Ϩ はじめに
わが国の国内旅行者数は 2003 年から増加傾向 にあり,特に日帰り観光を行う旅行者数の割合が 高くなっている(日本観光協会, 2009 ).その要 因には,鉄道などの公共交通機関や道路などの整 備が進み,居住地から観光地へのアクセスが容易 になった背景がある.また,日本観光協会(2009) が行った調査では,近年の国内の不況から,宿泊 観光を行う時間的,経済的余裕がないことを理由 に,時間もそれほどかからず安価な日帰り観光の 人気が高いとしている.内閣府による国民生活に 関する世論調査1)によると,今後はレジャーや余 暇生活に力を入れていきたいと考える国民が全体 の 33.9 %で最も高い. 一方で, 厚生労働省統計 情報部の,就労条件総合調査によると,国民 1 人当たりの有給休暇取得率は減少している.こう した背景もあり,日本人が日帰り観光を選択する 割合が高まっている. これらの現状を踏まえて,日帰り観光に関する 研究は,観光地選択や観光圏を明らかにする観光 客側の視点や,観光地化の過程や取り組みを明ら かにした観光地側の視点から,以下のような蓄積 がある.観光客側の視点では,首都圏に居住する 住民の外出型レジャー行動を明らかにした落合 (1991,1996,1999)や,ライフステージの変化に よる女性の観光行動の変化を分析した若生ほか ( 2001 )があげられる.観光地側の視点では,歴 史的な町並みを有する地域や海岸・海洋地域にお ける研究蓄積がみられる.歴史的町並みを有する 地域における研究では,川越の歴史的町並み保存 について,観光地域化と関連づけて考察した小堀 ほか( 1998 )や,町並み保全と商業振興の成功例 として,川越市一番街商店街の観光実態から考察 した溝尾ほか(2000)があげられる. 海岸・海洋における研究では,三重県浜松町迫 子を事例にリゾート型観光地域の形成のプロセス と条件を明らかにした淡野( 1986 )や,相模湾と 東京湾におけるマリーナの立地と利用者の属性や 行動を分析した佐藤(2001)があげられる. このように既存研究では,観光地側の取り組み と観光客側の実態の双方から考察した事例に乏し い.特に,海岸・海洋地域に関する研究は管見の 限りない. そこで本研究では,首都圏における日帰り観光 地として代表的な観光地である江の島を事例とし て,観光客の受け入れの実態と観光客にとっての 江の島の魅力や観光行動について考察し,日帰り 観光客の増加要因や,日帰り観光地の成立条件を 明らかにする. 研究方法として,観光地側に対しては,藤沢市 観光課や藤沢市観光協会が実施する観光施策の内 容や目的を明らかにするために,それぞれに対し て聞き取り調査を行った.観光客側に対しては, 江の島弁天橋にて,江の島から帰路に着く観光客 に対して,交通手段や来訪目的などの項目でアン ケート調査を実施した.調査日は 2010 年 8 月 6 日(金) ∼ 7 日(土) の 12 時から 17 時であり,江の島における日帰り観光の実態
中 岡 裕 章 *
キーワード:日帰り観光,リピーター,江の島 * 日本大学大学院理工学研究科・院両日とも天気は晴れであった.回答はアンケート 用紙に直接記入してもらい, 342 の回答を得るこ とができた.なお観光地側の施策については第Ⅲ 章,観光客側については第Ⅳ章で記載する.
