地場産業である絹織物産業の継承と発展, そして絹を活用した新たな産業創造に向け て,京丹後市が国にプロジェクト提案した 「新シルク産業創造事業」が 2014 年 5 月,国 の「地域活性化モデルケース」として選定を 受けた.このことにより,京丹後市では産官 学連携体制を構築し,人工飼料を用いた無菌 周年養蚕の基礎研究,及び遺伝子組換蚕の量 産飼育技術・用途開発研究に取り組んでき た. 本稿では,シルクを活用した新たな産業創 出に向けて取り組んだその研究内容と成果, 及び課題について報告する. 1.国の地域活性化モデルケース選定の経過 2014 年 1 月,政府内に内閣官房長官を議 長とする「地域活性化の推進に関する関係閣 僚会合」が設置され,この関係閣僚会合にお いて決定された「成長戦略改訂に向けた地域 活性化の取組みについて」に基づき,同年 3 月下旬から 4 月中旬にかけ「地域活性化モデ ルケース」の提案募集が公募された.京丹後 市は,「新シルク産業の創造」などいくつか のテーマを提案したところ,同年 5 月 29 日 に開催された第 3 回閣僚会合において,全国 135 件の提案の中から京丹後市を含む 33 件が 選定された.国は,選定した地域活性化モデ ルケースを,関係府省が税財政面,金融面等 で最大限支援し,民間・大学等の協力も得て, 先進的プロジェクトとして実現するとした. 2.国へ提案した地域活性化モデルケース 「新シルク産業の創造」のねらい 京丹後市が提案したプロジェクトのうちの 「新シルク産業の創造」の目的は,「丹後ちり めん」に代表される絹織物産業をこの地域で 維持し,未来へ継承していくことに加えて, 「絹」を核にした新しい産業を地域内に創出 し,地域経済の活性化を図ることの 2 点であ る.具体的には,地場産業である絹織物業の 川上分野にあたる「養蚕業」に着目し,シル ク関連産業の扇の要として裾野の広い産業で
特集企画「地域シルク関連産業」
京都府京丹後市における
新シルク産業創造に向けた産学官による取組み
高橋尚義
* 京丹後市役所商工観光部:〒 627-8567 京都府京丹後市峰山町杉谷 889 (令和 2 年 3 月 25 日受領,令和 2 年 3 月 31 日受理)An approach to create New Silk Industry in Kyotango City
through industry-academia-government collaboration
Hisayoshi Takahashi*
Key Words: Silk Industry in Kyotango City
あり,織物業はもとより,ヘルスケア産業, メディカル産業など川中産業,さらには川下 産業などへ広く産業展開が期待できる産業で あるとして,将来的にはシルク関連産業が研 究機関を含めてこの京丹後市に集積し,地域 発展の可能性が期待できるとして,将来に向 けた産業育成を目指そうというものである. 3. 提案に対する関係省庁からのアドバイス と官邸での意見交換 京丹後市の提案に対して 2014 年 6 月 10 日, 内閣府,総務省,農林水産省,経済産業省, 国土交通省,環境省等中央省庁からの出席を 得て,京丹後市役所にて意見交換がなされ, 以下のような意見が取りまとめられた. また,同年 6 月 24 日には,官邸にて開催 された第 4 回関係閣僚会合において,選定 33 カ所のうちから京丹後市を含む 6 提案者 が参集して報告が行われた.京丹後市長から は,提案した内容の展望と課題解決へ向けた 要請を行い,関係閣僚等との意見交換の中 で,国と地方が一体となって今後の地域課題 に取り組むことが確認された. <意見交換による国からのコメント概要> ① 京丹後市提案の「丹後ちりめん」の再生, 養蚕分野の新たな研究開発については,東 京オリンピック・パラリンピックを見据え, 和装産業のPR力強化など,ジャパンブラ ンドにつながる事業といえる. ② 新たなブランドづくりについては,ジャパ ンブランドの申請があれば和装振興等とし て検討できる. ③ 大学と一緒にする研究は,必要な案内をす る.