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1.はじめに

 ろう学校では長らく口話法が採られ、教室での手話は 禁止されてきた。とくに早期からの手話使用は、(音声) 言語獲得上、好ましくないと考えられてきた。しかし、 手話を言語学的に分析したストーキーの研究が1960年に 発表されて以降、聴覚障害者や彼らを取りまく人々のあ いだで、手話を積極的に位置づけるべきだという声が強 まった。日本でも1989年に、聴覚障害児の保護者や聴覚 障害者の組織である全日本ろうあ連盟とが協同して「ろ う教育の明日を考える連絡協議会」(1)を立ち上げ、口話 法中心であったろう教育に対して再考を求める全国的な 動きが本格的になった。ちょうどこの時期、「ろう児に とって自然手話が第一言語である」と言明するジョンソ ン・リデル・アーティングの論文「学力の遅れをなくす ために−ろう教育における学力獲得のための基本原則−」 (Johnson, Liddell & Erting, 1989)が、言語学者である 神田和幸らによって翻訳された(神田・森訳,1990)こ とも、こうした動きを後押しすることになった。文部省 もこうした声に押される形で、「聴覚障害児のコミュニ ケーション手段に関する調査研究協力者会議」を組織し、 1993年に報告書をまとめたが、それはろう学校での手話 の使用を容認・追認するものであった。しかし、あくま でそれは中学部・高等部に関してのことであり、それ以 下の年齢の子どもに関しては、音声言語を基本にすえる というスタンスは変わらなかった。このため、報告書に 不満を持つ親たちが2000年に全国ろう児をもつ親の会を 結成することになり、この会が中心になって2003年に日 本弁護士連合会に対して人権救済の申し立てを行っ た(2)。この申し立ては、ろう学校で子どもたちが日本手 話による教育を受けることができず、教育を受ける権利 及び学習権並びに平等権を侵害されているとして、ろう 学校で「日本手話」による授業を行うことなどを求める ものであった。これを受けて、日弁連は2005年に「手話 教育の充実を求める意見書」を発表した。この意見書で は、国に対しては、教育現場における手話の積極的な活 用、手話による教育を受けることを選択する自由の承認 などを提言した(3)  こうした動向の中で、手話を「話し言葉」或いは「第 一言語」として積極的に位置づけるろう学校が日本でも

Bull. Nara Univ. Educ., Vol. 61, No. 1 (Cult. & Soc.), 2012

実践段階に入った聴覚障害児教育における手話の早期導入

瓜 生 淑 子

 奈良教育大学学校教育講座(幼年教育)

(平成24年5月7日受理)

Possibilities and Challenges of the Practice with Japanese Sign

Language (JSL) for Communication Aids in Japanese

Early Childhood Deaf Education

Yoshiko URIU

(Department of Early Childhood Education, Nara University of Education) (Received May 7, 2012)

Abstract

  The practice of bilingual deaf education in Northern Europe and America has pushed the introduction of Japanese Sign Language (JSL) for communication aids into Japanese public deaf schools since the 1990s. This study examined this new trend and discussed the possibility of the combined method of JSL and oral Japanese for young deaf children to promote their meta-linguistic abilities and to provide them clues to written Japanese language.

キーワード:聴覚障害幼児、ろう教育、手話の導入、格

関係

Key Words  young children with hearing disorder, deaf : education, sign language, case relation

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90年代から複数存在するようになり、早期からの手話の 導入・活用は確実に教育現場で実践段階に入ってきてい る。現在、幼稚部段階から手話を積極的に取り入れる教 育を行っている学校は、フリースクールから2008年に正 式の学校法人立となった明晴学園以外にも数校が知られ ているが(4)、他のろう学校でも、幼稚部段階から手話に 寛容な姿勢を取る学校が増えてきており、手話の早期導 入をめぐるろう教育の状況は大きく変わってきている。  本研究では、日本の公立のろう学校で手話の早期導入 が実践段階に入ってきていることを念頭に、ろう教育に おける低年齢からの手話の導入に関わる議論を振り返り つつ、今後の聴覚障害幼児の教育の課題を整理するもの とする。  なお、以下では、難聴がある人(子ども)のことを 「聴覚障害者(児)」と呼ぶが、引用の場合は原文に従 い、「ろう」「聾」を使用する箇所もある(5)

2.手話の早期導入の提案をめぐって

2.1.ジョンソンらの提案  冒頭で述べた「ろう児の第一言語は自然手話であるべ きである」としたジョンソンらの論文では、そのモデ ル・プログラムの理念として12の原理があげられた。言 語獲得に関して、その主なものは以下のようである。 ・ろう児(6)の第一言語は自然手話(ASL:American Sign Language)であるべきである ・自然手話獲得は、臨界期効果の有利さを利用する ためにも、できるだけ早く始めるべきである ・ろう児が獲得した自然手話は最良の教育内容伝達 手段である 口話法については、 ・口話は、ろう児の話し言葉の学習の主たる手段と して用いるべきではない と述べられている。が、他方で、 ・ろう児にとって話し言葉(英語)学習は文字(読 み書き)による第二言語学習の一過程である ・口話に関する技能の発達は、各人の聴力損失の原 因とその損失度に合わせて、いろいろな方法の中 から選んだプログラムによってなされるべきであ る として、口話の必要性を全面的に否定してはいない。し かし、自然手話のプライオリティを前面に打ち出すこと で、「手話も口話も」といった折衷的な提案とは異なる、 大きなインパクトを持った提案であった(7)  それまでのアメリカの状況が口話法一辺倒であったわ けではない。既に1960年代後半から、トータル・コミュ ニケーション(total communication: TCと略される)と 言われる理念が広まり、それまでの手話か口話かという 二者択一ではなく、聴能、口話、指文字、手話など、可 能なあらゆる方法を使ったコミュニケーションが子ども にも推奨されるようになった。70年代には多くのろう学 校で教室のコミュニケーション方法として TC が取り入 れられていった(8)。しかし、手話の社会的認知を高めた TCをもってしても、聴覚障害児の学力を指標に取ってみ れば期待されたほどの効果は見られなかった(Johnson, R.C., 1990(9)  こうした事実に対して、ジョンソンらは、TC の失敗 は実はその方法が「隠れた口話主義」にほかならず、そ れがために真に聴覚障害児の言語獲得を保障するものに ならなかったと分析した。彼らに言わせれば、TC プロ グラムは、英語表現にそい、英語の単語を逐一、手話の 語彙に置き換えたものに過ぎず、子どもたちをこうした 「手話付き口話」(sign-supported speech)に小さいと きから教室で晒すことが自然手話の獲得を妨害してきた ことにほかならない。ジョンソンらも、TC が歴史的に 一度は放逐された手話を教室に再び取り入れたという点 は評価できると述べた。しかし、そこでの「手話」は、 実は聴覚障害者の社会で時を経て形成され伝えられてき た自然手話ではなく、英語表現を前提とした人工的な手 話であり似て非なるものだとして、両者の違いを力説し たのだった。このことは、確かに、手話単語を音声言語 の語順に並べれば手話として通じると思っている健聴者 たちに対して、2つの手話の違いを認識させる契機となっ た。 2.2.ジョンソンらの提案をどう見るか  「ろう児の第一言語は手話である」として家庭や学校 での手話の早期導入を提案するジョンソンらの論文の訳 が出たときに、筆者はこの論文にコメントする機会があっ た(瓜生,1991)。のちにこれを加筆修正して論文とした (瓜生,1992a)。当時、筆者が述べた結論は、一言で言 えば「慎重論」であった。その主な理由を、以下では3 点だけ指摘しておきたい。  その理由の1つは、次の点にある。聴覚障害児の親の 約9割は健聴者だと言われている。したがって、その親 たちにとって、言葉を覚え始める我が子と手話でやりと りすることはそれほど容易なことではない。ある程度、 手話を使えるようになったとしても、「手話付き口話」 ではなく「自然手話」だと自信を持って言うことができ る親はどれくらいいるだろうか。親子の自然なコミュニ ケーションの媒体が何であるべきかは、第三者がそれほ ど簡単に決められるものではないのだ。聴力損失の程度 やタイプなど、子ども側の要因があるのはもちろんだが、 親の思いや客観的条件もある。子どもが小さい時期ほど、 親子の関係性の構築が重要だから、そうしたことを無視 して一律に「第一言語を手話に」とは言い切れないので