ϩ 研究対象地域の概要
首都圏には多くの日帰り観光地が立地してい る.図 1 は,落合(1999)を参考に,首都圏に居 住する住民の観光圏を 150 ∼ 200 km とし, 主な 観光地を取り上げたものである.観光地は以下の とおり分類できる2 ).⒜ 浅草,川越,日光,鎌 倉,成田山などの寺社やその門前町を有する 宗 教観光地,⒝ 三浦海岸,九十九里浜などの海岸 景観の鑑賞や,海岸や海での活動が可能な海岸観 光地,⒞ 高尾山,筑波山などの登山活動が可能 な山岳観光地,⒟ 箱根温泉,伊香保温泉,石和 温泉などの療養や保養・慰安などが可能な温泉を 有する温泉観光地である(表 1 ).従来の温泉観 光地は, 宿泊観光地としての色合いが強かった が,近年では公共交通機関等の発達により温泉地 へのアクセスが容易になり,日帰り観光が人気と なっている. 本研究対象地域である江の島は,海岸景観の観 賞や,海岸や海洋での活動が可能であり,海岸観 光地に分類できる. 新宿から鉄道を利用して約 60 分で訪れることができ,都内を除く他の観光 図1
首都圏の主な日帰り観光地 資料:落合(1999)を参考に首都圏に居住する住民の観光圏を 150 ∼ 200 km とし,その主な観光地を取り上げた.地と比べてもアクセスが良いことがわかる.鉄道 が整備された観光地では,鉄道を利用して訪れる 割合が高いが,筑波山や九十九里浜のように,観 光地の近くに鉄道が整備されていない地域では, 最寄り駅まで鉄道で訪れ,そこからバスを利用す るか,自家用車を利用する割合が高い.江の島へ は,小田急江ノ島線(以下,小田急線)や江ノ島 電気鉄道(以下,江ノ電)をはじめとする多くの 鉄道で来訪することができ,様々な地域からのア クセスが可能である. 江の島は相模湾沿岸に位置し,湘南を代表する 景勝地である.古くは宗教色の強い観光地として 多くの人々に親しまれてきた. 江戸時代になる と,弁天信仰が盛んになり,江戸から多くの人々 が訪れた.江戸末期・明治期には,横浜に居留す る欧米外国人からの人気を得た.横浜に居留する 外国人は移動区域が定められており,この区域内 において行楽を楽しもうとする場合,もっとも手 近だったのが金沢八景や鎌倉, そして江の島で あった. 江の島が位置する湘南地域は,冬季に暖かく, 夏季に冷涼な海洋性の気候であるため,かつては 別荘地として栄えた.江の島がある藤沢市にもか つて多くの別荘が存在したが,関東大震災により 大きな被害を受けた.また,郊外型住宅地として 東京の通勤圏に組み込まれていたことや,鉄道会 社の観光戦略,各企業の宣伝やマスメディアとの タイアップにより,観光地として紹介される頻度 が増えたことで,現在では別荘地としての色合い は薄くなっている.観光地としては鉄道開通の影 響は大きく,特に小田急線と江ノ電が開通して以 降,首都圏に居住する人々を中心に,全国から多 くの観光客が来訪している.2003 年以降は年間 1 千万人以上の観光客が訪れている3 ) (図 2 ). 観光客数の季節性をみると,海岸・海洋地域にみ られる夏季に観光客が集中する傾向が江の島でも みられる(表 2 ).しかし藤沢市では,観光施設 の整備や広報活動を積極的に続け,夏季以外で も,徐々にではあるが観光客数が増加している.
Ϫ 江の島における観光地の施策
藤沢市では,江の島に対して様々な観光施策を 行い,観光客の誘致を図っている.施策は主に, 藤沢市観光課,藤沢市観光協会,江の島観光会が 行う4 ).その目的は,観光資源や施設の整備,改 図2
藤沢市の観光客数の推移(1989 ∼ 2009 年) 資料 : 藤沢市観光客数統計より作成. 表1
首都圏における主な観光地の種類と新宿 からの移動時間 分 類 観光地 鉄道による新宿からの時間 a. 宗教観光地 浅 草 約 25 分 川 越 約 60 分 鎌 倉 約 70 分 成田山 約 100 分 日 光 約 120 分 b. 海岸観光地 江の島 約 60 分 三浦海岸 約 85 分 九十九里浜 約 110 分 c. 山岳観光地 高尾山 約 50 分 筑波山 約 180 分 d. 温泉観光地 石和温泉 約 90 分 箱根温泉 約 90 分 伊香保温泉 約 120 分 資料: 各観光協会などが公表している,鉄道やバスを利 用しての移動時間を参考とした.修を施し,四季の魅力を紹介するイベントの開催 と観光キャンペーンを強化することで,観光客誘 致を目指すことである. 江の島の観光客数は, 2002 年まで減少傾向に あった.