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   ヨーロッパにおける素描の歴史と技法 ⑹ 【 翻 訳 】

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   ヨーロッパにおける素描の歴史と技法 ⑹ 【 翻 訳 】

シャルル・ド・トルナイ 訳  森田義之・上月裕子

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第七章   画材 技法

 どのような技法や画材が特定の流派や時代に好まれたのか、あるい

はどのような画材や技法を画家は自分の素描のために選んだのかを見れば、その芸術的傾向が明らかになる。ある種の技法は他の技法より

特定の芸術理念を表現するのに適しており、素描家が探し求める実践的な目的にいっそう適っている。しかしそこに厳密な規則が存在する

わけではない。それぞれの技法には幾通りもの扱い方が可能だからである。たとえば、ペン素描は速描きの技法として用いることもできれ

ば、人物習作として綿密な描写をおこなうこともできる。それは閉じた輪郭を用いた線 的な様式で描くこともできれば、ハッチングで陰影 をほどこすことによって彫  塑的な効果を生みだすこともできる。あるいはまた輪郭線を消して線の集合によって陰影をほどこせば絵 画的

な効果を生みだすこともできる。とはいえ線的な様式は、概して白い地にペンかメタル・ポイントあるいは鉛筆で描かれることが好まれ、

彫塑的な様式は白地か着色紙に柔らかいチョークや木炭で描かれることが多い。また絵画的な様式は、絵筆によって淡彩や水彩で描かれる

か、上記の種々な技法を組み合わせて描かれることが多いと言えるだろう。

 どの技法が好まれるかは、素描が属するカテゴリーによって決まってくる。美術家が頭にひらめいたアイデアを描きとめるために素速い

スケッチ  構想スケッチ(pensiero(  をおこなおうとすれば、彼は最も自由で素速く操作することのできる技法、つまり、何の下地も ほどこしていない白い紙にペンや鉛筆、チョーク、木炭で描くことを好むだろう。

 ペン素描では、美術家は厳格な技法的手順の制約を受けることがない。すばやく紙に描き、望めばいつでも全体ないし部分を描き直すこ

とができる。ペンの線はチョークや木炭に比べれば永久的だが、線を簡単に消すことができないという不利な点もある。そのためいっそ

う確固とした熟練した手が求められる。チェンニーニが、工房の徒弟に、まず鉛尖筆(stile del piombo(やチョークで描くことから始め、 一年間の修業を終えてからペン素描に進むよう忠告したのはこのためである 1

。チョークや木炭の線がやや太く粗いのに対して、ペンは繊細

なニュアンスを表わせるという利点がある。またペンが小型のスケッチに向いていたのに対し、気孔があり柔らかな木炭やチョークは大型

の素描に適していた。 一般にペンには、鳥の羽根、とくに白鳥や鵞鳥の羽根が用いられた。

それが記録に初めて登場するのは古く六世紀にさかのぼる 2

。羽根ペンはきわめて細い線を引くことができた。それに比べると葦ペンが用い

られたのはややまれであったが、太い垂直線や細い水平線を引くことができた。レンブラントのような偉大な素描家はこうした特殊な効果

を巧みに活用している。 古いインクは今日では黄色か褐色を帯びているが、この色調が、か

つて黒インクだったものが酸化した結果なのか、それとも十六―十七世紀のインクがもともと褐色だったのかを判断することは、今となっ

てはできない。このようにインクの元々の色を判断するのは難しいため、カタログには一般に現在のインクの色が記されている。しかし、

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なんらかの変色があったと推測したほうがよいだろう。 木炭やチョークや鉛筆は、扱いかたが非常に簡単だったので、構想

スケッチに用いられることが多かった。すでに述べたように、これらの画材は耐久性に乏しく、簡単に消すことができたために、初心者に

よって用いられたり、最初の下描きに使われた。またそれらは擦ることによって陰影の効果を得ることができた。

 木炭は、古代のプリニウスの時代から知られており、シルヴァー・ポイントやペンの素描のための、また画布や板絵やフレスコ画のため

の最初の下絵用の安価な画材として用いられた(チェンニーニ﹃絵画術の書﹄、第三十三章 3

(。しかし真の木炭素描は木炭の定着方法が発見

された十五世紀の末になってようやく登場した。木炭は安価な画材であったために、大型の原寸大下絵の制作に用いられ、それによく適し

た画材であった。 黒チョークも、すでにチェンニーニ(﹃絵画術の書﹄、第三十四章 4

によって準備下絵に用いる画材として挙げられているが、同じ理由で、真の黒チョークの素描として登場するのは十五世紀末になってか

らである。素描が木炭で描かれたのか、黒チョークで描かれたのかを見きわめるのは必ずしも容易ではない。木炭の線はより柔らかくて太

く、チョークの線はより固くて乾いている

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。 赤チョークは、古代エジプトの時代から知られており、壁画のため

