西
山
に
於
け
る
円
頓
戒
の
問
題
石
垣
源
瞻
一 、問
題
の提
起
伝 教 大 師 最 澄 に よ つ て 創 設 さ れ た 大 乗 円 頓 菩 薩 戒 は 、 法 然 上 人 よ り 西 山 上 人 へ と伝
承 さ れ て 以来
、 戒 念 一 味 を 唱 え て 信 仰 と 実 践 と の根
底 を 明 ら か に し 、 且 つ そ の 相伝
の 形 式 に於
て も 、 格 調高
き も の と し て 重要
視 さ れ て い る 。 然 し 乍 ら 戒 念 一 味 の 聞 題 を 探 る こ と 急 に し て 、 相 伝 の 道 場 に 於 け る 形 式 と そ の内
容 に 於 て は 、 揶 か 明 確 を 欠 く き ら い な し と は 云 い 難 い 。 今 そ の 問 題 の ] 二 を挙
げ て 見 れ ば 、 授 戒 会 に 於 け る本
尊 の 問 題 、 受 者 に 授 け る 血 脈 の 内 容 の 問題
、 戒 念 一 味 を 語 る に 際 し て菩
薩 戒 経 と 法 華 経 と観
無 量 寿 経 と の 一 二 者 の 関 係 等 、案
外
等 閑 視 さ れ て い る 重 要 問 題 が散
在 し て い る 。 け だ し 円 頓菩
薩 戒 の伝
戒 相 承 に関
し て は 、 或 る 特 定 の 人 師 に 限 つ て 伝 授 さ れ る が故
に 、 之 等 の諸
問 題 は 伝 戒 師 の 観 見 に 事 よ せ て 深 く 追 及 せ ず 、 次 第 に 形 式 化 さ れ簡
素
化 さ れ て 来 た が 為 で は な か ろ う か 。 之等
の 問 題 は 、 た と い 伝 戒師
の 観 見 に よ る と は 言 え 、 そ れ は相
伝 の 上 に 顕 わ れ た 形 式 の 問 題 に し て 、 そ の 基本
を な す 教 理 の面
、 そ れ を 具 現 す る 血 脈 の 様 式 に 於 て は 二 三 あ る筈
は な い 。 西 山 に 於 け る 円 頓 戒 の 澗 題 一13
一西 山 学 報 さ て 問 題 の 出 発 点 は 、 受 者 に 授 与 さ れ る 血 脈 に あ る と 思 う 。
何
と な れ ば 、 そ の 血 脈 は 我 が 宗 に於
け る 円 頓 戒 の 精 要 を 示 し た も の で あ る が故
に 、 そ れ に よ つ て 授 戒 会 に於
け る木
尊 の 聞 題 も 、 戒 念 一 味 に 於 け る両
者 の方
向
づ け も 、 自 か ら 導 き出
さ れ る も の で あ ら ね ば な ら ぬ 。 今 茲 で は そ の 血 脈 に就
て の問
題 を 申 心 と し て 、 授 戒 会 に於
け る本
尊 の問
題 の 二 点 に就
い て 聊 か 検 討 を 加 え て 、 以 て そ の 妥 当 と 思 わ れ る も の を 結 論 ず け た い と 思 う 。 二 、戒
会
の本
尊
に就
て 宗 祖 法 然 上 人 が 、 天 台 円 頓 菩薩
戒 の 正 統 を叡
空 上 人 よ り 伝授
さ れ た 事 は 、 了 誉 の 顕 浄 土 伝 戒論
に 示 す 通 り 、 明 か な こ と で あ る 。 叡 空 念 言 す ら く 、 我 が 戒 法 の嫡
々 、 源 空 そ の 仁 に 当 る と 雖 も 、 己 に 他 家 の 志 あ り 、 離 山 の 望 あ り 、彼
を除
い て 己 外 又 そ の 器 な し 、恨
ら く ぼ南
屠 十 七 代 の 伝戒
、 露 地 七 代 の 嫡 法 、 我 に 至 つ て 正 に 尽 き な ん と す 。 右 の 如 く叡
空 上 人 は 、 叡 岳 に こ の 戒 法 の 絶 ゆ る こ と を 歎 か れ た の で あ る が 、 霊 夢 を 感 じ て 法 然 上 人 に伝
え ら れ た と い う 事 で あ る 。 か く て 法 然 上 人 は 、後
に 三 帝 三后
及 び 三 公 公 卿 等 の 貴 顕 の 人 々 に も 授 戒 し て 、 戒 浄 相 伝 の化
導 朝 野 に 満 つ る も の が あ つ た 。今
は こ の 問 題 に は 触 れ な い が ( 日 本 仏 教 学 会 年 報 第 二 十 一 号 及 び 第 三 十 二 号 拙 稿 参 照 ) 法 然 上 人 に 就 て も つ と も 端 的 に 円 戒 に就
て 語 ら れ た 言 葉 は 、 天 台 菩薩
戒
義 疏 見聞
第
一 巻 頭 の 「相
伝
縁 起 事 」 に 見 ら れ る 。 因 レ 茲奉
レ値
二黒
谷 御 弟 子 、 二 尊 院 正 信 上 人 湛 空 一伝
二 受 円 頓戒
血 脈 一 之後
、奉
レ 問 二 此 戒 義 道 、 戒 疏 義 理 ( 信 上 人答
日 、 先師
空 上 人 、 在 世 御 時 、 専 修 二学
浄 土 法 門 叫而
不
レ 学 二 此 戒 疏 「於
二 决 択 門 一 者 、 本 所 レ 不 二 庶 幾 一 也 。 但 常 御 詞 、 於 二此
戒 一有
二事
理 二 戒 「 於 二 事 戒 一者
、有
二 持 犯 → 於 二 理戒
一 者、 唯有
レ 事 而 無 レ 犯 、 一 得 永 不 失 法 也 、 又 授 レ 戒 開 導 一14
一時 詞 、 此 戒 三 世 常 住 戒 法 、 而 有 二 受 法 一 無 二 捨 法 喝 有 レ 犯 不 レ
失
、 尽 二 未 来 際 つ こ こ に 云 う 血 脈 と は た だ 相 伝 の 次 第 を物
語 る も の で あ る が 、 受法
あ つ て 捨 法 の な い 一 得 永 不失
の 円 戒 を 、自
ら も 行 じ 人 に も す す め て 来 た 上 人 の 円 戒 に対
す る 態 度 こ そ は 、梵
網制
戒 以 外 の何
も の で も な い と 云 う 可 き で あ る 。 飜 つ て 伝 教 大 師 が 「 内 証 佛 法 血 脈 譜 」 を 造 り 、 嵯 峨天
皇 に奏
聞 せ ら れ た 時 も 、 天 台 の相
伝 の外
に 別 に 菩 薩戒
血 脈 あ り 、 そ の 相 伝 の 根 元 も 、 天 台 に は 「常
寂
光 土 第 一義
諦 霊 山 浄 土久
遠実
成多
宝 塔 中 大 牟 尼尊
」 と あ り 、 菩 薩戒
の 根 元 は 「 蓮 花 台蔵
世 界 赫 々 天光
師 子 座 上 盧 舎 那如
来 」 と 書 き 給 う 。 ( 別 掲 三 九 頁 以 下 系 譜 参 照 ) さ れ ば天
台 円 宗 の 外 に 、 別 に 菩 薩戒
の宗
旨 あ る 事 を 示 さ れ た も の で あ り 、 大 乗菩
薩 戒 を 独 立 せ し め ん ヒ す る 限 り に於
て は 、 梵 網 経 に よ る 円 戒 と い う新
し い 立 場 を 取 つ て 、 独 自 な 円 戒 思 想 を 展 開 さ れ た の で あ る 。 而 し て か く 梵網
戒 に よ る 単 受 に 踏 切 つ た 思 想 的 背 景 は 何 で あ つ た か 、後
世 之 が為
に 所 謂 法華
経
と 梵 網 経 と の間
に 正 依 、 傍依
の 問 題 を提
起 し て 、 二 者 何 れ に 重 点 を 置 い て 円 戒 を 独 立 さ れ た か が、 重 要 視 さ れ て種
