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There are four features in Shimoichi CATV as compared with many other CATV in various places.

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Academic year: 2021

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全文

(1)

CATV受容に関する研究 −下市町CATVを事例として

著者 太田 静樹, 梅田 耕吉

雑誌名 奈良教育大学教育工学センター研究報告

巻 1

ページ 1‑6

発行年 1978‑03‑25

その他のタイトル A Study on Acceptance of CATV −Case Study of Shimoichi CATV−

URL http://hdl.handle.net/10105/4674

(2)

‑下市町CATVを事例として‑

太田静樹(教育学教室) ・梅田耕吉(丹生小学校)

A Study on Acceptance of CATV

‑‑ A Case Study of Shimoichi CATV

Shizuki Ota (Department of Education)

and Kokichi Umeda (Niu Elementary School)

Abstract

There are four features in Shimoichi CATV as compared with many other CATV in various places.

1. Areas of hard watching TV are nearly resolved in Shimoichi‑cho. So the

next step is as follows.

2. Correction of educational differences in quality in the town or between town and city.

3. Being in full activity of self‑government by residents including educational and cultural activities.

4. Establishment of whole two‑way communication system in town.

These are important problems for residents to participate in by various methods and to solve.

Key words: CATV

Communication

1.研究の目的と方法

奈良県吉野郡下市町に町営のCATVが設備され実験放送を始めたのは昭和49年11月からで ある。既にその幹線ケーブルは昭和52年12月で町内のほとんどの地区に通じ,今後は末端を要 望家庭に延ばしていくことになっている。小・中学校,幼稚園,公民館には既に優先的に設置 されている。

いわゆるCATVと称せられるものは全国で大小合せて約1万あるとされているが,下市町 のように自治体が経営するのは全国でも珍らしいし,しかも教育性を強調している点でも新し いものである。このようなCATVが地方の小都市に今後着実に発展していくためには,どう

(3)

いう条件が必要なのか。その科学的研究と評価が必要であることはいうまでもない。CATV が町民や教師にはいかに受容されつつあるか,その現状と問題点を,開局されてまだ新しく,

また漸くケーブルが全町に張りめぐらされた現時点において明らかにしようとするのが本研究 の目的である。

そのために昭和53年1月中旬,下市町内の全小学校,全幼稚園の全教師81人と町内から10地 区を選び,夫々4戸ずつ合計40戸の家庭を対象にアンケートをとり,それを資料として分析し た(1)。またCATVセンターの職員や小学校の教師や町民の方々とも少人数ながら面接して,

その話し合いの内容を検討した。

まず始めにCATVそのものが,

いかなる過程で発展してきたもので あるか。わが国における状況を背景 として,さらには海外の状況をも参 考にしながら,下市町のCATVの あり方について考察していきたい。

それは下市町のCATVのあり方を 定めていくのに必要なことである。

CATVの性格や機能がまだ流動的 である現状からみてその進み方は試 行錯誤的にならざるをえないが,そ れだけに一層慎重な構えがCATV の研究には必要である。

2.難視聴解消としての CATVから地域の発展へ

わが国でCATVが既に9500以上 もあることは一種の驚きであるが,

それは,わが国においてテレビ受信 の異常なまでの熱意がその推進力で

下市町の小・中学校と主要道路

ある。昭和28年にテレビが放送開始されて以来,昭和40年にかけて高度経済成長を背景にテレ ビ受信熟は高まる一方で,それが農山村のように難視聴地域ほど,より高かった。それにはそ の地域の後進性をテレビによって克服したいという願いがこめられていた。そのために山の高 所に共同のアンテナを建て共同に受信する,いわゆる共聴方式が全国到る処に出来,任意組合 としてのCATVが発生したのである。またNHKも公共放送として全国の難視聴地区解消の 義務をもっており,共聴のCATVを経済的技術的両面から後援したものである。故に無人の 中継局が山上に立てられるようになると,その近辺の地区の難視聴は解消し,其聴のCATV は自然解消する運命にあった。しかしまだ全国的にはかなりの数の難視聴地区が残っており,

それが多くは山の陰にある,へき地の村々であることは,へき地の村はテレビの電波からも遠 ざけられているということになる。山の多い下市町のCATVの始まりだが,やはりテレビ難 視聴の解消にあったことはいうまでもない。CATVは一定の地域内において一本のアンテナ

(4)

を共有にして,ケーブルによって各家庭,各学校を個々に連絡はしているけれども,それによっ て新しい地域(コミュニティ)が成立したということではない。CATVはCommunity Antenna Television の略称とせられるけれども Communityに統一されたわけではない。難視聴の解 消という共通の願いによって結ばれているだけにすぎない。CATVの第一の機能は放送の再 送信であるから,それはそれとして割切るのもよい。都市の高層ビルによる難視難解消のため に企業によるCATVが盛んであるのもその例である。その地域全体を考えてのことではない。

