Title
閉ループステップ応答データを用いた周波数応答推定に関する考
察
Author(s)
松井 義弘
Citation
福岡工業大学総合研究機構研究所所報 第2巻 P79-P83
Issue Date
2020-2
URI
http://hdl.handle.net/11478/1486
Right
Type
Departmental Bulletin Paper
Textversion
Author
福岡工業大学 機関リポジトリ
FITREPO
閉ループステップ応答データを用いた
周波数応答推定に関する考察
松井 義弘 (工学部電子情報工学科)
A Consideration on Frequency Response Estimation Using Closed-loop Step Response Data
Yoshihiro MATSUI (Department of Information Electronics, Faculty of Engineering)Abstract
Estimation methods of frequency response functions only using one-shot closed-loop step response data have been proposed. Estimated frequency response functions are utilized to improve control performance of closed-loop systems. This paper examines the effects of controller gains and prefilters, which are introduced to make the discrete Fourier transform applicable to closed-loop step response data, on estimation results of a frequency response function through numerical simulations.
Keywords : frequency response estimation, closed-loop system identification, discrete Fourier transform
1.
はじめに
制御系設計は,通常,制御対象の物理モデルを用いて, 制御性能と安定余裕のトレードオフを考慮して行われる. しかし,このようにして設計した制御器を実際のシステム に実装した結果,モデル化誤差などのために所望の制御性 能が得られない場合がある.このような場合,所望の制御 性能を得るための制御系の再設計には,より高精度の制御 対象モデルが必要となり,再度,システム同定実験を実施 しなければならない.しかし,運転コストの大きな装置や 応答時間が遅い化学プラントなどのシステム同定実験は, 経済的コストや時間的コストの制約のため,実施が難しい 場合がある. このような課題の解決のための一つのアプローチと して,データ駆動制御が注目されている.データ駆動制 御は,閉ループ系から得られた 1 組の実験データを利 用して,システム同定による制御対象のモデル化を経 ずに直接制御器調整を行うものである.代表的なもの にVirtual Reference Feedback Tuning (VRFT) [1]や Fictitious Reference Iterative Tuning (FRIT) [2]などがある[3–6].ただし,データ駆動制御は,閉ループデータ を用いた参照モデル(所望の相補感度関数)へのモデル マッチングに基づく制御器調整法であるので,未知の制御 対象に対して,いかにして参照モデルを与えるのかという 問題が未解決のままである. 上記課題解決のためのもう一つのアプローチは,閉ルー プ実験データを用いて制御対象の周波数応答を推定し,周 波数領域で制御器調整を行うものである.制御対象の周 波数応答が推定できれば,周波数領域においてナイキスト の安定判別法に基づく安定性を考慮した制御器調整が可 能となり,データ駆動制御で必要な参照モデルが不要と なる. ところで,閉ループ実験データを用いて制御対象の周波 数応答を推定する際に,閉ループ実験データを離散フーリ エ変換により周波数領域に変換する.しかし,離散フーリ エ変換は絶対可積分である信号にしか適用できず,ステッ プ目標値応答などの閉ループ実験データは直流成分を含 む場合が多く離散フーリエ変換を適用できない.閉ルー プ実験データを絶対可積分とするため,閉ループ実験デー タに前処理フィルタを施す必要がある.前処理フィルタ にはバンドパスフィルタ[7, 8]やハイパスフィルタ,その もっとも簡単なものとして差分フィルタ [9, 10]が用いら れる.このようなフィルタによる前処理の影響は,入出力 データの離散フーリエ変換の比から制御対象の周波数特 性を求める際に相殺され,周波数応答推定結果に影響を与 えないはずである.しかし,実際には,前処理に使用する フィルタにより,制御対象の周波数応答の推定結果が影響 を受ける.また,推定に用いる閉ループデータを取得する 際の制御ゲインの影響についても十分な検討が行われて いない. 本稿では,閉ループデータを用いた制御対象の周波数応 答推定における前処理フィルタおよび制御ゲインの影響
松井 義弘 を数値実験により検討する.
