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トータルなサイエンス・コミュニケーション能力を身につけるための教育方法に関する研究

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論旨

 科学技術のめざましい発展が私たちの生活を大きく向上させた一方,児童・生徒の理科離れや社 会人の科学離れなど,科学技術に対する無関心や差別心が高まっている.しかし,環境保護や健康 維持への関心は近年高まっており,環境保護や健康管理に関するより正しい知識が必要とされてい る.科学技術リテラシーに対する意識を高めるためには,科学技術と社会との関わりを良好に保つ 必要がある.  本研究では,中等および一般教育を念頭に置いた,トータルなサイエンス・コミュニケーション 能力を身につけるための教育方法として,情報通信技術を用いた調査や,環境に配慮したものづく り実験がサイエンス・コミュニケーション能力育成に及ぼす効果を検討した.

横 山   泰

Hiroshi YOKOYAMA

トータルなサイエンス・コミュニケーション能力を

身につけるための教育方法に関する研究

Study on the Method of Education for Science Communication Skills

1.緒言

 科学技術のめざましい発展が私たちの生活を 大きく向上させた一方で,児童・生徒の理科 離れや社会人の科学離れなどが問題となって いる1).科学技術や社会経済が大きく発展して いるにもかかわらず,様々な学力分野のリテラ シーが不足していることによって,市民の充実 した個人生活や社会生活の営みが困難になるこ とが危惧される.そこで,将来市民が直面する と予想される様々な課題への解決能力を測るた めに,2006年PISA調査がOECD各国における 科学的リテラシー育成状況を中心領域として行 われた2)  調査結果の国際比較から,日本の15歳段階生 徒の科学的リテラシーの育成状況と国際的な位 置づけが示され,多くの課題や国家的な取り組 みの提言がなされている3,4).日本は平均得点 と, 科学的な疑問を認識すること 領域, 現 象を科学的に説明すること 領域, 科学的証 拠を用いること 領域の位置づけが国際的に上 位であるが,国内的な意見としては,科学的リ テラシーの育成状況が不十分であるとの見方が 強い.一方で,総合的な水準は上位なので,科 学的リテラシー領域ごとの偏った育成状況を改 善すべきとの見方もある.いずれの見解にして も,少子高齢化の進む今日の日本では,現在の 生徒たちの科学的リテラシーが,近い将来の発 展基盤を担っていることは明白であり,その健 全育成と理科離れ・科学離れ対策は急務である.  科学的リテラシー育成に関する既往の研究と

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− 150 − − 151 − して,中野等は理科に興味を持たない生徒にも 科学の楽しさを伝えるために,宇宙農業を素材 にした研究授業を行い,興味の向上と生徒同士 の深い討論を促した結果を報告している5).ま た舟橋等は,生徒との双方向コミュニケーショ ンを促進するために携帯ゲーム機を活用した研 究授業を行い,教育用ICT(情報通信技術)と しての携帯ゲーム機の有効性を示している6) 赤堀等はeラーニングサイト 理科ネット を 用いた学習を一手法として,自己制御学習方略 の一つである 目標設定と計画 と 情報検 索 に焦点化し,自己制御学習の定着を目指し たeラーニングの利用法について考察・評価し ている7).小倉は子どもたちの理科学習への価 値意識と科学コミュニケーション支援型学習と の関係を調査し,その相関性について評価して いる8).これらの研究の共通の成果として,科 学教育における導入授業の重要性,学習コミュ ニケーション支援の有効性,情報リテラシー教 育の必要性が挙げられる.さらに,より体系的 な科学的リテラシー育成技術に関する研究とし て室伏等は,中学生向けDNA抽出実験を例と して多角的に調査を行い,その効果を中学生向 け,教員研修,市民向けの3つの状況からその 有効性について考察している9).その結果,実 験,テキスト,そしてディベートの有用性につ いて述べている.eラーニングと実験を利用し た実践的な検証としては,一木によって高校化 学 混合物の分離 学習に 赤ワインの蒸留実 験 と 理科ねっとわーく を利用した研究が 報告されている10)  以上のように,科学的リテラシー育成に関す る研究について,ICT活用に関する報告や,身 近な題材をテーマとした教育研究は活発である が,新規材料開発などの新たな価値の創出や発 明に関する実験,即ち発明的な意味合いを持つ ものづくり学習 を結びつけた例は非常に少 ない.この原因として,中等教育段階における 実験学習では,基礎知識によって理解可能であ ることが求められること,単元別に簡潔である ことが求められることが挙げられる.しかし, 近年の総合的な学習の実施状況や科学的リテラ シー育成政策を鑑みれば,発明的なものづくり 学習は,今後の科学教育において重要な位置づ けになると予想される11)  そこで本研究では,先ず科学的リテラシー, サイエンス・コミュニケーション,情報リテラ シーについて知見を述べる.そして,情報教育・ 理科教育における科学的リテラシーの育成を念 頭に置いて,導入や結果報告へのICT活用,も のづくり実験等が,学習活動に及ぼす影響を検 討し,トータルなサイエンス・コミュニケーショ ン能力を身につけるための科学教育方法の考察 を行った.

