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公的年金のフォワード・ルッキングなリスク管理

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■アブストラクト GPIF および他の公的年金は,全体の約⚖割が国内債券という比較的安全 性の高い基本ポートフォリオを,内外株式および外国債券を全体の65%とす る,かなりリスクの高い形に変更した。すでにリスクの高い運用へと舵を切 った以上,今後は,各公的年金ともにリスク管理の強化,特に⽛フォワー ド・ルッキングなリスク管理⽜を実現するための体制整備が急務である。と ころが⽛フォワード・ルッキングなリスク管理⽜とはどのようなものかにつ いては,学界でも実務界でも定まった見解があるわけではない。 そこで本稿は,公的年金にとって望ましいリスク管理の⚑つのアイデアと して,実行可能な⽛フォワード・ルッキングなリスク管理⽜手法を提案する。 具体的には,多期間最適化モデルを応用した⽛シナリオ・シミュレーション 型のリスク管理プロセス⽜を提示した上で,現実に近い数値を用いた公的年 金のリスク管理シミュレーションを試みる。 シミュレーションの結果として,GPIF が想定する平均的な期待収益率が 一定期間続くとするシナリオのもとでは,GPIF とほぼ同様の最適ポートフ ォリオが導かれる。ただし,特に内外株式の収益率の変動を大きくしたシナ リオのもとでは,GPIF の想定とは異なる最適解が導かれ,フォワード・ル ッキングなリスク管理の必要性が強く示唆される。 *平成27年⚙月25日の日本保険学会関東部会報告による。 / 平成28年⚙月25日原稿受領。

公的年金のフォワード・ルッキングな

リスク管理

丸 山 高 行

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■キーワード GPIF,基本ポートフォリオ,リスク管理 ⚑.はじめに GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は,2014年10月31日に新しい 基本ポートフォリオ(以下⽛新基本ポートフォリオ⽜)を決定し,新たな中 心値への移行を着実に進めている状況にある。加えて,他の公的年金(国家 公務員共済組合連合会,地方公務員共済組合連合会,日本私立学校振興・共 済事業団)も,2015年10月の年金一元化に合わせて GPIF と同様のモデルポ ートフォリオを設定し,速やかに中心値への移行を進めつつある。 新基本ポートフォリオは,周知のように,それまで全体の約⚖割を占めて いた国内債券を大幅に減少させ,内外株式および外国債券というリスク資産 を全体の65%とする,かなりリスクの高いものに変更された。結果的に, 2015年度(2015年⚔月~2016年⚓月)という円高・株安が進んだ局面では, 年間の損失が5.3兆円に達したことが明らかとなった。 すでにリスクの高い運用へと舵を切った以上,今後は,各公的年金ともに リスク管理の強化,特に⽛フォワード・ルッキングなリスク管理⽜を実現す るための体制整備が急務である。ところが,⽛フォワード・ルッキングなリ スク管理⽜とはどのようなものかについては,学界でも実務界でも定まった 見解があるわけではないし,そもそもリスクについての定義も明確になって いないケースが散見される。そこで本稿では,まずリスクを⽛確率分布は設 定されているが,その確率分布からどのような事象が生起されるかは不明な 状態⽜ととらえ,公的年金にとって望ましいリスク管理の姿,特に実行可能 な⽛フォワード・ルッキングなリスク管理⽜手法を具体的に提示することを 試みる。 本稿の構成は,以下の通りである。まず第⚒章で,公的年金を代表する GPIF の新基本ポートフォリオと運用状況,基本ポートフォリオ変更にあた