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ある。とくにそれが公教育の場となれば、様々な親子の ニーズや願いを包含しうる提案でなければならない。  2つめの理由は、書き言葉の獲得に関わる点にある。 ジョンソンらは、既に述べたように、口話によって英語 を獲得することを否定してはいない。しかし、口話の意 義はあくまで書き言葉の獲得にとってという点において である。  書き言葉の獲得という課題に対して彼らは、「(1)書 き言葉の習得は話し言葉とは独立している、(2)書き 言葉教育はほぼ1歳から始められる、(3)書き言葉は 話し言葉より習得がやさしい」と述べ、非常に楽観的で ある。ジョンソンらの楽観論について、瓜生は次のよう な意見を述べた。  長い間、ろう教育の場で手話が日陰の道を歩いて きたことの背景の一つには、「手話には文法がない。」 「手話は言語ではない。」などの手話の評価があっ たことがある。これは、日本語などの音声言語と比 較してなされたものだったわけだが、この比較自体、 手話には酷なものだった。・・・手話と日本語を比 較するさい、後者は、書き言葉的特徴をもった、い わば、“理想的”な日本語であるのが普通である。他 方、手話は、話し言葉である。・・・このように、 手話が話し言葉であるということを念頭に置くこと は、手話の劣等性という前提にたった、かつての議 論を克服する上ではまず大切であろう。しかし、手 話のこの特徴は、現行の手話には書き言葉がないと いう、新たな問題をつきつけていることにもなる。 (瓜生,1992a, p.121.)  確かに、日本でも文字の読み書きは早くなってきてお り、話し言葉が未だない1歳児がアルファベットの拾い 読みをすることなど、乳幼児健診の場で笑えない事例に 出くわすこともある。しかし、書き言葉の獲得と拾い読 みとはレベルの異なる話である。しかも、手話を第一言 語(話し言葉)のレベルで学んだ聴覚障害児が書き言葉 −それは聴者が話し言葉に基づいて作り上げてきた二次 的な言語体系である−を使用することは、健聴児にとっ ての話し言葉と書き言葉の段差より、ずっと大きな段差 のある課題なのである。それと言うのも、自然手話とい うものが、書き言葉を持たない徹底した話し言葉である からである(瓜生,1991)。  3つめの理由は、「第一言語は手話」という言い方は、 単なる手段論という点で、「手話か口話か」という旧来 の問題の立て方から抜け出ていないように思われること にある。この点について、瓜生は次のように述べた。  コトバは発達や教育の手段として獲得されてくる ものではありません。子どもの生活を基礎にした、 情緒的な関係が結ばれる中で形成されていくもので す。そうした関係が、子どもたちに年齢に応じて充 分保障されていないとしたら、自己表現と他者との コミュニケーションとしての言語の獲得の困難さは、 手話であろうとなかろうと変わらないと言っても過 言ではないでしょう。 (瓜生,1991, pp.6-7.)  ここで、年齢にふさわしい子ども集団の形成と切り離 して手話の導入を論ずるべきではないと述べたのは、「第 一言語は手話」という明快な提起が、実践的にはそれま での口話中心の考え方の単なる裏返しにならないかを危 惧したからであった。 2.3.「自然手話」と「日本語対応手話」の峻別について  当時、筆者がジョンソンらの手話の早期導入論に対し てこのような慎重論を述べたことは、手話の重要性を実 感している人たちからすれば、期待はずれと受け止めら れたかもしれない。というのも、それ以前に、筆者は黙っ て頭の中で操作する思考の際の言語(内言(10))について、 成人を対象に口や喉の調音筋の筋電図を使った研究を行 い、黙って行われる思考の最中に、外見からはわからな い筋電活動が認められ、この末梢からの運動性救心刺激 が大脳に伝えられることが内言活動に必要なことを示し た(瓜生,1981)。その研究から、聴覚障害児にとって手 話を含む手指による顕著な運動が、健聴者にとっての調 音筋活動同様に有効であることを述べていたからである (瓜生,1982)。  この立場、すなわち、内言活動にとっての調音筋や手 指からの筋電活動の重要性を考える立場は現在も基本的 には変わらないのだが、ジョンソンらの「第一言語は手 話である」という極めて単純化された提案には違和感を 覚えた。この提案の背景でもあり帰結でもある、自然手 話と口話付き手話の峻別というスタンスにも、固定的過 ぎる考え方ではないかと疑問を感じた。例えば、ここ何 百年で生じている「ら抜き」言葉など文法を含む日本語 の変遷の事実や、「ピジン」から「クレオール」へとい う、異なる言語の接触する地域・集団での言語の生成・ 変遷(11)という世界的なレベルでの事実などから、言語が 変遷していくものであることはよく知られている現象だ からである。  なお、全日本ろうあ連盟−冒頭で述べたように、ろう 教育における手話の位置づけを高める運動の一端を担っ てきた団体であるが−は、人権救済申し立てが「親の会」 から日弁連に対して出された際、申し立てが「日本手話」 と「日本語対応手話」に手話を二分し峻別していること について、運動論的な立場から批判的な見解を述べてい た(12)(全日本ろうあ連盟,2003)。この立場は、全日本ろ

