目次 1 序
(1)憲法9条に関する問い
(2)憲法9条の原義の探求
2 制憲議会における審議 ―― 憲法9条の原義 と非軍事の国際貢献 ――
(1)三つの論点と質疑・政府答弁の要旨
(2)憲法9条の原義とその創成プロセス ―― 最も重要な政府答弁2件 ――
(3)制憲議会のビジョン ―― 非軍事の国際貢献 ――
3 制憲議会における政府答弁の意義と限界
(1)政府答弁の意義
(2)政府答弁の限界 4 結び
(1)制憲議会における審議とその含意
(2)憲法9条の求める世界平和の作り方
(3)今後の研究課題 注,参考文献
1 序
(1)憲法9条に関する問い
日本国憲法第九条(以下,憲法9条)が公布 施行されて以来,60有余年が経過した。「第二 章 戦争の放棄」と題された章に属する憲法9 条は,これまで,要するに「戦争の放棄」を謳っ た条規であると解釈されてきた。この解釈は,
自衛権等との関係で様々な立場があるにせよ,
日本国民,政府および憲法の専門家等によって 概ね支持されてきており,内外に広く定着して いると云えよう。
しかし,ここで改めて憲法9条および同条と 一体的関係にあって憲法の基本原則を宣言し ている前文を読んでみると,憲法9条が単な る「戦争の放棄」を規定したものだとする理解 には疑問の余地があることがわかる。即ち,憲 法9条は,前文第2段と一体的に読むとき,日 本国民は戦争をしない,いかなる戦力をも持た ないと謳い,他方,日本国民自身の安全・生存 の保持については,他国の諸国民の公正・信義 に信頼することを決意したと宣言している。ま た,国際社会の現実については,全世界の国民 の努力によって地上から永遠に除去すべき専制 と隷従,圧迫と偏狭が,依然として存続してお り,平和の維持への一層の努力が必要とされる こと,また,全世界の国民がひとしく有する平 和的生存権―― 戦争等に起因する恐怖と欠乏 からの自由を主たる内容とする基本的権利――
を現実に一層享受できるようにさらに努力する ことが国際社会の課題であること,を現実に即 して認識している。こうした文脈に置いた場 合,憲法9条は,国際社会における日本国民の
*早稲田大学大学院社会科学研究科 博士後期課程3年(指導教員 西原博史)
論 文
憲法9条の原義と非軍事の国際貢献
長 塚 晧 右
*安全・生存の保持並びに国際平和の維持につい て,単に「戦争せず,戦力を持たず」と宣明す るだけで実現できると考えていると想定するこ との方が非現実的であり,日本国民が積極的・
能動的に努力すること,非軍事の国際貢献に率 先尽力することに向けた一定の規範を含んでい ると考える方に整合性がある。
再び憲法9条および前文に立ち戻ってみる と,同条は冒頭で「日本国民は正義を基調とす る国際平和を誠実に希求し」戦争等を放棄する と謳い,前文は平和を維持し,平和的生存権が 諸国民1人ひとりに現実に確保されるように努 力している「国際社会において名誉ある地位を 占めたい」旨を記している。この趣旨は,日本 国民は現状をそのまま容認するのではなく,正 義を基調とする国際平和を戦争等によらずに平 和的に創造するために率先努力することを宣明 したものであり,ここに憲法9条の原義がある と理解できるのではなかろうか。
こうした憲法9条の理解は,国外の視点から 憲法9条を見つめ,その世界史的意義を強調す るような議論において基礎に置かれるものであ る。たとえば,チャールズM
.
オーバビーは,「世界の指導者のほとんどは,世界平和を目指 す憲法9条の英知を受け入れることが出来ない でいる。……戦争と強制力を否定した憲法9条 を持つ日本は,国際情勢の一大転換期である 今,新しいモデルを世界に提示する可能性と責 務とを兼ね備えている」[オーバビー
1997
:
28,
30]と述べ,その観点の下での非軍事的な平 和実現手段を構想するための枠組(1)を示してい る。このように客観的に見れば,憲法9条が単 に戦争放棄条項であるに留まらず,それを越え た平和実現への義務づけであることは,一部において明確に認識されている。
それに対して国内においては,前述のように 圧倒的に戦争放棄条項として9条が把握され,
その把握が改憲論をも含む論争の土壌を形成し ている。この点9条の擁護や平和主義の実現を 主張する側でも事情は大きくは変らない(2)。
(2)憲法9条の原義の探求
憲法9条の力点が,「戦争の放棄」そのもの に置かれているのか,それともそれ以上に「日 本国民は,正義を基調とする世界平和の創造に 向けて平和的に率先努力すること――“戦争の 放棄”はその重要な手段・条件――」に置かれ ているのか,という問いは優れて憲法解釈上の 問題である。この問題を考察する際の有益な方 法の一つは,同条が審議制定された原初に遡っ て同条の原義を探求することであろう。
そのため本研究は,憲法9条の原義を制憲議 会の審議に遡って探求し,同条の力点がどこに 置かれているのかを探求する。
内外情勢を踏まえてグローバル社会を展望す るとき,わが国が中長期的視野に立ち,“一歩 でも”,“少しでも”憲法9条の理念の実現に向 けて軸足を切ることは重要である。そのための 有効な方策を検討するためにも,制憲議会にお ける審議の実状――後世への含意――がどの ようなものであったかを再認識することは重要 であると考えられる。
2 制憲議会における審議
―― 憲法9条の原義と非軍事の国際 貢献 ――
新憲法制定のための制憲議会(帝国議会第90 回議会)の審議は1946年6月20日から同年10月
12日まで行われた。制憲議会における審議は,
連合国による占領下そして東西冷戦が激化の兆 しを見せる中で行われた。日本の地位は,外交 においても其の他においても決して自由な立場 にはなく,切迫した内外情勢の下に置かれてい た。そのことから9条の原案を巡っては高い緊 張感のもと質の高いやり取りが展開された。
(1)三つの論点と質疑・政府答弁の要点 制憲議会における数多くの質疑応答の中か ら,本研究テーマに関連する政府答弁を選定(3)
すると,21の答弁(巻末資料 三つの論点と政 府答弁21の一覧)が特に関心を引く。
答弁は,概ね三つの論点に関わる。第1の論 点は,そもそも,なぜ戦争放棄なのか,なぜそ の条規を憲法に規定するのか(動機)。第2の 論点は,9条の旗を掲げて実現しようとする目 標は何か(目標)。第3の論点は,その目標を 実現する方策はどのようなものか(手段),で ある。
1)論点1(9条制定の動機)関連
