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「ために」から「ともに」へ

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Academic year: 2021

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(1)54. 特集:「QOL+(プラス)」を考える. 塩瀬隆之 Shiose Takayuki 京都大学総合博物館. The Kyoto University Museum. 「ために」から「ともに」へ ─生活様式を共同で見直す─ From“Design for All”to“Design with All”− Collaborative Review of the Life Style. 1.斯くあるべきという先入観 ワークライフバランスという言葉を聞いて頭に浮かぶものはどのようなも のであろうか。職場で残業しすぎたり、家に仕事を持ち帰ったり、そのよう な健康を害するはたらき方を改めて、健全な家庭生活の時間を取り戻す試み が最初に浮かぶのではないか。寝食を忘れて徹夜を続けるような仕事(ワー ク)の時間を減らして、生活(ライフ)を取り戻そうと。 しかし、ある研究機関で開かれたワークライフバランスを考えるセミナー で女性研究者が訴えたセリフは、無意識のうちに形成された固定観念を打ち 壊した。「研究(ワーク)を早く切り上げて、家庭(ライフ)に早く帰れと いう押しつけはおかしくないでしょうか。助けるつもりならむしろ正反対で す。わたしの家事(ワーク)を減らして、研究(ライフ)をする時間を増や してほしい」 生活の質(QOL:Quality of Life)やはたらき方の質(QOW:Quality of. Work)を指標化する試みは、治療方針や労働環境改善を計画するうえでは. 欠かせない2)、4)。元通りの生活とまではいかなくても、治療を選択する際 に、どこまでの生活行動を回復させるのか、そのためにどのようなリハビリ を行うのか、治療効果を確かめる上でもこの指標が拠り所となる12)。長時間 労働を根性論で乗り切るのではなく、慢性的な人手不足の皺寄せを特定個人 に偏らせないためにも、作業者の動機や成長をも取り込んだ環境改善の効果 を可視化する役割をこの指標が果たしてきた13)。指標は次なる行動の指針に 他ならないが、それが独り歩きをすると自分につけられた点数かモノサシの ように思い込んでしまう。 わたしたちの生活やはたらき方が多様であり、それを一括りに言葉で表現 できるとは誰も安易に信じてはいない。ヴィトゲンシュタインが指摘したよ うに、「語り得ないことについては、人は黙さねばならない」のかもしれな い15)。しかし、それでもわたしたちは可視化の効用を知っている。語り得た ことを頼りに、叡智を結集する営みの価値を知っている。ただ冒頭のワーク 脚注 哲学者であり言語学者としても知られるヴィトゲンシュタ インが,その著書「論理哲学論考」15) の中で言及した, 語り得ぬことと語り得ることとの境界について.言語で語 ることができるのは論理的世界だけであり,論理的世界と 区別される範囲についてはいまはまだ言語では語ることが できない.. ライフバランスの再解釈は、真摯に受け止めなければならない。簡単ではな いはずの、見えないものの可視化の恩恵に浴するうちに、わたしたちは仮置 きの前提を疑うことを忘れてワークやライフが何か、語り得ぬものが何で あったかに注意を向けることを忘れてしまっていた。 筆者はこれまで高齢者や障害のある人を製品やサービスのデザインプロセ.