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っての前提条件について解説する。次に第⚓章では,GPIF に求められるリ スク管理と,GPIF 自身がとらえるリスクおよびリスク管理について確認す る。続いて第⚔章では,実行可能なフォワード・ルッキングなリスク管理と して,⽛シナリオ・シミュレーション型のリスク管理プロセス⽜を提示した 上で,同プロセスを実行するにあたり使用する多期間最適化モデルの概要を 示す。さらに第⚕章では,第⚔章のプロセスにしたがって公的年金のリスク 管理シミュレーションを試みる。最後に,第⚖章で簡単なまとめを行う。 なお,本稿は,前提条件を含め,GPIF に代表される各公的年金の基本ポ ートフォリオ変更の妥当性を問うものではない。あくまで,公的年金に適用 できる⽛フォワード・ルッキングなリスク管理⽜の⚑つのアイデアを提示す るものである。また,紙幅の都合もあって,各種リスク量の定義や計算方法, さらにはポートフォリオ最適化のロジックについての具体的な説明を省略し ている。これらについては,脚注で紹介する参考文献を適宜参照願いたい。 ⚒.GPIF の基本ポートフォリオ変更 ⑴ GPIF の新基本ポートフォリオおよび運用状況の確認 GPIF は,2014年10月31日,第⚒期中期目標の変更(2014年10月31日付厚 生労働省発年1031第⚒号指示)および中期計画の変更(同日付厚生労働省発 年1031第⚔号認可)という形で,新基本ポートフォリオを発表した。新基本 ポートフォリオの資産構成割合(中心値)および乖離許容幅は,表⚑①の右 欄のようになっている。 注目された国内債券の中心値は,それまでの60%から35%に引き下げられ る一方,国内株式は12%から25%,外国債券は11%から15%,外国株式は 12%から25%と,いずれも大幅に引き上げられた1)。また,乖離許容幅も, 1) これまでの基本ポートフォリオでは,短期資産を⚕%として各資産の構成比 率が計算(残り⚔資産の合計が95%となる形で計算)されていたが,新基本ポ ートフォリオでは短期資産を設けず,⚔資産で100%となるように設定されて いる。この点について,後述する⽛中期計画の変更⽜では,⽛実際の運用では,

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外国債券を除いて,従前の基本ポートフォリオより広げられている。 その後の GPIF の運用状況を,2016年⚗月29日に公表された GPIF の⽛平 成27年度業務概況書⽜(以下⽛業務概況書⽜)で確認してみると,基本ポート フォリオ変更をはさんだ平成26年度から27年度にかけての資産構成割合の推 移は表⚑①の左欄,収益率と収益額および運用資産額の推移は表⚑②のよう になっている。 表⚑ GPIF の基本ポートフォリオ変更と運用状況 (出所)業務概況書をもとに筆者作成。 年金特別会計にある資金を含め年金積立金全体を100%として基本ポートフォ リオを管理することとします。このため,短期資産を保有する分,他の⚔資産 のウェイトが小さくなりますが,この分も含め,各資産の乖離許容幅の範囲で 管理します⽜と説明している。

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⑵ 基本ポートフォリオ変更にあたっての前提条件 GPIF の基本ポートフォリオ変更にあたって,厚生労働省は,主として運 用面について⽛公的・準公的資金の運用・リスク管理等の高度化等に関する 有識者会議⽜を設置し,2013年⚗月より議論を開始した2)。有識者会議は, 2013年11月20日まで計⚘回開催され,同年11月に報告書の形で議論の成果が まとめられた。並行して,社会保障審議会年金部会傘下の⽛年金財政におけ る経済前提と積立金運用のあり方に関する専門委員会⽜において,主として 財政面からの議論も進められた。 こうした議論を経て新基本ポートフォリオが生み出されたわけであるが, 基本ポートフォリオ変更にいたる経緯や前提条件,基本ポートフォリオの選 定方法等は,新基本ポートフォリオ発表時に GPIF より公表された⽛年金積 立金管理運用独立行政法人 中期計画の変更について⽜(以下⽛中期計画の 変更⽜)の中である程度示されている。ここでは,第⚔章以下のリスク管理 シミュレーションに関連する運用関係のデータとして,期待リターンとリス クを表⚒に,相関係数を表⚓にまとめておく。 2) ちなみに有識者会議の検討対象は,公的年金(GPIF,国家公務員共済,地 方公務員共済,私立学校教職員共済)および独立行政法人等(GPIF を除く独 立行政法人,国立大学法人等)であった。 表⚒ 新基本ポートフォリオ策定にあたっての前提条件(その⚑) (出所)中期計画の変更をもとに筆者作成。