論点1に関連する質疑を整理すると,①そも そも何故,全ての戦争の放棄なのか。全ての戦 力の不保持なのか。敗戦により軍備無しとなっ た国が,これからは戦争をしませんと宣言して も国際的には意味がない。9条に日本国民の高 い理想や日本が世界に存在する意義を謳うこと が必要ではないか。②9条政府原案に対して,
衆議院が修正を加え,冒頭に「日本国民は,正 義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求 し」という一句が加わった。正義に基礎を置い た新たな平和という意味に解してこそ,これは 重要なる意義を持つものと思う。政府はどうい う見地からこの修正案に同意したのか。③「戦
争放棄」という事柄は,元来諸国と連携してや ることであり,一国でやるべきことではない。
一国の国内法で謳う性質のものではない。なぜ 日本単独でやるのか,しかも憲法に規定するの か。④自衛戦争まで放棄しているが,他国の不 法な侵略があった場合どのように対処するの か,に区分できる。
これらの質疑に対して政府は,おおむね以下 のように答えた。質疑①については,
a
日本が 世界平和にとって,いささかの危険もない平和 な国であることを表明する必要があることを政 府として深く感得したためである(政府答弁 1),b
核時代に入った現在,文明が速やかに 戦争を全滅しなければならないとの信念を持つ に至ったためである(政府答弁5)。質疑②に ついては,「第九条に関して衆議院で修正を加 えた趣旨は,正義と秩序を基調とする国際平和 を希求すると云う点に力点を置いて直されたも のと考える」旨答弁している(政府答弁11およ び11-2)。質疑③に対しては,政府は一貫し て日本国民の世界平和の平和的創造への魁たら んとする大乗的な勇気・使命を強調し,国際レ ベルを超えた先駆性,創造性をもつ9条の制定 にこぎつけた(政府答弁6~8)。質疑④につ いては,a
悪い方から来る若干の損害は我慢す るという大乗的な勇気を揮う者がない限り,こ の問題は世界的に解決せられない,b
我々の進 んで行く道が正しければ,「徳孤ならず必ず隣 あり」で途は必ず拓けて行く,武力のないこと は,一番日本の権利,自由を守るのによい方法 である,等のいわゆる精神論的な答弁で乗り 切っている。2)論点2(9条の目標)関連
論点2に関連する質疑を整理すると,⑤9条
の実現しようとする目標は何か。国内的には戦 争放棄の条規をどこまで維持し徹底させるの か。⑥国際的には,戦争が存在し得ないような 世界的秩序を作ることが大事であり,それに日 本が参与することは憲法の期待する世界平和へ の積極的貢献である。政府の考えはどうか。⑦ 最近アメリカでは,ワン・ワールド,世界国家 という考え方が色々議論されていると聞く。日 本国民も国際問題について色々考え議論し,そ の結果が外国に伝えられることになれば,これ が国民外交の真髄であり大事なことと思うが政 府の考えはどうか,に3区分される。
質疑⑤については,9条精神を徹底させ軍 備費ゼロの戦略の下に,平和産業,科学文化の 振興に全エネルギーを投入し一流の文化国家と なって世界平和の創造に貢献したい(政府答弁 9)と表明された。質疑⑥は,佐々木惣一議員 の提起による国際平和に係る根本的な問題であ るが,政府答弁はこの問題には直接答えること なく,「この平和に精進すると云うことの決心,
是が即ち,日本の根本的の国策と認めて,之を 憲法に於いて宣明することは深い意味のあるこ とである」(政府答弁13)と答えている。質疑⑦ に対しては,民間外交の在り方には直接触れる ことなく,世界の平和へ向けて国民全体相率い て,国際問題への関心を深め研究する気持ちを 持つよう要望すると答えている(政府答弁10)。
以上,論点2に関する政府答弁のうち具体的 な内容としては,
a
日本国民による正義に基づく 平和の世界の平和的創造への率先努力,b
日本 の軍備費不要の平和戦略の2つが確認できる。3)論点3(9条実現の手段)関連
論点3に関連する質疑を整理すると,⑧9 条を規定し宣明するからには,それに相応し
い「世界平和に貢献するための具体的計画」が 必要であり,世界的平和への貢献方法に関する
「調査・工夫機関」を国に設置する必要がある のではないか。⑨日本国民が国際社会に対して 展開する平和運動の主体として,人類平和の科 学的解剖及び戦争原因の究明・除去に努める常 設の中央機関を設置する必要があるのではない か。この機関は,平和の為に一生を捧げるよう な人々の衆知を集め,政府と表裏になって活動 する。その業務は,
a
我々の日常の“平和に馴 染まない行為”を常に反省し,ありのままに映 し出す。b
人類平和について科学的研究(心理 学,哲学,法律学,経済学等)を深めて戦争原 因の究明・除去に努める。c
国際社会に対して 国民的平和運動の方途を考え実践していく。d
憲法の平和精神と国民の気持を永久に繋いでい く中心機関となる,等であると考えるがいかが か。⑩憲法9条の理念の浸透を図るためには,平和主義教育が重要になると思うがどのように 考えているか。⑪憲法9条を掲げる日本が,自 国の権利,自由を守る有効な方法はなにか,等 が主なものである。質疑⑧については,吉田首 相が政府答弁18の通り応じ,諸国の誤解を一掃 することが先決であると答弁している。吉田首 相は,9条の具体化案の説明については慎重な 姿勢に終始している(政府答弁19)。質疑⑨に ついて,政府は国民的平和運動の中心機関の設 置を概ね前向きに評価し,「そのような中心機 関は官製ではなく民製が望ましい」と答弁して いる。質疑⑩に対しては,民主主義,平和主義 的教育が9条の実現の為に重要であることは勿 論であるが,同時に国際政治において我が国が 真の平和主義的活動を演ずることが教育の面に も非常に意味がある,と答えている(政府答弁
17)。質疑⑪については,「世界の将来を考える と,世界の世論を日本に有利な方に導入するよ り外仕方がない。是が日本の安全を守る唯一の 良い方法である。」と答えた(政府答弁21)。
以上,三つの論点別に質疑及び政府答弁の概 要をみたが,特に注目されるのは,論点1質疑
②に関わる政府答弁11及び11-2である。その 理由は,この政府答弁が,①憲法9条の力点が
「正義に基づく平和の世界の創造への日本国民 の率先努力」にあることを宣明し,憲法9条の 原義を明らかにしていること,②人類史におけ る一新時期を劃すべき絶対平和主義を謳ってい る同条は,日本の大きな国際政策であり,世界 に寄与すべき政策であるとの考え方(南原議員
9・5貴委)を全面的に支持し憲法9条の理念 を強調していること,である。
(2)憲法9条の原義とその創成プロセス ―― 最も重要な政府答弁2件 ――