2.科学的リテラシーについて

 科学的リテラシーという言葉の示す意味 についての議論は既になされており,本論文 においてその解釈を改めて述べることはしな い. し か し,American Association for the Advancement of Scienceによる1989年の報告 “Science for All Americans”において科学的 リテラシーという意味の表現が用いられた後, 多くの学術論文で科学的リテラシーという言葉 が用いられる.そこで,本論文の性質と位置づ けを示すためには,本論文での科学的リテラ シーという言葉の示す範囲をある程度は定義し なければならない12,13)  本論文では 科学≠理科 (科学イコール理 科ではない)という解釈を重要な前提として議

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− 150 − − 151 − 論する.なぜなら科学という言葉を狭義の意味 に捉え,社会科学,人文科学を排除して自然科 学に特化して議論してしまえば,理科教育と科 学教育という言葉を区別して用いることができ ない.学校教育を例とすれば,科学的な考え方 とは全ての教科に渡って必要とされ,その全て の学習の中で育まれるものであるという事実が 科学≠理科 と述べる根拠である.ここで科 学とは,体系的であり,経験的に実証可能な知 識であるということを確認する.即ち本論文に おける科学的リテラシーとは,自然科学に限ら ず,すべての事象を科学的に考えるための智で ある.“Literacy”と 智 の意味関係につい ては岩崎によって述べられている14)  次に,本研究では2006年PISA調査を背景と して述べているため,PISA調査における科学 的リテラシーの定義について述べる必要があ る.2006年PISA調査で測定する科学的リテラ シーは,個々人の以下の能力に注目している2) 疑問を認識し,新しい知識を獲得し,科学 的な事象を説明し,科学が関連する諸問題 について証拠に基づいた結論を導き出すた めの科学的知識とその活用. 科学の特徴的な諸側面を人間の知識と探求 の一形態として理解すること. 科学とテクノロジーが我々の物質的,知的, 文化的環境をいかに形作っているかを認識 すること. 思慮深い一市民として,科学的な考えを持 ち,科学が関連する諸問題に,自ら進んで 関わること.  ここで,測定する能力の一つとして,市民と しての科学に対する姿勢が挙げられていること に注目する.清水は,自らが妥当性を検証した ミラーの3構成次元モデルによる文部科学省科 学技術政策研究所の調査結果を分析し,市民の 科学的リテラシーの低下が,いわゆる ゆとり 教育 によるものではないこと,義務教育時代 の理科の好き嫌いが,科学学習歴と同程度に, 市民の科学的リテラシーに大きく影響している ことについて述べている15)  このように,現在調査・報告されている科学 的リテラシーには,単なる学術分野の基礎知識 のみならず,広義の科学に関する智,そして良 識ある一市民としての科学に対する態度が含ま れている.即ち現代においては,科学的思考の 重要性と意義が実感でき,科学を学習する目的 が実生活の中で意識できる学習が求められる. このことから,科学教育方法の研究で扱われる 科学的リテラシーにも,同様の性質が求められ ると考えられる.そこでは,単なる効果的な学 習方法の提案のみならず,学校教育と市民の科 学的リテラシーとの関連付けを提案する研究が 求められると推察される.またそのような研究 の背景としては, ゆとり教育 の効用などの 議論よりも,義務教育時代の科学学習に対する 態度の評価・検証等が相応しいと考えられる.

