緒 言
ソバは栽培期間が短く,やせ地・乾燥地などの不良環境 下でも育ち,病害虫・雑草の害を受けにくい利点があると される(本田 2000,俣野 2002).また,嗜好性・栄養性が 優れ,血圧上昇抑制など様々な生理機能性を有している (Chen et al. 2008).そのため,食糧の不足する地域のみな らず,飽食の先進国にあっても注目すべき作物である.特 に我が国においては,湿害を受け易い水田への作付率と単 収との間に負の相関関係のあることが指摘されているもの の(林 2011),益々増加する転作田や中山間地域の耕作放 棄地への作付拡大が期待されている.しかし,ソバ種子貯 蔵タンパク質はピーナッツ等と同様に即時性の I 型アレル ギー反応を起こす場合があり(Wieskabder 1996),わが国 では 7 大アレルゲンの一つとして加工食品での表示が義務 付けられている(厚生労働省医薬局 2001).そして,その 原因物質であるアレルゲンを同定し低減化することが重要 な育種目標の一つとされる(大澤 2011).主要なアレルゲ ンの一つとしてソバ種子貯蔵タンパク質である 13S グロブ リンが同定されている(Nair and Adachi 1999).13S グロ ブリンはメチオニン含有率の低い(Met-poor)サブユニッ トと高い(Met-rich)サブユニットに分類できるが,我々は, Met-poor サブユニットには,そのα鎖に 15 残基を単位と する反復配列が 0−6 回挿入された様々なタイプが存在し, 反復挿入配列を持たないα鎖はトリプシン難消化性であ ることを明らかにした(Khan et al. 2012).プロテアーゼ 難消化性は食品アレルゲンの 4 つの特徴の一つとされるこ とから(Bannon 2004),反復挿入配列の有無に着目するこ とでアレルゲン性を低減化できる可能性が示唆された.そ こで本研究では,“反復配列を持たない 13S グロブリンサ ブユニット(以下,0 回反復サブユニットと称す.また 1 −6 回の反復配列を有するサブユニットについても,同様 に称す)”を低減化したソバ個体を育成するために,有効 なサブユニット遺伝子識別技術の開発を試みた.材料および方法
在来/育成/外国産の普通ソバ品種から無作為に選んだ 5 種(みやざきおおつぶ,出雲在来,MANKAN,牡丹そば, 鹿屋在来)の種子各 30 粒において,Khan et al.(2012)の方 法に従い,種子ごとにゲノム DNA を粗抽出した.反復配列 の前後にある保存領域に設計した PCR プライマー組 Left_1 とRight_1(Khan et al. 2012,第 1 表)を用い,Ampdirect(島 津製作所,京都)により反復配列を増幅した.PCR はサー マルサイクラー(Standard PCR,Takara,Japan)を用いて 以下の条件【94℃ 30 秒保持,94℃ 30 秒変性/ 60℃ 1 分ア ニリング/ 72℃ 1 分伸長 45 サイクル,72℃ 7 分伸長反応】 により行った.2%アガロースゲル電気泳動により増幅産 物を分離した.品種「牡丹そば」については,さらに 60 粒の種子において同様の実験を行った. また,ソバゲノムライブラリーのスクリーニング(Sano et al. 投稿中)により見出された 0 回反復遺伝子 2 種類 (GlbNA,GlbNB)の塩基配列全長を比較し,2 種類を識別 するためのプライマーを設計した.すなわち,GlbNA を特“反復配列を持たない 13S グロブリン”を低減化したソバ個体の育成
- 0 回反復サブユニットの遺伝子識別技術の開発-
田中朋之・中川真梨子・佐野まどか・安井康夫
