャレンジすることにより,それを乗り越えた楽しさを知らせたい。 、
一一一一_一一一一一_一一一一_一_一曽一幽曹・.,一■層,.▼, .曹,.雪一■暫響一●
P 曹 冒 ¶ , 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 ・ 曹 一 一 一 曹 9 − . 層 嘘 畠 甲 一 一 , . 曹 曽 曹 ■ 曹 , 雪 一 , , 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 曹 一 曹 一 . 一 ■ . 雪 一 一 一 , , 弓 一 雫 一 9 . 曹 . , 櫓 一 辱 甲 層 一 一
〈幼児の興味・関心〉
・………・一一…一一
i△が父親と一緒にi 〈環境の構成 (問題提起)〉
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L………一一一…一一一一一…・ 「あ!動いた,動いた」 1・ 質
@ ・「どうやつて一人で動いてll,鍍 雛編欝.
q環境の予想立て〉 …羅観示しi魯猛鱗講毅蟻 1
一一 一… … …−P 1集まって来た所へ教
猿?ヘの幼児にも矢・i ,師も参加し・鯛を投iiらせることによりi : げかける。 ・
, 1轤ソを促したい。 ・………・…一一 …………・ 〈幼児の姿〉:興味を示さない幼i ・………一一一一一一一一一一一…i ・……一………一・………一一一一一一一…一一一一i :1児もいるかもしれi :○必要になるであろう, 教師は環境構成をして幼児i 闘 o
奄ネいが材料を用i 木片などの材料を予想i の興味関心を促すと,ほと:
聯翻 1一鷹値輿巴へ耀騰艦始… o l Iiかもしれない・・ 19… 曹…………i ある・ …・………一一一一…一一一一一一…」 iO△児に声をかける , i O木片を友達のを見て同じi
i 「面白そうなものを△i i ような物を選ぶ。 :
ユ 一 碗ちゃんが作って来たii・むずかし酬轍師にi
…・・ i
@ γ i 溢罫,: 画 島^轟.} 一 漣 i醜癖 i
よ」
「児に声をかけると ォっと興味をもっで
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ii聞いたり・雄に手伝つii iてもらったりする・ ・1 、..冒一_._.._一__一_一一.。___−l
ノ ‡:
f欝ン、 …
△児が,始めると△凾ニ仲良しのグルーii このことにより淑の様な
i プの子供たちも集ま i 幼児の育ちが促された。
り一緒に始めると思 i
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われる。
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〈幼児の様々な気付き,一人一人へ〉
.虚冒}一一一一.一,一,曾r−一一一幽曹甲・圏一,}一一一曹曹・… 曹「,一一一゜一 .°冒雪,.一一一冒一層.°,¶
@ 一_一一噛・曹 開幽曹 ,_ 一一一幽曹 ,一曽曹F, 一一一,r,F.雪 一一一 ■ 一.. 一曹,一一一一一・,,一 一冒一雫一一1
秩@一 冒 , 一 ■ , ,
戟@ l : E○ゴムをぐるぐる回すことにより・舟力・ずっとii硬に自分なりの工夫をする・ …1 遠くまで行くことが分かり喜ぶ。 ・ 「僕はプロペラを2っにしてみよう」 i
○前に回すのと後ろに回すのでは,進み方が違i : 「ゴムを強くすればいいから何本もしよi
@ うことを知る。 i・う」 i
:○ゴムの強さが舟の進みに関係があるらしい。 i 「△ちゃんはすごいね」と認める幼児なi: i 層○何度も失敗してや殖しをする・ … どと・雄同士の育ち合いの襲多く見…、成功し塒の喜びが大きい。 …←→ることができた. i
○△児が分からない幼児を手伝うことにより△i i△のプロペラは2つ付いている。 :
C児の自信につながる。 ,△は自分が作ってきた舟にプ・ペラを2i iO友達を真似することで自分の力にしたり,友i l つ付ける。 : 圏
。㍊灘逗謙膿1翠決するこ…i(この様に,次々と工夫する姿や友達同士の育ち合う姿を見ることができた。)i i i とができる楽しさ。 . i
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〈環境の再構成〉
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iO次の日のために材料を用意しておく。 i,○興味をもたなかった幼児に対しては,なぜ興味を示さないか原因をよく見て,育ちに合った対応i
を考えて,無理をせず次の段階での参加がスムーズに出来るような配慮をする。 i
圏』一一_門曹_一一一一。_.一.一一一一一....,一一一一_一..一.一一一一一_……一・一・一一・…一…・…一…一一……一一一一…¶ 一 一一 … 一 一一曹一帽曾冒 一一一一曽 申曹 一一 …
考 察
この事例は△児が家から持って来た舟がきっかけとなり遊びが始まった遊びである。このことから
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も分かるように,幼稚園生活は,あくまでも生活の一端であり,園と家庭とが二分されるものではな く,連続性や循環性をもつものである。園から持って帰った雑誌にのっていた舟を 児は日曜日に父 親と一緒に作ったのである。その舟をしっかりと手に持ち友達に見せようと登園して来た。当然のこ
とながらその日,教師は,この様なことが起こることは考えもしなかった。偶然に起こった環境の変 化である。この環境の変化を見て教師は,周囲の幼児の興味,関心のもち方はどうか,育ちに合った 遊びであろうか,教師のねがいにそった遊びであろうかなどを考え,これらを他の幼児にどう受けと めさせたらよいかを見極め,遊びを進めていった実践例である。
△児の舟に刺激をうけクラスの幼児全体へと輪が広がり,次への環境となり,更に遊びの下地とな り,育ちへとっながっていくことが大切である。偶然に起こった環境の変化であっても,それが幼児 の育ちに合った遊びとして次への育ちを促すものであるなら,教師は,幼児の遊びによりよく働きか け援助していく必要があると思われる。
ま と め
幼児の生活を見っあると当然のことながら幼児一人一入を取り巻くすべての友達,教師,物等がそれ それの幼児の育ちを促すための環境になっている。更に,それぞれの幼児の起こした行動言葉は乱反 射しながら他の幼児に影響し,再びその幼児に戻ってくる姿を見る時,違った角度から環境の存在を見 出せたような気がした。
個を個として独立させて環境にかかわらせていくのではなく,集の中の個を見っめ影響し合っていく
がらその場その状況に応じた問題提起をし,環境の予 蟹抽 ㌦影
たかと考えたことがあっただろうか。幼児の突発的な行動に対しても教師は瞬時に判断し,様々な働き かけをしていたのではなかったか。
なにげなくしていたこれらの働きかけも,しっかりと意識をもって環境を構成していく必要があるの ではないかと考え,見直そうとしたものである。
環境にっいての理論的な理解はできているっもりであったが,環境構成することが幼児の主体的な活 動を阻害するものにっながる危険性を感じたりした従前の考え方を打破しながら実践を深あていきたい。