乳幼児教育における所属感(Sense of Belonging)に関する文献的検討
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(2) 心 理 科 学 第 41 巻 第 2 号. ないことや出身・祖先・所属集団を馬鹿にするこ. 希求;乳児の微笑みに見られるような、非常に早. と、家や家族・友人・近隣から引き離されること、. 期から見られる他者とのポジティブな相互作用を. 定住者ではなく短期滞在者あるいは新参者になる. 求める傾向である。 ( b )長期間にわたる絆の形成. こと 」があるとしている。. と維持;乳児期からの仲間を求める姿や、幼児. こうしたマズローによる所属の欲求について. 期に見られる仲直りをして関係を維持しようとす. は、早くからメンタルヘルスとの関連が注目さ. る特徴を指す。 ( c )グループへの所属;グループ. れてきた。例えば Anant( 1967,1969)は、所属. への所属は、幼児の仲間入り行動にも見られる。. ( belongingness )を「( ある社会システムにおい. Baumeister らの研究では、他者との関係形成を. て )その人が自分自身をそのシステムにとって必. 所属の中心に位置づけていたが、こうした関係は. 要不可欠な存在として位置づけるよう、個人と. 集団との関係へと展開するとされる。 ( d )社会的. してどの程度関与しているか 」と定義し、所属感. 排除を生み出すという結果;乳児であっても、社. と不安との相関を見出している。さらに近年で. 会的関係性が少しでも途切れることが苦痛を生. は、SOBI( sense of belonging instrument )と 呼. む。学齢期になると、学校からの排除は子どもの. ばれるより精緻な尺度開発が行われ( Hagerty &. 社会的適応に深刻な影響を与える。. Patusky,1995)、看護領域での研究も積極的に行. 他者との関係を形成し、その関係を維持しよう. われるようになっている( Hagerty,1996)。とは. とする心性が、早期の社会的発達に大きな影響を. いえ、こうした研究も共同体感覚の測定と同様、. 与えることを示したこれらの研究は、乳幼児教育. 学齢期以降を対象としているという特徴をもって. において所属感を重視する上での理論的根拠とさ. いる。. れている。. 所属の役割について広範なレビューを行った Baumeister らは、所属感を「 今いる社会環境の中. 2.乳幼児教育における所属感への注目. で、個人として他者に受け入れられ、尊重され、 包摂され、支持されていると感じる程度 」と定義. 所属感は近年、オセアニアおよびヨーロッパ地. し、所属感は人が様々な情報を取り入れ処理する. 域の乳幼児教育のキー概念として位置づけられ、. 上での重要なプラットフォームを形成すると共. 当該地域の乳幼児教育学における主要な研究ト. に、多様な情動体験の基礎をつくると指摘してい. ピックとなっている。. る。Baumeister らの研究は、必ずしも乳幼児を対. その背景には、グローバル化に伴う国家間の人. 象としたものではなかったが、所属感が認知発達. 口移動( Dumont and Lematre,2005)、植民地化. や情動発達の基盤となり得ることを示したものと. によって土地や文化、言語を奪われた先住民の教. して、乳幼児教育における所属感の意義を主張. 育権の保障というオセアニア地域が抱えている課. する多くの研究の裏付けとなっている( 例えば、. 題があった( Smith,2017)。所属とは、こうした. Stratigos, Bradley and Sumsion,2014)。. 集団内、あるいは集団間の葛藤を含む概念であり. 他者との親密な関係を前提とする所属の欲求. ( Read,2000)、誰が、何に所属するのかという. は、愛着( Attachment)との近接領域といえるが、. フレーム自体が可変的であり、論争的なものであ. 上記の研究で Baumeister らは、愛着は特定の他. ることを意味している。. 者との関係を強調するのに対して、所属感はさら. そうした中、ニュージーランドの Te Whariki、. なる社会的関係に広がりをもつものとしている。. オーストラリアの EYLF と呼ばれる乳幼児教育カ. 近年の発達研究と所属の欲求との関連について検. リキュラムにおいて、所属の概念が用いられるこ. 討した Over(2016)は、所属の欲求は以下の 4つ. ととなった。また、こうした移民の増加はヨー. の特徴を持つという。 ( a )相互作用とつながりの. ロッパが抱える重要な問題でもあり、その中で - 38 -.
