松島町雄島周辺海底採集板碑の報告(3)
著者 新野 一浩, 七海 雅人
雑誌名 東北学院大学東北文化研究所紀要
号 47
ページ 57‑144
発行年 2015‑12‑25
URL http://id.nii.ac.jp/1204/00000503/
松島町雄島周辺海底採集板碑の報告白
松島板碑研究会
( 新 野 一浩・七海
雅人)
調査の概要と成果
はじめに
雄島位置図
雄島は松島湾の北西最奥部に位置する︑南北約二三 Om ︑東西約
五 Om の南北に細長い島である(図 1 ・
2 ) ︒板碑の表採作業は二
O O 六年から始まり二 O 一五年まで継続して行われている︒今回は二 OO 八年の調査報告になる︒
図 1
S = 1 / 2 5 0 0
図 2 雄島地図
東 北 文 化 研 究 所 紀 要 第 四 十 七 号 二
O
一五年十二月松島町雄島周辺海底採集板碑の報告臼
二 OO
八年の板碑採集作業は雄島中央東側から実施した︒回を重
ねるごとに南側に調査範囲を移し︑南端部東側まで行った︒最終日
は潮が余り引かず︑前年と同じ島中央西側の調査を行った︒
島東側は西側と比較して波(主に観光船による)が立ち潮の流れ
も速い︒満潮時は海水が直接島の崖に届くが︑干潮時には崩れ落ち
た岩塊付近
( K
I L
l m
i m
)
に小さな砂浜が出現し︑そこから北
側の海中には大きな凝灰岩礁︑コンクリート製擬木が転がってい
た︒南側は砂礁から次第に泥の堆積へと変わって行き︑南端部の手
前︑内側にえぐり込んでいる箇所
( K
l 8
1 日)は潮の流れも緩や
かで︑厚い泥の堆積となる︒また
L 1 M l 9 1
区域は立ち入るの U
が蹄踏されるほど深く︑調査が進まなかった︒ここより南側の N1
517 区域は波・潮流とも強く︑海中に大きな凝灰岩︑安山岩礁が
転 が
っ て
い た
︒
前年の調査で表採した板碑の出土地点を図上に落とすと︑島内に
なってしまう削臨が生じていた︒当年も同様の事が起きたので︑雄
島外郭線(図 3 青線)の測量を実施し︑島内図と合わせて使用する
事 と
し た
︒
作業日数は九日︑のべ作業員数は四二名と前年より少ない︒表採
資料点数も前年の七割強であった︒
なお︑表採作業に至る経緯︑調査方法︑処理・保管等に関しては
﹃東北文化研究所紀要第四四号﹄二 O 一二年発行(以後東文研四四
号とする)を参照していただきたい︒
1 .
ニ OO 八年に採集した板碑
当年調査区域の板碑のあり方は大きく二つに分ける事ができる︒
西側干潟の様に砂泥中に埋没しているものと︑全体に貝や海藻︑そ
の他海洋生物が多数付着している状態のものである︒前者は西側の
ように︑コンクリート片︑ビニール︑ガラス瓶等の現代物と共に埋
もれているものが多い︒また同じ砂泥中から近世・近現代の瓦が時
折出土した︒また後者の場合︑潮の流れの速い東側区域では容易に
移動する様で︑崩落した岩塊付近の小さな砂浜では︑全て拾い上げ
たにも関わらず次回調査時にまた落ちているという状況であった︒
この年の表採点数は四三九点︑内接合例が一件あり︑実質四三八
点となる︒図 3 に出土位置を点で示した︒尺度の都合上︑乱雑とな
る為恥を付していない︒ 一地点が一点とは限らず複数点出土した地
点 も
あ る
︒
種子または銘文等の一部が確認出来たものは一三四点あった︒種
子の種類と点数は図 4 の通り︒種子の一部を欠失してはいるが明確
に確認出来︑欠失した部分に浬紫点や空点等が付くことによって別
の種子となり得るものを﹁系﹂とした︒種子全体が風化等により明
確に確認出来ないものに﹁?﹂を付した︒
種子は﹁?﹂﹁系﹂の付く資料を除き︑二四種確認出来︑上位三
種 は
﹁ パ
ン ﹂
三 三
点 ︑
﹁ カ
﹂ 一
二 点
︑ ﹁
ラ ン
﹂ 七
点 で
あ る
︒ た
だ し
﹁ 系
﹂
﹁?﹂を含めると︑﹁ラ﹂が九点になり﹁ラン﹂を上回る︒
当年の調査で初検出となった種子は二種で︑ 1 つは毘沙門天を表
す﹁パイ﹂である︒雄島島内に一例あるが︑海底表採調査では初と
‑ •
1 6
1 5 1 4 1 1 3 1 1 2
1 1 0 1 1
9 8
3 表す ﹁ ナ ﹂ は 可 能性がある資料も合め六点出土した ︒ 同じく 二 OO
な る
︒
も う 一 一 般 は 六 地蔵菩薩中の 宝 処地蔵を表す ﹁ ダ ﹂ で あ る ︒ さ ら に 阿弥陀 三 尊に 地 蔵菩薩 を 表す ﹁ カ ﹂ を合わせた特殊な坂碑も出 七 年初検出の縦 刺 天を表す ﹁ ル ﹂ は一点 出 土した ︒ 土し た ︒ 以下種子や銘文のあるものの 一 部に解説をお こ ないたい ︒
な お
︑ 二 OO 六
・二
OO
七年に合わせて五点確認 し た龍樹菩薩を
点北文化研究所紀要二
O
一任年 十 二月第四卜七
n v
2
P
Q。
N M S = 1 / 7 0 0 L
K 板碑出土地点
J
図 3
阜 H
E F
松島町雄島周辺海底採集仮碑の報告臼
ア 4
ア系 アン
イー・1 2
ウーン 3
カ 12
カ系
カ ? 2
カーン
カン 3
カク
キリーク 3
サ 5
サク 3
ダ
タラーク 3
│
5ナ ?
