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生活困窮者の社会的包摂が、就労支援と生活保護利用抑制に収斂する過程 : 「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」(2012-2013)より

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はじめに 本論文では,厚生労働省が 2012 年から 2013 年にかけて社会保障審議会内に設置していた「生 活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会 (以下,生活困窮者特別部会)」について検討する。 同部会では,人間がその生涯において直面しう る困難の数々に対する網羅的な検討が行われて いたにもかかわらず,結論は,最終的に生活困 窮状態の成人への就労支援・子どもに対する学 習支援・生活保護「適正化」へと収斂していった。 その過程と今後に残された課題を,議事録・会 議資料・傍聴記録・関係者および委員ら(当時) へのインタビューを通じて明らかにする。 生活困窮者特別部会は,設置当初より「国民 一人ひとりが社会に参加し,潜在能力を発揮す るための社会的包摂」を進めるとともに,「生活 保護を受けることなく,自立することが可能と なるよう,就労・生活支援を実施」(厚生労働省 2012,下線は筆者による)することを目的とし ていた。「社会的包摂の目的は社会参加と潜在能 力の活用であり,その結果として生活保護が利 用されなくなる」という目標は,当初から明確 にされていたと言える。しかし同時に,①生活 困窮・孤立者の早期把握 ②ステージに応じた 伴走型支援の実施 ③民間との協働による支援 ④多様な就労機会の確保 ⑤債務整理や家計の 再建を支援 ⑥安定した居住の場の確保 ⑦中 高生に対する支援の強化と,多様な視点に基づ

原著論文

生活困窮者の社会的包摂が,就労支援と

生活保護利用抑制に収斂した過程とその後

―「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」(2012―2013)と

関係者インタビューより―

三 輪 佳 子

(立命館大学大学院先端総合学術研究科 一貫制博士課程) 民主党政権末期にあたる 2012 年 4 月から,第二次安倍政権が成立してから 1 ヶ月余となる 2013 年 1 月までの期間において,社会保障審議会に設置されていた「生活困窮者の生活支援の在り方に 関する特別部会」では,生活困窮という状況が含む社会的孤立など多様な困難の実情が検討され, 多様な困難を抱える人々の困難を包括的に,その個人に寄り添って伴走的に支援する可能性が検討 された。しかし中盤から,議論は生活保護への需要を減少させることへと収斂する方向性を見せは じめた。これらの議論のうち生活保護の「適正化」および就労促進以外の要因は,ほとんど政策に 反映されなかった。法制度化から 5 年を経た現在,現金給付の必要性が再認識されている。関係者 の語りを通して,この経緯を検討する。 キーワード:生活保護,生活困窮者支援,生活保護基準,自立支援,厚生労働省 立命館人間科学研究,No.38,31 45,2019.

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く幅広い支援体系が構想されていた。これらの 多様な視点に基づく検討結果は,同部会が 2013 年 1 月 に 取 り ま と め た 報 告 書( 厚 生 労 働 省 2013)には記載されたが,同部会での検討およ び報告書を踏まえて 2013 年 12 月に成立した「生 活困窮者自立支援法」に必須事業として費用の 一部国庫負担とともに盛り込まれたのは,相談 窓口の設置(生活困窮者自立相談支援事業)お よび家賃補助(生活困窮者住居確保給付金,給 付期間は原則 3 ヶ月(最長 9 ヶ月))のみである。 就労準備支援・一時生活支援(一定の住居を持 たない人々が対象)・家計相談支援・子どもに対 する学習援助の実施は,地方自治体都道府県・ 市等の裁量と費用負担のもとで行われる任意事 業となった。また,これらの事業の一部または 全部は「厚生労働省令で定める者」に委託でき ることとなった。 生活困窮者自立支援法は 2015 年 4 月 1 日より 施行されたが,法案が国会で審議されていた 2013 年より,生活困窮者支援に関わる団体等の 関係者らは,同法に基づく相談窓口が生活保護 の申請に関する「新たな『水際作戦』の担い手 になってしまう」(大西 2013)という懸念を表 明していた。同法第一条によれば,法の目的は「生 活困窮者の自立の促進」であるが,「自立」の内 容は定義されていない。もしも,「自立」が生活 保護を受給しないことを意味するのであれば, 同法の目的とするところは,生活困窮状態にあ る成人に対しては比較的短期間の家賃補助また は一時生活支援と就労準備支援によって就労さ せることにより,生活保護の受給を回避させる ことである。あるいは,家計管理の問題を抱え る成人に対し,家計指導によって生活破綻を回 避させることにより,生活保護の受給を回避さ せることである。この観点から見ると,同法が 任意事業としている生活困窮状態にある子ども の学習援助の目的は,「子どもの貧困」の連鎖防 止,言い換えれば成長後に生活保護世帯を形成 させないことであるのかもしれない。生活困窮 者本人の人権保障・人道的見地からの機会の提 供といった視点は,対象が子どもである場合を 含め,生活困窮者自立支援法には全く出現しな い。 五石敬路は,政府が 2010 年から 2013 年まで モデル事業として実施した「パーソナル・サポー ト・サービス事業」が生活困窮者自立支援法の 事実上の前身であったとし,同事業と生活困窮 者自立支援法において,生活保護の位置付けが 変 化 し て い る こ と を 指 摘 し て い る( 五 石 2017:6)。パーソナル・サポート・サービス事業 が生活保護の積極的活用を想定していたのに対 し,生活困窮者自立支援法は,生活保護の利用 を必ずしも想定していない。とはいえ,生活保 護が利用される可能性は高い。同法には現金給 付が含まれないからである。 生活困窮者支援と生活保護,および生活保護 以外の現金給付との関係は,日本における「社 会的包摂」の前提として,極めて重要であろう。 さらに国家予算におけるこれらの現金給付の扱 いの変化は,日本の「社会的包摂」の骨格を自 ずと描き出すと考えられる。 なお,生活保護法および生活困窮者自立支援 法における「生活困窮者」という用語は,生活 保護の対象となる要保護者を指す。しかし生活 困窮者特別部会の議論は,単なる経済的貧困に 留まらなかった。このため,生活困窮者特別部 会議事録および本稿における「生活困窮者」は, 「要保護者」または「経済的問題に限らず,何ら かの困難を抱えた人」である。 Ⅰ 生活保護以後における「自立」概念の整理 1  「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特 別部会」までの「自立」概念 そもそも「自立」は,最初から生活保護を受 給 し な い こ と を 意 味 し て い た わ け で は な い。