(3) 田中・飯野:乳幼児教育における所属感( Sense of Belonging )に関する文献的検討. も先住民であるゲール人との共生を課題とする. environment where:)」とされており、家族を対. アイルランドの乳幼児教育カリキュラムである. 象として含むところが特徴といえる。そして「 家. Aistear でも所属の概念が用いられている。ここ. 族やより広い世界との繋がりを確認し、それを拡. からは、これらの国において、所属感が乳幼児教. 大し 」、 「 彼ら( 子ども及び家族 )は、自分たちに. 育にどのように位置づけられているのか検討す. は居場所があることを実感し 」、 「 彼らは、個人お. る。. よび社会の中で決められた習慣、恒例行事に対し て心地よさを感じており 」、 「 何が受け入れられる. ニュージーランド “ Te Whariki”における所属感. 行為であるのか、その限界を知っている 」ことを. 1840 年に先住民であるマオリ族とイギリス王. 教育の目標( Goal )としている。こうした教育の. 権との間で、英国文化とマオリ文化の二文化共生. 結果として、子どもたちは「 彼らの世界の中で人. を確認する「 ワイタンギ条約 」が締結された。と. や場所、物事とのつながりをもち 」、 「 その場所に. ころが、マジョリティであった英国文化は、マイ. おけるケアに参加し 」、 「 そこではどのように物. ノリティであるマオリ文化に対して実質的に優位. 事が進むかを理解し、また変化に適応することが. な位置を占め続け、教育においては、マオリに対. でき」、 「 マオリの哲学やルール、正義を尊重する」. してヨーロッパ型の学校への同化を迫り続けた。. ことができるようになる、とされる。また、子ど. それに対して、1970 年代に始まったマオリ族の. もたちは日常的に、自分自身の文化や言語が価値. 文化・言語復興運動は、マオリ族独自の教育形態. あるものとして捉えられるとき、安心して生活す. を構築しようとするものであった。1982 年に設. ることができるとされている。. 立されたマオリ族のための幼児教育施設であるコ. 以上のように、先住民であるマオリ族の文化・. ハンガレオでは、「 マオリ族に対するエンパワー. 言語復興に加え、移民の増加に伴う多文化共生. メントが可能となるように、マオリ族の所属意識. という課題を背景に打ち立てられた Te Whariki. を高められるような施設にする 」ことが明文化さ. において、所属感はマイノリティの権利保障と. れている( 飯野 ,2014)。. いう側面を強く持っていた。こうした所属感は、. こうした多文化共生の思想を背景として、乳. ニュージーランドと同様、オセアニア地域に位置. 幼 児 教 育 の ナ シ ョ ナ ル・ カ リ キ ュ ラ ム と し て. するオーストラリアの保育カリキュラムにおいて. 創 ら れ た の が Te Whariki で あ る( Ministry of. も重要な概念として位置づけられている。. Education,1996)。Te Whariki は、4 つ の 原 理 ( Principles )と 5 つ の 領 域( Strands )と が、 そ. オーストラリア “ EYLF ”における所属感. れぞれ織り糸となって Whariki( マオリ語で「 織. オーストラリアにおいても先住民と非先住民と. 物 」を意味する )を構成するという考えに基づい. の格差は深刻な問題となっており、こうした格差. ている。本稿で対象とする所属は、Te Wharikiを. を解消する上で教育に大きな期待がかけられてい. 構 成 す る 5 つ の 領 域、 幸 福( Wellbeing ) ・所属. る( Bell-Booth and Staton,2014)。オーストラリ. ( Belonging ) ・貢献( Contribution) ・コミュニケー. ア の Department of Education, Employment and. ション( Communication) ・探索( Exploration)の. Workplace Relations( DEEWR;教育・雇用・職. ひとつに位置づけられている。各領域の目標を. 場関係部門 )は、2009年に Belonging, Being and. 見ると、所属を除く 4 つの領域が「 子どもたちは. Becoming: the Early Years Learning Framework. 以下のような環境を経験することを目標とする. for Australia( EYLF)を作成した。そこでは、 「子. ( Children experience an environment where:) 」. どもたちはまず、家庭、文化を共有するグルー. から始まるのに対して、Belongingは「子どもと家. プ、近隣、あるいはより広いコミュニティに所属. 族 は( Children and their families experience an. する。所属感は、子どもたちが他者と相互依存的 - 39 -.