自らの欲求をそれによって満足させればよいのである。そのために代償を払っており,企業も 商売として成り立っているのである。これは米国の支配的なCATVの傾向である(4)。しかし 欧各国のCATVは違うという。それは地域の問題に根ざしてCATVが活動している例が多 く強調されている。

わが国の場合を考えてみるのに,前述のようにテレビ視聴の強い憧憬が山村へき地にも多く の共聴方式を作り出した。その後の高度経済成長,産業構造の変化によって異常なほどの人口 流動は都市に過密化の,山村には過疎化の問題が深刻化してきた。特に山村へき地では地方自 治や教育の機能が衷弱化してきた。都市と比較して生活,文化の差を広げ,学校教育を支える 諸条件を一層貧弱なものにした。一方都市の学校は近代的な教育機器を充実して新しい社会に 対応せしめていこうとしている。この地域格差は益々広がる一方である。このいかとも成し難 いように見えたこの憂いも,昭和40年代後半からの経済成長の破たんから,地域の問題を産業 からでなくして人間生活そのもののあり方から問い直そうとする機運によって救われ,方向転 換するようになった。貧弱化したへき地の村が立ち直り,立ち上っていくためには地域住民の 主体的な関与と行動によってである。その手段としてもCATVが利用されうる。もし共聴方 式の線が同軸ケーブルであることは,多数のチャンネルを活用でき,単に放送番組の受容とい う受身的利用に終ることなく,地域の情報伝達から問題提供,その解決のためへの行動へと発 展させれば,CATVは正に生活の動脈として鼓動するのである。地域の開発は何よりも地域 住民の主体的な行動を基盤としなければならないのであって,上から与えられ情報に左右され,

満足しているのでは結局,社会の流動に対応できないことになる。

その意味においてCATVが共聴中心から共同体の絆(きずな)としてのCATVに性格が変 ってこなくてはならないし,CATVは本来の使命として地域住民のために,住民のものにし ていく方向が認められ進められねばならない。

わが国では既に,テレビ受信は共聴式も含めて全世帯に普及しているといわれているが,テ レビメディアを自分のものとして,地域のものとして生活のために使っていくCATVとして は,まだ初期の段階といってよく,ニュースを含めて自主番組を局自身が制作し送信している 所は多いが,欧のような住民参加はまだ実験段階であって模索しながら進めている状況である(2)。

一方企業としてのCATVも全国のCATVの中には多いのであるが,企業として経済的に成 り立つところまではまだ成長していない。いかにして黒字にするかということが最大の問題に なっている。もしこれが成功的に進めば今後この方向に多く伸びるかもしれない。しかしCA TVを新しい地域作りの絆として活用する方向も公共的立場から必要である。それを地域住民 の自主的活動のためと前述したが,もう1つは地域格差の是正のためである。その中に文化的,

教育的格差の是正を含めて考えるが,医療についても然りである。無医村はふえ,住民は医療 から見離されつつある。放送テレビはいくらチャンネルがふえても一方通行で全国画一である。

地域の問題を起こして,その解決を迫るものでは射、。CATVそのものが地域格差是正のた

(5)

めに直接関与しうる面(教育,医療など)とその手段として活用される面とがある。その後者 には(1)自ら問題を掘り起こし問題情報を提供して皆で解決していく。そのための番組を自主制 作する。(2)双方向通信にして多目的に活用していく,の2つがある。

今回は後者の2つの問題について更に検討してみたい。

3.自主放送としてのCATV

CATVの第2の機能は単に放送の再送信だけでなく,その多チャンネルを利用しての自主 放送である。CATVは普通20チャンネルはもつものとされているので,放送の再送信の他に 充分に自主放送チャンネルをもつことができる。要は,どれくらい,どのような自主番組を出 すかである。マス・コミとしての新聞において地方紙が全国紙より活気があり活躍しているの は地方住民の問題を掘り起こして情報を生活に,より密着さしているからである。民主的な社 会が住民による住民のためのものであることはCATVにおいても然りである。封建的な社会

ならいざ知らず,情報が上から一方的に与えられることに満足するとは考えられない。

このことは学校教育においても社会教育においても同様である。放送を受容のみに限定する のは,それしか出釆ない時期においてのことであって今日のようにテープレコーダー,ビデオ コーダーが開発され発達したことは,放送メディアを一般の人が手中にして活用できることで ある。学校において子どもが早くからマイクを使って放送し,今ではテレビカメラやビデオを 使って番組を制作している。子どもたちは喜んで進んで出演しているし,教師も教材のために ビデオカメラを校外にも持出して番組作りに懸命である。社会において大人がそれをやる時期 に来ている。それがCATVである。不必要な情報が氾濫する社会といわれるが,自ら座して 批難していても力にならない。自ら立ち上って自らに必要射青報を探し作ることに挑戦するこ

とである。急激に変動する社会に対応していくためには大人と経も常に学習を求め継続してい かねばならない。生涯学習が強調される所以であり,それに答えてくれるものにCATVをし ていくことである。CATVに住民が積極的に参加するには次のような形式が考えられる。