この観光客数の減少を受け,2002 年には 江の島頂上部再整備事業5)が発足し,それに伴い 様々な事業が実施された.その主な内容は,江の 島頂上部の展望灯台と植物園の改装,建て替え等 の施設のリニューアルである.同時に,湘南藤沢 フィルムコミッション6)を発足させ,各メディア に江の島をロケ地として提供することにより,幅 広く江の島を認知してもらう戦略をとった.そし て翌年の 2003 年には,江の島展望灯台と江の島 サムエル・コッキング苑がリニューアルオープン し,これにより観光客数は増加に転じ,一定の効 果がみられた.また,江の島サムエル・コッキン グ苑や江の島展望灯台を含む 4 施設に, 1 日に 何度でも入場できる「江の島 1 day パスポート」 が販売されている.このパスポートは入場料が割 引になるだけでなく,江の島内の飲食店や土産物 店の優待,割引も受けられるため,好評となって いる.なお江の島の清掃に関しては,各店舗の周 辺はそれぞれの店員が行い,ごみの回収やトイレ の清掃等は神奈川県が委託した業者が行ってい る.また,海岸の清掃は業者のほかに,有志のボ ランティアにより行われ,美化に努めている. 藤沢市側が様々な施策を行い,観光客誘致を積 極的に行うなか,江の島に関わる各企業も様々な 観光戦略を行っている.各鉄道会社では,江の島 −鎌倉間の観光を推奨するため,江の島−鎌倉間 の鉄道乗降が自由になるフリーパスを販売してい る.小田急線と相模鉄道は小田急線と江ノ電が乗 降自由で,一部店舗で優待や割引のサービスを受 けられる「江の島・鎌倉フリーパス」を販売して いる.東日本旅客鉄道は, JR 線,江ノ電,湘南 モノレールの乗降が自由になる「鎌倉・江ノ島パ ス」を販売している.また,ニッポンレンタカー やオリックスレンタカーは,鎌倉・湘南ドライブ コースを設定し,レンタカーを使用した湘南・鎌 倉観光を提案している.このように,各企業の戦 略により,日帰り観光地としての江の島−鎌倉観 光が推奨されてきた.
ϫ 江の島を訪れる観光客の実態
1
.江の島の魅力 アンケート結果より,来訪する人々にとっての 江の島の魅力について考察する.観光客が感じる 江の島の魅力は,全体として景色,海,雰囲気な どが多くなっている(表 3 ).また,近年,シラ ス丼などの海産物を使用した食事が各メディアで 大々的に取り扱われた影響もあり,食事に対して 魅力を感じる観光客も多い.居住地別にみると, 海や食事,交通の便に対しては,江の島に近い地 域の観光客の方が魅力を感じる割合が高い.ま た,景色や寺社,歴史に対しては,江の島から遠 い地域からの観光客の方が魅力を感じる割合が高 表2
藤沢市の月別観光客数 (単位:万人) 年 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 月 1989 52.6 17.1 52.3 69.0 115.4 42.8 128.8 235.0 68.2 34.7 32.9 9.4 1992 66.7 26.9 51.0 67.8 101.6 38.2 192.9 297.6 102.3 48.2 42.5 24.4 1996 56.2 24.5 70.8 77.2 115.0 50.9 122.0 254.1 71.5 49.4 49.0 30.3 2000 81.0 45.0 67.5 47.2 75.3 31.7 158.8 189.5 63.0 42.7 31.6 24.7 2004 69.8 37.3 44.8 62.9 84.9 58.9 221.7 417.3 83.9 64.8 62.8 47.9 2008 92.0 47.9 75.1 62.4 80.3 58.4 177.7 440.0 109.4 74.4 62.4 60.1 資料:藤沢市観光客数統計より作成.くなっている.しかし全体としての割合では,観 光施設やイベント,寺社の歴史などに対して魅力 を感じている観光客は少ない.もともと江の島は 宗教的な性格の強い歴史的な観光地ではあった が,近年ではその影響が弱いことは江の島の特徴 である.また交通の便についても,江の島に近い 地域では,魅力を感じる割合は若干高いが,全体 としては魅力を感じている観光客は少ない.江の 島は,鉄道や自動車道路が整備されたアクセスの 良い観光地であるが,観光客はそう認識していな い.しかし,近年江の島が人気を得ていることか ら,交通の便が良いという条件以上に,江の島そ のものに魅力があることが重要である.つまり, 地理的位置よりも場所の魅力が重要であると考え られる.
