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インドにおける女性障害者をめぐる法的問題 (特集 アジアの女性障害者 -- 複合差別と権利擁護)

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Academic year: 2021

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(1)

インドにおける女性障害者をめぐる法的問題 (特集

アジアの女性障害者 -- 複合差別と権利擁護)

著者

浅野 宜之

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

255

ページ

26-29

発行年

2016-12

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00018795

(2)

特 集

アジアの女性障害者

──複合差別と権利擁護──

 は

  二〇一六年九月に開催されたリ オデジャネイロ・パラリンピック において、女子砲丸投げ競技で銀 メダルを獲得したディーパ・マリ ク選手のインタビュー記事によれ ば、同選手は「インドの女性障害 者に対する偏見、タブーを破るた めにここに来た」と述べたとされ る( 『 朝 日 新 聞 』 二 〇 一 六 年 九 月 一 五 日 )。 イ ン ド に お い て は 一 九 五〇年憲法において性別による差 別は禁止されているものの、社会 における実態として女性に対する 差別は厳然として残っているとさ れ る。 こ の よ う な 状 況 の な か で、 女性であることと障害があること との複合的な問題について、法的 な取り組みも複雑なものとなりう る。本稿では、インドにおける女 性 障 害 者 の 状 況 を 示 し た う え で、 女性障害者をめぐる法制度の動き について概観する。最後に、女性 障害者の権利とその法的保護が問 題となった事例として、リプロダ クティブ・ライツ(生殖に関わる 自 己 決 定 権 ) が 取 り 上 げ ら れ た、 高裁命令および最高裁判決につい て概要を紹介する。

 イ

  二〇一一年の国勢調査によれば、 インド全体における障害者数二六 八一万人のうち、女性は一一八二 万人で、障害者全体の約四四・一 % を 占 め る。 障 害 種 別 に み る と、 女性障害者全体のうち視覚障害者 お よ び 聴 覚 障 害 者 が そ れ ぞ れ 二 〇・ 二 %、 肢 体 不 自 由 者 が 一 七・ 五%、発話障害者が七・四%、知 的障害者が五・四%、精神障害者 が二・六%などとされている。労 働人口の調査結果をみると、国勢 調査において何らかの労働に従事 していると回答した者のうち女性 の割合は二七・四%であり、前述 の障害者全体に占める女性の割合 に 比 べ て 低 い 数 値 を 示 し て い る。 教育面でも、女性障害者の非識字 率は五五・四%で男性障害者の三 七・六%に比べて高く、社会環境 において劣位に置かれていたこと が分かる。このように数値で表れ ている状況の他に、女性障害者の なかには施設内で劣悪な待遇を受 けているケースがあることが指摘 されている。その一つの例として は、国際NGOのヒューマンライ ツウォッチの報告書『動物以下の 待 遇 』( 参 考 文 献 ① ) が あ る。 同 報告書によれば、精神的・知的障 害がある女性に対しての公的サー ビスが不足していること、家族が 本人の同意なく施設に入所させる などして、女性障害者を隠そうと するケースがみられること、こう した施設のなかで暴力的な扱いを 受ける場合さえもあるとされてい る。いわば精神的・知的障害があ る女性が法的に無能力とされてい るということができ、このことが 後に述べるリプロダクティブ・ラ イツに関わる事例とつながる。

 女

  刑事法の分野における動きとし て、強姦罪に関連する事項がある。 刑法第三七六条は強姦に対する刑 罰 を 規 定 し て い る 条 文 で あ る が、 通 常 の 強 姦 罪 に つ い て は 一 項 で 「 七 年 以 上 ま た は 無 期 の 懲 役 」 と 規定しているのに対し、同条二項 一号では「精神的または身体的障 害がある者」に対しての強姦罪と し て、 「 一 〇 年 以 上 ま た は 無 期 の 懲役」を科するものと定めており、 一般の強姦罪よりも重い刑罰の対 象となっている。なお、同項では 障害がある者に対する強姦のほか、 公務員が職務を行う場所において 強姦したとき、暴動の起きている とき、準強姦に該当するときなど も同様の重い刑罰を科すことが定 められており、いわば被害者であ る女性が抵抗する意思を表明しえ ない、あるいは表明することが困

女性障害者

法的問題

(3)