/'(
5
/'(ワ
パイ パイリ
パン 3 3
パン系 8
パ ン ? 4
マ マン
フ
5
ラ系
ラ ? 3
ラン 7
J
レ 多尊
不明 7
‑銘文のある板碑
①恥飢
図 4 種子一覧
*
1 :謹髄地蔵*
2 :毘沙門天大型碑の下部片で︑右側は節理面により欠失している︒弘安九年
(一二八六)は海底表採資料中︑二 O 一五年現在においても最も古
い︒全体が波に洗われ明確にわからないが︑碑面に擦痕が確認でき
る事から研磨されていたと考えられる︒下部片ながら長さ五五畑︑
厚さ八・五叩あまりで︑相当大きな碑であったと思われる︒
土部に種子の一部と恩われる彫りが認められ︑その下方に二行に ②恥郷
渡り文字が刻まれていたようである︒碑面中央の行は刺突によって
ほとんど消されているが︑左の行は﹁八月﹂と﹁時正﹂らしき文字 が確認出来る︒種子と銘文を消しているが銘文は新たに刻まれず︑ 種子に関しては上部を欠失しているため不明である︒
欠失のない資料で︑上部はやや細りながら圭頭︑下部は節理面を
③胤腕利用した左側が尖る脚となる︒主尊を﹁カ﹂とし︑碑面右側に被供
養者︑碑面中心に年号︑その下に﹁施主口白﹂と刻む︒口は擦れて
消えているが︑容易に﹁敬﹂と推測できる︒
上部に碑の幅一杯に種子を箱彫りで刻む︒箱彫りで種子を刻む例
④恥仰は 二
O 一五年現在でもこの資料のみである︒種子下︑碑面中央に年
号 を 刻 む が ︑ ﹁ 年 ﹂ の 次 一 文 字 を 空 け 左 右 に ﹁ 大 才 ﹂ ︑ ﹁ 丁 亥 ﹂ と 刻 む ︒
願文は碑面左右に二行に分けられ︑内容から先祖供養の為の造立で
あることがわかる︒
石材は安山岩と思われる︒上部に大きく種子を刻み︑その下に年 ⑤恥郷
号を刻む︒碑の上部は半円状に︑下部は平坦に加工している︒
⑥恥卿 右側と上部を欠失している︒種子は残存部から﹁ア﹂系とわかる︒
願文は一行のみ残存している︒種子を再現すると右側は三分の二弱
程欠失していると考えられるので︑右に願文の一行目と中心に年号
が刻まれていた可能性がある︒願文の下から二文字目は﹁菩提﹂の
略 字
で あ
る ︒
下部左側の破片で︑敬白の﹁白﹂の一文字のみ残存する︒碑面中 ⑦恥脚
心に刻まれる年号下部に︑横に刻まれる形態とすれば︑年号の一部
分も認められないので幅は半分以上が欠失していると考えられる︒
ここの事から当碑は幅六
o m 以上の大型碑になると推測できる︒
1 種子は﹁キリ ク﹂の異字体で︑蓮台と月輸をもっ︒二 O ⑧恥測
一 五
年
現在でも月輪をもっ資料は当資料のみである︒
種子はイ l 点が浬繋点の中心を通り蓮台まで延びる︒ラ l 点は切
り接ぎで別にするのではなく︑四函目が右側に湾曲しラ l 点の形態
をとっている︒このような異字体は特異なもので︑デザイン性を重
視した形態と言えようか︒
蓮台は側面観で内区がわずかに見え︑縦方向に刻まれた小さな楕
円形の彫りとして表現されている︒蓮弁は中央が長方形を呈し︑左
右に大四弁︑小三弁づっ表現されている︒
願文からは﹁智性禅門﹂の百ヶ日供養の為に製作されたとわかる︒
﹁出火宅﹂の文言は珍しく︑﹁火宅﹂は法華経の響喰品に説かれた︑
現世の事であるから︑煩悩にまみれた現世を離れ極楽浄土へ行けま
すようにとの願いが込められている︒
・特殊主尊の板碑
⑨恥附 玄昌石に近い石材を用いて作られた板碑で︑上下を欠失してい
る︒中心に地蔵菩薩を表す﹁カ﹂︑そのやや斜め上の左右に﹁サ﹂
東北文化研究所紀要第四十七号
二
O
一五年十二月と﹁サク﹂が刻まれている︒欠失した上部に﹁キリ l ク﹂が刻まれ
た︑阿弥陀三尊形式に﹁カ﹂を組み合わせた形態と推測した︒阿弥
陀三尊に付随して種子が刻まれる例は石巻市(旧河北町)三輪田の
全隆寺の摩崖に阿弥陀三尊に﹁パン﹂を組み合わせて刻んだ例が知
られている
? ) O
観応年間に著された﹃都のっと﹄に︑雄島を記した文中に﹁来迎
の三尊ならひに地蔵菩薩をすへたてまつれり﹂の一文がある︒この
板碑は杷られた阿弥陀三尊と地蔵菩薩を刻むことによって︑浄土へ
との願いを込め︑造立された板碑ではないだろうか︒
‑金で書かれた種子
一崩平な角磯状で︑角が丸く碑面の一部がなめらかになっている事 ⑩恥附
から︑もと川原石ではないかと推定する︒欠損部はなく︑短躯形で
ある︒上部に漆と金で種子を表している︒種子上部が消えかけてお
り︑明確に読む事はできないが︑地蔵菩薩を示す﹁カ﹂と思われる︒
碑面は一切刻むことをしていない︒下地に漆を用いていることか
ら︑金泥ではなく金箔貼りではないかと思われる
D・種子の彫刻外郭線を引かれた板碑
上部片で︑碑面一杯に仰月点を持つ﹁パン﹂の外郭線が引かれて ⑪恥制
いる︒図版拓本では分かり辛いので︑写真左に外郭線内を白抜きに
し た 図 を 示 し た ︒
外郭線のみで彫られていないということは︑この資料が何らかの
M間 山川 町凶 組内 問辺 前川 山‑ M
岡悼 集似 帥昨
の憾の臼
川 町山によって製 作
が途中で
小
断した恨を
示し ている ︒
全体が残って
いないので別の筒所に踊子が刻まれていた可能性もあるが︑雄山内川
内 で積子が刻まれていた 可
能性を示す資料と行える
︒
板 附
仰 の
製 作
過 報を知る上で貨車な資料である
︒
ま た 種子の大きさ
と碑
の残存長を考えると︑当資料は長さ一 ・ 五
m 以上の大型碑と思われる
︒
‑ 接合した板碑
図 5
h
仰 と 蜘 は 約
三
・ 問
m 雌 れ て
山
N o . 9 8 1 ・ 9 8 4 の出土位置関係
土 し
︑接合した資料である
︒ 出
土位 世は 図 5 に示した ︒
表採された
地 点
周 辺
の海底は深い泥で︑落下または
投
棄されてから別れ︑移動したとは 考え
に く
く ︑
二 つに制られた後投棄
されたと理解したい ︒
‑ 円 礁の板碑
⑫ hm
一 崩平 同
様である
川
原石
に
種子
﹁ カ i ン ﹂
を刻む
︒
昨年も同級の資 料が 出 土しており︑臨子も同じである ︒ 碑而に搬出が認められるが︑
全 体 を 研
陪しているかは不
明 である ︒
なお ︑
昨年
三 O
叩 以
下 の叡碑が
二 一
点出土しているが︑ 当 年はこ
の資料一点のみである
︒ ‑初見の 種 子
⑬
ぬ 附 上部片で︑積子は六
地
蔵 の 宝 処
地
威を去す
﹁ ダ ﹂ である
︒ ﹁
ダ ﹂
を 主
尊とした資料は行見の限り
県
内初と 忠 われる ︒
‑ 井内石以外の石材
hv
a
岬 ゆ
m巾K叫叉Mnmuww山
銘文のある板碑
小
で先述したぬ仰は安
山 おを川いていたが ︑
同級
に井内石以外を 川 いた資料が 二 点雌切附されている
︒hm
の石材は安 山
岩ではないかと思われるが不明である
︒
板状で
あるが碑而
・ 背 面 とも調整を受けた出跡が認められない
︒節 理 で生
じた板状の石材を用いたものであろうか
︒
ぬ仰は安 山
岩を用いている
︒
大 川
りしてできた菱形状の破
片
で ︑ 碑而は横方向にゆる
く
内情している
︒
両資料とも積子の彫りが浅く
︑
確認 し 辛い
︒ (l)﹃北上川下流域のいしぶみ﹄
( 貸出 減
県桃生部河北地区教育委員会︑一九
九四年)九
一 頁︒
( 新野
一 浩
)
2 0 1 5 年 6 月 1 6 日、瑞殿寺鐘楼
‑ 4 ぃ
2 υ
y
︹u r
乙 6
︑ ー 3
力
右伏惟諸仏出世皆従父母而受身万類衆生尽慣天地而覆載放非父母不生無天地市不亡
