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自然分娩における女性の「産痛」の経験

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Academic year: 2021

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自然分娩における女性の「産痛」の経験

Women's labor pains in natural childbirth

佐 藤

愛(Megumi SATO)

* 抄  録 目 的 自然分娩における女性の産痛経験を記述する。 対象と方法 本研究はMerleau-Pontyの現象学を哲学的基盤とした質的記述的研究である。研究協力者は自然分娩 を経験し,産後6週間を経た女性9名である。非構造化面接によりデータ収集し,Pollioの現象学的アプ ローチの研究ステップを参考に分析を行った。 結 果 自然分娩における女性の産痛経験には〈自覚する〉,〈受け入れる〉,〈せめぎ合う〉,〈わかち合う〉,〈比 較する〉の5つの構造があった。 〈自覚する〉経験は,産婦が産痛に対して既にもっている知識・情報を根拠として,自身の身体に知 覚する痛みの様相が時間の経過とともにその知識・情報と一致していくことによって,確かに産痛が始 まったと自覚する経験であった。 〈受け入れる〉経験は,産婦が産痛を分娩過程において意味のあるもの・必要なものとして認識する 経験であり,産婦はそれぞれの仕方で産痛という現象を受け入れていた。 〈せめぎ合う〉経験は,産婦が強烈な産痛の状況において『自分自身を制御できるかできないか』の瀬 戸際にいる経験であった。 〈わかち合う〉経験は,産婦が他者と交流することによって産痛が和らいだり,紛れたり,耐えられ ると感じている経験であった。 〈比較する〉経験は,産痛について事前に得た知識・情報,または過去の産痛経験や痛み経験と比較 することを通して,今回の産痛を他の経験よりも痛かった,あるいは痛くなかったという感覚と結びつ け,自分の経験として記憶する経験であった。 結 論 自然分娩における産痛に対する女性への支援として,助産師はその産婦がもつ産痛に関する文脈を理 解すること,産婦自身の産痛に関する感覚を尊重すること,産婦と信頼関係を築くと同時に産婦と周囲 の人達の信頼関係の構築を支援することが求められる。 キーワード:自然分娩,産痛,現象学的アプローチ 2018年8月23日受付 2019 年6月11日採用 2019年10月5日早期公開

青森県立保健大学健康科学部看護学科(Aomori University of Health and Welfare)

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Abstract Objective

In this study, we aimed to describe women's experiences of labor pains during natural childbirth. Study Participants and Method

This study involved qualitative and descriptive research based on Merleau-Ponty's phenomenological philosophy. The study participants were 9 women at six weeks after natural childbirth. Data were collected through non-structured interviews and analyzed with reference to the steps in Pollio's approach to phenomenology.

Results

We identified the following five elements as a framework for women's experiences of labor pains in natural childbirth:“realization”, “acceptance”, “battling”, “sharing”, and “comparison”.

“Realization” was experienced by mothers who realized that their labor pains had started from the duration of their perceived physical pain and the consistency of that pain with their pre-existing knowledge of labor pains.

“Acceptance” was experienced by mothers who accepted the phenomenon of labor pains in their own way, having recognized the significance and necessity of labor pains in the childbirth process.

“Battling” was experienced by mothers who questioned whether or not they could control themselves at a critical moment in a state of severe labor pains.

“Sharing” was experienced by mothers who felt labor pains were eased, mitigated, or otherwise made tolerable as a result of contact with others.

“Comparison” was experienced by mothers with recollections linked to feeling that their recent labor pains were better or worse than previous labor pains or some other previous pain, or were better or worse than their previous knowledge had indicated.

Conclusion

Midwives supporting women in labor should understand the individual context in which a mother experiences labor pains, respect the intuition that mothers have about their labor pains, and build relationships of trust with the mothers while fostering such relationships between the mother and other people around her.

Key words: natural childbirth, labor pains, approach to phenomenology

Ⅰ.緒   言

産痛とは『分娩時に産婦が感じる疼痛の総称であ り,主因となるものは陣痛および胎児の下降に伴う軟 産道の伸展や拡張等(我部山他,2013,pp.137-138)』 である。産婦の産痛の感じ方は個人によって異なり, 社会・文化的背景や心理的要因によっても相違する (我部山他,2013)。産痛に関する研究は 2000 年以降 から急激に増加し,その内容を概観すると産痛の緩和 方法とその効果に関する研究(安達他,2001;東大野 他, 2003; 磯 部, 2002; 松 下 他, 2012; 中 道 他, 2006;鈴木他,2009;津曲他,2011)が多い。そして 臨床でケアを行う助産師は,これらの研究結果を参 考にして産痛緩和を積極的に実践していると考えら れる。 女性にとって満足できる分娩を経験することは,女 性の自尊心を高め,その後の育児にも良い影響を与え る(新道他,1990;竹原他,2009)。満足度の高い分 娩とは産婦自身のニーズが充分満たされて初めて成り 立つものであると考える。自然分娩において産婦自身 が満足できる分娩を経験するためには,産婦自身が産 痛への対処を適切に行なえることが重要であり,これ は助産師のケア実践における目標の一つとなる。産婦 が産痛を自らの力で乗り越え無事に分娩を終えられる ように,産婦に寄り添い支えることが助産師の役割と いえる。このような役割をもつ助産師にとって,女性 が産痛をどのように経験しているのかについて理解を 深めることは重要である。しかし実際に女性がどのよ うに産痛を経験しているのか,女性自身の産痛経験に ついてその女性の語りの記述から探究した研究は見当 たらない。 本研究は現象学的視点から,自然分娩における女性 の産痛経験を記述することを目的とする。また本研究 の意義は,本研究の成果が,自然分娩を選択する女性 が産痛をより肯定的なものとしてとらえ,より満足で きる分娩を経験することを目指した助産師のケアに示 唆を与える資料となることである。