廃校の利活用,山村振興については補 助メニューを活用できる. ④ 新シルク産業の創造については,地域の金 融機関を巻き込んでの事業化の段階となれ ば大規模な支援メニューがある. ⑤ なお,地域資源を活用したビジネス化の支 援方策,人材,若者を呼び込む方策等につ いて地域横断的に議論している. 4.京丹後市「新シルク産業の創造」の概要 京丹後市は,京都府の最北端の丹後半島に 位置する人口約 5 万人のまち.ご承知のとお り,「丹後ちりめん」という和装用白生地の 国内最大産地である.「丹後ちりめん」は, 1720 年に始まり,2020 年で 300 年を迎える. かつては年間約 1,000 万反の生産量を誇って いたが,現在ではその規模も大幅に縮小し, 最盛期に比べ 3%程度の生産量となっている 状況にある.しかしながら,現在でも生糸の 国内最大消費地であるとともに,絹織物の最 大の生産地という状況に変わりはない. ところが,原料となる生糸は現在,大半を 海外からの供給に依存していることから,原 料確保は将来にわたって産業発展を目指す上 では大きな課題の一つとなっている.また, 国内に目を転じれば,産業構造上の問題もあ り,わが国の養蚕業の実態は,高齢化や後継 者難など労働力に関わる課題をはじめ,繭生 産にかかる収益力も弱く,養蚕農家と収繭量 共に減少している状況で,長期化した負のス パイラルからの脱却が目指されているところ である. そこで川上分野にあたる「養蚕業」に着目 した京丹後市の「地域活性化モデルケース」 提案は,人工飼料を用いた無菌周年養蚕の基 礎研究により,織物の原料となる繭を生産し 国産原料の確保を目指すことと同時に,養蚕 業に係る労務の軽減と生産コストの低減,さ らには,より収益性の高い分野への産業資材 としての提供など,産業全体を俯瞰する中 で,絹の多彩な機能をそれぞれ最大限に活か し多様な産業分野での活用可能性を持つ繭の 生産とその活用を展望するとして,2020 年 度末までを研究期間として,検討・研究を進 めてきた. また,京都工芸繊維大学で開発されたセリ シンのみを吐く遺伝子組換えカイコの飼育と その成果物の用途開発研究により,わが国の 養蚕業の有りようにも貢献できる取組みとな り得るとともに,養蚕業への新たな付加価値 を提供することにもつながるものとして検 討・研究を進めてきたところである.
5.産学官の連携体制 京丹後市では,研究に取り組むにあたり, 蚕種業,養蚕業,製糸業,絹織物業,絹製品 製造加工業など,現在の蚕糸・絹業の振興を 図るとともに,絹の素材・機能を活用したヘ ルスケア産業,医療・医薬産業,産業素材 産業など新たな絹産業の創業や事業創出を めざし,『新シルク産業創造研究会』を 2014 年 12 月に創設.京丹後市内だけでなく周辺 の地域,さらには京都府内の蚕糸・絹業関連 産業の事業者,関係者,および新たなシルク 産業の創出に関心のある事業所・企業を対象 に参加者を募集し,「繭の効率的生産」「繭を 活用した製品技術の確立」「新産業創造」の 3 つの課題について実現化に向け課題研究を 行ってきた. 研究会では,参加者自らがシルクに関する 多様な知識を学ぶとともに,参加者相互の協 業可能性を見据えたマッチングを図り,事業 化に向けた参加者の具体的な活動を支援する ことで,創業や事業創出を進めるものとし, 大学,産業支援機関からもこれらのコーディ ネータ役を得て,産学官の連携体制を構築し 取り組んできた. 6. 新シルク産業創造館での全齢人工飼料無菌 飼育- 20 万頭飼育の実績(成果と課題) 京丹後市では,2015 年度から 2016 年度に かけて旧溝谷小学校を京丹後市新シルク産業 創造館として整備し,京都工芸繊維大学との 連携のもと,人工飼料を用いた無菌周年養蚕 の基礎研究を行ってきた.2018 年 8 月から 10 月にかけては,施設設計上,飼育上限と される 1 サイクル 20 万頭の飼育を行い,現 有施設における飼育方法を確立した.その内 容について紹介する. この新シルク産業創造館の施設概要は Fig. 1 から 3 の通りである.もともと小学校であっ
Fig. 1. The entrance of “New Silk Industry Creation
Center”.