2.
閉ループ実験データを用いた周波数応答推
定法
<2·1> 周波数応答推定法 Fig.1の閉ループ系を考える.ただし,C(z−1)および P (z−1)は,それぞれ,制御器および制御対象である.ま た,r,u,nおよびyは,それぞれ,目標値,操作量,ノイ ズおよび制御量である.ここで,ノイズはある分散を持っ た平均0のランダムノイズであると仮定している. Fig.1 の閉ループ系で感度関数を S(z−1)とすると, S(z−1)は次式で与えられる. S(z−1) = 1 1 + P (z−1)C(z−1) (1)Fig.1における操作量u(t)および制御量y(t)は,S(z−1),
P (z−1)およびC(z−1)を用いて,それぞれ,つぎのよう に表すことができる. u(t) = S(z−1)C(z−1)[r(t)− n(t)] (2) y(t) = S(z−1)P (z−1)C(z−1)[r(t)] + S(z−1)[n(t)](3) ここで,S(z−1),P (z−1)および C(z−1)の周波数応答 を,それぞれ,S(e−jω),P (e−jω)およびC(e−jω)とし, r(t)およびn(t)の周波数特性を,それぞれ,r(jω)および
u(jω)とすると,y(t)およびu(t)の周波数特性u(jω)お
よびy(jω)は,つぎのように表すことができる.
u(jω) = S(e−jω)C(z−1){r(jω)−n(jω)} (4)
y(jω) = S(e−jω){P (e−jω)C(e−jω)r(jω)+n(jω)}(5)
以上より,(6)式および(7)式の条件を満足するとき,
|r(jω)| ≫ |n(jω)| (6)
|P (e−jω)C(e−jω)r(jω)| ≫ |n(jω)| (7)
u(jω)およびy(jω)はつぎのように近似できる.
u(jω)≃ S(e−jω)C(z−1)r(jω) (8)
y(jω)≃ S(e−jω))P (e−jω)C(e−jω)r(jω) (9)
このとき,(8) 式および(9) 式より,周波数領域におけ C(z) r u Controller P (z) y − Plant n
Fig. 1. Closed-loop system.
るy(t)とu(t)の比から制御対象のP (z−1)の周波数応答 P (e−jω)が推定できる.ただし,時間領域の信号を周波数 領域に変換するための離散フーリエ変換時間領域での信 号は絶対可積分でなければならない.しかし,ステップ目 標値応答実験で得られるy(t)およびu(t)は直流成分を含 み,絶対可積分ではない場合が多い. <2·2> 前処理フィルタの導入 閉ループ実験データy(t)およびu(t)を絶対可積分とす るためには,これらの持つ直流成分を除去するためのフィ ルタを導入する必要がある.著者らは,次式に示すバンド パスフィルタを提案している[7, 8]. Fb(s) = naTss (naTss + 1)(nbTss + 1) (10) ただし,定数na およびnb はバンドパスフィルタの通過 帯域を決定する定数で,Tsはサンプリング周期である. 本稿では,このバンドパスフィルタに起因する過渡現象の 短時間の収束を狙ってna = nb = 5と設定するものとす る.なお,実際の閉ループ実験データy(t)およびu(t)は, 離散時間信号であるので,Fb(s)を0次ホールドを用いて サンプリング周期Tsで離散時間化したフィルタFb(z−1) を使用する.さらに,近年,次に示す差分フィルタが提案 されている[9, 10]. Fd(z−1) = 1− z−1 (11) これらのいずれかのフィルタを施したy(t)およびu(t) を,それぞれ,yf(t)およびuf(t)とすると,yf(t)および uf(t)は絶対可積分となり,離散フーリエ変換が可能とな る.したがって,yf(t)およびuf(t)から推定できる制御 対象の周波数応答をP (jω)ˆ とすると,P (jω)ˆ は次式で与 えられる. ˆ P (jω) = F[yf(t)] F[uf(t)] (12) ここでF[·]は離散フーリエ変換を表す. <2·3> 周波数応答推定可能な周波数帯域 目標値r(t)およびノイズn(t)を,それぞれ,ステッ プ関数および白色ノイズと仮定すると,周波数領域では, |n(jω)|が周波数によらず一定であるのに対し,|r(jω)|は その積分特性のため,−20 dB/decで減衰する.したがっ て,(6)式は,低周波域で満足させることができ,大振幅の rにより周波数帯域を広げることができる.また,(6)式 を満足する周波数帯域で|P (e−jω)C(e−jω)| > 1のとき, その周波数帯域で(7)式の条件も満たされる.