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1950 年,生活保護法(新法)の立法と制度成立 に関わった厚生官僚・小山進次郎は,生活保護 法にいう「自立の助長」を「就労を促して生活 保護から脱却させること」と理解することに対 し,「自立の助長を目的に謳つた趣旨は,そのよ うな調子の低いものではないのである」(小山 1951:93)と強く戒めている。小山によれば,「凡 そ人はすべてその中に何等かの自主独立の意味 において可能性を包蔵している」(小山 1951:92) のであり,「可能性を発見し,これを助長育成し, 而して,その人をしてその能力に相応しい状態 に お い て 社 会 生 活 に 適 応 さ せ る こ と 」( 小 山 1951:92)こそが,日本国憲法第 25 条が保障す る生存権の意味するところであり,生活保護法 にいう「自立の助長」の内容である。ここには, 生活保護を受給しないことを「自立」とする見 方は,全く示されていない。就労によって生活 保護を必要としないことは,「自立の助長」が行 われた結果として到達しうる状況の一つと位置 づけられている。しかし小山は,次のページに おいて,生活保護法第一条に含まれる「自立を 助長する」の解釈を,「公私の扶助を受けず自分 の力で社会生活に適応した生活を営むことので きるように助け育てて行くこと」(小山 1951:94, 下線は筆者による)と示している。さらに次の ページでは再度,「(筆者注:生活保護の対象と なっている本人の)可能性の態様や程度を考え ず,機械的劃一的に一つのことを強制するもの でない」(小山 1951:95)と,強制的に就労させ ることをもって「自立の助長」とする考え方を 戒めている。小山の「自立の助長」観点は,一 巻の著書の数ページの間で揺れ動いている。こ の時期,小山とその上司であった厚労省厚生局 長・木村忠次郎の間に,「自立」の内容および生 活保護が「惰眠育成」の制度となる可能性に関 する対立があった(牧園 2010)。小山の「自立 の助長」観の揺らぎには,厚生官僚である自分 自身,さらに厚生省の揺らぎが反映していた可 能性が高いであろう。 いずれにしても生活保護法新法が施行された 1950 年当時は,生物学的生存の危機に した 人々,および健康が著しく損なわれていた人々 の救済が急務であった。生活保護法第一条に述 べられた「最低限度の生活を保障するとともに, その自立を助長する」という目的は,達せられ ていると考えられていなかった。小山は「保護 の内容については貧弱に過ぎるとする意見が多」 いと率直に述べ(小山 1951:95),今後の制度 改善に関する最も重要な課題の一つとして「保 護の基準をこの制度の目的に相応する程度にま で引き上げること」(小山 1951:95)を挙げていた。 しかし 1954 年,生活保護費総額を抑制しようと する大蔵省の意向に屈し,厚生省は生活保護の 利用を抑制する「適正化」路線を歩み始めるこ とになり(武智 1988),現在に至っている。 「自立の助長」に関する小山の観点は,(1)本 人の可能性を発見し発展させること,(2)本人 が社会的に包摂されること(就労を含む),およ び(3)生活保護基準が本人の可能性の発見・発 展および社会的包摂に必要な水準であることの 3 点にまとめることが出来る。このうち(1)お よび(2)については,生活保護制度のあり方に 関する専門委員会(2003―2004)が詳細に検討し, 「日常生活自立・社会生活自立・経済的(就労) 自立」の 3 つの段階的「自立」が相互に関連す る自立観を示した(厚生労働省 2004)。生活困 窮者特別部会は,2004 年以後に行われた多様な 検討を踏まえ,小山の観点のうち(1)と(2) をさらに広範に検討したと言える。しかし(3), すなわち就労その他の収入源の有無にかかわら ず「自立」の経済的基盤となるはずの生活保護 基準の保障,および生活保護が必要に応じて受 給できることの保障は,生活保護の受給を抑制 し,生活保護基準を引き下げる「適正化」が強 く志向されつづけてきたのと対照的に,生活保 護「適正化」に関連する餓死・孤立死などの事

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件を通じて,また訴訟や審査請求を通じて,時折, 注目されるにとどまっている。 2  「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特 別部会」における「自立」概念 生活困窮者特別部会において,支援の対象と なる生活困窮者に対する給付制度を新設する可 能性,および生活保護受給者に対して給付を増 加させる可能性は,ほとんど議論されなかった。 同時に,生活困窮者等を支援する人々に対して 現金を含む支援を行う可能性が盛んに議論され, 生活困窮者自立支援法へと反映された。 生活困窮者特別部会は,生活保護が「最低生 活の保障」および「自立の助長」を目的としつ づけている状況下において,最低生活の保障を 伴うか否かと無関係に,生活保護を「適正化」 しつつ行いうる「自立の助長」を追求したと考 えることも可能かもしれない。むろん,最低生 活を保障されていない状態での「自立の助長」 には原理的な困難がある。生活困窮者特別部会 の委員のうち数名は,このことへの懸念を表明 していた。中でも,釧路市で長年にわたって生 活保護業務に従事していた 部武俊は「報道さ れている雰囲気を見るとギリシャ神話のケンタ ウルス。上が人間で下が馬というか,つまり, これは馬だという報道がすごくあって,人だと いう話は余りなく」と,ケンタウルスの下半身 である馬(生活保護「適正化」)が上半身の人間 (生活困窮者支援)の方向性を決定している可能 性を暗に指摘した(厚生労働省 2012a)。 生活困窮者特別部会で議論された多様な論点 の多くは,政府および厚生労働省による政策検 討の中では,その後顧みられることなく,生活 保護を含めて社会保障が削減される流れの中で 忘れられつつあり,生活保護「適正化」がその 後さらに重要な課題とされ続けていることと対 照的である。岩永理恵は,生活困窮者自立支援 法の先行きを「不透明」としつつも,「生活困窮 者自立支援法を積極的に運用することが,貧困 の定義・概念そして人びとの貧困観の刷新に繋 がるのでは」と,水準が不十分なまま硬直し縮 小へと向かう生活保護ではなく生活困窮者自立 支援法によって,生活困窮者特別部会で取り上 げられた論点を実現する可能性に期待している (岩永 2015)。一方で,生活保護ケースワーカー 経験を持つ桜井啓太は,「自立支援」の多面性の 検討において,生活困窮者特別部会で行われた 「中間的就労」の議論を,背景である釧路市の取 り組みとともに取り上げ,生活保護受給者に対 して義務化されれば制裁としての意味が生じる こと・「自立」しているか否かの判断の恣意性と ともに,「特定の〈生〉の形式のみを自立と捉え る危険性が,現在の『社会的自立』を巡る自立 支援の領域には存在する」と指摘する。さらに 桜井は,日本の福祉政策において用いられてき た「自立支援」という用語を,社会構築主義お よびラベリング理論によって分析し,「自立支援 の必要性をあらゆる領域に貼り付ける行為であ り,人々の生の様式を『自立/依存』で分け隔 てる行為」と指摘している(桜井 2015)。そこ に立ち現れるのは,「自立支援」という用語と必 要性が,誰かを非自立状態・依存状態にある自 立支援の対象として発見しつづけ,自立への努 力を行わない限りは社会の一員である可能性を 認めない構造である。 ともあれ,現在と近未来の日本の社会保障・ 社会福祉に関しては,短期的な生活保護の規模 拡大や運用内容の充実を期待できない以上,生 活困窮者自立支援法の内包する危険性を警戒し つつ可能性を追求することが不可避である。そ のためには,生活困窮者特別部会で行われた審 議と,各論点がさらに焦点化され,あるいは取 りこぼされてゆく過程を検討し,さらにその過 程がどのように生活困窮者自立支援法やその後 の政策へと影響しつつあるかを検討する必要が あろう。この検討はさらに,「自立」概念の進展

