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スーパーマーケットの経済的分析

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(1)

スーパーマーケットの経済的分析

その他のタイトル Economic analysis of Supermarket

著者 柏尾 昌哉

雑誌名 關西大學商學論集

8

1

ページ 23‑50

発行年 1963‑04‑30

URL http://hdl.handle.net/10112/00021640

(2)

23 

けられているといえる︒ さて︑経営上の三つの特徴とは何であろう︒ て来たといえよう︒その定義は︑時代の推移とともに若干の変遷が見られるが︑経営上の三つの特徴は一貫して保

スーパーマーケットの本質も一貫して続くこの三つの特徴を通して把握されねばな らないし︑その定義も︑この三特徴を今日的に表明していなければならないということになる︒

先ず第一の店の種類に関しては︑

組織を持つ小売店で食料品及び他商品を扱う﹂などと規定されている︒

営を行う食料品店︵純粋の食料品店及び食料品中心の店︶を指すことには異論がない︒

第二の販売方法に関しては︑どの規定もセルフ・サービスを中心とするということで一致している︒特に︑少な

くとも︑缶詰︑酪農食品に関しては完全なセルフ・サービス制が必要とされている︒従って︑ 持されて来ている︒とすると︑ アメリカにおけるスー︒ハーマーケット

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経営上の三つの特徴によって規定ずけられ 一は店の種類︑二は販売方法︑三は経営規模の三点において特徴ず

﹁高度に部門別化された食料品店﹂或は﹁高度の部門別

いずれにしても︑百貨店のように部門別経

スー︒ハーマーケットの経済的分析

いわゆる現金持帰主

(3)

24 

大規模小売形態という形に仕上って行くのである︒

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の方法が採用されることになる︒このセルフ・サービス制の採用は︑必然的に商業労働︵流

通費︶を減少せしめ︑商品の廉価且つ大量の販売を可能にする︒

第三は経営規模における特徴である︒スー・︒ハーマーケットの原初形態は︑従来の食料品小売店よりは遥かに総合

的ではあったが︑必らずしも取り立てていう程大規模という存在でもなかった︒これが急速に大規模化したのには

つまり︑高度に部門別化された食料品店とセルフ・サービス制という二つの特徴は︑流

通を担当する大商業資本にとっては格好の舞台であったからである︒折から︑独占高度化にともない産業資本に対

して相対的に圧迫されつつあった大商業資本は︑追加利潤の源泉探究の場をここに求めた訳である︒

資本主義農業が極わめて順調に発達したアメリカでも︑農業は工業に較らべると規模が小さい︒加わえて︑多数

の小商品生産者をも包含している︒この弱小産業部門である農業から主として造出される食料品は︑商業資本にと

っては重要な追加利澗の源泉であったが︑従来の流通組織の上では︑

むことが出来なかったU折も折ここへ︑スー︒^ーマーケットという︱つの革新的食料品流通組織が出現した訳であ

一九三五年以降︑大商業資本が本格的にスーパーマーケット経営に進出し︑スーパーマーケットが

⑱ 

だから︑第三の経営規模という点では︑年間最低売上げが︑三七・五万ドル以上︑

により人により規定は異なるが︑要は大規模経営であるということである︒この大規模に続くものを特にスーバレ

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と称えていることからも︑この事実は明瞭であろう︒床面積の二倍以上の駐車場が必要である

というような規定も︑やはり帰するところアメリカにおける大規模経営の必要条件としてあげられているにすぎな それだけの理由があった︒

1 0

0

万ドル以上などと時代 一部を除いてそれを大商業資本が直接的に掴

(4)