3. サイエンス・コミュニケーションに

ついて

 現在,サイエンス・コミュニケーションに関 する研究は,その歴史や背景を検証するもの, 社会への提案,サイエンス・コミュニケータ育 成,事例提案,実践事例報告,学校での実践に 関するもの等多岐に渡っている8,16,17,18,19,20)  一般にサイエンス・コミュニケーションの目 的として,社会における様々なコミュニケー ションにおいて,科学技術に関する知識や意見 の伝達を明快に行うことが挙げられる.ここ で,まずコミュニケーションとは,製造者によ

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− 152 − − 153 − る製品の製造から消費者に渡るまでを例とする なら, a) 消費者と消費者 b) 消費者と製品 c) 消費者と製造者 d) 製造者と製品 e) 製造者と製造者 の全ての間で行われるものである.即ち, a ) 消費者間で製品に関する感想や意見を共 有できるか b ) 消費者が説明書や成分表示などによって 詳細な製品情報を取得し,理解できるか c ) 消費者が製造者の存在や意図を意識し, 製品に関する意見交流ができるか d ) 製造プロセスを重ねても,製造者の計画 通りの製品が生産されているか e ) 製造者間で製品に関する知識を共有する 一方で,特許などが守られているか のようなものである.これらのコミュケーショ ンは技術の進歩,取分けICTの進歩により,近 年,極めて促進された.そしてこれらのコミュ ケーションの前後で,専門家である製造者と消 費者との情報量に差は生じるものの,情報の本 質が合理的且つ体系的に維持されればサイエン ス・コミュニケーションとして成立していると いえる.  しかし近年,科学技術の高度化と市民の科学 的リテラシー不足によって,多くの問題が生じ ている.携帯電話やコンピュータに代表される ような複雑な製品の普及によって,生活は便利 になったがその製品の構造を理解しようとすれ ば,多くの知識を必要とする.携帯電話やコン ピュータであれば,その製品の詳細を知らずに 誤用しても生命や健康に害は少ないが,それが サプリメントなどの食品であれば,誤用によっ て健康に被害を与えることもあり得る.科学技 術の発展によってもたらされた便利さが,科学 技術に対する受動的な態度を蔓延させ,その結 果,根底の科学の仕組みを学ぶ機会を失わせて しまっているといえる.これらの問題を防ぐた めには,社会の様々な分野の人々の意識が,科 学技術者に通じる必要がある.常にコミュニ ケーションが成り立っていれば,科学技術に対 する不信感や健康被害が生じる危険性を下げる ことができる.そこで学校教育の段階から,科 学的リテラシーと同様にサイエンス・コミュニ ケーション能力を育成する必要があると考えら れる.  千葉等は,サイエンス・コミュニケーション に必要とされる主な能力は以下の3つであると している17) (1) 深める力:科学の面白さや重要性を感じ 取り,その未来を創造できる能力 (2) 伝える力:幅広い分野について,分かり やすく感動的に解説できる能力 (3) つなげる力:社会の様々な人々の間に双 方向的にコミュニケーションを実現でき る能力  これらの特徴として, 面白さ や 感動的 等の感情に訴えかける能力が必要とされている 点が挙げられる.言い換えれば,無機的にで はなくコミュケーション対象者の立場になって 有機的に伝える能力が必要とされているといえ る.これは即ち,コミュニケーションの目的が 何をどれくらい伝えるか ではなく 何がど れくらい伝わったか というように,情報の量・ 質共にコミュケーションの対象者中に存在して いるといえる.  これは人間同士のコミュニケーションという 特性上,避けては通れない課題ではあるが,現

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− 152 − − 153 − 在の学校教育の指導内容では,それらの能力を 直接養う内容を含む科目は非常に少ない.しか し高等学校の情報教科の図形と画像の処理,マ ルチメディア表現の内容は,視聴覚的表現に関 する学習を含む.その習得により,感情が込め られた情報の交換や意思疎通も可能となるた め,人間関係や心を育む上でも有益であり,重 要なコミュニケーションの基礎的能力となり得 る.このように情報教科の習得およびICT活用 能力の向上は,サイエンス・コミュニケーション 能力の向上に大きく寄与するものと推察される.  以上のことを基に,サイエンス・コミュニケー ション能力を育成するために,科学教育におい て行うべき活動を纏めた結果,以下のように結 論付けられた. 目的の本質を見極め,科学的に確からしい 情報を選択的に収集し,そして整理する能 力の育成 収集した情報を実生活と有機的に関連付 け,個々の知識として定着させる能力の育 成 コミュケーションの達成度を相手の立場に なって見極め,情報の本質を伝える能力の 育成

