[PRESS RELEASE]
平成 28 年4月27日
鳥インフルエンザウイルスはヒトで増殖しやすく変化する
~鳥インフルエンザウイルスのメカニズム解明に関する論文掲載~ 京都府立医科大学医学研究科 感染病態学 講師 渡邊 洋平らの研究グループは、 H5N1 高病原性鳥インフルエンザウイルスが感染患者体内で獲得するウイルス遺伝子変異 を網羅的に解析することで、ウイルスポリメラーゼ遺伝子の新たな適応変異を同定するこ とに成功し、本件に関する論文が米国科学雑誌『PLoS Pathogens』オンライン版に平成 28 年4月20 日(水)に掲載されましたのでお知らせします。 これまで、鳥インフルエンザウイルスのパンデミックウイルスへの変異メカニズムは不 明でしたが、今回の研究成果により、鳥インフルエンザウイルスがヒト生体内で増殖しや すく変化する新しい分子メカニズムが提起され、パンデミックインフルエンザ発生メカニ ズムを解明する糸口として、パンデミックインフルエンザ対策や新規抗ウイルス薬の開発 に繋がっていくことが期待されます。 1 研究概要 本学大学院医学研究科 渡邊 洋平 講師らの研究グループは、H5N1 高病原性鳥インフル エンザウイルスがヒトで増殖しやすく変化する分子機構を明らかにしました。 パンデミックインフルエンザ(注1)は、鳥や豚で流行するインフルエンザウイルスがヒトで 増殖しやすく変異を獲得することで発生すると考えられていますが、その詳細なメカニズ ムは不明です。H5N1 高病原性鳥インフルエンザウイルスは、鳥からヒトに感染すると致 死率が 60%と極めて高い重度の呼吸器疾患を引き起こすことから、そのパンデミック化が 危惧されています。特に、エジプトは、H5N1 高病原性鳥インフルエンザの蔓延地域であ り、世界保健機関(WHO)の報告によると、近年ヒト感染事例が際立って多いことから、 同地域からパンデミックウイルスが出現する高い潜在性が指摘されています。 本研究グループは、エジプトにおいて H5N1 高病原性鳥インフルエンザウイルスに感染 した患者から検出されたウイルス遺伝子変異を網羅的に探索しました。その結果、ウイル スが感染患者体内において、ウイルスポリメラーゼ蛋白質(注2)に新たな適応変異(注3)を獲得 していることを明らかにしました。これらの研究成果は、鳥インフルエンザウイルスがパ ンデミック化する新しい分子メカニズムを提起するものであり、パンデミックインフルエ ンザ発生メカニズムの解明の糸口となり、パンデミックインフルエンザ対策や新規抗ウイルス薬の開発の基盤となる重要な発見です。 本研究は、京都府立医科大学、大阪大学、エジプト国 Damanhour 大学、国際医療福祉 大学病院、中部大学と共同研究で行ったものです。 2 研究内容 <研究の背景と経緯> H5N1 高病原性鳥インフルエンザウイルスは、1996 年頃中国で出現し、現在までにユーラ シア・アフリカ大陸において広範に分布しています。また、中国、インドネシア、ベトナ ム、エジプトにおいて鳥類において継続的な伝播を繰り返す流行域を獲得しており、当該 地域において、感染鳥との濃厚接触によって致死率が 60%と極めて高い重度の呼吸器疾患 を引き起こすことから、公衆衛生上の重大な懸案事項となっています。鳥や豚で流行する インフルエンザウイルスは、ヒトで増殖しやすく変異を獲得することで、歴史的にパンデ ミックウイルスに変化してきました。そのため、H5N1 高病原性鳥インフルエンザウイル スが、感染を繰り返す過程でパンデミック化する危険性があります。特に、エジプトは、 近年のヒト感染事例の 67%が報告されている特異な地域であることから、同地域から H5N1 由来パンデミックウイルスが出現する潜在性が高いと指摘されています。 しかしながら、鳥インフルエンザウイルスが変異を獲得することでヒトに感染しやく変 化するメカニズムの詳細は不明なままでした。また、H5N1 高病原性鳥インフルエンザウ イルスを含む鳥インフルエンザウイルスが感染患者体内で獲得するウイルス遺伝子変異に ついて、これまで大規模に解析されたことはありませんでした。 <研究内容> 本研究グループは、エジプトの感染患者において、H5N1 高病原性鳥インフルエンザウ イルスが獲得したウイルスポリメラーゼ蛋白質の変異を網羅的に探索しました。まず、過 去に報告があるヒト感染事例において分離された高病原性鳥インフルエンザウイルス遺伝 子配列を網羅的に解析することで、感染患者由来ウイルス遺伝子配列に特異的に検出され た85 種類の遺伝子変異を選定しました。 続いて、遺伝子変異がヒト生体内での増殖性にどのように関係しているのか調べるため、 選定した85 種類の遺伝子変異を導入したウイルスポリメラーゼ蛋白質をヒト細胞に発現さ せ、ウイルスの複製・転写に及ぼす効果を調べました。その結果、ヒト細胞においてウイ ルスゲノムの複製・転写を高める29 種類の遺伝子変異を同定しました。 次に、29 種類の遺伝子変異が、インフルエンザウイルスの増殖性に及ぼす効果を調べる ため、変異を導入したH5N1 高病原性鳥インフルエンザウイルスを作製して、ヒト呼吸器 上皮細胞とマウスに感染させてウイルスの増え方を解析しました。その結果、特にヒト呼 吸器細胞とマウスにおけるウイルスの増殖性を高める9 種類の遺伝子変異を同定しました。 さらに、ヒト呼吸器上皮細胞においてウイルス増殖性を高めた遺伝子変異について構造