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⚓.GPIF に求められるリスク管理 ⑴ 基本ポートフォリオ変更とリスク管理の強化 GPIF の新基本ポートフォリオは,前章でみたように,リスク資産の配分 を大幅に高めたものとなった。GPIF は国民年金,厚生年金という国民の大 切な財産の大半をあずかる以上,これまでにも増してリスク管理,特にリス ク資産増加に伴う運用リスクの管理を強化することは,当然の責務である。 実際,この点については,2015年⚔月⚑日付で厚生労働省より示された GPIF 中期目標の中でも,⽛リスク管理について,フォワード・ルッキングなリス ク分析機能の強化,リスク管理分析ツールの整備,情報収集・調査機能の強 化を進めるなど高度化を図ること⽜が要請されている。 しかし,本稿冒頭でも述べたように,①そもそもリスクとは何か,②リス ク管理とはどういうものか,③フォワード・ルッキングなリスク分析とはど のような分析を意味するのかという根本的な問いに対して,必ずしも明確な 説明ないし解釈が示されないまま議論が進められるケースも散見される。そ こでまず,GPIF がどのようにリスク,さらにはリスク管理をとらえている かについて,業務概況書および中期計画の変更を通じて確認しておこう。 ⑵ GPIF のとらえるリスク 業務概況書の中で GPIF は,リスクを⽛一般的に⽛危険,おそれ⽜という 表⚓ 新基本ポートフォリオ策定にあたっての前提条件(その⚒) (出所)中期計画の変更をもとに筆者作成。

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意味ですが,資金運用においては,金利変動リスク,価格変動リスク,流動 性リスク,信用リスク,期中償還リスク,為替変動リスク,カントリーリス クなど多様なリスクがあります⽜と定義している。さらに,資産運用におい ては,利回りや価格が変動するリスク,必要な運用利回りを確保できないリ スク等を,多面的かつ長期的な観点で考える必要があるとしている。 このリスクを複合的にとらえる姿勢は一般的であるが,GPIF は,基本ポ ートフォリオの変更過程でも,表⚔に示すような複数のリスクを考慮して新 基本ポートフォリオを決定したと説明している。 ⑶ GPIF で行われているリスク管理 GPIF が実際にどのようなリスク管理,特に運用リスクの管理を行ってい るかについては業務概況書にある程度記述があるが,筆者なりにわかりやす く整理すると,次の⚓つのアプローチがとられているようである。 ①ポートフォリオ全体に係るリスク管理,特に価格変動リスクの管理 ポートフォリオ全体に係るリスク管理としては,基本ポートフォリオと実 際のポートフォリオとの,資産構成割合の乖離状況の把握・コントロールが 基本となる。 表⚔ 新基本ポートフォリオ策定にあたって考慮したリスク (出所)中期計画の変更より抜粋。