京都大学農学研究科(〒 680−8552 京都市左京区北白川追分町) 要旨:ソバは深刻なアレルギー反応を起こす場合があり,そのアレルゲンを低減化することが強く求められ ている.主要アレルゲンの一つである 13S グロブリンには,0−6 回反復した挿入配列を持つ様々なサブニッ トが存在し,反復挿入配列を持たないサブユニットの α 鎖はトリプシン難消化性である.本研究では,“反 復配列を持たない 13S グロブリンサブユニット(以下,0 回反復サブユニット)”を低減化したソバ個体を 育成するために,有効な遺伝子識別技術の開発を試みた.まず反復配列の前後にある保存領域に設計したプ ライマーを用いて,普通ソバ 5 品種の種子各 30 粒にて PCR を行ったところ,0 回反復遺伝子を欠失したと 推察される個体を 1 つ見出した.一方,網羅的なゲノムライブラリー解析で見出した 2 種の 0 回反復遺伝子 (GlbNA,GlbNB)の塩基配列をもとに 2 種を識別する特異的なプライマーを作製したところ,GlbNA, GlbNB の組成を詳細に解析できた.また,品種「信濃 1 号」にて新規 0 回反復遺伝子 GlbNC も見出すこと が出来た.以上により,0 回反復サブユニット蓄積量の低減化を図る上で基盤となるサブユニット遺伝子識 別技術を構築した. キーワード:ソバ,13S グロブリン,反復配列,アレルゲン 2013 年 12 月 6 日受理 連絡責任者:田中朋之 ([email protected])異的に増幅するプライマー組 Left_1 と GlbNA_3',GlbNB を特異的に増幅するプライマー組 GlbNB_5' と NANB_3' を 設計して(第 1 表),その増幅特異性を GlbNA,GlbNB を それぞれ有する BAC クローン 269I19,336B7 の DNA お よびそれらの混合物を鋳型として検証した.さらに,品種 「信濃 1 号」の種子 10 粒から個別に粗抽出したゲノム DNA を用いて,上記プライマー組による増幅パターンを 比較した.
結果および考察
5 品種の種子各 30 粒について 1 粒ずつ別々にゲノム DNA を抽出し,反復挿入配列の前後に設計した PCR プラ イマー(Khan et al. 2012)を用いて PCR を行ったところ, いずれの品種も種子ごとに複雑なバンドパターンを示した (第 1 図).1 回反復遺伝子と 3 回反復遺伝子に由来する PCR バンド mp7,mp5 はほぼ全ての種子で強く増幅され たのに対し,反復回数が多い遺伝子に由来するバンド(mp2 −mp4)では,どの品種も種子ごとに出現パターンが大き く異なった.一方,種子ごとに細かく見ていくと,品種「出 雲在来」No.28 の種子において,これまで確認されていた 反復挿入配列 0−6 回のサブユニットに加えて,7 回反復の 新規サブユニットに由来すると思われるバンドが見出され た.また品種「牡丹そば」No.7 の種子において,0 回反復 遺伝子に由来するバンドが確認出来なかった.反復挿入配 列を持たないサブユニットはアレルゲンになりやすい可能 性がある(Khan et al. 2012)ことから,これを欠失した種 子は低アレルゲンソバ育成に向け有用である可能性があ る.そこで,このバンドを欠失した個体の出現頻度を調べ るために,さらに同品種 60 粒の種子において同様の実験 を行ったところ,新たな欠失種子は確認されなかった.そ のため,この品種が他品種に比べて特に高頻度に 0 回反復 遺伝子欠失種子を持つ品種かどうかは不明であった. そこで,Yasui et al.(2008)が作製した 142,005 クロー ンからなるゲノムライブラリーの解析結果(Sano et al. 投 稿中)をもとに,より詳細なサブユニット遺伝子識別技術 を確立することとした.すなわち,0 回反復遺伝子は 2 種 類(GlbNA,GlbNB)同定されたため,それらの塩基配列 を詳細に比較した.その結果,SNPs は幾つか見出された ものの大きな Indel はなく,翻訳開始点から 100bp 付近に 第 1 表 実験に用いたプライマー 第 1 図 13S グロブリンサブユニットの種子ごとの多型評価. 普通ソバ 5 品種:みやざきおおつぶ(A),出雲在来(B),MANKAN(C),牡丹そば(D),鹿屋在来(E) の種子 30 粒において,種子ごとにゲノム DNA を粗抽出し,反復配列の前後にある保存領域に設計し た PCR プライマーで反復配列を増幅・比較した.mp2−mp8 は増幅バンドの種類を示し,括弧内の数 字は反復配列の反復回数を表す.*は 7 回反復の新規サブユニット遺伝子に由来すると思われるバン ドを示す.GlbNB で 3bp の欠失,370bp 付近に GlbNA で 9bp の欠失, 972bp 付近に GlbNA で 6bp の欠失が認められた(第 2 図). 