ベトナム北部ラオカイ省サパ県に居住するザオ民族の衣 文化についての第二稿として、本稿ではサパ県タフィン村に おけるザオ民族(以下「タフィン・ザオ」とする)の衣装の 素材、構成、装飾、着用方法について記述する。また、 20世紀におけるタフィン・ザオの衣装の変容についても記 述する。 (本文中、単語の後につけた括弧内の斜体アルファベット表記は現地名称 である。図版キャプションにおいて特に記載のない場合、資料の製作地、 作業や着用方法の撮影地はサパ県タフィン村、撮影者は筆者である。)
3. タフィン・ザオの染織
3.1 繊維素材
タフィン・ザオが使用する衣料素材は木綿(pyan
)と絹 (ken
)である。タフィン・ザオでは昔から機織りはせず、 織りあがった綿布を近隣のタイ民族、ザイ民族、ターイ民 族から購入してきた。 1980年頃までは、刺繍用の絹糸を作るために養蚕をお こなっていた。東南アジアの野生種といわれる黄色い繭を 結ぶカイコ(ken
)にクワの葉を与えて育て、1年1回、6 月頃に糸を引いていた。現在は、精練されていない黄色い 生糸の綛をサパなど近隣の市場でザイ民族やキン民族から 買っている。ベトナム北部ではルー民族やターイ民族も養 蚕をおこなっているが、黄色い繭が多い。 生糸を精練するには、まず稲藁を燃やし、灰が黒いうち に、すかさず集めて水に入れる。その水を濾して沸騰させ、 さらに布で濾して灰汁を用意する。 精練前の生糸の綛はセリシン成分で固まっているので、 まず綛糸を指でほぐす(図1)。つぎに、糸を布袋に入れ、 先に用意した灰汁に浸す。20∼30分後、糸を取り出して、 近くの川で洗う。石灰岩層の土壌からなるタフィン村周辺の 山々から流れてきた川の水には石灰成分が多く含まれてお り、洗うことで白さが増すという(図2)。 図1 未精練の黄色い生糸の綛を指でほぐす(2001年撮影) 図2 灰汁で精練した絹糸を川で洗う(2001年撮影) 図3 刺繍用の絹糸を足の指で引っ張りながら、太ももの上で転がして撚りをか ける(2001年撮影)精練済みの絹糸を刺繍に用いるには、数本の糸を手のひ らと太ももの間に挟んで撚りを掛ける(図3)。 木綿や絹のほか、かつてはクズやシュロなども衣料素材 として活用されていた。クズの一種(
ka tan hai
)の蔓か らとった繊維は、撚りを掛けて干し、白い糸を作っていた。 クズの繊維は短く、長い糸にはできないので、刺繍に使っ たり、 漁 網を作ったりした。 また、 シュロ繊 維(tsuon
liang
)で雨蓑を作っていた。さらに、特定の木の樹皮を 叩いて柔らかくし、乳児の背負子に使っていた。この樹皮 はあまり丈夫ではなく、1週間ぐらいで新しいものと取り替 えていた。 以下、タフィン・ザオの衣料素材は、特記しない限り市 販の綿布である。3.2 染色
3.2.1 藍染め
タフィン・ザオの衣装の大半は濃紺の綿布で仕立てられ ている。最近では既製の濃紺の綿布を購入することが多い が、白い綿布を購入して村で藍染めする場合もある。藍染 めにはリュウキュウアイ(jam
; 学名Strobilanthes
cusia
Nees)を使用している。泥藍に製藍したものを近 隣のモン民族から買うこともある。藍の発酵を助け、腐敗 を防ぐため、藍染め液には米酒やキャッサバ酒を助剤とし て、また、唐辛子、シソ、ヨモギなど数種類の薬草を防腐 剤や呪薬として入れる。3.2.2 絹糸の染色
刺繍用の絹糸は、現在では合成染料で染めたり、既製 の色糸を使用したりすることが多いが、かつては、様々な 天然染料で染めていた。タフィン・ザオの伝統的な刺繍や 装飾に必要な色は、青、黒、赤、黄である。これらのうち、 青は藍染めによる。黒は藍染めの後、赤褐系色を重ねて 染めることで得られる。 赤褐系色を染める染料素材としては、ソメモノイモ(cham
yang doi;
学 名Dioscorea cirrhosa
Lour)、 ス オ ウ (tsuang mua
;学名Caesalpinia sappan
Linne)、タイ ワンクズ(kim chong may
; 学名Pueraria
montana
Lour)、 ベ ニゾメハ グ ロ(
cham xi
;学 名Peristrophe
bivalvis
Linne)*1、赤土(nhi yang si
)などが使用されていた。 日本では八重山上布の染料として知られているソメモノイ モ(図4)は、中が赤紫色のイモを薄切りにし、水で煮て 染液を作り(図5)、糸を浸して染める。干すと色の堅牢度 が増すという。ソメモノイモは村で収穫できるので、藍染 めに重ねて黒を染めるのに一般的に用いられてきた。 スオウ(図6)やタイワンクズ(図7)は、木部を薄く削 いで砕き、水を加えて煮て染液を作り、糸を浸して染める。 現在、スオウはタフィン村の北に位置するバサット県のザオ 民族(以下「バサット・ザオ」とする)から買っているが、 高価なので、もっぱら薬用として用いており、染料としては 使っていない。タイワンクズも薬草としての需要があり、乱 獲の激しい村での育成は少なく、サパの東に位置するバオ タン(Bao Thang)県から買っている。
