耳 鼻50:323∼327,2004 原 著
難治性 口腔 潰瘍 の4例
岸 本 麻 子 ・ 南 豊 彦 ・ 中 川 の ぶ 子 多 田 直 樹 ・ 井 野 千 代 徳*・ 山 下 敏 夫** 治 癒 ま で に 数 カ 月 を 要 した 難 治 性 口腔 潰 瘍 の4症 例 を 報 告 し た。 そ の 治 癒 過 程 に お い て 、 潰 瘍 が 縮 小 す る に つ れ て 周 囲 粘 膜 の 白 色 変 化 は 一 時 増 強 し、 潰 瘍 病 変 が 治 癒 して か ら約2-3週 間 後 に 白色 変 化 は 消 失 す る と い う 経 過 を と った 。 Key words:難 治 性 、 口 腔 潰 瘍 、 口 内 炎 は じ め に 著 者 らが 関 西 医 科 大 学 附 属 香 里病 院耳 鼻 咽 喉科 に 口腔 唾 液 腺 外 来 を 開 設 して 既 に10年 が 経 過 し た。 そ の 間 に 多 数 の 口 内 炎 患 者 を 治 療 して き た が、 ほ とん どの症 例 は ス テ ロイ ド軟 膏 な ど に よ る 治 療1),2)で 長 くて も約3週 間 以 内 に 完 治 して い る。 一 般 に は、 難 治 性 口 内炎 な い しは 口腔 潰 瘍 と してSutton型 口内 炎 な ど の 疾 患 が 知 ら れ て い る が 、 視 診 で は単 純 性 疾 患 に 見え て も完 治 す る まで に数 カ月 を要 す る 口内 炎 を 経 験 す る こ とが あ る。 しか し、 今 日まで 著 者 らが 検 索 し得 た範 囲 で はそ の 過 程 に つ い て 追 跡 調 査 した 文 献 は 見 当 た らな い。 今 回 、 難 治 性 口腔 潰 瘍 で 視 診 的 に共 通 す る所 見 と症 状 を呈 した4症 例 を ほぼ 同時 期 に経 験 し、 全過 程 を 詳 細 に記 録 す る こ とが で き たの で 、 病 理 組織 所 見 も合 わ せ て 報 告 す る。 症 例 症 例1:80歳 、 女 性 主 訴:右 舌 縁 部 痛 既 往 歴:高 血 圧 症 家 族 歴:特 記 す べ き こ と無 し 現 病 歴:2001年9月 初 旬 に右 舌 縁 部 痛 が 出現 し た た め近 医 内科 を受 診 した と ころ、 口 内炎 と診 断 さ れ、 軟 膏 と ビタ ミン剤 の処 方 を受 け て い た。 し か し、 症 状 が 改 善 せ ず、 悪性 腫 瘍 が疑 われ る とい うこ とで 、 約1カ 月 後 の10月5日 に 当科 を 紹 介 さ れ 受 診 した 。 初 診 時 所 見:右 舌 縁 に長 径約8mmの 楕 円 形 の潰 瘍 病 変 と そ の 周 囲 粘 膜 の 白色 変 化 を 認 め た。 な お 、 病 変部 に接 す る位 置 に は義 歯 が 存 在 して い た (図1a)。 経過:初 診 時 に生 検 を施 行 した が、 悪性 所 見 は 認 め られ な か った。 その 後 、 舌 の 強 い痛 み は発 症 後 約2カ 月 で徐 々 に軽 快 した 。 そ の過 程 で、 潰 瘍 が 縮 小 す る に つ れ て 粘 膜 の 白 色 変 化 は 一 時 増 強 し、 当 科 受 診 後1カ 月 目 に は 舌 背 に ま で 広 が っ た。 そ して、 潰 瘍 病 変 の 完 全 消失 ま で に約4カ 月 を 要 し、 粘 膜 の 白色 変 化 はそ れ に遅 れ る こ と約2 週 間 で 消失 した(図1a-f)。 病 理 組 織 所 見:扁 平上 皮 の肥 厚 とと もに、 リン パ 球 を 中 心 と した 炎 症 細 胞 の 浸 潤 が 認 め られ た (図2)。 