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Ⅱ.用語の定義

1.自然分娩 本研究では『自然な娩出力により自然産道から娩出 するもの(真柄,1950,p.202)』のうち,薬剤を用い て陣痛による痛みを緩和することなく,胎児が経膣で 娩出される分娩とする。 2.産痛 本研究は,産婦がどの時期にどの部位に,どのくら いの強さの痛みを感じたかという科学的な根拠による 産痛の分析ではなく,女性が経験したままの産痛を探 究することをねらいとしている。そこで産痛を「産婦 が分娩時に感じる主観的な痛み」とし,身体的な痛み の他,精神的な痛みも含むものとする。 3.産痛経験 現象学では,知覚された経験をそれ自体として存在 するものではなく,それを思ったり感じたりする人間 の側の志向との関係の中で現象することとして捉え る。さらに関係によって現象する経験は,つねに解釈 によって更新され,新たな「意味」として生成し続け るものと考えられている(西村,2001,p.42)。 女性が自然分娩で経験した産痛は,その後その女性 の中で解釈され意味を生成し記憶されるものと考え る。そしてその経験は語ることによって他者に伝えら れる。そこで本研究では,産痛経験を「分娩時の産痛 経験を,女性が現在において捉え直したものとして語 られるもの」とする。

Ⅲ.研 究 方 法

1.研究デザイン 本研究はMerleau-Ponty(1945/1967)の現象学を哲学 的基盤とした質的記述的研究である。Merleau-Ponty の現象学は,人間が日常生活の中で体験する様々な経 験について,その人にとっての意味という本質を不断 に探究し続けることを重視している。Merleau-Ponty の主な狙いは,私たちをして自分自身の「知識」に疑 問を持たせて,経験したままの世界へと立ち返らせ, 科学や合理的思考によって分類される前の直接の経験 を検証させることにあり,私たちの経験をあるがまま に直接記述しようとするものである。本研究では,自 然分娩における女性の「産痛」の経験を,その人の生 活世界においてあるがままに直接記述し理解すること を目的とするため,この研究方法を用いた。 2.研究協力者(表1) 研究協力者は,産科を有する病院,診療所または助 産院で自然分娩を経験した産後6週間以後1年以内の 女性である。データ収集期間は2014年3月~2015年9 月であった。 3.データ収集方法 紹介された研究協力者に対して口頭で研究趣旨を説 明し研究協力の同意を得た後,面接の日程及び場所を 研究協力者の希望により決定した。面接日に再度文書 と口頭で研究趣旨を説明し研究協力の同意について確 認した。データ収集は非構造化面接にて行った。研究 者は研究協力者に対して「あなたにとって出産中の痛 みの経験はどのようなものでしたか」と質問し,その 後は自由に語ってもらった。面接の内容は研究協力者 の同意の下に録音し,逐語録として記述したものを データとした。また属性として,年齢,分娩歴,家族 背景,職業の有無と内容,夫の年齢・職業の有無を聞 き取った。 4.データ分析方法 分析はThomas, et al.(2002/2006)が使用したPollioの 現象学的アプローチの研究ステップを参考にして行っ た。まず逐語録を熟読し,「どういう文脈で全体が語ら れているか」について意味を読み解いた。次に,産痛の 経験について研究協力者から語られた出来事のまとま りごとに注目し,そのまとまりにおいてどういう経験 が語られようとしているのかを,当事者の視点から読 み解きテーマ化した。テーマはできる限り経験に近い ままの形の言葉や言い回しで提示するようつとめ,そ 表1 研究協力者の属性 年代 分娩歴 職業 家族構成 A 30歳代 3経産 保育士 夫,子ども3人,夫の両親 B 30歳代 3経産 会社員 夫,子ども3人 C 30歳代 初産 主婦 夫,子ども D 30歳代 4経産 主婦 夫,子ども4人 E 30歳代 2経産 主婦 夫,子ども2人 F 30歳代 2経産 事務手伝い 夫,子ども2人 G 40歳代 3経産 ヨガ講師 夫,子ども3人・夫の両親 H 30歳代 初産 主婦 夫,子ども I 20歳代 初産 事務員 夫,子ども,夫の父・祖父母

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の後再度各面接のデータが現す通りの記述かどうかを 検討した。その後研究協力者全員の語りのテーマをリ スト化し,それぞれのテーマから浮き上がってくる共 通性を見出し,構造化した。現象の構造とは『現象の多 種多様な外見を通して流れる共通性(Valle, et al, 1989, p.14)』である。最終的な構造は複数のテーマによって 表現した。収集されたデータの妥当性を保つために, 研究者は事前に産痛について「括弧で括るための面接」 を受けた。研究者はこの面接を受けることで研究者自 身の背景・傾向を理解し,それによって面接を実施し 解釈する際に簡単に断定を行わない,とらわれのない 態度を維持することに努めた。また,研究協力者に対 し分析結果を提示し,自らの経験が正しく分析されて いるかについて確認を依頼した。分析結果の信頼性は, データの分析について助産学の専門家および研究者, 患者経験の語りの研究に精通する専門家と検討し,矛 盾がないか査定を受けることによって確保に努めた。 5.倫理的配慮 本研究は青森県立保健大学の研究倫理委員会の承認 (承認番号 1349)を得て実施した。研究依頼施設に対 しては口頭と書面で研究協力を依頼し,同意を得ると ともに研究協力同意書を作成し,研究者と施設双方で 保管した。 研究協力者の人権擁護について,面接前に倫理的配 慮を記述した書面(研究目的,研究期間,研究への参 加・協力の自由意思,拒否権,プライバシーの保護, 個人情報の保護の方法)を対象者に渡し,面接内容は 録音すること,面接を拒否しても不利益は被らないこ と,面接の途中でも中止でき自由意思であることを説 明し,同意を得るとともに同意書を作成し,研究者と 研究協力者双方で保管した。面接場所は,研究協力者 の希望を考慮して選定し,且つプライバシーが確保さ れる場所とした。なお,面接時に研究協力者が産痛に 関する語りにより,苦痛を生じた場合(分娩時の自分 の言動を否定するような発言がみられた場合)は, バースレビューに切り替えて対応し苦痛を緩和するこ とや専門機関の紹介を配慮したが,そのような研究協 力者からの訴えはなかった。