々 に 論 じ ら れ 、 混 迷 の 一 路 を 辿 つ た観
が 生 じ た 。 こ の 傍 正 の 問 題 に 関 し て 最 初 に 注 目 さ れ た も の は 、 「 学 生 式 問 答 」 の 第 四 巻 の 記 述 で あ る 。 式 日 、授
二 沸 子 戒 一 者 為 二 何 経 戒一 乎 、 答 日、 正 依 二 法 華 経 一 乗 戒 、 三 如来
室 衣 座 戒、 身 口 意 誓 四 安 楽行
戒 、 普 賢 四 耘 戒 、 次 依 二普
賢 経 三 師諸
証 同 学 ( 傍依
森 凡 網 十 重 四 十 八 軽 戒 、 瓔 珞 十 波 羅 夷律
儀
戒 、 慈 悲 喜捨
摂 衆 生 戒 、 八 万 四千
法 門 摂 善 法 戒 、 方 等 経 、文
殊問
、 大 涅 槃経
、随
二物
機
宣 一 広 略 開制
肴 レ得
二 修 学↑
, ・ … … … 諸 経 雖 二 多説
λ r ヘ へ時
法 華 、 普 賢 観 経 以 為 レ 正 、 梵 網 、 瓔 珞 、方
等 、 文 殊 問為
レ 傍、 ( 傍 点 は 私 に 付 す ) こ の 「 傍 正 」 の 問 題 が 提 起 さ れ て 以 来 、 両 者 何 れ に 重 点 を 置 い て 円 戒 を 独 立 さ れ た か が 種 々 な る 方 面 よ り 論 じ ら れ て来
た が 、 今 茲 で は 、 仁 空 実 導 の 「菩
薩 戒 義 記 ヒ 巻聞
書 巻 第 一 」 と 敬 光 の 「 円 戒膚
談」 の 二 経 傍 正篇
第 二 、 西 山 に 於 け る 円 頓 戒 の 問 題 一15
一西 山 学 報
円 戒 教 主
篇
第
三 等 を 素材
ヒ し て そ の 傍 正 を 探 り 、 以 て本
稿 の 目 的 と す る西
山 に 於 け る 「 教 主 本 尊 論 」 を跡
ず け て 見 よ う 。 仁 空実
導 は、 既 に 学 生 式問
答 に よ つ て 、 正 依 法華
、傍
依 梵 網 と い う 事 は 明 で あ り 、 大方
の 人 師 も そ れ に従
つ て い る よ う で あ る が 、 西 山 の 相 伝 の 趣 き は 、 一 一 之 に 反 せ り と謂
い て 、 先 ず 第 一 に 、 梵 網 経 そ れ自
体 に 、 正依
、 傍 依 の 二義
あ る べ し と 云 う 。 即 ち 上 下 二 巻 の梵
網 経 と 見 れ ば 、 之 は 云 う 迄 も な く 一 百 十 二 巻 六 十 一 品 の中
の 正 宗 分 の 第 十 心 地 品 の 一 品 を羅
什
が 誦 出 し て 、 上 巻 に は 四 十 一 位 の 菩薩
の 行 位 を 説 き 、 下 巻 に は 十 重 四 十 八 軽 の菩
薩 の 戒 法 を 明 し た も の で あ る か ら 、 序分
も 流 通 分 も な き帯
権 の 華 厳 部 に 属 す る 経 な の で あ る 。今
茲 に 挙 ぐ る菩
薩 戒 経 一 巻 は 、 梵 網 経 の 部外
の 単 独 の 一 経 典 な る が 故 に 、 序 、 正 、 流 通 の 三 段 も備
わ り、 一 切 の義
理欠
く る所
な し 。 仍 て 華 厳部
等前
三 教 の 所属
に も 非 ず 、 純 円 一実
の法
華 の 意 に 同 ず る の み な ら ず 、 還 つ て 法 華 開 顕 の 至 極 を ば 、 専 ら こ の 経 に よ つ て 窺 い 知 る 可 き で あ る と い う 。何
と な れ ば 、 上 下両
巻 の 梵 網 経 に 於 て 、 上 巻 に は定
恵 の 功徳
を 説 く 階 位 を 明 し 、下
巻 に は 三学
中
の 戒 法 を 明 す 。 之 れ 即 ち 三 学 相 対 し て 戒 の外
に定
恵 の 二 法 を置
く意
で あ る 。 今 一 品 一 巻 の菩
薩
戒
経 ど い う時
は 、 上 巻 の定
恵 の階
位 が 下 巻 の 戒 法 に 帰 し て 、 一 戒 光 明 金 剛 宝 戒 の外
に は 更 に定
恵 の 功 徳 と て別
に論
ず べ き も の な く 、 一 切 佛 法 舎 那 の 三 聚 浄 戒 の体
に 帰 す る と い う 意 で あ り 、 一 分 も機
の 上 下 を 論 ぜ ず、 但 だ 法 師 の 語 を解
す る の み に て 、 悉 く 得戒
す る 理 を 示 し た も の で あ る 。 さ れ ば 我 が 西 山 に伝
う る 血 脈 の 冠 頭 に 「 佛 祖 正伝
金 剛 宝 戒 血 脈 」 と あ る は 、 こ の 意 に し て 、 今 此 の 受 く る 三 聚 浄 戒 は 舎 那 浄 満 の戒
体
に し て 、 一 切 佛 法 こ れ よ り外
に あ る事
な し と 信 心 す べ き で あ る 。 こ の 点 は 重 要 な 問 題 で あ る か ら、 更 に 布 演 す る な ら ば 、 伝 教 大 師 が 畢 生 の 念 願 と し て 、 大 乗 菩薩
戒
壇 の建
立 に 一 生 を 捧 げ ら れ た 所 以 は 、天
台 宗 と は 円 教 の 三 学 中 の定
恵 の 分 を 強 謂 せ る も の で 、 こ の中
の 戒 学 の み が 未 だ 弘 通 一16
一せ ざ る に 由 り 、 か く の 如 く 執 心 深 く 申 立 て ら れ た と 見 る べ き で あ る 。
若
し然
り と す れ ば 、何
ぞ法
華
宗 の外
に 別 に 梵 網 に よ る 台 上舎
那 の 相 伝 を 述 べ ら れ た の で あ る か 。 ω 山 家学
生 式 問答
に 云 う 円 戒 の 相 伝 は 、法
華
宗
の 三学
の 中 の 戒 法 の相
承
な れ ば 、 塔 中 の 釈 迦 を 第 一 の 戒師
と し 、 南 岳 、 天台
乃 至 湛 然 、 道 邃 と次
第 し て 円 教 の 三 学 を 伝 う 、 故 に 学 生 式 に は 「 授 円 の 三学
ど も 云 い 、 三学
倶
伝
名
日 妙 法 」 と も 釈 さ れ て あ る 。 仍 て 之 は 三 学 一 体 と し て 見 た る 場 合 の虚
空 不 動戒
の 法 華 の相
伝
と い う 可 き で あ る と い う 。 然 し な が ら 内 証 佛 法 血 脈 譜 に は こ の外
に 梵 網 の 教 主台
上 の 舎 那 を 根 元 と な し て 次 第 に相
伝
を 書 列 ね 、梵
網
経 並 に 羅 什 誦出
の 羯 磨 文 、義
記
の文
書
を 引 い て菩
薩 戒 の 相承
空 し か ら ざ る旨
を 述 べ ら れ た の で あ る 。 仍 て 「 三学
倶
伝 名 日 妙 法 」 と ほ 法 華 経 の定
恵 の 二法
に 加 え て 、 今 正 し く 円戒
の 宗 趣 を ば こ の菩
薩 戒 経 の意
に よ つ て 立 て ら れ 茲 に正 し く 戒 、 定 、 慧 の 三
学
倶
に備
わ る と 見 る可
き で あ る 。故
に 六 祖 湛然
は授
菩
薩
戒 儀 に 「若
正 立 円 戒 須指
梵
網
」 と い い て偏
え に 梵 網 に よ つ て 戒 を談
じ 、 ・若
円 定 恵 須 十 法 成乗
と い い て 、 定 慧 の 修 行 を ば 既 に 止観
に於
て 述 べ た事
を 指 さ れ た の で あ る 。 こ の事