2
.集客圏 江の島の観光客は全国から来訪しており,江の 島の全国的な知名度の高さが伺える.特に,神奈 川県,東京都からの来訪者が多く,江の島は南関 東 を 中 心 と し た 観 光 地 で あ る こ と が わ か る (表 4 ). また交通手段は,地元で徒歩や自転車による来 訪者が多い藤沢市を除き,鉄道による来訪者が多 い(図 3 ).東海道線・湘南新宿ライン沿線,小 田急線沿線,またそれらの路線にアクセスしやす い地域から多く,特に江の島へのアクセスが容易 な神奈川県や東京都からの来訪が顕著にみられ る.3
.同伴者 江の島における観光客の同伴者については,全 体的に友人や家族による小グループでの来訪が多 くみられる. 表3
観光客が感じている江の島の魅力 (単位:%) 居住地 景色 海 雰囲気 食事 寺社 交通の便 歴史 観光施設 その他 魅力なし 神奈川県 (N=124) 67.7 66.1 33.1 23.4 8.1 12.1 4.0 6.5 0.0 1.6 東京都 (N=105) 75.2 61.0 31.4 29.5 7.6 10.5 9.5 9.5 0.0 0.0 埼玉県 (N=31) 67.7 61.3 29.0 32.3 16.1 3.2 19.4 12.9 0.0 0.0 千葉県 (N=15) 86.7 33.3 33.3 40.0 6.7 13.3 0.0 0.0 0.0 0.0 近畿地方 (N=13) 76.9 46.2 15.4 30.8 7.7 7.7 0.0 0.0 0.0 0.0 中部地方 (N=12) 66.7 66.7 16.7 33.3 25.0 0.0 33.3 0.0 0.0 0.0 その他関東地方 (N=10) 100.0 60.0 30.0 10.0 40.0 0.0 0.0 10.0 1.7 0.0 東北地方 (N=7) 100.0 42.9 57.1 14.3 14.3 0.0 28.6 0.0 1.4 0.0 九州地方 (N=7) 71.4 42.9 14.3 0.0 0.0 14.3 14.3 14.3 0.0 0.0 中国地方 (N=2) 100.0 50.0 100.0 50.0 0.0 0.0 0.0 50.0 14.0 0.0 資料:アンケート結果より作成. 注:未回答の 16 名を除く. 表4
江の島観光客の居住地 居住地 回答数(人) 割合(%) 神奈川県 125 37.5 東京都 109 32.7 埼玉県 31 9.3 千葉県 16 4.8 近畿地方 13 3.9 中部地方 12 3.6 その他関東地方 10 3.0 東北地方 8 2.4 九州地方 7 2.1 中国地方 2 0.6 資料:アンケート結果より作成. 注:未回答の 9 名を除く.年齢別にみると,男女ともにほぼ同様の傾向を 示した.20 代以下では友人と訪れる割合が高い が, 30 代以上になると家族と訪れる割合が増加 し,友人の割合は低下した.これは,30 代以上に なると既婚者が増加するためにみられる差異であ ると考えられ,一般的な観光地の旅行形態となっ ている(図 4 ).
4
.来訪回数 江の島における観光客のリピート率は 7 割を 超え,非常にリピート率の高い観光地であること がわかる(表 5 ). また,来訪回数の多少は,観光客の観光行動に も大きな影響を与えている.江の島への訪問回数 別に他の観光地を訪れる割合をみると,江の島へ の来訪回数が増加するにつれて,他の観光地を訪 れる割合が減少していることがわかる.これは, リピーターほど江の島だけを目的として来訪して いることを示している.来訪地については,鎌倉 への来訪が最も多くみられる.しかし,来訪回数 が増加するにしたがって,鎌倉へ来訪するケース が減少する.つまり,江の島と鎌倉の結びつきは 非常に強いが,江の島への訪問回数が多くなるほ どその関係は弱くなることがわかる.居住地別に 来訪回数をみると,東京都心以南の東海道線・湘 南新宿ライン沿線や小田急線沿線において,訪問 回数が多いことがわかる(図 5 ).一方で,都心 以北の地域では訪問回数が減少する. この結果 図3
南関東における江の島観光客の居住地と交通手段 資料:アンケート結果より作成.は,落合( 1999 )で明らかとなった,居住地が位 置する方面のセクターおよびそれを延長した地域 に来訪対象地を選択する傾向と同様であった.