(2) デザイン学研究特集号  Vol.26-1 No.99. スにリードユーザーとして巻き込むインクルーシブデザインの研究に従事し てきた。昨今、この方法論をさらにワークプレイスデザインに拡張しよう と、試行錯誤を重ねる中で、QOL や QOW のような生活やはたらき方に係. る指標の功罪について考える機会が多くあった。とくにインクルーシブデザ インのプロセスで見られる、〈専門家─非専門家〉という偏りのある役割関 係の中に生まれる協働性に注目し、指標化する行為そのものが再構築される 対等な関係性について概説する。. 2.社会課題解決を協働の中に見出すデザイン手法 2.1 インクルーシブデザイン. インクルーシブデザイン(Inclusive Design)は、英国王立芸術学院ヘレン. ハムリンセンターに所属していたジュリア・カセムや九州大学の平井康之ら によって日本に紹介されてから10年以上を経た7)、11)。高齢者や障害のある 人、妊婦や子どもなど、これまで製品やサービスのデザインでメインター. ゲットとして意見を求められなかった多様なユーザーを積極的にデザインプ ロセスの初期から迎えるデザイン手法である。クイック&ダーティーを掲げ るプロトタイピング手法も特徴的で、アイデアをデザイナーの頭の中にとど めるのではなく、手早く現前させ、他のデザイナーやエンジニア、ユーザー をも巻き込む手法である。ジュリア・カセムが、インクルーシブデザインの ワークショップを日本ではじめて紹介したとき、従来のデザインとの対比を 次のようにまとめた。. High design:美的に優れているが、機能的によくないデザインでよいのか Function design:機能的ではあるが、美的ではないデザインでよいのか. Special needs design:障害のある人が使えるが美的でないデザインでよいのか Design by guidelines:ガイドラインに沿って加えるだけのデザインでよいのか. ガイドラインにそったデザインの呪縛から逃れることは思いのほか難し く、ユーザー参加を謳おうにも、ものづくりの専門家の立場としては非専門 家のニーズを鵜呑みにすることも難しい。結果として、どうしてもデザイン プロセスからユーザーを排除(Exclude)してしまう。これに対して、プロ. ダクトやサービスの概念設計など初期のデザインプロセスからユーザーを巻 き込もうという試みがインクルーシブデザインの特徴の一つである。先入観 から作り上げた一方的なユーザー像ではなく、多様な個性やニーズに実際に 相対することで、デザインにとっての新たな可能性を拓こうとする。デザイ ンが社会課題解決の手段になり得る証左が次の言葉に現れている。「障害の ある人」という表現は元々は英語で Disable person(できない人)と言われ. ていた。しかし、1990年代、ヨーロッパで注目を集めた高齢者のためのデザ インネットワークがもたらした重要な成果の一つとして、それらを Disabled. person(できなくさせられている人)へと読み替えるタイミングがあったと. いう。すなわち、障害が個人の特性ではなく社会的にもたらされたものとい う視点に立脚し、社会変革の契機をデザインの課題として引き受けたことだ 脚注 社会包摂とは,デザインの力を社会課題解決に直結する手 段であり,英国王立芸術学院のヘレンハムリンセンターは このインクルーシブデザインの世界的研究拠点として知ら れる.. という。これは QOL や QOW のような行動指標について考える上でも示唆 に富む考え方である。. 55.

(3) 56. 特集:「QOL+(プラス)」を考える. 2.2 ユーザビリティと質的研究. ものづくりの分野では、当然のことながら指標づくりは最重要課題の一つ. である。製品を効率的に生産するために機能や構造をできるだけ画一的に捉 え、とくにその機能向上や性能を指標化することが使命であり、それが他の 製品やサービスとの差別化要因でもあった。しかし、ものづくり分野もま た、効率化や最適化という代名詞的な評価軸だけに頼ったものづくりに行き 詰まりを見せつつあった。ユーザーニーズの多様化を見過ごせなくなってき たためである。そこで、モノ中心から人間中心の設計原理へと大きな転換期 を迎えることとなり、デザイナーやエンジニアは製品そのものの機能や性能 だけでなく、ユーザーにとっての「使いやすさ」という利用場面に着目する ようになる。 現在に至るまで、モノとユーザーのかかわりをとらえる学問的な視点は時 代とともに移り変わってきた。1980年代には、人間の身体的あるいは生理的 な構造を重視した人間工学を中心に、疲れにくいキーボードや腰を痛めない 椅子などが開発された。1990年代に入るとコンピュータを内蔵した製品のわ かりやすさなど認知工学を中心とした研究および教育が実施されてきた。単 に製品もしくは試作品の利用場面を定量的に評価するだけではなく、「使い にくい」「わかりにくい」といった主観的感覚など質的評価を並行して、改 善につなげていった。