日本国憲法の制定に向けた審議過程におい て,「やむなく戦争を放棄する」旨の最初の条 規案が,「正義に基づく平和の世界の平和的創 造への魁たらん」旨を謳う条規にまで高められ ていった。そして憲法9条の原義となった。な ぜ,どのようなプロセスを経て高められていっ たのか。
憲法9条の原初の案は,敗戦国の日本が,や むを得ず戦争・軍隊を放棄するという,唯それ だけの消極的な条規案であった。このような原 案が,「日本国民は,正義に基づく平和な世界 の平和的創造への魁たらん」旨を謳う,世界的 に重大な一つの宣言,将来の日本にとっての大 きな国際的な行動原理,世界平和に寄与すべき
だとする基本的行動原理とみられるような一新 時期を画す条規にまで高められたのである。切 迫した内外情勢及び
GHQ
の統制・関与の下,制憲議会における審議はどのようなプロセスを 辿ったのであろうか。プロセスは,プロセスⅠ
: GHQ
案の日本政府への手交,プロセスⅡ:
日 本政府原案の作成,プロセスⅢ:
制憲議会にお ける審議,プロセスⅣ:
衆議院における中間整 理と芦田修正,プロセスⅤ:
貴族院における南 原質問と政府答弁,の五つに大別される。プロセスⅠ
: GHQ
案の日本政府への手交GHQ
案は,マッカーサー・ノート第2原則 に基づいて作成されたもので,同案の内容は,「日本はいかなる戦争も放棄する。軍隊及び交 戦権は永久に与えられない。」というものであ り,敗戦国の日本がやむを得ず戦争を放棄す る,という唯それだけの消極的なものであっ た。
GHQ
は,1946年2月13日,憲法改正要綱(松本試案)を拒否し,
GHQ
案を日本政府に 手交した。プロセスⅡ
:
日本政府原案の作成日本政府は,この
GHQ
案を基に憲法改正草 案(いわゆる3月2日案)を作成し,GHQ
と の折衝を経て,3月6日「憲法改正草案要綱」として国民に示した。その後,4月17日国民に 公表した政府原案9条は次の通りであった。
「第九条 国の主権の発動たる戦争と,武力 による威嚇又は武力の行使は,他国との間の紛 争の解決の手段としては永久にこれを放棄す る。陸海空軍その他の戦力の保持は許されな い。国の交戦権は,認められない。」このよう な規定の仕方,表現,消極的姿勢は,以下に述
べるように,制憲議会の審議において強い反発 を招いた。
プロセスⅢ
:
制憲議会における審議議会においては様々な立場から熱心かつ執拗 な質疑応答,所見表明,提言が行なわれた。
①厳しい内外情勢に直面する内閣の立場 審議の冒頭,首相から「敗戦の今日に於きま して,如何にして国家を救い,如何にして皇室 の御安泰を図るかという観点をも十分考慮して 原案を立案した次第である。……今日に於ける 日本の地位は,外交に於いても其の他に於いて も決して自由な立場にはなく,切迫している国 際の状況,或は国情に鑑みて,如何にしても此 の国家が平和主義に徹底し,又民主主義に徹底 することが国を救う所以であると考えて立案し た政府の趣意については,十分御考慮を希望す る」旨の異例の“御注意喚起”が行われた。
制憲議会における自由な質疑・応答に予め釘 をさすような首相発言は,一部議員の強い反発 を招いたが,質疑・応答自体は自由闊達に行わ れ,後述⑤のように「厳しい世界情勢からみて,
戦争放棄条規はまるで的外れ,現実を見ない宣 言である」との批判も決して封殺されることは なかった。ただ,首相自身は,9条の具体化案 等の説明については慎重な姿勢に終始した。
②一国家としての矜持を持つべしとの立場 政府原案に見られる,他から制限を強いられ るかのような表現に対しては強い反発があり,
9条の戦争放棄の宣言には賛成しつつも当該項 目は削除すべしとの強硬な意見も出された。
「一国の憲法の規定として,その形,表現が 甚だ相応しくない。第二項において,陸海空軍 の保持は許されないとか,国の交戦権は認めら
れないとか,平和条約などで国家の権力が制限 される場合は別として,我が国の憲法において 国家が自らこのような規定を掲げることは為す べきでない。第二項は削除されるべきである」
(6・22貴本 山田三良)
③日本の理想を謳うべしとの立場
戦争放棄を宣言するに当たっての理念,理想 が語られていないことが厳しく批判された。
a 日本が世界に存在する理由を宣明せん 世界平和は日本民族の三千年来の念願であ り,世界平和に貢献することにこそ日本が世界 に存在する意義がある。戦争放棄の宣言は,国 民全体の生存を賭してのものである。戦争放棄 の唯一絶対の方法は武力を持たないことである
(7・4衆委 林平馬)。
b 日本がやむを得ず戦争を放棄するような 感じを与える,負けたものが武力を放棄すると いう,唯それだけの消極的な感じしか受けな い,平和を愛好し国際信義を重んずるというよ うな意味の積極的な条項を更に付加えて,本条 の趣旨を徹底せしめたい(7・2衆委 黒田 寿男)。
c 日本国民は,史上初の絶対平和主義に基 づく9条の旗を掲げて国際社会の原野を先駆け るという難事業を世界環視のうちに果すべき重 大な使命を負った。この使命を果すためには,
非常に高遠な理念,徹底した政治政策の根本理 念が不可欠となる。この重大な責任を果すため の総理の哲人的信念が,政府原案には見えな い。(6・24衆本 松原一彦)
④平和への民意を生かさんとする立場 制憲議会の審議が始まる2ヶ月程前に行われ た戦後初の総選挙で39人の婦人代議士,50人に 近い宗教家,教育家,また無所属多数が選出さ
れた。これを,「平和を茲に樹立せんが為に国 民の意思が結集したる事実なり」と見て,平和 憲法の制定・実施を首相に強く迫る観点からの 質疑も出された。(6・24衆本 松原一彦)
⑤世界の政治的危機に向って,戦争に絶対反 対する我々の主体的態度を表明すべしとの 立場
制憲議会では,冷戦激化の現実を踏えつつも,
武力戦争そのものに反対する態度を主体的に表 明すべきであるとの切実な要求も行われた。
「我々が,今日の世界の政治情勢なり現実の 中に立って,……関心を傾けているのは世界 の民主主義二大国家米ソの対立の現実である。
我々が懸念することは,……第三国の戦場とな り,或は他の前衛隊として使われる危険すら
……警戒すべきものであります。之に対するも のとして,この条項だけを以って致しまして は,まるで的外れの現実を見ない宣言である。
……寧ろ我々と致しましては,此の世界の政治 的危機に向って,我々は自分が武装しない,戦 争しない,と云うような消極的なものでなし に,此の世界の武力戦争其のものを我々は絶対 反対する主体的な態度と云うものが表明されて 然るべきである。」(7・3衆委 穂積七郎)。