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や社会的包摂に対する阻害要因・促進要因を明 らかにすることへとつながる可能性が期待され る。 Ⅱ 「生活困窮者の生活支援の在り方に関する 特別部会」(2012―2013)について 1 開催時期および開催背景 生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別 部会(本論文中では「生活困窮者特別部会」と 略する)が開催された 2012 年 4 月から 2013 年 1 月は,2009 年 9 月に成立して 2012 年 12 月ま で 継 続 し た 民 主 党 政 権 の 最 後 の 約 9 ヶ 月 と, 2012 年 12 月末に成立した自民党・第二次安倍 政権の最初の約 1 ヶ月に当たる。 2008 年の「リーマン・ショック」によって引 き起こされた経済危機は 2009 年まで継続し, 2008 年∼ 2009 年の年末年始には「年越し派遣村」 が話題となった。貧困の拡大と格差の固定化が, もはや否定できない事実として立ち現れていた 2009 年,8 月 30 日に行われた衆議院議員選挙で 民主党が 480 議席のうち 308 議席を占めること になり,9 月,民主党政権(鳩山由紀夫内閣) が発足した。 民主党政権は発足とほぼ同時に,社会保障お よび社会福祉に関する数多くの検討を開始した。 また政策の決定および実施においては,政権発 足から 3 ヶ月語の 2009 年 12 月,同年 4 月に完 全に廃止されていた生活保護の母子加算を復活 した。 しかし民主党政権が存在した時期は,1990 年 代の「バブル崩壊」以後,長期にわたって不況 が経済した「失われた 20 年」の最後の 4 年に当 たる。また,2008 年の「リーマン・ショック」 によって引き起こされた経済状況・雇用状況の 悪化も重なっている。民主党政権が直面してい たのは,不況を主要な背景とする税収減少と, 同じく不況を背景の一つとする社会保障・社会 福祉に対する需要の増大である。増税には景気 への悪影響が予想され,社会保障・社会福祉の 水準を低下させることにも景気を含む多様な悪 影響が予想される。従って,増税を伴わない社 会保障制度再編を検討する必要があった。 Ⅰ節で述べたパーソナル・サポート・サービ ス事業は,個別的かつ継続的な寄り添い型・伴 走型支援であり,必ずしも就労支援を意味する ものとは限らなかった(内閣府 2010:1)。しかし 2012 年当時,厚生労働省の生活困窮者自立支援 室長として生活困窮者自立支援法の成立にかか わった熊木正人は,2015 年,「財政当局からし ても,日本の財政事情は諸外国に比べて特にひ どく」,その状況下で「新たな義務的経費を導入 することは許されるのか」「現在と未来の納税者 に新たな負担をお願いすることになるが,それ は本当に正しいことなのか」という思慮をめぐ らせたこと,さらに生活困窮者や生活保護受給 者に対するバッシング報道や,地方議会での偏 見に基づく議論が続いていた当時の状況を「逆 風」と述べている(熊木 2015:12)。さらに,既 にハローワークで取り組まれている就労支援に 加えて福祉事務所設置自治体において,同法に 基づく就労支援に取り組み,「自立相談支援事業 や就労準備支援事業などを活用し,さらには関 係機関と連携することで,成果を上げ」ること が重要であると述べる(熊木 2015:15)。「社会保 障費の増加を極力抑制すべき」という制約の下 で検討され成立した生活困窮者自立支援法は, 現金給付を行わず,就労による自立支援という 方向性を色濃く掲示し,新たな義務的経費の導 入や納税者負担を伴わないものとなることを, 当初より運命づけられていたとも言えよう。 2  「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特 別部会」(2012―2013)の経過 生活困窮者特別部会の第 1 回は,税収増大の 見通しがなく,2011 年の東日本大震災により経

