公共的議論はなぜ難しいのか (三) (秩序としての
混沌 -- インド研究ノート 最終回)
著者
湊 一樹
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
220
ページ
45-46
発行年
2014-01
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00003550
●
公共的議論とメディアの役割 社会全体を巻き込むような幅広 い議論を通して、社会が直面する 様々な問題について 理性的 4 4 4 に解決 の道を模索していくというのが、 「 公 共 的 議 論 」 の あ る べ き 姿 で あ る( 次 ペ ー ジ の 写 真 を 参 照 )。 そ の た め、 社 会 を 構 成 す る 一 般 の 人々に対して正確な情報を提供し たり、さらには何らかの世論を形 成したりするといったような役割 を担うメディアは、公共的議論に は欠かすことのできない重要な存 在であるといえる。 別な言い方をすれば、メディア がこのような役割をどの程度果た しているかによって、公共的議論 の在り方がまったく違ったものに なる可能性が大きいということに なる。インドのメディアの報道が 「比較的恵まれた人たち」 (前回の 引用部分を参照)の目線で行われ ているために、深刻な社会問題に ついて公共的議論が十分に行われ て い る と は い え な い と い う 事 実 は、まさにこのことをよく物語っ ている。●
メディアをめぐる二つのバ
イアス
「 イ ン ド の メ デ ィ ア の 報 道 姿 勢 には、どのような偏りがあると思 い ま す か 」 と い う 質 問 を 現 地 の ジャーナリストに投げかけると、 必ずといっていいほど返ってくる のが「都市バイアス」と「カース ト・階級バイアス」という言葉で ある(さらに、これらに「ジェン ダー・バイアス」が加わることも ある) 。 ここでいう「都市バイアス」と は、メディアが取り上げるニュー スが農村部よりも都市部に関する 内容に大きく偏っていることを意 味する。実際、英語とヒンディー 語の主要紙(それぞれ三紙ずつ) に掲載されている記事の内容を分 析したある研究によると、農村部 に関連するニュースが紙面全体に 占める割合はわずか二%程度にす ぎ な い( 参 考 文 献 ① )。 全 人 口 の 約七割が依然として農村部に暮ら している(参考文献②)ことに加 えて、農業部門の成長率の停滞な ど、農村部が多くの問題を抱えて いることを考えれば、インドの主 要紙の報道内容はあまりにもバラ ンスを欠いているということが明 らかだろう。 一 方、 「 カ ー ス ト・ 階 級 バ イ ア ス」とは、社会的・経済的に有利 な立場にある上位カーストや豊か な経済階層に属する人たち(この 二つは必ずしも一致しないが、重 なり合う部分が多い)の視点が報 道内容に色濃く反映されているこ とを意味する。この種のバイアス の存在を示唆する傍証として、報 道内容を決める立場にあるジャー ナリストの社会的背景が上位カー ストに極端に偏っているという点 を 指 摘 す る こ と が で き る。 例 え ば、デリーにある新聞社とテレビ 局で重要な役職に就いている三〇 〇 人 余 り の ジ ャ ー ナ リ ス ト の う ち、上位カーストの男性が占める 割合が七割以上にのぼる一方、指 定 カ ー ス ト や 指 定 部 族 に 属 す る ジャーナリストは一人もいないこ とが、デリーの研究機関が行った 調査から明らかになっている(参 考文献③) 。 もちろん、カーストや経済階層 といった属性によってものの見方 や考え方がすべて規定される訳で はないため、ジャーナリストの社 会的背景の偏りがそのまま報道内 容の偏りに直結するかどうかは慎 重 に 検 討 さ れ な け れ ば な ら な い ( あ る 人 の 思 考 や 行 動 を そ の 人 が 持つ特定のアイデンティティ─こ の場合は、カーストや経済階層─ のみから判断することの危険性に ついては、連載の第九回ですでに 述 べ た と お り で あ る )。 た だ し、 イ ン ド 社 会 の 特 徴 と も い う べ きインド研究ノート
湊 一樹
秩序としての
混沌
最 終 回
公共的議論はなぜ
難しいのか
(三)
45
アジ研ワールド・トレンド No.220 (2014. 2)「 多 様 性 」 が メ デ ィ ア の 世 界 に 著 しく欠けていることだけは確かで ある。