図素描に用いられた。しかしそれが真の素描として登場したのは一五〇〇年の少し前のことであり、最初にそれを本格的に用いた

巨匠はレオナルドである

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。微妙な明暗の変化は擦ることによってつけられた。赤チョークによるこうした明 暗表現の最も優れた画家の一人 はコッレッジョであった(図

めに白チョークで加筆することで、この柔らかさを達成した。   79(。彼は陰影のなかの反射光を表すた

 画家が細密な実物習作を試みたり、表面の材質感や形態の細部を描き出そうとする場合には、おそらくシルヴァー・ポイント(銀尖筆(

という手間のかかる繊細な手段を用いるだろう。シルヴァー・ポイントの技法、いっそう正確には、メタル・ポイント(金属尖筆(の技法

  尖筆の材質には鉛、金、青銅があり、また他の金属のこともあった  においては、美術家はあらかじめ定められた制作方法に規定さ

れている。メタル・ポイントの描線は白い紙の上ではほとんど見えないため、特別に下地をほどこした紙に描かなければならなかった。こ

の方法では訂正や変更ができないため、画家はこの下地作りをほどこした紙に、少しずつ、ゆっくりと注意深く描き進めるほかなかった。

メタル・ポイントの線は、しばしば髪の毛のように極めて細く、陰影がつけることができない。その線はうっすらとした灰黒色で、金属的

な光沢をおびている(シルヴァー・ポイントの場合は酸化によって線は茶色っぽくなる(。

 この技法は、徹底した細部描写をともなう表面のリアリズムを目指す画家たちにとって最適なものであり、それゆえ十五世紀のフランド

ルの画家たちに好まれたのも驚くには当たらない(図

150 151 紙の下地作りは羊皮紙に似た象牙色の色調に仕上げられた。その一方 152(。

で、レオナルド(図

67 68 て人の肌の柔らかさや明暗のあらゆる諧調を描き出そうとする画家た 72(のように、メタル・ポイントを使っ

ちもいた。レオナルドは、時々ビロードや絹のように美しいピンクや赤、緑、青などに着色された紙を用いている。しかしのちの絵画的な

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様式の時代になると、旧式で、手間のかかる制作方法であるこの技法は好まれなくなった。この技法がときおり登場するのは十七世紀の北

