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AIにより実現した細胞内1分子動態の大規模網羅的イメージング
理研BDR 廣島通夫 [email protected]はじめに
現代の生命科学において、光学顕微鏡を用いた研 究は不可欠となっている。顕微鏡の空間・時間分解 能など基本性能は光工学技術の進展によって著しく 向上し、さらに生化学や分子生物学、細胞工学の手 法と組み合わせることで、分子から細胞、組織に至 る各階層で様々な現象について幅広く観察・計測で きるようになった。 1 分子イメージングはこうした生命現象の観察手 法のひとつであり、注目する生体分子を蛍光ラベル により可視化することで、分子一つひとつの動態や 機能している場面を直接観察できる[図 1]。1995 年 にはin vitro で酵素反応を[1]、2000 年には生きた細 胞内で受容体分子の活性化過程を[2]、1 分子レベル で初めて観察することに成功している。以降、細胞 内で分子が担う情報処理反応のダイナミクスやキネ ティクスの解析を通じて、細胞が外来の刺激や環境 の変化にどのように応答しているか、その分子メカ ニズムの解明に寄与してきた[3, 4, 5, 6 など]。さらに、 2014 年にノーベル化学賞を受賞した超解像顕微鏡 [7]を支える技術としても利用されており、ポテンシ ャルの高い手法といえるだろう。ただし、この手法 を使いこなすには、顕微鏡の調整や観察試料の吟味 など専門的な知識や経験を必要とする局面も多く、 また、多くの操作を人手に頼り実験効率も高くない ことから、汎用的な手法として広く普及していると は言い難い。最近の潮流である大規模解析への応用 も難しい状況であった。 そこで我々は、1 分子イメージングを希望する人 すべてが容易に使いこなすことができ、さらに大規 模、あるいは網羅的な画像データを効率よく取得で きるよう、専門性の高い操作は学習したAI が行い、 ルーチン化した作業はロボティクスに代替させるこ とで、大幅に自動化したシステムを開発した。 図 1 1 分子イメージング像 CHO 細胞で発現させた EGFR-GFP 分子. スケールバ ーは 5 µm.自動細胞内
1 分子イメージングシステム
(
AiSIS)
1 分子イメージングはその名の通り、蛍光ラベル した個々の分子を観察するため、蛍光輝点は細胞上 でそれぞれ離れている必要がある。ただし、数が少 な過ぎると実験効率が悪くなる。適切な輝点密度は 1 µm2に数個程度であり、蛍光観察する分子の発現 量や蛍光色素の濃度を調節することで対処できるも のの、細胞間での個体差もあるため、撮影時にその 都度探して選ぶことになる。このプロセスを自動化 するため、まずステージを動かして視野を変えなが ら連続して画像を取得し、次にどの視野が適切な密 度の輝点を含んでいるか、機械判定することとした。 この際、輝点認識プログラムにより実際の密度を求 めて判定する方法もあるが、プログラム中のパラメ ータの設定に画像処理の専門知識が不可欠な場合が あるほか、細胞や蛍光プローブの種類など試料条件 が変わる度に設定をやり直す必要も考えられ、万人 が使いやすい方法とは言い難い。そこで AI を用い て、1 分子イメージングや細胞試料に精通した研究 者が選んだ画像を、あらかじめ深層学習させておき、 実験時に類似する視野を選び出す方法を採用してい る。学習では元の画像に加え、輝点密度が最適な領 域とそれ以外を白黒二値で塗り分けた画像を教師デ ータとして用いる(図2)。試料条件が変わる場合は、 必要に応じて同様の学習をさせれば良い。実験の際、 学習した AI による判定結果はリアルタイムで出力 される。 図 2 輝点画像の学習 なお、判定精度と計算時間はトレードオフの関係に あるため、教師データ(正解)と解答の差(average residual square, ARS)に計算時間を乗じた積が最小と なるよう、ニューラルネットワークを構成する層の 数を決定した。ここでARS は下記の式で表す。yi,j、di,jは、正解と解答の画像それぞれの座標(i, j)に おける二値化した輝度値を示す。S は画像のサイズ であり、我々の系では512×512 ピクセルである。表 1 に示される評価結果を踏まえ、3 層のネットワーク
(
)
1 1 2 2 0 0 1 S S i, j i, j i j ARS y d S − − = = =∑∑