Ⅳ.結   果

1.研究協力者の概要 研究協力者は 9 名であった。年齢は 20~40 歳代で, 初産 3 名,2 経産 2 名,3 経産 3 名,4 経産 1 名であっ た。分娩場所は助産院が7名,診療所が2名であった。 面 接は 1 人 に対 し 1 回 実施 した。面 接所 要時 間は 21~61分で,平均41.5分であった。 2.自然分娩における女性の「産痛」の経験 自然分娩における女性の産痛経験の構造は〈自覚す る〉〈受け入れる〉〈せめぎ合う〉〈わかち合う〉〈比較す る〉の 5 つのテーマで構成されていた。以下,構造の テーマを〈 〉,各研究協力者の語りを「斜字」で示す。 また語りの中の( )は研究者が補足した内容である。 1)〈自覚する〉 初産婦のH氏は,産徴のあった数日後に「生理痛の ような軽い痛み」を自身の身体に知覚する。同じく初 産婦のC氏は前期破水が起こった後に「じわわ」という 痛みを自身の身体に知覚する。経産婦のB氏は「生理 痛みたいな感じ」だけども「普段とは違うなっていうの がすぐわかる感じ」の感覚を自身の身体に認識する。 同じく経産婦のD氏は「これは陣痛かな」というような 感覚を自身の身体に認識する。研究協力者は各々これ らの感覚を産痛の始まりかもしれないと予感しつつ, 確信できずに半信半疑の状態でいる。そこでその痛み が産痛かどうかを確認しようと行動する。時計を見な がら痛みを観察し,それが規則的に起こることや,痛 みの起こる間隔が次第に短縮していることを確認でき たことで,それが産痛であると確信していく。これが 産婦にとっての産痛の始まりの自覚である。産婦は 「規則的な陣痛があれば分娩が始まった徴候である」と いう医療者からの情報や本などから得た知識と,自ら の身体に知覚している規則的な痛みをすり合わせるこ とによって次第に産痛の始まりを確信していく。ある いは経産婦の場合は,記憶から蘇ってくる過去の産痛 の感覚を,自らの身体に知覚している痛みとすり合わ せることによって産痛の始まりを確信していく。この ように,産婦は既に持っている知識・情報・経験を根 拠として,自らの身体に知覚する痛みの様相が時間の 経過とともにその知識・情報・経験と一致していくこ とによって産痛を〈自覚する〉経験をしていた。 「その日の朝の3 時半頃から生理痛みたいな痛みが 来て。その 5 日位前におしるしは来ていたんですよ。 で,それがだんだんだんだん痛くなってきて。もう寝 られなくなってきて。で,病院の方から陣痛の間隔が 10 分位になったら電話して来てくださいって言われ ていたので,それでとりあえず(10 分間隔になるま