図4 ソメモノイモ(学名Dioscorea cirrhosa Lour)
図5 ソメモノイモを薄切りにして煮出した染液
ベニゾメハグロ(図8)は、生葉を素早く火であぶり(図9)、 藁灰をつけて手で少しもみ、すぐに水に入れて煮ると赤紫 の染液となる(図10)。ベニゾメハグロはこの地域では餅米 を染めるのに使用されてきたが、繊維用染料としては洗濯 に弱く堅牢度が低い。おそらく近年、NGOなどの工芸品 制作指導により絹糸を染めるのに使われるようになったの ではないかと推測できる。
図6 赤色染料をつくるスオウ(学名 Caesalpinia sappan Linne)の幹を砕く (2001年撮影)
図7 タイワンクズ(学名 Pueraria montana Lour)の木部
図8 ベニゾメハグロ(学名Peristrophe bivalvis Linne)
図9 ベニゾメハグロの葉を火であぶる(2001年撮影)
図 10 ベニゾメハグロの葉から作った染液に絹糸を浸し、赤紫色に染める (2001 年撮影)
赤土は水に溶かして加熱し、糸を浸して染める(図11)。 黄色を染めるには、ウコン(
yan chang
学名Curcuma
domestica
Valet.)(図12)のほか、ハゲキテン(giang
tan
、学名Morinda officinalis
How.)(図13)、ダンチ ク(nom giao
;学名Phragmites communis
Trinius) (図14)などが用いられる。いずれも小さく砕いたり切ったりして、水で煮た液を濾し(図15)、絹糸を浸して染める。
図11 赤土を水に溶かした染液に浸した絹糸
図12 ウコン(学名Curcuma domestica Valet.)
図13 黄色染料をつくるハゲキテン(学名Morinda officinalis How.)
図14 葉を黄色染料として使用するダンチク (学名 Phragmites communis Trinius)
4. タフィン・ザオの衣装
4.1 女性の衣装
タフィン・ザオの成人女性たちの多くは、民族衣装が重 要な観光資源であることをよく理解しており、みやげ物の販 売をする際にも民族衣装を着用することが必須だと感じて いるようである。こうした民族衣装も時代とともに変化して いるが、そうした変容については後述することとし、まず、 2008年においてタフィン村で一般的な女性の衣装につい て記述する。 女性の衣装の基本構成は、ズボン、前開き長袖の上衣、 腰帯、胸当て、頭巾、脚絆である(図16、図17)。4.1.1 女性のズボン
ズボン(hau
、図18)は筒型脚部のゆったりとした形で、 ふくらはぎから足首あたりまでの丈である。ウエスト部分に は紐やボタンはなく、腰のところで余った部分をたたみ、 外側に折り返すなどして固定する。脚部の前下部は濃紺の 綿布に刺繍をした長方形の別布で構成されている。 女性のズボンの刺繍は、白、黒、黄の3色で構成される。 この配色は、タフィンの衣装の刺繍に特徴的である。黒に 近い濃紺の布に黒い糸で刺繍をした部分は、新しいうちは ほとんど見えないが、何度か洗濯をするうちに、黒い刺繍 糸が退色して紫色になり、黒い地布も退色して紺色になっ て、見えるようになる。ただし、最近では、細かい部分の 黒糸による刺繍を省略している場合が多い。 ズボンの刺繍模様は、白、黒、黄のタテ縞を2段また は3段重ねた模様構成になっている(図19)。タテ縞をな す3色のパネルの部分は、布の織目に沿った運針で紋織の ように見えるウィーブ・ステッチで、V字型を重ねた菱形を 連結した図柄が表されている(図20)。タテ縞の段の間には、 小さな樹木形モチーフを白と黄の糸で交互に刺繍した細い 段が2段ある。この部分には白と黄の刺繍の間を埋めるよ うに黒糸による刺繍がはいっている場合もある。刺繍部分 の最上部には、白、黒、黄の3色の卍形モチーフが水平 に連続配置されている。 ズボンの裾の縁には白と赤の細い組紐が縫いつけられて いる。組紐ではなく赤と白の布を重ねた細い線状のアップ リケで始末されている場合もある。 図16 タフィン・ザオ女性の衣装 (2008年撮影) 図17 タフィン・ザオ女性の衣装背面 (2008年撮影) 図18 タフィン・ザオ女性のズボンなお、伝統的な衣装様式において、女性はズボンの内 側に下着に相当するものは着用してこなかった。ただし、 女性たちは生理に備えて常に腰に1本の紐を巻いており、 生理時には、この紐に布を細長くたたんだものを掛けて固 定し、褌のように着用する。野良仕事などに出ている際に 生理になった場合には、応急に頭巾の1枚を当て布として 用いるという。
4.1.2 女性の脚絆
脚絆(la peng