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済状況がさらに悪化していた 2012 年 4 月に開催 された。 生活困窮者特別部会は,地方自治体の首長等 (石操・上田文雄・岡崎誠也・松井一郎),研究 者(岩田正美・今村正彦・小杉麗子・駒村康平・ 宮本太郎・宮本みち子),生活困窮者支援に関わ る非営利団体関係者(奥田知志・柏木克之・ 部武敏・藤田孝典),社会福祉施設経営者(武居 敏),社会福祉協議会職員(勝部麗子),日本医 師会理事(高杉敬久),子ども支援団体関係者(谷 口仁史),地域活性化活動に関わる民間企業・団 体等関係者(野老真理子・堀田力),民生委員お よび児童委員(長谷川正義),労働組合幹部(花 井圭子),精神医療サバイバー(広田和子),民 間企業役員(藤巻隆),社会福祉士会(山村睦) から参加した合計 25 名の委員によって構成さ れ,部会長を務めたのは宮本太郎であった。 生活困窮者特別部会が開催される直前の 2012 年 2 月,「社会保障・税一体改革大綱」が閣議決 定され,開催中の 8 月には,社会保障制度改革 推進法として成立した。目的は少子高齢化対策 であり,社会保障給付費用の増大に対する対策 である。同法の附則には,不正受給に対する厳 格な対処・生活扶助および医療扶助の水準の適 正化・就労促進を「早急に行うこと」,および生 活困窮者対策及び生活保護制度の見直しへ総合 的に取り組むことが挙げられている。この「総 合的」な取り組みの目的には,生活保護世帯の 子どもが成人後に生活保護世帯を形成すること の防止・就労可能な者の就労促進と就労活動に 取り組まないことへのペナルティの検討が含ま れている。ここで示されている「自立」観は,「社 会保障(特に公的扶助)を利用しないこと」と, ほぼ同義である。同法でいう生活保護受給者の 「自立」は,生活保護世帯の子どもが生活保護を 必要としない成人となり,生活保護を必要とし ている成人が生活保護を必要としない状態とな ることによって達成される。いずれの「自立」 においても,生活保護を必要としなくなるため の主要な手段として想定されているのは就労で ある。生活困窮者特別部会で行われる議論は, これらの「自立」へと至る路線の上にあった。 多様な背景をもつ委員らの意見の多様性や射程 の広さが,政策に大きな影響を与えうる可能性 は,当初より期待しにくかったと言えよう。 しかし多彩な委員が提出した論点の数々には, 小山進次郎のいう自立観,すなわち「何等かの 自主独立の意味において可能性を包蔵している」 人間の「可能性を発見し,これを助長育成し, 而して,その人をしてその能力に相応しい状態 において社会生活に適応させる」(小山 1951:92) という意味での「自立」や,そのような「自立」 を実現するための具体的な方法論や経験が多数 含まれていた。同時に,地方自治体・民間企業 などの関係者からは,就労促進による生活保護 の利用抑制という観点からの強い主張が多数見 られた。 全 12 回にわたって開催された生活困窮者特別 部会は,大きく,「現状と方向性の共有(第 1 回)」 「委員(全 24 名)からのヒアリング(第 2 回∼ 第 7 回)」「『生活支援戦略』に関する検討(第 8 回, 第 9 回)」「報告書取りまとめ(第 10 回∼第 12 回)」 の 4 期に区別することができるが,「生活支援戦 略」に関する検討は,第 6 回でも行われている。 取り上げられた論点は多数の論点は「包括/ 伴走的支援」「孤立と社会的包摂」「本人の人権」 「生活保護」に大別することができる。 包括/伴走的支援においては,生活困窮者が 相談に訪れるのを待たないアウトリーチ,担当 者の異動とともに本人を置き去りにすることの ない積極的・長期的責任体制,生活困窮の内容 が複雑化・深刻化していることを踏まえた環境 介入,支援手法拡充や担当者の専門性の重要性 が指摘された。また,特に不登校や引きこもり に対して,表層的な問題解決が批判された。 その背景となっているのは,孤立と社会的包

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摂である。生活困窮の内容の多くは孤立を伴う ものとなっており,単に経済的給付のみならず, 社会的包摂がなければ解決されにくいものと なっている。現象面としては生涯未婚率の高ま り,ひとり親家庭の増加,高齢単身者の増加が 主に指摘された。 しかし特徴的であったのは,支援の対象とな る本人の人権,本人の立場が,ともすれば忘れ られがちであったことである。本人のニーズの 重要性は話題にはなる。ただちに雇用されるこ とは不可能であっても,社会参加の場が必要で あることは確認される。また,多様な働き方の 重要性も指摘される。しかし多様な働き方とし て提案されるのは,最低賃金以下の「中間的就労」 であり,その際の本人の権利擁護についての議 論は多くはなされない。 就労によって充分な収入を得られない場合, 生活は生活保護などの福祉的給付を併用しなが らの「半福祉・半就労」によって支えられざる を得ないはずであるが,生活保護の積極的な利 用推進が語られることはない。逆に,生活保護 基準および生活保護受給者数の「適正化」が必 要であることを,当時,厚生労働省で保護課長 を務めていた古川夏樹が第 1 回で問題提起した。 生活困窮者特別部会における生活保護の議論の 基調は,一貫して自立支援・就労支援・「適正化」 にあった。稼働年齢の被保護者に対しては,就 労支援によって生活保護へのニーズを減少させ る必要があり,何が就労の阻害要因となってい るのかは,保護率の地域差によって検討される (第 6 回など多数)。 ここで検討された個々の施策は,「権利である が義務でもある」あるいは「権利ではあるが義 務の履行状況による留保がありうる」という色 彩を色濃く帯びていったと見ることができる。 たとえば,就労可能とみなされていながら就労 できず生活保護の対象である本人に対して提示 される「中間的就労」は,行使しうる権利の一 つであろう。しかし議事録の議論からは,「中間 的就労」は権利の一つなのか,それとも生活保 護という権利を享受するために果たすべき義務 なのか,いずれとも読み取りにくい。議論の流 れに照らせば,後者である可能性が高いと読み 取るのが自然であろう。 並行して,就労による生活保護脱却によらな い生活保護「適正化」の手段として,医療扶助 の利用抑制,後発医薬品の利用促進,資産調査 の強化が議論された。ここで生活保護の利用抑 制は,ほぼ疑う必要のない目標と化したと見る ことができよう。生活保護基準を引き下げるこ との是非は,生活困窮者特別部会の中心的議題 ではないため鋭敏な対立点にはならないが,「引 き下げてはならない」という結論が導かれるよ うな議論はされていない。 また,何らかの資源,特に現金を生活困窮状 態にある本人に届ける議論が明瞭に行われない 一方で,「自立支援」あるいは「生活支援」を行 う支援者が必要な資源を確保することについて は議論が行われている。この議論が実現した実 例の一つは,2013 年,生活困窮者自立支援法に よって制度化された各自治体の相談窓口に見る ことができる。しかし,この相談窓口が生活保 護の利用抑制のために使用される可能性は,冒 頭で述べた通り,大西連をはじめとする数多く の社会運動家等によって懸念されてきた。「自立 支援」「生活支援」の真の目標が生活保護の利用 抑制・生活保護費抑制にあるのであれば,それ らの「支援」に必要な費用は,「生活保護が少な く利用された」という効果によって,容認でき る費用支出として評価されることになる。 不明瞭ながら「給付なき福祉」を目標とする 議論に対し, 部武俊は,2012 年 10 月 17 日に 開催された第 9 回において,冒頭で述べたとお り「ギリシャ神話のケンタウルス」に例え,半 人半獣のケンタウルスの人間の部分,すなわち 生活困窮者自身にとっての金銭的利益や幸福が