方の画家たちの作品くらいで、たとえばレンブラント(図

えて古風な効果を生みだそうとする時にそれを用いることがあった。 194(は、あ

 画家が人体の有機的な形態のリズムを追究しようとすれば、彼はペンか、赤チョークや黒チョークの方を好むことだろう。黒チョークや

赤チョークは、シルヴァー・ポイントよりも柔らかく、すでに述べたように、擦ることによって彫塑的な効果や絵画的な効果を生みだすこ

とができたからである。 画家が﹁完 成素描﹂を制作しようとすれば、つまり絵画に近

い効果を素描に与えようとすれば、彼は一般に複合的技法  たとえば、ペンやチョークの素描を淡彩やチャイニーズ・ホワイト(ジンク・

ホワイト/亜鉛華(によって仕上げる方法  を好むだろう。ルネサンス期の多くの﹁完成素描﹂では、暗い部分に淡彩がほどこされ、明

るい部分を表わすためにチャイニーズ・ホワイトでハイライトがほどこされている。

 淡彩は絵筆でほどこされた。画家たちは、淡彩にビスタ(bister/

bistre(と呼ばれる美しく暖かいトーンをもつ褐色インクをよく用い

た。ビスタは、十四世紀以来、広く知られている(チェンニーニ﹃絵画術の書﹄、第十章、第十三章、第三十一章(。しかし、ときには青イ

ンクや黒インクを用いることもあった。濃淡の差をつけたビスタ陰影が同時に用いられることもあり、それは素描の最終的な効果を調整す

るのに適していた。別の場合には、ビスタと青インクが一緒に使われ、前景にビスタを、背景に青インクを用いることで、ある種の空気遠近 法の効果が生みだされた 8

。 絵筆だけを用いて描いた素描もある。それらは絵画的な様式が主流

だった時代や画派に好まれた。たとえば、ヴェネツィア派は人物習作にも完成素描にも絵筆を用いた。十四世紀や十五世紀の初期において

は、絵筆を使った素描(図

倣したものであったが、十五世紀後半以降、筆遣いはより自由で線的 19(はフレスコ画やテンペラ画の効果を模

になり、ハッチングによってペン素描を模倣するようになった。この頃までは、ふつう絵筆の先端だけが用いられていたが、やがて画家た

ちは、色彩豊かな効果を生みだすために明暗のマッスによって表現するようになる。絵筆の全体を用いたこの種の素描は、水彩画やグァッ

シュ画を先取りしており、そこではビスタにかわって様々な色が使われている。たとえば、ドラクロワやセザンヌの作品のような最高の水

彩画は、本質的には﹁素描﹂にほかならない。それらは最終的な効果において紙の白地が決定的な役割を果たしているからである。そこで

は紙の所々が白地のまま残され、また色が置かれた箇所でさえ、多くの場合、紙の白地が透けて見えている。

 人物習作や完成素描のためのもうひとつの複合的技法が、二色ないし三色のチョークによる素描(dessin au deux crayons/dessin aux troix crayons(と呼ばれるものである。前者の場合は、黒チョークないし赤チョークとチャイニーズ・ホワイトを組み合わせている。後者の場

合は、黒チョークと赤チョーク、そしてチャイニーズ・ホワイトの三種類を組み合わせ、ふつう着色紙に描かれた。この複合技法には三つ

の主要な方法がある。第一の方法は、全体が黒チョークで描かれ、目、鼻、唇、耳にわずかな赤いタッチ(tocchi di rosso(が加えられるとい

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うもの、第二の方法は、肌と衣服を描き分けるために二つの色を用いるもの、第三の方法は、赤チョークと黒チョークの両方を用いて全体

に赤褐色のトーンを与えるというものである(図

182 9

。 これは赤、白、黒だけでなく他の色も用いるパステルに先駆ける技

法である。パステルの柔らかな効果は擦ることによって生みだされる。この画材は、早くも十五世紀にフランスの肖像画に用いられてい

ることから、フランスで発明されたものと思われる。レオナルドは、﹁アトランティコ手稿﹂(II, fol.247 ro. ((Meder, p.136 (のなかで、こ

の技法をフランス人から学んだと記している。

 素描の芸術的効果にとって最も重要なのは、描かれる媒体(支持体(の表面と肌 理である。つまりその滑らかさや粗さ、その色合い である。 紙が使用される以前は、羊 皮紙が主要な媒体であった。素描に羊皮

紙を用いることは写本彩飾画の伝統の名残りである。羊皮紙は、子牛や羊、山羊の皮革で作られたものなど、さまざまであった。中世にお

いてはノルマンディー地方やフランドル地方で最も良質な羊皮紙が作られた。チェンニーニは、羊皮紙の表面を整える方法を書き記して

いるが 10

、羊皮紙は、その滑らかな質感のために、文字を流れるように筆記することが可能であった。その象牙色の色調やインクを吸収する

無類の性質が豊かな効果をもたらした。そのため、羊皮紙は抑揚のゆたかな線描様式の時代であるゴシック期に好まれたのである。羊皮紙

は、十四世紀までほとんど独占的に用いられていたが、十五世紀になると、フラ・アンジェリコやヤコポ・ベッリーニといった保守的な画 家の素描を除いて、ほとんど見られなくなった。ときおり羊皮紙が用いられたのは、コンクール用の素描や、それ自体が芸術作品として描

かれた肖像素描、あるいは建築素描といった耐久性が必要とされた素描だけである。十七世紀の初めには、非常に精緻に仕上げられた小型

の羊皮紙の肖像素描が、とりわけオランダにおいて制作された。 とはいえ、ルネサンス期の素描の主要な媒体は紙である。紙は、

十二世紀以来ヨーロッパでも生産されるようになっていたが、素描用として一般化するのは十五世紀になってからである。

 素描に用いられた最も初期のイタリアの紙は、バンバジーナ紙(carta bambagina((麻や木綿の屑でつくられた紙、チェンニーニ﹃絵

画術の書﹄、第十章(と呼ばれた。それは部厚い滑らかな紙で、粗い羊毛のような表面をもち、今日では概して黄色化している。バンバ

ジーナ紙は、ペンやシルヴァー・ポイントを用いる素描では表面を整える必要があったが、木炭であれば直 に描くことができた。画家が紙

を着色しようとする際は、特殊な下地をほどこさなければならなかった。この紙の下地拵えには二通りのやり方がある。一つは、紙の表面

に手で粉末顔料を擦り込む乾 いた方法で、ときにはチャイニーズ・ホワイトをほどこす箇所にだけ粉末顔料を擦り込むこともあった。もう 一つは、アンバー、オーカー、あるいは辰 砂を絵筆で塗る湿 った方法である。