4.情報リテラシーについて

 前述のように,サイエンス・コミュニケーショ ンには,情報の収集,整理,記述,そして伝達 に関する最低限度の能力,即ち情報リテラシー が不可欠である.そもそも情報リテラシーとは, 情報をその特性によって体系的に整理し,目的 に合わせて利用する能力である.この能力は以 下の2つに大別される. 情報体系化能力:情報の特性である信頼性 の度合い,生まれた時間,有効期間,範囲, 分類,考慮すべき問題点,保護すべき権利 などを理解し,体系化された代表的な情報 に対する位置づけを明確にして記述する能 力. 情報活用能力:情報の通信,記録,加工, 表現を行うための媒体や機器を利用する能 力.  1998年に社団法人経済団体連合会によって示 された 次代を担う人材と情報リテラシー向上 策のあり方に関する提言 では,今後の経済社 会に求められる人材から,教育機関での情報教 育のあり方等に至るまでの様々な提言が述べら れ,インターネット等の情報ネットワークがも たらす教育の質的変化や,学校での情報リテラ シー教育の位置付けが示されている21)  情報リテラシー教育は学校全体の教育活動を 通して行われるが,教育目標の達成がどのよう な活動を通して成されるのかを明確にし,その 結果が評価・検討されるべきである.高等学校 情報教科を例にすると,高等学校の情報教育の 目標は,情報活用の実践力,情報の科学的理解, 情報社会に参画する態度の3つであるとされて いる22).一般に,情報活用の実践力の育成は, コンピュータなどに代表される機器の操作,コ ンピュータソフトウェアの利用,デジタルコン テンツの作成,プレゼンテーションの実践等, 基礎的操作においては情報教科の範囲内で行 う.そしてその後,各教科や学校教育全体で横 断的に活用することにより,実践的に定着を図 ることが可能である.しかし,情報の科学的理 解,情報社会に参画する態度に関しては,学習 者の理解や態度を客観的に評価することは難し く,情報教科の範囲内で浅く完結させてしまい がちである.結果的に,情報の科学的理解,情 報社会に参画する態度に関しては実践的な定着

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− 154 − − 155 − が困難であると考えられる.  実際に 高等学校学習指導要領解説 情報 編 では,3つの目標と情報教育の体系化のイ メージを図4-1のように表わしている22).図か らわかるように,高等学校の情報の科学的理解, 情報社会に参画する態度に関しては,情報教科 でカバーする内容が多く,それぞれ数学,公民 に一部の範囲が担われている程度である.この ことから,情報の科学的理解,情報社会に参画 する態度の育成を,より多くの教科に渡って横 断的に扱うことができれば,それらの実践的な 定着を進めることができる.  科学的リテラシーの育成を念頭に置いていえ ば,情報社会を理解するためには,社会の中で 情報や情報技術が果たしている役割を科学的に 捉える必要があり,情報の科学的な理解の必要 性を学ぶことは,情報化社会における様々な問 題を認識するための動機付けになる.情報教科 図4-1. 情報教育の体系化のイメージ 情報の科学的な理解 情報化社会に 参画する態度 情報活用の実践力 小学校 中学校 高等学 校 引用:文部科学省、 高等学校学習指導要領解説 情報編 文部科学省、平成12年3月、    平成17年5月一部補訂版 総 合 的 な 学 習 の 時 間 で の 活 用 各 教 科 で の 活 用 技術・家庭 情報とコンピュータ 普通教科 情  報 社会 公民 数学など または理科教科の学習の一貫として,サイエン ス・コミュニケーションの学習を採用し,情報 の科学的理解,情報社会に参画する態度の定着 を図ることは極めて重要である.

5. サイエンス・コミュニケーションと

学術研究

 近年,大学や企業,博物館の研究者が初等・ 中等教育現場で出前授業などの活動を行う機 会が増えている.また文部科学省や独立行政法 人科学技術振興機構による,スーパーサイエ ンススクールやサイエンスパートナーシッププ ロジェクト等の公的なプロジェクトも盛んであ る11).このような活動においては,児童・生徒 と研究者とのサイエンス・コミュニケーション の成立が非常に重要となる.一般に,研究者の 提案する教育方法が難し過ぎる場合よりも,教 育が不成立になることを危惧して,提案する方