このユーザビリティ評価においては、論理的な評価と 感性的な評価とを共存させる必要に迫られた。それでも、ユーザビリティは デザインプロセスの終盤に微修正パートに押しとどめられてしまっていて、 ものづくりの流れそのものを変革するには至っていなかった3)。 2000年代に入り、ものづくりメーカーはより踏み込んでユーザーの生活空 間を深堀しようと、文化人類学者やデザインリサーチャーを実際の製品利用 場面や生活環境に派遣して行動観察をした。エンジニアやデザイナー以上 に、言語化に長けた専門家がチームに加わることで、多面的にユーザー行動 を捉えようと試みたのである。より大局的に「使いやすさ」や、モノがユー ザーの生活にもたらす「意味」までを視野に入れるためには、「なにが生活 者に求められているか」といった概念を決定する基本デザインよりも以前に たちかえらなければならない。ユーザビリティ評価で定義される「使いやす さ」も、定量化しやすい物理的、認知的な側面に終始するのではなく、エス ノグラフィやグラウンデッド・セオリーなど質的研究手法を駆使して、定量 化しにくい「安心感」や「満足度」といった心理的な側面に踏み込むなど、 複数の観点を統合したものづくりが期待された10)。. 2.3 インクルーシブワークプレイスデザインへの拡張. 製品やサービスのデザインで新たな枠組みを提供するインクルーシブデザ. インを、より広い空間や労働環境のデザインそのものに拡張しようと、イン クルーシブワークプレイスデザインへの試みをはじめている8)。誰もがはた らきやすいワークプレイスを想定するとき、多様な要求ごとに個別対応でき ることが望ましいが、個別対応コストの肥大化を恐れ、結果として画一的な はたらき方に押し込めてしまっている。このとき、ただでさえ逼迫した労働 環境で、新たに調査のために時間を割く余裕のある現場は多くはなく、調査 コストをできるだけ低く抑えた現実的なデザインリサーチの手法開発が急務 となる。 家成らが「尊厳のためのデザインリサーチプロジェクト」で開発したデザ.

(4) デザイン学研究特集号  Vol.26-1 No.99. インリサーチの手法が示唆に富む9)。福祉施設スタッフらが、日常の活動の 中で無理なく取得できる情報を増やすという意味で、休憩時の SNS 発信や. サングラス型カメラ、簡易掲示板など複数の文化探査装置(カルチュラルプ ローブ)を準備した。中でも、黒板塗料を塗布した施設模型とチョークを 使ったワークショップが秀逸である。従来の建築模型といえば、スチレン ボードで完成イメージを想起させる格好良く作られたプロトタイプという認 識があった。当然のことながら、デザイナー以外の誰かが触ることは基本的 にはできず、眺める対象でしかなかった。これに対して家成らのプロトタイ プは、現在の施設を模った黒板という印象で、チョークを使ってどこでも落 書きをしてよいという。施設スタッフがチョークを受け取ると、おもむろに 線を引き始めた。あるスタッフは、休憩室に向かう廊下を通らずに裏手の小 さな崖下にまで線を引っ張って、ここから落ちたことがあるという。その真 意を尋ねると、施設スタッフの正規の休憩時間にもかかわらず、まだ働いて いる同僚を横目に休憩室へ足を運ぶことに引け目を感じていたらしく、その ためにわざわざ迂回して無理な経路をたどっていたという。 これは大変示唆に富む「小さな声」である。この施設には、十分な休憩ス ペースが設置されており、各自が必要な休息時間を取得できる運用にもなっ ていた。それにもかかわらず「休む」ことへ引け目を感じていたことについ. て、「堂々と休憩時間を取得してよい」という声掛けは不十分である。図面 やシフト表には解決のための機能がしっかりと備わっていたにも関わらず、 それらは点と点で孤立してうまくつながらないという課題として潜在してし まっていた。. 図1 黒板塗装された対話を生むプロトタイプ. 2.4 対話を生むプロトタイプ 脚注 2010年度ファイザープログラム∼心とからだのヘルスケア に関する市民活動・市民研究支援による助成(監修:水野 大二郎)を受けて,財団法人たんぽぽの家が主催した「尊 厳のためのデザインリサーチプロジェクト」の一環として 行われた障害者福祉施設をフィールドとしてデザインリ サーチプロジェクトである.また,家成俊勝らのプロジェ クトを含む「尊厳のためのデザインリサーチプロジェク ト」の成果の一部は,京都大学総合博物館 特別展「イン クルーシブデザインナウ2011」においても出展された.. 綺麗な半完成品としてのプロトタイプは、説得のための道具である。現在. の進捗を表し、完成に向かってユーザーの気持ちを高ぶらせる役割がある。 他方で、クイック&ダーティーともいえる落書きができるプロトタイプがも たらすものは、説得というよりはむしろ「対話」である。施設スタッフは、 リニューアルのために自らの声を発していいとはそもそも思っていなかった うえに、ましてや自らの行動がデザイナーらの言う「ニーズ」に相当すると は考えていなかった。この「小さな声」を拾うことのできるデザインリサー. 57.