は伝
教 大師
が 道邃
に随
つ て } 心 三観
伝 於 一 言菩
薩 円 戒 授於
至 心 と 云 い て 、 法華
、梵
網
両宗
の相
承
あ る こ と を 示 し た も の で あ る 。若
し天
台宗
の外
に 戒 の 相 伝 な し ヒ 言 わ ぼ 、「 一 心 三
観
伝 於 ご 言 」 の 処 に て 円 教 の 三学
は 備 わ る筈
で あ る に も拘
ら ず 、別
し て 「菩
薩
円 戒 授 於 至 心 」 と 云 う は 、 三 重玄
の 第 三 料簡
章
に 三 の文
段 あ る う ち 、初 の 「 須 信 心 」 の 釈 の 意 を 指 し て 、 梵 網 に よ ら ざ れ ば 円
戒
は 、 成 立 せず
の深
旨
を 示 さ れ た も の で あ ろ う 。 か く の 如 く 二様
の 解 釈 あ る所
以 は 、 既 に 天 台 大 師 が法
華 の 意 に よ つ て 五重
玄
を 立 て 給 う 時 は 、実
相
を 以 て体
と な し 、行
者
の 心性
の 一 念 の 即空
即仮
即 中 な る 処 が 法 華 の 正体
で あ り 、 之 を解
し 之 を行
U
て 妙 法 の正
体 を 顕 す べ き 西 山 に 於 け る 円 頓 戒 の 問 鬆 一17
一西 山 学 報 旨 を
教
え 、 又 菩薩
戒 経 に 依 て 三 重 玄 を 開 き 給 う時
は 、 法 華 の 意 と は 異 つ て 、「 不 起 而 起 即 性
無
作
仮 色 」 を 佛 戒 の 正体
と し て 、 一 代 の佛
法 は 皆 こ の 舎那
の 戒 体 を 顕 さ ん と す る よ り外
の事
な き 趣 を 釈 し 顕 さ れ た の で あ る 。 さ れ ば こ の 二様
の見
方
あ る 所 以 を 上 下 両 巻 の 梵 網 経 と 一 品 一 巻 の菩
薩
戒
経 と を対
比 し て見
れ ぼ 、 前 者 は 心 釶 品 の名
が 表 に 現 わ れ て 三業
中
意 業 為 主 と な り 、 定 恵 の 功 徳 を説
く 法華
の意
に 同 じ 、 上 巻 の 階 位 が 下 巻 の戒
法 に 帰 入 す る 一 品 一 巻 の菩
薩戒
経
と 見 れ ば 、 そ の 心 釶 と は 舎 那 の 功 徳 を指
し 、 こ の 舎 那 の功
徳 を 師資
相 伝 し て 痴 闇 の 衆 生 ま で も 受 取 る 所 を 菩薩
戒 と 名 ず け 、 所謂
「 但 解 法 師語
尽 受 得 戒 」 す れ ば 、 即 ち 佛位
に 入 る 利 益 あ り と い う の で あ る 。 か く て こ の 戒体
受 得 の 上 に 於 て 戒 行 に 出 ず る 時 は 、 こ の 戒 心 を本
と な し て 定 慧 の 功 徳 自 ら 開 け 行 く 。 こ の 道 理 あ る が故
に 、 西山
上 人 ほ 宝 治 元 年 十 一月
二 十 二 日 門弟
に 対 し て 、臨
終
近
き に 在 り 、往
生 の 証 道 如 何 と て菩
薩
戒 の 四戒
三勧
の 大 綱 を 述舗
越 え て 二 +吾
未 刻 に 泉 誦寺
の 長 老 明 観 上 人間
疾
の 参 入 に 対 し て ・ 天 台 大師
の菩
薩嚢
記 に説
く 三 重 玄 の 中 の 釈 名 の 章 に 、 広 く 四 教 の 階位
を 明 せ る こ と 、今
の菩
薩 戒 に 就 て こ の 趣 き存
知 如 何 と 問 い か け ら れ た の に 、長
老 の 答 の 趣 き 分 明 で な か つ た 事 を伝
え て い る 。 こ の分
明 で な か つ た 事 は、 上 下 両 巻 の梵
網 経 と 一 品 一巻
の 菩 薩戒
経 の相
違 、 引 い て は 法 華 開 顕 と菩
薩
戒
と の 両 者 の 同 異 点 の 事 で あ ろ う 。 以 上要
す る に 、 法 華 経 と 梵 網 経 と の 傍 正 に 関 す る問
題 は 、 戒 学 史 上 迂 余 曲 折 を 重 ね た 論 争 に し て 、 容易
に 断定
さ れ な い 間 題 で あ る か ら 両 者 の 相 違 点 を詳
論 す る要
あ る も 、 茲 で 一 応結
論
ず け ら れ る 点 は、 天 台 大師
よ り次
第
し て 道 邃 、 伝 教 と伝
承 さ れ た 円 戒 は、「 内 証 佛 法 相 承 血 脉
譜
」 に 示 す よ う に 、 明 ら か に 梵 網 戒 で あ つ て 、法
華
円 教 を 伝 承 す る 天 台法
華 宗相
承 師 師 血 脉 と は 全 く 別 で あ り 、法
華
と 梵 網 と の 混 同 は 見 当 ら な い 。 又 南岳
、 天台
が 共 に 霊 山 浄 土 の 聴 衆 で あ つ た と い う 事 は 、 法華
、 梵 網 両 相 承 血 脉 に見
え て い る か ら 、 伝教
大 師 一18
一緲 は 菩
薩
戒 を 法 華 戒 と し て 受 け と つ た と 断 定 す る こ ヒ は出
来 な い 。 そ も そ も 菩 薩 戒 経 に 説 く 盧 舎那
佛 と釈
迦 佛 と の 関 係 ほ 、 盧 舎那
佛 は 蓮 華蔵
世界
の 教 主 で あ り 、 そ れ は 千 枚 の 花弁
の あ る 蓮 華 か ら な る 浄 土 の 中 央 宝座
に 座 し 給 う 。 而 し て千
枚
の各
花 弁 に 一 人 の 釈 迦 佛 が あ り 、 又 一 枚 の 花 弁 に百
億
の 国 が あ り 、 各 国 に天
の釈
迦禦
居 ら る る . そ奪
の 釈 迦佛
は 、 そ れぐ
菩 提 樹下
に 坐 し て 同蒔
晟
佛 さ れ た の で あ る 。 こ の 千 の 釈 迦 佛 と 各 国 の 百億
の 釈 迦 沸 は 、何
れ も 盧舎
那
佛
を 本 体 ヒ す る 迹 用 で あ る が 、 そ れ 等 の 釈 迦 佛 は 、各
々微
塵 数 の 衆 生 を 引 き つ れ て 盧 舎 那 佛 の 処 に詣
で て 、 そ の佛
が 常 に 説 か る る 戒 法 を 聴 聞 さ れ た の で あ る 。 か く て舎
那
を説
者 ど し、釈
迦 を 聴 受 者 と し て 、 茲 に は じ め て 不 死 の 門 た る戒
法 が 説 か れ た の で あ る 。梵
網
戒 が 釈 迦 佛 に 源 を発
せ ず し て 、 盧 舎 那 佛 を 最 初 の 説 法 者 ヒ す る こ と は 、小
乗戒
に異
る 大 乗 戒 の特
色 を 語 る も の で あ る 。小
乗
で は 釈 迦 佛 を 教 主 と し て 、 総 て 印度
の 風 俗 習 慣 を 基本
と し て 、 戒 律 が結
成 さ れ て い る 。 然 る に 大 乗 に 於 て は か か る 地 方 的 立 場 を 去 つ て 、 広 く 人間
生 活 の 軌 準 を 立 て る 方 向 を 取 つ た 。故
に 閻 浮 提 を 教化
の 区 域 と す る 釈 迦 佛 に 源 を 発 せ ず し て 、 全 宇 宙 の 教 主 た る 盧舎
那 佛 を 戒 法 の 創 始者
と し た の で あ る 。従
つ て 一 佛 に発
し た 梵 網戒
が 千 百億
の 釈 迦 佛鑢
取
さ れ、 そ れぐ
異 つ た 国 へ 伝 持 さ れ る 形 に な つ て い る 。 斯 如 く 本隻