)は幅10㎝、長さ70㎝ほどの長方形 の綿布で、日常用としては藍染めの布が使用される(図 36、図49)。足首からふくらはぎの上まで巻きあげ、巻き 終わりは端に縫いつけられた紐で固定する。4.1.3 女性の上衣
(構成) 女性の前開き長袖の上衣(luy
)は、日本の着物のように 前後つながった2枚の身頃を背中中央で縫い合わせて仕 立てられている。衽はなく、脇には裾から腰までスリットが はいっている。前後身頃と袖の肩から肘上までの部分は1 枚の布で作られ、袖の先半分と後ろ身頃の腰から下の垂れ 部分は刺繍された別布で構成されている。また、首の後に あたる部分に襟になる布を足し、左右の前身頃につなげて いる(図21、図22)。 (着用方法) 前後の身頃は地面に垂れる長さがある。後の垂れは腰 帯でたくし上げ、裾がふくらはぎ中程にくるように着用する。 上衣の前開きにはボタンやフックはなく、左右の身頃を重ね、 腰帯で固定する。腰帯はウエスト周りに2重に巻き後で結 ぶ。さらに、左右の前身頃を腰の前で交叉させ、後にまわ し結びあわせる。このため後姿では、2本の帯を結んでい るように見える(図17、図35)。 (刺繍装飾) 女性上衣の首の後、袖口、裾、脇のスリット、前開きの 下半分は、赤と白の綿布による細い縞状のアップリケで縁 図19 2 着の女性ズボンの刺繍部分。いずれも、黒い刺繍糸が退色し紫色に なっている。基本的なモチーフは共通だが、2 段構成のものと、3 段構成 のものがある 図20 女性ズボンの刺繍(部分) 図21 図22 タフィン・ザオ女性の上衣。この上衣は、タフィン・ザオの伝統的 な装飾様式のものとして、2008年にタフィン村で製作してもらっ たものである取られている。縞の一部に青い布が用いられている場合も ある。また、刺繍装飾が、前開きの胸部分、袖口、後身 頃の下半分、背中の中央に必ずほどこされている。近年で は前身頃の裾にも刺繍がある場合が多い。 (袖口の刺繍) 上衣の袖口には白と黄の小さな杉の葉形モチーフの列が 5段、または7段、重ねて刺繍されている。その間に袖口 の端と同様の赤白の縞状アップリケ装飾がある(図23)。 (後身頃垂れの刺繍) 後身頃下部の垂れ部分は全面が刺繍で装飾されている (図24)。模様構成は、周囲の赤白の縞状アップリケの内 側に、白と黄の小さな杉の葉形モチーフを連続配置した刺 繍を2段に配置。さらに、その内側に周囲と同様の赤白の 縞状アップリケと2段の刺繍が反復される。垂れの中央部 分は水平の段構成になっている。この部分には小さな杉の 葉形モチーフのほか、樹木形の少し大きなモチーフを並べ た段や、人の形に見えるモチーフを並べた段がある。そして、 中程に広い段がひとつあり、上下対称の幾何学的草花形を 連続した大きめのモチーフが白と黄の糸で刺繍され、その 間には卍と突起のある山形形モチーフが黒と青の糸で刺繍 されている(図25)。 (ルイ・タン) 上衣の背中の中央には、ルイタン
luy
tan
とよばれる長 方形の刺繍ピースが縫いつけられている。刺繍には白、黒、 黄の糸が用いられているが、ここでも白と黄の模様の間を 埋めるように黒糸で刺した部分はほとんど見えない。現在、 タフィン村で一般的なルイタンの模様構成では、中央に大 きめの上下対称の幾何学的図柄をひとつ配し、その周囲を 黄と白の小さな樹木形のモチーフの列が2重に縁取ってい る。周囲の刺繍の模様は、どの女性のものもほぼ同じであ るが、中央のモチーフには数種類の異なるデザインがみら 図23 女性ズボンの刺繍(部分) 図24 女性上衣の後垂れ部分 図25 女性上衣後垂れ刺繍れる(図26∼31)。ルイタンの中心のモチーフは、家系な どによって決まっているわけではなく、なかにはタフィン村 に住むモン民族の刺繍から採り入れたというデザインもある (図28、図29)。 Pourret[2002:23]によると、東南アジアや中国南部の ヤオ(瑤)民族の上衣の背中中央にしばしばみられる長方 形の刺繍パネルは、前稿で述べた伝説上の祖先「盤護」 との結びつきを示すものであるという。タフィン・ザオも中 国から移住してきたヤオ民族のサブ・グループであるが、 前稿に記したように、ベトナムのザオ(=ヤオ)のあいだで は盤護神話は一般的には流布しておらず、タフィン村では 盤護神話を知るひとには出会ったことがない。また、タフィ ン村では上衣の背中の刺繍ルイタンと、祖先神話や歴史を 結びつけるような話も採取できていない。 (背中上部の房状装飾) 女性の上衣の首の後には、銀色のコインや鎖、鈴、赤い 糸、白と黒のビーズなどによる房からなる装飾(
nyan lip
) が縫いつけられ、背中の刺繍ピースの上に垂れている(図 32)。フランスがこの地域を植民地支配していた20世紀前 半のフランスの銀貨が使われている場合もある。この部分 の房の数は本来は5つで、生活に必要な5つの要素、す なわち、2本足の動物(ニワトリ、カモなど)と4本足の動 物(ブタや牛)、そして、シャベル、鍬、ナイフを象徴して いるという。 (前開きの刺繍) 女性の上衣首周りから前開き部分(luy leng