(4) 心 理 科 学 第 41 巻 第 2 号. な関係にあること、また、子どもたちのアイデン. さし、生涯に渡って学ぶ旅の始まりとして幼児教. ティティを定義づけるうえでの関係の基礎となる. 育を位置づけている )においても、所属感が用い. ことを認める。発達の初期、そして人生を通して、. られている( NCCA,2009)。Aistear では所属感に. 関係は所属感において必須のものである。そして. ついて、 「 特定の手段の成員との安心できる関係. 所属感は、子どもが自分自身を、そして将来の自. 性やつながりを持つことである。子どもたちが家. 分を確立していくうえで中心的なものとなる。 」. 族、仲間、そしてコミュニティの中で所属感や誇. とされる。. りの感覚を得ることができれば、情緒的に強くな. また EYLFでは、幼児教育の成果( Outcome)と. り、自分を信頼し、挑戦や困難に向き合うことが. して、以下の 5 点があげられている。Outcome . できる。これは子どもたちの学びや発達の重要な. 1:子どもたちは強いアイデンティティの感覚を. 基礎を形成する 」と記述されている。. もつ、Outcome 2:子どもたちは世界とつながり、. Aistearでは、4 つの教育目的( Aim )が掲げられ. 貢献することができている、Outcome 3:強い幸. ている。Aim 1 は、子どもたちは強い自己アイデ. 福感を感じている、Outcome 4:自信を持った. ンティティを持つことができ、尊敬され、自分自. 学びの主体として育つ、Outcome 5:効果的なコ. 身のライフストーリーを生きるユニークな個人と. ミュニケーションの担い手となる。その中でも、. して認識されていると感じられる。Aim 2 は、子. 所属に関しては Outcome 2 に記載されており、. どもたちは自分たちの家族やコミュニティとのつ. 子どもたちは、グループやコミュニティへの所属. ながりを認識し、拡張される場所において、グ. 感を形成し、積極的なコミュニティへの参加者と. ループのアイデンティティを感じることができ. して必要となる相互の権利や責任について理解す. る。Aim 3 は、子どもたちは自分の権利を表明し、. るとされる。また、具体的な例としては子どもた. 他者のアイデンティティ、権利、意見について理. ちが遊びの中でグループを形成し、その中で他者. 解と敬意を示すことができる。Aim 4 では、子ど. と役割交渉を行うといった行為の中で、グループ. もたちは自分自身が有能な学び手であると認識す. や共同体意識( Sense of Community )を形成する. ることができる。この Aim 2 の学びを通して、子. とされている。. どもたちには以下の 6 つの育ち( Goal )が見られ. 以上のように、EYLFにおける所属感とは、 「家. るとされている。Goal 1 は、自分が所属する集団. 庭、文化を共有するグループ、近隣、あるいはよ. のための場所が存在することを感じられているこ. り広いコミュニティ」の上に形成されるものであ. と。Goal 2 は、家族やコミュニティのメンバーに. ることが、明確に位置づけられている。. 肯定的に捉えられ、また迎えられていることが分 かること。Goal 3 は、個人的な家族の経験や文化. アイルランド “ Aistear”における所属感. を共有することができ、家族には色々な形態、文. アイルランドは 1990 年代の経済発展に伴い、. 化、そしてバックグラウンドがあることを知るこ. 多くの外国人労働者が流入したことに加え、難民. とができるようになること。Goal 4 は、習慣や風. の受け入れにともなう多国籍・多文化化が進んで. 習、祭りや祭典を理解し、参加できるようにな. いる国家である。もともとアイルランドに居住し. ること。Goal 5 は、自分自身がより広いコミュニ. ていたケルト系民族( ゲール人 )が使用するゲー. ティの一員であることを認識し、彼らの地域にあ. ル語を公用語とし、ゲール語使用地域を指定する. る場所や特徴や人々を含めたローカルエリアを知. ことで言語保存を行っている国でもある。. るようになること。Goal 6 は、コミュニティには. こうした多文化・多民族を包摂した教育の実現. 異なる役割を持つ人がいるということを理解する. が課題となる中、アイルランドの乳幼児教育カリ. こと。. キュラムである Aistear( ゲール語で航海や旅を. このように、Aister でも所属感には、 「 家族には - 40 -.