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− 154 − − 155 − 法が平易すぎる場合が多い.より魅力的で効果 の高いサイエンス・コミュニケーションを行う ためには,コミュニケーション対象に合わせた 様々な工夫が必要である.  サイエンス・コミュニケーション能力育成の 効果的な手法の一つとして,実験が挙げられる. 室伏等は中等教育段階において魅力的で効果的 な実験を行うことにより,サイエンス・コミュ ニケーション能力の育成が効果的に行われたこ とを報告している9)  高等学校の理科の実験と大学の研究室におけ る実験の重要な相違は,想定された結果の有無 であると考えられる.大学の研究室の実験にお いては,結果データこそが唯一の成果である. 一方,高等学校理科の実験では,興味,関心を 呼び起こす効果が期待されているものの,デー タの取得に大きな意味はない.しかしながら, 未知のデータを求める活動からは,結果を基に 次の段階へ進むという重要な流れが存在する. 段階性を持つという研究に取り組む活動は,科 学技術の進歩に対して,主体的に参画する姿勢 を育むと考えられる.さらにその実験が,工学 系学部のものづくり等の研究のように,生活の 中で目に見えて反映されているものであれば, 日常生活と学校教育とが有機的に結びつき,科 学的リテラシーの育成に繋がる.  本研究では,段階性を持ち,日常生活と有機 的に結びつくものづくり研究の特性に注目し, トータルなサイエンス・コミュニケーション能 力育成のための新規な科学教育法を提案する.

6. 発泡ポリスチレンのセミケミカルリ

サイクルによるものづくり実験

6−1.学習の目的  本研究ではこれまでの考察を基に,トータル なサイエンス・コミュニケーション能力を身に つけるための教育方法を提案する.  モデルとなった研究は,化学工学分野におけ る微粒子材料調製技術である.この研究は,リ サイクル材料を用いて高付加価値な微粒子(マ イクロカプセル)を作ることを目的としてい る.元来,リサイクルはその過程で多くのエネ ルギーコストを必要とするものが多く,同じ利 用用途のものを再生するという発想では,トー タルコストを非リサイクルよりも抑えることが 困難である.そのため,リサイクル原料から 高付加価値の製品を生産するという発想の技術 は,持続可能な循環型社会構築に必要なもので ある.さらにこの研究は,実際に廃棄発泡ポリ スチレンを用いて行われているため,学校の化 学実験に対する応用性が高く,生成材料の獲得 にいたるまでの全てのプロセスを実験室内で行 うことができる.薬品に関しても,沸点の相違 や溶媒・溶質の関係といった物質の基本性質に 着目して選定されている.これらの実験の特性 は,観察と実験を通して物質の性質や反応,あ るいは構造を調べることにより物質の特徴を理 解し,物質に関する原理・法則を見いだすとと もに,その知識を生かして物質を利用したり, 目的にかなった物質を作り出すという,高校化 学の特徴を具体的且つ総括的に学ぶのに適した ものであるといえる. 6−2.実験方法  方法の詳細は既往の論文内容による23,24).以 下に方法の概略を示した.  分散安定剤所定量を添加したエチレングリ コールをセパラブルフラスコに加え,所定温 度に維持する.一方,所定量の発泡ポリスチレ ンをリモネンに溶解した溶液(ポリマー溶液) に,グリセリンを加え,バイオミキサーを用い

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− 156 − − 157 − て攪拌を行うことにより,W/O分散系の分散 相を調製する(1次液滴調製).この分散相を 先に調製した連続相に加え,所定の攪拌速度で (W/O)/W 分散系の2次液滴調製を行う.同一 の攪拌速度を維持しながら反応槽を昇温後,ア スピレーターによる減圧下で操作温度100℃の 条件で,3.5時間リモネンを蒸発除去してマイ クロカプセルを調製する.調製したマイクロカ プセルは,吸引濾過後,水洗浄してグリセリン を除去してから,減圧乾燥して評価・観察を行 う. 6−3.実験装置  図6-3に装置の概略図を示した.高校の理科 図6-3. 実験装置の概略図 ① セパラブルフラスコ ② 熱電対 ③ サーモスタット ④ マントルヒーター ⑤ 攪拌翼 ⑥ 邪魔板 ⑦ コールドトラップ ⑧ 吸引装置 13 10 53 Unit:mm ① ⑦ ⑧ ⑥ ④ ② ③ ⑤ 図6-4.調製されるマイクロカプセル 室に器具・装置を持ち込むことにより,全ての 実験過程を行うことが可能である. 6−4.評価項目・評価方法  評価はデジタルカメラと画像処理ソフトを用 いて,粒子径,特徴等を観察する.  図6-4に調製されるマイクロカプセルの一例 を示す. 6−5. 高等学校学習指導要領と実験知識の関 連性  この研究に限らず,全てのものづくりは各種 学問の総合技術であり,学習する生徒にとって, ものづくり技術の中に学校教育で学んだ知識が 基礎となっていることを意識することは,科学