25 

スーパーマーケットの経済的分析︵柏尾︶

行い︑これを︑現在流通革新という名の下に脚光を浴びつつある日本のスーパーマーケット問題に照合して見たい

回項において︑

する統計が充分でないため︑

アメリカのスーパーマーケットを問題にしつつ分析を進め︑国および

日本のスー︒^ーマーケット問題に焦点を合わすことにした︒ただ︑

より立入った分析ができなかった点があるのが心残りである︒

注山食料品店と明確に規定しているのは︑スー︒^ーマーケット協会(Super

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0 年にロングアイランド市で開設

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Kullen﹂にしても︑従来の食料品小売店の常識を遥かに越えた存在であったけれども︑当時のいわゆる大規

模小売店である百貨店などに比較すれば︑とり立てていう程の大規模小売店ではなかった︒

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定義

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0

中仁羞{

と思う︒従って︑日および口項においては︑

さて︑本稿においては︑

規模経営を行っているものと規定することができよう︒

以上によってスー︒^ーマーケットは︑ ︑ ︒ し

セルフ・サービス制を主柱とする高度に部門別化された総合食料品店で大 スーパーマーケットの発生と発展との経済的分析を︑その母胎であるアメリカにおいて

日本のスー︒^ーマーケットに関

(5)

26 

第一次世界大戦による堪大な軍需を軸に一段と急膨張したアメリカ資本主義は︑早くも戦争終了の一九二

0

年に

恐慌に突入し︑その深刻さはいわゆる一般的危機として表明される程の激しさを示した︒衆知のように︑

年の恐慌は︑国内市場の開発と生産手段生産部門を主軸とした産業合理化に象徴されるニュー・ディール政策によ

いわゆる相対的安定期を形成したが︑資本主義経済の本質的矛盾は︑

僅か九年後の一九二九年の世界大恐慌の爆発へと連らなって行ったのである︒

一般的危機の段階に突入した一九二

0

アメリカにおけるマーケティング形成の胎動期に当た

00

年台初頭から大生産者によって取上げられ実行に移されつつあった配給費節約の運動が︑二〇 より強力になり一般化し︑更には単に配給費節約の範囲だけでなくなって来る︒生産者の生産過程自体 の科学的合理化とともに︑流通過程の科学的合理化の運動が一般化し︑大生産者による流通過程合理化が旧来の商 業資本による流通組織を蚕食し始める︒これは︑既に︑大生産者による個々のマーケティング活動が進展しつつあ ったことを物語っている︒叉︑これは︑同時に産業資本の商業資本への圧迫強化をも意味するものであった︒

ここに至って︑強化されて来る産業資本の上からの圧力と協同組合の下からの蚕食に対して︑商業資本も旧来の 地位に安住することは許されなくなって来る︒商業資本が自ら流通組織合理化に進出したのは︑産業資本のこのよ うな動向に対応しつつ自己を存続させようとする自衛的具現であり︑百貨店︑連鎖店

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e ) ︑通信販売店

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特約店制度などなどの組織を発展普及せしめて行ったのは︑産業資本の進路の上における商

(‑) 

より深度を深めて激化し︑ 二六

(6)

27 

心としていたが︑ 一九二六年⁝

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一九一六年⁝

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これは︱つの大 食料品小売を行い配達サービスを中

例えば︑百貨店のアメリカにおける最盛期は一九二三年から一九二八年の時期だといわれているし︑連鎖店の繁

栄期もこの期間で︑その売上高は全小売販売高の三割にも達する程であった︒更に︑通信阪売も︑この時期を契機

として大きく発展している︒

そして︑今問題とするスーパーマーケットも︑この期間にその原初形態が成立していることを考えれば︑

0

年台の前記のような商業資本の動向がこの期間に一般化していたことが充分納得できよう︒

一九二九年の恐慌勃発までに出現したスー︒^1.マーケットの原初形態と考えられるものの中で主なも

のをあげると次のようである︒

この会社は一八八一年からバージィニアにおいて食料品卸売を行っていたが︑

一九一五年独立し︑その翌年テネシー州にセルフ・サービス食料品店を開設した︒

一九二二年⁝

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et︒セルフ・サービス制こそ採用していなかったが︑経営規模においては正