(1)モニターとしての参加(番組の評価)(2)番組企画に参加(委員会委員として)(3)番組制 作に参加(資料提供者,出演者,制作分担者として)

かように住民参加が強調される所以は地すべり的ともいえる社会構造の急変動は都市,へき 地を問わず,その生活様式や意識に大きな影響を与え,その中にあって人々は多様射面値観を もちながら,その対応に苦慮し精神的な統一連帯を地域に求めているといってよいからである。

例えば地域作りの核として公民館活動も盛んである。それはその場を提供するものであっても,

中味については住民側からの自主的な活動を期待している。その活動のメディアとしてCAT Vが活用される。CATVを前向きに考えている所では自主放送番組の制作に懸命である。今 はそれに関係している人は少ないかもしれないが,その努力がやがて輪を広げていくことにな る。この新しいメディアを生活に使いこなしていくことが今後の情報化社会に対応していく新 しい源動力になるのである。

4.双方向のCATVから多目的CATVへ

わが国のCATVは「有線テレビ放送法」(昭和48年1月施行。以下CATV法と略称する。)

(6)

によって双方通信には適用するものではないとしている。放送とは公衆によって直接受信され ることを目的とするという定義に従ってCATVを枠づけし,もし双方向性をもたすならば,

それは放送でなくて電気通信であり,有線電気通信法など他の法律の規制をうけることになる。

結局CATVはテレビの再送信と自主番組送信に限られてしまうことになる。

外国の例においても始めは再送信中心のCATVを,やがて双方向性を含む,いわゆる Cable TVとしての考え方に変りつつある。その例を米国にみることが出来る(㌔

米国の放送通信事業を規制するFCCの動きをみるのに,始めは既存の放送局を保護するた めにCATVを抑制する方向に重点をおいていたものが,1969年以降は逆にCATVを多目的 なものとして推進する方向を認め,1972年(わが国では丁度CATV法が成立した年)に次の ようを規則を出している。「20チャンネル以上の容量をもたなくてはならないこと。事業として は放送番組の再送信の外に自主番組の送出。無償で自治体用,教育用,公衆用に供用すること。

有償で企業の使用を認めること。将来双方向通信が可能になる設備としてもつことJ即ち多目 的にCATVを発展させると共に双方向性を義務づけている点が注目されるのである。

わが国の現存の約1万のCATVはほとんどが共聴式のものであって多目的に発展する余地 のないものである。しかし比較的新しいものは始めから多目的であり双方向性を指向している。

とはいってもわが国では実験的なものとして容認しているかたちである。しかし通信の必然的 な発達から映像通信としてのCATVも将来はそう認めざるをえなくなると思う。

双方向性を具体的に考えれば次の形式がある。(1)番組や必要情報のリクエストや質問や批判 HHH‥個別端末とセンターとの通信となる。(2)番組の交換……‥センターを仲介として双方の学 校から番組をり映像の交換視聴をする。(3)同時授業指導……‥センターを仲介として1人又は複 数の教師が双方の学校の授業を指導し子どもの対応に答える。

双方向性を最も強く要求されるのは教育面のCATVであろうが,一般においても当然強ま ってくるものである。

5.下市町CATVについて

前述の一般的なCATVからみて,下市町の場合を考えてみるのに,(1)難視聴はCATVに よってほとんど解消された。従って今後は,(2)教育上の格差の是正(町内間或いは都市と比較 して)(3地域住民による主体的な自治活動を高めていく。(教育,文化,活動を含む)(4)双 方向性を生かした完全な地域のコミュニケーション体制を確立していくことであろう。

これらのためにCATVにいかなる形で住民が具体化に参加していくかである。下市町CA TVは企業によるものではない。公営という枠によって規制されるが,企業のように利潤をあ げる必要も射、。町政活動の一端ではあるけれども,出来るだけ住民側に解放し,生かしてい

く方策が必要である。それには利用する側として町民なり教師がいかなる意識と認識をもち,

いかなる受容をしているか,その実態をふまえて対応しなければならない。それが今回の調査 の目的であり,その結果については次回又は他の別の機会において発表したい。

(1)下市町の小学校は次の6校である。下市,阿知賀,善城,秋野,広橋,丹生の各小学校。夫々の小学校

には隣接して幼稚園が6園ある。図参照。

(7)

因に下市町は面積62.5k坑 人口約1万2000人,世帯数約3200戸,CATV加入世帯数は昭和52年12月 現在で800戸,(25%)である。将来はほとんどの家庭を結ぶことを計画としている。

(2)映像情報システムに関する住民参加方式の調査研究報告書,生活映像情報システム開発協会,1977.

(3)大森幸男,「有線テレビ法」を検討する。放送文化,p2.1972−8,日本放送出版協会 田所 泉,CATV事業の実像,放送文化,p.26,1972−8,日本放送出版協会

放送事情調査部,海外のCATV,文研月報,p.1,1972−10,NHK総合放送文化研究所

(4)Walter S.Baer,Cable Television:AHandbook for Decisionmaking.p.34.Crane,Russak

&Company,Inc.1974.

参照

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