(5) 田中・飯野:乳幼児教育における所属感( Sense of Belonging )に関する文献的検討. 色々な形態、文化、そしてバックグラウンドがあ. and Desire )、 行 為 遂 行 性( Performativity )は、. ることを知る 」といった、多文化共生の要素が位. こうした個人と所属集団との間に生起する権力関. 置づけられていることが分かる。. 係を分析する枠組みである。類型化とは、その個 人がその場所にいることに正当性はあるのか、そ. 小括. の場所にしかるべき振る舞いをしているか、と. これら 3 つの国のナショナル・カリキュラム. いった判断を求める。これは、何に所属するのか、. は、それぞれの国の植民地支配・被支配の歴史. またそれは誰に規定されるのかという問題を含む. を経て、少数者あるいは弱者(集団)の所属感は、. ことになる。こうした類型化の過程で、所属に対. 支配的な文化・社会によって奪われる可能性を. する抵抗と欲望が生起する。抵抗と欲望とは、こ. 持つという認識の上に立っていることがわかる。. うした所属する個人と集団との力関係の中で生じ. Baumeister らは所属感を「 今いる社会環境の中. るものとされる。行為遂行性とは、所属が静的・. で、個人として他者に受け入れられ、尊重され、. 固定的なものではなく、習慣や規範、実践を繰り. 包摂され、支持されていると感じる程度 」と定義. 返し行動に表わす中で自己生成を繰り返すという. したが、そこでの所属とは、子どもや家族を取り. 考えである。. 巻くコミュニティ、すなわち「 今いる社会環境 」. こうした所属の分析軸に対して、表1に示した. が尊重されることによって、初めて成立するもの. ものが次元( Dimensions )である。次元はそれぞ. といえよう。. れが独立したものではなく、重なり合って構成さ. では、乳幼児教育の場において所属感はどのよ. れている。Sumsion らは、こうした枠組みは不変. うな姿として現れるのか。次に、EYLF の作成に. のものではなく、漸次更新されていくものとして. 中心的に関わった Jennifer Sumsion らの研究を中. 位置づけている。なお Sumsion らは、この枠組み. 心に、所属感の構成要素について検討した研究を. を地図作成の作業になぞらえて Cartography と呼. レビューする。. んでいる。 また Tillet and Wong(2018)は、8 名のオース トラリアの保育者( EC educators )に、個人的あ. 3.乳幼児教育における所属感の構成要素. るいは職務上での所属の位置づけを幅広く聞き取. Sumsion and Wong(2011)は、幅広い文献レ. るインタビューを行い、保育者の語りを Sumsion. ビューを通して、EYLF における所属の構成概念. らが作成した 3 つの分析軸と 10 の次元を用いて. を分析するなかで、所属が常に暫定的、かつ進行. 分析した。. 中であることを捉える分析軸( Axes )と、多層的. 所属の「 次元 」について、過半数が言及したの. 特徴を捉える次元( Dimensions )から構成される. が情動的次元(8 名 )、社会的次元(7 名 )、空間. ことを見出している。Sumsionらの研究は、理論・. 的次元(5 名 )、時間的次元(5 名 )であった。所. 実践の両面から、乳幼児教育における所属感の位. 属の情動的次元については、例えば、受容 / 安. 置づけを明らかにした研究であり、特に、具体的. 全 / 指示 / 喜びといった感情及び保育者や仲間と. な実践分析の枠組みを提供しているところに特徴. の関係について言及された。一方で身体的次元. がある。以下では Sumsionらが提起した分析軸と. や霊的次元について言及する保育者はいなかっ. 次元について整理する。. た。所属の「 分析軸 」については、年齢ごとに教. 先にも述べたように、所属とは「 今いる社会環. 室が分けられること、特別なニーズを持つ子ども. 境 」を所与のものとはせず、それ自体のあり方を. が別の教室に分けられることといった、類型化. 問う概念である。3 つの分析軸( Axes )とされる、. ( Categorisasion )に該当する語りが見られた。さ. 類型化( Categorisation)、抵抗と欲望( Resistance. らに、インタビューからは教師が受け入れられて - 41 -.