しくスーパーマーケットの先駆と考えてもよいものであった︒即ち︑この会社は︱

‑ 0

の売物部門

でほとんどすべての食料品を扱い︑四︑三五

0

台の自動車駐車場を有し︑集中的広告を実施するサ

ンフラソシスコの大マーケットであった︒

この会社も古く一八七二年から設立され︑

一九二六年以降はセルフ・サービス制を採用した︒

一九二六年⁝ロスアンゼルスに相次いで食料品マーケット 業資本苦肉の積極的打開策であったといえよう︒

(7)

28 

に突入したのである︒ここにおいて︑生産者は︑

の形成は一九二九年の恐慌以後のことであり︑ きな建造物の中に︑多くの独立の食料品店が設置されたもので︑

スーパーマーケットの原初形態と見なされる主要なものを観察したのであるが︑これらは︑大きく分ける

と二つの型になる︒

セルフ・サービス制を採用した食料品店であり︑二つは︑総合的な大食料品マーケッ

トである︒クラレンス・サンダー社やラルフス・グレイサリ社などは前者に属し︑

トやロスアンゼルス名物のドライプ・イン・マーケットなどは後者に当たる︒ クリスクル・バレス・マーケッ

この二つの型の食料品店はそれぞれスーパーマーケットの半面の特徴を具えている︒ということは︑この二つの

型が結合されて始めて現代的スーパーマーケットが形成されるということである︒この現代的スーパーマーケット

アメリカにおいてマーケティングが本格的に現出したのと軌を一に

僅か九年目にめぐって来た一九二九年の恐慌は︑世界的に未増有の激しさを示し︑

一般的危機の第一期および第二期において実施した生産自体の合

より強化するとともに︑流通組織の合理化に自ら強力に進出し始めるのである︒激化した資本主義の本質

的矛盾の中で︑独占利澗を保証し自己を存続して行くためには︑大生産者は︑従来商人の独自的領域とされていた

流通過程を自ら支配し合理化して︑即ち︑生産はもとより流通をも含めた全過程の総合的合理化を実施しなければ

ならなくなる︒その役割の一端を担ったのが実はマーケティングなのである︒

マーケティング活動の三つの柱といわれるマーケティング・・リサーチ︑

いわゆる一般的危機の第三期

マーチャンダイジング︑ ロスアンゼルス名物の︱つになっ ニ八

(8)

29 

合とがある︒今︑

一九二九年の恐慌を契機に︑

ルス・プロモーションの演出者として大生産者が登場し︑生産から流通をも含めた総合的経営への道が開かれる訳

V a r g a

の指適した一般的危

機の第三期に現出した企業的立場に立った所論であるといえよう︒

マーケティング成立の社会経済的基盤

は︑資本主義の独占段階がある程度高度化し︑従って︑独占資本間のより高度の競争が激化し︑資本主義経済の本

質的矛盾が︑恐慌と危機とを同時に招来するような段階において︑独占的大生産者が商人の独自的領域としていた

流通組織をも支配包含し始める時期であることを示している︒

このような歴史的背景の下に︑その具体策として独占的企業の立場からとり上げられたのがマーケティング活動

マーケティング活動の主体は︑独占的企業であり︑必然的に生産的資本つまり産業資本でなけれ

マーケティングとしてとり上げられている内容は︑総合的経営への道として個別資本的立場からとり上げ

られた個々のマーケティング活動の場合とそれら諸活動の全体を社会経済的立場から現象面においてとり上げる場

一九二九年の恐慌を契機にアメリカのマーケティングが成立したということは︑個々の独占的企

業のマーケティング活動が一般化し︑社会経済的立場から見てもマーケテ・ィング現象が現出したということを意味

するものである︒

ところで︑このようなマーケティング現象が起ったということは︑立場を替えて商人の側から見れば︑流通部面

における独自的地位を失いつつあることを意味し︑明らかにその地位の低下を物語っている︒即ち︑この段階は︑

産業資本の商業資本へのより高度の圧迫過程であることに変りはないが︑商業資本の独自的領域であった流通過程

アメリカのマーケティングは︑

(9)