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忘れられがちな議論を牽制した(厚生労働省 2012a)。また報告書の取りまとめに入った段階 の 2012 年 11 月 14 日に開催された第 10 回では 岩田正美が,当初の「参加と自立」という理念 のうち「参加」が失われて「自立」だけが残さ れていること,「供給側の視点という感じが非常 に強い」こと,「おしりをたたいて,ともかく自 立させる」というニュアンスが濃厚であること を指摘した(厚生労働省 2012b)。 しかしながら,2013 年の生活困窮者自立支援 法,および制度化された生活困窮者自立支援制 度から,これらの議論の痕跡を見出すことは困 難である。 Ⅲ 「生活保護費削減」という既定路線上での 生活保護基準の議論 本章では,生活困窮者特別部会で行われた, 生活保護基準をめぐる議論を概観する。 この時期には社会保障審議会・生活保護基準 部会において,生活保護基準の見直しが検討さ れていた。2012 年 12 月に第 2 次安倍政権が成 立して以後は,生活保護基準の大幅な引き下げ が現実の可能性として懸念されることとなった。 自 民 党 は 2012 年 3 月 よ り, 生 活 保 護 基 準 を 10%引き下げる意向を示し続けていたからであ る(世耕 2012)。 1  第 11 回(2013 年 1 月 16 日)における議論 と生活保護基準部会への影響 生活困窮者特別部会は 2013 年 1 月に終了した が,2013 年 1 月 16 日に開催された第 11 回,お よび最終回となった 2013 年 1 月 23 日の第 12 回 では,生活保護基準そのものが論点の一つとなっ た。 第 11 回においては,勝部麗子が「中間就労の 問題で,これもとてもこれから大切な課題とな りますが,やはり一定,監視する仕組みが要る」 と,生活保護受給を理由とした最低賃金以下の 就労を容認する結果になる可能性への懸念を示 し,続けて「生活保護基準のことにつきまして は(略)マスコミ報道等で大変危惧をしています。 一部でデフレ脱却という話が大きく打ち上げら れている中で,一律 1 割カットとなりますと本 当に生活がどうなっていくのかというところの 不安が先に立っていくということで,さらに生 活保護から逃れられない気持ちが強くなってし まうというマイナス要因になってしまうのでは ないか」「景気とそれぞれの成長に合わせた生活 保護基準というところでのもともとの判断で進 めていただけることが大変良識のある対応では ないか」と述べた。これに対し,生活保護基準 部会の部会長を兼任していた駒村康平は,基準 部会では引き下げの議論を行っているわけでは ないことを述べた(厚生労働省 2013a)。翌々日 の 2013 年 1 月 18 日に取りまとめられた生活保 護基準部会の報告書(厚生労働省 2013b)には, 引き下げを妥当とする記述はなく,「これが唯一 の手法ということでもない」「検証方法について 一定の限界があることに留意する必要がある」 という文言があり,生活保護基準引き下げへの 牽制と見ることが可能である。 2  第 12 回(2013 年 1 月 23 日)における議論 と影響 報告書の最終取りまとめ段階として行われた 第 12 回では,藤田孝典が,生活保護基準に関す る発言を行っている。本項の発言は,すべて第 12 回議事録より引用した(厚生労働省 2013c)。 藤田は「基準の引き下げについては基本的に は反対をずっと各委員が表明しております」「宮 本部会長の御判断かもしれませんが,基準の引 き下げに反対という文言をどこかに明記してい ただきたい」「一律で生活保護基準を引き下げる べきではないということでよろしいですね」「何 とかこの特別部会でそういった方向にならない

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ようにという文言を一言でも加えていただけた らありがたいなと思うのですが,それはいかが でしょうか」と主張を繰り返した。部会長の宮 本は「基準部会でさえ上げる下げるということ を言えない議論」,部会長代理の岩村は「この報 告書の中に記載することは当部会の所管に属さ ないことについての意見を表明することになり ますので,それは不適切」と退けた。このとき 勝部は,「予防していくというところでそういう ところに陥らない人たちをつくっていく」と防 貧の観点を述べたが,生活保護基準は問題にし なかった。上田文雄の代理として出席した札幌 市職員の中村は,政令指定都市市長会が基準引 き下げに反対していないことを述べた。 結果として,生活保護基準の維持・引き上げ・ 引き下げに関する文言は,生活困窮者特別部会 の報告書(厚生労働省 2013d)には記載されな かった。 Ⅳ 現金給付と財源をめぐる議論 本節では,厚生労働省生活困窮者自立支援室 長であった熊木正人の記述,生活困窮者特別部 会委員であった藤田孝典および 部武敏の語り から,現金給付と財源をめぐる部会での議論と 実施後がどのように捉えられているかを検討す る。この検討により,厚生労働省・民間支援団体・ 元自治体福祉職の三者の立場から,生活困窮者 自立支援法における現金給付の意味と財源のあ りかたの変化を明確にする。 1  厚生労働省自立困窮者自立支援室長・熊木 正人の記述から 熊木正人は,2013 年 12 月に成立した生活困 窮者自立支援法が 2015 年 4 月に実施された直後, 「生活困窮者自立支援法はなぜ創設されたのか」 と題した論考を発表している(熊木 2015)。 熊木は,既にⅢ− 1 項で紹介したとおり,財 務当局から厚生労働省に対して社会保障費用の 抑制が強く要請され,支出の増加を伴う制度創 設が「逆風」を受ける状況にあったことを述べる。 しかし同時に熊木は,国民が自然に生活保護制 度の費用抑制を求める方向に傾きがちであると も述べている(熊木 2015:12―13)。生活保護制度 の費用抑制を求めている主体が財務省であるの か国民であるのか,熊木の記述では判然としな い。ただし熊木は,生活保護以外に包括的な生 活困窮者支援の仕組みが存在しないことを,「か つてのように右肩上がりの経済のなかではそれ で足りたとしても,時代が変わり,企業,地域, 家族の力が弱まっているならば,個人はただひ とりで生活困窮へのリスクに向き合わなくては ならない」とも述べている。また,その状況が「制 度の狭間」を生み出していることについても述 べている。 これらの記述は,高度成長期の「右肩上がり」 の再来が全く期待できなくなった 2000 年代以後 の経済状況下において社会保障政策に不足が存 在しており,不足の責任が財務省はじめ他省庁 にもある事実を婉曲に述べたと解釈することが 可能である。もしも生活保護費の総額を増加さ せられる可能性があり,保護開始条件の緩和や 各種加算の創設が容易な状況であれば,「生活困 窮へのリスク」や「制度の狭間」のうち多くは, 生活保護制度によって対応しうる問題であろう。 生活保護基準が高められれば,生活保護世帯や 生活保護受給者それぞれの社会参加,さらには 企業・地域・家族などに対する経済的な貢献を 行うことが可能となり,社会的孤立の問題は解 決されやすくなるであろう。しかし熊木は,そ のような可能性については全く述べていない。 熊木は同時に,自治体職員らに対して「現場 で実現したいことを実現してほしい」「制度を支 える納税者への説明責任は果たすこと,それは 大切」と述べている。生活困窮者自立支援法に 基づく事業は,自治体が直営することも委託す