る 盧舎
那
讐
、 迹用
た る 千 及 び 百 億 の釈
迦佛
と 合 し て 三 重 の 佛 と な る か ら 、 こ の 所 を天
台
大 師 は 「 根 本 冥 伝 」 と 云 つ て 、舎
那 の 本 よ り 釈 迦 の 迹 を 垂 る と い う こ の 本 迹 が 即 ち 師弟
に て 、能
所 の 対 立 す る普
通 の 経 説 と 異 る点
を 指 適 さ れ た の で あ る 。 だ か ら と 云 つ て 、舎
那 、 釈 迦 一体
と論
ず る の は早
計 で あ る 。 か く 梵 網 戒 は 宇宙
の教
主 た る 本 佛 に 源 を 発 し 、各
国 の 教 主 た る 迹 佛 に ょ つ て そ れぐ
の国
に 伝 説 さ れ 、 そ れ が菩
轄
受持
せ ら れ 、 普 ね く 衆 生 の 生活
を聾
す耄
の で あ る 。 即 ち佛
と菩
薩
と 衆 生 と に 貫 く 生 活 の 根 本 軌準
で あ る 。伝
教
大 師 が 、 大 乗 戒 壇 を創
立 し て真
俗 一 貫 の教
西 山 に 於 け る 円 頓 戒 の 問 題 一19
一西 山 学 報 法 流 布 に 一 生 涯 を 捧 げ ら れ た の も 、 こ の 梵 網 戒 の 流 布 に
外
な ら な か つ た 事 を 思 う て 、大
師 の章
疏 を繙
く な ら ば 、 そ こ に 幾 多 思 想 の 展 開 途 上 に曲
折 あ り と は 云 え 、 終 始 変 ら ざ る 法華
、梵
網 の 二 経 の 立場
が 明確
に 観取
さ れ る筈
で あ る 。 翻 っ て現
に我
が 西 山 に伝
持 せ ら れ て い る 戒 会 の 本尊
、 並 に 戒 儀 に於
け る第
三 請 聖 師 の 項 を検
す る に 、助
三 の 補 助 儀 に は 道 宣 の戒
壇 図 経 に 云 う と し て 、 拂 滅度
の後
の行
事
は 、 聖僧
羅列
す 、 佛 像 は 佛在
す の 時 に 擬 す る故
な り 。 亦 僧 法 を し て依
る あ ら し む る こ と 佛 に 非 ん ば 不 可 な り 、故
に 霊 儀 を置
く こ と 徒 ら に 設 け ざ る 也 。 と い い て 、 影 現 の 霊 儀無
方
な れ ば 随 縁 の容
像 も 一 に非
ず 、 今 戒 場 に 於 て は 須 ら く舎
那 の尊
形 を 彰 用 す べ し 、舎
那 佛 に は是
れ 直 往 伝 説 の義
あ る が故
也 ( 口伝
) と い い 、 又 慈 覚大
師高
麗 の 慧 命法
師 よ り受
来 す る 本 尊 は 、 比 丘像
の釈
迦如
来
な り 、 用 い て戒
壇院
の 本 尊 と す 。 更 に 文 殊 、弥
勒 大 士 の 僧 形 を 作 つ て 比 丘 僧 の脇
に 夾侍
す ( 或 は 舎 那 尊 の 両 脇 と な す こ と あ り 、 二 尊 院 、 禅 林 寺 の 画 像 之 な り ) 古 伝 に 謂 う 、 是 れ 慈 覚 大師
の 始 め て製
す る所
也 、 或 は光
定 師 の 所為
也 。 そ れ 脇 士 を 置 く所
以 は 、叡
嶺 の戒
壇
は法
華 の 戒場
た る事
を 表 と し てコ
乗戒
壇院
」 と い う故
に 、 法 華 経 序品
の化
儀
を 移 して こ の 二 大 十 を
脇
置 す る 也 と 述 べ て い る 。 而 し て 補 助 儀 上 ノ 十 六 は 心 賀 の 受 戒 道 場 に内
外 の 二 つ を分
つ を 引 い て 、 外 道 場 と は 、 釈 迦 如 来 蓮 華 蔵 世界
を 道 場 と な し て 諸 の菩
薩 の為
に 十 重 四 十 八軽
戒 を説
く 。 又 霊 山 に は虚
空 を 以 て 道 場 と な し 、 本 迹 両 門 の機
の 為 に 法華
一乗
の妙
戒
を説
く 。 内 道場
と は 、 自 心 を 以 て 道 場 と な し 、 八 葉 の肉
団 を 所 座 と な し て 十 方 の 諸 如来
を虚
座 に 集 め て 佛性
金
剛 宝 戒 を 説 く 。 之 は 是 れ 法 華、 梵 網 の 両 場 を 釈 す と 見 た り 。 と説
き 、 更 に 我 が 西山
に 於 て は 乱 想 の 我 が 胸 中 を内
道
場 と し 、 観 経 に説
く 「 諸 佛 如 来 是 法界
身 入 一 切 衆 生 心 想 中 」 の文
、 及 び 彼 の 土 の 三 耘荘
厳等
共
に 垢 障 の 凡 夫 念 を 西 方 に 懸 け 、弥
陀 を 専 想 す れ ば 、 念 に 応 じ て依
正 二 報 総 て我
が 心 想 に 入 る こ と 、 そ の所
入 の 胸 中 が 即 一20
一法
界
戒
身
の 所 座 な る 故 に 戒場
と 云 う 也、 此 の 意玄
玄 に し て宗
派 の 一位
な り 必 ず他
と そ の味
を 同 ず る 勿 れ と説
い て い る 。 之 れ 法 華戒
よ り 西 山 の 弥陀
戒 に 転 入 し 、戒
念 一 致 を説
か ん と す る意
を存
し て い る も の と 言 う べ き で あ る 。 以 上 之 等 の説
に よ つ て 、 道 場 に 於 け る 本 尊 は 、 正 依梵
網 を 立 場 と す る限
り 「 盧 舎 那 佛 」 な る も 、 而 も 、 正 依 法華
を 立 場 と す る も の は 、 塔中
の 釈 迦 佛 と 見 る 可 き を 主 張 せ ん と す る も の の よ う で あ る 。 但 し 我 が西
山
に 於 け る 第 三 請 聖 師 の 条 に 、 「弟
子 某 甲等
一 心 奉 請 霊 山浄
土釈
迦 牟 尼 如 来 、 為 我成
戒
和
尚
、 我 依和
上故
得 受菩
薩
戒
、 慈 愍 故 」 と あ る は、 法 華 経 寿 量 品 に説
く 、 開 迹顕
本 し た る 久 遠実
成 の 大 聖 釈 迦 牟 尼如
来
の こ と で あ る が故
に 、 法 華 経 本 門 の 釈 尊 を 戒 和 尚 と し て 受 戒 す る の は 、 之 れ梵
網
の 教 主 か ら受
戒
せ ず し て 、 法華
本 門 の教
主 か ら 受戒
す る 事 を 意 味 す る が 故 に 、 法 華 の 妙 戒 で あ る よ う に 思 わ れ て い る 。然
し乍
ら 既 に し ばぐ
論
U
た如
く 、 円 頓 戒 の 全体
を 通 じ て 云 え る こ と は 、授
け ら れ る戒
は梵
網戒
で あ る と い う事
実 で あ つ て 、特
に 四 戒 三 勧 の謂
を 強 調 す る 所 以 よ り い う も 、 之 を 無 視 す る こ と は 出 来 な い 。 補 助 儀 に は 「 影 現の セ セ カ の
ロ 霊 儀 無 方 、
随
縁
容
像 非 一 、今
於 戒 場 先 須 レ 彰 二 用舎
那 尊 形 → 舎 那 佛 是有
二 直 往 伝 説 之義
一 故 口 訣 」 と明
示 し て い る 。彼
の伝
教 大師
の 内 証 佛 法 血 脉 譜 の 「 天 台 円 教 菩薩
戒 相 承師
師 血 脉 譜 」 に示
さ れ て い る 「菩
薩
戒 経義
記 云 、 梵 網 受 法是
盧 舎 那佛
、為
二海
王 子 一授
戒 法 、 釈 迦従
二舎