たという建物の特徴を生かして,まず給食調 理室を人工飼料製造室として改装した.無菌 養蚕システム研究所より購入したプレミック ス飼料と地元にある京丹後ふるさと農園の桑 パウダーを 4:1 の比で混合し,2.1 倍量の水 を加えて練り合わせた後(Fig. 4),ポリプロ ピレン内に圧延し(Fig. 5,Fig. 6),オート クレーブで高圧蒸気滅菌処理を行った.滅菌 した人工飼料はパスボックスを通して,人工 飼料製造室に隣接するクリーンルームである 飼育室に運び入れた. 飼育室 1 では 1 齢から 3 齢までのカイコを 飼育し,飼育室 2 では 4 齢のカイコを,さら に飼育室 3 では 5 齢のカイコを飼育した.カ イコに繭を作らせるために熟蚕になったカイ コは上蔟室に運び込んだ.このように,カイ コは成長するに従い,Fig. 3 の右から左へと 流れる導線となっている.これはカイコの飼 育環境の無菌度を維持するために重要であ る.なお,飼育室 1 と 2 はクラス 10,000,飼 育室 3 はクラス 100,000 の清浄度であり,上 蔟室の清浄管理は行っていない.このカイ コの無菌飼育には,カイコの卵である蚕種 消毒が重要である.まず,蚕種は 70% エタ ノールに 10 分間浸し,次に 200ppm の次亜
Fig. 4. Mixing mulberry leaf powder & pre-mixed
artificial feed with water.
Fig. 5. The room to make artificial feed.
Fig. 6. Casting mixed feed into small sheets. Fig. 3. The detail of breeding rooms.
塩素酸 Na 溶液に 15 分間浸す.最後に,再 度 70% エタノールで軽く洗浄し,乾燥させ た.乾燥後,蚕種をおおむね 600 粒ずつにな るよう計量してシャーレに小分けし,引き続 き 25℃で保管した.なお,この蚕種の消毒 作業は全てクリーンベンチ内で行った. 実際のカイコの飼育方法は Fig. 7 から Fig. 13 に示す通りである.2018 年度に行ったこ の施設での 20 万頭の飼育はグループ A から グループ C の 3 グループに分け,最盛期に
Fig. 7. The work flow of breeding (1st day:
hatching).
Fig. 8. The work flow of breeding (13th day: changing
trays and feed).
Fig. 9. The work flow of breeding (19th day: changing
trays and feed).
Fig. 10. The work flow of breeding (22th day:
changing feed).
Fig. 11. The work flow of breeding (25th day:
changing feed).