力
威君養育之恩倶受 覆載 之徳所以感染思在必可報之戴原徳在必可酔之居則嘗慈父
カ カ カ
西去三廻之辰在立法界沈身之形鉢所資授弁¥迅捨凡身帰自己倶離陰界而遊即心
孝 子 敬 白
楽
土直
謹法忍固悟上我法界有情倶同登覚岸在 元亨ニニ季四月十九日
ー ド れ ろ パ し / ん
t v p t
下の洞窟内において、元亨 4 年 ( 1 3 2 4 ) 4 月 1 9 日の紀年銘を もっ 新 し い 板 碑 を 発 見 し た。 延 享 5 年 ( 1 7 4 8 ) の百万遍供養塔に転用された もので、上部を欠失し種子は不明であ
東北文化研究所紀要
第四十
七ワ
二
O
一五年十二月る。左右に唐草文を配 し、四行に 渡り銘文 を刻む。 銘文
の前半は n 問 山良イ介禅師悟道因縁』を参考に作 られたと考えられ、非常に興味深い。 高
さ 1 4 1 . 5 c m 、
l隔 6 0 . 0 c m 、厚さ 7 . 5 c m
o銘文釈文の左右に配した唐草文は、拓本から文様の 浩 ( 新野
拓本 12.5%
一単位を模写 し 図案化 した。
松島町雄島周辺海底探集板碑の報告白
ニ OO
八 年 採 集 板 碑
・ 資 料 編
一 覧
表
雄島海底板碑については︑採集作業のたびに新野一浩が計測・碑
面観察・写真撮影をおこない︑一覧表を作成している︒資料編では︑
ま ず 二
OO
八年に採集した資料四三七点の基本情報(一覧表)を提
示 す
る ︒
採集した資料は︑その順番に番号を付し︑高さ・幅・厚さの法量
(寸法)を計測した︒備考欄には︑銘文や加工に関する所見を記載
した︒石材について︑特に記載のないものは粘板岩(石巻方面で産
出される﹁井内石﹂)である︒ガイド欄は︑前掲図 3 における出土
地点を示す︒採集作業日欄には︑最大干潮時刻(この時刻の前後合
わせて三時間程度が採集作業の可能時間帯である)とその時の海水
面の高さ︑作業員名を記載した︒
2 .
写真・拓本・釈文・デ l タ表
つぎに︑新野が作成した一覧表の中から種子や銘文が認められる
資料をピックアップし︑写真・拓本・デ!タ表・釈文を提示する︒
釈文は左右に実線を配して︑その内側に示した︒種子︑偶鎖︑紀
年銘︑願文などの文字のみを示し︑枠線・荘厳などは示さなかった︒
党字(悉曇)は片仮名で表記し︑種子として使われている場合は()
内に記した︒ただし︑碑面に種子のみしか認められない資料や︑数 文字程度の願文の一部のみしか認められない資料については︑釈文 の提示を省略した︒銘文が判読できない箇所について︑内容から明 らかに文字の存在が推定できる場合︑文字数に応じて口で示した︒ また︑その文字が推定可能な場合は傍注で示した︒
データ表には観察表の番号(漢数字による表記)︑年代︑保存状況︑
石材︑法量(寸法)︑種子法量(寸法)︑種子調法︑形状︑備考記事
を掲げた︒法量の数値はすべてセンチメートルである︒種子法量に
ついては︑①縦および検の数値は原則として種子となる党字の縦軸
を垂直にした向きを基準に計算した︑②彫幅は党字を構成する画の
中で最も帽の広い部分を計算した︑③彫深は現状で最も深い部分を
計算した(種子が欠損していて計測が難しい場合︑ーーを示し数値
を記入しなかったものがある)︒種子調法については︑種子の彫り
方の断面形態と彫刻技法を示した︒形状については︑石材の形状や
加工技法︑碑面の調整︑破損状況などを示した︒加工技法について
は︑先端の尖った工具で板碑の輪郭を造り出している技法を﹁鼓打﹂︑
石材を割り取って板碑の形状を造り出している技法を﹁割り矧ぎ﹂
と表現した︒備考欄には︑罫線などの特記記事を示した︒
データ表の作成については︑﹃仙台市史特別編 5
板 碑
﹄ (
仙 台
市 ︑
一九九八年)を参照した︒資料の整理作業には︑一傑紗綾︑岡谷康
成︑乙戸崇︑蒲倉綾子︑菊地航平︑倉田祐介︑今野掬平︑今野随︑
田中大基︑七海雅人︑新野一治︑紅佑利恵︑星由香里︑本田りか︑
松田陽子︑松本尚也︑横田竜巳があたった︒
( 七
海
雅人)
2 0 0 8 年採集板碑一覧表
N
. o
種 子 法 量 (mm) 備 考 ガ イ ド20080423干潮11: 23 海水面一7cm 七新海野雅一浩人 高 橋 潤 瀬戸秀一 福田鹿二郎 高橋周子
704 243x 154 x22 P‑22
705 314x160x28 碑面撮痕 P‑22
706 フン 264x 156x28 P‑22
707 一 250X 125x20 川原石/碑面擁痕 P‑23
708 388x130x22 上端欠失 P‑23
709 一 497x 154x85 角棒状 0‑21
710 一 690 x 230 x 100 碑面様痕 0‑21
711 一 352x143x20 完形であるが種子なし Q‑22
712 一 343x 145X28 表・背面捧痕 ‑22
713 キリーク 245x418x34 安 山 岩 ? ‑23
714 188x 130x30 表・背面擦痕 ‑23
715 750 x 365 x 115 ‑23
716 213x 162x28 表・背面擦痕 Q‑23
717 422x 195x23 表・背面接痕 Q‑23
718 一 315x 115X32 碑面に削り痕 Q‑23
719 230x208x40 表・背面擦痕 Q‑23
720 カ 466x 149x26 種子は削り+刺突/碑面削り痕・擦痕 0‑21
721 375x 144x35 Q‑22
722 394x 100x22 完形か?/碑面擁痕 Q‑22
723 パン 325x 147x42 右上端欠失/碑面一部研磨 Q‑22
724 210x 155X 23 P‑22
725 一 200x81x20 P‑22
726 フ 322x 127X31 下端欠失/碑面掠痕 P‑22
727 ラ ? 265x88x21 右上部片/種子ラ系統 P‑22
728 414x270x43 碑 面 研 磨 ? P‑22
729 一 160x65x29 Q‑22
730 カ 255x 155x28 上部片 Q‑22
731 一 278x 117x36 Q‑22
732 パン系 177x 168x30 上部片 Q‑22
733 600 x 275 x 113 Q‑22
734 パン 474x230x28 碑面研磨?背面に削り痕?/左側面に破砕痕がーか所 Q‑22
735 パン 197x 105x21 上部片もしくは完形 P‑22
736 カ 467x 134x52 種子左側一部剥離欠失 P‑22
737 一 126x 120x 14 石質玄晶石に近い P‑22
738 一 600 x 122 x 115 角棒状片 P‑22
739 162x90x14 P‑22
740 一 218x 1l0x40 P‑22
741 一 163x 1l5x20 P‑22
742 一 267x 122x12 表・背面揖痕 P‑22
743 266x 130x19 表・背面擁摸 P‑22
744 370x 172x30 碑面接痕 P‑22
745 225x80x22 碑面削り痕・撮痕 P‑22
746 一 283x242x50 P‑22
747 一 322x235x27 碑面に線状痕/全体波により洗われ磨耗 0‑20
748 180x 122x40 川原石 0‑20
749 605x285x62 0‑20
750 149x 126x 18 0‑20
751 サ 544x232x40 碑面風化?渡により洗われ磨耗? N‑20