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ることもできる。現金給付を伴わないとしても, それらの人件費等は必要である。 費用の必要性に関しては,熊木は極めて抑制 的な記述を行っている。それは,2012 年当時の 厚生労働省が置かれていた状況の反映でもあろ う。熊木によれば,厚生労働省が生活困窮者自 立支援制度を企画した時,「端的に言えば(略)『生 活支援法』というようなものを制定したい」「当 時の担当局長は,実際,局内で強くそのように 主 張 し て い た 」 と い う こ と で あ る( 熊 木 2017:16)。 また熊木は,生活困窮者自立支援制度を「制 度の狭間にあって,本来ならば最も支援すべき」 人々へ支援を届けるとともに,「地域の関係者や 住民にとって意義のある,広がりのある制度」(熊 木 2015:16)と記述している。 当初の厚生労働省内には,制度の対象に何ら かの制約を設けることを避ける方向性が存在し た。しかし制度化にあたり,「生活困窮者」とい う限定が行われた。法は,「自立」を就労に限定 されるものと読みうる記述を内包する,さらに 限定を強めた文言として成立した。 福祉制度の新設を,費用増加を伴わず,財務 省や国民の「理解」が得られやすい形で行うと いう目的があったと仮定すると,これらの制約 や限定は理解しやすい。制度の対象を限定しな い場合,ニーズによって制度運用コストが無限 に増大する可能性を排除できない。また,厳格 に生活困窮者のみを対象とすると,対象となら ない人々の持つ不公平感が軽減されにくい。制 限や限定は,財務省や国民の「理解」を求める 目的のみによって了解可能である。もちろんそ こには,社会的包摂・地域コミュニティ・地域 再生という目的が同時に達成される可能性もあ る。 2  生活困窮者特別部会委員・藤田孝典の語り から 筆者は,生活困窮者特別部会が終了して 5 ヶ 月が経過した 2013 年 6 月,部会委員であった藤 田孝典より,「生活困窮者自立支援制度の実施予 算は,生活保護基準削減で確保されることが決 まっていた」と口頭で伝えられた。2015 年 10 月, この情報を論文化することについて藤田に問い 合わせたところ,快諾された。また 2015 年 10 月 25 日,当時の事情について,さらに詳細に聴 くことができた。 藤田によれば,委員就任の打診は,2012 年の 年初,厚生労働省幹部が「地域福祉課長,熊木 室長(筆者注:厚生労働省生活困窮者自立支援 室長(当時)の熊木正人),中島専門官など幹部 6 名で事務所に来られました」という形で行わ れた。その折の会話の記憶は,「すごいヨイショ されましたよ。これまでの取り組みへの評価と 政策提言が秀逸だと。力を貸してほしいと」「そ の際に口頭で,予算はどうするのか聞いたとこ ろ,未定で生活保護法の改悪は考えていないと 語っていました」ということである。藤田は, 生活保護基準を削減しようとする自民党および 財務省の年来の希望を承知していたため,「生活 保護制度の改悪になるようなことはしないとい う前提なら受諾すると応えて入ったんですよ。 だから裏切られた感じです」とも語る。 しかしながら,藤田によれば,委員就任の打 診が行われた 2012 年 1 月時点,および生活困窮 者特別部会が開始された 2012 年 4 月時点では, 厚生労働省にも「裏切る」意図はなかったよう である。 厚生労働省が結果として藤田を「裏切る」こ とになる成り行きは,藤田によれば 2012 年 9 月 ごろ,「9 月には結論は決まっていましたが,予 算は発表されていないし,内密にしていたと思 います」という形で準備されていた。しかし藤 田には「多方面から情報が入って」いた。藤田

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は熊木と数度,「話が違うではないか」「いや仕 方がないのです」という「電話のやりとりをし た覚えが」あるという。 この数ヶ月前にあたる 2012 年 3 月,自民党は 生活保護基準を 10%引き下げる意向を示した (世耕 2012)。引き続き,2012 年 4 月から 5 月に かけ,お笑い芸人・河本準一の母親が生活保護 を受給していることを題材としたメディアバッ シングが行われた(中村 2016)。藤田は,この 時期に関して,「審議会開催中に自民党への政権 交代がありました。その直前に不幸にも生活保 護バッシングがあり,10%引き下げの公約実施 を目指して自民党が生活保護費は必ず下げるだ ろうと」「引き下げるだけでは理解が得られない と厚労省も抵抗をして,その分を自立支援法に 回そうと熊木さんらが動いていたと聞いていま す。 社会・援護局の官僚,政府に近い読売新聞 記者,最後の方は野党になった前厚労政務官の 津田弥太郎さんなどからも聞きました」と語る。 この事情に関して,藤田は「厚労省も苦肉の策 だったとみています」「熊木さんからは自立支援 法に反対して,生活保護費の削減予算までとら れたら本当に不毛だと説得を何度かされていま す」と理解している。時期は,生活困窮者特別 部会の終盤であったということだ。その終盤, 最終回での抵抗については,藤田は「審議会や 政治の動向を見れば,反対しても生活保護から 自立支援法への予算移譲はすでに止められない ため,最後は思う存分,抵抗の意思を示せた」 という。いずれにしても,2013 年 1 月には,藤 田には「財源がないから生活保護費を削減する だろう,と厚労省や財務省の内部情報がこちら よりの官僚と記者から明らかに伝えられて」い た。 結果として,藤田は裏切られる形となった。 この事情については,藤田は「社会保障審議会 は始まる前からだいたいの筋書きが決まってい ます。始まる前の時点で,財務省は自民党政権 に変わることを見越して生活保護予算の削減を, 厚労省は自立支援法の予算は未定と説明してい ました」と語っており,厚生労働省の熊木らに 藤田を裏切る意図が最初から存在したわけでは ないと考えている。しかし「(筆者注:お笑い芸 人の母親の生活保護受給に関する)バッシング の前からせめぎあいがあり,自民党と財務省の 完全勝利になったと思います」と語る。 3  生活困窮者特別部会委員・ 部武俊の語り から 筆者は 2018 年 1 月 19 日,部会委員であった 部武俊より,当時の事情および制度実施後の 展開についての意見を聴くことができた。 2012 年の生活困窮者特別部会において,新設 されようとしていた制度を「ケンタウルス」に 例えた 部武俊は,藤田のいう「せめぎあい」を, ケンタウルスの上半身の「人間」と下半身の「馬」 として認識していたはずである。しかし 2018 年 1 月, 部は,「生活困窮者自立支援法は柔軟な 法律です。分権的・創造的なんです。だから生 活困窮者支援と地域創生が結び付けられます。 水際作戦とアンチ水際作戦で語る問題ではあり ません」と,コンフリクトとして理解すること を牽制する。さらに自らが実践している高齢化・ 過疎化集落での取り組みを「人口減少が進んで もなお,そこで生きる人がいます。支える仕組 みは必要だと思います」と語り,生活困窮者自 立支援制度のもとで実践できるようになったこ との喜びを「やっていて楽しいです」「今,みん なの幸せのための新しい『いれもの』を支えて いる実感もあります」と語る。また,「年収が高 くても借金で火の車という人」「一人暮らしで話 し相手がいない人」など「いろいろな生活障害・ 困難」に対応し,「日本のセーフティネットの基 準は,生活保護に届くかどうかだったのではな いでしょうか。その先に行きたいですね」と語る。 さらに 部は「生活困窮(者)」という用語を「さ