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で)待ってようと思って。(H氏)」 「夜の23時くらいに,おなか?の中で,地すべりみ たいな感じで,ずずって何かがずれた感じがして, でー,トイレに行ったら少し,おしっこじゃないけれ ども,水が出ていたので,夫にそれを言ったら破水 じゃないかってことで,そのときにじわわーって感じ で,陣痛なのかわかんないけどあったので,陣痛アプ リで陣痛の間隔をちょっと測ってみたんですよ。そし たら,3分おき,もうすでに3分おきじゃないかって ことで,結構規則的だったので,(助産師に)電話して みようってことで電話をしました。(C氏)」 「もともと生理痛がひどいんですけど,その生理痛 みたいな感じ。で,こうキューっとなる感じで普段と は違うなっていうのがすぐわかる感じ。実際,みん な陣痛来たら病院に(来てください)って言われても わかるもんかなって不安に思っていたけど,わかる。 (B氏)」 「夜 9 時くらいから,これは陣痛かなっていう痛み があって,でもまだ10 分おきになったら電話するん ですよね,確か。でも微妙に10 分よりちょっと長い んですよね。15分とか。(中略)15分とか17分とかで 痛みは来るんですけどまたひいて。ちょっと20 分に なったり。ちょっと弱かったり,これは痛かったり, みたいな感じで。すごいバラバラで。(D氏)」 2)〈受け入れる〉 産婦は産痛に対するある思いを持っていた。これら の思いは,強烈な産痛に耐えて分娩に至るまでの産婦 の重要な心の支えとなっていた。 1人目の分娩時に,あまりにも強烈な産痛だったた めに自分なりに頑張ることができなかったと後悔して いたA氏は,今回の妊娠時に助産師から「産痛で辛い のは胎児も同じである」ということを教えられ,「痛み も含めて親の責任」と考えることで産痛に耐えること を当たり前のこととして受け入れようとしていた。ま た 1 人目の分娩時に「痛いのは自分だけだ」と考えて いたE氏は,胎児も苦しんでいることを助産師から教 えられ,今回は「深呼吸をして胎児に酸素を送るこ と」を自分の仕事とすることで産痛を乗り切ろうと決 意していた。今回 3 人目の B 氏は,「人間も動物であ り,それなりの痛みはきっと必要だからあるもので あって,経験しなきゃならない」と考えて覚悟してい た。このように,産婦は子どもを産むという経過の中 で,自分の身体に痛みが生じることへの意味づけを し,次第に強さを増していく産痛に対処するために 〈受け入れる〉経験をしていた。 「1 人目の時に,痛い,辛い,っていう思いに自分 が負けたっていうか。で,こんなに痛いんだったら妊 娠なんかしなきゃよかったっていう風に思ってし まった自分がいて。2人目できて母親学級で赤ちゃん が生まれてくるところの話をもう1回聞いた時に,子 どもも生まれてくる時に頭の骨を重ねながら,頭小さ くしながら,狭いところを苦しい思いして生まれてく るんだっていうのが分かった時に,母親なのに,大人 なのに,痛いっていう気持ちに負けて,妊娠なんかし なきゃよかったっていうマイナスなことを考えるの は,赤ちゃんに対してものすごく申し訳ないって 思った。(中略)母親なんだから,子どもつくるって決 めたのは自分たちなんだし,その痛みも含めて責任な んだ,(責任を)負うじゃないけど,決めたのは自分た ちなんだから,子ども欲しいけど痛いのは嫌,ってそ んなわがままありえないっていう風に思って。(中略) 人が一人生まれてくるんだから,痛いのなんて当たり 前だと思って(A氏)」 「赤ちゃんに絶対空気を送ろう(しっかり呼吸をす ること)と思って,ちゃんと通り道を作ってあげる ぞっていうのだけを目標にして,それだけ頭に考え て。それを支えに何とか乗り切ったって感じですか ら。自分の仕事を,痛みを乗り越える口実って言うと 変な言い方だけど,そういう目標を設定することで痛 いのも我慢できるというか,受け入れられるという か。(E氏)」 「もともとあまり不自然なことが好きじゃないタイ プなので。例えば無痛分娩とかそういうのはまるで興 味がなくて。もう,産むんだったら,人間も動物だか ら,それなりの痛みはきっと必要だからあるもので あって,経験しなきゃならないって思っていたので。 (中略)(人間の)進化の過程で色々なくなってきたも のとかがあるにも関わらず,その痛み(産痛)だけは 残るっていうのは,やっぱり必要なものなんだろう なって思ってたので。あまり抵抗はなかったかな。経 験したら確かに痛かったですけどね。(B氏)」 3)〈せめぎ合う〉 分娩が進行し終盤(胎児の娩出)に近づいてくると, 産痛はさらに強くなり,耐え難いものになる。初めて 産痛を経験する初産婦にとってその痛みは「ハン マーでバンバン叩かれている感じ(H 氏)」だったり, 「トンカチでガンガンって打たれるような痛み(I氏)」 であり,「どこまで我慢すればいいかもわからないく

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らいの痛み(I 氏)」である。経産婦にとっても「ひと りで我慢するには限界(F氏)」の痛みであり,「もう産 めないって言いたくなるくらいの痛さ(G 氏)」であ る。産婦は痛みによって自分自身を見失うことなく最 後まで耐え抜こうという気持ちと,痛みに耐えきれず 自分を見失ってしまいそうになる気持ちの間で〈せめ ぎ合う〉。強烈な痛みに対して自分の身体が本当に最 後まで耐えられるのか不安を感じながら,それでも 「やめることができないから行くしかない(C 氏)」と 耐えている。自分の限界がどこにあるのか不確かな中 で「もう耐えられない」と心が折れてしまいそうにな りながら(時折折れながらも)耐えている。そしてこ の痛みの時間が早く終わって欲しいと願っている。こ のように,産婦は強烈な痛みにさらされる時間の長さ と身体の限界の間で〈せめぎ合う〉経験をしていた。 「なんて言えばいいんだろう,腰をすごい叩かれて る感じって言えばいいのかな。ハンマーとかで。(中 略)ハンマーでバンバン叩かれてるような感じで。そ れが10 分おき位に来出して。だんなもいたんですけ ど。だんなにも,お母さんにも腰をさすってもらわな いと,なんて言うんですかね,動けないくらいの痛み で。それがだんだん5分くらいになったら教えてくだ さいって看護師さんに言われてて。それが6時くらい になったらもう5分おきくらいになってきたので。も う, 布 団 の シ ー ツ を ガ ー っ て 掴 む よ う な。 で も ちょっと経てば何もなかったようになって,の繰り返 しで。(H氏)」 「硬式野球で使うようなかったい(硬い)ボールが, お尻の尾てい骨とお尻の穴の間くらいにそのボールを 当てて,そこに思いっきりカナヅチでこう,叩かれて る気分。(中略)硬式のボールを当てられると痛いけ ど,それをさらにトンカチでガーンて追い討ちかける ような痛みが続くんですよ。・・で,また和らいで, もうほんとにもう何も考えられない,あー,もうこの まま死ぬんじゃないかっていうくらい痛くて。でも, どこまで我慢すればいいかもわからなくて。(I氏)」 「(痛みで)くじけそうに何回かなったけど,でも, もうずんずん進むじゃないですか。だから,やめる ことができないから,もう進めるしかないと思って。 (C氏)」 「ほんとはこのまま寝ちゃって,朝産んだ方が,夜 中に産むの,なんか,(一人目)産んだのがお昼の 12 時だったから,やっぱり朝,昼間に産みたいなってい うのもちょっとあったから,まず我慢してって思った んだけど。もう我慢の限界で,痛みの,一人で我慢す るのには限界で,それで(助産院に)行ったんですよ。 (F氏)」 「今回は水中出産にしたんですけど。(中略)水中で も痛いんだっていう感じで。で,途中で,1人目の時 もそうだったんだけど,産めないって思う痛さが来 るっていうか,もう,もう,こんなの痛くて産めな い,もう産めないって言いたくなるくらいの痛さが来 て。もう,無理って思うんだけど,またちょっと時間 が経つと慣れるんだよね。(G氏)」 4)〈わかち合う〉 強烈な産痛と身体の限界の間で〈せめぎ合う〉中で は,他者との交流が産婦の支えとなっていた。他者の 存在(産婦とともにその空間・時間を共有しているこ と)が痛みを和らげたり,紛らわせたり,痛みに耐え たりすることに影響していた。A氏は,妊娠中の健診 時からずっと自分をみてくれていた助産師を「信頼し ているからこそ気持ちよく産める」と感じている。さ らに腰をさすってくれる夫や助産師の「人の手」に よって痛みが和らぐのを感じている。1人目の出産時 に胎児のことを考える余裕がなく過ごしたことを 「(子どもに)全然協力してあげてなかった」と後悔し ていたE氏は,今回の出産では「絶対協力してあげよ う」と考え,胎児に酸素を送るために深呼吸をし続け る。夫が医師であるC氏は,自分が産痛と格闘してい る最中に,付き添ってくれている夫が仕事で疲れてし まいただ傍で寝ているだけだったとしても「やっぱり いなきゃ良かった,でもいて良かった」と,痛みの空 間を共有できていると感じることが自分にとっては産 痛を耐える上で大きな支えになっていたと感じてい る。このように,産婦は妊娠中から自分をみていてく れた助産師が分娩中も傍にいてくれることで安心が得 られることや,家族が腰をさすってくれることで産痛 が和らぐこと,胎児に酸素を送るために深呼吸をし続 けて胎児に協力すること,寝ている夫に心の中で語り かけることによって産痛を〈わかち合う〉経験をして いた。 「(付き添っている夫の様子も3人目になると違って いて,産痛で)苦しんでるのに気づいて起きてくれ て。もう腰はさするわ,声はかけるわ,ふふふ,大き くなったなパパも,って思いながら。そういうのも やっぱり,痛みが逃げる場所になったっていうか,痛 みをあまり苦しまずに過ごせた理由かもしれないです ね。(中略)1 人目も 2 人目も,3 人目も先生(助産師)