(6) 心 理 科 学 第 41 巻 第 2 号. 表1 所属の10の次元(概要) 所属の次元. 概要. 個人と関係を強調する。親密感情、親和性、ケア、コミットメント、それに引き続いて 生起する心地よさや安心感、安全感、幸福感が含まれる。この次元は受容性とも関連し、 情動的次元 他者に好かれていたり、認められていたりすること、尊重されていること、そこにいる (Emotional) ことがふさわしいと感じられること等が含まれる。一方で、こうした情動は常に満たさ れるものではなく、所属感を思慕するような情動も含まれるとされる。 社会的次元 (Social). 集団のメンバーシップや親和性、愛着と関わる領域であるが、家族や友人のネットワーク の中で形成されるものとは異なり、コミュニティに属する者としてのケアや社会的貢献を 意味する。この次元は、グループやコミュニティからの受容や認知、それらの実践や儀式、 活動への参加を中核としており、忠誠や連帯、あるいは義務というものも含まれる。. 文化的次元 (Cultural). 先住民の居留地や言語が奪われることとなった、植民地支配の歴史をもつオーストラリア のような国では大きく問題となる次元である。知識や思考、歴史の共有を基調として、如 何に特定の文脈の下で振る舞うのかといった規範を提供する。文化内で共有されるメタナ ラティブや共有される理解の有無によって、社会的次元と文化的次元とは区別される。. 場所的次元 (Spatial). 個人にとっての拠点となる「場所」との関連の中で位置づけられる所属である。こうし た所属は、情動的次元や時間的次元と密接につながる。また、地域環境の集中的な使用 することによって立ち上がってくるものであり、また、その場所がどのように制定さ れたのかといったことを含む知識、その場所を儀式として使用することによって立ち上 がってくるものである。それは複雑な相互依存関係や共生(symbiosis)を通した生態学 的参加の感覚を含んでいる。. 過去・現在・未来との接続の感覚が必須事項として位置づけられている。時間的次元は、 時間的次元 場所的次元とも同様、場所や空間、風景などとも密接に関連している。それは、子ども (Temporal) の頃の記憶や、早期の経験と繋がりがあるということだけでなく、その土地にながく居 住しているということや、祖先のルーツを持っているということにも関連している。. 身体的次元 (Physical). 風景に対する身体的親和性や、その風景や音、臭いや肌触りに対する感覚的な評価を含 んでいる。それは一定期間、身体的実践を繰り返す中で生れるような、身体的環境にお いて具現化された知識が含まれる。こうした知識や所属感は、環境下において身体的強 度と重要性を有し、出産のような経験を通して現れてくるものである。身体的次元は、 それ自体独立してはいるが、上記の情動的次元、時間的次元、場所的次元と相互に影響 を与えあうものである。. 信仰的次元 (Spiritual). 信仰に関わる法則や儀式、あるいは古代から伝わる風習を通して祖先や神とつながった り、コミュニケーションをしたりするといったことによって生れるものである。神聖な ものとのつながりは、宗教的な媒介物や付属物との繋がりによってもたらされるもので あるかもしれないし、特に先住民にとっては、創造主や精霊の存在、そしてその死を経 験した土地を通してなされるものかもしれない。. 所属は、人、場所、その他の実体、およびそれらの将来に対する根深い責任を伴う道徳 道徳的 / 倫理的 的および/または倫理的責務として経験されることがある。こうした責務は、特定の遺 次元 伝や歴史、あるいは地域性と関連している可能性がある。こうした所属は大変な労力と (Moral/Ethical) 犠牲の上に成り立つこともあるし、また、参加したり、子どもを育てたりするといった 良き市民となることによって経験されることもある。 政治的次元 (Political). 政治的参加にとって、シチズンシップや参加する権利は必須の事項である。シチズンシッ プにおいては、所属に対してだれが正当性を持つのか、あるいは持たないのかという議 論を呼び起こす。シチズンシップに付随する参加する権利は、コミュニティや社会や国 家の将来に向けた対話や意志決定に参加する権利を含んでいる。それゆえ、政治的所属 というのは法的所属とも近接している。. 法的次元 (Legal). 法的所属は、成員性に関するものというよりも、所有権に関するものといえる。例えば 土地の所有や、市民権の獲得、あるいは資源へのアクセスに関する権利である。植民地 における所有の問題や、グローバル化にともなう世界資源の問題も含まれる。また、組 織を象徴するものの所有は、成員性の前提となる。. - 42 -.