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さらに価格変動リスクについては,短期的なボラティリティ(ポートフォ リオ収益率の標準偏差)の推定や3),⚑年程度の保有期間に対応する最大損 失額(VaR)や平均損失額(CVaR)の測定が中心となっている4) ②個別資産ごとのリスク管理 たとえば国内株式および外国株式については,トラッキングエラーやベー タ値の推移をチェックする。同一銘柄の株式保有状況や同一企業発行株式の 保有状況も,定期的に検証している。 国内債券および外国債券については,トラッキングエラーの推移のほか, デュレーションの対ベンチマーク乖離幅の推移が重要な点検項目である。あ わせて債券発行主体の信用リスクについても管理するとしている。 ③その他のリスク管理 個別資産およびポートフォリオ全体に共通するものとして,流動性リスク の管理がある。また,通貨配分リスクや国別のカントリーリスクの管理も重 要である。さらに,各運用受託機関のリスク管理状況や各資産管理機関の資 産管理状況も点検項目となる。 ⚔.フォワード・ルッキングなリスク管理の実践 ⑴ フォワード・ルッキングなリスク管理とは? 昨今の不透明な経済環境,市場環境を受け,様々な分野でリスク管理の重 要性が叫ばれている。とりわけ,金融市場(マーケット)に関連する世界で は,従来のリスク管理を一歩進め,⽛フォワード・ルッキングなリスク管理⽜ が必要と説かれている5) 3) 業務概況書では,短期的なボラティリティ推定方法として,GARCH モデル や SV(確率的ボラティリティ)モデルが紹介されている。 4) 後述する LPM(下方部分積率)を含め,様々なリスク指標の解説について は,デービッド・G・ルーエンバーガー(2002)および枇々木(2001)参照。 5) 以下,本稿では,GPIF に対する中期目標でうたわれているような⽛フォワ ード・ルッキングなリスク分析に基づくリスク管理⽜を含め,フォワード・ル ッキング的な要素をもつリスク管理を⽛フォワード・ルッキングなリスク管

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このような要請は GPIF を筆頭とする公的年金だけでなく,多くの機関投 資家(銀行,証券,信託,生保,損保,投資顧問,企業年金等)に対しても, (規模によって強弱はあるものの)求められている。しかし,前章でみた GPIF が行っているリスク管理の各手法は,代表的な機関投資家であれば, すでに何らかの形で取り入れているのが現状であろう。いわば当然の⽛リス ク管理⽜であって,これを一歩進めた⽛フォワード・ルッキングなリスク管 理⽜とはいったいどのようなものかという疑問が生じるわけである。 この問いに対し,本稿では,まずリスクを⽛確率分布は設定されているが, その確率分布からどのような事象が生起されるかは不明な状態⽜ととらえる とともに,従来のリスク管理から一方進めた⽛フォワード・ルッキングなリ スク管理⽜手法として,次の⚓つの方向性を提示する。 ①マーケットの将来動向を,より的確に予測する。 ②マーケットの変化に対する各資産ならびにポートフォリオの感応度や,マ ーケットの変化が及ぼす影響度を,できるだけ正確に把握する。 ③マーケットの変化に対応した(資産配分等の)最適解を適宜チェックし, 必要であれば投資行動を変更する。 このうち,①については,たとえば株価や為替が⚑年後いくらになるかと いった市場の先行きを予測することは極めて難しい。とりうる手段としては, (GPIF でも行われているように)市場価格変動の背後にある確率分布の変 化を早めに察知するというアプローチが考えられる。また②については, GPIF を例にとれば,トラッキングエラーや VaR といった⽛リスクの計量 化⽜を(将来の市場の変化も加味して)より正確に行うことであるが,でき ればリスク量の変化の確認にとどまらず,次の投資行動につなげる道筋を示 す手立てがほしい。 そこで本稿では,この要望に応える上記③の手法の一つとして,⽛シナリ オ・シミュレーション型のリスク管理プロセス⽜を提案する。 理⽜と定義する。