)にかけては、 数センチの幅の刺繍があり、さらに小さな赤い絹糸の房と 白と黒のビーズによる装飾がある(図33)。前開きの端は 図 26 図 27 タフィン・ザオ女性上衣背中の刺繍、ルイタン 図28 図29 タフィン・ザオ女性上衣背中の刺繍、ルイタン。この2つについて は中央のモチーフはモン民族の刺繍から採り入れたという 図30 図31 タフィン・ザオ女性上衣背中の刺繍、ルイタン 図32 女性上衣の背中上部の房状装飾4.1.4 女性の腰帯
腰帯(la sin
)は、幅10∼15cm、長さが2mほどで、 両端には、前身頃の裾と同様の白、赤、青、黒の幾何学 的円花モチーフが刺繍されている(図35)。前身頃の裾の 刺繍と同様、腰帯の端の刺繍も、バサット・ザオから刺繍 布を買って縫いつけたり、あるいは完成した帯を購入したり してきた。 晴れ着としては、銀のコインや鈴で装飾された幅10cm、 長さ70cmほどの 飾り帯(la sin ton
) を着用する( 図 36)。飾り帯は芯を入れて固く仕上げられており、通常の腰 帯を締めたうえに巻き、後で端についている紐で留める。4.1.5 胸当て
女性は、チャンポンchangpon
とよばれる細長い胸当 てを上衣の内側に首から着用する(図37、図38)。胸当て は、幅約10cm、長さ50∼80cmで、周囲は赤白の縞状 アップリケで縁取られている。胸当ての上半分は赤い布を ベースに作られており、刻線模様のある銀の装飾板が数枚 ついている。こうした銀の装飾板は母親が娘の婚礼の際な どに贈るものである。首周りも銀の鋲で飾られている。胸 赤と白の細い組紐で縁取られている。前開き部分の刺繍は、 白、黒、青で構成されており、タフィン・ザオの刺繍に特徴 的な黄色は使われていない。クロス・ステッチでほとんどの 模様が表されていることや、樹木形モチーフがないことも、 他の部分の刺繍とは異なる。 (前身頃裾の刺繍) 前身頃の裾には、かつては刺繍はなかったが、この10 年ほどの間に、白、赤、青、黒で幾何学的円花などを刺繍 した別布を前身頃の裾に縫いつけている女性が増えている (図34)。これは、近年、サパの市場にやってくるバサット・ ザオの女性が作った刺繍布を購入し、帯に縫いつけて使う ようになったからだという。タフィン・ザオの女性たちが自 分たちで刺繍するときもバサット・ザオのデザインを使って いるということである。前身頃の腰から下は後にまわして結 ぶので、後姿では、同様の刺繍がある腰帯と区別がつきに くい(図17)。 図33 2着の女性上衣の前開き部分(lui leng)にみられる刺繍モチーフ。左のも のは退色している 図34 タフィン・ザオ女性上衣の前身頃の左右の裾に縫いつけられた刺繍装飾 布。バサット県のザオ民族の刺繍デザインが使われている 図35 タフィン・ザオ女性の後姿。刺繍のある 腰帯を結び、その上に刺繍のない前身 頃の裾を結んでいる(1998年撮影) 図36 盛装し、飾り帯を着用したタフィ ン・ザオ女性(1998年撮影)当ての下半分は濃紺の布で作られ、途中に縁取りと同様の 赤白の縞状アップリケがある。内側に樹木形や卍形などの 小さなモチーフが刺繍されている。胸当ての下の部分は、 上衣の下からズボンの正面に垂らす。 女性の上衣にはボタンやフックがないので、胸当てには 胸元の隙間をふさぐ機能があるが、タフィン・ザオの胸当て は幅が10cmほどしかないので乳房までを被う機能はな い。むしろ、銀の装飾板などを見せるための装飾としての 機能が大きい。最近は、上衣の内側にブラウスやTシャツ を着用することが一般的になり、また、上衣の胸元を安全 ピンで閉じるようになったので、胸当てとしての機能は必要 なくなっている。しかし、ズボンの前に垂らす胸当ての下 部分はタフィン・ザオの衣装構成として必要なので、ブラウ スなどを着ていても、そのうえに胸当てをしている。ただし、 近頃、胸当てを着用せず、胸当ての下部分だけを切り離して、 上部に紐をつけた小さなエプロンのようなもので代用してい る女性もいる。 胸当ての下半分は、上衣の前身頃を後にまわして結んで いるため、その代わりの意味があると推測できるが、後で 上衣の着用方法の変化とともに再度とりあげる。
4.1.6 女性の頭巾