(5) 58. 特集:「QOL+(プラス)」を考える. チ手法は極めて強力な装置である。大規模な新規案件であれば、白紙の状態 から理想的なデザインを持ち込むことができる可能性もあるが、既存施設の リノベーションなどでは、この「小さな声」を拾うことがより重要となる。 それはすでに過ごした空間の中に、当たり前になってしまった行動がこびり ついてしまっているからである。尊厳のためのデザインが大切だということ について異論を待つ必要はないが、それが感情的な議論に陥らないために は、その合理性を明らかにする必要がある。尊厳と合理性という言葉は、と もすれば相容れない関係であるかのごとく受け止められてしまう。とくに日 本の医療や福祉の分野においては、「努力」や「我慢」という精神論の言葉 で語られることが多かったため、老人ホームや病院におけるスタッフの働き やすさ、休憩の方法など、構造的な歪さがあっても、スタッフの努力に頼り きって問題に目をつぶってきた可能性が高い。ケアをする人自身の「尊厳」、 それが守られてこそ尊厳のあるケアを提供することができるという意味にお いて、健全な看護や介護など支援体制を持続可能にするためにはこの尊厳と 合理性の共存が必要となる。 デザインリサーチを医療福祉の現場で実践する以前には、施設スタッフに とっても「尊厳とは何か」という中身について共通理解があったとは言い難 い。しかし、「尊厳という大切な何か」という以上の詳細な定義なしにも動 き出し、それが新しい空間として描かれる過程を通じてその輪郭が浮かび上 がってきた。デザイナーは当然のことながら医療福祉の専門家ではないと同 時に、医療福祉スタッフは建築やワークプレイスデザインの専門家でもな い。専門家と非専門家の別は相対的であり、しかしその適切な協働作業の中 に「尊厳のためのデザイン」が共創される。わたしたちは定義や指標を、相 手を黙らせたり説得したりするために使いたかったのではない。対話を生 み、次の行動につながるために語り得ぬものに向き合ったはずである。. 3.共創する中で生まれるもの 3.1 プロセス共有の気づき. インクルーシブデザインのアプローチを、プロダクトやサービスだけでな. くワークプレイスにまで拡張するうえでとくに期待したいのは、結果として 出来上がったものだけでなく、デザイナーとユーザーが「ともに」デザイン に関わる協働性である。 デザイナーであれエンジニアであれ、当該分野で何かの専門家になるとい うことは、物事をどうとらえるかという特定のフレームを手に入れることで ある。特定の製品開発に五年十年と長く専従すればするほど、課題解決に直 結する制約条件とそうでない制約条件とを一瞬で見分けるフレームを手に入 れることができる。このあまりに効率的な課題解決の技能は、逆に前提を疑 うことを困難にする。過去の実績を踏襲すればするほど、そのフレームの中 でしかものづくりができなくなってしまう。このデザイナーやエンジニアが 陥る閉塞感を払拭する大きな気づきが、リードユーザーの生活行動に対する 徹底した観察と対話から生まれる。わたしたちがとかく知識や事前の情報に たより、ユーザーの生の経験や声をおろそかにしがちな怠慢を正してくれる ものがインクルーシブデザインである。 もちろん、ユーザーとのデザインの協働性に着目することそのものを否定 する声は少ないが、少数の特定ユーザーにのみ注目するという誤解をもつ初 学者は少なくない。インクルーシブデザインでは、特定のユーザーに向き合.