これに対して金森国務大臣は,次のように答 弁した。「此の憲法で現在の日本国民の此の勇 気に満ちたと云いますか,理想に満ちた所の主 張が明らかになって居ると思います。更に又,
此の趣旨を種々なる方法を以って実行的に具体 化させて行くことは今後の問題でありまして,
国内問題としては,幾多の方面,例えば教育の 方面,産業の方面等に影響を持って来ることと 考えて居ります。国際関係に対して如何にする かと云うことに付きましては,今日尚未だ適当
な時期に至って居ない,斯う云う風に考えて居 ります。」冷戦激化の兆しがみえる折,武力戦 争そのものに反対し拒否する主体的な態度は,
制憲議会でも概ね共有されており,9条原義の 創成に繋がるエネルギ―となったものと考えら れる。
⑥敗戦・戦争への反省・責任総括の立場 憲法改正の裏付けとなるべき国民文化の向上 への渾身の努力こそ戦争勃発を予防する唯一の 方法である,という点が強調された。
「現代の我々日本人が歴史上最大の過ちを犯 した要因は,全て日本の文化にある。即ち,文 化の程度が低く,内容が弱貧であり,その精 神・本質が国民に十分理解されていなかったた めである。内閣は,国民文化の向上に渾身の努 力をすべきである。」(7・9衆委 芦田均)
プロセスⅣ
:
衆議院における中間整理,芦田 試案及び芦田修正①衆議院(小委員会)の審議の過程で,政府 原案に対して上記のように様々な意見等が出さ れたことから,小委員会でもそうした問題点を 払拭し,格調の高い文章にしたいとする意見が 支配的であった。各派から出された修正案を芦 田委員長が調整し,同年7月29日芦田試案に纏 めて提示した。
「日本国民は正義と秩序とを基調とする国際平 和を誠実に希求し,陸海空軍その他の戦力を保 持せず,国の交戦権を否認することを声明する。
前項の目的を達するため国権の発動たる戦争 と武力による威嚇又は武力の行使は,国際紛争 を解決する手段としては永久にこれを放棄す る。」
②この試案について委員会で懇談が進められ
たが,「声明する」との修正箇所を取止めると ともに,1項と2項の入れ替えも止め原案通り とすることになった。このようにして,小委員 長において試案の修正,案文の調整を行い,現 行の9条原案とした。
③政府原案に対する衆議院修正(所謂「芦田 修正」1946年8月21日)
衆議院帝国憲法改正案委員小委員会において 修正(芦田修正)が行われ,憲法9条において 第一項の冒頭に「日本国民は,正義と秩序を基 調とする国際平和を誠実に希求し」と付加さ れ,その第二項に「前項の目的を達成するた め」なる文字が挿入された。その狙いを,芦田 委員長は,「戦争放棄,軍備撤廃を決意するに 至った動機が専ら人類の和協,世界平和の念願 に出発する趣旨を明らかにせんとしたのであり ます。第二章の規定する精神は,人類進歩の過 程に於いて明らかに一新時期を画するものであ る。我等がこれを中外に宣言するに当たり,日 本国民が他の列強に先駆けて,正義と秩序を基 調とする平和の世界を創造する熱意あること を,的確に表明せんとする趣旨である。」と説 明した。
④政府原案の衆議院修正に対する賛同 一国家としての矜持を持つべしとの立場か ら,上記のように理念が伴わないなら9条2項 原案は削除すべき(プロセスⅢ②)とまで主張 した議員は,その後の衆議院修正の結果を評価 し,全面的に賛同している。
「然るに今度衆議院に於いて修正せられた所 によりますと,大いに宜しくなって来たのであ りまして,……徹底的の平和主義を世界万国に 対して堂々と宣言したものでありまして……而 して第二項に於きまして,……前項の目的を達
する以上は徹底的に武備は要しない……と規定 してあります。我が国の現状に顧みまして将来 を慮る時には,自衛権の行使のために,或る程 度の武力を備えなくてはならないと主張する根 拠は甚だ薄弱であると言わねばならないことに なる。……私は前に主張した第二項削除説を放 棄して,衆議院のこの改正に満腔の賛同を表す るものであります。」(8・30貴本
山田三良)。
この修正案は貴族院本会議において承認さ れ,同院を通過した。この衆議院修正に関して
GHQ
からとくに異議はなかった(1946.
8.
24.
)。プロセスⅤ
:
貴族院における衆議院修正(芦 田修正)に関する南原質問と政 府答弁憲法9条の原義の核心は,同条の力点が正義 に基づく平和の創造に在り,戦争放棄はその条 件・手段とされる点にある。制憲議会における 9条原案の審議では,同条制定の動機,目標,
目標達成の手段の三つの論点から質疑応答が行 われたが,9条原義を取り上げるともに,三つ の論点を総括した立場から行われた質疑は,南 原質問である。そして同質問によって9条原義 に関する政府答弁が明らかにされたのである。
①南原議員の質問要旨(9・5貴委)
「日本の憲法9条は,現状の平和的変更によ る一層の正義の実現を謳っており国連憲章を一 歩先んずる世界的に実に重大な宣言である。こ のような観点から見るならば,憲法9条は,単 なる戦争の放棄だけでは相成らぬのであり,放 棄した以上に正義に基づいた平和の創造に向っ ての理想,是こそ日本の将来の大きな国際政 策,世界に寄与すべき政策であると考える。
我が国の現状はそこ迄いっていないが,迫っ
ている講和会議に対して真の正義のあるところ を世界に訴えるためにも今から抱負と計画を 持っこと大事ではないかと考える。政府の所見 を承りたい。」
この南原質問に対して,吉田首相は「世界に 比類のない戦争放棄の条項を憲法に掲げたの は,自ら武力を撤し平和団体の先頭に立って平 和を促進すると云う抱負をも世界に示すためで ある」と答弁したが,質問のポイント(憲法9 条の力点は何処に置かれているのか)に対する 答えとはなっていない。
そこで南原議員は再び質問し,「過日衆議院 において,第九条に修正を加え,その冒頭に
「日本国民は,正義と秩序を基調とする国際平 和を誠実に希求し」と云う一句が加わった。こ れについては,どう云う見地から政府はこの修 正案に同意したかということを金森国務相に伺 いたい。私の考えでは,正義に基いた平和確立,
単なる現状維持の平和でなしに,正義に基礎を 置いた新たな平和と云う意味に解し,それを意 図してこそ,これは重要な意義を持つと思う。
今回の衆議院に於ける幾多の政府原案に対する 改正の中で,最も重要なる意義を持って居るも のと私は考える。政府はどのようにこの点を解 釈の上同意したのか,先ず金森国務大臣に伺い たい。」と質した。この再質問に対する金森答 弁が,政府答弁11であり,この答弁を踏まえた 南原質問に対して政府答弁11-2が為された。