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うあ連盟とろう教育の明日を考える連絡協議会によって 立ち上げられた「日本の聴覚障害教育構想プロジェクト」 の最終報告書(2005)でも引き継がれ、「・・・、手話を 単純に日本手話・日本語対応手話に二分し、両者を対比 させる発想は、聴覚障害者の実際の手話、実際のコミュ ニケーション方法を無視するものであって、賛成できな い」とした上で、次のように述べられている。  聴覚障害者の手話は、口形を併用する場合もあれ ば、併用しない場合もある。日本語を大きく取り入 れる場合もあれば、そうでない場合もある。さまざ まである。個人個人で異なるし、個人でも会話場面 によって異なる。それら全体が手話なのであって、 聴覚障害者の使用する手話の間に、価値の序列をつ けることはできない。 (同報告書,pp. 9-10.)  このように、手話教育の推進を願う人たちの中でも、 「日本手話」(「自然手話」)と「日本語対応手話」とに 手話を二分することは、手話の定義付けの問題とも相まっ て微妙で難しい問題なのだった(13)

3.「バイリンガルろう教育」

 ジョンソンらの提案と並んで、日本における早期から の手話導入を求める動きを後押しする役割を担ったのが、 北欧のバイリンガルろう教育の実践であった(ジョンソ ンらの提案自体、北欧等のバイリンガルろう教育の実践 を踏まえてなされた提案であった(14)。鳥越隆士は、『バ イリンガルろう教育の実践 スウェーデンからの報告』 (2003)という著作で、現地でのろう教育経験を持つグ ニラ・クリスターソンとともに、1980年代に国レベルで 始められたスウェーデンのバイリンガルろう教育を日本 に詳しく紹介した(15)「スウェーデン・モデル」と呼ば れるこの実践において、第一言語はスウェーデン手話で あり、スウェーデン語はあくまで書き言葉としてのみ位 置づけられてきた。聴覚活用には積極的ではなかった。ス ウェーデンのバイリンガルろう教育は全国のろう学校で 展開され、あわせて、聴覚障害者を教師として積極的に 迎え入れやすくなるよう教員養成のシステムを変えるな ど、様々な具体的な手立てが取られた。  しかし、鳥越は2005年に再び現地調査を行った結果、 当初はろう学校の教室では禁止されていた聴覚活用や口 話つき手話も、子どものニーズにあわせて認めていくな ど、より“フレキシブル”な「変成」がスウェーデンの バイリンガル教育の場で起こっていることを報告した (鳥越,2009)。かつて口話法時代に、子どもの年齢が上 がるにつれ、教室でも手話を容認せざるを得なかった状 況と逆の現象とも受け取れる。  こうした変化の背景には、小児への人工内耳の装用が 飛躍的に増大していること、1998年から導入されたナショ ナルテストの結果やろう学校の卒業者の高校(ギムナジ ウム)進学率が思わしくないことから、バイリンガルろ う教育やスウェーデン・モデルそのものに対して様々な 議論が起こっていることがあるという。本格スタートか ら20年以上を経過した時点でのスウェーデンのバイリン ガルろう教育の実情報告は、それが日本にバイリンガル ろう教育のモデルとして積極的に紹介されてきただけに、 バイリンガルろう教育や手話の早期導入の今日的課題を 考えさせるものとなっている。  日本でも最近、教育の場で手話の早期導入を受けた子 どもたちの就学後の姿が伝えられるようになってきたが、 書き言葉の課題は、手話とは異なる音声言語の書き言葉 の獲得であるだけに、手話の早期導入後も引き続き課題 であるようだ(16)

4.乳幼児期の格関係の理解とその手がかり

について      

4.1.格・格助詞  これまで、ろう教育の否定的側面を象徴的に表現して きたのが、いわゆる“ろう児文”である。それは、助詞 の誤用、いわゆるテニヲハの不正確さが作文で顕著に見 られることを言ったものだが、このことは、文章の読み 取りの難しさにもつながり、教科学習においても大きな 課題となる。こうした困難は、口話法教育中心の時代か ら「9歳の壁」と言われていた(脇中,2009を参照)。も ちろん、文理解において鍵となるのは助詞だけではない が、助詞、とくに格助詞は文の構造を担う統語的なマー カーであり、「やり−もらい文」や授受構文、文章が長 く複雑になる複文の理解においては鍵を握るものである。 しかし、付属語あるいは機能語と呼ばれる助詞、助動詞 などは名詞と比べると学習が難しい。  そもそも「格」というのは、文の中で、名詞、代名詞 が他の言葉に対して取る統語関係を言う。とくに動詞と の関係が重要である。英語では格は主として語順が担う のに対して、日本語の格助詞は名詞に膠着し、格のマー カーとしての役割を担っている。(「格文法」は、フィル モア(Fillmore, 1968)によって、動詞とそれに呼応する 格とから文の構造を捉えようとする理論として提唱され たが、この理論がフィルモアが来日して日本語の助詞に 触れる中で練り上げられたことはよく知られている。)  しかし、格助詞は2歳頃から出現するものの、その獲 得は実は健聴児でもそれほど容易なことではない。以下 では、そのことを筆者の一連の研究で見てみよう。