(6) デザイン学研究特集号  Vol.26-1 No.99. うことが本質的なニーズを抽出する最短距離だとの認識をもち、それは開発 の対象とは異にする。むしろ市場のなかで当該製品やサービスの開発が持続 するためには、多数のユーザーの手に渡って経済的に自立するような循環が 重要だと考えているため、ユーザー数を絞り込むというのは正反対の考え方 である。むしろ、個別の本質的なニーズの追求を皮切りに、多様なユーザー へとシナリオを複線化して描くことを重視しており、この手順こそが新たな デザインプロセスの刺激になりうると考えている。. 3.2 世界観の相互異質性を活かす. 上田が指摘する「世界観の相互異質性」は、緩やかな依存構造とも呼べる. ような相互関係の一つである。あたかも同一の人間をコピーしたかのように 同じような人間が複数集まるだけでは、定量的な意味での大数効果以上のも のは得られない、むしろ、問題や状況を認識し、判断する拠り所としての世 界観が異なる人間を集めることが大切になる。この世界観がメンバー相互に 異なっていると、一方のメンバーにとって既に解決済みで常識と認識される ような説明活動が、他のメンバーにとっては新たな問題の提起や問題の発見 につながることがある。ここでデザイナーやエンジニアら、異なる領域の専 門家同士であれば、そのお互いの世界観のズレを承認できる場合もあるが、 ユーザーという非専門家が持ち込む世界観のズレを容認することについて は、いまだ説明を要する1)。エンジニアやデザイナーら専門家ともなれば、 非専門家であるユーザーによって専門特化された世界観を覆されることはな いと考えるが、高齢者や障害のある人など特別なニーズを抱えたユーザーと もなれば、この世界観の相互異質性における固定化しそうな構造を良い意味 で崩す契機となる。 そしてこの世界観のズレを排除的に解消するのではなく、包括的に受け入 れることで、他者の非常識な依頼や要求に応えようと自らの世界観を疑い、 再解釈する原動力が生まれる。しかし、異なる背景知識を有した専門家同士 や、異なる組織に属する個人同士がグループを構成したとしても、それが予 め体系だって役割分担が明確にされている場合やメンバー間に明確な上下関 係がある場合などは、そのグループの協調活動がコラボレーションとして期 待される創発的な効果は再び発揮され難くなってしまうことが分かってい る。これは、明らかに立場の違う他者からの説明活動が、自らの世界観を変 えなければいけないという危機意識につながらず、世界観のズレを積極的に 解消しようと再解釈する動機づけまでもが失われてしまうからである。. 3.3 巻き込むことで巻き込まれる. 生まれながらの能力障害に限らず、加齢にともなう身体機能の低下、妊. 娠、ケガ、など生活において不自由を感じる機会は、わたしたち誰にでも起 こり得る。そして、ある製品やサービスから知らず知らずのうちに阻害さ れ、傷つけられる危険にも常にさらされている。数値で比較しやすい機能上 の最先端技術を追い求めがちではあるが、それが数値化しにくい「使いやす さ」と天秤にかける中で、わたしたちを本当の意味で息苦しさから解放し、 生活を豊かにしてくれるものが何かを冷静に見極めなければならない。イン クルーシブデザインワークショップは、高齢者や障害のある人々の特別な ニーズに向きあい、デザインを通じてユーザー自身を社会へインクルージョ ン(包括)する仕組みとして期待されている。しかし、それだけではなく、. 59.

(7) 60. 特集:「QOL+(プラス)」を考える. デザイナー、エンジニア、研究者や学生など参加したすべての人にとって、 自分がもつフレームを疑った経験によって自分自身と社会との距離を改めて 自覚させる。 どんな人にとってもやさしく、使いやすい製品が存在すれば、それに越し たことはない。バリアフリーデザインであれ、ユニバーサルデザインであ れ、その言い回し、表現はいずれでも差し支えない。しかし、その解決をた だ一つのデザインに解を求めることは拙速である。むしろ、高齢者や障害の ある人々の特別なニーズに向きあい、デザインを通じて製品やシステムのみ ならず、参加したすべての人々を社会へインクルージョン(包括)するよう なプロセスに立ち会い、直に体験することが効果的である。たった一人の個 人から出発することは、ともすれば全体最適を目指すものづくり分野とは方 向を異にするようにも見える。翻って拙速な一般化は、ユニバーサルどころ か誰にとっても嬉しくないモノを生み出しかねない。本当の意味での「公」 は、実は「個人」と向き合うことからしか始まらない。. 4.