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げすんだ言葉」とし,「生活支援でいい」「『困窮』 という言葉を外して,『普通の会社に,困ったら くらしごと(著者注: 部が理事を務める釧路 市生活相談支援センター。生活困窮者自立支援 事業を実施)へ』というポスターを貼られたい です。気軽に来てもらえるように」と語る。 しかし,生活困窮者自立支援法と施行後を肯 定的に捉える 部は,「弱点があります。給付が ないことです」と語る。 部が想定する給付対 象例は,相談を抱えた人々が「くらしごと」に 行くためのバス代やガソリン代,同法の任意事 業とされた子どもの学習支援で提供する食事の 費用であり,「各地で,子ども食堂などの工夫は さ れ て い ま す が, 法 の 中 に ほ し い 」 と い う。 2013 年の同法成立時に含められた給付は,失職 者等の就労を容易にするための一時的住宅費補 助である「生活困窮者住居確保給付金」のみで あり,2018 年現在,拡張される見通しはない。 部は,同法に「(著者注:現金)給付がない ところは,改善したい」と語るが,直後に「給 付がないからこそ対等になれるのかもしれませ ん。パターナリズムではなく。そこは強みでも あります。もちろん,当事者主体を踏み外して いる『支援』が無いとはいえませんが……」と 述べ,「生活保護には給付がありますから,対等 になりえません」と,現金給付を伴う支援・伴 わない支援それぞれの両価性の間で揺れる自分 自身の思いを率直に語る。 同法の現状は, 部によれば「出世魚のよう に切り開かれてきた,と見ています。ハマチだ と思います」ということである。2018 年に予定 されている同法改正を前に行われた 2017 年の社 会保障審議会「生活困窮者自立支援及び生活保 護部会」においては,委員の一人であり福岡県 北九州市でホームレス支援に取り組む奥田知志 が「孤立が入り口で,経済的困窮が出口というか, 結論というだけ」と,厚生労働省に異議を示し ている(厚生労働省 2017)。奥田のこの発言は, 「社会的孤立を解消する目的は,生活保護が不要 となるためではない」と言い換えることができ る。 部のいう「切り開かれてきた」が意味す る内容の一つは,この奥田の発言に見られるよ うに,「自立」を就労による経済的自立に限定し ないことに関する議論が,法案に影響を与えら れる場において,成熟した形で行われるように なったことであろう。 しかし 部は,「出世魚」であるという同法の 現在を「まだ一合目」と評価している。また, 同法が「生活保護の厳しい縮小の中で出てくる 法律」として誕生した事実から,自治体の方針 によっては生活保護の利用を抑制する目的で使 用され,批判されている現状を否定せず,「間違っ た使い方で,使い方を狭くしています」と批判 する。また,そのような運用を行う自治体も批 判する側も「互いに狭い。セットになってしまっ てるようにみえます」と語る。 結論―「自立」の名の下に 防衛され続けているもの 本論文では,生活困窮者特別部会における「自 立」の議論,その議論が結局のところは生活保 護基準の引き下げを含む生活保護「適正化」に 収斂した経緯,背景にあった社会保障費と現金 給付に関わる攻防,特に生活保護基準に関する 攻防を,議会の推移および委員の証言によって 検討した。また,2015 年 4 月の生活困窮者自立 支援法施行後,満 3 年以上が経過した現在から 見た現状と課題を,厚生労働者の当時の担当者, および立場の異なる元部会委員 2 名の記述と語 りから検証してきた。 この攻防の背景には,多重のコンフリクトが 存在する。その一部は,生活困窮者特別部会に おける委員間発言に現れている。熊木正人が抑 制的に述べたとおり,財務省と厚生労働省の間 にもコンフリクトが存在する。厚生労働省内部

