『太宰治 はがき抄』上梓の意義
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(2) 録で、一九四 一年二月八日付の葉書二通の写真を見たが、 二枚組で一、三 O O、 0 0 0円の価がついていて、購入. する気は起らなかった 。もっとも多いはずの山岸外史宛書簡なのに、写真で目にする機会は極度に少なかったので. ある 。その山岸外史宛葉書が、このたび、やす子夫人宛葉書一通を併せて計八三通という多数、ひとつひとつ写真. 版として掲げられ、佐藤秀明氏による精細な校異のついた翻刻と、行き届いた註記とが付されて、上梓されること. 一 九 一九九八年六月、太宰治没後五 O年を迎えるに際し、求められて﹁毎日新聞﹂に一文を掲げたことがある 。. になった 。その資料的価値は、 ﹃ 悦惚と不安太宰治昭和十一年﹂を遥かに凌いで、高いといってよかろう。. 太宰治論﹂ の著者奥野健男氏が逝去された、 九七年の二月に ﹃ 回想の太宰治﹂ の著者津島美知子夫人が、二月に ﹁. その翌年のことであった 。そこで﹁このふたりの逝去は、太宰治研究のひとつの時代の終駕と新しい時代への転換. とを象徴する出来事のように思われる﹂と記し、﹁作者という人間を主体と考えて作品を理解するのではなく、作品. を主体と考えて作品を理解するのでなければ、作品はついに真の姿を現さないのではないか﹂という念を述べたの. である 。文学研究の動向は、﹁人間﹂重視から﹁言葉﹂重視に転換しつつあると、指摘したかったのであった 。二 一. ﹃有明淑の日記﹂ 世紀に入って、この傾向は、太宰治研究書上梓の分野でも、活発になってきたように思われる 。 ﹁ 第二分冊 太宰治原稿翻刻(第 一分冊) (. ) 、 ﹁ ( 二O O四 太宰治広告﹂ (同前)、﹃木村庄助日誌. 井伏鱒一アと太宰治﹂ (同前)、 ﹁ 、 ﹁ 太宰治・原稿﹁お伽草紙﹂と 太宰治・晩年の執筆メモ ﹂ ( 二 O O二 ( 二 000)、﹃ 書簡﹂ ( 二 O O三. 、 ) ) を重視した出版物が相次いでいて、その大部分が写真版覆 二 O O五)など、﹁言葉﹂﹄ 太宰治﹁パンドラの 匝﹂の底本﹂ (. 悦惚と不安太宰治昭和十 一年﹂が、﹁昭和十一年の太宰治﹂という﹁人間﹂に重点 刻であることも目に立つ 。先の ﹁. 太宰治はがき抄﹂は、﹁はがき﹂の﹁言葉﹂の一語一語に重点 をおいた資料の提示であったのに対し、このたびの ﹃. をおいた資料の提示になっているのも、時代の流れに鋭敏に反応した、傑れた出版物であることの証左のように思 われる 。. 6.
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