(7) 田中・飯野:乳幼児教育における所属感( Sense of Belonging )に関する文献的検討. おり、自分の考え方や子ども観、価値観を保育の 場に持ち込めているという感覚、つまり教師自身. 4.所属感と共同体意識. の所属感も重要であることが見出された。 こうした所属の構成要素について、 モザイク・ア. Baumeister らによって、 「 今いる社会環境の中. プローチを用いて、子どもの視点から捉えよう. で、個人として他者に受け入れられ、尊重され、. と す る 研 究 が 見 ら れ る( Joerdens,2014;Wastell. 包摂され、支持されていると感じる程度 」として. and Degtardi,2017)。モザイク・アプローチと. 定義された所属感は、集団に所属する自己に向け. は、教育における子どもの参画(Hart,1997、邦. られた意識といえる。一方で、自己が所属する集. 訳書,2000)を重視し、子どもの権利条約 12条に. 団そのものにむける意識は、共同体意識( Sense. 掲げられる「自己の意見を形成する能力のある児. of Community )と呼ばれる。. 童がその児童に影響を及ぼすすべての事項につい. McMillan and Chavis(1986)は、共同体意識を. て自由に自己の意見を表明する権利を確保する」、. 以下の 4つの要素を含む概念として定義している。. いわゆる意見表明権を取り入れた研究法である. 1)メンバーシップ(Membership) ;所属の感覚で. ( Clark and Moss,2011)。そこでは、子どもは重. あり、グループの境界を含む意識である。2)影響. 要な共同研究者として位置づけられ、研究テーマ. (Influence) ;個人がコミュニティに、コミュニティ. そのものについての意見が聴取され、子ども自身. が個人に相互に影響を与えあうというものである。. がテーマに沿って収集した写真や動画が資料とし. 3)ニーズの統合と充足(Integration and Fulfilment. て採用される。. of Needs) ;より一般的には、強化を意味する。集. 例 え ば Wastell & Degotardi( 2017)は、 修 正. 団がポジティブな一体感(Togetherness)を経験す. 版モザイクアプローチ( Clark,2005)を用いて、3. るためには、集団からの報酬が必要になる。グルー. ~ 5 歳児が日常生活の中でどのように所属を捉え. プと個人とのニーズが互いに満たしあう関係にあ. ているのか検討している。そこでは、1) 「この本. るということである。4)情緒的つながり(Shared. は・・・のものです( This book belongs to...) 」と. Emotional Connection) ;コミュニティの決定的な. いうタイトルから始まる本を用いた、研究者と子. 要素であり、成員間の相互作用の範囲や質を決定. どもとのディスカッション、2)自由に扱える道具. するものである。. と小さな自分を表現する人形が与えられたイメー. Koivula and Hännikäinen(2016)は、 保 育 施. ジプレイ、3)子どもたちが身近で脅威を感じない. 設においてどのように共同体意識が形成されるの. 描画・文章作成活動、4)新入園児の所属を促すこ. か、また共同体意識を捉える上でキーとなる特. とを目的とするストーリーシナリオにもとづいた. 徴はどのようなものか、上述の McMillan らの枠. 子どもの会議、が用いられた。. 組みを用いて検討している。ラズベリーグループ. 上記で得られた多様なデータから、子どもたち. と名付けられた 3 歳から 5 歳児で構成された小グ. は仲間及び教師との関係といった人との関係と、. ループの観察を通して、次の 3 つの Stage( 段階 ). 保育所という場所との関係において所属感を形成. が見出された。Stage1 は、仲間遊びを通じて共同. していることが明らかとなった。また、家庭か. 体意識の基礎がつくられる時期である。この段. らもってきた所有物が( それが許されない場合も. 階では、仲間遊びを通して形成される「 メンバー. ある )、移行対象として機能している場合がある. シップ( 成員性 )」が重要な要素となる。Stage2 は、. こと、保育施設に来ている時間(期間)の長さや、. 仲間をつくり、会話の中に私たちという表現を. 仲間との共通の物を使って関心を共有すること. 使って一体感を高める時期である。この時期、子. も、所属の重要な要素となっていることが明らか. どもたちは遊びの中で自分たちのつながりを意識. となった。. した会話( 例えば、英語っぽいしゃべり方をする ) - 43 -.