症 例2:60歳 、女 性 主 訴:左 舌縁 部痛 既 往 歴 ・家族 歴:特 記 す べ き こ と無 し 現 病 歴:2001年11月 末 日よ り左 舌 縁 部 痛 が 出現 *関西 医 科 大 学 附 属 香 里 病 院 耳 鼻 咽 喉 科 、**関 西 医科 大 学 耳 鼻 咽 喉 科 学 教 室 別 刷請 求:〒573-0075大 阪 府枚 方 市 東 香里1-24-34東 香 里 病 院 耳 鼻 咽 喉 科 岸 本 麻 子324 耳 鼻 と 臨 床 50巻4号 図1 a-f:症 例1の 治 癒 過 程 潰瘍 病 変 が 縮 小 す る につ れ て 周 囲 粘 膜 の 白色 変 化 が一 時 増 強 し、 潰 瘍 が 消 失 した 後 も白 色 変 化 は しば ら く持 続 した 。 図2 症 例1の 病 理 組 織 像(HE染 色 、 ×20) 粘膜 上 皮 が 肥 厚 して お り、粘 膜下 に は リ ンパ 球 を 中 心 に した炎 症 細 胞 浸 潤 が 認 め られ た。 す る も放 置 して い た が 、 症 状 が 軽 快 しな い た め近 医 内 科 を 受 診 した 。 そ の 時 に 消 炎 酵 素 剤 な ど の投 与 に よ る 内 服 治 療 を受 け た が 改 善 せ ず 、 悪 性 腫 瘍 が 疑 わ れ る と い う こ と で2002年1月7日 に 当 科 を 紹 介 さ れ 受 診 した 。 初 診 時 所 見:左 舌 縁 に 直 径 約8mmの 周 囲 粘 膜 に 白 色 変 化 を 伴 っ た 円 形 の 潰 瘍 病 変 を 認 め た 。 な お 、 病 変 部 に 接 す る位 置 に は義 歯 は 存 在 しな か っ た(図3a)。 経 過:初 診 時 に 生 検 を 行 った が 、 悪 性 所 見 は認 め られ ず 、 症 例1と 同 様 に 扁 平 上 皮 の 肥 厚 とそ の 直 下 に 炎 症 細 胞 の 浸 潤 を 認 め た 。 舌 痛 症 状 は 当 科 受 診 後 約1カ 月 で 消 失 した が 、 潰 瘍 病 変 の 改 善 は 遅 く、 当 科 受 診 後 約3カ 月 半 、 す な わ ち 発 症 後 約 5カ 月 で 治 癒 した 。 本 症 例 も症 例1と 同 様 に 潰 瘍 の 縮 小 と と も に一 時 周 囲 粘 膜 の 白色 変 化 が 強 くな り、 潰 瘍 消 失 後 も 白 色 変 化 が 消 失 す る ま で に約3 週 間 を 要 した(図3a-f)。 症 例3:82歳 、 女 性 主 訴:口 蓋 部 痛 既 往 歴:糖 尿 病 、 高 脂 血 症 現 病 歴:2002年1月 初 旬 よ り右 口蓋 部 痛 が 出 現 した が 軽 快 しな い た め近 医 歯 科 を受 診 し、 軟 膏 な ど に よ る治 療 を 受 け て い た 。 しか し、 症 状 が 改 善 せ ず 、 悪 性 腫 瘍 が 疑 わ れ る と い う こ と で3月8日 に 当 科 を 紹 介 され 受 診 した 。 初 診 時 所 見:右 硬 口 蓋 に 、 周 囲 に 白 色 変 化 の 粘
岸 本他=難 治性 口腔 潰瘍 の4例 325
図3 a-f:症 例2の 治 癒 過 程
症 例1と 同 様 に 潰瘍 が縮 小す る につ れ て粘 膜 の 白色 変 化 は 一 時増 強 して しば ら く持 続 した。
図4 a-f:症 例3の 治 癒 過 程
326 耳 鼻 と 臨 床 50巻4号 図5 a-d:症 例4の 治癒 過 程 ほか の3症 例 と異 な り、 潰 瘍 部 の切 除 を 行 った 。 潰 瘍 は速 や か に 消 失 した が 、 粘 膜 の 白色 変 化 は しば ら く持 続 した。 膜 を 伴 っ た 直 径 約6mmの 円 形 の 潰 瘍 性 病 変 を 認 め た 。 な お 、 病 変 部 に接 す る 硬 性 物 は 認 め な か っ た(図4a)。 経 過:初 診 時 に生 検 を 施 行 した が 、 悪 性 所 見 は 認 め られ な か った 。 