752 一 127x 115x38 川原石/碑面研磨 N‑20
753 カン 692x206x48 下部欠失/碑面壁痕/全体披に批われ磨耗 0‑21
754 483x91x70 角棒状/全体やや故に洗われ磨耗 0‑21
755 一 610x226x73 上下部欠失 0‑21
756 455 x 200 x 100 0‑21
757 198x 122x20 碑面繋痕 0‑21
758 450x278x70 0‑21
759 143x 160x 11 0‑21
760 235x219x50 0‑22
2種008子有計:122 文字のみ: 0 0 8 破片:4455
合合計註 75547
盤 整 23 509
事Nとaな18る4・189、41・201、312・524、387・395、592・607は接合、N
. o
201・206は同一個体として扱L、、総数は恥数‑6 20080508干潮11: 36 海 水 面 ‑8cm 高 橋 潤 福田鹿よ郎 高橋周子 新野一浩761 パン 413x 165x24 全体披に洗われ磨耗 L‑15
762 179x56x20 全体やや披に洗われ磨耗 L‑15
763 183x 133x33 全体波に揖われ磨耗 L‑15
764 217x 126x23 種
r 7
の可能主主Jち品五ど全量制三世われ磨軽 L‑15東北文化研究所紀要二
O
一五 年十 二月
第四十七号
松島町雄島周辺海底採集甑碑の報告白
N o .
種 子 法 量 (mm) 備 考 ガ イ ド765 パン 365x200x30 下部欠失/全体波に洗われ磨耗/石質玄昌石に近い L‑15 766 カ 265x200x20 下半欠失/全体披に洗われ磨耗/石質玄昌石に近い L‑14 767 パン系 260x 170x32 下部欠失/穂子一部残存/石を横目にして使用 L‑15 768 ,{ 615x200x41 碑面削り痕/全体やや波に洗われ磨耗 L‑15
769 316x330x25 全体披に洗われ磨耗 L‑14
770 372x 188x30 全体波に洗われ磨耗 L‑15
771 パン系 335x148x28 上端及び下部欠失/全体技に洗われ磨耗 L‑15 772 パ ン ? 347x259x25 上部片/全体波に洗われ磨耗、種子不鮮明 L‑15 773 サク 465x267x 18 全碑体面波波 に洗われ磨耗/石質玄白石に近い L‑15
774 サ 370x191x26 に洗われ磨耗/石質玄昌石に近い L‑14
775
一
312x305x 18 L‑14776 パン 290x202x38 上部片 L‑14
777
一
330x 189x30 L‑14778 140x97x 19 砂質強い L‑13
779 カ 782x262x49 民によって孔のあいた材を使用/碑面波に洗われ磨耗 L‑14
780 フ 454x187x47 全体故に洗われ磨耗 L‑13
781 187x 132x 15 L‑13
782 マン 463x204x35 M‑13
783 191xI05X41 砂質強い M‑13
784 ナ 569x 197x33 下端欠失/背面波に洗われ磨耗 L‑14
785 107x98x 18 L‑14
786 361 x 150x25 下端欠失/完形に近い L‑14
787
一
420x 175x29 全体波に洗われ磨耗 K‑14788
一
165x79x30 川原石/左右両側面に掠痕 M‑16789 パン系 320x 125x28 残存する積子の形状からパン
ι
恩われる M‑16790 112x88x20 M‑16
791
一
260x 110x30 碑聞に文字がある可能性?/全体やや披に洗われ磨耗 M‑16792 263x 130x50 川原石/碑而に線? L‑16
793 101x88x21 L‑16
794 フン 182x 142x23 下半欠失/全体披に洗われ磨耗 L‑16
795 183x 134x 19 全体波に洗われ磨耗 K‑14
796 ナ 276x 173x34 全体波に洗われ磨粍 K‑14
797 320x 133x25 上部欠失/全体波に洗われ磨耗 K‑15
798 イー 505x 187x31 K‑14
799 パン 160x 140x 18 上部片/背面披に洗われ鹿耗 L‑14
800
一
115x81 x 15 川原石/全体披に洗われ磨耗 L‑14801 261 x 172x31 M‑15
802 488x290x50 碑面削り痕 L‑15
803 ナ 332x210x 21 下半欠失/積子右下に盤痕 L‑15
804 パイ 390x 181x 17 左辺一部欠失/玄昌石に近い L‑15
805 タラーク 183x 140x 18 上部片 L‑15
806 カ 507x 180x37 下端欠失/全体披に洗われ磨耗 L‑15
807 カ 497x 170x33 碑面儲痕 L‑15
808 パン 280x 165x30 下端欠失/種子彫り浅い L‑15
809
一
1却x115x20 L‑15810 フン 360xI09x28 L‑13
811
一
160x 146x 16 全体波に洗われ随耗/玄目石に近い L‑13812 110x64x 13 全体やや波に洗われ磨耗 L‑13
813 サ 265x 140x34 上部片 L‑13
814 パン 315x 143x 18 紐子彫り浅い/全体波に洗われ磨耗/玄昌石か K‑15 815 カーン 264x140x31 川原石/碑面儲痕/やや波に洗われ磨耗/背面研磨? L‑15
816 140x 117x 18 全体波に洗われ磨耗 L‑15
817 164x63x12 L‑15
818 ア 643x251 x38 上端右上及び下端欠失/全体波に洗われ磨耗 K‑15
819 カ ? 212x208x28 上部片/全体波に洗われ磨耗 K‑14
経2種008子 有計塾:234638 1 文字のみ: 0 破片:2783 0
8 537 合合註計 811163
本恥とな18る4
・
189、41・
201、312・
524、387・
395、592・
607は接合、Nn201・
206は同一個体として扱い、総数はNn数‑6 20080511 干 潮13:50 海水面16cm 畠乙戸山篤雄崇 七新海野雅一人浩 源戸秀一 福田鹿一郎 高橋周子820 331 x54 x 25 全体やや波に洗われ磨耗 K‑15
821 119x64x21 K‑16
822 177x 111 x 15 全体やや波に洗われ磨耗 K‑16
823
一
241x177x19 全体やや波に洗われ磨耗 K‑16824 ,{ン 361 x 134x32 左下部欠失/全体波に洗われ磨耗 K‑16
825 313x98x 19 全体やや波に洗われ磨耗 K‑16
826 イー 459x 180x30 全体披に洗われ磨耗 K‑16
827
一
287x 137X24 全体披に洗われ磨耗 K‑17828 122x82x 15 全体やや波に洗われ磨耗 L‑16
種 子 :mm) 備 考 ガイ ド
><4 X15 IJ
iX ~2X 18
タラ lク × )9X32 町署軍基
x7: ix8
一
× 53x30 玄白石に近い/全体按 隠匝主主
一
iX IOX13
一
:X '5x7 司 5"1こ l、/ I磁 器
一
><53X 5"1こ 『、/ .m 陪lUi五
X46X LJ
一
X33X 5"1こ 『、/ .m 陪置基f.