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− 156 − − 157 − 教育の導入段階において極めて重要である.そ こで,この研究を成立させている基礎知識を, 高等学校理科の化学における分野に当てはめて 整理すると,表6-5のようになる25) 発泡ポリスチレンの特性  化学Ⅱの生活と物質の領域では,物質を羅列 的に学ぶのではなく,代表的な物質の性質を観 察,実験などを通して理解することが重要であ る.物質の構造の違いだけでなく,化学の応用 面についての理解と知識を深め,材料生産に必 要な物質に関する考え方や扱い方を見につける 目的を念頭に置き,次の基礎知識を確認する. 身近なプラスチックとしてのポリスチレン の特性 ポリスチレンの溶媒となるリモネンの特性 有機溶媒であるリモネンにポリスチレンが 溶解する現象の微視的な理解 攪拌による分散系の調製  化学Ⅰの物質の種類と性質の領域では,代表 的な物質について観察,実験などを通して探求 させ,化学の基本的な概念や原理・法則を理解 させ,また,それらを日常生活と関連づけて考 察したり,それらを応用する能力を育成するこ とが大切である.分散系とは日常生活において セパレイトドレッシングやシャンプーなど様々 な所に存在し,一般に 水と油は分離する な どように経験的な知識として理解されている. このように経験的な知識と物質の性質を関連付 表6-5.  発泡ポリスチレンのセミケミカルリサイクルによるものづくり総合学習に おける主なプロセスと,高等学校化学の対照領域 主なプロセス 高等学校化学における主な取扱い領域 発泡ポリスチレンの特性 化学Ⅱ (2)生活と物質、材料の化学、プラスチック 攪拌による分散系の調製 化学Ⅰ (2)物質の種類と性質、有機化合物、界面活性剤 液中乾燥プロセス 化学Ⅰ (1)物質の構成、物質と人間生活、状態変化 けるという目的を念頭に置き,次の基礎知識を 確認する. エチレングリコールとリモネンおよびグリ セリンとリモネンが,水と油のように分離 する特性 界面活性剤の役割と特性 液中乾燥プロセス  化学Ⅰの物質の構成の領域では,分離・精製 を状態変化および成分元素の確認として行うこ となどにより,具体的な物質や代表的な事例に ついて観察・実験などを通して探求する.日常 経験的に 液中で乾燥する とは,理解し難い 表現である.しかし,リモネンに溶解していた ポリスチレンが,リモネンの蒸発除去により固 体として生成する現象は,物質の分離・精製の 代表的なものであり,その理解は海水の蒸留実 験などと関連付けることができる.その過程で 身の回りの物質の性質と変化を微視的に理解す るという目的を念頭に置き,次の基礎知識を確 認する. リモネン,エチレングリコール,グリセリ ンの各沸点などの特性 状態変化に関する微視的な理解 6−6.学習の流れと留意点  本論文は実践教育の研究報告やデータではな く,科学教育方法の提案であるため,学習の流 れの詳細は実際の指導者に委ねられる.実験者 は一人でもグループでも構わない.この実験プ