−CICSJ Bulletin Vol.38 (2020) 13 (図3a)を用いることとした。また、蛍光画像の細 胞以外の場所に、死んだ細胞や溶液中の小さなゴミ などに由来する蛍光や散乱光の輝点が見られること がある。観察対象である分子の蛍光輝点と区別する ため、細胞が視野のどこにあるか、AI を用いた判定 を行っている。この場合、表面反射干渉(surface reflection interference contrast, SRIC)像と呼ばれる細 胞の接着面が暗く見える画像を取得し、人の目で細 胞領域を判断して塗り分け、深層学習の教師データ としている。輝点密度の場合と同様の評価を行い(表 1)、ネットワークの層の数を 3 と決定した(図 3b)。 図 3 深層学習のニューラルネットワーク (a) 輝点密度と (b) 細胞領域 の判定に用いたネッ トワーク. 表 1. ニューラルネットワークの層数の評価 次に、これらの学習に必要な教師データの数につい て評価した。図4 は、学習したニューラルネットワ ークに、教師データと同じ、または初見の画像を提 示した場合、学習する画像の枚数に対してどの程度 正解するかをARS によって示している。枚数が少な ければ、前者では教師データと提示された画像の特 徴が一致しやすく正解率は高くなり、後者はその逆 となる。枚数が増えるにつれ、これら両者の正解率 の差は縮まってほぼ一定になり、学習が達成された と考えられる。この評価の結果から、輝点密度と細 胞領域の機械判定のために最低限必要な教師画像は、 それぞれ40 枚と 200 枚程度と示された。 図 4 教師データ枚数と正解率 左は 輝点密度、右は 細胞領域を判定する際の学習. 赤は初見の画像を、緑は教師データを例題として与 えた場合の学習曲線を示し, 黒は両者の差. 上述の視野の選択に加え、1 分子イメージングで は高倍率(通常60 倍あるいは 100 倍)の対物レンズ を用いるため焦点深度が浅くなり、目で見てフォー カスが合っていると認識されるのは上下に約 200 nm 以内の狭い範囲であることから、正確にフォーカ スを合わせ維持することも重要である。開発したシ ステムでは、顕微鏡の光学系において試料面と共役 の位置に視野絞りを設置した。フォーカスが合うと 絞り像のエッジ部分は高いコントラストで見えるた め、そのピクセル輝度分布から、どれだけ外れてい るか評価することができる。そこで、観察試料をセ ットした後、自動制御により対物レンズを上下に動 かし、最も評価値が高くなる位置に留まるようフィ ードバック制御することで、非常に高い精度(<170 nm)でのオートフォーカスを達成した(図 5)。 図 5 オートフォーカス (a) 視野絞り像. エッジの赤い四角形はコントラス トの評価に用いた領域. (b) 対物レンズ位置と評価 値. フォーカスが合っていると判断される範囲を矢 印で示した. (文献 8,9) これら視野の自動探索アルゴリズムとオートフォ ーカス機構により、従来の人手による1 分子イメー ジングにおいて最も時間を要し、技量や経験などに 左右される操作について完全な自動化を達成した。 さらにロボティクスを応用し、細胞を培養している ウェルプレートの搬送や、分注ポンプを取り付けた アームを自動制御し各ウェルに薬剤を添加すること も 可 能 と な っ た 。 開 発 し た シ ス テ ム 、AiSIS (Automated in-cell Single-molecule Imaging System) [8, 9]の外観を図 6 に示す。 判定内容 層数 時間 (ms) ARS 時間 × ARS 輝点密度 2 187 0.067 12.5 3 258 0.039 10.1 4 340 0.034 11.6 細胞領域 2 144 0.099 14.2 3 200 0.069 13.9 4 314 0.055 17.4
14 http://www.jstage.jst.go.jp/browse/cicsj/-char/ja/ 図 6 AiSIS (a) 外観. 外界から遮断できる筐体中に収めている. (b) ロボティクス部分. 取得した1 分子イメージング画像の解析はまず、 蛍光輝点それぞれの重心位置を、検出されたフレー ムに渡って算出する。この輝点の時空間情報から軌 跡を求めることで、分子の局在や運動特性を知るこ とができる。また、輝点の輝度は含まれる蛍光分子 数を反映するため、多量体の形成・分解の過程を追 うことも可能である。AiSIS では得られた画像デー タを取得直後にコンピューターに送り、自動でこれ らの解析を行っている。
大規模解析への応用