②最も重要な政府答弁2件
a 政府答弁11(9・5貴委 金森国務大 臣)
「第九条に於いて衆議院で此の字句を直され ました趣旨は,……正義と秩序を基調とする国 際平和を希求すると云う点に力点を置いて直さ
れたものと考えております」
次いで,南原議員は,次のような質問(要旨)
を行った。「誠にそのことが自覚され,又意図さ れて,衆議院がこれを修正し,政府が同意した ということになれば,これはこの憲法において 戦争放棄と相俟って,或はそれ以上に世界的に 実は重大なる一つの宣言であります。……これ は実に画期的な日本の大きな理想の宣言であり ます。どうか政府においては,遠大なる計画の 下に将来の計画を樹て,更にそれを間近かにあ る講和会議において一面を吐露されるよう,政 府の十分なる努力を御願いしておきたい。」こ れに対し為されたのが政府答弁11-2である。
b 政府答弁11-2(9・5貴委 吉田首 相)
「御趣意は……誠に御同感でございます。御 趣意に副うて……講和会議等に於いても,正義 に基く平和の確立に付いては,政府としても十 分主張もし努力も致す考えであります。」
この二つの政府答弁は,憲法9条の力点が
「正義を基調とする国際平和の希求にある」こ とを政府として確認している。
以上,憲法9条の原義の創成プロセスを辿っ た。「外」から与えられた素材が,戦後初の総 選挙で生まれた日本の議会の手によって鍛錬・
止揚・精錬され,日本オリジナルの理念が形成 されていった。厳しい内外情勢への配慮,占領 下にはあったが一国家としての矜持,世界にお ける日本の存在意義の自覚,日本三千年来の念 願としての世界平和への熱意,冷戦激化の兆し の見える厳しい安全保障環境の認識と9条を的 外れ,非現実的とみる醒めた目を持ちながら も,なお戦争を否定し反対する主体的態度,戦
後初の総選挙に示された平和への民意,戦争・
敗戦への反省等が制憲議会の審議の背景にあ り,これ等の諸要因が9条原義の創成のモチ ベーション・エネルギーとなった。日本国憲法 第二章に位置付けられた憲法9条は,1946年11 月3日公布され,翌年5月3日施行された。
憲法9条の原義の創成への尽力者の一人であ る芦田氏が,憲法9条の公布施行後に,前言を 翻す色々の言動を見せ一定の政治的影響力を及 ぼしたことは事実であろうが,制憲議会におい て宣明され制定された同条の原義が,芦田氏の 前言を翻す色々の言動によって影響を受けたと みることは妥当ではないであろう。
(3)制憲議会のビジョン ―― 非軍事の国際貢献 ――
制憲議会は,その審議を通じてどのような「非 軍事の国際貢献」像を描いていたであろうか。
1)「9条の旗を掲げて国際社会の原野で魁 たらんとする日本国民の姿」
憲法9条の精神は,人類史上の一新時期を劃 すというべき徹底的な平和主義である。核兵器 の唯一の被爆国として,「文明が戦争を絶滅し なければならない」との信念から9条の旗を掲 げることとしたという決断の重みは,制憲議会 でも共有されていた。紛争の絶えない国際社会 の原野において,この徹底的な平和主義を掲げ て魁たらんとすることは,大きな決断を必要と するが,日本国民は勇気を以って決したのであ る。日本国民が9条とともに進もうとする姿勢 を表わすキーワードは,「列強に先駆けて」,「模 範を示し」,「諸国民の結合を図り」「大乗的な 勇気で」などであるが,この姿勢を取らせたも のは,この進路こそ日本がこれからの世界に存
在する理由であるという確信であった。
2)「より一層の正義を基調とする平和の世 界の平和的手段による創造」
a 国際デモクラシー(4)の確立――「正義を 基調とする平和の世界」とは,専制と隷従,圧 迫と偏狭,欠乏と恐怖など構造的暴力の諸要因 が,世界の諸国民の絶えざる努力によって除去 されていく世界であり,単なる安全第一,現状 維持の平和を温存する世界ではない。このよう な平和の世界を創造していくためには,現状を 人類の理性と良心の力による話し合いによっ て,絶えず変更していくこと,即ち国際デモク ラシーの確立が重要となる。
日本は,正義の確立に向って互いに諸民族の 結合を図り,協力の輪を強めていくことが,今 後の大きな外交政策となるべきである。この遠 大な構想の下に国際政策を樹立し世界の平和に 寄与せんとする日本国の姿が制憲議会の一部で は熱く語られイメージされていた。
b 軍備費ゼロ(5)の日本の姿――制憲議会に おいては,先ず国内的にこの9条の条規を何処 まで維持し徹底させるのかという点も真剣に問 われた。政府は,9条精神を徹底させ軍備費ゼ ロの戦略の下に,平和産業・科学文化の振興に 全エネルギーを投入し一流の文化国家となる日 本国をイメージしていた。このような政府・議 会を支えたものは,選挙結果に示された国民の 平和への強い意思であった。
c 平和のみが存在し戦争の存在しえないよ うな世界的秩序(6)の作成――正義を基調とする 平和の世界の平和的創造に向って,戦争の存在 しえないような世界的秩序作りに貢献すること は,9条の理念を積極的に実現する所以である という論議も現実主義路線との間で熱心に闘わ
されていた。
3)「世界平和に貢献する使命の遂行方法に 関する調査・工夫機関の設置等」――
a 我が国が史上初の徹底的な平和主義を宣 明する以上,それに相応しい「世界平和に貢献 するための具体的計画」がなければならない。
このような観点から,世界平和に貢献すべき使 命の具体的な遂行方法に関する「調査・工夫機 関」(7)を国家機関として設置することの必要性 等について,厳しい国際情勢の現実をも勘案し つつ論議が行われた。
b 人類平和の科学的解剖及び戦争原因の究 明・除去に努める常設の中央機関(7)の設置――
9条の旗を掲げて国際社会の原野を先駆けんと する日本国の参謀とも言うべき機関を中央に常 設する必要性が取り上げられたこと自体が,9 条の実現に対する制憲議会の中の並々ならぬ熱 意を示すものといえよう。
c 新憲法の裏付けとなるべき国民文化の向 上と平和主義的教育(8)の重要性――「戦争の勃 発を防止する唯一の方法としての国民文化の向 上の重要性についての認識は制憲議会において 共有されていた。また,真の平和主義的教育を 遂行することが新憲法の実現を裏付けるものと して制憲議会において重要視されていた。
d 国際連合に対する世界平和に関する提言