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− 158 − − 159 − ランの最も特徴的な点は,事前学習の方法とプ レゼンテーション後の引継ぎディスカッション にあるので,それ以外の手法は従来の化学実験 通りでよい.サイエンス・コミュニケーション 能力育成のための,学習の流れと概要,その際 の留意点を以下に示す. ① 事前学習  最初に実験指導者は,研究の背景と社会的位 置付けを明確にするための授業を行う.実験者 は実験の前に,これまでの化学の学習内容と実 験に必要な知識とを照らし合わせて詳細に関連 付けを行う.それまでの化学の学習内容と実験 の知識とを密接に関連付けることが最重要学習 であるため,インターネットは徹底して用いな い.この理由は,インターネットからの情報に よって,知識の関連性が実験者の過去の学習と 離れることを避けるためである.  その後,実験指導者が全ての操作を演示実験 によって行い,実験者はその様子を記録しなが ら観察する.その際の様子をデジタルビデオカ メラによって記録する. ② 実験  実験者は自らの実験の際に,コンピュータの 画面によってデジタルビデオカメラの記録を見 ながら,注意して実験を行う. ③ 観察と評価  観察の対象と評価項目は後述する実験の進度 によって異なる.粒子径や構造の特徴等の基礎 的な評価から始め,必要に応じて大学の測定装 置などを用いる. ④ 実験レポートの作成  化学実験のレポート作成の基本事項に則って レポート作成を行う.実験指導者は,データの 取扱い方法に留意させながら添削指導を行う. ⑤ プレゼンテーション資料の作成  実験者は,作成した実験レポートを基に,プ レゼンテーションスライド作成ソフトによって プレゼンテーション資料を作成する.この際, プレゼンテーションが実験の重要ポイントを 強調し,印象的になるように資料を作成し,必 要に応じてインターネットなどの情報源を用い る. ⑥ プレゼンテーションの実施  プレゼンテーションの基本的技法が発揮され るように,事前練習を行ってから引き続き実験 を行う実験者を対象にプレゼンテーションを行 う. ⑦ 引継ぎディスカッションの実施  プレゼンテーションを行った実験者と実験を 引き継ぐ実験者とで,実験者にとって主体的で 詳細な情報交換を目的としたディスカッション を行う.その際,以下の項目について必ず確認 する. 研究背景が伝わっているか 実験方法に不明な点はないか 主な実験成果は何であるか 次の実験の目的は何であるか ⑧ 実験者の引継ぎ  次の実験者が①から繰り返す.実験指導者は 実験成果を段階的に発展させるように,引き継 ぎ内容に留意しながら継続して実験プランを繰 り返す.

7. サイエンス・コミュニケーション能

力育成に対する効果の検証

 本研究では以上の実験手法によって,トータ ルなサイエンス・コミュニケーション能力の育 成を目指した.実践研究以前の提案研究として の妥当性を以下に検証した. ▶ 目的の本質を見極め,科学的に確からしい

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− 158 − − 159 − 情報を選択的に収集し,そして整理する能 力の育成が可能であるか.  目的の本質を見極める能力を育成するには, 大量の情報を与えるよりも,指導者の説明や教 科書によって,確かな背景情報を獲得すること が重要であると考えられる.インターネット等 の使用により安易な先入観を抱かせるよりも, 生徒自身の持っている基礎知識とこれから行う 実験との有機的な結びつきを図ることにより, 科学的に確かな情報の選択が可能となるものと 考えられる. ▶ 収集した情報を実生活と有機的に関連付 け,個々の知識として定着させる能力の育 成が可能であるか.  実生活と結びつくかどうかは,生徒が実験引 継ぎ者にプレゼンテーションを行う際の情報整 理レベルによるものと推察される.加えて,実 験指導者の実験背景説明の効用も関連するも のと考えられる.実験者による主体的な引継ぎ ディスカッションは,個々の知識として定着さ せる目的に対して,高い効果を発揮するものと 考えられる. ▶ コミュケーションの達成度を相手の立場に なって見極め,情報の本質を伝える能力の 育成が可能であるか.  実験が引き継がれる次の実験者は,主な実験 成果と次の実験の目的が明確にならなければ引 継ぎを終えることができない.そのため納得す るまで何度もディスカッションする活動が,相 手の立場になってコミュニケーションを行う能 力の育成に大きく寄与するものと考えられる.