自覚 症 状 に お け る強 い 痛 み は 当 科 受 診 後 約3週 間 で 軽 快 し た が 、 軽 い痛 み は そ の 後 も持 続 し、 消 失 す る の に 約2カ 月 を 要 した 。 そ して 、 上 記2症 例 と 同 様 に 潰 瘍 の縮 小 と と も に 粘 膜 の 白色 変 化 は一 時 増 強 し、 潰 瘍 の 消 失 後 も し ば ら くの 間 残 存 して い た が 、 発 症 後 約6カ 月 で 治 癒 す る と い う経 過 を と っ た(図4a-f)。 症 例4:75歳 、 女 性 主 訴:左 舌 縁 部 痛 既 往 歴:慢 性 肝 炎 、 高 血 圧 症 現 病 歴:2002年3月 初 旬 よ り左 舌 縁 部 痛 が 出現 した た め 近 医 耳 鼻 咽 喉 科 を 受 診 し、 軟 膏 、 注 射 な ど の 治 療 を 受 け て い た 。 しか し、 症 状 が 軽 快 しな い た め 、 悪 性 腫 瘍 を 懸 念 して4月 末 に 当 科 を 受 診 した 。 初 診 時 所 見:左 舌 縁 に 周 囲 粘 膜 の 白 色 変 化 を 伴 っ た 長 径 約5mmの 楕 円 形 の 潰 瘍 性 病 変 を 認 め た 。 な お 、 潰 瘍 部 に 直 接 接 す る 位 置 に 義 歯 は 無 か っ た が 、 周 囲 の 白 色 変 化 を 呈 し て い る 粘 膜 の 一 部 に 接 触 す る 部 位 に 義 歯 が 存 在 し て い た (図5a)。 経 過:潰 瘍 病 変 が 小 さ く、 切 除 も容 易 で あ る と 判 断 し、 病 理 検 査 目 的 も含 め て 摘 出 を 行 っ た 。 病 理 組 織 所 見 で は 扁 平 上 皮 の 肥 厚 と炎 症 細 胞 浸 潤 を 認 め た が 、 悪 性 所 見 は 無 か った 。 そ して 、 潰 瘍 部 分 は 摘 出 後 約2週 間 で 治 癒 した が 、 粘 膜 の 白 色 変 化 は 上 記 症 例 と 同 様 に しば ら くの 間 持 続 し、 発 症 後 約2カ 月 で 消 失 した(図5a-f)。 考 察 4症 例 の ま と め を 表1に 示 した 。 症 例 は す べ て 高 齢 の 女 性 で あ り、 主 訴 は痛 み で あ っ た 。 症 例4 は潰 瘍 の 摘 出 を 施 行 して い る た め ほ か の3症 例 と の 単 純 比 較 は で き な い が 、 全 症 例 が 治 癒 す る ま で に数 カ 月 を 要 して い る。 そ して 、 全 症 例 と も に 潰 瘍 部 分 は 周 囲 粘 膜 の 白 色 変 化 を 伴 い 、 一 時 増 大 し
岸 本他=難 治 性 口腔 潰 瘍 の4例 327 表1 4症 例 の ま と め 全 例 が 中 高 年 齢 の 女 性 で あ り、 治 癒 す る ま で に 数 カ 月 の 長 期 を 要 し た 。 *た だ し 、 症 例4は 潰 瘍 部 を 切 除 して 治 療 を 行 っ た 。 て か ら消 失 し て い く と い う類 似 し た 治 癒 経 過 を た ど っ て い る こ と よ り、 著 者 ら は こ れ らを 同 一 疾 患 と 考 え て い る 。 しか し、 認 め られ た 所 見 よ り共 通 の 疾 患 を 類 推 す る こ と は 困 難 で あ っ た 。 視 診 ヒは 義 歯 性 潰 瘍 、 褥 瘡 性 潰 瘍 な い し はtraumatic ulcerが 疑 わ れ た が 、 症 例1と4以 外 は 接 触 す る 義 歯 は 認 あ ず 、 ま た 、 特 別 な 外 傷 の 既 往 も 無 か っ た 。 血 液 検 査 に お い て は 多 項 目 の 検 査 は 施 行 し て い な い が 、 貧 血 、 肝 機 能 障 害 を 認 め た 症 例 が 存 在 し た 。 