――占領下にあり,国連には未加入ではあった が,独立回復の暁には平和実現のためのシステ ムである国際連合に対して,国際世論の力を結 集しながら世界平和に関する提言をしていく日 本の責務と可能性について積極的に論議が行わ れた。
3 制憲議会における政府答弁の意義と 限界
(1)政府答弁の意義
1)憲法9条の原義を宣明
政府答弁は,憲法9条の原義,すなわち同条 の力点の在り処を宣明することにより,9条論 議が立つべき本来の土俵を明らかにした点に意 義がある。
2)憲法9条の理念強調と実現方法論の提示 a 「力による正義」の超克――憲法9条の 理念は,一言でいえば「力による正義」という 西欧型の思考をのり超えようとするものであ り,いかなる場合にも,人類の理性と良心の力 によって正義に基づく平和の世界を創造・維持 しようとする精神である。憲法9条は,国連憲 章の一歩先を目指しているといえる。
b 諸国民の平和的生存権の享受 ――この 憲法9条の理念の基底にあるのは,全世界の諸 国民がひとしく恐怖と欠乏から免れ,平和のう ちに生存する権利,すなわち平和的生存権を有 することの確認であり,さらにこの平和的生存 権が現実に1人ひとりによって享受されること への希求である。この点は,制憲議会の審議に おいても政府答弁により宣明されている。
c 正義に基づく平和の世界の平和的創造――
平和的生存権が諸国民によって現実に享受され るためには,どのような条件が必要か。憲法9 条は,「正義に基づく平和の世界」を創造するこ とが重要であり,それは平和的手段によって行 われることが重要であると考えている。そして,
日本国民はその魁となりたいと謳っている。
この考え方に対しては,いわゆるリアリズム
(現実主義)の立場から,疑問,批判が出され
るであろう。現実に軍事力が衝突し紛争が絶え ない国際社会において,日本国民が不法な侵略 を受けた場合,平和的手段によって解決するこ とが出来るのかという疑問,批判である。
この点については上記2-(1)の通り,制憲 議会でも質疑応答が行われた。日本国民は,憲 法9条の下で,非軍事の防衛手段(9)によって自 衛権を行使し,「非武装の抵抗」による自衛な どで紛争の解決と平和の回復を目指して努力す ることになろう。その際侵略者の軍事力行使に 伴い人的・物的被害を蒙ることになろう。
今度は9条の側から現実主義に対して疑問が 出されよう。「軍事力による制裁によって持続 力のある『正義を基調とする平和の世界』は回 復されるのか」。歴史の答えるところは,「否」
である。憲法9条が本領を発揮するのは,「侵 略を受けた場合」ではなく,「侵略を未然に防 止する場合」である。専制と隷従,圧迫と偏狭,
恐怖と欠乏など戦争に帰結する構造的暴力の諸 要因を国際社会の原野から除去する営みに全力 を尽し,正義を基調とする持続的な平和の世界 を創造することこそ憲法9条の狙いである。
d 9条理念の実現への方法論の提示――
この9条理念の強調と同時に,非軍事国家とし て,世界平和に貢献する使命の遂行方法に関す る調査・工夫機関の設置,人類平和の科学的解 剖及び戦争原因の究明・除去に努める常設の中 央機関の設置等,9条理念実現への独自の方法 論を提示している。
3)核時代の戦争に対する文明の決意表明 核時代の戦争から人類とその文明を救う最も 効果的な方法は,核兵器の唯一の被爆国であ り,一切の武力の不保持を憲法により宣明した 日本が,その宣明通りの実績の裏付けを以って
世界世論をリードしていくことであろう。制憲 議会における政府答弁は,核時代の戦争に対す る文明の決意表明を,諸国に先駆けてなすべき 可能性と責務をもつ国が断行したところに意義 がある。その説得力は,その実行力による裏付 けに掛かっているといえよう。
4)“軍備費不要”戦略を現実に表明 制憲議会において日本の政府が,諸国に先駆 けて,“軍備費不要”戦略を現実に表明したこ とについては一定の意義を認めることは出来よ う。この世界初ともいうべき戦略の表明に際し ては,上述のように,世界平和の平和的創造へ の独自の方法論をも提示している。
5)人類の和協,世界平和の創造のため“大 乗的なる勇気(10)”を発揮
制憲議会を巡る内外の厳しい情勢の下,議会 が戦後初の総選挙に示された国民の平和への強 い意思に支えられて,人類の和協,世界平和の 創造のため大乗的なる勇気を発揮し,一新時代 を画する戦争放棄の条規を憲法に制定したこと は日本国民の力の再生,進路の明確化に大きな 意義があったといえる。21世紀に生きる日本国 民は,その含意をかみしめる必要があろう。
(2)政府答弁の限界 1)“先延ばし”答弁
制憲議会では,9条理念の実現化に向けた方 法論的な提言も少なくなかったが,具体的計画 について政府は一貫して,占領が終了し独立を 回復した後あるい国連加盟を果たして国際社会 に仲間入りした後までは公表できないとして,
“先延ばし”答弁に終始した。このため,9条 理念の実現化に向けた具体的,方法論的な提言 を踏まえた政府答弁は少なかったといえよう。
のギャップはかなり大きい。国際社会におい て主導的な役割を果たしてきた分野としては,
NPT
(核拡散防止条約)を基礎とする軍縮・不拡散体制の維持強化(11),主体的な役割を果 たしている分野としては,
ODA
(政府開発援助)を活用した現場での取り組み,国際社会にアフ リカへの支援強化を呼び掛けた
TICAD
Ⅳ(ア フリカ開発会議)(12)等があるが,ビジョンに示 された“先駆ける”という姿勢にはほど遠いよ うである。「軍事費ゼロの日本」のビジョンに 対し現実の姿は世界有数の軍事大国である。ま た,日米安保条約下の核密約問題が表面化して いる。このように国際社会に対する我が国の国 際政策は,そのリーダーシップ及び説得力に欠 ける面があったことは否めないであろう。制憲 議会においては目標実現のための手段について も,前述のように,9条理念の実現化を前提と したかなり意欲的・具体的なビジョンを描きな がら審議が行われたが,戦後60有余年これ等の 方法論については,余り顧みられることはなく 実績も十分とは言えないであろう。4 結 び
(1)制憲議会における審議とその含意 1)憲法9条の原義の宣明
制憲議会の審議に遡って憲法9条の原義を 探った結果,同条の力点が「正義に基づく平和 の世界の平和的創造」に置かれていることが分 かった。それは,人類の理性・良心の力による 話し合いによって現状を絶えず変更しながら一 層の正義を実現して行く過程であり,戦争放棄 がその要件である。「名は体を表わす」といわ れる。これに従うならば第二章の題名は「正義 に基づく世界平和の平和的創造」が相応しいで 一方,独立を回復し,国連に加盟した後におい