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は一晩中つきっきりで腰さすってくれて,自分でさす るより,人に撫でてもらった方が,痛みがこう,逃げ ていくっていうか,痛みが降りていくっていうか,い う感じがするんですよね。(中略)人の手ってすごい なーって思って。(中略)どこで産んでもいいと思うけ ど,自分がほんとに信頼できるところで産むと,・・ 痛み,やっぱすごい痛いから。(中略)全然余裕がな いっていうか,すごい状態に陥るから,その時に余計 なことで不安とか不満とか感じてられない状態だか ら,やっぱりそれは大事だと思いますね。(中略)先生 (助産師)のところで産んだから私は乗り越えられた かなって思ってますね。(A氏)」 「とにかく 1 人目の(分娩)時は(胎児が)出てこよ うとするパワーはすごいと思って。それに自分が耐え てるっていう感覚だったんです。陣痛の波が,私の意 志とは全く別のところでぐーっとやって来て,私はそ れにぐーっと耐える感じだったんです。(中略)私全然 (胎児に)協力してあげてなかったなっていうのを ずっと,心残りだったんですよ。だから今回は,絶 対,協力してあげようと思ってて。(中略)今回は絶対 酸素だけは送り続けようと思って。(E氏)」 「(もし夫が寝ないで起きていて,C氏が産痛で)苦し んでいるのを見ても,どうしようもできないじゃない ですか。へたに大丈夫?とか何回も聞かれたくない感 じだったんですよ。声かけないでって感じで。一人で 戦う,なんて言うんだろう,格闘・・集中したかっ た?・・感じでした。でも,いないと寂しかっただろ うなって思います。(中略)もしだんなが仕事でいなく て(一人で)陣痛に耐えてたら,出産に対する気持 ちっていうのはもっと違ったものだと思います。とて もいい出産できたなって思うんですよ。いなかったら もっと寂しい出産だったなあっていう気持ちが残って いると思います。だから,何もしなくても(寝ている だけだったとしても)いてくれて良かったなあって思 います。(傍に)いたから,こんちくしょうとか(心の 中で)思えたんだと思います。寝やがって・・・とか。 (C氏)」 5)〈比較する〉 初産婦は,他者の分娩の経験談と自分の経験を〈比 較する〉。その比較をする際に目安(基準)となるのは 痛みの強弱ではなく時間の長さである。出産に要した 時間が長ければ「自分(の産痛)は人よりも辛かった」 と感じ,短ければ「自分(の産痛)は人よりも楽だっ た」と比較していた。C氏は,友人や本で得た情報か ら,初産では分娩に時間がかかることや産痛はスイカ が出る位の痛みであるというイメージを持っていた。 そのため相当強い産痛があるにも関わらず「こんなも んじゃない」と一人で必死に耐えていた。以前に大腸 検査の経験があるH氏は,その時の痛みと今回の産痛 を比べて「痛みの種類が違う」と感じていた。さらに 自分が予想していたよりも早く出産を終えられたこと から,産痛は「言うほどでもなかった」と感じていた。 経産婦は,自分自身の産痛経験を〈比較する〉。以 前の産痛経験は普段記憶に埋もれて忘れているが,出 産が始まると再び産婦の中に蘇り,今経験している産 痛との比較を可能にしている。その時比較されるのは 時間の長さだけでなく,痛みの強さの違いも比較され ている。特に胎児娩出が間近である時の最も強い痛み を既に経験しているため,どこまで我慢すればよいの かある程度予知できる。そのため,初産婦よりも痛み への対処に余裕が生まれる。今回 3 人目の B 氏は,2 人目の分娩時に自分で分娩の流れが想像できたために 産痛に対しても「この段階はまだまだ大丈夫」と判断 し,病院へ向かうまでの間に夫と上の子どものお弁当 を作っていた。また痛みで腰を伸ばせない状態にも関 わらず「階段を登れるうちはまだまだ」と自分を励ま していた。このように,初産婦は自分の産痛経験を他 者の経験と〈比較する〉経験をし,経産婦は自らの過 去の産痛経験と今回の産痛経験を〈比較する〉経験を していた。 「この歳で,初産だから,まだまだ時間かかるだろ うっていうのもあったし,色々友達の話も聞いている じゃないですか。ただじゃない,こんなもんじゃな いって。だから,まだまだだと思ったんですよ,先入 観というか。(中略)まだ6時間だし,と思って。色ん な本を読みすぎていたためでしょうかね。(中略)よく スイカが出るとかって言うじゃないですか。まだだろ う,まだだろうっていうのを,何回も頭の中で(自分 に言い聞かせる感じで)。(C氏)」 「これ(大腸検査)と出産とどっち痛いのかなと 思ってて。なんか痛みの種類が違いましたね。泣くよ うな痛みとかじゃなくて,もう,なんだろう,ムカつ く痛みでしたね。(中略)周りとか,出産は一番痛い, みたいな感じじゃないですか。ま,痛いけど,言うほ どでもないのかなっていう・・のは,今だから言える んですけど。(中略)痛かったけど,まあ,痛いのは痛 いよっていう感じで。たぶんもっと辛い人はもっと辛 いと思うんで。自分の時よりも陣痛が来てる人は,た