x37x 1・ 『、/ 間基手
一
x26X
一
X29X
一
IX Ixl
;X xl
一
IX iX
一
ア IX 'X 2ミ. It廓耗
一
パン ,X IX ./ .o..lri iわれ磨耗
一
'X IX
一
X: xl( ー
量
目
h
な別子Bる需有計品:岨5 3t宇0)み : 磁F 目 合輔計 副1452*
No .
184 • 189.. 41・201、312.524、387.395、592• 6071itJHt,
N. o
201・206は同一個体として扱い、総数はぬ数‑6 180522干 潮1 1分 海水面‑ 8CI 高4 震 : m 岡 田‑OR 吉 成 恵 畏 高 橋 周 子 新野一;告lX 5x26 ,...,... :;0亙L磨 耗 】
x44X7 回 劃
一
lx~?~x L安九季六 日/孝子/敬白 / 碑 面 掠 痕 / ;洗われ磨耗
一
x227x
一
IX 168X .1g ,‑
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ウfン ンー iX 119X ;ぁ ';t 二部 /今体; t白書主 IX162X It / i踊'j< :/
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L
車 三 全 ,賞 E白書草一
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間 " ' "
認 隠一
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一
ウーン X179X h 民'..J' 首匹:に / 碑 面 削 り 痕 ・ 概 痕 / 1廓 耗 iX171X 官'
IX178X
iXl85X / 陣革主主
一
'X 、ー ‑;}iレ磨耗
一
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一
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一
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一
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五 刊 凡磨耗一
カ 'x252x '痕?/ 九庖耗
一
IX ixl00 , ,̲
一
IX216X 問001 (jj(.研l聾
一
IxQRx?, 九庖耗
一
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一
IX 170X:
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l磨 耗一
lX 182X, }磨耗
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一
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一
Ix89xl た / 1鹿 耗
一
Ix65x2 ~tt7 ,.畳~;hれ i i事
一
r¥ン IX150X ~ │月li:‑j 凡踊耗
一
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一
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一
ix409X / iわれ層団己 886 :X176X :J1}
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パン系 iX X ~ / / 隠軍主E
一
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事車事一
IX ,X ~2 / [oh( Eめられ、碑面・背面とも研由
一
× ×
一
'X iX {il! rgm IDI草草
パン ,X 1 '/ 1廓 耗 N‑21
東北文化研究所紀要第四十七号二
O
一五年十二月松島町雄島周辺海底採集甑碑の報告白
N o .
極 子 法 量 (mm) 備 考 ガ イ ド893 387x186x90 碑而部研磨?/全体やや披に洗われ磨耗 N‑21
894 フン 244 x 146x 25 上部片/全体故に洗われ磨耗 N‑20
895
一
355xl38x95 全体やや故に洗われ磨耗 N‑21896 キ リ ク 221 x 194x30 冊全子体上波下に洗・左わ側れに脂2耗本1組の罫緯有り/種子異字体/刺突による成形痕/ N‑21 897 2部x141 x 12 上部欠失/全体波に洗われ磨耗 N‑20 898 カ 655x 190x 23 「
文和二智季三蔵禅月門廿一日施主亡(敬) E‑5
白 」
積 2
ι008子有計:11 文字のみ:102 2 破片:37
盤 盤 2M59 513984 合合計計 819952
* N
とaな18る4・189、41・201、312・524、387・395、592・607は接合、N . o
201・206は同一個体として扱い、総数はN o . 散
‑6 200800605干潮10時48分 海 水 面‑7cm 高橋周子 吉成恵美 新野一浩899 114xI05x11 全体やや波に洗われ磨耗 K‑14
900 160xI05x20 側辺やや波に洗われ磨耗 K‑13
901 パン系 382x221 x 29 上端欠失/全体やや披に洗われ磨耗 K‑16
902 250x230x30 碑面蝦痕 K‑15
903 145x96x 15 全体全体披に洗われ踊耗 K‑14
904 パン系 216x174x26 上部片 L‑ll
905 262x207x 15 碑面に盤痕/玄白石に近い L‑ll
906
一
200x 190x 15 L‑ll907
一
170x 128x25 L‑ll908 ー 180X 140x40 下部片/中央右側に削り痕 L‑ll
909 210x90x 20 L‑ll
910 ー 130x 147x 17 L‑ll
911 パン 314 x 176x26 下部欠失/租子周囲のみ削り・研磨痕 K‑14
912 205x 105x27 全体波に洗われ磨耗 K‑14
913 カク 326x240x41 上部片/租子上下に2本l組の罫線 L‑14
914 176x80x 10 L‑14
915
一
370x200x20 L‑14916 ラ ? 279x 121x 19 上下端欠失/全体波に洗われ磨耗 K‑14 917
一
400X 130x30 中央に破砕痕/全体やや披に洗われ磨耗 K‑14918 カン 743x245x29 下部右側面剥離欠失 K‑14
919 ラン 164x133x23 上部片 L ‑15
920 パン 410x75x45 下部欠失/碑面中央に研磨痕 L‑15
921 230x 140x30 全体やや波に洗われ磨耗 L‑14
922 405x 115x34 室全葎体披に洗われi曹耗 L‑15
923 ー 180x50x 10 やや波に洗われ磨耗 K‑16
924
一
207x86x 11 L‑15925 ー 240x 120x30 背面やや波に洗われ磨耗 L‑15
926 ー 292x96x37 全体波に洗われ磨耗 K‑14
927 ア 810x 160x80
伊積子弘箱安/彫器十年成り/官大員営下書才邸品道二主
E