370bp 付近の 9bp 欠失した塩基配列のうち 7bp は直近に同 一の配列が繰り返されていたため,972bp 付近にて PCR プライマーを作製した(第 2 図).すなわち,反復配列挿 入部位上流の GlbNA,GlbNB 共通部分から 972bp 付近まで の GlbNA 断片と,972bp 付近から翻訳停止コドンを含む GlbNA,GlbNB 共通部分までの GlbNB 断片を増幅するよ うにした.これにより,GlbNA の 547bp 断片,GlbNB の 768bp 断片が増幅される(第 2 図).GlbNA,GlbNB をそれ ぞれ有する BAC クローン 269I19,336B7 を単独または混 合して鋳型とし,GlbNA,GlbNB の上記断片を増幅するプ ライマー組をそれぞれ単独または混合して増幅特異性を検 証した.その結果,GlbNA の 547bp 断片を増幅するプライ マー組(Left_1 と GlbNA_3')を単独で用いると約 900bp の非特異的増幅バンドも見られたものの BAC クローン 269I19 でのみ GlbNA の 547bp 断片が強く増幅された(第 3 図).また,GlbNB の 768bp 断片を増幅するプライマー 組(GlbNB_5' と NANB_3')を単独で用いると GlbNB を持 つ BAC クローン 336B7 のみならず GlbNA を持つ BAC ク ローン 269I19 でも 768bp 断片が弱く増幅された.一方, GlbNA,GlbNB の上記断片を増幅するプライマー組を混合 して同時に用いた場合は BAC クローンの鋳型が単独か混 合したものかを問わず,約 1,296bp の断片(547bp 断片の 5’ か ら 768bp 断 片 の 3’に 至 る 断 片:GlbNA で は 1,290bp, GlbNB では 1,296bp)とともに,547bp 断片と 768bp 断片 をそれぞれ特異的に増幅することが確認された(第 3 図). す な わ ち,2 つ の プ ラ イ マ ー 組(Left_1 と GlbNA_3', GlbNB_5' と NANB_3')を同時に用いることで,GlbNA, GlbNB を識別できることが明らかとなった. 次に,種子より粗抽出したゲノム DNA を鋳型にして上 記プライマー組を混合して PCR を行ったところ,ソバ種 子ゲノム DNA を用いた場合でも概ね GlbNA,GlbNB を特 異的に増幅できることが明らかとなった(第 4 図 A).なお, 同じ粗抽出ゲノム DNA を反復配列前後に設計した PCR プ ライマー組(Left_1 と Right_1)で増幅したところ,いず れの種子も複数回の反復配列を持つ遺伝子由来のバンドと ともに 0 回反復遺伝子由来のバンドが観察された(第 4 図 B).調べた品種「信濃 1 号」10 粒のうち,GlbNA のみ増 幅する種子,GlbNB のみ増幅する種子,両方を増幅する種 子が,それぞれ 1,3,5 個あり,両方ともに増幅しない種 子が 1 個あった(第 4 図 A).以上の結果より,GlbNA, GlbNB を特異的に増幅できるプライマー組を同時に用いる ことで,GlbNA,GlbNB の組成を詳細に解析できることが 明 ら か と な っ た. な お, 第 4 図 の 種 子 No.3 は GlbNA, GlbNB を有しないものの,0 回反復遺伝子に由来するバン 第 2 図 13S グロブリンにおける 2 種類の 0 回反復遺伝子の比較. 13S グロブリンサブユニットの一次構造の模式図(A)と,2 種類の 0 回反復遺伝子(GlbNA,GlbNB)のゲ ノム遺伝子構造(B),および欠失・挿入の見られた 3 か所の塩基配列の比較(C).矢印は反復配列の前後 に設計した PCR プライマー(A)と,2 種類の 0 回反復遺伝子に特異的な PCR プライマー(B)の位置を示す. 特異的増幅に関わる 3rd exon における PCR プライマーの配列は四角の枠で囲って示した(C).パネル A の模式図は,6 回反復遺伝子のサブユニットの例で,プレプロ型の構造を示す.