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4.2.瓜生の言語理解研究  瓜生は、1歳から5歳代の子どもの格関係の理解を、 教示文にそった実演を子どもに求める動作法によって検 討した。 4.2.1.1・2歳児の逸脱文理解について  瓜生(1986)は、1歳 過ぎから2歳半までの子 ど も に、「ブ ー ブ ー(ミ ニカー)にマンマしてあ げて」「ボールをネンネ してあげて」など、日常 経験からするとありえな い「逸脱文」を聞かせて そ の 反 応 を 見 た。そ の 際、適切対象(ブーブー/ボール)だけでなく、妨害刺 激として「おもちゃの犬/人形」を子どもの前に示した (図1参照)。語順の影響もチェックするため、「ネンネ してあげて、ボールを」のような逆語順の文も含めたの で、8種類の文をランダムに子どもに呈示した。その結 果、21 ヶ月頃を境として、字句通りの反応を8試行の過 半数である5試行以上で示す子どもが多くなった。それ に先立つ18 ヶ月前後の時期に対象の有生性(animacy) にこだわって、マンマやネンネの対象は有生対象に限る のだとばかりに、犬や人形を選んで食べさせたり、寝か せたりする反応が多く見られた。語順の影響は見られな かった。37人の子どもの反応を見たが、このうち、4名 については、3ヶ月ごとの縦断研究を2歳過ぎまで続け、 対象語・行為語のどちらか1つの聞き取りしか確認でき ない1歳前半の段階から、有生性にこだわる反応、さら に字句通りの反応へという順序性も確認できた。こうし て、2歳前後の子どもでも、初めて聞く逸脱文に対して、 文の構造(対象語+行為語)と意味を推論して字句通り の反応を示せることがわかった。 4.2.2.乳幼児の逸脱文及び助詞変化への反応  次に1・2歳児16名に 「∼をポーン(投げる) してごらん」という文を 与え、犬もしくは人形を 投げることを求めた(瓜 生,1992b)。妨害刺激と してボールも子どもの前 に置いた(図2参照)。す ると、21 ヶ月を過ぎる頃 から、字句通りに犬を投げる「正反応」が見られるもの の、「犬にボールを投げる」という、指示されたわけで はない反応(これを「標的反応」と名付けた)が正反応 より多く見られた。この反応は、「犬」と「ポーンする」 をどう意味的につなげればよいのかを子どもなりに推論 したのであろう。  さらに2歳児から5歳児までの80名に対して、まず、 同じ課題状況で「∼を投げてごらん」への反応を見た後、 正反応でない子どもには実験者が正反応を例示し、それ を模倣させ、皆に「∼を投げる」ことを経験させた後、 「これからお話、変わるからね。∼に投げてごらん。」 と助詞の変化に注意を促しながら、反応を見た。すると、 格助詞の変化を手がかりにして反応を変え、この場合の 正反応である「標的反応」を示した子どもは、3歳児で 15%、4歳児でようやく65%、5歳児では90%弱であっ た。  このことから、助詞の変化を手がかりにし出すのは4 歳以降であり、確実になってくるのは5歳以降であるこ とがわかった。 4.2.3.3歳児から5歳児の「を」と「に」の弁別  さらに、3歳児か ら5歳児72名に対し て、「∼をしまう」「∼ にしまう」という中 立文を与え、4試行 の実演反応を検討し た(瓜生,1995:図 3参照)。本来は「∼ を∼にしまう」が完全文だが、省略が可能であるという 日本語の特徴を利用して、記憶の負荷を減らすため不完 全文を呈示した。その結果、5歳児でも「∼を文」では 正答率が100%であったのに、「∼に文」では80%であっ た。3歳児では「∼を文」では80%だが、「∼に文」では 20%台に低下した。つまり、3歳児では「∼を文」でも「∼ に文」でも、「∼を文」のように反応する傾向が強かっ た。3歳児のこの特徴は、「∼に」を意味する目標格よ りも「∼を」を意味する対象格の方が、動作語である 「しまう」と密接な関係にあるとする「対象格偏向」が 見られたと解釈された。「隠す」という動作語に変えて も同じような結果であった(17) 4.3.格助詞の獲得の時期とそのメカニズム  これら一連の研究から、次のようなことが導き出され た(瓜生,1997)。 1)1歳代のかなり早い時期から、初めて聞く逸脱文 であっても格関係を推論し、文の構造を捉えて理解 しようとする。 2)その際、行為語(動詞)を軸に文の意味を取る。 「しまう」や「隠す」にとって、この時期、対象格 は最も重要な格である。 3)格助詞への注目はかなり遅く、それを手がかりに 文の意味を確実に取れるのは5歳以降であるが、他 図1 「ブーブーにマンマ してあげて」 図2 「お人形をポーン   してごらん」 図3 「いぬヲしまってごらん」 /「ねこニしまってごらん

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の研究とも合わせて考えると、就学前までに大まか な獲得はするようである。  以上で見てきたように、統語的マーカーとしての格助 詞を手がかりにできるようになるのは、移行期である4 歳頃を経た5歳以降のことであり、意外に遅い。それま では、経験からの推論によるところが大きい。しかし、 話し言葉のレベルでは、経験的な使用や理解であっても 子どもにとってあまり不都合なことはない。経験からの 推論−とくに初期にあっては類推(アナロジー)と呼ぶ 方が適切かもしれない−ということ自体、この時期に育 つ言語の実用論的な重要な能力である。  初期にあっては経験を基礎に個々の行為語(動詞)を 軸に文の構造を理解していくという考え方について、他 の 言 語 発 達 研 究 者 も よ く 似 た 説 明 を し て い る。岩 立 (1992)は2歳以降の子どもの研究をもとに、統語能力 発達について、個々の動詞が独立して特定の格と結びつ く「ローカル・ルール」の時期から、文の要素が「∼ガ 格」+「∼ヲ格」+「∼ニ格」+動詞の順に配列された 一般化された構造として捉える「グローバル・ルール」 の時期へと移行するとしている。綿巻(1979)は2歳前 後の女児の事例から、この時期に個々の動詞ごとに特有 な「関係概念」(「格」に近い)が二語発話として多数出 現したのち、「ある時期から文法バーストがおこる」と 述べているが、この「文法バースト」の時期とは、岩立 のいう「グロ−バル・ルール」への転換時期と対応して いると思われる。また、言語生得説に対抗して論を張るト マセロの説は、「動詞−島仮説」(Verb Island Hypothesis: Tomassello, 1992)と呼ばれている。それは、初期には 動詞は個性的に離島のように個々に獲得されていき、そ れらの積み重ねを経て、やがては島が大陸のようにつな がり、格や語順と言った文法範疇やルールも認識され、 汎用的な統語的ルールに精緻化されていくという考え方 である。トマセロのこうした考え方は、後に「使用に基 づ く 言 語 獲 得 理 論」(a usage-based theory of language acquisition: Tomasello, 2003)、あるいは、用法基盤的ア プローチと呼ばれるようになる。言語獲得期の子ども自 身の経験を重視する点で、チョムスキー以来の言語生得 説とは異なっている。  このような使用に基づく言語獲得説の立場に立てば、 幼児期前半までのローカル・ルールの獲得の本質は、聴 覚障害があろうとなかろうと大きくは違わない。この時 期、子ども自身が外界に積極的に働きかけ、経験を範疇 化しながら言語的知識も蓄積していくのだ。その後、健 聴児の場合、自身の経験的な“文法”と、日々耳にする 「∼が」「∼を」といった音声的な手がかりとのマッピ ング作業を重ねることで、格助詞を手がかりとした文法 的なルールの獲得になっていくのであろう。  言語の音声的側面への関心は3歳頃から高まることは 知られている。例えば、筆者の事例でも、その頃から 「ママ、“オクサン”って何?」「“マイニチ”って何?」 と、よく耳にする、それでいて不思議な語が気になる様 子が見て取れた。言葉の意味とは切り離した、言語の音 声的側面への関心は、メタ言語能力の第一歩である。メ タ認知能力は、認識活動自体を対象化して捉えられるよ うになる能力をいうが、それが言語活動であれば、メタ 言語能力と呼ばれる。目に見える指示対象を持たない格 助詞という音への注意も、メタ言語能力の発達の一端と して、幼児期中期頃より進むと見られる。  しかし、音声的手がかりに乏しい聴覚障害児が日本語 文を理解するとき、自らの経験知をどのようにして格助 詞とマッピングさせることができるのだろうか。それを 可能にする、聴覚障害児のメタ言語能力とはどのような ものだろうか。  これらのことを考える前に、まず聴覚障害児が乳幼児 期に獲得する手話の発達とはどのようなものなのか、文 献からであるが、次章で見てみたい。