那 一 所 二 受 誦 一 」 を 見 れ ば、釈
迦 が 戒 和 尚 と し て 求 め ら れ る の は 、 盧舎
那 佛 誦 出 の戒
の 伝 持 者 と し て で あ る 。従
つ て こ の 釈 迦 が 、 天 台 法 華 宗相
承 師 師 血 脉 譜 で は 「常
寂
光 土第
一義
諦
霊 山 浄 土 久 遠実
成 多 宝 塔 中 大牟
尼尊
」 ヒ表
現 さ れ て も、 そ れ は 三 学 一致
の 虚 空 不 動 戒 の 法 華 宗 相承
の 血 脉 か ら 云 つ て 当 然 の こ と で あ る 。 然 る に助
三 の 補助
儀
(下
ノ 三 十 一 ) に は 、 黒 谷 の 禀 承 は 塔 中 相 承 と舎
那 相 承 と 共 に 正 依 と す と い い 更 に 、 法 華 の戒
師 は 釈 迦 を 以 て根
本
師 と為
し 、 梵 網 の戒
師 は 舎 那 を 以 て 根 本 師 と な す 。 二 経 の 本 師 同 な り や異
な り や の 問 題 西 山 に 於 け る 円 頓 戒 の 問 題 一一21
一
西 山 学 報 を
提
起 し て 、若
し 同 也 と 云 わ ば舎
那 釈 迦 既 に 別 の相
承 血 脉 あ り 、梵
網 の 戒 は 佛 佛 の 伝 禀 な る が 故 に 、釈
迦 佛 、 盧 舎 那 に 受 く と い う 。 之 れ定
慧 の 相 承 は 釈 迦 佛 を 元祖
ど な し 、戒
の 一 法 は釈
迦 の前
に 舎 那 を 立 つ 、 誠 に 幽 玄 甚 深 の 事 に し て 、両
者
そ の 根 本 を 異 に す れ ば 佛 佛 の 伝 持両
者 混 同 す 可 らず
と 。 又 若 し異
な り と 云 わ ぱ 、 華厳
経
の名
号 品 に 舎 那 釈 迦 一 体 と 説 く 、 妙 玄 の 七 に は 三佛
「 毘 盧 舎 那 、 舎 那 、 釈 迦 、 」 具 足 し て 欠 減 あ る こ と な く 、 三 佛相
即 し て 一異
あ る こ と な し 、 如 何 が 会 得 せ ん と 。 そ の 答 え に 日 く 、戒
経
に は 三 重 の本
末
を 説 く が故
に 、舎
那
釈 迦 を分
別 す 、 法華
は本
迹 を 存 す ど 雖 も 畢竟
倶 体 倶用 に し て 別 佛 に は
非
ず
。 普 賢 観 経 に 釈 迦 を 名 け て舎
那 と な し 、 そ の 舎 那 の住
所 を常
寂
光
土 と 名 け 、舎
那 釈 迦 遍 一 切 処 と 名 く 。舎
那 、釈
迦 の 同異
、 随 機 の 管 見 、身
土 差異
あ れ ど も 、 三世
常 恒 久 遠実
成
の 釈 迦 な れ ば 本 迹体
用 不 思議
一 に し て 、 更 に異
佛
な し 、 但 し余
師
の 如 き は 、戒
経 に よ つ て 一往
各
別 の義
を存
す る の み と 、舎
那 、 釈 迦 一体
説
を 取 つ て い る よ う で あ る 。 之 を 以 て 見 れ ば 、 当時
既
に舎
那、釈
迦 一体
説
が 、 即 ち 天台
の 本 覚 思 想 と 口 伝 法 門 と が天
台 の 思 想界
を 風軈
し て 、 円 頓 戒 に 於 て も 正 依 法華
、 傍 依梵
網 の 説 が 主 流 を な し て い た よ う で あ る 。 西 山 に於
け る亮
範
の 「 授菩
薩 戒 集要
鈔
」 や 「 深 秘 口 訣 」 と あ る抄
物
を 見 る に 、先
ず 二 尊 院 、 三 鈷 寺 両 流 所 用 の06
本
尊 の 秘 決 及 び 戒場
法
式 を 述 ぶ べ し と 題 し て 、「
本
尊 は 霊 山 会 上 の 釈 尊 に し て円
頓
戒 の 和 尚 な り 」 と い い ( 先 に 引 用 せ し 補 助儀
の説
と異
る ) 画 像 の 印契
を 論 じ て 、 慧 の 手 ( 右 ) の 印 契 は多
宝 塔中
の 釈 迦 牟 尼 に し て 、 定 の手
( 左 ) の 印契
は 、 之 れ 梵 網 の 教 主 盧 舎 那佛
也 。 こ の故
に 正 依 法 華 、 傍 依梵
網 の 円 頓 戒 の 和 尚 と す る 也 と 述 べ て 、所
謂
黒
谷 流 の 円 戒 に 同化
し て い る 。 西山
復 古篇
に は 、「
西
山 両 脉相
承
の 事 」 と 題 し て 、教
門 に 約 せ ば 盧舎
那 佛 を 本 尊 と し 、 実 義 (戒
の 相 承 ) に 約 せ ば 「 霊 山会
上 多 宝 塔中
の 釈 尊 な り 」 と い う 、 之 れ 恐 ら く は 、戒
場 に 掲 げ る 影 像 は 、 戒 の 根本
・ 戒 の 本 佛 と し て 一22
一見 る 時 は 盧
舎
那佛
に し て 、 伝 戒 の 和 尚 ヒ し て 戒 儀 に 於 け る 本尊
と し て 見 る 時 は 塔 中 の 釈 迦 佛 で あ る 事 を示
す も のの で あ る 。 既 に 文 中 に 「
戒
和
尚
頃 と あ る 事 は特
に 注 意 す べ き 事 で あ つ て 大 方 は 之 を 混 同 し て い る 。 か く の 如 く 円 頓 戒 に 於 て は既
に 法 華・ 、 梵 網 二 経 の 傍 正 論 は、伝
教 大 師 滅 後 間 も な く 論 争 を 生 じ 、 本 覚 思 想 の 発 展 す る と共
に 口伝
法 門 の流
行 を来
し 、 舎 那 釈 迦 一 致 の 口 决 が 尊 重 さ れ 、 遂 に 「 正 依法
華 」 の説
が 大 勢 を 占 む る よ う に な り 、 我 が 西 山 に 於 て も次
第
に そ れ を 転 用 し た も の と 思 う 。 然 し乍
ら 之 等 展 開 の 跡 は 充 分討
究 さ る べ き 重 要 な 問 題 で あ る が 故 に 、稿
を改
め て 論 究 す る 事 と し 、 只 茲 で は 軽 々 に論
じ 速 断 は 赦 さ れ な い と し て も 、少
く と も 天 台 大 師 の 三 重 玄 の 釈 義 、伝
教
大師
の 円 頓 戒 確 立 の 初 志 、宗
祖 、 西 山両
上 人 に 伝 承 さ れ て 以 来、 三 鈷 の 峰 に 高 ら か に 唱 道 さ れ た 戒 念 一 致 の 我 が西
山
に 於 け る 円 頓 戒 の宗
風 は 、 正依
梵
網
の系
統 を 伝 承 す る も の で あ り 、 戒 場 に 祀 る 本 尊 は 、 本 師釈
迦 牟 尼 如 来 の 心 眼 に 映 じ た 盧 舎 那 佛 で あ る と 謂 う 可 き で あ る 。 既 に 先 に も 触 れ た よ う に 、 補 助 儀 に も 「 或 は 遮 那 尊 の 脇師
た る あ り 、 二 尊 、 褝 林 の 画像
之 な り 」 と あ り 、 且 又 戒 場 に 於 け る 「 伝 戒 師 」 の 立 場 を 見 れ ぼ 、現
に 我 が 西 山 に 依 用 さ れ て あ る 本尊
を 決定
ず け る も 分 で あ る 。 こ の事
は 、戒
場 に 於 て授
け る 「 血 脉 」 に も 重 要 な問
題 で あ る か ら 、 之 に 就 い て 古来
よ り の も の を例
示 し て 、 そ の 正 に あ る 可 き姿
を 映 し 出 さ ん と す る も の で あ る 。 ○天