タフィン・ザオの成人女性の多くは、額上部の毛髪、耳 の前の産毛、眉など顔周辺の毛をきれいに抜き取っている。 これは、2∼3本の糸を撚ったものを顔面に押しつけなが ら滑らせ、糸の間に産毛を絡ませ引き抜いているのである (図39)。髪が頭巾からはみだして見えるのは美しくないと 考えられており、かつては10歳頃から顔周辺の髪を抜いて いた。成人女性は髪を頭頂部で髷にしている。現在では、 若い女性たちには髪を抜いていないひとや、髷に結ってい ないひとが多い。 図37 タフィン・ザオ女性の胸当て(changpon) 図38 胸当てを着用した女性。胸当ての下部は、 帯の下から、ズボンの正面に垂らす(2008 年撮影) 図39 額の毛を糸に絡ませて抜き取ってもらう女性 (2001年撮影)タフィン・ザオの女性たちは幼児を除き、赤い頭巾を着 用している。この頭巾の色に「赤ザオ」という呼称は由来し ている。従来より頭巾用の赤い布は外部から購入しており、 現在、頭巾に使用している布は、化学染料染めの機械織り 綿布である。 女性が日常に着用する頭巾は2種類ある。すべての女性 が常に着用しているのは、赤に白で縁取りをした一辺が約 65cmの正方形の布を三角に半分に折った頭巾で、髪全体 を包むように巻きつけ、額の上で結ぶ。この頭巾はゴンコ ウ
gong khou
とよばれる。未婚の女性たちの衣装や、暑 い時期などの略装としては この頭巾のみを着用している (図39、図40、図47)。 さらに、成人女性たちは、65cm×75cmほどの長方 形の赤い綿布を数枚重ねた頭巾、ホンhong
を着用する。 この頭巾も白い縁取りがされ、一方の短い辺の両角に赤い 絹糸を束ねた約40cmの房が3カ所についている。盛装 用ではこの部分に銀のコインや鈴が縫いつけられている。 もう一方の短い辺の両角には50cmほどの赤い房がひとつ ずつ付いている。房や飾りは頭巾1枚ずつについているの で、何枚も重ねるとより豪華になる。日常には5∼7枚、 若い娘の盛装や婚礼の衣装としては10∼30枚の頭巾を 重ねて着用する(図41、図42)。 着用方法は、まず、重ねた頭巾を房飾りが多数ある辺を 前にして頭全体にかぶり、後から二つの角を額へと引き寄 せて頭を包み固定する。前に垂らしている部分に縦に襞を ひとつとり、前から後へと折り返し、房は内側へ巻き込み、 形を整える。最後に、長い房を頭頂部で結び、頭巾全体を 固定する(図43∼46)。 図40 略装の頭巾(gong khou)姿の女性と帽子をかぶった女児(2008年撮影) 図 41 図 42 銀のコインや鈴で装飾された盛装用の頭巾(hong)を着用した若 い女性。耳の前の産毛はきれいに抜き取られている(1998 年撮影) 図 43 図 44 図 45 図 46 タフィン・ザオ女性の頭巾(hong) 着用方法(1998年撮影)4.1.7 負んぶ紐、 肩掛け
以上の基本的な衣装要素に加え、タフィン・ザオの女性 たちがしばしば身につけている民族衣装の一部として負ん ぶ紐と肩掛けについても記述しておく。 乳児を背負うための負んぶ紐(suan nia
)は、長方形 の濃紺の綿布に長い襷をつけ、周囲を赤白の縞状アップリ ケで縁取ったものである(図47、図48)。襷の端に赤い房 やビーズ、刺繍による装飾がついているものもある。襷は 胸の前で交叉させ、脇から後にまわし、背負った子供を支 えるように結ぶ。 負んぶ紐を小さくしたような形の肩掛け(suan yao
)(図 49∼52)は、肩から背中の上部を被うほどの大きさで、 周囲は赤白の縞状アップリケで縁取られている。帯状の部 分は刺繍と赤い房飾りやビーズで装飾されている。この帯 状の部分は、肩から前に垂らす着用方法(図49、図50)と、 首元にある紐とボタンで留めてから、背中側に折り返し、 後でV字型になるようにもう一カ所紐で結ぶ着用方法(図 51、図52)がある。現在では肩掛けを着用しているひと は少ないが、数年前までは、未婚・既婚の女性たちが、日 常および盛装としてしばしば着用していたという。肩掛けの 機能については、負んぶ紐と似た形であるため、婚期にあ ることを示すのではないかという説もある*2。しかし、タフィ ン村での聞き取りでは負んぶ紐とは直接関係がないという。 また、年配の女性たちが、装飾の少ない肩掛けを外出時に 着用したり、寒い時期に防寒として着用したりしているのも 見かける(図53)。肩掛けの、装飾以外の実用的な機能と しては、防寒のほか、背中に篭を背負うときなどに、背中 の刺繍や装飾が擦れて痛まないようにするといったことも考 えられる。 図 47 図 48 負んぶ紐(suan nia)で赤ちゃんを背負う女性。略式の頭巾(gong khou)を着用。観光客向けのみやげ物として古い衣装から作 られたバッグを掛けている (2008 年撮影) 図49 図50 タフィン・ザオの婚期にある未婚女性の盛装。ズボン、上衣、 胸当て、腰帯、飾り帯、肩掛け(suan yao )、銀の装飾のつい た頭巾、脚絆、銀の首飾りを着用4.1.8 花嫁の衣装
婚礼において花嫁は日常の衣装と同様の上衣やズボンを 2枚以上重ねて着用する。多い場合は5∼7着も重ねて着 る。一番外に着用する上衣は新しく、刺繍も念入りである。 外側に着用した上衣の前身頃は前に垂らしておく。腰帯で 上衣を固定し、飾り帯や肩掛けを着装する(図54)。脚絆 は、日常用の藍染めのものではなく、白地に濃紺の刺繍が あるものを着用し、赤い紐で固定する(図55)。 花嫁が花婿の家へ輿入れする際、花嫁は特別な頭飾り を着装する。まず、1枚の頭巾を巻いたうえに大きな専用 の木枠(gong