難である場合は通常の強姦罪より も重罰が科せられているというこ とができる。   刑事訴訟法においても障害者が 強姦、セクシャル・ハラスメント、 酸による傷害などの被害を被った ときの告発および記録作成に関連 して、第一五四条に「告発した者 が一時的にまたは永続的に精神的 または身体的障害がある場合、そ の 者 に と っ て 適 当 な 住 居 な ど で、 通訳者や特別支援教育者の同席の 下、記録を作成する」という文言 が追加されている。また、警察に よる証言の聴取に際して自宅以外 での聴取を強制されない対象とし て、一五歳以下または六五歳以上 の 男 女 と と も に、 「 身 体 的 障 害 が ある者」が追加されている。イン ドでは近年、強姦事件に対して厳 罰化の動きがあるなかで、前述の 改正は必ずしも目を引くものとは いえないまでも女性障害者を対象 とする改正として注目しうる。   障害者に直接関連する法律とし ては、一九九五年障害者(機会平 等、権利保障および完全参加)法 ( 以 下、 障 害 者 法 と 略 ) の ほ か、 一九九二年インドリハビリテーシ ョン協議会法や一九九九年自閉症、 脳性まひ、知的障害および重複障 害がある者の福祉のための国家信 託 に 関 わ る 法 な ど が 挙 げ ら れ る。 二〇〇七年障害者の権利条約批准 にともない、国内法整備のため障 害者法改正を進める動きがあるが、 最終的な法改正または法制定には いたっていないのが実情である。   障害者法改正にあたり、二〇一 〇年に障害当事者団体が作成した 改正法案では一〇カ条以上にわた り女性障害者に関わる規定が設け られていたが、政府が二〇一二年 に提示した法案では、女性障害者 に特に言及した条項として以下の 規定のみが盛り込まれていた。   第五条一項   関連する政府機関 および地方政府は、障害がある女 性 お よ び 女 子 の す べ て の 権 利 を、 完全かつ平等に享受することがで きるように措置を取らなければな らない。   第五条二項   関連する政府機関 および地方政府は、障害がある女 性および女子が、他者と平等に人 権を享受できるようにすることを 目的に、完全な発達、向上および エンパワーメントしなければなら ない。   この条文のほか、第一四条で家 庭内における虐待や暴力からの保 護について規定し、第一七条でリ プロダクティブ・ライツについて 定める条文を設けるなどして、直 接的に女性を対象と言及はしてい ないまでも、女性障害者に関係す る条項が複数設けられていた。し かし、二〇一四年に議会に提出さ れ、上院を通過した法案では、前 述の女性障害者に関わる規定は設 けられておらず、第三条「平等お よ び 非 差 別 」 規 定 の 二 項 と し て、 「 関 連 す る 政 府 機 関 は、 障 害 が あ る女性および子どもの権利を保護 するために必要な措置を講じ、障 害者がその能力を適切な環境の下 で活用しうる措置をとらなければ ならない」とする規定が含められ るにとどまった。このような条文 の内容からみると、女性障害者の 保護という色彩は薄まったとみる ことができる。   このように、法制度の整備にお いては女性障害者の権利保護はい まだ十分に進められているとは言 い難い状況にある。そのような状 況のなか、女性障害者のリプロダ クティブ・ライツに関わり、議論 となった訴訟が提起された。

 女

  リプロダクティブ・ライツとは 生殖に関わる自己決定権と定義す ることができるが、これに関連す る議論においては子どもの出産に 直結するいわば狭義のリプロダク ティブ・ライツにとどまらず、家 族計画に関する情報、子どもの数 を決定する権利、女性に対して抑 圧的な慣習からの自由、平等およ び非差別なども関連する重要な概 念としてとらえられるとしている。 日本国憲法に関する議論のなかで は、第一三条に定める「幸福追求 権」に含まれる自己決定権の一つ とされる(参考文献②)が、イン ドではこれにそのまま該当する条 項が存在しない。ただし、第二一 条「 生 命 へ の 権 利 」 は   「 何 人 も 法律の定める手続きによらなけれ ば、その生命または人身の自由を 奪われない」とする規定であるが、 インド最高裁判所は、これを単な る適正手続き条項ではなく、基本 権の中心ととらえて、憲法に明示 的な規定のない様々な権利につい てこの条文を根拠としてきた。こ れまで第二一条を根拠としてリプ ロダクティブ・ライツに関わる訴 訟が提起されてきたが、その内容 としては安全な分娩を行うための 施設の不十分さや、家族計画事業 の問題点を争うものがみられてき

(4)

