東日本大震災における対策工の効果について
~矢板とかごマットはセットで!~
廣瀬 遼
1 1国土交通省関東地方整備局 利根川下流河川事務所 計画課 (〒287-8510 千葉県香取市 佐原イ4149) 利根川下流管内河川堤防では、東日本大震災における災害復旧対策として、マ ニュアルにより、「矢板+かごマット」を採用している。首都直下型地震などの 大規模な地震の発生が懸念される中にあって、浸透対策を伴った耐震対策はこれ まで以上に重要度を増している。災害復旧として採用した耐震対策工の効果を検 証することは重要かつ喫緊の課題となっている。本論文では、上述した対策工法 が採用されている利根川右岸安食地区を対象に、堤体内の地下水位観測結果から、 その効果を整理したものである。 キーワード 東日本大震災,耐震対策工,地下水位観測 1. はじめに 利根川下流河川事務所管内では、平成23年3月11日に 発生した東北地方太平洋沖地震を受けて、堤防など河川 管理施設の被災は、大規模被災箇所13箇所(緊急災11箇 所)、中規模被災箇所62箇所、小規模被災箇所170箇所 の合計245箇所もの被災があった。 本案件における災害復旧対策工効果検討の対象地区で ある利根川右岸安食地区(図-1)においては、「河川 堤防の液状化工法設計施工マニュアル(鋼材を用いた対 策工法)」を準拠し、「矢板とかごマット」を採用して いる。対策工実施箇所と未対策箇所を対象に、堤防にお いて実施している地下水位観測結果並びに対象地区の堤 防をモデル化した浸透機能への影響及び耐震効果を工学 的に評価した。 2. 対象地区概要 利根川右岸安食地区の本格的河川改修は明治33年から 着工した利根川改修工事の第2期工事(取手~佐原間) に始まり、現在に至っている。河川堤防は、安食地区の 一部を除けば、明治改修前に存在していた旧堤防を嵩上 げ・拡幅して現在に至っている。当時の築堤材料は、改 修に伴い撤去した旧堤防及び河道の掘削土を主に用いて いる。 また、過去の洪水では、昭和57年、58年、60年に堤体 漏水、基盤漏水が多くの箇所で発生している。被災箇所 である右岸70km付近でも昭和60年に堤体漏水及び基盤 漏水が発生したため漏水対策として川表に矢板を打設し ている。土地利用は、明治時代においては水田であり、 堤防周辺は畑に利用されていたが現在は、堤防背後地が 宅地となっており、家屋が密集している。(写真-1) 図-1 位置図 写真-1 斜め写真3. 対象地区での被災 東日本大震災では、安食地区は約2kmに亘り被災し た。当時の現場条件や被災状況、被災のメカニズムを以 下のとおり整理した。 【被災状況】 全体的に堤防天端が沈下し、川裏法面において縦断的な 亀裂や沈下が生じている。なお、川表側に液状化の噴砂 のあとは見られるが、法面には大きな変状は見られない。 【堤防特性】(図-2) ・堤体は砂質土が主体である。 ・盛土層の下部は、沖積の粘性土層と厚さ2~3mの砂層 があり、そのさらに下に非常に軟弱な粘性土が厚く堆積 している。 ・地下水位は地表下1m程度に位置し、堤防中央付近で 若干高くなっている。 ・川表側には漏水対策として矢板と護岸が施工されてい る。 【被災メカニズム】 地震動により、堤体盛土(Bs層)下部の砂層と川表及び 川裏法尻部の沖積砂層で液状化が発生し、堤防天端に沈 下や亀裂を生じさせた。また、法尻部砂層の液状化によ る側方流動により、川裏側法面に亀裂・段差等の変状を 生じさせた。なお、川表側で変状が無かったのは、過去 に漏水対策として実施した既設矢板と護岸による変動抑 制効果が発揮されたものと考えられる。 写真-2 川裏小段沈下状況 図-2 被災メカニズム推定図 写真-3 川裏法肩亀裂状況
川表
川裏
利根川右岸安食地区地質断面図 地震発生 平常時 地震後 Bs 砂質土 Bc 粘性土 As 沖積砂質土層 Ac 沖積粘性土層 Ds 洪積砂質土層 Dc 洪積粘性土層 堤体 基礎地盤4.災害復旧工法 平成 23年 3月 11 日に発生した東日本大震災によって 被災した堤防については、関東地方整備局が設置した 「関東地方河川堤防復旧技術等検討会」において、大規 模被災箇所の本復旧における基本方針が示された。背後 地に民家が隣接しているため、工事の施工に制限が伴う 地区ということもあり、グラベルドレーン等の地盤改良 工法と鋼矢板工法について、施工性・経済性といった観 点から工法比較(図-3)を行った結果、鋼矢板による 対策工法を採用した。 ただし、鋼矢板により堤体下層の地下水位上昇が懸念 され、液状化発生抑制の観点から 2項目に対する処置を 施すこととした。①閉封飽和域(堤体下部)の水位低下 →裏のり尻部にドレーン工を敷設。②川裏基礎地盤への 鋼矢板敷設による地下水位上昇の抑制→孔空き矢板を採 用。 上記より、安食地区では、図-4の堤防断面拡幅+矢 板打設+排水路設置を施工し、耐震対策としての鋼矢板 に加え、鋼矢板による浸透機能への影響を配慮した有孔 矢板を採用した。 復旧断面(安食地区) カゴマット+鋼矢板(孔有り) 図-4 対策工断面図