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ぶんもう嫌だってなるのかなって思うけど,うん。ま だ軽い方だったんで(中略)2日とかかかってたら,た ぶんもう嫌になってたかもしれない。ほんとにたぶん 耐えられなくなってたかもしれないですね。(H氏)」 「(2 人目の時は)もうその時はもう,上の子どもが いたし,保育園に行ってたし,だから,自分でだいた い何となく流れも想像できて,同じ病院に行ってたの で。お昼に痛くなってから,この段階はまだまだ大丈 夫って自分で思いながら,娘を保育園に迎えに行っ て,もうこれは夜に入院だなって思ったから,ご飯食 べて,(中略)痛い痛いって思いながら(夫と娘の)お 弁当作って。(中略)もうその頃には腰が伸びない。で も自分で一応歩けたんですよ。(中略)1人目の時に階 段登れるうちはまだまだって言われたから,あー,こ れでまだまだなんだって思いながら行って。(B氏)」

Ⅴ.考   察

本研究において見出された産痛経験の構造は〈自覚 する〉〈受け入れる〉〈せめぎ合う〉〈わかち合う〉〈比較 する〉の 5 つのテーマで構成されていた。Merleau-Pontyの現象学を参考に,本研究における産婦の産痛 経験を考察する。 1.産痛経験による新たな身体図式の獲得あるいは 更新 女性にとっての産痛経験は,自身の身体で産痛を知 覚することを通して,産痛を経験したことのない『身 体図式(各人が自己の身体についてもつ空間像のこ と。)(Merleau-Ponty, 1945/1967)』から産痛を経験し知 覚した身体図式へと更新される経験であると推察され た。初産婦にとって分娩は人生で初めての経験であ る。そのため陣痛がどのように起こるか,痛みはどの くらい強くなるのか,どこにどのように痛みを感じる のかなどは未知の経験であり想像することも困難であ る。その後実際に産痛を経験することで,初産婦は陣 痛がどのように起こり,どのくらいの強さの痛みが自 分の身体に起こり,どの部位にどのように痛みを感じ るのかを知る。例えばC氏は事前に得た「規則的な痛 みは陣痛である」という情報と自分の身体に起こって いる感覚(3分おきの陣痛があること)をすり合わせる ことによって産痛の始まりを知る。産痛を実際に経験 することで初産婦は胎児が自分の骨盤の中を通る感覚 を知り,自らの身体に起こる痛みの感覚を知り,産痛 を真の意味で理解することが可能となる。これに対し て経産婦は一度自然分娩を経験しているため,産痛が どのようなものなのか知っており,産痛に対して自分 がどのように行動すればよいかある程度理解できてい る状態である。例えばD氏は痛みが弱くなったり強く なったり,また痛みの間隔が短くなったり長くなった りするのを感じながら産痛の始まりを確認している。 これは産痛に対する習慣を獲得しているからこそ可能 であると考える。『習慣の獲得とは身体図式の組み換 え で あ り, 更 新 で あ る(Merleau-Ponty, 1945/1967, p.239)』。女性にとっての産痛経験の1つの側面は,産 痛を自身の身体によって知覚することを通して,身体 図式が更新される経験であったと推測された。 2.産痛経験における産婦の志向性 産痛を〈自覚する〉経験では,産婦が痛みを産痛と して〈自覚する〉ための「自分はいつ陣痛が始まって もおかしくない状態である」という自己への認識が前 提となっている。この前提があって初めて,産婦が自 分の身体に起こっている痛みに気づいた時に「これは 陣痛による痛みではないのか?」という発問が可能と なる。何故なら「自分はいつ陣痛が始まってもおかし くない状態である」という認識がなければ,産婦はそ の痛みを陣痛によるものだと認識するのが難しくな り,別の原因による痛みかも知れないと判断する可能 性があるからである。例えばH氏は数日前に産徴を経 験している。そして初めは生理痛のようだった痛みが 次第に強くなってきたことでその痛みが陣痛によるも のだと認識し,「10 分間隔になるまで待っていよう」 と病院へ電話するタイミングを待っている。志向性と は『何かへ向かうという意識の根本的な働き(松葉他, 2014,p.182)』をいい,また志向性は『単に何かに向 かうだけではなく,意識に現れる多様なものに統一的 な意味を与えるという働きも行う(松葉他,2014, p.182)』。「この痛みは産痛である」と認識する過程に おいて,産婦は自己の身体に起こっていることに意識 を向けている。つまり産痛を〈自覚する〉経験は,産 婦の「自分はいつ陣痛が始まってもおかしくない状態 である」という志向性を前提として,自己の身体に感 じる痛みが産徴の後に引き起こされたものであること や,規則的に痛みが起こっていること,またその痛み が次第に強さを増していくことなどの多様な情報を統 一し,最終的にこの痛みは陣痛によって引き起こされ た産痛であると認識する経験であったと推測された。