5
.情報媒体 江の島へ来訪する観光客がテレビや雑誌などの 情報媒体を参考としたか否かを来訪回数別にみる と,初めて江の島を訪れた観光客は,何かしらの 情報媒体を参考にしている割合が高い(図 6 ). 来訪回数が 2 回から 9 回の観光客は参考にした 場合としていない場合がほぼ半々であり,来訪回 数が 10 回以上の観光客の大半は情報を得ていな い割合が高い.つまり,来訪回数が増えるほど, 情報媒体を見ずに来訪をしているといえる. 次に参考とした情報媒体の種類についてみる と,来訪回数の少ない観光客を中心に,テレビ・ CM,旅行雑誌,インターネット,口コミなどか ら情報を得ていることがわかる(図 7 ). 特に, 初めて江の島を訪れる観光客は,旅行雑誌などで 積極的に情報を得てから訪れていることがわか る.藤沢市や観光関連企業が実施してきた広報活 動は,来訪回数の少ない観光客に対して一定の効 果があったと考えられる. 図4
性別・年齢別にみた江の島観光客の同伴者 資料:アンケート結果より作成. 注:未回答の 2 名を除く. 表5
江の島への来訪回数と他の観光地の訪問率 訪問回数 割合 他の観光地の訪問率 訪れる地域 初めて 26.9 % 68.4 % 1 位 鎌倉 41 % 2 位 横浜 18 % 3 位 東京都内 18 % 2-9 回 45.6 % 59.6 % 1 位 鎌倉 40 % 2 位 横浜 20 % 3 位 東京都内 13 % 10 回以上 27.5 % 42.6 % 1 位 鎌倉 / 横浜 20 % 3 位 伊豆 12 % 資料:アンケート結果より作成.図
5
南関東における江の島観光客の居住地別来訪回数 資料:アンケート結果より作成. 図6
江の島観光客の来訪回数と参考にした情報 媒体の有無 資料:アンケート結果より作成. 図7
江の島観光客が利用した情報媒体の種類 資料:アンケート結果より作成. ึࡵ࡚ 㹼 ᅇ┠ ᅇ┠௨ୖϬ まとめ
本研究では,首都圏における代表的な日帰り観 光地である江の島における観光施策と観光客の実 態について考察した.江の島は江戸期から大都市 近郊型の観光地であり,宗教色の強い観光地で あったが, 近年ではその色合いは薄くなってい る.つまり,時代により地域へ求められるものが 変わっており,時代の変化への対応が求められる と考える.江の島には首都圏を中心に観光客が訪 れており,リピート率も 7 割を超え,非常に高く なっている.その要因は,公共交通機関が充実し ており,特に神奈川県や東京都からのアクセスが 容易であることで,気軽に訪れることが可能なた めと考えられる.また,来訪回数が少ない観光客 は,テレビ,雑誌,インターネットなどで積極的 に情報を入手して江の島を訪れている.また,鎌 倉を訪れる割合も高いことから,藤沢市が行って きた観光施設の整備・改修やイベントの開催など の施策, およびフィルムコミッションなどのメ ディア戦略や,鉄道会社が中心に行うフリーパス 券による鎌倉との周遊の推奨は,新規の観光客を 呼び込むのに有効といえる. 観光客の嗜好については,景色,海,雰囲気, 食事などに魅力を感じていることから,今後江の 島には①江の島における景観の維持や美化,②江 の島の景観や海,雰囲気を活かす観光施設の整備 やイベントの開催,③海産物を使用した飲食物の 提供やPRが必要であると考える.江の島におけ る景観を維持し美化するためには,ボランティア による清掃活動の継続は重要であると考える. 江の島の事例から日帰り観光地に求められるも のを考えると,リピーターを増やすには交通アク セスのよさが最も重要である.宿泊観光において も交通アクセスのよさは無視できないものである が,日帰り観光においてその意味合いは特に大き い.加えて重要なのは,新規の来訪者数を増加さ せるための各メディアによる観光地の広報や,他 の周辺地域との周遊の推奨である.観光客の嗜好 は,居住地の遠近により差異があり,それを意識 した広報を行うことが必要である.しかし,来訪 回数の多い観光客に対しての効果は低く,リピー ターを増やすためには観光地そのものの魅力を維 持,向上させる必要がある.そのためには,それ ぞれの観光地が有する魅力を高めることが不可欠 である.観光施設やイベントなどは,それをもっ て観光客誘致を行うのではなく,あくまで観光地 の魅力向上のために必要であると考える.