川表
川裏
図-3 工法比較表5. 地下水位観測 地下水位観測は、矢板による水位への影響及びカゴマ ットの排水効果を確認することを目的として実施した。 対策有箇所と対策無箇所において全層ストレーナ形式の 水位観測井(写真-4、5)を堤体横断方向に5箇所設 置し、平成24年11月8日から観測開始した。安食地 区は、堤防の表のり面に既設の遮水矢板及び護岸があり、 対策有箇所では裏のり尻付近耐震矢板とその上部に幅2 mのかごマットが施された。観測結果(図-5)より確 認できた事項を以下に示す。 ・観測水位の平均値は、出水期と非出水期に分けても変 わらない。(出水期:6月1日~10月31日、非出水期:出 水期を除く期間) ・対策有箇所の観測水位は、降雨による水位上昇が敏感 である。 ・対策有箇所の水位低下速度は対策無箇所に比べ若干遅 い傾向を示している。なお、かごマット近傍の水位観測 井No.4では、同断面内の他の観測井に比べ水位低下速 度が速い。 堤体内水位の降雨後の水位低下速度が同断面の他の観 測井に比べカゴマット近傍で速くなっていることから、 カゴマットによる排水効果が発揮されたものと考えられ る。 写真-4 地下水位計設置 写真-5 地下水位観測井戸 対策無し R69.4k(安食) 対策有り R70.0k(安食) 図-5 地下水位観測結果 観測井
変位量 水平方向(m) 鉛直方向(m) 節点No. 堤外地側(-) 堤内地側(+) 隆起(+) 沈下(-) 6403 -0.30 -0.24 6522 0.93 -0.98 6528 0.78 -1.44 6436 0.58 -0.22 6. 浸透流解析 耐震対策として堤内地側に鋼矢板が敷設されているこ とから、堤体内地下水の堤内地側への排水を阻害する可 能性がある。そのため、浸透流解析を実施し、耐震矢板 が堤防の浸透機能に及ぼす影響を検討した。対象地区の 対策有りの堤防断面を対象に堤防横断方向のモデル化を 行い二次元飽和・不飽和浸透流解析を実施。解析結果を 図-6に示すが、治水計画で考慮している計画規模の外 力(計画降雨量317mm)とした場合には、復旧対策の効 果により堤防設計指針示す安全基準(すべり安全率Fs≧ 1.2,パイピングに対する局所動水勾配Δi<0.5)を確保し ていることを確認した。堤体の流速ベクトル図よりのり 尻付近で流速が速く、浸潤面が法面で一部滲出してしま うものの、法尻付近で浸潤面が落ち、ドレーン工により 排水できているものと考えられる。 解析結果より、採用した耐震対策工は裏のり尻部の耐 震矢板による堤体内水位の堰上げの影響をその上部に設 置したかごマットにより緩和することが分かり、地下水 位観測結果とも整合する。従って、治水計画で考慮して いる外力時にも堤防の耐浸透機能に係る安全性は確保で きるものと考えられる。 7. 地震時変形解析結果からの評価 安食地区の東日本大震災による変形について地震時変 形解析を行った。安食地区の基礎地盤粘性土に狭在する 砂層についてだが、N値が20程度と大きく、薄いことも 特徴である。また、堤内地での地震による噴砂が見られ なかったことを勘案すると、狭在する砂層が液状化し、 堤防変形に影響したとは言いがたい。それらを踏まえて 安食地区の東日本大震災による変形について検証計算を 実施した。解析結果を図-7に示す。耐震矢板による変 形抑制効果は液状化領域の広がりにより異なるが、天 端・小段において変形は見られたものの、天端標高は H.W.L以上を確保できること、堤内民地に影響するよう な変形は抑制されることが確認できた。また、のり尻部 の側方変形も抑制できることが確認できた。 解析結果より、採用した耐震対策工は、東日本大震災 と同程度の地震が発生した条件下においても耐震矢板に よる天端沈下及びのり尻部の側方変形に対する抑制効果 は発揮するものと考えられる。 No.1 No.2 No.3 No.4 No.1 No.2 No.3 安食地区 川表 川裏 No.4 図-6 円弧すべり解析と流速ベクトル図 円弧すべり計算(現況) 流速ベクトル図(現況) 図-7 地震時変動解析結果(対策有)