5.聴覚障害児の乳幼児期の手話獲得

 武居渡は、鳥越同様、乳幼児期からの手話言語の発達 について、自ら、事例研究も行いながら論じている心理 学・聴覚障害児教育の研究者の一人である。その彼の最 新の著作である「手話言語の発達」(四日市章編著,『リ テラシーと聴覚障害』,2009a)を見てみよう。そこでは、 手話の発達が、「初期手話言語獲得」「初語」「手話の音 韻獲得」「手話の文法獲得」の4つの側面から論じられ ている。  まず、「初期手話言語獲得」では、指さしや喃語の出 現時期について述べられている。聴覚障害児の喃語音声 は、0歳前半では健聴児と変わらないにもかかわらず、 0歳後半になると減少していくことが知られているが、 武居・鳥越(2000)はろう児の手の動きに注目し、指示 的意味を持たない手の動きが、健聴児の喃語の「マンマ ンマン」「ブーブーブー」などと同じように0歳の後半 に見られることを示している。  「初語」に関しては、これまで手話による初語の出現 が健聴児の音声言語のそれより早いという研究が、手話 の第一言語としての優位性を主張する文脈で度々紹介さ れてきた。しかし、そもそも、乳児期にジェスチャーの 方が音声言語より表現が容易であることは0才児の動作 模倣の発達を見れば自明のことだ(松原・瓜生,1979)。 「バイバイ」など慣用的動作が場面に即して出現するの は10 ヶ月頃だが、それを初語の出現とは言わない。音声 の「バイバイ」が言えるのはもう少し後だからだ。聴覚 障害児の場合、手話の単語が写像性が高いこともあって、

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慣用的なジェスチャーが出ただけであっても、それが 「初語」と認定されうる(瓜生,1991)。武居・鳥越(2000) は、過剰解釈という、この方法論上の問題をクリアすべ く、手話環境にある乳児の初語の縦断研究を慎重な判定 基準で行った結果、健聴児の初語の時期とさほど変わら なかったと報告した。  また、「手話の音韻獲得」については、音声言語でい うところの「音韻」が、聴覚障害児では初期に7つの 「手型」として確認されるという。そして、難しい手型 を作るのが困難なときにこれらのやさしい手型で代用す る「幼児語的表現」が見られた事例が紹介されている。  最後に「手話の文法獲得」について述べられているこ とが、前述の格関係の獲得に関わることだ。これについ ては、「AがBに電話をする」という文例で紹介されて いる。この文では、手話単語が[A][電話する][B] の順に展開する。その際、「電話する」の辞書形の手型 をAからBに向けて動かすことで上記の文の意味になる。 手話の動詞の内、この「電話する」のように、手型をA (主語)からB(目的語)に動かすことが音声言語での 「屈折」(18)にあたるとされる。2歳までは動詞を屈折さ せず、いわゆる「電文体」のように辞書形のまま使うが、 3歳前後にはほぼ動詞の屈折を正しく使えるようになる という事例も紹介されている(19)  以上4つの側面からの手話の獲得の説明は、「・・・多く の手話言語獲得研究から、健聴児の音声言語獲得過程と ろう児の手話言語獲得は、パラレルであるということが わかってきている。・・・手話言語獲得という視点からろう 児の言語獲得をみた場合、健聴児の音声言語獲得と、ほ とんど変わらないのである。」(武居,pp.50-51)とまと められているように、聴覚障害児の手話が健聴児の音声 言語と基本的には同じ時期に同じようなメカニズムで説 明できるということに力点を置いてなされたものである。 しかし、文法発達の中でも非常に重要である格関係が年 齢的にどのような特徴を持って獲得されていくのか、こ れ以上は述べられていない。その理由の1つは、これま での手話獲得の研究では、対象児の多くは幼児期前半ま での子どもであり、幼児期後半の子どもたちはあまり、 研究されてこなかったことにあるだろう。手話の諸側面 の発達の具体的な提示はまだまだ、今後の研究に待たな ければならないようだ。  鳥越は、「手話の活用に関してコミュニケーションの 側面への肯定的な影響や評価の報告がなされる一方、手 話によるコミュニケーションの力が、どのように音声言 語の獲得に影響を及ぼすのかについて十分な調査・研究 がなされていない」と述べている(鳥越,2008)。しかし それ以前に、「手話によるコミュニケーションの力」自 体が、もっと実証的に示される必要があるだろう。最近、 ツールとしての手話評価法が開発中であると言われてい るから(武居,2009b)、今後に期待したいものだ。