3.
数値実験
数値実験は離散時間系で行う.ここでは,モータの速度 制御を想定して,連続時間系での制御対象を次式の伝達関 数で与える. P (s) = 1 J s + D (13) ただし,JおよびDは,それぞれ,慣性モーメントおよび 粘性抵抗係数で,それぞれ,J = 1.0× 10−4kgm2および D = 3.0× 10−3, Nm/(rad/s)とする.このP (s)をサン プリング周期Ts= 1 msで0次ホールドを用いて離散時 間化したP (z−1)に2サンプリング周期分のむだ時間を加 0 0.02 0.04 0.06 0.08 0.1 0 0.4 0.8w/o noise w/ noise
0 0.02 0.04 0.06 0.08 0.1 0 0.07 0.14 0 0.02 0.04 0.06 0.08 0.1 Time [s] -0.1 0 0.15
Fig. 2. Step reference responses of y(t) acquired from closed-loop system with C(z−1) = 0.005, yb(t) = Fb(z−1)[y(t)] and
yd(t) = Fd(z−1)[y(t)]. 0 0.02 0.04 0.06 0.08 0.1 0 3 6 10 -3
w/o noise w/ noise
0 0.02 0.04 0.06 0.08 0.1 0 10 20 10 -4 0 0.02 0.04 0.06 0.08 0.1 Time [s] 0 2.5 5 10-3
Fig. 3. Step reference responses of u(t) acquired from closed-loop system with C(z−1) = 0.005, ub(t) = Fb(z−1)[u(t)] and
ud(t) = Fd(z−1)[u(t)]. えたz−2P (z−1)を制御対象とする.制御器C(z−1)は, 比例補償のみの制御器とし,比例ゲインを0.05と0.005 とした.比例ゲイン0.05は,閉ループ系を安定化する上 限の比例ゲインより若干小さいものとする.もう一つはそ の1/10とする.ノイズn(t)は分散0.022,平均0,デー タ長101(t = 0∼ 0.1 sに相当)の一様分布のものを100 組準備する. Fig.2は制御器をC(z−1) = 0.005としたときの閉ルー プ系のステップ目標値入力時のy(t)の応答と,y(t)に, それぞれ,バンドパスフィルタFb(z−1)および差分フィ ルタFd(z−1)を施した信号yb(t)およびyd(t)の応答を示 す.Fig.2には,ノイズn(t)を印加した場合としない場合 の結果を示しており,ノイズn(t)を印加したときの応答 は前述の100組のノイズ毎に100回の数値実験を行った 結果を重ね書きしている.Fig.3は,このときの閉ループ 60 100 1000 3000 10 20 30 40 50 Gain [dB] 60 100 1000 3000 Frequency [rad/s] -360 -270 -180 -90 0 Phase [deg] w/o noise w/ noise True
Fig. 4. Bode plots of ˆP (jω) estimated using yb(t) in Fig. 2
and ub(t) in Fig. 3. 60 100 1000 3000 10 20 30 40 50 Gain [dB] 60 100 1000 3000 Frequency [rad/s] -360 -270 -180 -90 0 Phase [deg] w/o noise w/ noise True
Fig. 5. Bode plots of ˆP (jω) estimated using yd(t) in Fig. 2
松井 義弘
0 0.02 0.04 0.06 0.08 0.1 0
1 2
w/o noise w/ noise
0 0.02 0.04 0.06 0.08 0.1 0 0.3 0.6 0 0.02 0.04 0.06 0.08 0.1 Time [s] -0.5 0 0.5
Fig. 6. Step reference responses of y(t) acquired from closed-loop system with C(z−1) = 0.05, yb(t) = Fb(z−1)[y(t)] and
yd(t) = Fd(z−1)[y(t)].