8.結言

 科学的リテラシー,サイエンス・コミュニケー ション,情報リテラシー,そしてサイエンス・ コミュニケーションと学術研究との関連性につ いて考察し,トータルなサイエンス・コミュニ ケーション能力を身につけるための教育方法に 関する重要な知見を得た.  今後は本研究における成果を基にして,より 実践的な科学教育研究に発展するものと予想さ れる.               参考文献: 1) 文部科学省 科学技術政策研究所, 科学技術指標 平 成16年版(日本の科学技術の体系的分析),〈http:// www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/rep073j/idx073j. html〉(アクセス日 2008年11月19日) 2) 文部科学省,OECD生徒の学習到達度調査 2006年調査 国際結果の要約 ,〈http://www.mext.go.jp/a_menu/ shotou/gakuryoku-chousa/sonota/071205/001.pdf〉(ア クセス日 2008年11月12日) 3) 小倉 康, PISA調査で見えてきた科学的リテラシー 育成の課題 , 日本科学教育学会第32回年回論文集 , 2008,1-4 4) 二タ村森, 社会人講師活用型教育支援事業による科学 的リテラシー向上に向けた取組 , 日本科学教育学会 第32回年回論文集 ,2008,9-12 5) 和田重雄,山下雅道,中野 完, 宇宙農業による理 科に無関心な生徒へのアプローチ , 日本科学教育学 会第32回年回論文集 ,2008,461-462 6) 舟橋春彦,早野秀樹,勝間智康,村上佑樹, 携帯ゲー ム機を活用したポータブル情報演習室 ― 予想と集計 で楽しい双方向講義 ― , 平成19年度全国IT活用教育 方法研究発表会予稿集 ,2007,22-23 7) 北澤 武,永井正洋,加藤 浩,赤堀侃司, 自己制 御学習に着目した e ラーニング利用法に関する一考察 ― 学校理科教育における教育実践を通じて ― , 科学 教育研究 ,Vol.32,No.1,日本科学教育学会,2008, 10-17 8) 小倉 康, 科学コミュニケーション支援型学習と子 どもたちの理科学習への価値意識との相関 , 科学 教育研究 ,Vol.31,No.4,日本科学教育学会,2007, 340-349 9) 佐藤明子,薗部幸枝,森 富子,滝沢公子,室伏きみ子, アウトリーチにおけるサイエンスコミュニケーショ ン ,Vol.31,No.4, 科学教育研究 ,日本科学教育学 会,2007,410-419

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− 160 − 10) 一木 博, 高校化学 混合物の分離 における 赤 ワインの蒸留実験 と 理科ねっとわーく を利用し た学習効果の検証 , 日本科学教育学会第32回年回論 文集 ,2008,421-422 11) 文部科学省,平成19年度文部科学白書 ,平成20年4月, 121-123

12) American Association for the Advancement of Science: AAAS, “Science for all Americans”, AAAS, 1989. 13) AAAS, 日本語版 すべてのアメリカ人のための科 学 ,AAAS,2005. 14) 岩崎秀樹, リテラシーを考える , 日本科学教育学 会第32回年回論文集 ,2008,125-128 15) 清水欽也, 日本人の科学的リテラシー分析 , 科学 , Vol.78,No.3,岩波書店,2008,305-306 16) Brian C. Vickery 著,村主朋英 訳, 歴史のなかの科 学コミュニケーション 勁草書房, 2002 17) 千葉和義,仲矢史雄,真島秀行 編著,サイエンス コミュ ニケーション 科学を伝える5つの技法 日本評論社, 2007 18) 小林傳司, 科学技術とサイエンスコミュニケーショ ン , 科学教育研究 ,Vol.31,No.4,日本科学教育学 会,2007,310-318, 19) 美馬のゆり,渡辺正隆, 科学コミュニケーション促 進のための科学フェスティバルの可能性 , 日本科学 教育学会第32回年回論文集 ,2008,233-234 20) 吉岡有文, サイエンス・コミュニケーションを学校 で行うということ ― 学びのネットワーク化とローカ ル化 ― , 科学教育研究 ,Vol.31,No.4,日本科学 教育学会,2007, 391-399 21) 社団法人経済団体連合会 次代を担う人材と情報リテ ラシー向上策のあり方に関する提言 ,1998,〈http:// www.keidanren.or.jp/japanese/policy/pol184/index. html〉(アクセス日 2008年7月6日) 22) 文部科学省, 高等学校学習指導要領解説 情報編 文部科学省,平成12年3月,平成17年5月一部補訂版 23) 横山 泰,田口佳成,田中眞人, 発砲ポリスチレン を利用した液中乾燥法によるマイクロカプセルの調製 と内部構造に及ぼす調製条件の影響 , 化学工学論文 集 ,Vol.33,No.4,化学工学会,2007,363-368 24) Hiroshi Yokoyama, Liu Mo, Yoshinari Taguchi,

Masato Tanaka,“Effect of viscosity of shell solution on the content of solid powder as core material in microencapsulation by the drying-in-liquid method”, Journal of Applied Polymer Science, in press

25) 高等学校学習指導要領解説 理科編 理数編 文部 科学省,平成11年12月,平成17年1月一部補訂版

参照

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