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3.産痛経験における産婦の文脈 産痛の捉え方には,『陣痛を忍耐強く乗り越えるこ とは,完全な母親あるいは成熟した女性になることに つながる名誉である(田辺,2006;吉田,2008)』,ま た『産痛は自然のものであり,それを取り除こうとす ることは不自然なことである(田辺,2006)』という日 本古来の文化的思想がある。さらに『産痛は産まれる ために必要な痛みであり,受け入れるべき痛みである (鈴木,1998)』,『痛い思いが産み終えたという満足感 に繋がり,痛みを越えることが子どもとの絆を深める (鈴木,1998)』という文脈を持つ助産師もいる。産痛 を〈受け入れる〉経験において,本研究における産婦 の文脈にはこれらの文化的思想や個々の助産師の持つ 文脈が影響を与えていたと推測される。産婦の文脈と は,「痛みも含めて親の責任である」,あるいは「出産 時の産痛は必要だから“あるべきもの” だ」という文脈 である。産婦は,母親学級で助産師から「分娩中は産 婦だけでなく胎児も苦しんでいる」ことを聞き,母親 である自分だけが苦しみから逃げるわけにいかないと いう考えを抱く。そして「産痛は子どもを産む上で必 ず通らなければならない道である」と自分自身に言い 聞かせようとする。しかし,そのためには産痛を受け 入れるに足る理由が必要となる。そこでA氏は「辛い のは胎児も自分も同じなのだから,親の責任として痛 みを受け入れよう」と決意する。また E 氏は「子ども も苦しんでいるのだから協力してあげよう,深呼吸を して酸素だけは送ってあげよう」と自分に言い聞かせ る。産婦の多くは分娩中どのように振る舞いたい,ど のような自分でありたいという自己に対する期待感を 有している(新道他,1990,p.24)。産婦には産痛がど んなに強くても自分をできる限り保っていたいという 願望・欲求がある。そのため,産婦は産痛に耐えるた めに助産師から聞いた話に基づいて自分なりの意味付 けをし,産痛を受け入れ,自分を保とうと自身を励ま しながら,その先に待つ〈せめぎ合う〉時を耐え抜こ うとしていたと推測される。何故なら,産痛を〈受け 入れる〉という姿勢を持たなければ,強烈な産痛に前 向きな気持ちで対処することが難しいことを産婦は 知っているからである。新道ら(1990)は『出産体験 は,産婦にとって幸福な体験であると同時に,自尊心 にとって脅かしとなるような自己の側面の喪失体験を 伴う(p.58)』とし,『産婦が出産過程で自分自身につい て制御していると感じるなら自尊心を保持でき,その 人の自己尊敬の程度を安定させたり,あるいは強めた りする(p.58)』と述べている。本研究での〈せめぎ合 う〉経験は,まさに産婦が産痛の中で自分自身を制御 できるかどうかの瀬戸際での経験である。そしてC氏 が「やめることができないから行くしかない」と自身 を励ましていたように,最後まで産痛を耐え抜きたい が本当に耐えられるのか,あるいは耐え抜きたいが耐 え切れずに自分を自制できずに取り乱してしまうので はないかという心身の限界状態にさらされる経験で あったと推測された。 4.産痛経験における間身体性 他者の行動を知覚することは,自己の身体に同じ (潜在的な)行動を引き起こす。例えば,他者が痛み に苦しむ時,他者の苦痛にゆがむ顔を見て自己の顔も 同じようにゆがむ,というようにである。自己の身体 と他者の身体の間にあるこのような関係を Merleau-Ponty(1945/1967)は間身体性と呼んでいる。産婦が 産痛によって苦痛に喘いでいるとき,それを見た他者 は産婦の苦痛に共鳴する。そこで他者は自己が痛みに 対処する時と同じように,産婦の痛みに対処しようと する。その行動は,産婦の腰や背中をさすったり,声 をかけたりすることとして産婦に伝えられる。そして 産婦は他者からの痛みに対する行動に共鳴し,苦痛が 和らいだと感じる。この一連の相互交流は産婦と他者 の間身体性によって成立していると推測する。そし て,他者が産婦の苦痛に共鳴し,さらに他者からの働 きかけに産婦が応じることによって〈わかち合う〉経 験が成立している。例えばA氏は夫や助産師に痛みの ある部位を手でさすってもらうことで,痛みが逃げて いくような感覚を覚える。これは自分の手でさするこ とによっては得られない感覚である。またC氏は一人 で必死に産痛に耐えており,夫は傍らで寝ているだけ で痛みに対して直接何かをしてくれているわけではな かった。それにも関わらず,夫がそこに居ることで出 産の時間と空間を共有でき,よい出産ができたと感じ ている。C氏はA氏のように直接的な相互交流はない が,C氏の心の中で夫との交流が成立している。Beigi ら(2010)が産婦の「援助者への認識」が重要な役割を 占めていることを示唆したように,産婦の産痛経験に おける間身体性は,本研究においては産痛を経験して いるまさにその過程に他者による「立会い」がなされ ていることによって成立している。そして,本研究に おいて産婦が他者と〈わかち合う〉経験は,産痛を和 らげる方向へと働いており,これは産痛を受け入れ,