(8) 心 理 科 学 第 41 巻 第 2 号. や、多様な交渉を行う。この段階では、「 ニーズ. 2)互いへの特別な関心. の統合と充足 」が重要な要素となっている。最後. ・外観や経験、活動の類似性を指摘する. の Stage3 は、強い情緒的つながりによって共同. ・他者の視点を確認する. 体意識を形成する時期である。この段階では、情. ・同じ味方であることを表明する. 緒的、肉体的な近さ、分けあうことと思いやるこ. ・共有経験を想起する ・名指しで話す. と、所属意識、およびお互いに対するポジティブ な感情の表現という、 「 情緒的つながり 」が重要. 3)協同性. な要素となる。. ・他者の活動に参加しようとする. また共同体意識の近接概念に、belongingness. ・協同の活動を交渉したり計画したりする ・物を共有する. (所属 )、we-ness( 私たち意識)、togetherness(一 体感 )、friendship( 友情 )がある。Koivula らは、. ・ルールを作り共有する. このうち we-ness と togetherness とは、ほぼ同義. ・手助けをする ・他の人を待つ. であるとし、特定の活動において情緒的な近接性 を経験するものとしている。また、van Oers and. van Oers ら が 指 摘 す る よ う に、 共 同 体 意 識. Hännikäinen(2001)は、togetherness は グ ル ー. は学齢期のラーニングコミュニティへの参入の. プへの所属感や、このグループのメンバーであり. 足場をつくるとされ、例えば EYLF では乳幼児. 続けたいと願う気持ちとつながるものであり、こ. 教育の Outcome のひとつとされている。また、. うした感覚は学齢期の協同的学習の基礎をつくる. Hännikäinen(1998)は 1 歳以降に見られる役割. と評価している。. 遊びが、こうした togetherness の形成に寄与する. そうした中、Hännikäinen and van Oers( 1999). ことを示しており、そこには保育者の適切な援助. は、ロングマン現代英英辞典第 3 版( Longman. が必要であるとしている。. Dictionary of Contemporary English,1995)を も. このように、乳児期から形成されるtogetherness. とに、togetherness を「 互いに親密な関係をもつ. は、乳幼児期からの学びの連続性を捉える上で、重. 人々のグループの一員である時に感じる気持ち 」. 要な概念として位置づけられていることがわかる。. と定義し、先行研究から一体感の構成要素とし て、以下の 3 つの特徴を提案している。. 5.所属感の概念的有効性と今後の展望. 1)情動、共感、忠誠心 ・相互の情緒やニーズに関心を持ち、理解する. 人は日常の中で、自分自身の所属を意識するこ. ・感情や心的状態を共有する. とはほとんどない。Yuval-Davis(2006)が指摘す. ・他者と一緒に楽しむ. るように、所属が意識され、問題化されるのは、. ・賞賛し、慰め、和解し、励ます. それが危機に陥った時である。. ・儀礼的である. ニュージーランドを始めとしたオセアニア地域. ・トラブルに巻き込まれて身体的・心理的に傷. や、アイルランドが、乳幼児教育のキー概念とし. ついている仲間の立場に立つ. て所属感を取り入れたのには、それぞれの国が、. ・遊びとして意地悪をする. 先住民の文化や言語の危機に対応した教育の必要. ・ハグをする、取っ組み合いをする、ぶつかりあ. 性に迫られていたという背景があった。ニュー. う、小突く、手をつかむ、身繕いをする、互い. ジーランド、オーストラリア、アイルランドは共. を抱え、身体に触れ、身体をくっつけ合う. に、多文化・多民族共生に向けた教育の必要性と. ・お互いにいたずらっ子であることを楽しむ. いう、共通の課題を有していた。. ・クスクス笑い合って、言葉とナンセンスで遊ぶ. 先 住 民 の 文 化 や 言 語 を 重 視 す る 姿 勢 は、 ナ - 44 -.