ドが認められたことから,新規の 0 回反復遺伝子の存在が 示唆された.そこで,この遺伝子をコード領域の 5’と 3’に 設計したプライマー組(MP0 SP と NANB_3',第 1 表)で 増幅してクローニングしたところ,翻訳停止コドンより約 50bp 上流の地点から約 200bp の挿入配列を有する新規遺 伝子(GlbNC)が見出された(データは示さず).今後は, この新規遺伝子 GlbNC も含め 0 回反復遺伝子の遺伝子頻 度,発現量,翻訳産物の消化性・アレルゲン性等の解析を 進め,アレルゲン低減化ソバの育成を目指す予定である. 第 3 図 2 種類の 0 回反復遺伝子に特異的な PCR プライマーの増幅特異性.
GlbNA を有する BAC クローン 269I19 の DNA(レーン 1,3,5)または GlbNB
を有する BAC クローン 336B7 の DNA(レーン 2,4,6)をそれぞれ単独で, または混合して(レーン 7)鋳型とした.GlbNA の 547bp 断片を増幅するプラ イマー組(レーン 1,2)または GlbNB の 768bp 断片を増幅するプライマー組 (レーン 3,4)を単独で,または混合して(レーン 5,6,7)PCR を行った.左 端のレーンはサイズマーカー(λ/Eco130I)を示す. 第 4 図 品種「信濃 1 号」における GlbNA と GlbNB の分布. 種子 10 粒より個別に粗抽出したゲノム DNA を鋳型にして,GlbNA の 547bp 断片を増幅するプラ イマー組と GlbNB の 768bp 断片を増幅するプライマー組を混合して PCR を行った(A).また, 同じ 10 粒の鋳型に対し反復配列の前後に設計した PCR プライマーでも PCR 反応を行った(B). NA,NB はそれぞれ 547bp,768bp の断片を示す.mp3-mp8 は反復配列の領域を含む増幅バンド の種類を示し,括弧内の数字は反復配列の反復回数を表す.ゲル左端のレーンはサイズマーカー(λ /Eco130I)を示す.
謝 辞
九州沖縄農業研究センターより普通ソバ 5 品種(みやざ きおおつぶ,出雲在来,MANKAN,牡丹そば,鹿屋在来) の種子の分譲を受けた.ここに記して謝意を表す.
引用文献
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Development of novel common buckwheat (Fagopyrum esculentum M.) plants with
lowered contents of tandem repeat-less 13S globulin
- Discrimination methods of the tandem repeat-less genes -
Tomoyuki Katsube-Tanaka, Mariko Nakagawa, Madoka Sano and Yasuo Yasui
Graduate School of Agriculture, Kyoto University(Kitashirakawa, Kyoto 606−8502, Japan)
Summary: Common buckwheat (Fagopyrum esculentum Moench) grains contain allergens which induce an IgE-mediated type I reaction. The most prevalent allergen, 13S globulin, has a variety of subunits with insertion of zero to six tandemly repeated sequences. The tandem repeat-less subunit has lowered trypsin digestibility and is suggested to show higher allergenicity. In this study, we tried to develop PCR primers for discrimination of tandem repeat-less 13S globulin genes. The primers designed at the conserved regions before and after the tandem repeat could identify only one seed in which the tandem repeat-less gene seems to be deficient from 30 grains each of 5 varieties. Meanwhile, specific primers designed to distinguish the two types of tandem repeat-less genes, GlbNA and GlbNB, which have been identified in a comprehensive genomic library analysis, could elucidate the detailed composition of the two genes. Besides, the new primers could identify the new tandem repeat-less gene, GlbNC, in the Shinano-ichigo variety. In consequence, the new primers would be useful for identification and characterization of tandem repeat-less 13S globulin genes, which is a prerequisite for development of novel buckwheat plants with lowered allergen content.
Key words: Buckwheat, 13S globulin, Tandem repeat, Allergen
Journal of Crop Research 59 : 31 − 35(2014) Correspondence :Tomoyuki Katsube-Tanaka([email protected])