6.幼児教育と遊び

6.1.幼稚園教育要領・保育所保育指針と遊び  幼児教育における遊びの重要性については、日本でも 明治末期頃より、欧米の児童中心主義や自由教育思想の 影響を受けて主張されてきた。昭和初期に提唱された倉 橋惣三の「誘導保育論」もその系譜にある。しかし、第 二次大戦後に制定された「幼稚園教育要領」(1956)や 「保育所保育指針」(1965)は小学校以上のコア・カリ キュラムの影響を受け、6領域を設定し、教科型の系統 主義の流れを汲むものとなった。それが大きく変わるこ とになったのは、1989年に改訂された「幼稚園教育要領」、 1990年改訂の「保育所保育指針」においてである。そこ では、生活科を導入した「小学校学習指導要領」(1989) に呼応する形で、「環境を通して行う」ことがこの時期 の保育の基本とすることが明記され、「幼児の主体的活動」 「遊びを通しての指導」が力説された。2008年の改訂で、 小学校学習指導要領は“ゆとり教育”を批判し、逆方向 への舵を切ったわけだが、「幼稚園教育要領」「保育所保 育 指 針」で は、い ず れ も「環 境」と「遊 び」を キ ー・ ワードとした保育観が引き継がれている。 6.2.“Starting Strong”への世界的関心  近年、世界的に見ても就学前期の保育(Early Childhood Education and Care)がこれまでにない関心を呼んでいる。 EU の男女平等委員会や OECD の教育委員会のプロジェ ク ト は90年 代 か ら 調 査 等 に 取 り 組 み 始 め た。と く に PISA など、各国の教育政策に影響力を持つ取り組みに力 を入れる OECD は、人材育成の観点から就学前期につい ても重視し、1998年から調査プロジェクトを発足させ、 参加国を募って大規模な保育政策分析を行ってきている。 調査の結果は、“Starting Strong”(人生の始まりこそ力 強く)と題した一連の報告書として発表されている。そ して質の高い保育のために公的な基盤整備・保育者の身 分保障や労働条件の改善などを提言する一方、保育のカ リキュラムについては、その特徴を「就学準備型」と 「生活基盤型」に大別し、どちらをよしとするかは関 係 国 の 議 論 に 委 ね て い る(OECD, Starting Strong Ⅱ, 2006)。現場の保育の実態は日本でも一様ではないが、 「要領」「指針」は、上で述べたように、後者の「生活 基盤型」に近く、遊びを軸にした保育を基本にする立場 を提唱している。 6.3.子どもの最善の利益  就学前期の保育への世界的関心は、単に投資効果とい う問題意識からだけではなく、子どもの権利条約(1989)

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の精神−そこでは、子どもの最善の利益を基本におき、 子ども期の保障が謳われた−が生かされている。幼児は “幼児らしい”生活を家庭でも保育(教育)の場でも保 障される権利がある。  ろう学校の幼稚部の子どもたちもその例外ではない。し かし、長らく、音声日本語の習得が第一義的に重視され てきた現場では、大人と子どもとの個別の関係が教室 (クラス)にあっても重要であった。教室の後ろで付き 添っていた母親は、昼間の教育の定着のために“宿題” を持ち帰り、家庭でも教育的活動を繰り返す役目を負っ ていた。  こうした状況を一変させたのが、教室への手話の導入 であった。手話によってコミュニケーションできること で、子どもたちは自然な子どもどうしの関係を、遊びを 通じて結ぶことができるようになった。親たちにとって も、経験の浅い自らの手話に対する気後れが、たとえあっ たとしても、それが手話使用の大きなブレーキとはなら なかったようだ。子どもとの意思疎通のし易さという利 点は、何事にも変えられない魅力だったからだろう。口 話法のもとでは、教室の後ろで我が子の一挙一動に熱い 視線を向けざるをえなかった親たちも、子どもを送り届 けると教室にとどまる必要は必ずしもなくなった。  これらの変化を考えれば、たとえ、当初、1章で見た ように二者択一的な論調が強かったにしても、教育現場 に導入された手話は、子どもたちをつなぐことで、口話 だけでは果たせなかった子どもどうしの世界を取り戻さ せる役割を果たした。その意味で、手話の導入が、“子 ども期の回復”、そのスタートだったと捉えることもあ ながち誇張ではないだろう。

7.今後のろう教育を考えるために

 ここまで、就学前期の手話の活用が日本の公教育の現 場でも進んできた状況を振り返ってきた。手話によるコ ミュニケーションが子どもたちの人間関係を充実させる ことになった反面、権利として保障されるべき日本語の 書き言葉の獲得は、口話時代に引き続き、課題であるこ とも見えてきた。聴覚障害児の場合、手話によって経験 的に築いてきた意味の世界が、音韻的な信号である「が」 「を」「に」などと自動的にはリンクしない。そうかと 言って、日本語の作文指導を早めて幼児期に取り込むこ とも短絡的である。なぜなら、小学部ではすでに日本語 文の格助詞等に注目を促す指導を行っており、そのこと 自体、容易な課題ではないことはわかっているからだ。  前章で見たように、就学前期の手話獲得の諸相が十分 には研究されていない現状では、抽象的な議論になって しまうのだが、手話や音声言語の統語的ルールへの気づ きにつながる、自身の言語活動の自覚化を促すために必 要な取り組みの可能性について、最後に述べたい。 7.1.メタ言語能力を育てる活動  健聴児の場合、言葉の意味と切り離した音韻情報への 着目という姿が3歳頃より見られることから、初歩的な メタ言語能力の育ちが幼児期中期から確認できることは 4章で述べた。伝承的な遊びの中には、しりとりやなぞ なぞ等、言葉を素材としてメタ言語能力の育成に関わる 遊びも多くある(高橋,2003)。  では、聴覚障害児が手話で遊ぶということはあるのだ ろうか。この点に関わって、武居は、文字活用がまだ本 格的になっていない5歳を過ぎる頃から、コミュニケー ションとしての手話の段階から、今ここを超えた記号と しての手話の段階への移行が見られるとして、次の2つ の事例を紹介している(武居,2003)。1つは「[嘘]と いう手話を顎でやったら[変]になっちゃった」と子ど もが報告したという事例だ(20)。もう1つは、「一本指で 作ることのできる手話集め」のような言葉遊びの事例だ。 幼児教育として、こうした“手話で遊ぶ”遊びはもっと 取り入れられて良いだろう。  鳥越は、岡本夏木が書き言葉の発達について「一次的 ことばから二次的ことばへ」と述べていたことをヒント に、手話の話し言葉から日本語の書き言葉への道筋につ いてもっとていねいに考える必要があるとして、「新し い枠組み」を次のように提案をしている。すなわち、手 話の段階で「話しことば」の段階と「二次的ことばとし ての話しことば」の段階の2段階を想定し、そこから次 に日本語の「二次的ことば」の段階に移行するというも のだ(鳥越,1999)(21)。手話レベルでの「二次的言葉と しての話しことば」とは、4章で述べた幼児期後半のメ タ言語能力に対応したものを指していると思われる。手 話によることば遊びもその育成の一助となるものだろう。 聴覚障害児ならではの遊び文化、言葉の文化を育てるこ とは、幼児教育としてのろう教育の今日的課題であろう。 7.2.場面や相手に合わせた話し言葉の獲得  かつて、多くの子どもたちは学校に上がるまで、方言 しか知らなかった。学校に上がって初めて、「です・ま す」調(敬体)や共通語表現に出会うのが普通であった。 しかし、テレビや絵本の普及、幼児教育の一般化に伴い、 幼児期の子どもたちも書き言葉表現に早くから晒される ようになってきた。自ずと幼児期の話し言葉の時代から、 子どもの発話も、昔の子どもと比べて変化を余儀なくさ れているわけだ。加用ら(1996)は幼児のごっこ遊びを 複数の地方で観察し、役割発言は共通語で、ト書き部分 のやりとりは方言で、頻繁に切り替えながら会話してい る事例がどの地域でも見られたことを報告している。こ うしたスイッチング−この場合は、敬体・常体、方言・