30 

れを雄弁に物語っている︒ 食料品小売界に﹁安価﹂を売物に生れ出た食料品連鎖店は︑食料品小売界での勢力が拡大し独占的傾向を強めるとともにその地位に安住し安価という特徴が失われ︑国民の希望とは逆の方向に進んで行ったのである︒

④ 

0

年間に︑食料品連鎖店は食料品配給については一歩も前進することができなかった︒︵表

1 )

の数字はそ

このように︑全食料品店数の一七形を占め総売上高の四

0

彩を支配したといわれる食料品連鎖店が︑二

0

形の利

幅の上に安住して︑配給組織の合理化をおこたっていたところへ︑配給組織合理化を主柱として︱二

t

︱四形の利

幅で充分な利潤を生みながら経営するスーパーマーケットが誕生したのであるから︑勝負は最初から判然としてい こしてその任に当たることができなかった︒ここに︑スー︒^ーマーケット誕生の直接的動因が見られるのである︒ 大生産者のマーケティング活動の系列下に対応する態勢を整えるとともに︑他方では︑追加利潤の源泉としての中

スー︒ハーマーケット誕生の基本的条件は成小工業や農業生産者をより強力に把握しようとするのである︒ここに︑

一九二九年の恐慌以来︑国民所得は急激に減少し失業者は急増し︑危機は更に深刻化した︒このよう

な状態の下で︑何らかの方法によって安価な食料品を提供するということは︑商業資本の追加利潤の源泉としては

もとより︑広く国民全般にとっても要望されるものであり︑叉︑危機を緩和し︑低賃金を保証する上から産業資本

全体にとっても望ましいことであった︒しかも︑その役割を担うべき地位にあった食料品連鎖店が︑動脈硬化を起

熟したということができる︒ このような傾向に対して︑商業資本は︑ が産業資本によって直接的に支配され始めた点において何よりも特徴的である︒

一方においては︑大資本が︑小資本を駆逐包含することによって独占的

(10)

31 

マーケット時代の導火線となったのである︒これらの店は︑品連鎖店を大きく上廻る廉価阪売を行ったのである︒例えば︑当時の

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の価格政策は次のようであっ

﹁ 三

00

品目は仕入値段のままで売り︑

00

品目は五%を掛けて売り︑

‑ ︑ 九 三

0

年にロングアイラ

ンドに開設された

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と一九三二年に=リザペスに開

ともに︑広大な空工場を賃借して総合的食料品の大廉売でスク

ートした︒両者は見る間に大発展し︑次に来たる本格的スー︒^1

いずれも斬新的な方法で経営を行い︑少なくとも食料

一九三七年の恐慌を契機にして︑大商業資本のスー︒^ーマーケット

進出を促がした︒その主流となったのが︑従来の独占食料品連鎖店であった︒

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が一九三九年にそれぞれ近代的スーパーマーケット経営

に進出したのはこれである︒ このようなスー︒^ーマーケットの大成功は︑

1 0

0

品目は二%を掛けて売ること﹂

0

1 0

0

品目は一五彩を掛けた値段で売り︑

1)

食料品連鎖店の利幅推移

年 度

I

1 9 1 9   1 6 . 9 2

1 9 2 2   19.57% 

1 9 2 5   2 0 . 5 6

1 9 2 7   2 0 . 6 0

1 9 2 8   20.92% 

1 9 2 9   20.65% 

1 9 3 0   2 0 . 9 4

平均

2 0 . 5 8

倉本初夫・渥美俊一「日本 のスーパーマーケット」

P.18‑19

より引用

AP 店された

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このスーパーマーケットの先陣が︑ こ ︒

(11)

3 2  

(8)  (7)  (6)  (5)  (4)  (3)  (2)  (1) 