 しかし、シルヴァー・ポイントの素描のための下準備はさらに複雑であった。紙の表面は、焼いた骨粉に水をまぜて作った着色顔料を用

いて、筆によって丹念に覆われた。チェンニーニ(﹃絵画術の書﹄第十五章(はこの混合の処方について述べている。この着色紙(carta

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tinta(の考案は、十四世紀のフィレンツェの工房にさかのぼるようである。十四世紀のフィレンツェの画家たちは、紙に荘重な感じを与え る緑土(terra verde(の色調を好んだ。初期ルネサンスのフィレンツェの画家たちは、ピンク、菫色、明るい緑、黄色など、軽やかで柔らか

い色調を好み、快活な効果を生みだした。レオナルドやロレンツォ・ディ・クレーディといった何人かの画家たちは、彼ら独自の高度に洗

練された方法を創案した。 こうした着色紙は、十五世紀後半には他の都市にも広がり、シエナ、

ペルージャ、パドヴァ、ミラノなどでも見られるようになる。十五世紀後半のウンブリア派は、灰色味をおびた青や灰色がかった褐色の着

色紙を好んだ。北ヨーロッパの国々では、すでに述べたように、より単純な象牙色の紙が用いられた。イタリアの画家の影響下に、フラン

ドルやフランスやドイツの画家たちの素描に﹁着 色紙﹂が登場するのは、一五〇〇年以降のことである。

 あとから着色されたのではなく、もともと色の着いている紙が現われるのは、十五世紀の最後の四半世紀のことである。なかでも有名

なのはヴェネツィアで生産されたカルタ・アッズーラ(carta azzura(もしくはトゥルキーナ(turchina(と呼ばれる青い紙である。この青

色の紙は、十六世紀のあらゆるヴェネツィア派の大画家によって用いられ、また十七世紀と十八世紀のオランダやフランスの画家たちの素

描にも見られる。この紙は柔らかな均質の色調をもっており、特に、薄明りの場面におけるような絵 画的な効果に適していた。灰色や褐色

をおびた紙もあった。十七世紀のオランダ、特にレンブラントの工房では、滑らかで暖かい色味の中国製の紙が好まれた。  十六世紀と十七世紀のイタリアでは、四種類の寸法の紙が生産された。インペリアーレ(imperiale(は七四㎝×五〇㎝、レアーレ(reale

は六一・五㎝×四四・五㎝(これが一番標準的な寸法(、メッザーネ(mezzane(は五一㎝×三四・五㎝、そしてレクーテ(recute(は四五

㎝×三一・五㎝である 11

。 紙の研究は、ある素描の制作地や年代を割り出すために重要なこと

がある。透 し模様は、おおよその年代しか判定できないとはいえ、こうした目的にとって特に役に立つ。ある画家が、ある一定の時期に、

特定の町に滞在したことがわかっている場合、彼の作品中にその町の透し模様の入った素描があれば、その素描はその地に滞在中に描かれ

た可能性が大きくなる。このようにいくつかの事情がうまく結びつけば、かなり正確な制作年を割り出すことができるのである。

原註 

(₁( Cennino Cennini, Il Libro dell’arte, chap. XIII(邦訳/チェンニーノ・チェンニーニ﹃絵画術の書﹄、辻茂編訳、岩波書店、 一九九一年、八頁((₂( Wattenbach, Das Schriftwesen im Mittelalter, Leipzig, 1871, p.227; Meder,op.cit., pp.60ff.参照。素描用ペンに関しては、Cennini, op.cit., chap. XIII, chap. XIV (チェンニーニ、前掲邦訳、八-

頁(に詳細な記述がある。(₃( Cennini, op.cit., chap. XXXIII, (チェンニーニ、前掲邦訳、二〇頁(

(₄(Idem. chap. XXXIV, p.20(₅( Meder,op.cit., p. 144 参照。

(7)

(₆(Ibid. p.123(₇(Ibid. pp.72ff.(₈(セピア・インクは十八世紀末になって作られたもので(Meder,op.cit., pp.69ff.参照(、誤ってビスタと混同されることがある。

(₉( Meder,op.cit., pp.131f.

10 Cennini, op.cit., chap. X((チェンニーニ、前掲邦訳、七頁(。

11 Meder,, pp.174; Gardthausen, op.cit.Das Buchwesen im Altertum und im Byzantinischen Mittelater, Leipzig, 1911. 参照。

ff. (second edition, Leipzig, 1923). , four volumes, Paris, 1907.du papier dès leur apparition vers 1282 12 C.M.Briquet, Les Filigranes. Dictionaire historique des marques

〔もりた よしゆき/客員所員・愛知県立芸術大学名誉教授〕〔こうづき ひろこ/日本大学非常勤講師〕        

参照

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