台 法 華 宗相
承師
師 血脈
譜
一 首 常 寂 光 土第
一義
諦 霊 山浄
土○ は 左 記 ◎ 印 を 見 よ。 久 遠
実
成
多
宝 塔 中 大 牟 尼 尊iO
… ○ … 〇二 一
−
ー
ー
1
天 笠 霊 山聴
衆
陳朝
南
岳
慧 思 大 師 西 山 に 於 け る 円 頓 戒 の 問 題ー
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一 一23
一西 山 学 報
L
天 竺 霊山
鑒
隋契
台山
智
莫
驫
10
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○ー
○ー
○ー
荊
溪
湛 然 大師
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◎ 摩 訶 迦 葉ー
阿 難 陀 商 那 和 修101
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天 台 円教
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戒 相 承師
師
血 脈 譜 一 首婆
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霊山
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師
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一24
一戒 殊 鈔 下
巻
に よ る 内 証 佛 法 血 脈 天 台 法 華宗
相 承 師 々 血 脈 譜 一 首常
寂 光 土第
一 義諦
−
摩 訶 迦 葉 r − ー
阿
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ー0211
霊山
浄 土 久 遠実
成
i
『
多 宝 塔中
大 牟 尼 尊一
有 註 略 之 ー 竜 樹 菩 薩
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天 笠 須 利 耶蘇
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鳩
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蕪
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讒
・ Il天
竺 霊 山 聴 衆 陳 朝南
岳
大
師−
iI − −I
− 有 注 略 之L
− −痴
二 霊山
聴 衆 陳 朝天
台 大 師口
…
− − − 縦 硴 襭奩
・ 伝 教 ・天
台
円
教
菩
薩
戒 相 承師
々 血 脈 譜 一首
蓮 華 台蔵
世界
赫 々 天 光 師 々 座 上舎
盧 那 佛 厂 ー 逸 多 菩 薩ー
天
竺 鳩 摩 羅 什 三 蔵 −F
霊
山 聴 衆 南 岳 恵 思 大 師ー
1 有 註 略 之 謹 案 菩 薩 戒 経 義 記 云 次 転 写 逸 多 菩 薩 如 是 二 十 余 菩 薩 次 第 相 付 他i
一 一 霊山
聴 衆 天 台 智 者 大 師 以 下 略 之 西 山 に 於 け る 円 頓 戒 の 問 題 有 註 略 之 有 註 略 之 一 25 一註 西 山 学 報 ω 勅 修 御 伝 ( 第 十 巻 ) が 示 す よ う な 三 帝 に 授 戒 し た と い う 事 蹟 は 少 か ら ず 疑 問 で あ る 事 や、 建 久 二 年 九 月 二 十 八 日 の 宜 秋 門 院 に 対 す る 授 戒 や 、 正 治 二 年 九 月 三 十 日 よ り 三 日 間 に 亘 っ て 兼 実 公 の 夫 人 に 対 し て な き れ た 授 戒 は 、 病 気 平 癒 の た め の 祈 薦 的 授 戒 で あ っ た と い う 事 が 主 張 さ れ て い る 。 佛 教 史 学 二 巻 四 第 所 収 石 田 瑞 睡 氏 の 論 文 及 び 同 氏 著 一, 日 本 佛 教 に 於 け る 戒 律 の 研 究 」
P
四 三 八 参 照 。 伝 教 大 師 全 集 第 三、 仁 空 実 導 は 、 「 義 記 聞 書 」 の 胃 頭 に 之 を 引 用 し て 論 を 進 め て い る 。 ( 西 全 別、 三 ノ ニ 参 照 ) 。 紛 仁 空 実 導 の 所 謂 「 義 記 聞 書 」 は 一 名 「 永 徳 記 」 と も 云 い 、 永 徳 元 年 − 一 三 八 ニ ー 五 月 二 十 六 [ 冂 よ り 講 ぜ ら れ た も の で あ り 、 助 三 の 円 頓 戒 補 助 儀 は 元 祿 十 一 年 − 一 六 九 八 ー 頃 の も の で あ り 、 敬 光 の 円 戒 膚 談 は 寛 政 五 年 − 一 七 九 三 − 著 さ れ た も の で あ る 。 「 義 記 聞 書 」 上 巻 第 一 所 引 西 全 別 三 ノ 三 〇 右 同 敬 光 の 円 戒 膚 談 第 一 巻 二 二 に は、 黒 谷 相 承 は 正 依 法 華、 盧 山 寺 相 承 は 正 依 梵 網 と 説 き 永 徳 記 等 も 之 の 説 に 同 ず る も 、 是 れ 宗 骨 、 戒 相 、 互 論 傍 正 の 正 旨 を 失 し た る 偏 説 に し て、 取 る に 足 ら ぎ る 説 と 断 じ て い る 。 敬 光 の 自 説 は 、 「 三 学 倶 伝 名 日 妙 法 」 と 云 え ど も 、 経 及 び 疏 、 記 、 三 部 の 文 と も 一 乗 の 三 学 を 示 す こ と 文 既 に 略 な れ ば 、 記 に は そ の 定 慧 の 相 は 止 観 に ゆ ず り、 そ の 伝 戒 の 相 は 戒 経 に 譲 っ た ま で で あ る 。 荊 渓 の 説 は 全 く 天 台 の 祖 意 を 述 べ た も の で あ り、 正 依 梵 網 の 当 処 即 正 依 法 華 の 円 戒 に し て 、 梵 網 の 佛 性 、 法 華 の 実 相 何 ぞ 異 り あ ら ん や と。 梵 網 、 法 華 同 一 不 二 の 立 場 を 取 る 。 又 戒 法 に 於 て 、 法 と 体 と 行 と 相 と の 四 法 を 分 ち 、 法 と 体 と は 法 華 に 依 り、 行 と 相 と は 梵 網 に 依 る と い う も 、 法 華 四 個 の 戒 品 を 明 す に、 法 、 体、 行 、 相 の 四 重 は 理 戒 に 属 し て 論 ず る 故 に 法 華 を 正 依 と し、 梵 網 を 傍 依 と す 。 若 し 事 戒 に 約 し て 之 を 論 ず れ ば 正 依 梵 網、 傍 依 法 華 と な り、 共 に 同 一 の 冂 戒 を ヴ. 場 の 相 違 に よ っ て 、 正 傍 を 分 つ の み と い う 。 ω 西 山 上 人 縁 起 四 戒 三 勧、 解 語 得 戒 の 趣 き に 就 て は、 実 導 上 人 の 円 頓 戒 儀 秘 聞 書 ( 西 全 別 三 ノ 六 〇 四 ) に 詳 論 す 。 島 地 大 等 氏 は 「 天 台 教 学 史 」 ( 二 七 五 ) に 伝 教 大 師 唯 生 の 目 的 た る も の は 、 円 の 三 学 を 具 備 せ ん と す る や 朋 な る と 共 一26