リカに五千余のスー︒ハーマーケットが営業しており︑その売上げは全食料品の二

0

形を占める二六億ドルに及んだ

⑧ 

という︒これは︑正しく食料品配給上の一大変革に違いなかった︒

0

年以降は︑食料品以外の商標品の大量販売にも進出し︑独占的生産者のマーケティング系列に参 画するとともに︑中小工業を自己の下へ系列化することによって︑

マーケティングの進展と軌を一にしてアメリカのスーパーマーケットは発展し︑

ゆる戦前のスー︒ハーマーケット時代を形成したのである︒

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1

倉本初夫・渥美俊一﹁日本のスーパーマーケット﹂1

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1 9 5 7  

 

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218 

が見られる︒

得ることが実証され︑その視模は急激に巨大化して行った︒

一九四一年頃にいわ

0

年には︑後のスーパレットをも含めて全アメ スーパーマーケット経営において︑部門別管理やセルフ・サービス制が極めて高度の経営能率をあげ

いわゆる日用品分野をも掌握しようとする動き

︿

(12)

33 

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約二倍強の増加を示したにすぎないが︑食料品売上高の上では約七倍という増大を示している︒この数字は︑非食

2)

売上げ区分別推移

1

全売食上料品

I

形態別売上比(%)

スーパー

1

スーパレ

1

食料品

(億ドル)マーケットット

1 9 4 8   2 3 1   2 2   3 6   4 2   1 9 5 0 ‑ 2 5 7   3 3   3 2   3 5   1 9 5 2   3 0 4   4 4   3 0   2 6   1 9 5 4   3 6 9  

53 

2 9   1 8   1 9 5 6   4 2 9   6 2   28  1 0  

1958 

4 8 3   68  2 4   8 

1 9 6 0   5 2 6   6 9   2 3   8 

2)

において観察されるように︑人口の急増に比例して食料品売上高も大きく飛躍したが︑特に目につくのは︑

この中におけるスーパーマーケットの圧倒的進出ぶりである︒戦前には︑

スー︒^レットをも含めて二

0

彩の食料品売上高しか占めていなかったス

ーパーマーケットが︑戦後は︑︒またたく間に小食料品店を圧倒し︑

彩を含めると︑実に九二彩を占めるに至っている︒食料品小売に関する 限りでは︑正しくスーパーマーケットの独断場といってよい︒逆に︑小 食料品店の存在は最小限にまでおし下げられ消減の一歩手前まで来てい

るといえよう︒なる程︑小食料品店は︑︵表

3 )

に示されているように数

こそむやみと多いが売上高は一割にも満たないからである︒

スーパーマーケットは︑数の上でこそ一九四五年から六

0

年にかけて

料品部門への拡充を考え合わすと︑戦後一

0

年間にスー︒^ーマーケットの規模が急速に巨大化したことを物語って

0

年には︑実に全食料品売上高の六九彩を占め︑ 第二次大戦後のアメリカのスー︒^ーマーケットの大発展は︑

スーパレットの

目を見張らされる程のすさまじいものであった︒

(13)

34 

︑新らしい独立店は︑広く最寄品消費財

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部門へもスーバーマーケット経営ったのに対して

ってそのマーケティング活動の路線

︵ 表

4 )

を利用したことである︒これは︑一方では︑大生産者の商標品を扱うことによ

に乗るとともに︑他方では︑中小工業の商品を集中的に扱うことによって追加利潤の源泉とすることができたから

3)

区分別店舗数および売上高

( 1 9 6 0

│スーパー

1

スーパレノ

1

小食料品店 マーケットト

独立店

1 6 , 2 0 0   5 5 , 8 0 0   1 6 8 , 0 0 0  

連鎖店

1 7 , 1 0 0   2 , 5 5 0   4 0 0  

(実数)

合 計

3 3 , 3 0 0   5 8 , 3 5 0   1 6 8 , 4 0 0  

独立店

1 6 5   1 1 4   4 2  

売 上 高 連鎖店

1 9 6   7 5   0 . 2 5  

(億ドル)