也月側私廿矢六先や日/やj波碑面に上洗部わをれ鵬中心に刺突焼、 碑面研膳一部に L‑3928 ア 800 x 443 x 118 安央山に岩研磨?/痕完/形「、正臆上部三年右側六一月廿部欠日失J/碑面研磨/右側面下部・左側面中 1‑2 2種008子 有il・: 10 文字のみ: 0 破片:20
盤 整 26994 102 615148 合合計註 922252
* N
とaな18る ・4 189、41・201、312・524、387・395、592・607は接合、N . o
201・206は同一個体として扱い、総数はN
a.数‑6 200800619 干潮10:25 海 水 面 ‑2 cm jOj揖周子 豊体や里や竺波主に929 ア系 730x 135X40 左側部分のみ残存/全 洗われ磨耗/ i往生極楽大菩提也J N‑6
930 467x210x23 上部欠失/全体波に洗われ磨耗 N‑6
931 ロ 550x216x48 下部欠失 N‑6
932 301 x 163x25 全体やや披に洗われ磨耗 N‑6
933 345x231 x23 全体やや披に洗われ磨耗 N‑6
934 ラン 443x 170x30 完形/碑面に削り痕? N‑6
935 372x200x30 碑而に削り痕?刺突?痕/左右に破砕痕 N‑6
936 206x 125x 11 碑而に削り痕?/全体波に洗われ磨耗 N‑6 937 238x 146x 13 玄白石に近い/全体やや波に洗われ磨耗 N‑6
938
一
307x 194x34 全体やや披に洗われ磨耗 N‑7939
一
350x225x20 全体波に洗われj磨耗 N‑7940 サ 49.8x 198x46 下端左側欠失/全体披に洗われ磨耗 L‑9
941 パン 417x 165x25 下端欠失/全体波に洗われ磨耗 N‑7
942 260x 118x 16 碑面上部に積子(ラ系?)の可能生/全体披に洗われ磨耗 M‑7
Na 種 子 法 量 (mm) 備 考 ガ イ ド 9431 ‑ 116Ox203×20 全体やや波に洗わ色や壁波畳に一洗 M‑7
944‑ 1 425x141x35 碑而揖痕/全体や われ磨耗 M‑7
945 ラ系 455x187x31 上部欠失/石質やや軟質で、簿〈剥離しやすい/全体波に洗われ磨耗 M‑8
9461 ‑ 27Ox210x36 全体波に洗われ腐耗 M‑7
947 ー 247x21Ox36 背面にコンクリート付着/全体やや波に洗われ磨耗 M‑7
9481‑ 466x125x40 全体やや波に洗われ蹄耗 N‑7
949 カ 228x236x29 上部片 M‑8
950不明 319x178x32 上部片穂子の残画有り M‑8
951 1 ‑ 1 310 x 107×30 碑面剥離欠碑失/面碑研面磨左上部に研磨痕 M‑8 952 カ系 81Ox237×93 上部欠失/~ffiHiJfftJ 1 M ‑8 953 パン 620x211x53 調子彫り粗い/碑面研磨?/全体やや披に洗われ磨耗 M‑8
2
穂008子計有:m10 文字のみ: 0暗 破片:唱曲15
総 数 30
,
4 g 10品 6Au33z 合合計計 295407*Nとaな18る4・189、41・201、312・524、387・395、592・607は接合、 N0.20い206は同一個体として扱い、総数はNa数‑6 20080703干 潮10:03海水面3cm 吉成車襲 高橋周子 新野一浩
9541 ‑ 110Ox88x18 1 IK‑l1
955 カ 421x169x58 背面故に洗われ酪耗 K‑l1
956 ‑ 182x69x10 玄昌石に近い K‑l1
957 パン 225x205×20 上部片/空点の位置下がる/全体やや披に洗われ磨耗 M‑7 958 ‑ 626x145x40 右側面削り痕/背面全体やや披に洗われ磨耗 M‑8 959 ‑ 1 215x185x45 碑商に削り痕・研磨痕/玄昌石に近い M‑8
9601‑ 1183x12OX14 1 1 M‑8
961 パ 509x92×40 租子下10叩に擁痕/背面下部に研磨痕/下部欠失 M‑8 9621 ‑ 1 277x 101x27 全体波に洗われ腐耗 M‑8 963 (パン) 152Ox32Ox60 碑面に浅い線刻で、パンの下部きをしている M‑8 9641 ‑ 1 310x207×25 碑而左上に削り痕?/左側面に古い破砕痕/全体波に洗われ磨耗 M‑8
9651 ‑ 1137x67x14 1 1 M‑8
9661 ‑ 485×288x31 碑面削り痕 L‑8
967‑ 22Ox115x20 鵠 撃 に 洗 わ れ 鴎 耗 L‑8
9681 ‑ 555×243x45 上に刺突痕/上部及び下端欠失 M‑8 969 マ 529x222x37 穂子右下及び碑面下部に削り痕/全体やや挫に洗われ磨耗 L‑8 9701‑ 132Ox 146x23 1 1 L‑8
9711 ‑186x144x16 1 1 L‑8
972 ‑ 124Ox177x27 碑面下部に研磨痕 L‑8
9731 ‑ 1 181x219x40 碑1楓孟下下F昼面部端醐子間担研置上片面血/η保に揮症碑哩だ/に面玄担剛し左/2昆り咽痕r石か罰冊/にに芹暗4右/7田い今上躍体部安且安や L‑9
974パン 413x 154x31 I lSffi~iilU)
t . :
L,/ J:$1i:iIlg?{~? 1 M‑89751 ‑ 1348x228x35 1 ""fffsJt /liI¥!iTn1i:illgl:mUIl 1 M‑8 976サク 331x245x25 1 T~~?{~/y: m ;fi l: :ilï t' 1 L‑8 9771 ‑ 23OX153×18 や波に洗われ磨耗 L‑8 978パ 477×255x36 子 び下部欠失 L‑8 979 パン 355×234x54 安 山 岩 ? 1 L‑8 980 ‑ 33OX146x50 下部片/全体やや披に洗われ廓耗 L‑8 9811 ‑ 343x252x26 玄昌石に近い/全体やや波に洗われ廓粍/Na984と接合 L‑8
982‑ 1275x26Ox27 1 1 L‑8
983 ‑ 18Ox 145x 18 玄昌石に近い/全体披に洗われ腐耗 L‑9 984 パ 300x240x31 上部片/玄目石に近い/NI'0.981と接合 L‑9 985 ‑ 1 263x169×25 全体波に洗われ鹿耗 K‑9 986 ‑ 1345x155×30 全体波に洗われ庖耗 K‑10 987 不明 296x140x21 租子下部残存、アまたはラ系/全体波に洗われ磨耗 K‑10
988 ‑ 146x3Ox5 碑面研磨 L‑9
989 1 ‑ 1 45 x 32 x 4 1 1 L ‑9
9901‑72x58x20 1 1 L‑9
9911 ‑ 1 215x84×3o 1 1 L‑9 992 不明 171x87x23 積子ア系?/上部片/碑面右側削り痕 L‑9
993‑72x35x13 1 1 L‑9
994 ‑ 16Ox90xl1 2車線2本有り L‑9
995‑ 162×58x10 1 1 L‑9
9961 ‑ 1118x98x13 取り上げた後、 2枚に剥離 L‑9
997‑ 1 91X46x16 1 1 L‑9
998‑ 114OX103×25 1 1 L‑9 9991 ‑ 1159x68x19 全体やや披に洗われ磨耗 L‑9
1000‑ 1119x77x15 1 1 L‑9
10011 ‑107x177x15 1 1 L‑9
1002‑ 174x57x8 1 1 L‑9
1003‑73X111x22 1 1 L‑9
1004‑ 1 1 0 O x 7 3 x 2 1 L ‑ 9
東北文化研究所紀要
第四十七号二
O
一五年十二月松島町雄島周辺海底探集板碑の報告白
N o .