一に、 文 中 所 謂 「 円 教 」 と は こ れ 法 華 の 意 な り と 見 、 世 の 多 く は、 伝 教 大 師 は 南 都 の 玲 伽 戒 に 講 足 せ ず し て 梵 網 戒 に 入 っ た が、 入 唐 し て 天 台 の 円 教 に 接 す る に 及 ん で 、 梵 網 戒 に 満 足 せ ず し て 更 に 法 華 戒 に 進 入 し て 後 ち、 梵 網 戒 観 は 一 変 し た 。 即 ち 梵 網 戒 に 円 教 の 内 容 を 与 え て 之 を 円 戒 に 迄 引 き 上 げ た、 と 云 う も 之 は 一 概 に 然 り と は 云 い 難 い 。 西 山 上 人 が 四 戒 三 勧 の 趣 き 、 解 語 得 戒 の 謂 を 特 に 強 調 き れ た の は 、 こ の 道 理 を い う 。 又 血 脉 に 逸 多 菩 薩 等 二 十 余 の 菩 薩 を 列 ぬ る は 異 論 の 存 す る 所 と は 云 え、 四 戒 三 勧 の 趣 き 即 ち 相 伝 と い う 事 を 重 視 す る 所 以 を 示 し た も の で あ る 。 ( 円 頓 戒 儀 秘 聞 書 、 西 全 別 三 ノ 六 〇 四、 六 〇 六 ) 中 古 天 台 に 於 て 山 家 大 師 法 華 一 部 の 始 終 を 皆 戒 法 と 釈 し 、 正 説 の 一 乗 戒 、 開 示 悟 入 の 戒 、 衣 座 室 の 戒、 四 安 楽 行 の 戒 、 勧 発 品 の 四 戒 等 一 経 悉 く 皆 戒 法 を 説 く と 見 て、 法 華 一 乗 の 本 意 は 舎 那 の 一 戒 光 明 な る 意 を 顕 し て、 大 乗 戒 の 外 に 別 に 天 台 宗 を 置 か ず と い い て 、 所 謂 梵 網 戒 が 法 華 戒 に 転 化 さ れ た よ う で あ る 。 働 亮 範 上 人 の 「 集 要 鈔 」 そ の 他 断 簡 の 口 決 に は 、 二 尊 院 流 、 三 鈷 寺 流 、 所 用 の 本 尊 の 秘 決 及 び 戒 場 の 法 式 を 述 ぶ べ し と 題 し て 、 「 本 尊 は 霊 山 会 場 の 釈 尊 に し て 、 円 頓 戒 の 和 尚 也 」 と 示 し、 本 尊 の 印 契 に 就 て 詳 か に 説 明 し 、 慧 の 手 ( 右 ) 印 は 報 身 説 法 の 印 、 臂 を 立 つ る は 自 受 用 報 身 、 多 宝 妙 境 に 冥 ず。 之 れ 「 多 宝 塔 中 の 釈 迦 牟 尼 佛 也 」 で あ り 、 定 の 手 ( 左 ) 印 は 他 受 用 報 身 の 智 、 一 切 衆 生 と 契 う 、 之 れ 「 梵 網 の 教 主 盧 舎 那 佛 也 」 と 一 佛 二 相 と 見 て い る 。 之 は 仁 空 の 「 秘 聞 書 ー 西 全 別 三 ノ 六 〇 二 」 に 塔 中 庶 那 一 致 口 決 と あ る と 闘 様 に 、 口 伝 法 門 の 尊 重 き れ た 時 代 を 想 像 す る こ と が 出 来 る 。 一 乗 戒 建 願 記 に よ れ ば 、 叡 山 の 戒 壇 は、 釈 迦 、 文 殊 、 弥 勒 の 三 師 の 像 を 安 置 す 。 之 れ 不 現 前 の 五 師 を 請 待 し て 授 戒 す る 形 式 で あ る 。 之 は 明 ら か に 法 華 円 戒 相 伝 の 姿 で あ る 。 現 に 拙 寺 ( 正 覚 寺 ) に 戒 会 の 本 尊 と し て 二 輻 保 存 き れ て い る 画 像 中
ー
徳 川 時 代 の も のt
− 之 で あ り、 又 明 治 中 期 に 設 け ら れ た も の は 、 現 に 光 明 寺 、 禅 林 寺 で 用 い ら れ て い る も の と 周 様 盧 舎 那 佛 で あ る 。 円 頓 戒 補 助 儀 上 ノ 六 本 尊 請 聖 、 及 び 下 ノ 三 。 木 叉 流 伝 の 条 云、 国 訳 一 切 経 法 華 部 二 四 二 西 全 別 三 ノ 六 〇 二 中 に 、 「 塔 申 遮 那 一 致 口 決 」 と し 、 底 本 に は 無 き も 異 本 に よ っ て 之 を 補 う と し て あ る 。 こ の 事 は 後 に も 触 れ て い る が、 同 書 一 部 の 主 張 よ り す る も 、 亦 こ の 前 後 の 文 勢 よ り 見 る も 、 こ の 八 字 は 補 わ な い 方 が 妥 当 と 思 う 。 義 記 聞 書 上 ノ 四 、 「 西 全 別 三 ノ 一 二 七 」 に 「 佛 付 真 佛 像 佛 分 別 、 初 真 佛 出 妙 海 王 子 従 二 盧 舎 那 佛 一 受 二 菩 薩 戒 一 云 、 八 了 戒 西 山 に 於 け る 月 頓 戒 の … 問 題 一27
一西 山 学 報 師 相 承 根 元 出 也 、 下 法 縁 梵 網 受 法 是 盧 舎 那 佛 為 二 妙 海 王 子 一 授 戒 法 云 此 也 、 次 像 佛 出 今 戒 発 起 縁 住 持 佛 宝 体 事 挙 也 … … … 自 誓 受 戒 時 、 若 千 里 内 無 二 能 受 戒 師 一 諸 佛 菩 薩 形 像 前 受 二 得 戒 一 云 、 従 師 時 此 儀 式 引 移 、 次 下 雖 レ 有 二 現 前 智 者 一 猶 応 三 共 在 二 像 前 一 等 釈 也 云 々 と 伝 戒 の 和 尚 と 本 尊 と を 区 別 し て い る 。 三 、
血
脉
に就
て前
項
に 於 て 正依
、 傍 依 の 周 題 を 通 じ て 、 戒念
に於
け る 本 尊 の 問 題 を 論 じ た が 、 そ れ と 同 様 に 血 脈 に 関 す る 問 題 も両
者
一 致 し な け れ ば な ら ぬ こ と は 、 当 然 の 帰結
と 云 わ な け れ ば な ら ぬ 。然
る に 本 尊 に於
け る 舎 那、 釈 迦 の 見 方 が 混 迷 し て い る と 同様
に 、 血 脈 に 関 し て も 二 様 の 形 式 が伝
承 さ れ て い る事
は 、 之 れ 又 当然
の成
り 行 き と は 云 え 実 に 寒 心 に 堪 え な い 所 で あ る 。 了 慧 の 天 台菩
薩
戒
義 疏 見聞
第
一 の 冠 頭 の 相伝
縁 起事
に 、因
レ 茲奉
レ 値 二 黒 谷 御 弟 子 、 二尊
院
正 信 上 人 湛 空 一伝
二 受 円 頓 戒 血 脈 一 之 後 、 奉 レ 問 二 此 戒義
道、 戒 疏 義 理 一 云 云 と あ る を 見 れ ば 、宗
祖 法然
上人
が黒
谷 叡 空 上 人 よ り 伝 授 さ れ 、 更 に 正 信 房湛
空 に 授 与 さ れ た 血脈
が あ る が 、今
の所
論
に 答 え て呉
れ る も の で は な い 。故
に 茲 で は 之等
の 問 題 の探
索 は 後 日 に ゆ ず り 、 現 に 我 が 西 山 に依
用
さ れ て い る 、 血 脈 に 就 い て 聊 か 考 証 を 進 め る事
と す る 。先
ず 別 表0
と 口 に 示 す 血 脈 に就
て 見 れ ば 、 蓮華
台蔵
世 界 盧舎
那 佛 釈 迦 牟 尼佛
と 区 別 せ ず し て 一連
に 書 き 列 ね て あ る 。 之 れ 舎那
釈
迦 塔 中 一致