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⑵ シナリオ・シミュレーション型のリスク管理プロセス 企業年金にせよ公的年金にせよ,基本ポートフォリオについてダウンサイ ド・リスクがリスク許容度を超えないようにコントロールすることでリスク 管理を実行するやり方があるが,その際,ダウンサイド・リスクの算定に年 金制度の資産側・負債側双方の将来変動に関する多様なシナリオ・シミュレ ーションを組み込むことで,フォワード・ルッキングな要素を加味する。こ うした⽛シナリオ・シミュレーション型のリスク管理プロセス⽜を,実行可 能な⽛フォワード・ルッキングなリスク管理⽜手法として具体化する。 シナリオ・シミュレーションにも様々なタイプがあるが,たとえば, GPIF が新基本ポートフォリオのダウンサイド・リスクのチェックに用いて いる手法は,次のようなステップをとる。 最適化 􂆒􂆒 シナリオ設定 􂆒􂆒 パスの発生 􂆒􂆒 基本ポートフォリオのリスクの把握 このステップで,シナリオを⽛現実に起こりうるもの⽜とすればリスク量 のより正確な把握につながるかもしれないが,たとえばリスク・シナリオに 応じた最適な投資行動を提示するまでにはいたらない。そこで上記ステップ を, シナリオ設定 􂆒􂆒 パスの発生 􂆒􂆒 最適化 􂆒􂆒 基本ポートフォリオ変更要否の判定 という手順に変更し,さらに,最適化部分に次項で示す多期間最適化モデル を適用することによって,資産側,負債側ともに現実にフィットしたシナリ オ設定を可能とするとともに,各シナリオに対応する最適な投資行動を具体 的に示す。 ⑶ 多期間最適化モデルの概要 今回のシナリオ・シミュレーションでは,枇々木(2004)で示された多期 間型のポートフォリオ最適化モデル(以下⽛多期間最適化モデル⽜)を用い てシミュレーションを行っている。モデルの詳細は枇々木(2004)および

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(2001)を参照いただくとして,本稿では,モデルのエッセンスのみ紹介し ておく。 まず,モデルで設定する目的関数は,次の通りである。 目的関数=リターン-リスク回避係数×リスク この目的関数を最大化することで最適解を導くわけであるが,目的関数の 構造自体は,⚑期間型の最適化モデルと同様である。多期間型は,目的関数 を構成するリターンおよびリスクを複数時点でとらえ,複合化する。 今回のモデルでは,次章でみるようにシミュレーション期間を20年,⚘期 間としているが,リターンについては,中期的なリターンと長期的なリター ンの双方を考慮するために,⚕年目と20年目の期待資産額の加重平均値をと ってリターン指標としている。 一方,リスクについては,すべての時点でのリスクを考慮するために,各 時点で計算されるリスク指標を(等ウェイトで)一元化し,合成リスク指標 を設定する。なお,第⚕章のシミュレーションでは,リスク指標として LPM(下方部分積率)を採用している。 ⚕.公的年金のリスク管理シミュレーション ⑴ シミュレーションにあたっての各種前提条件の設定 本章では,前章で取り上げた多期間最適化モデルを使って,シナリオ・シ ミュレーション型のリスク管理を実行してみる。シミュレーションに際して 多期間最適化モデルには様々なインプット項目があるが,主要な要素を以下 に示す。 ⛶ 想定運用期間 GPIF は,新基本ポートフォリオ策定にあたって想定運用期間を25年間と したが,今回のシミュレーションでは20年間とする。また,多期間の最適化 にあたり,20年間を図⚑のように⚘つの期間に分割する。さらに,シミュレ

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ーションのスタートから⚕年間を動的取引期間,⚕年後から20年後までを固 定取引期間とする。 動的取引期間中は,各年度のスタート時に資産配分の変更を許容する。一 方,固定取引期間中は,基本的に⚕年後(動的取引期間終了時)のポートフ ォリオをそのまま維持する。なお,多期間最適化モデルによる最適化結果は, 図⚑の⚐~⚕,10,15の⚘つの時点の最適資産配分としてアウトプットされ る。 ⛷ 期待収益率のシナリオ 多期間最適化モデルの大きな特徴として,多様な期待収益率のシナリオで 最適化計算を行える点があげられる。GPIF が新基本ポートフォリオ策定の 際に用いた⚑期間の最適化モデルでは,たとえば表⚒で示した各資産の期待 リターンを期間中(GPIF では25年間)の平均値として最適化せざるをえな い。これに対し多期間型であれば,シミュレーション期間の各年度について, 多様なパターンでシナリオ設定が可能である。 今回のシミュレーションで設定した期待収益率のシナリオは,表⚕の⚖通 りである。いずれのシナリオも20年間の期待収益率の平均をとると,シナリ オ番号①~⑤は表⚒の経済中位ケースの期待リターンに,シナリオ番号⑥は 表⚒の市場基準ケースの期待リターンに,それぞれ一致するように設定して ある。 図⚑ 動的取引期間と固定取引期間 (出所)筆者作成。