種 子 法 量 (mm) 備 考 ガ イ ド種盤200子8 有整計 : 3 911 6 2 1 文字のみ:100 2 破 片:6230787 1
合合計註 390907
ホはNaNal数・M 1789と、41・201、312・524、387・395、592・607、981・9制は接合、 NIl201・206は同一個体として扱い、総数 ー なる
200凪'719干淘10:帽 潟水面10cm一一一
‑Et
塑盤墨壁圭人 覇畠野山鷹ー措雄 讃戸秀一 岡山卓矢 松本俊樹10051 ‑ 1 365X 200x 40 踏 耗 N‑6
1006サ 362x229x40 N‑5
1007 ウーン 698x265x47 上端欠失/冊子上部剥離欠失 N‑5
1008 阿+弥カ陀ニ尊 380x283x28 上部・下半欠失/背面に撃痕/玄昌石に近い/やや波に洗われ磨耗 N‑5 1009 ラマ 332x 177x38 全上些部些片に洗われる磨耗種子僅かに残る、特徴からラ
ι
思われる/完形 N‑51010 アン 281 x270x 20 /空・仰月点一体型/全体やや波に洗われ磨耗 M‑5
1011 ー 220x 145x27 全体やや波に洗われ惜耗 N‑5
1012 245x278x25 全体やや披に洗われ磨耗 N‑5
1013 328x 193x31 下 部 片 ? N‑5
1014 190x 105x23 碑面ほぼ中央に削り痕・刺突痕/全体やや波に洗われ磨耗 N‑5
1015 502x240x38 下部片/全体披に洗われ踊粍 N‑5
1016 ダ 288x216x43 上部片/全体波に洗われ磨耗 M‑5
1017 パン 511x138x32 完形/全体やや波に洗われ磨耗 N‑5
1018
一
140x 135x 16 全体やや波に洗われ蹄耗 N‑51019 パン 696x 195x53 完形/全体やや波に洗われ磨耗 M‑5
1020 フ 387x 145x21 全体披に洗われ廟耗 M‑5
1021 パン系 498x 190x35 上部欠失/積子下部残侮/全体やや披に洗われ磨耗 N‑5
1022 325x 177x24 下部片?/全体波に洗われ磨耗 M‑5
1023 パン 332x 196x20 上部片/全体波に洗われ磨耗 M‑5
1024 196x196x23 全体波に洗われ膳耗 M‑5
1025 フ 353x 179x35 下部欠失/全体波に洗われ磨耗 M‑5
1026
一
270x 175x 20 全体やや披に洗われ廟耗 M‑51027 不明 331x 181x44 上部片/踊子周辺に研磨痕/玄昌石に近い/剥離しやすい M‑5 I
1028 200x 163x25 0‑5
1029 236x89x25 全体蹴に洗われ出耗/コンクリー卜付着 N‑5
1030 316x 116x33 杏全再体やや波に洗われ磨耗 N‑5
1031
一
268x 143x27 波に洗われ府粍 N‑51032 パン 402x63x44 完J~/全体やや披に洗われ膳耗 M‑5
1033
一
230x 170x64 川 朋 { 彰 裁 に 研 磨 痕 M‑5 1034 パ ? 294 x 106x36t
部 波に洗われ鹿耗 M‑51035
一
265x61x22 全体波に洗われ磨耗 M‑51036 144x83x9 全体波に洗われ腕耗 M‑5
1037 380x 142x25 全体波に洗われ腕耗 M‑5
1038 ナ 305x233x 27 上部片/全体披に洗われ磨耗 M‑5
1039 320 x 115 x 162 上部欠失/全体やや波に洗われ瞬耗 M‑5 I 1040 不明 362x 106x34 剥離欠失の徒に波に洗われ積子の 部残存 M‑5
1041
一
110x62x 10 M‑41042 305x 145x38 「白Jの文字のみ残存 N‑6
1043 186x 225X35 碑面右側に削り痕/全体やや波に洗われ磨耗 N‑6
1044 348x 156x23 全体捜に洗われ府耗 N‑6
1045 100x 132x 16 N‑5
1046 カ 452x280x53 上部片/玄品石に近いが鉄分多い/全体やや波に洗われ磨耗 N‑5
1047 190x 133x60 川原石/上下端欠失 N‑5
1048 176x 188x 16 碑面上部に線刻?/背面左側に削り痕 N‑5 1049 パン 229x 200x 26 上部片/玄白石に近い/全体やや波に洗われ磨耗 M‑4
1050 258x228x55 M‑4
1051 パイ 215x154x36 上部片/背面波に洗われ廓耗 M‑4
1052 230x 190x 23 上部に線刻?/全体やや波に洗われ磨耗 M‑4 1053 パン 274 x 175x40 下部欠失/波に洗われ種子薄くなっているが、特徴からパンと思われる M‑4
1054
一
198x 145x35 全体やや波に詑われ磨耗 M‑51055
一
210x134x27 全体やや波に洗われ磨耗 N‑41056 パン 165x 105x 15 上部片/全体波に洗われ磨耗 N‑6 1057
一
164x 125x25 砂質強い/全体やや披に洗われ磨耗 N‑61058
一
183x48x20 全体やや波に洗われ磨耗 N‑61059
一
135x 165x30 全体やや波に洗われ磨耗 N‑61060 186x74x20 N‑6
1061 パ ン ? 365x 109x48 上全部体片披/に洗積子わ右れ上由部耗のみ残存、特徴から仰月点のあるパン
ι
思 わ れ る / N‑61062 タラーク 185x125x24 上腕耗部片/踊子一部残存、特撮からタラークと思われる/全体波に洗われ N‑5 1063 257x 170x28 震而左側に刺突痕/背面左上に削り痕・刺突痕/全体やや波に洗われ脂 N‑5
1064 フン 165x118x24 上部片/積子右上に削り痕 N‑5
1065
一
180x 127x 16 全体波に洗われi跨粍 N‑5子 一 「 冨 ‑ : 1 f t :
(mm) 147x 115x 18 267x 160x 18 130x 127x23 1朗x80x17 279x 182x36 171 x 153x20 400x201x31215x 120x 18 1碑面上部に2本l組の罫線有り/全体やや波に洗われ磨耗 文字のみ: 1 lit日 一 一
3
総 数 345 11 710 合 計 1066
牢恥184・189、41・201、312・524、387・395、592・607、981・984は接合、
N . o
201・206は同一個体として扱い、総数 は恥数一?となる20080801干 潮9: 51 海水面16cm 七海雅人 松本俊樹 10741パン 1 421 x 130x37 1穂子彫り浅い/完形 10751ー 1198 x 122 x 15