)を固定する(図56、図57)。この木枠は、 頭にかぶせる部分とその上部の左右に張り出した部分は一 体で木片を削って作られており、前方に三角に張り出す部 分は3本の角棒で作られている。 図 54 婚礼時の上衣の前身頃 は前に垂らす。飾り帯 と白い脚絆を着用して いる(2002 年撮影) 図51 図52 肩掛けの帯状の部分を後にまわし着用(2001年撮影) 図53 装飾が簡素な肩掛けを着用しているタフィン・ザオの女 性。背負い篭にいれて持ってきた工芸品をサパの街の路 上に並べて露店しながら、刺繍に励んでいる(2008年 撮影) 図55 婚礼用の白い脚絆を巻く(2002年 撮影)木枠の上には3種類の布が掛けられる。まず、約3mの 赤い布(
hon yo
)1枚を花嫁の顔や体を隠すようにかける。 その上に、両端に約50cmの赤い絹糸の房がついた幅 75cm、長さ150cmほどの赤い布を7∼9枚重ねる。一 番上に、ウマのモチーフなどを赤、黒、白で細かく刺繍し た婚礼用の頭巾、パーpaa
を掛ける(図58∼60)。 婚礼用の頭巾、パーは、花嫁が自分で刺繍することになっ ている。もし、自分で刺繍したパーでない場合、刺繍した 面を裏にして着用しなければならない。また、花嫁が処女 の場合にはパーを着用するが、すでに妊娠しているときや、 再婚である場合にはパーは着用しない。 婚礼において、花嫁は頭から垂らした赤い布の覆いを閉 じ、花婿の家に入るまで顔を見せない。花嫁が顔を見せな いのは、花嫁の両親が自分たちの娘が特別な娘であること を誇示するためで、花婿とその母親だけが、花嫁の覆いを 開けることができる。 婚礼に際しては、花嫁の両親は娘に腕輪や、胸当てにつ ける装飾板、頭巾などにつけるコインなどの銀製品を与え る。また、婿の家からも、婚資の一部として銀貨や銀の腕 輪や首輪が嫁側の家に贈られる。 図56 婚礼用の頭飾り用の木枠(gong) 図57 婚礼用の頭飾りの木枠を着装 する(2002年撮影) 図58 図59 輿入れの際の花嫁の衣装を再現(2002年撮影) 図60 婚礼衣装用の刺繍頭巾、パー(paa) 図61 19世紀末頃撮影されたヤオ民族の婚礼の衣装[Robequain 2001:fig.52]婚礼時に、大きな頭飾りを着用する慣習は、ベトナム北 部や中国に住むヤオ(=ザオ)に広くみられ、グループや 地域により様々なスタイルがある。19世紀末頃撮影された 図61のヤオ民族の婚礼衣装の写真[Robequain 2001: fig.52]には、撮影地の詳細なデータはないが、上衣や胸 飾り、大きな枠に掛けた布や一番上に見える装飾のある布 など、タフィン・ザオの婚礼時衣装に近似しており、このよ うな伝統がタフィン・ザオに近緑なグループにおいて100 年以上前から続いてきたことがうかがわれる。
4.2 男性の衣装
男性の衣装は、長袖前開きの上衣、袴、脚絆、頭巾で、 構成される。4.2.1 男性のズボン
男性のズボン(hau
)は、女性のズボンと同様の仕立て だが、刺繍装飾はない。男性もズボンのウエスト部分を折 りたたんで着用する(図62)。4.2.2 男性の上衣
男性の長袖上衣(luy
)は腰までの丈で、前開き、左 身頃に数センチ幅の衽がついており、銀色の丸ボタンで閉 じる(図62∼65)。身頃の脇には裾から約10cmのスリッ 図 62 タフィン・ザオ男性 の日常の衣装。上衣、 ズボン、頭巾。なか には T シャツを着て いる(2001 年撮影) 図 63 タフィン・ザオ男性の上衣と頭巾(2008 年撮影) 図64 図65 タフィン・ザオ男性の上衣。晴れ着として使用されていたもの 図 66 男性上衣の前衽。銀色の装飾ボタンが多数ついているのは 晴れ着用であるトがある。首周りは、簡単にパイピングされているものと、 2cmほどの立ち襟がついているものがある。盛装用の男性 上衣は衽の端に銀の丸いボタンや鋲が多数縫いつけられて いる。首元を開けたまま着用することが多いので、衽の上 半分は裏側も銀の鋲で装飾されている(図66)。女性の上 衣と同様に、男性上衣の背中にはルイ・タンとよばれる長 方形の刺繍ピースが縫いつけられ(図65)、袖口も白と黄 の小さな樹木形モチーフの列を5∼9段重ねた刺繍と赤白 の縞状アップリケで装飾されている(図67)。 ところで、男女ともに共通する袖口部分のデザインであ るが、これは、2枚の上衣を重ねて着用し、下の上衣の袖 口が重なって見えた状態を模しているのではないだろうか。 図23や図67では、赤白の縞状アップリケが袖口の縁と、 白と黄の刺繍の中程の2カ所にあり、刺繍の左端に見える ボーダーのデザインが、中程の赤白の縞状アップリケの右 側には表されていない。このことで、2枚の袖口が重なっ たように見える。 タフィン・ザオ、およびベトナム北部の他のザオ・グルー プにおいても、それぞれの村のなかでは、伝統的な衣服の デザインは形も刺繍の色柄も基本的に同じで、刺繍の量や 精緻さと、新品であることぐらいでしか質の差はつかない。 