Fig. 12. The work flow of breeding (25th to 28th
は飼育室 1 から 3 の全ての飼育室でそれぞれ の発育ステージのカイコが飼育されている状 態であった.各グループの飼育成績は,グ ループ A では 70,000 頭のカイコの飼育を開 始し,上蔟したカイコは 53,000 頭(約 75%) で,収繭量は 63.25㎏であった(Fig. 14).グ ループ B では 70,000 頭のカイコの飼育を開 始し,上蔟したカイコは 50,500 頭(約 72%) で,収繭量は 51.05㎏(Fig. 15),グループ C では 70,000 頭のカイコの飼育を開始し,上 蔟したカイコは 40,000 頭(約 57%)で,収 繭量は 53.40㎏であった(Fig. 16). 収繭した繭は碓氷製糸工場に製糸をお願い し,約 24kg の生糸を得ることができた(Fig. 17).こうして得られた生糸は,京丹後市の 地元織物業者にちりめんなどへの製織をお願 いした(Fig. 18).実際にこの生糸で織った ちりめんについて,織物業者から「撚糸等製 織の準備段階で多少難があったものの,織っ た感触は通常使用している中国産生糸と概ね そん色ない」とのコメントがあったことか ら,新シルク産業創造館でのカイコの飼育, 繭生産により地元京丹後ちりめん製造のオー ル国産化が可能となる兆しが見えたと言え る. しかし,京丹後ちりめん製造のオール国産 化に向けてはまだまだ多くの課題がある.そ れは繭の生産コストである.新シルク産業 創造館での繭生産に必要なエネルギーをほ ぼ 100%電力に頼っており,これについては 施設の改良が必要である.また,人工飼料の 低コスト化を図らなければならないが,その ためには桑パウダーを地元でいかに安定した 品質で,低コストで製造できるかが重要であ る.また,エネルギーや人工飼料のコストの 観点から,桑葉を使用できる 5 月から 10 月 の期間は新シルク産業創造館でカイコを 1 齢 から 3 齢もしくは 1 齢から 4 齢まで飼育し,
Fig. 13. The work flow of breeding (35th day:
harvesting).
Fig. 14. The result of breeding (group A).
Fig. 15. The result of breeding (group B).
その後は周辺農家で飼育をして頂く.そし て,新シルク産業創造館での全齢人工飼料無 菌飼育は冬期に行うということも考える必要 がある.ただし,そのためには新シルク産業 創造館の周辺での桑栽培が必要となってく る.新シルク産業創造館での全齢人工飼料無 菌飼育で得られた生糸からのちりめん 1 反は 市場価格の 10 倍以上である.しかし,ある 意味,この 10 倍というものは様々な製品価 格を 10 分の 1 にして来たこれまでの日本人 の実績を考えると,そうとてつもなく高い ハードルであるとは感じられない気もする. 一方,この新シルク産業創造館では遺伝子 組換えカイコの飼育が可能である実験室を備 えている.実験室 4 では,京都工芸繊維大学 で開発されたセリシンのみを吐く遺伝子組換 えカイコの飼育を行い,そのセリシンのみの 繭を作っている.このセリシンのみの繭から 得られる分解されていないセリシンを化粧品 や細胞を培養するためのバイオマテリアルな どへ応用することを目指した研究を京都工芸 繊維大学と取り組んでいる.こういった遺伝 子組換えカイコによって得られるセリシンな どのタンパク質の高機能化,高付加価値化を 図ることで,この新シルク産業創造館でのカ イコの飼育全体の採算をいかに調整して行く かが重要となって来る. 7.今後の展開 以上をまとめると,まず 1 つには,地場 産業の絹織物業に関しては,「量の確保」に よって製品の安定生産をめざし,また「質の 確保」によって,絹織物生産に適した品質を 持つ糸や機能性のある糸を生産することに よって,これも最高級の素材と技術を持つ織 物産地として,新たなものづくりを展望し, 未来へ継承していくことができる. また 2 つめには,「産」と「学」が連携で きる環境とこれをサポートする官が加わるこ とにより,養蚕技術の向上から生まれる製品 素材を新たな産業資源とし,ヘルスケア産業 や医療産業分野等への展開が可能となり,そ の結果,京丹後に関連企業や研究機能が集積 し,「シルクによるまちづくり・地域活性化」 の姿の具現化を引き続き図りたいと考えてい る. 最後に,本市と連携協定を結び各般にわ たって研究協力をいただいた京都工芸繊維大 学の皆様に厚く御礼申し上げるとともに,こ の報告が国内シルク産業の新たな局面を見い 出す動きの一助となることを願う.
Fig. 17. Raw silk thread made from harvested