そのた め,観光地の特色を活かす観光施設の建設や整 備,イベントの開催を行う必要がある.このよう に,来訪回数の多少により観光客が観光地へ求め るものが異なるため,どちらの観光客も引き付け るために,日帰り観光地では両者に目を向けた施 策を並行的に行う必要があるといえる.また,近 年は食を利用した観光も流行しており,地元の特 産品を使った飲食物の提供と,その PR を積極的 に行う必要がある.これらを満たす地域が日帰り 観光地として成立するものと考える. 謝辞 本稿を作成するにあたり,日本大学大学院理工学研 究科の佐野 充先生よりご指導を賜りました.また, 江の島の観光資料に関して,藤沢市観光課,藤沢市観 光協会に提供いただきました.ここに記して深く御礼 申し上げます. (2011 年 11 月 9 日受付) (2011 年 12 月 21 日受理)1) 内閣府が 2009 年に行った国民生活における世論 調査による. 内閣府ホームページ( URL: http:// www8.cao.go.jp/survey/h21/h21-life/index.html )を 参照. 2) 浅香・山村(1974),山村(1990)で示された観光 地分類を参考にした. 3) 藤沢市の観光統計は 2 月, 5 月, 8 月,11 月の 年 4 回の通行量調査と駐車場,主要観光施設への 入込客数,主要イベントへの参加人数,宿泊施設 の宿泊人数から出されている.藤沢市の観光統計 の大半が江の島への観光客数である. 4) 藤沢市観光課と藤沢市観光協会が具体的な施策案 を提示し,江の島観光会がそれに応える形をとっ ている. 注 5) 江の島展望灯台の立替工事に伴い,隣接する江の 島植物園を閉園し,江の島サムエル・コッキング 苑をリニューアルオープンした.藤沢市の姉妹都 市でもある, アメリカ合衆国フロリダ州マイア ミ・デート郡マイアミビーチ市,長野県松本市, 大韓民国忠清南道保寧市,中華人民共和国雲南省 昆明市,カナダウィンザー市にちなんだ庭園など も整備された.これは,展望灯台を所有する江ノ 電の創立 100 周年記念事業として行われたもので ある. 6) 映画,テレビ, CM などのロケーション撮影を誘 致し,藤沢市の観光振興に寄与するために設立し た非営利的な公的機関の名称を指す.江の島を各 メディアが使用する際に仲介する組織である. 浅香幸雄・山村順次編(1974)『観光地理学』大明堂. 落合康浩( 1991 )神奈川県中西部における余暇活動の 空間的展開.経済地理学年報,37,245-265. 落合康浩( 1996 )大学生の日常的空間内における外出 型レジャーの行動パターン.日本大学文理学部自 然科学研究所研究紀要,31,93-104. 落合康浩( 1999 )首都圏に居住する大学生の非日常的 な外出型レジャー行動の空間パターン.日本大学 文理学部自然科学研究所研究紀要,31,61-72. 小堀貴亮・宇野 存( 1998 )川越における歴史的町並 み保存と観光地域化.地理学研究報告,9,61-68. 佐藤大祐( 2001 )相模湾・東京湾におけるマリーナの 立地と海域利用.地理学評論,74,452-469. 日本観光協会編( 2009 )『数字でみる観光 2009-2010 』 創成社. 「湘南の誕生」研究会編( 2005 )『湘南の誕生』藤沢市 教育委員会. 淡野明彦( 1986 )沿岸域におけるリゾート型観光地域 の形成−三重県志摩郡浜島町迫子地区の事例−. 人文地理,38,7-25. 溝尾良隆・菅原由美子( 2000 )川越市一番街商店街地 域における商業振興と町並み保全. 人文地理, 52,300-315. 山村順次( 1990 )『観光地域論―地域形成と環境保 全―』古今書院. 若生広子・高橋伸夫・松井圭介( 2001 )ライフステー ジからみた女性の観光行動における空間的特性― 仙台市北部住宅地の居住女性を事例として―.新 地理,49(3),12-33. 文 献
*Graduate Student, Graduate School Science and Technology, Nihon University
The Actual Situation of One-day Sightseeing Trip in Enoshima Island, Fujisawa City,
Kanagawa Prefecture
Hiroaki NAKAOKA*