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には,外部からは詳細に知ることのできないコ ンフリクトが存在するであろう。また,自民党 または財務省の意向は,審議会の議論と無関係 に強い影響を及びしうることが,委員であった 藤田孝典の証言から判明する。厚生労働省・審 議会・審議会の各委員と自民党または財務省の 間にも,コンフリクトが存在しうる。また自立 観や支援のありかたをめぐるコンフリクト,対 等さの担保と公正さの担保の間でのコンフリク ト,生活保護という現金給付の制度だけで充分 か不充分かという論点におけるコンフリクトも 存在する。 この中で厚生労働省は,2013 年度当時,生活 困窮者自立支援事業に関する予算と生活保護費 総額の合計を,2012 年度以前と同等の生活保護 費総額として防衛することができた。しかしこ の時,厚生労働省は,生活保護費の一部を自省 の管轄する他用途に転用することを自ら認め, 生活保護費削減に同意したのである。このこと は,2013 年以後の生活保護政策,および厚生労 働省と財務省,厚生労働省と政権等とのパワー バランスに,少なからぬ影響を及ぼしているで あろう。そして,生活困窮者自立支援法が給付 を伴わない現状は,2018 年および近未来に変化 する見通しはない。2018 年 3 月,2013 年度に続 く生活保護基準の引き下げ案を含む予算案が国 会で可決された。生活困窮者自立支援法が充実 することの価値を首肯したとしても,充実の速 度を上回る速度で生活保護基準が引き下げられ れば,生活保護受給者たちの生活状況は確実に 悪化するであろう。同法が生活保護受給者では ない人々にどのような恩恵をもたらしたとして も,生活保護受給者たちが直面する可能性のあ る障害を直接取り除くものとはなりえない。 生活保護の利用抑制に積極的な自治体が,生 活困窮者自立支援制度の運用に対して積極的で はない場合,生活保護受給者たち,あるいは生 活保護を必要とするにもかかわらず漏給状態に ある低所得層の人々は,「自立支援」の名の下に 制度から見捨てられることとなる。生活困窮者 自立支援法が自治体に担保した自由や工夫の余 地は,積極的な運用や工夫を行わない自由を含 んでいる。そこに,支援を必要とする人々を「見 捨てる」「立ち去る」ことを抑止する強制力は含 まれていない。 今後は,制度に関わる人々の思いや意図と無 関係に,現実に起こっている事柄とその影響, いわば「誰がどのように見捨てられているのか」 を,詳細に把握して検討しつづける必要があろ う。 参考文献 岩永理恵(2015)生活保護と生活困窮者自立支援法の 行方.社会福祉,56 中村亮太(2016)「生活保護バッシング」のレトリッ ク―貧困報道にみる〈家族主義を纏った排除〉現 象―.Core Ethics,12,261―273. 五石敬路(2017)生活困窮者自立支援の特徴と課題 ―アクティベーションと言えるか?.貧困研究, 19,5―17. 厚生労働省(2004)生活保護制度の在り方に関する専 門委員会報告書.厚生労働省ホームページ(2017 年 12 月 1 日取得 http://www.mhlw.go.jp/shingi/ 2004/12/s1215-8a.html). 厚生労働省(2012)社会保障審議会生活困窮者の生活 支援の在り方に関する特別部会.厚生労働省ホー ム ペ ー ジ(2017 年 12 月 1 日 取 得 http://www. mhlw.go.jp/shingi/2004/12/s1215-8a.html). 厚生労働省(2012a)第 9 回社会保障審議会生活困窮 者の生活支援の在り方に関する特別部会議事録. 厚生労働省ホームページ(2017 年 12 月 1 日取得 h t t p : / / w w w . m h l w . g o . j p / s t f / s h i n g i / 2r9852000002poob.html). 厚生労働省(2012b)第 10 回社会保障審議会生活困窮 者の生活支援の在り方に関する特別部会議事録. 厚生労働省ホームページ(2017 年 12 月 1 日取得 h t t p : / / w w w . m h l w . g o . j p / s t f / s h i n g i / 2r9852000002rrqx.html). 厚生労働省(2013a)第 11 回社会保障審議会生活困窮 者の生活支援の在り方に関する特別部会議事録.

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厚生労働省ホームページ(2017 年 12 月 1 日取得 h t t p : / / w w w . m h l w . g o . j p / s t f / s h i n g i / 2r9852000002wsl8.html). 厚生労働省(2013b)社会保障審議会生活保護基準部 会報告書.厚生労働省ホームページ(2017 年 12 月 1 日 取 得 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/ 2r9852000002szwi-att/2r9852000002t006.pdf). 厚生労働省(2013c)第 12 回社会保障審議会生活困窮 者の生活支援の在り方に関する特別部会議事録. 厚生労働省ホームページ(2017 年 12 月 1 日取得 h t t p : / / w w w . m h l w . g o . j p / s t f / s h i n g i / 2r9852000002yh6i.html). 厚生労働省(2013d)生活困窮者の生活支援の在り方 に関する特別部会報告書.厚生労働省ホームペー ジ(2017 年 12 月 1 日 取 得 http://www.mhlw. g o . j p / s t f / s h i n g i / 2 r 9 8 5 2 0 0 0 0 0 2 t p z u - a t t / 2r9852000002tq1b.pdf). 厚生労働省(2017)2017 年 11 月 16 日 第 10 回社会 保障審議会「生活困窮者自立支援及び生活保護部 会」議事録,厚生労働省ホームページ(2018 年 2 月 28 日取得, http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/ 0000188070.html). 小山進次郎(1946)改訂増補 生活保護法の解釈と運 用.中央社会福祉協議会. 熊木正人(2015)生活困窮者自立支援制度はなぜ創設 されたのか.月刊福祉,98:9,12―16. 牧園清子(2010)生活保護政策における自立と自立支 援.松山大学論集,22:4,153―181. 内閣府(2010)パーソナル・サポート・サービス検討 委 員 会 第 1 回 資 料,(2018 年 2 月 28 日 取 得 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kinkyukoyou/ suisinteam/PSSdai1/gijigaiyou.pdf). 大西連(2013)新たな支援制度の実態とは―生活困 窮者自立支援法の問題点.シノドス(2017 年 12 月 1 日取得 http://synodos.jp/welfare/5308/). 桜井啓太(2015)日本型ワークフェア政策としての自 立支援政策の検討−「自立支援」概念の批判的検 討−.大阪市立大学大学院創造都市研究科博士学 位論文. 世耕弘成(2012)生活保護の給付水準下げ自立意欲高 める,権利の制限は仕方ない.東洋経済 ONLINE, (2017 年 9 月 1 日 取 得,http://toyokeizai.net/ articles/-/9611). 武智秀之(1988)生活保護行政と『適正化』政策(1). 季刊社会保障研究,24(3),335―353. (受稿日:2017. 12. 1) (受理日[査読実施後]:2018. 4. 24)

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Original Article

A Study of the Process of Change in Discussions of a

Committee in the Ministry of Health, Labor and Welfare

(2012‒2013)‒How Social Inclusion Changed to Welfare

Payment Reduction

MIWA Yoshiko

(Graduate School of Core Ethics and Frontier Sciences, Ritsumeikan University)

From 2012 to 2013̶from eight months before the regime change in Japan to one month after it̶a committee in the Ministry of Health, Labor and Welfare(MHLW)discussed various aspects of the social inclusion policy. In contrast to the initial plan, the direction of the committee changed toward welfare payment reduction, and indeed a social welfare reduction was made after the regime change. Subsequently, discussions of social inclusion have largely been forgotten in the Japanese government. Yet after the legislation and implementation of the social welfare reduction, the importance of welfare payments is resurfacing. This paper analyzes the process and political background of the reduction, with testimonies of former committee members and a former director in the MHLW.

Key Words : Public assistance, Social welfare, MHLW, Regime change

参照

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■はじめに

(※1) 「社会保障審議会生活困窮者自立支援及び生活保護部会報告書」 (平成 29(2017)年 12 月 15 日)参照。.. (※2)