合 計

3 6 1   1 8 9   4 2 . 2 5  

倉本・注美「前掲書」

P.4041

から引用作製

加があげられねばなるまい︒これは根本的な前提である︒

第二に︑連鎖店が食料品部門に固執して容易に非食料品部門へ進出しなか

アメリカにおける人口増加を主要因とした食料品消費の急激な増 る︒勿論︑最初は連鎖店経営のスーパーマーケットが圧側的比重を占め︑連鎖店によるスーパーマーケット界の独占的地位が固まるかに見えた︒けれども︑事実は︑大商業資本による独立店スーパーマーケットが︑僅か一

0

年余

りでほぼ旧来の連鎖店と同じ力を持つまでに成長して来たのである︒何故で つのグループは︑スー︒ハーマーケット経営において相拮抗する力を示してい

ところで︑絶えず巨大化の方向へ進み続けるスー︒ハーマーケットは︑現在二つのグループに分けて考えることが

一九三七年の恐慌以降いち早くスーパーマーケット経営に進出し︑いわゆる本格的スーバーマー

ケット経営の先陣を切った昔の独占的食料品連鎖店の流れを中核としたグル

ープであり︑二つは︑他の大商業資本のスーバーマーケット界進出によって

形成されたグループである︒︵表

3 )

によって明らかなように︑現在︑この二

一 四

(14)

35 

︑ ︒

このように︑経営形態による二大グループがあるにせよ︑

大盛況を示していることは事実である︒しからば︑何故スーバーマーケット経営がこのように盛況を示すのであろ

資本主義が独占段階に突入し︑それが益々高度化して来ると︑産業の集中巨大化に比例して商業も変って行かな

ければならない︒即ち︑巨大化した大資本企業の虐大な商品をさばくために商業資本も集中して強力なものとなら

なければならない︒ところで︑産業における資本の集中独占の進行は︑商業資本の活動範囲を相対的に狭めて来る

ものなのである︒つまり︑独占段階の高度化は︑生産手段生産部門の産業を急激に成長させ︑

商品流通は︑商人の手を経過しないことが多いし︑消費財生産部門でも︑大規模化が進めば進む程︑

激化し︑商業操作は単純化の方向へ進むからである︒だから︑独占の進行は︑商業資本自体の資本集中をも促がす

けれども︑結局︑全体的に見れば︑商業資本は︑産業資本に対比して次第に縮小し弱体化して行く︒激化した資本

主義の本質的矛盾の下において︑独占利潤を求め続けるためには︑以上のような傾向は益々強化されて行かれねば その基本的前提とはこうである︒

4)

スーパーマーケット 取扱商品目推移

這雙

I

取扱品目

1 9 4 6   1 9 5 0   1 9 5 5   1 9 5 8  

田島「前掲書」

P . 1 5 3

より引用

3 , 0 0 0   3 , 7 5 0   4 , 7 2 3   5 , 6 0 0  

一 五

への方向へ抜け目なく前進しているのである︒

"

i  

戦後急発展した割引販売店

( D i s c o u n t h o u s e )

経営との合流などに

見られるように︑独立店は︑絶えず国民の新らしい消費欲求の線に沿って経営を

弾力的に行って来たことである︒いわゆる

S S D D S ( S e l f S e r v i c e   D i s c o u n t   D e p a r t m e n t t o   S r e )  

スーパーマーケット経営が今日のアメリカで文字通り

しかも︑この部門の

不完全競争が

(15)