ては冷戦の激化,自由陣営入り,日米安保の枠 組み入り等の情勢変化により,9条理念の具体 化に向けた国際貢献策の検討は遠退き現在に 至っている。
2)首相の“ご注意喚起発言”――救国,皇 室のご安泰,内外諸情勢――吉田首相は,制憲 議会の冒頭に前述の“御注意喚起”を行った。
この首相の発言に現れている当時の政府の姿勢 は,制憲議会における政府答弁に一つの限界を もたらす結果となったのではないかと考えられ る。吉田首相は,9条の具体化案の説明につい ては慎重な姿勢に終始した(政府答弁19)。ま た,金森国務相も「9条の趣旨を種々なる方 法を以って実行的に具体化させて行くことは今 後の問題でありまして,国内問題としては,幾 多の方面,例えば教育の方面,産業の方面等に 影響を持って来ることと考えて居ります。国際 関係に対して如何にするかと云うことに付いて は今日尚未だ適当な時期に至って居ないと考え て居る。」と答え国内問題に比べ慎重に対応し ている。
3)非軍事の防衛政策の不十分
制憲議会でも非軍事の防衛について質疑応答 が行なわれた(2-(1))。政府答弁は,「若干 の損害は我慢するという大乗的な勇気が必要で ある,我々の進んで行く道が正しければ,途は 必ず拓ける」旨のいわゆる精神論的な答弁で乗 り切っているが,我が国としても非軍事の防衛 政策について検討する必要があろう。
4)戦後60余年の国際政策の実際
憲法9条制定過程で共有された理念と熱意に もかかわらず,戦後60余年の我が国の国際政策 の実際をみると,制憲議会のビジョンとの間
勢,日米安保の新段階,我が国の新防衛大綱の 策定等を冷静に踏まえるとともに,9条支持パ ワーの連携強化を図ることが必要である。その 上で,日本国民が9条実現へ向けて軸足をきる ことは,非常に難しいであろうが,不可能では ない。中・長期的視野に立ち,未来と歴史から の教訓(13)も受けながら,制憲議会のビジョン 及び日本への諸提言を生かし,世界の諸国民の 結合を図りつつ魁たらんと努め進むことが何よ りも重要となる。
(3)今後の研究課題 1)南原見解の生成過程
憲法9条原義の創成への尽力者の一人である 南原繁において,その原義を創成する見解はい かに生成されたか。研究すべきテーマである。
2)憲法9条に関する言論界の理解と立場 憲法9条は,その原義よりも,むしろ「戦争 放棄」の条規として日本国民の理解・支持を得 て普及して行った。憲法9条の理念の日本社会 における普及に大きな関わりを持っていた言論 界は,9条をいかに理解し国民にどのように報 道したのか。
3)制憲議会における戦争責任の総括 制憲議会の実績とその21世紀への含意には大 きなものがあるが,戦争責任問題の総括につい ては内外情勢もあり,必ずしも十分行われてい ない面がみられ,今後の課題であろう。
4)憲法9条実現への中長期プログラム 21世紀において憲法9条の直面に関する問題 は,その実現に向けて「一歩」軸足を切ること であろう。中長期プログラムの策定は,日本国 民の課題であると考えられる。
これらの論点に関して筆者なりの理解と提言 あろう。
2)憲法9条は日本オリジナル
改憲論において自主憲法制定の必要性が叫 ばれるとき,いわゆる「押し付け論」がしば しば主張される。憲法9条についても然りで ある。しかし,憲法9条の原義の創成プロセス を跡付けてみると,同条の原義は日本オリジナ ルであることが分かる。確かに制定過程におい て
GHQ
等の外部の力が加わり統制・関与の存 在は事実であるが,9条原義の創成のモチベー ション・エネルギーは日本国民を代表する制憲 議会から生まれたものであることは事実であろ う。(2)憲法9条が求める世界平和の作り方 1)制憲議会のビジョン
9条原義の創成の場となった制憲議会が,日 本の非軍事の国際貢献についてどのようなビ ジョンを描いていたのか。これを知ることが憲 法9条の求める世界平和の作り方を探る第一の 手順であろう。制憲議会のビジョンの中で注目 されるのは,優れて意欲的かつ現実的な9条理 念実現への姿勢である。画期的な事業を開始し その成就を期する場合,肝要なことは態勢作り であろう。制憲議会では,日本国民が国際社会 に向けて展開する平和運動の主体として,人類 平和の科学的解剖及び戦争原因の究明・除去に 努める常設の中央機関を設置することについ て現実的な論議が行われている(前述2(1)
3))。
2)現状を踏まえ9条実現へ軸足を切ること 日本国民が,9条実現に向けて軸足を切ろう とする際には,以下のスタンスが重要である。
まず,内外情勢のうち,とくに東南アジア情
「世界の平和へ……国民全体相率いて,国際問題 への関心を深め研究する気持ちを」(対 織田信恒 議員質問)
政府答弁11(9・5貴委 金森国務大臣)
「第九条に於いて衆議院で此の字句を直されまし た趣旨は,……正義と秩序を基調とする国際平和 を希求すると云う点に力点を置いて直されたもの と考えております」(対 南原繁議員質問)
政府答弁11-2(9・5貴委 吉田首相)
「御趣意は……まことに御同感でございます。御 趣意に副うて……講和会議等に於いても,正義に 基く平和の確立に付いては,政府としても十分主 張もし努力も致す考えであります。」(対 南原繁 議員質問)
政府答弁12(9・13貴委 金森国務大臣)
「戦争がどうすれば無くなるかは政府の考えて居 るべき問題」(対 佐々木惣一議員)
政府答弁13(9・13貴委 幣原国務大臣)
「平和への精進が,日本の根本的国策と認め憲法 に宣明する」(対 佐々木惣一議員質問)
政府答弁14(9・13貴委 金森国務大臣)
「本当に捨身になって国際平和の為に貢献」(対 佐々木惣一議員質問)
論点3( 9条実現の手段)関連
政府答弁15(7・3. 衆委 金森国務大臣)
「9条の趣旨の各種の方法による実行的な具体化 は,今後の問題」(対 穂積七郎議員質問)
政府答弁16(7・9. 衆委 金森国務大臣)
「十分憲法を実現し,文化国家建設の一路に捨石 とならん信念で」(対 芦田委員長)
政府答弁17(7・15. 衆委 田中文部大臣)
「真の平和主義的活動を国際政治において演ずる ことは,民主主義,平和主義的教育に非常に意味 あり」(対 加藤一雄議員質問)
政府答弁18(8・28貴委 吉田内閣総理大臣)
「わが国が世界的使命を果す適当な機関の設置 は,具体的提議の後に決したい。」(対 佐々木惣 一議員質問)
政府答弁19(9・3. 貴委 吉田内閣総理大臣)
「9条挿入に伴う世界平和への具体案は,国際関 係もあり説明しかねる」(対 松本学議員)