しか し、 そ れ ら も4症 例 に 共 通 す る も の で は な く、 既 往 歴 に お い て も 共 通 点 は 認 め な か っ た 。 病 理 組 織 で 共 通 す る 所 見 は 上 皮 の 肥 厚 と 上 皮 下 へ の 炎 症 細 胞 浸 潤 で あ っ た 。 と こ ろ で 、 口 腔 粘 膜 疾 患 の 一 つ で あ る 扁 平 苔 癬 に 似 た 部 位 が 一 部 に 確 認 さ れ て い る 。 扁 平 苔 癬 も 中 高 年 の 女 性 に 多 く 認 め ら れ 、 し ば し ば 難 治 性 と な る が 、 視 診 的 に は 全 く異 な る こ と よ り両 者 を 同 一 視 す る に は 抵 抗 が あ る 。 しか し、 両 者 に 発 症 原 因 に 共 通 す る もの が あ る 可 能 性 は 否 定 で き な い 。 治 療 法 に 関 して は 、 4症 例 と も に 他 院 で 種 々 の 治 療 を 既 に 受 け て い た た め 、3症 例 は 組 織 検 査 を 施 行 後 に 経 過 観 察 と し、1症 例 は 組 織 検 査 も兼 ね て 潰 瘍 部 を 摘 出 し て 縫 合 閉 鎖 した 。 そ の 結 果 、 摘 出 を 施 行 した 症 例 は ほ か の 症 例 と 比 較 し て 治 療 期 間 を 著 し く短 縮 す る こ と が で き た 。 一 般 に 、 本 疾 患 に 類 似 した 扁 平 上 皮 癌 の 報 告 も あ り、 難 治 性 の 場 合 は 組 織 検 査 は 必 須 と な る。 そ こ で 、 潰 瘍 病 変 が 小 さ い 場 合 に は 組 織 検 査 時 に 潰 瘍 部 位 を 全 摘 出 し、 大 き い 場 合 で も 組 織 検 査 を 兼 ね て 部 分 摘 出 を 行 い 、 あ る程 度 縮 小 さ せ て 経 過 観 察 を し た 方 が 自 然 治 癒 を 待 つ よ り も 治 療 期 間 を 短 縮 で き る の で は な い か と考 え た 。 文 献 1) 吉 田 博 昭 他:義 歯 性 潰 瘍 に 対 す る デ キ サ ル チ ン軟 膏 の使 用 経 験.歯 界 展 望78:491-495, 1991. 2) 牛 飼 雅 人 他:口 腔 粘 膜 疾 患.耳 喉 頭 頸75:548-551, 2003. (受 付2004年3月8日)
Four
cases
of refractory
oral
ulcer
Asako KISHIMOTO, Toyohiko MINAMI, Nobuko NAKAGAWA , Naoki TADA, Chiyonori INO* and Toshio YAMASHITA**
*Department of Otorhinolaryngology
, Kohri hospital of Kansai Medical University, Neyagawa 572-0075, Japan
**Department of Otorhinolaryngology
, Kansai Medical University, Moriguchi 570-8507, Japan
We experienced 4 cases of refractory oral ulcers that required several months to heal . Histopatho-logical examination disclosed a benign ulcer in all cases. Regarding the healing process , a whitish change in the mucous membrane around the ulcer increased during the healing process, which later disappeared several weeks after the ulcer had healed.