0 0.02 0.04 0.06 0.08 0.1 -0.05
0 0.05
w/o noise w/ noise
0 0.02 0.04 0.06 0.08 0.1 -0.01 0 0.02 0 0.02 0.04 0.06 0.08 0.1 Time [s] -0.04 0 0.05
Fig. 7. Step reference responses of u(t) acquired from closed-loop system with C(z−1) = 0.05, ub(t) = Fb(z−1)[u(t)] and
yd(t) = Fd(z−1)[u(t)]. 系のu(t)の応答と,u(t)に,それぞれ,バンドパスフィ ルタFb(z−1)および差分フィルタFd(z−1)を施した信号 yb(t)およびyd(t)を示す.ノイズn(t)を印加した場合 の応答はFig.2の場合と同様に表示している.Fig.4は, C(z−1) = 0.005の閉ループ系から得たデータをバンドパ スフィルタFb(z−1)により前処理したものを用いて推定 した制御対象に周波数応答の推定結果を示している. ま た,Fig.5は,C(z−1) = 0.005の閉ループ系から得たデー タを差分フィルタFd(z−1)により前処理したものを用い た制御対象の周波数応答の推定結果を示している.Fig.4 およびFig.5の場合は,ローゲインの閉ループデータであ るので,制御対象の周波数応答を推定できる帯域が狭いこ とがわかる.また,バンドパスフィルタと差分フィルタに よる違いは,ほとんど見られないが,100 rad/s程度以下 60 100 1000 3000 10 20 30 40 50 Gain [dB] 60 100 1000 3000 Frequency [rad/s] -360 -270 -180 -90 0 Phase [deg] w/o noise w/ noise True
Fig. 8. Bode plots of ˆP (jω) estimated using yb(t) in Fig. 6
and ub(t) in Fig. 7. 60 100 1000 3000 10 20 30 40 50 Gain [dB] 60 100 1000 3000 Frequency [rad/s] -360 -270 -180 -90 0 Phase [deg] w/o noise w/ noise True
Fig. 9. Bode plots of ˆP (jω) estimated using yd(t) in Fig. 6
and ud(t) in Fig. 7. の低周波域のノイズの影響が差分フィルタの場合が若干 大きいことがわかる.Figs.6∼9は,C(z−1) = 0.05の場 合の結果をC(z−1) = 0.005の場合と同様に示している. この場合は,ハイゲインの制御器による閉ループデータで あるので,ローゲインの制御器C(z−1) = 0.005の場合と 比較して,制御対象の周波数応答を推定できる帯域が広く なっていることがわかる.また,制御対象の周波数応答の 推定結果に対する300 rad/s程度以下の低周波域のノイズ の影響は,差分フィルタを用いて推定した場合がバンドパ スフィルタを用いた場合に比べて大きいことがわかる.
4.
おわりに
閉ループ系から取得したステップ応答データを用いた 制御対象の周波数応答推定における前処理フィルタおよび 制御ゲインの影響を数値実験により検討した.差分フィ ルタにより前処理を行った場合には,バンドパスフィルタを用いた場合に比べて低周波域でノイズの影響を受けや すいことを確認した.また,ハイゲインの制御器による閉 ループデータを用いると推定可能な周波数帯域を広げる ことができることを確認した.さらに詳細な解析結果に ついては,稿を改めて報告する予定である.
謝辞
本研究は,福岡工業大学研究所「科研費リトライ支援制 度」の支援を受けた. (2019年10月18日受付)文献
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