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⛸ リスク・相関係数 シミュレーションにあたって各資産に設定したリスクおよび各資産間の相 関係数は,表⚖の通りである。 リスク(標準偏差)は,1993年⚔月から2013年⚓月までの240ヵ月(ただ し短期資産は2003年⚔月からの120ヵ月)で計算している。また相関係数は, 多期間最適化モデル自体では月次収益率について当期から⚓ヵ月前までの⚔ つの時点間の(ラグを付けた)相関まで考慮しているが,表⚖では当期の資 産間の数値のみを記載している。 表⚕ 期待収益率のシナリオ (出所)筆者作成。

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⛹ 負債側情報 多期間最適化モデルは,⚑期間型の最適化モデルと比べて負債側の情報を 柔軟に取り入れることができる。今回モデルにインプットした情報は,主と して公的年金(厚生年金および国民年金)に関するキャッシュフローと積立 金の推移データである(表⚗参照)。 キャッシュフローとして,収入については表⚗の⽛a+b⽜欄の数値を, 支出については同表⽛支出合計⽜欄の数値を使用した。つまり,収入は厚生 年金と国民年金に関する保険料収入と国庫負担を合計したものである。 一方積立金については,少なくとも GPIF からは運用目標の対象額となる はずの積立金の規模について,具体的な数値は発表されていない。また,現 在解散ないし代行返上が進むことによって GPIF の運用資産額に組み込まれ ていく厚生年金基金の代行部分を,今後どのように見込むかという問題もあ る。そこで今回のシミュレーションでは,表⚗の出典資料にある厚生年金に ついての年度末積立金(名目)の数値系列を,運用目標(すなわち LPM を 計算する際の基準)となる積立金額の推移データとして使用した。 表⚖ リスクおよび相関係数 (出所)筆者作成。

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⑵ 最適化結果の確認 前項で設定した前提条件のもと,第⚔章で概要を示した多期間最適化モデ ルを使って最適化を行った結果をまとめたものが表⚘である。表の縦軸には 表⚕で示した収益率シナリオの番号および資産クラスを,横軸には最適解が 提示される時点および当初⚕年間の平均構成割合をとっている6) 表⚗ 負債側のキャッシュフローと年度末積立金 (出所)厚生労働省⽛国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通し(詳細結 果) 平成26年財政検証詳細結果(財政見通し等) ⽜をもとに筆者作成。 (注1)表中の数値は、人口については出生中位、死亡中位、経済についてはケースE (変動なし)のものを採用している。 (注2)西暦欄が空欄となっている年度の数値は、前後の太字となっている厚生労働省発 表数値を線形補間したものである。 6)なお,最適化にあたっては,すべてのシナリオにおいて短期資産を⚕%に固

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表⚘をみると,GPIF の平均収益率と同じ収益率が⚕年間続くシナリオ番 号①のケースでは,最適化結果の⚕年間の平均構成割合が,外国債券への配 分が国内株式および外国株式に振り替わっていると考えれば,表⚑①で示し た GPIF の2016年⚓月末時点の資産構成割合にかなり近い値となっているこ とがわかる。また,各時点(年度)の配分比率の推移をみると,⽛国内債券 は足元の約50%から⚒~⚓年かけてゆっくりと35%近くまで減少させるとと もに,内外株式の配分を徐々に増やしていく⽜というポートフォリオの推移 が,最適解として提示されている。 表⚘ 期待収益率シナリオに対応した最適化結果 (出所)筆者作成。 定して計算している(その他の制約条件はなし)。