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共通語−は、ことさら教えられるわけではないが、子ど もたちは、恐らく、“よそゆきの言葉”とふだんの言葉 というような使い分け始めているのだろう。こうした経 験は言語の対象化を促すことにつながるが、近年、それ が早くなっていると言うことだ。  聴覚障害児にとっても、様々なコミュニケーション場 面を経験しているならば、相手が聞こえる人かそうでは ないか、ろう学校の友だちなのか交流幼稚園の友だちな のかによって、声を使うことの効率性の違いに気づくこ とになろう。手話の言い回しやスピードを場面や相手に 応じて変えることも、必要に応じて取り入れていくこと だろう。 7.3.言語獲得期の音声言語と手話の併用について  ジョンソンらの言語発達論には、言語獲得期から音声 言語を導入することは手話獲得を妨害するという大前提 があった。この考え方は、口話を習得する時期に手話を 教えると音声言語の取得に妨害になると言われてきたこ とをちょうど逆転させたものだ。しかし、果たして就学 前までの音声言語の導入は妨害なのかどうか、手話と口 話の併用は無理、あるいは不自然なことなのか、手話獲 得という側から、改めて検討されてもよいのではないだ ろうか。  手話で話す際に「手話」と「口話」の併用が効率的で ないのは、話し言葉としての「自然手話」をテンポよく 駆使する場合だろう。日本語は助詞がマーカーとしてあ ることから、長文であってもそれなりに文の構造が把握 しやすいのだが、その日本語の語順にそって手話単語を 並べていくと、長文になればなるほど理解しづらくなり かねない。手話では、単文化、接続助詞ではなく接続詞 による明示、主題化などが多用されている。だから、こ うした手話の特性に配慮して、大人が日本語音声の文の 言い回しを工夫して呈示するならば、発話速度がそれほ ど速くない幼児期初期には、口話との併用も可能であっ て、その場合、「日本語対応手話」に近いものが存在す ることもありうるのかもしれない(瓜生,2011)。その 「言語習得期の手話」が、聴覚障害者どうしの「手話ら しい手話」に変容・修練されていくのかどうかは、その 後、その子どもが主にどのような集団の中で生活し、ど のようなアイデンティを獲得していくのか等に規定され るだろう。社会参加を広げる中で、やがて「日本手話」 から「日本語対応手話」までバリエーションがあり得る ことにも気づいていくことだろう。あとは子ども自身が 選んでいくことだろう。  いずれにしても、肝心なのは、前節で述べたように教 育の場で柔軟なスイッチング能力を身につけられるかど うかであろう。これは、聴覚障害児の教育に限ったこと でもない。 7.4.より広い可能性を見通した教育を  今後のろう教育の可能性を考える上で、さらにいくつ かのことを考えていかなければならない。  一つは、厚生省(現厚生労働省)が2000年度から5年間 行った新生児聴覚検査のモデル事業の結果、新生児聴覚 スクリーニング検査の受診が普及していることだ(22)。生 後1ヶ月までの受診、3 ヶ月までの診断、6 ヶ月までの補 聴と療育の開始が推奨されており(小林ら,2011)、早期 発見と早期対応が本格化してきている。その一方で、日 本でも人工内耳の装用が増加していることだ。手術を扱 う医療機関は1985年に1カ所だったのが、2010年には約 100カ所と急増している(23)。人工内耳であっても補聴器と 同じように、音の聞き取りには相当の訓練が必要で、装 用により劇的に聴力が回復するというものではないが、 早期発見とも相まって、親のニーズが聴覚活用に向いて くることはさけられないだろう。スウェーデンのバイリ ンガルろう教育が人工内耳普及の影響を被ったことは既 に3章で述べたが、デンマークでも同様のことが指摘さ れているという(木村,2011)(24)。日本のろう学校で行 われている未就園児等の教育相談でも、ここ数年、スク リーニング検査の普及の結果、相談児の低年齢化が進ん でいると聞く。医療的ケアへのアドバイス等、今以上に ろう学校に求められることになるだろう。  今一つは、書き言葉と話し言葉の関係に関わることだ。 歴史的に見れば、日本語でも、当初は漢字を借用して表 記が始まっている(漢式和文)。しかし、言語類型上、 独立語に分類される中国の漢字だけでは、膠着型と言わ れる日本語の表記が十分できないことから、万葉仮名、 カタカナ、ひらがななどが考案され、文学などではこれ らの表記法が取られていく。それでも、文の構造を格助 詞で明示するようになるのは比較的新しく、とくに主語 を示す「が」が明示されるのは、鎌倉時代に入ってから である。同じ頃、接続詞も発達し、これらが相まって、 より論理的な文章になっていった(山口,2006)。おそら く、こうした変容には、社会発展に伴う思考様式の変化 が、話し言葉そのものの変化を求めた側面と、書き言葉 の普及が話し言葉の変化をもたらした両方の側面がある のであろう。手話を早期から使う子どもたちの書き言葉 の習得を今日的に考える場合、手話らしいとされる手話 自体も変容する可能性もあるかもしれない。前節で述べ たことと重なるのだが、「日本手話」と「日本語対応手 話」とを峻別することよりも、手話のバリエーションを 許容する視点が必要なのではないだろうか。  情報・通信技術や医学の進歩の速度は、ユーザーやク ライエントのニーズを超えて、非常に加速している。こ うした現代にあっては、より広い可能性を見通した教育 を展望する必要があるだろう。ただし、その場合にも、 子どもの“今”の最善の利益に即して考えられるべきで