完成したAiSIS による大規模解析が可能か、96 ウ ェルプレート中で計測を行い検証した。CHO 細胞に おいて、緑色蛍光蛋白質 GFP の蛍光により上皮成 長因子受容体 EGFR を 1 分子イメージングし、その 細胞内動態を解析する。各ウェル 10 細胞ずつ、60 ウェルから得られた結果を図7 に示す。現時点で、1 プレートの観察は1 時間半~2 時間で終了するため、 1日あたり 8,000 細胞からデータを得ることができ る。これは分子数にすると800 万分子(軌跡)に相 当し、従来の人手による1 分子イメージングと比較 するとその効率は100 倍以上であり、解析過程も含 めるとさらに数倍以上になるだろう。 図 7 AiSIS による大規模 1 分子イメージング ウェルプレートでのEGFR-GFP 分子のイメージング. スケールバーは10 µm. リガンドである EGF と結合した EGFR は、他の EGFR 分子と安定した二量体を形成し、自身が持つ チロシンリン酸化活性により相手をリン酸化する (自己リン酸化)。従来の1 分子イメージング研究か ら、この過程に伴って側方拡散運動の遅い分子が増 加するとともに、運動範囲が狭くなることが知られ ており、前者は拡散係数、後者は平均二乗変位(Mean Square Displacement, MSD)に反映される。また、二 量体に加え、さらに大きな多量体が形成されること も近年明らかになっており、輝点輝度の増加として 現れる。そこで、これらの中で最も大きな変化を示 すMSD を参照し、プレート中で細胞に EGF 刺激を 行ったウェルを判別することができるか、AiSIS で 計測・解析を行って検証した。その結果、図8 に示 すように、EGF を添加したウェルでは MSD の有意 な低下が見られ、バッファーのみ加え変化が見られ なかったウェルと完全に見分けることができた。 図 8 分子動態による EGFR 活性化の検出 MSD の時間(δt)発展を示す. 各セル(□)はプレ ート中の各ウェルと対応している. EGF あるいはバ ッファーのみ添加した場合を, それぞれ緑地または 白地で表す. 黒線は添加前, 赤線は添加後. 数値は 両者のt検定から得られたp値で, 赤文字は有意差の あるウェル.(文献 8,9) EGF 刺激による MSD の変化は EGFR のリン酸化 に起因するため、リガンドだけでなく、リン酸化阻 害剤の影響も受けると考えられる。そこでEGF と、 阻害剤であるAG1478 をそれぞれ異なる濃度で組み 合わせた30 種類の濃度条件を 1 ウェルプレート内で 実現し、EGFR の MSD を計測した。図 8 に示す結果 では、EGF 濃度の増加とともに低下する MSD が、 AG1478 濃度の増加とともに上昇し、両者の効果が 拮抗する状況が見られる。この2 次元グラフを阻害 の効果を考慮したモデルでフィットすることで、 EGF の 50%効果濃度(EC50)や、AG1478 の 50% 阻害効果濃度(IC50)といった薬理学的パラメータを 求めることができる。AG1478 による阻害は、リン 酸化に必要なATPが結合する部位を占有することで 行われ、EGF の結合とは競合していない。従って、 下記の式で表される非競合阻害のモデルを用いた。 ここで、MSDmaxとMSDminはそれぞれMSD の最大値、
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)
[ ]
[ ]
50[ ]
50 50 max min max MSD MSD L MSD MSD EC I L EC IC − = − + +CICSJ Bulletin Vol.38 (2020) 15 最小値を、[L]と[I]はそれぞれリガンド、阻害剤の濃 度を示す。図9 に示すように、フィットした結果は 実験値と良く一致し、EC50は2.3 nM、IC50は6.2 nM と計算され、in vitro や細胞内で計測された以前の報 告値とほぼ同じであった。このことは、分子動態を 指標とした新しい薬剤スクリーニングが、AiSIS に よる大規模計測によって可能であることを示唆して いる。EGFR にも非小細胞肺癌などで見られる変異 体が複数報告されており、これらの変異体に対する 分子標的薬は抗癌剤として創薬の対象となっている ほか、すでに臨床で使用されているものもある。現 在、AiSIS を用いて、EGFR 変異体の分子動態解析や 抗癌剤効果の検証を進めている。 図 9 リガンドと阻害剤による分子動態の変化 (a) 取得データ. 縦軸は EGF 刺激前後での MSD (δt = 300 ms)の比. (b) モデルによるフィット. (c) デー タとフィットを重ねたもの.