8. 今後の課題 1)地下水位観測の継続と監視 対策工効果検証にあたり、対策工を実施したことによ る地下水位の変動を見ていくことで様々な見解が生まれ るため、今後も観測を継続・分析していくことが重要で ある。さらに、災害復旧対策区間での徒歩巡視の際には、 降雨後の時期を選んで裏のり尻付近の法面の湿潤状況、 かごマットからの排水の状況(排水の有無、濁り、砂の 吸い出し等)、流末の排水管・排水路の状況等を観察し ていくことで対策工の効果発現を確認する。 2) サンプリング試料に基づく土質試験 採用した対策工が将来もその効用を継続して発揮する ためには、平時の堤体内水位が高くならないことを知る とともに、本解析で用いた地盤条件が東日本大震災時の 堤防被災形態を十分説明できる地盤条件であったことを 確認していかなければならない。水位観測井が1断面に 5地点設置しているのに対し、詳細のボーリングデータ は天端の1箇所しか存在せず、現況堤防モデルが現況堤 防を表現できているか不明である。そのため、サンプリ ングと土質試験を実施し、地盤・堤体構造を再確認すべ きである。 3) 裏のり尻矢板工法の適する現地条件の類別分類 堤内地の地下水位環境及び基礎地盤を含む堤防構造 (土質構成や形状等)により耐震矢板設置による堤体内 及び地下水への影響及び耐震効果は異なることから、裏 のり尻に矢板を設置することは技術的検討を踏まえ慎重 に取り扱わなければならない。 4) かごマットなどの併用 裏のり尻に矢板を設置する場合には、対象地区で実施 したように、矢板による堤体内水位堰上げの影響を軽減 する目的でかごマットなどドレーン効果を発揮する工法 を併用することが必須である。 5) かごマットなどの設置高、設置幅 のり面に浸潤線を滲出させないためには、かごマット などの設置幅を拡大する必要がある。同様にかごマット などの設置高を下げることによる効果も期待できる。最 終的には求める堤防機能と対策費用との関係を考慮し、 それぞれの現場条件に応じて適切なかごマットなどの規 模を設定しなければならない。 なお、かごマットなどの設置可能標高は排水系統の流 末標高に左右されるので、現地条件を適正に考慮する必 要がある。 6) 有孔矢板の孔面積等の検討 有孔矢板の孔面積を拡大するとともに、孔部の矢板の 強度補強を図る等の改善が考えられる。また、鋼材を変 形抑制対策として用いる場合には、変形抑制効果が発揮 される範囲で矢板を堤防縦断方向に連続して打設しない とか、矢板に代えてH鋼を用いるなどの工夫が考えられ る。このため、室内実験や試験施工等により排水効果や 耐震効果を確認していく必要がある。 7)最新の技術知見に基づく他の耐震対策工法との比較 東日本大震災の再度災害防止対策工として施工された 当該耐震矢板工法は、発災当時の被災状況、被災直後の 緊急復旧状況、周辺社会環境、復旧工期等の条件の下、 速やかな災害復旧が望まれる限られた時間の中で選定さ れた工法である。 平時に進める耐震対策事業や今後発生する地震に伴う 災害復旧工事においては、震災後に実施された工法や事 前対策の工法といった既往実績を分析し、数値解析・模 型実験による検討結果に最新技術動向を加えて、震災堤 防の再度災害防止工法選定の考え方を整理していくべき である。整理に当たっては、施工性や耐震効果だけでな く、浸透に対する安全性の観点からも比較することが必 要である。 (既往対策工実績例) ・グラベルドレーン工法 ・サンドコンパクション工法 ・浅層地盤改良工法 など 9. おわりに 災害復旧工法として実施した耐震対策工は、矢板によ る出水時や降雨時の堤体内の浸潤線の上昇をかごマット による排水によって抑制していること及びかごマットに よる堤体内水位の上昇抑制が地震時の堤体下部液状化領 域の拡大を防止しつつ矢板による変形抑制効果を発揮す るものと評価できるが、限られた期間の、限られた降雨 量の下で得られたデータに基づく検討であり、有孔矢板 の浸透特性等(有孔部による地下水位低下促進効果など) に関する不明の事項も残る。 そのため、平成23年3月11日の地震による被災か ら得られる技術的知見を深めるためにも、地質や地下水 位といったデータは引き続き調査・分析していかなくて はならない。 写真-4 復旧工事完成写真