の 口決
を 伝 承 す る 、 法華
の 円 戒 を表
示 す る も の で あ る 。蓋
し 教 法相
承
に関
す る説
は 、天
台
智
者 大 師 に は な く 、 第 二祖
荊
溪 湛 然 の 「摩
訶
止 観 輔 行 」 に天
台
の師
は南
岳
な る こ と 、 更 に 「 止観
義例
」 に は伝
大 士 の 観 法 を 以 て天
台 立 祖 の系
統中
に 加 え ん と し た 事 、天
台 正依
の 経 論 た る 「 一28
一法 華 経 」 「 智 度 論 」 の 訳 宗 た る 羅
什
を 加 え て 、 天台
教
法
の 思 想史
成 立 を打
立 て ん と し た事
等 が 交錯
し て 、 遂 に 四伺 種 相 承 の 説 を 打 立 て た の で あ る 。 殊 に 日 本 天 台 の
極
盛 時 に あ り て は 、 血 脈 と 口 決 と は 全 く 同 一 視 さ れ た様
で あ る が 、 元来
血 脈 と は 師資
の 系図
を 指 す も の に し て 、所
謂
口 決 の 法門
の相
承
を 証 明 す る も の で あ る 。 天 台 に於
け る 血 脈 の 由来
は、 章安
の 今 師 相 承 に 始 ま り 、 南 岳 を 経 て 六 祖 荊 溪 以降
四 明知
礼 の 当時
に 至 る や 極 め て 神 秘 的 の も の と な り、 殊 に 伝 教大
師 の 時 代 に 於 て は 一 層 そ の 度 を 加 え て 、 殆 ん ど普
通 一 般 の 形 式 を 越 え た る も の と な つ た 。ω
良
助 の 円 頓 戒 脈 譜 口 訣 に、 問 、 円 戒 相 承有
一 一 幾 不 同 一 耶 。答
、 口 訣 云 、 有 四 種 相 承 、 一 台 上舎
那 相 承 、 二多
宝 中 釈 迦 相 承 、 三 大 蘇 直授
相
承
、 四 当機
直 授 相 承 、 一台
上 舎 那相
承
者
如 二山
家 脈 譜 載一 是 也 、 五 大院
又 云 、 梵 綱戒
品
、 昔 妙 海 王 子 及 千 王 子 、 従 二 盧 舎 那 一 受一書
薩戒
ハ 釈 迦 受 二 盧 舎 那教
勅
噛 下 二 菩 提 樹下
ハ 転 与 逸 多菩
薩
、 如 レ 是 二 十余
菩
薩 次 第 相 付 至 二 須 利 耶 蘇摩
一 … … …是
依 二 山 家 血 脈 譜 意 一 也 、 二山
家
大 師 別時
口 授 云 、第
一菩
薩
戒 師 多 宝 塔中
釈 迦如
来、第
二戒
師
南 岳 慧 思 大師
、第
三 戒師
天 台智
者 大師
、 … … … … 授 菩 薩 戒 現 前 和 上 道 邃 大 徳 辺 、 受 ご菩
薩 円 教 佛 子 戒 噛 師 師 相 伝 、 自 二 霊 山 法華
会 一 至 二 弘 仁 九年
ハ 相 続 不 レ 絶 。 右 の 口 訣 は、 所 謂 学 生 式 問 答 を 引 い て 、 そ れ が伝
教 の 別時
口 訣 で あ る よ う に 述 べ 、 四種
相 承 に就
て は そ の 正 傍 の 事 に は 論 及 し て な い が 、第
一 菩薩
戒 師 多 宝 塔中
釈
迦如
来 が 説 か れ て い る 事 を 見 れ ば 、「 多 宝 塔
中
釈 迦 相 承 」 を 以 つ て 正 依 と し た と 見 る 可 き で あ る 。 既 に 前 項 に 於 て 論 じ た 如 く 、 伝教
の 血 脉 譜 を 見 て も 、 一 は 霊 山 浄 土 多 宝 塔 中 の釈
尊
に 始 ま る相
承 で あ り、他
は 蓮 華 台 蔵 世 界 の 盧舎
那 佛 に 始 ま る相
承 で あ つ て 、 法 華 と梵
網
、 舎 那 と 釈 迦 と の 混 淆 は な い 筈 で あ る 。 只 両 者 の 交西 山 に 於 け る 円 頓 戒 の 問 題 一
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一西 山 学 報 流 が あ る と 云 え ば、 六 祖 荊 溪 よ り 遡 つ て 智
者
大 師 、 南 岳 大師
に 至 る 部 分 の 相 承 に 於 て 両 者 共 に 「 霊 山 聴 衆 」 と 表 現 さ れ て い る 事 で あ る 。 こ の 事 は 、 天 台 教学
史 上 既 に 是 認 せ ら れ て い る 事 で あ る か ら 、 所 謂 法 華相
承 に 於 て は 別 段 問 題 の 生 ず る 事 は な い が 、梵
網 菩 薩 戒 の 相 承 ま で も 、 南 岳 ・天
台
二 師 に 「 霊 山 聴 衆 」 の 四 字 を 冠 し な け れ ば な ら な い で あ ろ う か 。若
し も 推 測 が 許 さ れ る な ら ば 、 天 台 宗 の事
実 上 の 開 祖 た る 南 岳 、天
台
が 共 に 「 霊山
聴 衆 」 で あ つ た と い う 他 に 類 例 を 見 な い 事 を 、梵
網
戒 に も 依 用 し て 、 此 の 菩薩
戒 が 南 都 の戒
ど異
つ て い る 所 以 を 強 調 せ ん と し た の で は な か ろ う か 。而
も こ の事
は 当 初 よ り 天 台 教 学 史 の 上 で 、 相 当 根 強 く 人 々 の 心 を捉
え て い た 事 で あ る 。 か く し て時
代 の 流 れ に 従 つ て 、 法華
第 一 主 義 か ら 更 に 本 覚 思 想 の 展開
す る に つ れ て 、伝
教
大 師 の 法華
、 梵 網 の 両戒
脉 が 混同
せ ら れ て 、何
時
の 世 に か 我 が 西 山 に於
て も 、 別 紙 血 脉 のe
と 口 に 掲 げ る よ う に 、 舎 那、 釈 迦 一 致 の 口訣
を伝
え て 、 か く は 一 連 に 書 き 列 ね ら れ る よ う に な つ た の で あ ろ う 。 紛 勿 論 こ の 事 は 仁 空 実導
の 「 義 記 聞 書 一 に 、 此 の 菩薩
戒経
は 法 華 開 顕 の 至 極 な る 旨 を 相 伝 す る も の で あ り 、 法 華 経 の 正依
な る 意 を 究 む れ ぱ 、 ま た梵
網 経 の 正 依 な る旨
も自
ら 理 解 せ ら れ 、 梵 網 の 戒 を 以 て 最尊
最 上 の 戒 ヒ い う 意 も 理解
し 得 ら る る と い う の を 見 れ ば、 両 経 共 に 正 依 ど な し て い る よ う で あ る 。 又 同 書 に 、 法 華 宗 は塔
中
の 釈 迦 よ り の 相 伝 、 今 の菩
薩
戒
は梵
網 の 教 主 台 上 の 舎 那 よ り の 相 伝 と い い 、 こ の 梵 網 戒 の事
に つ い て は 、 次 の如
く 、 も ヘ セ う リ カ し あ 別 可 レ有
二 深 旨 一 也 見 、 加 之 山家
一 処 釈 中 正 天 台 法華
宗 外 蓮 華 台蔵
梵
網 宗 立 旨 被 レ 釈 事、 常 人 不 二 存 知 「 事 也 、 尤 可 レ 、 、 、 秘 二蔵
之 蒟 ( 傍 点 は 私 に 付 す ) と あ る よ り 見 れ ば 、 法 華 、梵
網 両 者 の 相 承 は 厳 に 区 別 さ る 可 き で あ る に も拘
ら ず 、 当時
所 謂 「 口伝
」 と称
し て 、 一30
−一舎 那 、