母語(日本語)における話者交替タイミングの獲得
M
other Tongue (Japanese) Acquisition of Talker Alternation Timing of
Nursery School Children
市川熹
1,2川端良子
1菊池英明
2堀内靖雄
1黒岩眞吾
1ICHIKAWA, Akira
1,2, KAWABATA, Yoshiko
1, KIKUCHI, Hideaki
2, HORIUCHI, Yasuo
2, and
KUROIWA, Shingo
11
千葉大学大学院融合科学研究科
1
The Graduate School of Advanced Integration Science, Chiba University
2早稲田大学人間科学学術院
2
Faculty of Human Science, Waseda University
Abstract: In the dialog among the mother tongue talkers, overlap utterances are done in
transition-relevance places (TRP). This appearance seems to appear as the result of some capability which makes the mental burden of the dialog by the mother tongue light. We examined the age to win this capability about the Japanese mother tongue talkers. Last year, it did an analysis to the 6 year-old nursery school children. As a result, it found that it was already won. This time, it analyzed the dialog of the 5 year-old kindergartner. A difference among individuals was seen among the nursery school children to the acquisition.
1.
はじめに
塩野七生の著書「日本人へ 危機からの脱出編」 [1]の記述が端的に表現しているように,「母語」 による場合「心的負担」はほとんど感じないで済 む。 「母語」の定義は,社会学の領域では「言語共 同体と相互作用の関係にある言語のことである」 とされている[2]。また母語を「言語」として体系 的に検討した代表的なものには,フンボルトとそ の考え方を発展させたヴァイスゲルバー[2]等が ある。 しかし「心的負担」の視点から,「母語」におけ る,特に対話プロセスの物理的特性に注目した例 は少ないように思われる。音声対話が音声信号と いう物理的実体があって実現されていることを考 えると,「心的負担」軽減に物理的側面が重要な役 割を果たしていると考えるのは極めて自然な発想 であろう。 本稿では,母語対話の心的負担を軽くしている 要因探索の一過程として,話者交替のタイミング に注目した。 先行研究(2.参照)や前回報告[3,4]の結果から, 定型発達児は 5~6 歳ころに実時間対話機能がほ ぼ獲得されると予測し,年中園児(5 歳児)及び 年長園児(6 歳児)と成人の対話の比較を行った 結果を報告する。2.
母語獲得の先行研究
乳幼児の言語獲得に関する研究は数多くあり, 様々な観察結果をまとめた多くの成書が国内外で 多数発行されてきた[5,6]。 脳科学の進展に伴い,脳の観測もがある程度可 能になり,動物の様々な能力の発達と脳の活動の 関係の観測結果を参考にした検討や[7],直接乳幼 児の言語活動の観測等も試みられている[8]。 関連する幾つかの先行研究例を紹介する。 ヒトの胎児は受胎後30 週頃には聴覚が発達し, 低周波音を通す羊水を通して韻律情報を聞きとり, 母音や子音よりも早い時期(受胎後33~37 週)に 韻律情報に敏感になる[9]。 人工内耳の装着時期が生後 18 ヶ月以降になる と,抑揚などの表現能力の獲得が低下することが 人工知能学会研究会資料 SIG-SLUD-B403-03経験的事実として言われている(加我東大名誉教 授私信)。生後18 ヶ月頃までが「プロソディ機能 獲得の臨界期」と思われる。 またキンカンチョウの歌の学習等から類推する と,「プロソディ機能獲得の臨界期」は「母語のテ ンプレート」を獲得する時期と考えられる。この テンプレートに基づいて,母語としてのセグメン テーション[10]や,母語の語彙や文法の獲得が進 む。 1 歳程度で初語が出現する。2 歳前後には語彙爆 発がみられる。3 歳前後では,従属節を含む複文 があらわれ,5 歳ころには母語の統語的な特性は ほぼ獲得される。このころには語順や助詞,動詞 活用など基本的統語構造の特性は確立している。 一方,「対話の実時間性」や「心的負担」との関 係を論じたものは,ほとんど見当たらない。言語 構造の形成において,主体と環境の相互作用が果 たす動機づけを認知言語学では「身体性」と呼ん でおり,認知言語学の世界観を形成する一つの重 要な概念となっている[11]。この概念に基づけば 「対話伝達プロセスの実時間性や心的負担」もま さにその環境であるが,いわゆる言語そのものの 現象ではないため,視野に入ってこなかったもの と思われる。
3.