そして、タフィン・ザオでは婚礼などの儀礼においては、同 じ衣服を2枚以上重ねて着用することで豊かさを誇示する 慣習がある。こうしたことから、タフィン・ザオの上衣袖口 の装飾デザインは、1枚しか上衣を着用していなくても2枚 の上衣を着用したように見える、という発想に由来するので はないかと考える。同様に、図24にみられるような女性 上衣の後垂れも、周囲とその内側に赤と白の縞状アップリ ケがあり、垂れが2枚重なった状態を模したデザインでは ないかと考えている。さらに、女性の胸当て(図37)の下 部も、赤白の縞状アップリケで縁取られた2枚の前身頃裾 が重なった状態を模したデザインに由来すると思われる。 同様のデザインは、タフィン村周辺の他のザオグループに おいても見られるので、次稿で再度とりあげる。
4.2.3 男性の頭巾
タフィン村のザオの男性は、かつては額の髪やもみあげ、 眉や髭を抜き取り、頭頂部だけに髪を残し、髷にしていた。 現在ではこの習慣は廃れたが、髭をのばしている男性はい ない。 男性の頭巾(gong pyou
)は幅20cm、長さ3mほどで、 両端に赤、青、白で樹木形や円花形などの模様が刺繍さ れている。男性の頭巾の刺繍もバサット・ザオの刺繍デザ インを採用している場合が多い。頭巾は頭全体にぐるぐる 巻きつけ、最後に一方の端が見えるように挟み込んで留める (図63、図68)。4.2.4 男性の脚絆
男性の脚絆(la peng
)も女性のものと同様、幅15cm、 長さ70cmほどの長方形の濃紺の無地布である。4.2.5 男性の儀礼の衣装
タフィン村における男性の儀礼の衣装については、現在 図67 男性上衣の袖口。細かい刺繍がほどこされている 図68 タフィン・ザオ男性の頭巾(2001 年撮影)まで実際に目にする機会がなく、以下の記述は村での聞き 取りと文献資料による*3。 婚礼において男性は、男性の上衣の外に重ねて、女性の ものと同じ裾の長い上衣を着用する。また、儀礼をおこな う祭司や、成人としての名前を与えられる命名儀礼を受け る男子は、女性の上衣に似た裾の長い上衣と、赤い花柄プ リント綿布の袖無し羽織を着用する。 タフィン村での聞き取りでは、男性祭司が女性の上衣を着 用するのには、以下のような理由があるという。かつて祭司 は女性であった。あるとき、儀礼の最中に祭司である女性 が産気づき、儀礼を遂行できなくなった。そこで、いつも彼 女と一緒にいて、儀礼の手順を覚えていた夫が妻に代わり祭 司を務めた。その後、男性が祭司をおこなうようになったが、 男性祭司も女性の長い上衣を着る習慣が続いているという。 男性の命名儀礼は、成人儀礼であると同時に、ザオ民 族の信仰や儀礼についての知識を学び、祭司となる修行の 第一段階でもあるため、祭司と同様、女性の上衣を着用す ると解釈できる。
4.3 子供の衣装
子供の上衣とズボンは、大人の衣装を小さく仕立てたも のである。今日では、男児が伝統的な上衣やズボンを着用 しているのはほとんど見かけることがない。女児は4∼5 歳になると伝統的な上衣や袴を着用している子が多いが、 刺繍を簡略にしたり、着やすいように上衣の裾を短くしてい る場合もある(図40、図69、図70)。6歳くらいまでの幼 児は、頭巾ではなく、半円形の帽子を着用する。幼児の帽 子は女児と男児でデザインが異なる。女児の帽子は女性の ズボンの刺繍と同様のデザインが白、黒、黄で刺繍された 濃紺の布で仕立てられ(図71)、男児の帽子は赤い布と黒 い布を交互に配して仕立てられている(図72)。帽子はい ずれも、銀のコインや鈴、鋲、細長いジュズダマのような 草の実ビーズ、子安貝、赤い房などで装飾され、白と黒のビー ズを通した顎紐がついている。幼児の帽子は子供を霊的に 病気などから守護すると考えられている。 図 69 タフィン・ザオ女児。ズボ ンや袖口の刺繍は簡略に してある。腰帯は着用して いない(2001 年撮影) 図 70 前身頃を短くした上衣を着 用したタフィン・ザオ女児。 下半身には市販のズボンを 着用(2008 年撮影) * 3 Vo and Burket 2001: 62-65, Vu(ed.)2007: 159-161.5. タフィン・ザオの衣装の変容