た。これに対し、女性障害者のリ プロダクティブ・ライツにかかわ る 問 題 と し て 注 目 を 浴 び た の が、 い わ ゆ る ス チ タ 判 決( Suchita Sr iv as ta va a nd A no th er v s. Ch an dig ar h A dm inis tra tio n : JT 2009 (11) SC 409 )である。   この事件は、チャンディーガル にある施設に入所していた精神遅 滞のある女性が強姦の被害にあい、 その結果妊娠したことに端を発す る。ハリヤナ州政府は、この女性 の障害により、将来育児を進める ことが困難であるということを理 由として、パンジャーブ・ハリヤ ナ高等裁判所に妊娠中絶の許可を 求めたものである。   パンジャーブ・ハリヤナ高裁は、 州政府の求めにもとづき審理した が、当初は法律の文言からだけで は判断が困難であるとし、州政府 に対して当事者の精神状態や出産 への判断の余地、さらにはもっと も好ましい方法について検討する ための専門家委員会を設置するよ う命令した。専門家委員会は、当 該女性は軽度の精神遅滞であって 社会的機能や自立という点では監 護が必要であり、これがなければ 育児は困難であること、出産や育 児のストレスが当該女性の身体に 悪 影 響 を 及 ぼ す 恐 れ が あ る こ と、 自らの判断を行うにあたり、外部 の意見などに容易に影響されやす いことなどを示したが、最終的に いかなる手段を選択することが当 該女性およびその胎児にとっても っとも好ましいものであるかにつ いては、身体的、心理的および社 会的指標から総合的に判断すべき であると明言を避けるものとなっ ていた。   本件において問題の解決を困難 なものとしていたのは、当該女性 本人が出産を希望していたという 点である。州政府側代理人は、本 人の自由意思には不十分な点があ り、妊娠の継続に関する本人の同 意は法的にも事実上も同意には当 たらないと主張した。これに対し、 当該女性は精神遅滞であって精神 障害ではなく、妊娠中絶に際して は本人の同意が不可欠である、と の反対意見もみられた。そこで裁 判所は「パレンス・パトリー(後 見人としての国、 国親)の管轄権」 の枠組みをもとに、当事者の意思 が外部からの影響によるものでな いことを疑いなく示すことができ るかどうかを論点とし、これを示 すことができないかぎりにおいて は、当事者の利益を理由として個 人の自己決定に代わり国が決定を 行 う こ と を 視 野 に 審 理 を 行 っ た。 その結果、 同高裁は当該女性の 「親 としての自立」という点について は経済的観点や社会的受容の観点 からみて不十分であり、また、現 在および未来における責任につい て理解した上での合意とはいえな いとして、州政府に対して当該女 性の中絶を進める旨の命令を発し た。   高裁の発した前述の命令に対し、 最高裁判所に対して特別上告許可 が求められ、最高裁はこれを認め たうえで、前述の命令の仮差止め を命じた。そして、結論を出すた めには高裁が当該女性の同意を得 ることなく妊娠中絶を命じること が正しいのか否かという点と、た とえ当該女性が精神的に決断をす るだけの能力がないとしても、裁 判所がパレンス・パトリーの管轄 権を行使するにあたり適切な基準 は何かという点について、検討し なければならないとしている。   そのうえで最高裁は、一九七一 年医療的妊娠中絶法(以下、妊娠 中絶法)においては、成年女性で 精神病を罹患していない者につい ては中絶に際して本人の同意が必 要であることを前提とし、精神病 と精神遅滞とは明確に異なること、 当該女性の示している子どもを持 つことへの期待から考えて、その 意思はその他の要因に比べても優 先されるべきことなどを挙げ、妊 娠中絶に際しては精神遅滞の女性 であるとしても本人の同意が不可 欠であることを示した。なお、精 神病と精神遅滞との区別について は、障害者法や福祉信託法の規定 においても明確に区別されている ことを付言したうえで、精神遅滞 の者に対しては妊娠中絶にあたり、 個人の自治を尊重しなければなら ないと述べている。   つ づ い て 第 二 の 点 に 関 し て は、 妊娠中絶法の条文の文理解釈を超 えて、妊娠中絶が当事者にとって の「最大の利益」につながると判 断するために、パレンス・パトリ ーの法理を適用したことは、誤り で あ っ た と 述 べ て い る。 そ し て、 精神遅滞のある者の生殖に関わる 決定について裁判所が判断するに あたり、依拠することができる基 準としては「最大の利益」基準と 「 代 理 判 断 」 基 準 で あ る と し て い る。ただし裁判所は、後者の基準 について、代理判断に関してはあ くまでも当事者が精神的に無能力 であることが求められるのに対し、