36 

⑥  ⑥  R未増有の人口増加を主要因とした食料品消費の急増︒

ーマーケットは現出し発展して行ったのである︒

一般に経営上の長所と見られるものは次の通りで

一方では︑独占的大生産者の系列に入ることをねらい︑他方では︑遅れ

た産業部門である食料品生産部門や中小工業から追加利潤の源泉を求めようとする︒スー︒ハーマーケット経営は︑

商業資本に︑ある程度この二つの要求をかなえさせるものであった︒即ち︑商標品を扱うことによって︑独占的大

生産者のマーケティング路線に直結し︑他の一般食料品や最寄品を扱うことによって︑農業や中小工業から追加利

以上のような産業資本や商業資本の動向が基本的前提として与えられていたからこそ現実の契機によってスーパ

ところで︑現実の契機については既に多くの学者によって述べられているので︑これを総括的に整理するにとど

先ず︑社会経済的背景の面を問題にしよう︒

国民所得の増大にともなう食料品使用上の変化︒即ち︑肉︑酪農製品など高級食料品増加︒

③ 

交通の発達にともなう人口の郊外移動と郊外住宅式消費財購入法の発生︒

商標品が増加して食料品最寄品ともに選定が容易になったこと︒特に︑食料品の加工技術が進んだこと︒

以上のような社会経済的背景に支えられてスーパーマーケットは大きく発展することができたのであるが︑

パーマーケット自体の経営上の長所も見落とすことはできない︒ 潤を獲得することができるからである︒ このような動向に対して︑商業資本は︑ ならない︒これが正しくマーケティングの路線なのである︒

一 六

(16)

37 

(2)  (1) 

廉価販売

活発な販売促進

大量保管 大量陳列

一 七

しかし︑このような長所があるにもせよ︑これを可能にし発展させたのは︑何よりも商業資本のスーパーマーケ

ット経営が︑産業資本の望むところと矛盾しなかったという事情のあることを忘れてはならない︒それが︑独占的

大生産者のマーケティング路線の上で行われ︑更には︑遅れた産業部門である農業によってもたらされる食料品を

扱うことが︑独占的大生産者の利益と矛盾するものでなかったからである︒いな︑むしろスーパーマーケット方式

による流通経路合理化にともなう食料品価格の低下は︑低賃金の基盤として︑産業資本にとっては願ってもない要

望でもあったのである︒

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340‑

` 澁

7

鈴木保良﹁新しい小売商業﹂二四ーニ六頁

田島義博﹁日本の流通革命﹂一四六ー一四九頁林久吉・北島忠男・刀根武睛﹁配給総論﹂ニ︱︱

1 0

③アメリカでは︑郊外住宅居住者は︑平均一週に一回か二回自動車を利用して一店で集中的に食料品および最寄品を購入す

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1 7 7  

⑧ 

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⑥ 

⑥ 

R  囚

セルフ・サービス⑥ 

(17)

38 

来ていたのである︒ 日本へのいわゆるスーパーマーケットの移入は戦後のことである︒それも︑ップされて来ている︒この事実は︑

敗戦後の日本経済の復興が︑独占資本の整備巨大化を軸に進められたことは衆知の通りである︒しかし︑資本主

義経済の本質的矛盾は︑独占が高度化すればする程激化して行く筈であり︑

日本におけるマーケティング活動の問題が本格化して来た年代と奇しくも一致

又事実その通りになったのである︒に

日本でのマーケティング活動は︑一九五六年に至るまで独占資本によってさして問題にはされなか

った︒その理由としては次の三つがあげられよう︒

第一には︑財閥で象徴されたかつての日本独占資本の総合的機構に比較すると︑戦後の独占資本はあらゆる点で

独占が完成されていなかった︒これに対して︑多数の中小企業や小生産的農家の存在する日本では︑商業資本が広

い活動地盤を有し︑強力な力を保持し続けていたことである︒固定資本の増大から資本の有機的構成は確実に進め

られているにもかかわらず︑商業資本は︑産業資本に対して絶対的にはもとより相対的にもむしろ増大し強まって

この根強い商業資本に対して︑戦後の独占資本は︑再びかつての財閥時代のように︑商業資本の独自的活動分野

をそのままにしておいて︑上からの資本支配を通じて商業資本全体を支配系列化し︑あわせて自己の独占を完成し

ようとしたのである︒

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一九五六年以降大きくクローズ・ア

一 八

参照

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