10761ラ 1357x 148x39 10771 ‑ 1 267x 114x 19 10781ー 1160 x 122 x 24 10791ー 1370X300X38 10801ー 1160 x 126 x 13 10811 ‑ 1 300x 103x 15 10821ー 1275x93X20 10831ー 1182x 103x20
ガ イ ド N‑5 N‑5 M‑5 M‑5 N‑4 N‑6 N‑6 M‑6 至 再 事 事 麗
I
こ洗われ磨耗碑面右上に擦痕
上部片/穂子の一部残存、ラの可能性もある/全体やや波に託われ庖耗 全体やや波に洗われ磨耗
完形?/全体やや波に洗われ磨耗
上部片/種子一部残存/全体披に洗われ磨耗 完形/全体波に洗われ磨耗
荷 考 No.I種
10661 ‑ 10671 ‑ 10681不明 10691 ‑ 10701 パン 10711不明 10721パン 10731 ‑
種 子 有 :29
2008計 120 破片i 却246 合 計 369
東北文化研究所紀要
E‑25 E‑25 E‑25 E‑25 E‑25 E‑25 F‑24 F‑25 F‑25 F‑25 孟垂直子一 言直恵一憂 扇野二藩
上南元東?
支冨吉I:.iliぃ 碑 面 研 磨 ?
下部片/2本1組の横罫鰻1、縦罫線5本有り 川原石の剥離片/N
. o
1098と同一個体?玄白石に近い
第四十七号
F‑25 F‑25 F‑25 F‑25 F‑24 F‑24 F‑24 F‑25 F‑25 F‑24 F‑24 F‑24 F‑24 F‑24 碑面削り痕/横方向の断面がレンズ状/扇平な川原石もしくは全面研胞 をおこなっている可能性
上部片/種子下に削り痕/背面左側己縦罫線とそれにそっで副司東有り 下部欠失
碑面上及び下部に削り痕、左上部に研磨痕
F‑24 F‑24 F‑24 F‑24 F‑24 F‑24 F‑25 F‑22 F‑22 F‑22 F‑22 再扇面三$百扇?/玄白石に近いか
右上部片/残存す7.)種子百語訳からパン
ι
思われる角喋状の川原石/漆に金箔で種子を表している、残存状況からカ
ι
思わ れる/完形川原石の剥離片/恥1080と同一個体?
碑面上部に削り痕 105x 103x 15
194x90x25 270x70x55 292x 133x39 236x 157x 11 402x 176x3⑪ 120x91x12 303xI05x2准 603x262x35 139x124x31 255x144x32 93x49x 10 120x80x15 263x191x51
画質面U石材(粘板岩)
積子彫り浅く不明瞭、特徴からナと恩われる/下半欠栗 碑面右下に削り痕/扇平な川原石/完形だが種子見えず 上部片
種子右側に削り痕・研磨痕/下部欠失/石目慣にして使用 上端・下部欠失
種子は月輪と蓮台を伴う/キリークは異字体、イー点が湿襲点の中心を 通りラー点の切り継ぎなく四画目から左上側へ延びる/願文・年号の下 に横罫線1本左側に縦罫線1本
「右塔聾志趣者為百ヶ日 学 施 主 暦 応 四 年 六 月 廿 七 日
巴 敬白 智性禅門出火宅法界利益故也」
101x72x7 158x45x 19 208x 158x 15 350x 158x38 475x211 x35 213x 155x21 209x 130x27 280x251 x40 368x 197x37 518x200x45 700x270x58 10841 ‑
10851 ‑ 10861 ‑ 10871 ‑ 10881パン 10891パ 10901 ‑ 10911 ‑ 10921 ‑ 10931 ‑ 10ゆ41‑
10951 ‑ 10961パン系 10971カ ?
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二
O
一五年十二月川原石片
川麗石詞}干 玄高石己亙い 玄昌石に近い
F‑24 F‑24 F‑24 F‑24 F‑24 F‑24 F‑24 F‑24 F‑24 F‑24 F‑24 F‑24 F‑24 F‑24
一 一
9Ox 107x28 163x 105x 10 131x98x20 93x60X 16 15οx86x18 156x75x37 125x 110x 19 161 x 100x 16 107x96x8 88x 112x 16 87x30x9 80x28x7 80x65x9 65x 105x 13 11091 ‑
11101 ‑ 11111 ‑ 11121 ‑ 11131 ‑ 11141 ‑ 11151 ‑ 11161 ‑ 11171 ‑ 11181 ‑ 11191 ‑ 11201 ‑ 11211 ‑ 11221 ‑
松島町雄・品周辺海底採集仮碑の報告白
N
. o
種 子 法 量 (mm) 備 考 ガ イ ド1123 80x35x8 F‑24 I
1124 80x60x 12 F‑24
1125 110x85x 10 F‑24
1126 63x52x7 F‑24
1127 89x67x7 F‑24
1128 70x46x2 碑面研磨? F‑24
1129 94x87x8 F‑24
1130 一 138x97x8 碑面研磨? F‑24
1131 一 86x31 x9 F‑24
1132 62x38x3 F‑24
1133 43x40x8 F‑24
1134 一 81x43x8 F‑24
1135 一 113x80x14 F‑24
1136 101 x52x 15 F‑24
1137 130x45x20 F‑24
1138 100x31x 14 F‑24
1139 一 45x32x 16 F‑24
1140 一 55x37x6 F‑24
1141 一 75x34x9 下部に削り痕 F‑24
種2008子有計:31351 116 文字のみ: 03 破片:35037 437
盤 整
11 767 合合計社 1134I
牢恥まN1a数M一・1789と、な41る・201、312・524、387・395、592・607、981・984(主要合、 N. o
201・206は同一個体として級い、総数帯
状
‑一肌部︑ド部欠制︒ &1'
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米北文化研究所紀現二
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一五年十二刀第四十七号"f.J'f.. Ui..j :.25%
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