(9) 田中・飯野:乳幼児教育における所属感( Sense of Belonging )に関する文献的検討. ショナル・カリキュラムの名称にも現れている。. ( Learning and Teaching Story Framework )を構. ニュージーランドの Te Whariki は、マオリ語で. 成する問いかけ( Podmore, May and Carr,2001). 織物を意味し、アイルランドの Aistear はゲール. が重要になるとし、上記のデイケアの場において. 語の航海や旅を指す。カリキュラムの名称そのも. も、そうした子どもや保護者の思いを聞く保育者. のに、マイノリティの言語が用いられたことは、. の姿勢が必要であるとしている。. マイノリティの文化や言語を尊重する姿勢を示す. 担任保育者とは別に、障害を抱える子どもを支. ものであった。. 援することを目的として配置される保育者は、我. 今日、我が国においても外国人労働者の増加に. が国では加配保育者と呼ばれる。こうした加配保. 伴い、多文化保育の方向が模索されているが、彼. 育者の関わりには、高い専門性が求められること. らの言語や文化を保障する保育のあり方は、今後. が従来から指摘されてきた(例えば、田中・田丸・. 広く議論すべき課題といえよう。. 高橋,2012)。Macartneyは、障害=特別であるとい. ただし、マイノリティの子どもたちの教育権に. う発想が、障害児への対応は専門職(この研究で. ついては、保育や学校という限られた枠組みだけ. は、教育支援職員)が行うものであるという態度を. で議論できるものではない。Bell-Boothらは、オー. 生み、結果的に支援児の所属集団への関心を見落. ストラリアの先住民集住地域( タウンキャンプ ). とすことにつながると指摘している。所属感を保. で生活する 2 名の小学生を、4 年間にわたって追. 障する保育実践という視点は、こうした障害児へ. 跡調査している。その中で、普段穏やかで、学校. の支援を検討する上でも有効な枠組みといえよう。. 内では適応的であった女児が、家庭や地域コミュ. また、所属感の問題は Tillet らが指摘したよう. ニティの人間関係によって犯罪に手を出したこと. に、保育者側の問題でもある。保育者が保育実践. で、結果的に学校をドロップアウトし、支援の手. に、自分自身の教育的信念を反映させられるかと. が届かなくなってしまった事例を報告している。. いう点は、上記の加配保育者の問題とも重なる部. このように、教育の場だけで子どもを捉えるには. 分は大きい。今後は、こうした教師や保育者の所. 限界があり、教育、福祉、そして政策的アプロー. 属感も視野に入れた研究が必要といえよう。. チが有機的に機能しなければ、本質的な解決は見. 本研究で取り上げた所属感(Sense of Belonging). 通せない。. は、その定義だけでも研究者の間でかなりの幅. 障害を抱えた子どもを含む乳幼児教育の場にお. があり、それ自体が研究対象とされる程である. いても、所属の問題は現れる。Macartney(2012). ( Mahar,Cobigo and Stuart,2012)。 今 後 は、 所. はデイケアに通う 1 名の女児と、その母親に焦点. 属感の概念的枠組みについてのさらなる理論的分. を当てた事例研究を通して、デイケアの場に教育. 析と、我が国の乳幼児保育での適用可能性という. 支援職員や母親が入った場合、そうした大人との. 両面からの検討が求められる。. 関係に終始してしまい、周囲の仲間とのつながり. 付 記. が薄くなることを指摘している。また、その背 景には障害のある子どもは専門家に任せた方が. 本研究は、JSPS科研費 JP18K02488 の助成を受けたもの. 良い、という従来の障害観があるとし、インク. です。. ルージョンの障壁となっているとしている。そ の上で Macartney は、子どもたちやその保護者が. 引 用 文 献. 保育の中で所属感を形成する上で、 「 私や私の家 族がどんなことに関心を持っているか知ってい. Adler, A.( 1929 ). Individualpsychologie in der Schule :. ますか?」という問い、短く言えば「 私のことを. Vorlesungen für Lehrer und Erzieher. 岸 見 一 郎 訳 .. 知っている?」という、ラーニング・ストーリー. (2008). 教育困難な子どもたち 東京 , アルテ . - 45 -.
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