考察および展望
AiSIS で自動化された操作は、一般的な蛍光顕微 鏡観察で行う操作でもあるため、開発した技術は 1 分子イメージングに限らず幅広く応用できる。その なかで、観察条件を満たす細胞を AI で自動探索す る機能については、事前の学習に要する画像が数十 ~数百枚程度と利用する研究者にとって大きな負担 とならないほか、日頃扱い慣れた細胞についての経 験を反映できる利点もある。また、人の目で判断す る場合と比べ、安定して一定の基準に基づいて選ば れるため、解析結果の精度や再現性がより向上する と期待される。また、条件に適合しているかの判定 は、1 フレーム(30 ms)のスナップショットで行え ることから、励起光による1 分子蛍光の褪色を大幅 に減らすことができる。このように自動化や AI の 導入は、計測効率の改善やワークロードの低減だけ でなく、計測で得られるデータの質の向上にも寄与 するため、その意義は非常に大きい。 一方、AiSIS の大規模解析能力と、1 分子イメージ ングで検出される分子動態の変化から薬剤の効果を 定量的に評価する手法[10]を組み合わせることで、 薬剤スクリーニング手法としての応用が考えられる。 本稿でも述べた、EGFR の計測から求めたリガンド (EGF)の EC50とリン酸化阻害剤(AG1478)の IC50 は、分子の運動に対する効果を示すものであり、生 化学的手法などで得られた従来の報告値のようにリ ン酸化を直接計測して得られたものではない。しか しながら両者の値がほぼ一致することから、リガン ド/阻害剤の結合やリン酸化などに伴うEGFR 分子 の構造変化が、計測される分子の動態に反映されて いることが示唆される。1 分子イメージングが従来 考えられているよりも、分子の状態に対してより高 感度であり、得られたデータには現在の解析手法で はまだ引き出せていない情報が潜んでいる可能性が ある。他方、信頼度の高い薬剤スクリーニング手法 として確立するには、分子の構造と運動がどのよう なメカニズムを通じて相関しているか、明らかにす ることが必須であろう。 1 分子イメージングから得られる情報は非常に多 く、分子のふるまいを多面的に知ることができる。 手法の汎用化や大規模解析への応用を阻む要因の多 くを解決した AiSIS、あるいは同様の自動化システ ムによって、種々の生命現象を分子レベルで理解す る試みが一層加速すると期待される。 参考文献[1] T. Funatsu, Y. Harada, M. Tokunaga, K. Saito, T. Yanagida; Nature, 374, 555–559(1995).
[2] Y. Sako, S. Minoghchi, T. Yanagida; Nat. Cell. Biol., 2, 168–172(2000).
[3] M. Ueda, Y. Sako, T. Tanaka, P. Devreotes, T. Yanagida; Science, 294, 864–867(2001).
[4] Y. Teramura, J. Ichinose, H. Takagi, K. Nishida, T. Yanagida, Y. Sako; EMBO J., 25, 4215–4222(2006). [5] M. Morimatsu, H. Takagi, K. G. Ota, R. Iwamoto, T. Yanagida, Y. Sako; Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104 18013–18018(2007).
[6] M. Hiroshima, C. Pack, K. Kaizu, K. Takahashi, M. Ueda, Y. Sako; J. Mol. Biol., 430, 1386–1401(2018).
[7] E. Betzig, G. H. Patterson, R. Sougrat, O. W. Lindwasser, S. Olenych, J. S. Bonifacino, M. W. Davidson, J. Lippincott-Schwartz, H. F. Hess; Science, 313, 1642-1645(2006).
[8] M. Yasui, M. Hiroshima, J. Kozuka, Y. Sako, M. Ueda; Nat. Commun., 9, 1–33(2018).
[9] M. Hiroshima, M. Yasui, M. Ueda; Microscopy, 69, 69–78(2020).
[10] M. Yanagawa, M. Hiroshima, Y. Togashi, M. Abe, T. Yamashita, Y. Shichida, M. Murata, M. Ueda, Y. Sako; Sci. Signal., 11, eaao1917(2018).
ひろしま みちお HIROSHIMA, Michio
1 分子イメージング/解析を主軸に、細胞における分子の時空間動態が情報伝達を調節するメカニズムの 研究を行っている。近年は並行して、イメージング周辺の実験操作の自動化も進めている。
連絡先 〒565-0874 大阪府吹田市古江台 6-2-3 理化学研究所 生命機能科学研究センター 電話 070-6800-3894