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ある。今を犠牲にした「必要悪」−かつての口話法時代 の厳しい訓練がこう言われることがあった−という言葉 は、小さな子どもには理解できないことなのだから。   (1)2010年より、同会は特定非営利活動法人ろう教育を考え る全国協議会へ移行している。 (2)全国ろう児をもつ親の会 2003 人権救済の申し立て http://www.hat.hi-ho.ne.jp/at_home/human_rights/ rights2.html (3)日本弁護士連合会 2005年 手話教育の充実を求める意 見書 www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/ 2005_26_1.pdf (4)「日本の聴覚障害教育構想プロジェクト最終報告」(同プ ロジェクト委員会、2005)には、1990年代になって、足 立・奈良・三重・広島・徳島・平塚等の公立ろう学校 (もしくは特別支援学校)で、早期段階からの手話使用 が始まったことが記されている。 (5)「難聴」は普通、聴力損失度30dB以上を言う。「ろう」は 両耳の聴力損失が90dB以上、もしくは100dB以上で、補聴 器を装用しても会話の聞き取りが全くできないときに使 われることが多い。 (6)「ろう児」は、Deaf が原語である。ジョンソンらは、「ろ う教育に迫る本論の結論は聴力損失度にかかわりなく、 すべてのろう児に適用できる」との意図から、Deaf を 「包括的な意味に用い、通常のクラスでは完全に授業を受 けられないほどの聴覚障害をもつ子供すべてを含むもの とする。・・・一般に、・・・人口統計資料において“聴 覚障害者”として分類された子供を含む」意味で使用す るとしており、広い意味で使用されている。「ろう児」の 語は、重度・最重度の子どもを指すことが多いが、論文 中の「ろうであって悪いことはなにもない」(訳書,p.9) という言い方からは、「聴覚障害」という用語を避ける立 場から「ろう児」を広義に使用していると推察される。 (7)これ以外には、「自然手話獲得、社会アイデンティティの 発達、ろう児の自尊心を高めるための最良のモデルは手 話能力の高いろう者である」「ろう児を普通の聴者の“欠 陥例”とみるべきではない」など、ろう者としてのアイ デンティティを強調するものが含められている。 (8)日本でも、この考え方のもとに、同時法を考案した栃木 ろう学校の実践が知られている。同時法は、音声日本語に そって、手話の単語に助詞助動詞等、重要なマーカーを、 指文字(「ガ」「ヲ」など)を用いて付加していく方法で ある。 (9)冒頭で述べたジョンソンとは別人である。 (10)内言(inner speech)とは、声に出して発せられる「外 言」に対して、黙っている際に脳活動として行われる内 的な言語を言う。ヴィゴツキーの著作『思考と言語』で キィー概念であった。筆者の成人の調音筋の筋電図を分 析した研究(1981)は、言語的課題の成績とそのときの 筋電図の振幅とは正の相関関係にあるが、空間的課題で は両者の関係が逆であることから、筋電図によって捉え られる末梢器官からの電気的活動が内言を電気生理学的 に捉えたものであるとした。 (11)異なる話し言葉間で便宜的に誕生した共通語が「ピジン」 であり、ピジンが世代を経るに従って、文法等がより体 系的になったものが「クレオール」であり、世界的にそ の事例がある。トク・ピジン等、英語との接触による語 が多く、二言語の「融合」と言うよりはマジョリティに よる「抑圧」現象だという指摘もある。 (12)全日本ろうあ連盟 2003 「人権救済申立」に対する全日 本ろうあ連盟の見解 http://www.jfd.or.jp/yobo/2003/kenkai20031017.html この見解は、中途失聴者の手話は日本語の表現にそった手 話が多い事実等をふまえたものになっている。 (13)2つの手話を峻別する立場の人たちからは、手話通訳や NHKの手話ニュースで使用される手話についても、厳し い意見や注文がある(木村,2011)。 (14)小田侯朗 1994 アメリカ聾教育におけるBi/Bi アプロー チ 国立特殊教育研究所 世界の特殊教育(Ⅷ)pp.36-41. (15)この著作の元になったものは「スウェーデンで考えたこ と(その1)」(1999年)以降、5回に分けて「手話コミュ ニケーション研究」誌に発表された。 (16)例えば、NHKで、2009年9月7日に放映された「手の言 葉で生きる」という番組で、A県立ろう学校小学部1年 生の活発な姿が放送されたが、やはり、書き言葉(日本 語)に関しては、獲得が容易ではない実情が窺われる内 容であった。 (17)教示文中の「対象語」(∼を)を手に取りやすいことが 「対格偏向」を誘発しやすくしているのではないかとの 解釈の可能性があった。これをチェックするため、図3 とカップの開口部の向きを反対にし、「Aを隠してごらん」 と指示した場合に、もう一方のBのカップを手に取って Aを覆うことを求める間接指示条件を設定し、同様に言 語理解を見ても、結果は変わらなかったので、この解釈 の余地は否定された。 (18)名詞や動詞などが、格・性・数・人称などに応じて語の 一部が変化することを屈折と言い、動詞の場合の屈折は 「活用」を意味する(デュボアら、伊藤晃他訳 1980  ラルース言語学用語辞典 大修館  J. Dubois Dictionnaire de Linguistique)。 (19)先述の「電話をかける」の文例の説明では、語順や運動 の方向が格標識となっているように読み取れる。しかし、 成人の手話の解説書(木村,前掲書など)を見ると、動 作主を確認する指さしを必要に応じて補うなどするから、 語順などの格標識は固定的でなく、かなり臨機応変なよ うにも見える。 (20)人差し指を頬にあてる手話[嘘]を、顎の位置で行えば [変]の意味になる。 (21)近藤(2011)も、手話の段階を「コミュニケーション手 話」と「ステージ手話」と名付けて二段階で考えるとい う、鳥越とよく似た提案をしている。 (22)日本産婦人科医会が2005年に行った調査では、分娩取り 扱い普及機関でのスクリーニング実施状況は、62%であ り、地域格差もある。米国でのそれは、95%という(小 林ら,2011)。 (23)人工内耳友の会のホームページによる。 http://www.normanet.ne.jp/~acita/info/index.html (24)木村(前掲書)によると、デンマークでは2009年には乳 児への人工内耳装用率が98%になり、バイリンガルろう 教育の継続は難しくなっているという。   引用・参考文献 フィルモア 1975 田中春美・船城道雄訳 格文法の原理:言 語の意味と構造 三省堂(Fillmore, C. J. 1968 The Case for Case. In E. Bach & R. T. Harmes (eds.) Universals in

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