話者交替における重複現象
3.1 母語の重複現象
母語対話では,話し手の入れ替わり(話者交替) では,発話の重なり(重複発話)はごく自然で, 多数観察されている。10 種類の言語を分析した先 行研究によれば,重複は 200~300ms 程度である [12]。3.2 話者交替の予告
重複発話を可能にするためには,先行話者音声 に何らかの予告情報が存在し,入力が終了する前 に後続話者は発話終了を予測する必要がある[13]。 Oohashi らは,日本語においては,先行発話の プロソディに,概ね70%程度,最悪でも 60%以上 の精度で話者交替か継続かの予告情報が存在して いることを示した[14]。 またプロソディの持つ話者交替予告は認知可能 であることも実験的に検討した[15]。対話音声の 話者交替における先行発話のプロソディ情報を抽 出・再合成し,聴取,話者交替が行われるかを調 べた。プロソディのみを日常聴くことはないので 訓練が必要であるが,80%程度の精度で判別が出 来ている。ただしこの実験では先行発話を最後ま で聞いての判定であり,実時間判断ではないため, 重複発話が開始される時刻で判定可能かは保証さ れていない。3.3 重複現象と心的負担
重複発話には,対話を円滑にする機能が存在し ているものと考えられる[16]。 重複する後続話者にとっては,先行話者の発話 の中に,発話の終了を予測可能とする情報(予告 情報)が含まれていると,先行発話を最後まで聞 く必要が小さくなる。 先行話者にとっては,発話が終了しないうちに 後続話者が発話権を引き取るため,重複が始まっ た段階で,理解されたと受け止めるだけでなく, 継続して発話を新たに計画する必要がないことが 明確になる。 また,重複が生じている先行発話と後続発話に は何らかの内容的な繋がりが深いと自然に判断で きるため,文脈を予期する負担も少なくなる。 しかし,後続発話の開始タイミング決定の「心 的負担」が軽いことも求められる。3.4 話者移行適格場(TRP)
重複発話が生じる先行発話の区間は,話者移行 適格場(Transition-Relevance Place,以下 TRP)な どと呼ばれる[17]。TRP は母語話者にとって話者 交替が行われても不自然とは感じない区間である。 文献[12]に示されている区間は母語話者の対話か らのデータであり,概ねTRP であると見做せよう。 榎本は,日本語対話音声の文末に現れる助詞や 助動詞の区間(文末表現などと呼ばれる)などを TRP と考え,TRP より早く生じる重複は母語話者 では不自然と感じることを認知実験で示した[18]。 以下,母語において重複がTRP で生じることを 「TRP 制約」と呼ぶことにする。3.5 非母語と母語の重複比較
非母語(第二言語)の実時間対話の研究は,こ れまでのところ,あまり行われていない。言語獲 得の臨界期以降に学習によって非母語を習得し, その能力が高い非母語話者と母語話者の実時間対 話を分析し比較した。 日本語の堪能な中国人修士女子留学生2 名と日 本人学生2 名の日本語音声対話を分析した[3]。留 学生は,言語獲得期以降に日本語を学習し,実用 日本語検定中上級聴力試験385 及び 420 点で,日 本語学習歴がほぼ同程度であり,同じ研究室に所 属し、相互には日常母国語(本研究では中国語) で対話している。対話は,相互に遮音された防音室にて収録した。 被験者は,互いの音声および実験者の教示を,ヘ ッドセットマイクを通して聞くことができる。非 母語話者同士,母語話者同士,および非母語話者 と母語話者それぞれの組合せで,自由対話・地図 課題対話ともに10 分程度の対話である。 先行研究[18]を参考に文末表現を TRP と看做し, その先頭位置を基準に話者交替タイミングを計測 した。日本語母語話者である日本人においても, 先行話者が留学生の場合,TRP 先頭位置よりも前 のタイミングで重複が観察され,TRP 制約が機能 しないことを示した(図3-1(a)参照)。以下、各図 は、重複時間の分布をカーネル密度推定で推定し たものである。 同様に英語の堪能な日本人と英語母語話者の英 語音声対話を分析した[4]。 