政府答弁20(9・5. 貴委 幣原国務大臣)
「国際社会への国民的平和運動の中心機関は民製 が望ましい」(対 織田信恒議員質問)
を打出すことについては,今後の課題とした い。
*資料 三つの論点と政府答弁21の一覧
論点1( 9条制定の動機)関連
政府答弁1(6・25衆本 吉田内閣総理大臣)
「……日本国が豪も世界の平和を脅かすが如き危 険のある国柄ではないことを表明する必要を政府 として深く感得した……」(対 北怜吉議員質問)
政府答弁2(6・25衆委 吉田内閣総理大臣)
「憲法9条は,日本自身が平和国際団体の魁にな ると云うことを考えての規定である」(対 北怜吉 議員質問)
政府答弁3(6・27衆本 金森国務大臣)
「衆に先んじて一大勇気を奮って模範を示す趣旨 である」(対 吉田 安議員質問)
政府答弁4(8・21衆委 芦田均委員長)
「第二章の規定する精神は,……明らかに一新時 期を画するものであり……日本国民が正義……を 基調とする平和の世界を創造する熱意あることを,
的確に表現せんとする趣旨である」(小委員会議事 報告)
政府答弁5(8・27貴本 幣原国務大臣)
「文明が速やかに戦争を全滅しなければ,……斯 様な信念を持って起草の議に与った」(対 南原繁 議員質問)
政府答弁6(8・29貴本 金森国務大臣)
「第九条の戦いを行わざる……は勇気を要するこ とを断行」(対 佐々木惣一議員質問)
政府答弁7(9・13. 貴委 金森国務大臣)
「日本は先ず我々が起つことを表したものが第九 条であり」(対 佐々木惣一議員質問)
政府答弁8(9・13貴委 金森国務大臣)
「大乗的な勇気を揮う者がない限り,此の問題は 解決せられない,日本は其の役割を努めようとの 趣旨」(対 佐々木惣一議員質問)
論点2( 9条の目標)関連
政府答弁9(8・30貴本 幣原国務大臣)
「戦争放棄すると軍備費は不要になる……平和産 業の振興など平和的活動があってこそ日本の将来 はある」(対 林博太郎議員質問)
政府答弁10(9・5貴委 幣原国務大臣)
9・5貴委
⑷ 「平和は固より人類の偉大なる目標であり,理想 であるが,それは単なる安全第一,現状維持の平 和であってはならない。これからの国際社会は,
より一層の正義を実現するため,現状を平和的に 変更する――武力・強力に依ってではなく人類の 理性と良心によって――ことが重要である。此の 点が実は国際デモクラシーの確立と云うものであ る。」(9・5貴委 南原議員質問)
⑸ 政府答弁9(8・30貴本 幣原国務大臣)
⑹ 佐々木惣一は,「戦争を思想的の方面から無くす るということもあり得るが,世界的の秩序からし て戦争を出来ないように為すという秩序作りが大 事である」と所見を述べている(9・13貴委)。
⑺ 佐々木惣一は,「日本人が世界的使命に貢献する 方法を調査し工夫する国家的の機関を作ること」
を提案している(8・28貴委)。
⑻ 田中文部大臣は,平和主義教育の重要性を強調 している(政府答弁17 7・9衆委)。
⑼ 粕谷は,憲法の認める防衛の方法として四つの 類型を挙げている[粕谷 1992: 155]。
⑽ “大乗的な勇気”についの政府答弁8(9・13貴 委金森国務相)。
⑾ 平成22年版外交青書の要約/外交青書2010 http://
www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/2010/html/
chapter0/chapter0_01.html (参照2011-4-12)
⑿ 同上
⒀ 古関は,「『新憲法の誕生』にさいし,議論し尽 くされず,あるいは切りすてられた問題は,さま ざまなことを教えてくれるにちがいない。」と結ん でいる[古関 1989: 311]。
参考文献
粕谷 進[1992]『憲法第九条と自衛権』(信山社)
古関彰一[1989]『新憲法の誕生』(中央公論社)
杉原泰雄[1992]『憲法第9条の時代―日本の「国 際貢献」を考えるために―』(岩波書店)
樋口陽一[1993]『憲法入門』(勁草書房)
Charles M. Overby[1997]“A CALL FOR PEACE The Implications of Japan’s War-Renouncing Constitution”, KODANSHA INTERNATIONAL
政府答弁21(9・13貴委 幣原国務大臣)
「世界の将来を考えると,世界の世論を日本に有 利な方に導入するより外仕方がない。是が日本の 安全を守る唯一の良い方法であろう。」(対 高柳 賢三議員質問)
〔投稿受理日2011. 6. 18 /掲載決定日2011. 6. 30〕
注
⑴ オーバビーは,日本に期待される具体的な国際 貢献策として,以下の11項目を挙げている。①予 防外交など戦争防止の諸形式についての実験・実 践を試みる②人口増加の抑制③持続可能な社会経 済開発を助ける④世界飢餓と貧困の克服⑤巨大な 難民問題に対処⑥人権抑圧の発生を減らす⑦核兵 器の貯蔵量をゼロにする⑧通常兵器の輸出入によ る移転を止める⑨非暴力と紛争解決の啓蒙 ⑩自己 防衛に当たっては,ジーネ・シャープの「市民ベー ス防衛: 脱軍事用武器システム」を使う⑪天然資源 の保護保存,環境破壊の減少,GTBDの設計・製 造・マーケテング。[Overby 1997: 137, 139]
⑵ とはいえ日本の憲法学の中においても,平和の 実現に向けた主体的な取り組みの必要性を憲法9 条との関係で要請されたものとする卓見が示され ている。たとえば,樋口は,「日本国憲法は,21世 紀にむけての人類社会に対し,あえて,もう一つ 別の選択を提示しているのである。」と述べて,憲 法9条の意義を積極的に世界に訴えかけ,第9条 に相応しい国際貢献のあり方を創出する努力が重 要であることを強調している[樋口 1993: 44, 46]。
また杉原は,日本がなすべき国際貢献の積極的活 動として軍縮の率先断行ほか5項目を挙げている
[杉原 1992: 56, 57]。本稿が,このような萌芽的な 形で示された平和実現に向けた規範的要請を,憲 法9条の制定過程に遡ることによって,憲法9条 の規範構造の中に位置づける試みとしての意味を 持つ。
⑶ この選定・分析のために一次資料として『第 九十回帝国議会 衆議院帝国憲法改正案速記録
(委員会・本会議)』及び『第九十回貴族院帝国憲 法改正案速記録(委員会・本会議)』を使用した。
また,補足的に,清水 伸編著『逐条日本国憲法 第一巻』及び『同第二巻』有斐閣 を索引的に参 照した。なお審議の行われた月日,議場名は,以 下のように略称した。9月5日貴族院委員会……