優劣高下の別ない対等な関係から生まれるもの ユーザーをデザインパートナとして迎えるといっても、もちろんデザイ ナーの代わりが務まるわけではない。しかし、〈専門家─非専門家〉あるい は、〈助ける人─助けられる人〉という一方的な支援関係のままでは、デザ イナーの先入観を越えるようなデザインの革新は生まれない。ものづくりの 専門性についてはすぐに埋まらない差があることは間違いないが、そのもの づくりの先にある生活については、それをユーザーから取り上げることはで きない。ユーザーの位置づけが変わらなければ、ユーザーから導かれる言葉 もまたデザイナーの価値観を揺さぶるほどの力をもつことはない。リード ユーザーといっても、決してデザインの専門家である必要はなく、ユーザー の生活実態や行動過程を率直に提示することで、デザイナーやエンジニアの 気づきをリードしていくことが期待される。この〈専門家─非専門家〉の協 働によってこそ、新たな生活行動がその場に創出されると考えれば、これは 一方的に与えられるものではなく、共創するものである。 木村は次のように定義して、平等性と対等性を区別している4)。平等性と は、かたより差別がなく、すべてのものが一様でひとしいことを指し、対等 性とは、双方の間に優劣、高下のないこと。この意味において、デザイナー とユーザーが目指すべきは対等な関係ではないか。同様に〈専門家─非専門 家〉という非対称の関係にあるのが、医療従事者と患者、介護者と非介護者 などである。それぞれが持ち得る専門性という意味において、決して平等と なることはない圧倒的な知識と技量の差から不均衡がはじまる。しかし、ど のような生活を送りたいか、という生活そのものについては対等な立場を作 り得るはずである。その意味において、QOW や QOL の作り方について新. たな視点を持ち込むとすれば、対等な関係性の中から協働的に生み出す方法 が望まれる。そしてこの語り得ぬものを語り続ける持続的な関係構築こそ が、「語りえぬもの」に向き合う数少ない手段ではないか。 参考文献 1)上田 泰,集団意思決定研究.文眞堂,1996 2)奥林康司,QWL ─ QWL への関心とその基本問題,日本労働研究雑誌,pp. 26-29,2011.. 3)黒須正明ほか,季刊ユニバーサルデザイン,vol. 11,「日経 UD ビジネスフォーラム報告書」, ユニバーサルデザイン・コンソーシアム,2003..

(8) デザイン学研究特集号  Vol.26-1 No.99. 4)權 偕珍,QOL の観点に基づいた障害者雇用促進制度の観点に基づいた指標・尺度の開発に 関する研究,Asian Journal of Human Services,VOL. 8 107-119,2015.. 6)木村大治.「平等性と対等性をめぐる素描」『人間文化(神戸学院大学人文学会)』.21: 40-43,2006.. 7)塩瀬隆之:デザインの責任と可能性,ヒューマンインタフェース学会誌,Vol. 19,No. 2,. pp. 94-99,2017.. 8)塩瀬隆之,矢入郁子,岡部太郎,森下静香,藤井克英,小林大祐:インクルーシブワークプ レイスにおける技術受容測定に関する調査研究,第18回計測自動制御学会システムインテグ レーション部門講演会予稿集 2D2-04,2017.. 9)塩瀬隆之,水野大二郎,森下静香:尊厳のためのデザイン,計測と制御,51(11),10761078,2012.. 10)塩瀬隆之:19章ワークショップによる対話教育,質的心理学の方法 ─ 語りをきく─,新曜社, 2007. 11)たんぽぽの家:インクルーシブデザイン・ハンドブック.奈良:財団法人たんぽぽの家. 2006. 12)丸山総一郎 , 森本兼袰,メンタルヘルスとクオリティ・オブ・ライフ(QOL)に関する予防. 医学的研究(第2報)一労働者の働きがい感(QOL)とライフスタイル・メンタルヘルスと の関連について一,産業医学 33巻,1991.. 13)丸山総一郎,佐藤 寛,森本兼嚢,労働者の働きがい感と健康習慣・自覚症状との関連性, 日衛誌(Jpn.J.Hyg.)第45巻第6号,pp. 1082-1094,1991.. 14)Roger Coleman:Designing for Our Future Selves,ユニバーサルデザインハンドブック,丸善,. pp. 35-59.2003.. 15)Ludwig, J.J. Wittgenstein,野矢茂樹(翻訳),論理哲学論考,岩波文庫,2003.. 61.

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