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次に,⚕年間の内外株式の収益率パターンを変化させたシナリオ番号②, ③に対応した最適化結果をみると,少なくとも上述したポートフォリオ推移 は同様の傾向がある。ただし,株価の大きな上昇が初年度に期待されるシナ リオ②では早めに,同⚓年目に期待されるシナリオ③ではよりゆっくりと, 内外株式を増加させていくことが最適解として推奨されている。 さらに,シナリオ②と比べ,初年度の内外株式の上昇率をより大きくした シナリオ④では,内外株式を速やかに増加させるポートフォリオ運営が最適 解として提示されている。この場合,次年度には株価の調整局面が想定され るものの,ポートフォリオを大きく変動させることなく,内外株式の一部を 外債にシフトしてリスク回避を図る形となっている。 これに対し,初年度に内外株式が暴落する市場を想定するシナリオ⑤では, 各年の配分比率,⚕年間の平均構成割合ともに,上記⚔ケースとは大きく異 なっている点が特徴的である。ただし,今回のシナリオでは⚒年目に株価が 戻るパターンが想定されているため,初年度においても極端にリスク資産を 減らすことなく,主として外債でリスク回避を図る姿が提示されている7) ⑶ リスク管理の実行例 次に,多期間最適化モデルを用いて,図⚒に示すような⚔つのステップで ⽛シナリオ・シミュレーション型のリスク管理⽜を実行する。このリスク管 理の方法では,今後のマーケットの動きとして想定されるシナリオの設定が ポイントとなる。今回は,シミュレーション時点で最も可能性が高いと思わ れるシナリオをメインシナリオとして⚑つ,他に起こりうると考えられる (いわゆる想定内の)シナリオをサブシナリオとして複数設定する。 7) なお,シナリオ⑥は市場基準ケースの最適化結果であるが,外国株式対比で 国内株式の期待収益率をより大きく引き下げると,外国株式のウェイトがかな り高まる結果となっている。

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まずステップ⚑では,メインシナリオの下で資産配分の最適解を求め,基 本ポートフォリオにおける⽛資産構成割合⽜を決定する。多期間最適化モデ ルであるゆえ,最適解は当初⚕年間の各年の最適配分比率として提示される ため,その⚕年間の単純平均をとって⽛資産構成割合⽜とする。 次にステップ⚒では,複数のサブシナリオを設定し,各サブシナリオの下 での資産配分の最適解を確認しながら,基本ポートフォリオにおける⽛乖離 許容幅⽜を決定する。まずステップ⚑で,メインシナリオの下での各年の配 分比率の変化から基本ポートフォリオにおける⽛乖離許容幅⽜の目安を設定 (出所)筆者作成。 図⚒ シナリオ・シミュレーション型のリスク管理手順

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し,ステップ⚒で,サブシナリオの場合も概ね乖離許容幅の範囲内でポート フォリオを管理できることを確認する形で乖離許容幅を決定する方法が,現 実的かもしれない。 続いてステップ⚓では,マーケットの変化に応じてメインシナリオとサブ シナリオを交換する,または新たなメインシナリオを設定して最適化を実行 し,最適解が基本ポートフォリオの範囲内であれば,基本ポートフォリオは 変更せず,資産配分の変更のみを実行する。さらにステップ⚔では,ステッ プ⚓のシミュレーションで最適解が基本ポートフォリオの範囲外となれば, 基本ポートフォリオそのものを変更する。 以下,これまでにまとめたデータを使って,公的年金に関するリスク管理 のシミュレーションを行ってみる。 まずステップ⚑であるが,メインシナリオとしては表⚕の収益率パターン ①を使用する。すなわち,GPIF が新基本ポートフォリオ決定の際に使用し た平均収益率が⚕年間一定のまま続くとするシナリオである。結果は,すで に確認したように,表⚘の①となる。当初⚕年間の配分比率の平均をとると, 基本ポートフォリオの資産構成割合は新基本ポートフォリオの資産構成割合 に比較的近い数値となる。 次に,ステップ⚒として,表⚕の②,③をサブシナリオとして設定する。 最適化結果は表⚘の②,③となる。メインシナリオの場合と比べ,各年度の 配分比率は部分的にかなり異なってくるが,⚕年平均をみると,メインシナ リオにかなり近い数値となっていることがわかる8) 基本ポートフォリオ決定以降,経済環境等の変化によりマーケットが大き く変動した時,あるいは変動が予測される時は,ステップ⚓のシミュレーシ ョンを実行する。たとえば,初年度において内外株式がかなり上昇した局面 では,表⚕の④を新たなメインシナリオとして設定する。この場合の最適化 8) ここで,ステップ⚑で暫定的においた乖離許容幅に対して,表⚘の②,③の 配分比率が各年度とも範囲内に収まっていれば,乖離許容幅として最終的に決 定されることになる。