解析を実施したところ、同定した変異がこれまでに報告がない新しいウイルスポリメラー ゼ蛋白質の機能ドメインに位置していました。シミュレーション解析によって、これらの 変異がポリメラーゼ蛋白質の機能に与える効果を解析したところ、変異がウイルスゲノム RNA とウイルスポリメラーゼ蛋白質との相互作用を変化することでヒト細胞内におけるウ イルス複製開始過程を至適化することが示唆されました。 <今後の展開> 本研究は、H5N1 高病原性鳥インフルエンザウイルスが感染患者体内で獲得する新たな 適応変異を複数同定することに成功しました。本研究成果は、鳥インフルエンザウイルス がヒト生体内で増殖しやすく変化する新しい分子メカニズムを提起しており、パンデミッ クインフルエンザ発生メカニズム解明の糸口となる非常に有用な情報です。さらに、パン デミックインフルエンザ防疫対策やインフルエンザウイルスがヒト生体内で効率的に増殖 するために必要な複製過程を特異的に抑制する新規抗ウイルス薬の開発に非常に重要な発 見です。 3 発表雑誌: 雑誌名:「PLoS Pathogens」 平成 28 年 4 月 20 日(水)オンライン速報版掲載 参照URL:http://journals.plos.org/plospathogens/article?id=10.1371/journal.ppat.1005583
論文タイトル:Novel Polymerase Gene Mutations for Human Adaptation in Clinical Isolates of Avian H5N1 Influenza Viruses
著者:荒井泰葉1,2,3、川下理日人4,5、大道寺智3、Madiha S. Ibrahim3,6、Emad M. El-Gendy3,6、
高木達也4,5、高橋和郎7、鈴木康夫8、生田和良2、中屋隆明3、塩田達雄1、 渡邊洋平1,2,3 所属:1大阪大学微生物病研究所ウイルス感染制御分野、2大阪大学微生物病研究所難治感 染症対策研究センター、3京都府立医科大学医学研究科感染病態学、4大阪大学薬学 研究科情報・計量薬学分野、5大阪大学微生物病研究所遺伝情報実験センター、6エ ジプト国 Damanhour 大学獣医学部、7国際医療福祉大学病院検査部、8中部大学生 命健康科学部 4 研究資金: 日本学術振興会 科学研究費助成事業(15H05295, 15K08497)
5 問い合せ先: 渡邊 洋平(ワタナベ ヨウヘイ) 京都府立医科大学 医学研究科 感染病態学 講師 〒602-8566 京都府上京区河原町通広小路上る梶井町 465 Tel: 075-251-5325 Fax: 075-251-5328 E-mail: nabe@koto.kpu-m.ac.jp 6 用語説明: 注1)パンデミックインフルエンザ A 型、B 型、C 型と大きく 3 種類に分かれるインフルエンザウイルスの中で、A 型インフ ルエンザウイルスは変化しやすく、歴史的に数十年に一度の頻度で人類に世界的大流行(パ ンデミック)を起こしてきました。このようなインフルエンザウイルスは、毎年流行して いる季節性インフルエンザウイルスとは異なるため、パンデミックインフルエンザウイル スと区別されて呼ばれます。 注2)ウイルスポリメラーゼ蛋白質 ウイルス粒子内に含まれる蛋白質で、感染細胞核内においてウイルスゲノム RNA を複 製・転写することで子孫ウイルスが産生されます。鳥インフルエンザウイルスは、そのま まではヒト呼吸器上皮細胞内で効率的に増殖できないため、パンデミックウイルスとなる にはウイルスポリメラーゼ蛋白質の機能に何らかの変化が起こる必要があると考えられて います。 注3)適応変異 ウイルスが宿主域を変化する際には、新しい宿主において効率的に増殖するためにウイ ルス遺伝子に変異を獲得する必要があります。このように宿主域を変化させる際に獲得さ れる変異を適応変異と呼びます。
7 添付資料:
図1. 同定した適応変異を導入した H5N1 ウイルスを感染させたマウス肺の免疫組織 (左図)変異を導入する前のH5N1 ウイルスを感染させたマウス肺の組織像です。正常な 肺胞の構造が保たれている箇所が残存しています。(右図)変異ウイルスを感染させたマウ ス肺の組織像です。肺組織の障害が増強し、ウイルス抗原(黒褐色)が多く観察されます。