(5)

特集:インドにおける女性障害者をめぐる法的問題 本件では当該女性は「軽度の精神 遅滞」とみなされていたことから、 「 最 善 の 利 益 」 基 準 の み を 適 用 す べきであるとしている。そのうえ で「最善の利益」といっても、当 該女性にとっての最大の利益を優 先して考えるべきであって、後見 人や社会一般といったものの利益 を優先的に考慮すべきではないこ と、当該女性が将来的に支援を必 要とし、そのために費用が必要と なるにしても、それがリプロダク ティブ・ライツの否定の理由には ならないことなどを示した。そし て結論として、当該女性の妊娠に ついては本人の合意なくして中絶 を行ってはならないことをあらた めて述べている。   以上のように、本件では高裁の 判断と最高裁の判断とがまったく 異なる事態となった。高裁はその 命令において社会的環境にもとづ き精神遅滞者が育児を行うことの 困難さを挙げて妊娠中絶を求める 理由としているのに対し、最高裁 は妊娠中絶を行うことが当事者の 最 大 の 利 益 に は な ら な い と し て、 高裁の命令を差止めた。その違い は、当事者の意思をどれだけ尊重 するかという点にある。精神遅滞 があったとしても、リプロダクテ ィブ・ライツを憲法第二一条に定 める「生命への権利」を構成する ものとしてとらえ、あくまでも妊 娠の中絶に関しては、本人の同意 が必要なものとしているのである。   なお、最高裁は本判決において 精神遅滞者に対する強制的断種や 妊娠中絶の理由づけとされた優生 思想について、完全に非民主的な ものであり、憲法第一四条に定め る法の前の平等に反するとも述べ ている。

 お

  インドにおける女性障害者の現 状をみる限りにおいては、教育や 労働などの場面において男性障害 者と比べて厳しい状況におかれて いることが示されている。こうし たなかで女性障害者の処遇を改善 するためにも、現行法の執行を進 めるのみならず、法整備の充実化 が求められている。とくに、女性 障害者の法的能力をより認めてい くべきことは、前述のNGOの報 告書でもふれられているところで ある。それは、たとえば施設入所 や財産の処分などに際して後見人 の決定が当事者の意思に優先する ことの問題などが指摘されてきた ものであるが、今回紹介したリプ ロダクティブ・ライツに関わる問 題もこれに関わる。そして、その 一例として挙げられるのがスチタ 判決である。最高裁の判決は、障 害がある当事者の意思を尊重する 方向で判断を行っている。これは 障害者の権利条約に適合的な法令 の内容を先取りした内容の判決で あるということができ、障害者法 制の改革に一定の視座を示しうる ものということができる。すなわ ち、スチタ判決は女性障害者のリ プロダクティブ・ライツに焦点を 当てた判例ではあるが、これの持 つ意義は女性障害者の権利保護に 限らず、障害者法制整備の重要な 論点に関わるものということがで きよう。   ケーララ州にある国立発話およ び聴覚研究所を、国立リハビリテ ーションおよび障害学大学に改組 するという法案が社会正義および エンパワーメント省の障害者エン パワーメント局により二〇一六年 に作成された。この法案に盛り込 まれた第六条において、大学教職 員としての着任や大学への入学に おいて性別、カースト、信条など による差別を設けてはならないと 定めたうえで、但書として女性や 指定カーストなど社会的弱者に対 する特別規定を設けることは妨げ ないとしている。同法案が可決さ れ、大学が設置されたときに、女 性に対する留保枠にもとづき女子 大生や女性教員などが増えること になれば、インドにおける女性障 害者の地位向上にもつながりうる ものと考えられ、注目される。 ( あ さ の   の り ゆ き / 関 西 大 学 政 策創造学部教授) 《参考文献》 ① H u m a n R ig h ts W a tc h , "T re ate d W or se th an A nim als " (h tt p s: / / w w w .h rw .o rg / re po rt /2 01 4/ 12 /0 3/ tr ea te d-w or se -an im als /a bu se s-a ga in st-w om en -an d-g irls -p sy ch os oc ial -or -in te lle ctu al). ② 佐藤幸治『日本国憲法論』成文 堂、二〇一一年。

参照

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出版者 日本貿易振興機構アジア経済研究所/Institute of Developing Economies (IDE‑JETRO) .

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