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結果は表⚘の④となるが,⚕年平均の配分比率は基本ポートフォリオに概ね 沿っているので,基本ポートフォリオの変更にはいたらないという判断もあ りえる。 これに対し,初年度に内外株式が大きく下落している表⚕の⑤を新しいメ インシナリオとした場合は,表⚘の⑤となる。最適化結果は基本ポートフォ リオと大幅に異なっているため,新しい中心値と乖離許容幅を設定して,基 本ポートフォリオは変更されることになる。 ⚖.おわりに 本稿では,前章で示したようなシナリオ・シミュレーション型のアプロー チによって,フォワード・ルッキングなリスク管理を実行するアイデアを提 示した。この手法によって,基本ポートフォリオのダウンサイド・リスクの コントロールはある程度可能になると考えられるが,仮にシミュレーション の結果,ポートフォリオの変更が警告されたとしても,公的年金(特に GPIF) のような巨額な資金の運用者が,事前にリスク回避行動を取ることは極めて 困難である。 公的年金がリスク管理として実行できるとしたら,上記シナリオ・シミュ レーションの中で想定される市場シナリオを幅広く設定し,足元の市場動向 を踏まえてメインシナリオを適宜修正した上で,緩やかに運用計画や投資行 動の変更につなげる程度ではないかと考えられる。 公的年金にとって重要なことは,公的年金の委託者(加入者・受給権者) が納得するような運用計画を立て,実行すること,さらにはリスク許容度 (何兆円の損までは受け入れるか)について何らかの形で委託者の合意を得 ることであり,このコミュニケーションを強化することが,⽛フォワード・ ルッキングなリスク管理⽜につながっていくのではないだろうか。 (筆者は住友生命保険相互会社勤務)

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参考文献 ⽛公的・準公的資金の運用・リスク管理等の高度化等に関する有識者会議⽜報告書, 2013年11月20日。 ⽛年金財政における経済前提と積立金運用のあり方に関する専門委員会⽜報告書, 2014年⚓月12日。 厚生労働省⽛国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通し(詳細結果) 平 成26年財政検証詳細結果(財政見通し等) ⽜,2014年⚖月⚓日。 年金積立金管理運用独立行政法人⽛年金積立金管理運用独立行政法人 中期計画 の変更について⽜,2014年10月31日。 年金積立金管理運用独立行政法人⽛中期目標⽜,2015年⚔月⚑日。 年金積立金管理運用独立行政法人⽛平成27年度業務概況書⽜,2016年⚗月29日。 デービッド・G・ルーエンバーガー(2002)今野浩・鈴木賢一・枇々木規雄訳⽝金 融工学入門⽞日本経済新聞社。 枇々木規雄(2001)⽝金融工学と最適化⽞朝倉書店。 枇々木規雄(2004)⽛年金 ALM のための多期間ポートフォリオ最適化モデル⽜ ⽝みずほ年金レポート⽞2004年5/6月号。 丸山高行(2015)⽛GPIF の基本ポートフォリオ変更と運用改革⽜⽝生命保険経営⽞ 第83巻第⚓号。

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