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せめぎ合いを耐える上で重要な役割を担っていたと考 える。 5.産痛経験における時間性 産婦が産痛を〈比較する〉経験には 2 つの側面が ある。 1つ目は自分の分娩がどこまで進んでいるかを知る ことである。これは経産婦にみられる。経産婦は胎児 が娩出される時の最も強い産痛を既に経験している。 そのため2回目以降の分娩ではどの位の産痛になれば 産まれるかを自分自身で推し量ることができる。産婦 は自分が感じている産痛の強さから分娩の進み具合を 判断するために,以前に経験した産痛と〈比較する〉。 2つ目は自分の分娩がどの程度辛いものであったか を知ることである。これは主に初産婦にみられるが, 自己の産痛経験を他者に伝えるとき,産痛の強さ(強 度)を伝えるよりも長さ(時間)を伝える方が容易で ある。時間の長さを指標にした場合,長いほど分娩が 辛いものだったと評価される。産痛強度は個人の主観 によるため客観的に比較することは難しいが時間の長 さは比較が可能である。例えばH氏は分娩に2日もか かるような人に比べれば自分はまだ軽い方だったと評 価している。 また,産婦は自己の身体に起こっている産痛を,自 分の知識やこれまでの産痛及び他の痛み経験と比較し ており,その比較に基づいて産痛経験を自分自身の経 験として認識していたと推測される。〈比較する〉経験 は,それぞれの過去の痛みに関する記憶と結び付けら れる経験であるといえる。例えば B 氏は過去(1 人目 の分娩)の産痛の記憶を思い起こしながら,現在(2人 目の分娩)の産痛の状況から分娩までの経過を判断 し,行動している。この自らが感じて覚えているもの を覚えている意識の働きを過去把持と呼ぶ。また自ら が感じて覚えているものによって予測することを未来 把持と呼ぶ(Merleau-Ponty, 1945/1967)。つまり B 氏 は産痛を経験している「現在」において,「過去」の産 痛を意識すること(過去把持)によって,これからの 産痛の経過を予測(未来把持)しながら夫と娘のお弁 当を作って入院に備えるという行動を起こしていたと 考えられる。『私にとって過去になったものも,私に とって未来にあるものも,世界のうちに現在している (Merleau-Ponty, 1945/1967)』のであり,現在経験され ることには過去も未来も同時に存在している。本研究 における産痛経験は,このような現象がもつ時間性に よって,過去や未来の痛み経験と現在の産痛を〈比較 する〉経験であったと考える。

Ⅵ.助産実践への示唆

本結果から得られた助産実践への示唆として,まず 一つは,産婦へのケアを行う際は産婦自身が持つ産痛 に関する文脈を理解することが求められる。産痛を自 然なこととして受け入れている場合は,助産師の「産 痛をうまく乗り越えられるように」というケアは受け 入れられやすいが,産痛は不必要なものだと認識して いる場合は拒否される可能性がある。援助者は,産婦 が産痛に対してどのような考えや思いを持っているの かを知り,その思いに寄り添うことが求められてい る。産痛を自然なこととして産婦が受け入れている場 合,産痛を〈受け入れる〉ための援助が有効と考える。 産婦が産痛を受け入れるために自分なりの理由づけを することは,自分を制御できるかどうかの瀬戸際であ る〈せめぎ合う〉時の支えとなるからである。次に, 援助者が産婦とともにいることは〈わかち合う〉経験 につながる。本研究においては特に信頼する他者との 〈わかち合う〉経験が産痛を緩和する働きを持ってい た。産婦が信頼している人にともにいて自分を支えて もらいたいと思っていることを,援助者は真摯に受け 止める必要がある。最後に,援助者自身が産婦との信 頼関係を構築することに加えて,産婦が信頼している 家族との産痛のわかち合いを支えることも重要であ る。産婦のわかち合い方は様々であるため,それぞれ のわかち合いができるような援助が求められる。

Ⅶ.研究の限界と今後の課題

本研究の協力者は,研究者に対して自らの経験を語 る意志のある方である。そのため自分の経験に対して 心の整理がついており,他者に語ることができる女性 の経験にデータが偏っている可能性は否定できない。 また助産院で分娩した協力者の割合が多いことから, 今後は診療所や病院施設,自宅での産痛経験の語りを 追加することにより,本研究結果の適用範囲の検証を することが課題である。

Ⅷ.結   論

自然分娩における女性の産痛経験を現象学的視点か

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ら分析した結果,〈自覚する〉〈受け入れる〉〈せめぎ合 う〉〈わかち合う〉〈比較する〉の5つのテーマによる構 造が見出された。 謝 辞 本研究にご協力下さいました協力施設の皆様,妊産 婦の皆様に厚く御礼申し上げます。また本研究にあた りご指導頂きました大井けい子先生に心より感謝致し ます。本研究は青森県立保健大学大学院博士課程の学 位論文に加筆修正を加えたものであり,研究の一部は 第29回日本助産学会学術集会で発表しました。 利益相反 本研究に関する利益相反はありません。 文 献 安達久美子,島田三恵子(2001).座位による産痛緩和効 果の検討.日本助産師学会誌,15(1),6-13. Beigi, N. M., Broumandfar, K., Bahadoran, P., & Abedi,

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参照

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