一般に、民族衣装には何十年もの時代を経てもほとんど 変化しない要素と、時代とともに変容していく要素がある。 そのような民族衣装の変容がどのような契機で生じるのか は衣装文化研究の中心課題のひとつである。タフィン・ザ オにおいても、合成染料の使用やTシャツなど市販の洋 服の着用といった「現代化」とは別に、女性の民族衣装に いくつかの注目すべき変容があったことが、タフィン村や、 タフィン村の北に位置するバンホアンBan Khoang村で の調査で明らかになった。バンホアン村では、タフィン村 出身でバンホアン村へ数十年前に嫁いできた84歳(1924 年生)の女性からタフィン・ザオの衣装について話をうかがっ た。 まず、女性の上衣の着用方法について、20年ほど前ま では、上衣の左右の前身頃は、現在のように腰の前で交叉 させて後にまわして結ぶのではなく、前に長く垂らして着用 していた。そして、前身頃の裾には刺繍装飾はなかった(図 73)。年配の女性たちのなかには、現在も正装としては前 身頃を垂らして着用するひとも希におり、また、花嫁が上衣 の前身頃を垂らして着用するのも(図54)より古い伝統に 従っているからである。図74の1920年代に撮影されたサ パ県のザオの女性も裾に装飾のない前身頃を垂らして着用 している。 そして、上衣の前身頃を垂らして着用していたときには、 女性の胸当て(図37)は上半分の胸の部分しかなかった。 先に述べたように、前身頃を後にまわして結ぶようになって から、前身頃を2枚重ねてミニチュア化したようなデザイン の刺繍の布を胸当ての下に縫いつけ、帯の下から垂らすス タイルが一般的になった。 前身頃を後にまわして結んで着用するようになったのは、 前身頃を垂らしていると労働のじゃまになるからだという。 ただし、これはタフィン村で始まったスタイルではなく、タ フィン村よりも南に位置するタヴァンTa Van村のザオ民族 の着用方法と胸当ての様式が導入され一般化したのだとい う。タヴァン村など周辺の村の衣装は次稿でとりあげる。 図 73 タフィン村出身でバンホアン村へ嫁 いできた 84 歳の女性。写真を撮ら せてほしいというと、彼女が整えて きた盛装は、タフィン・ザオの数十 年前の様式から変わっていないという (2008年バンホアン村にて撮影) 図 74 1920 年代に撮影されたサパ 県のザオ女 性 [Pourret 2002: fig.160]。現在では、このよう に上衣の前身頃を垂らして着用 している赤ザオはサパ県および その周辺にはいない 図 75 タフィン・ザオの古い様式の女性 の帯の刺繍(2008 年バンホアン 村にて撮影) 図 76 タフィン・ザオの昔の様式の 帯を着用した女性(2008 年 バンホアン村にて撮影)また、腰帯は、現在はバサット・ザオ様式の刺繍が両端 にあるが、以前は帯の一方の端にのみ樹木形モチーフなど が白、黒、黄で刺繍され、40∼50cmの房がついていた(図 75)。着用方法も、腰帯の両端を後で結ぶのではなく、腰 に2回ほど巻き、刺繍のある端が見えるように房だけを内 側に挟み込んで固定していた(図76)。 さらに、女性のズボンの刺繍は20∼30年前までは、 現在とは異なるモチーフだった。図77は、タフィン村から バンホアン村へ嫁いだ84歳の女性が、新しい刺繍デザイ ンが導入された頃にはすでに年をとっていて覚えることがで きなかったので、昔ながらのデザインで作り続けてきたとい うズボンの刺繍である。現在タフィンで一般的なズボンの 刺繍(図19、図20)とは異なり、柱状パネルが低く、上 の段にはシダの葉のような斜めのモチーフが表され、下の 2段も卍や鈎型を囲む図柄である。 図78は、タフィン村の55歳(1953年生)の女性がズ ボンの古いデザインの刺繍模様として再現してくれたものだ が、より古いと推測できる図77の刺繍と現在の図18の刺 繍との中間的デザインとなっている。いずれも、近隣のグルー プとの関連がうかがわれる。 以上のタフィン・ザオの衣装についての記述をふまえ、次 稿においては、サパ県とその近隣に居住する、タフィン・ ザオと同様「赤ザオ」とよばれてきたグループの衣装を紹介 し、比較をおこなう。 参照文献
Vo Mai Phuong and Burket,Claire
2001 A Yao Communitiy in Sapa, Vietnam. Hanoi: The
Vietnam Museum of Ethnology. Vu Quoc Khanh(ed.)
2007 The Yao People in Vietnam. Hanoi:VNA Publishing
House.
Howard, Michaerl C. and Howard, Kim Be
2002 Textiles of the Highland Peoples of Northern
Vietnam. Bangkok: White Lotus. Pourret, Jess G.
2002 The Yao. Chicago: Art Media Resources. Robequain, Charles
2001 Photographic Impressions of French Indochina:
Vietnam, Canbodia, and Laos in 1930. Bangkok:
White Lotus.
図77 1924 年生まれの女性が作ったタフィン・ザオ女性ズボンの古い様式の刺 繍。黒い刺繍糸の代わりに茶色い糸を用いている
図78 1953 年生まれの女性がつくったタフィン・ザオ女性ズボンの古い様式の 刺繍。新品のため黒い刺繍部分が見えにくい