日本人英語学習者には,高度な英語コミュニケ ーション能力を持ち発話に苦手意識はないが,英 語対話経験が異なる被験者を選んだ。TOEIC 得点 は全員940 点以上であり,リスニング力に関して は4 名ともほぼ満点に近い力を持つ。また年齢差, 男女差の対話の違いが出ないように全員 20 代男 性に統一した。音声収録に協力してもらった対象 者は,大学時に1 年間の留学経験を持つ英語非母 語話者2 名と,英語圏からの帰国子女である英語 非母語話者 2 名,及び英語母語話者(米国人 20 代男性)2 名である。 日本語とは言語構造が異なるため,先行研究 [12]から英語母語話者同士間での重複開始(約 300 ms 前)を TRP 始点と看做すと,非母語話者の日 本人の重複タイミングは母語話者同士の場合より も早く生じる場合が観測され,大川の結果と同様 の結果となった(図3-1(b)参照)。 話者交替の位置の予測情報としては、これまで 「統語論的リソース」,「語用論的リソース」と「イ ントネーション(プロソディ)的リソース」があ るとされてきたが,本実験被験者である非母語話 者は十分言語的能力は学習しており,前者を発信 しているにもかかわらず,母語話者はそれを予告 リソースとして受け取っていないことが推測され る。この事実は,「統語論的リソース」と「語用論 的リソース」は直接には機能しておらず,実はそ の裏に不可欠に存在している「イントネーション (プロソディ)的リソース」が機能していること を強く示唆している。 横軸0 点は TRP 開始点
(a)日本語対話
[3] 横軸0 点は発話末,TRP 開始点は概ね 300ms 前(b)英語対話
[4]図
3-1 非母語話者交替重複タイミング
実線は母語話者同士の対話。。3.6 乳幼児の話者交替の先行研究
Kajikawa ら[19]の論文は 3.6 歳児までの幼児- 母親の2 組の会話における話者交替時の重複発話 を分析している。この論文のFig. 2 からは,文末 の「ね」をTRP の文末表現とみなすと,母親が子 供の発話の「ね」に重複する割合が3 歳を過ぎる と増加しているが,子供からの重複率(同論文Fig. 3)には変化が見られない。 言い換えれば,3 歳半ころまでには母語対話に おける自然な重複発話の制御に必要な情報(予告 とTRP など)を先行発話では発信することはでき ているが,制御能力(TRP 制約に従う)は獲得で きていないことを示唆している。 4 歳児では自然な対話が見られるという先行研 究があるが[20],話者交替のタイミングの視点か ら分析した報告は見出されなかった。 そこで,我々は言語獲得の先行研究結果の全体 的傾向も参考に,5~6 歳ころには重複発話制御が 獲得されると仮定し,幼稚園年中児(概ね5 歳児) および年長児(概ね6 歳児)の対話に注目し,分 析をおこなった。収録時期(年度末)から,ほぼ 年中園児は5 歳児,年長児は 6 歳児とみなせる。4.
研究方法
4.1 方法
実時間対話において,先行話者がTRP 制約を確 立獲得していると考えられる母語話者(大人)の 発話に対する後続話者の5 歳児及び 6 歳程度の児 童の重複発話を分析する。この重複現象の分析及 び,相手の大人の重複現象との比較から,母語と しての対話能力を獲得しているかを検討する。な お,データ数が十分ではないことから,先述の英 語母語話者の場合と同様に,成人母語話者同士の 重複区間はTRP と仮定して,発話末を基準として 分析を行った。4.2 使用コーパス
実験に使用したコーパスは,千葉大地図課題コ ーパスにならって収集した,母―子,大人他者― 子,母―母,子―子の対話コーパスである(仮称 Maptask-kids)[21]。子供向きに買い物地図課題を 考案した地図(カラ―)が作製されている。 5 歳児(年中園児)とその母親のペア 8 組を 2 組ずつ組み合わせ4 カルテット,同様に 6 歳児(年 長園児)も4 カルテットを作成,園児は男女同数, カルテットは同性児の組み合わせとなっている。5 歳児及び6 歳児の其々女児 4 名,男児 4 名,大人 8 名で,母―子,大人他者(同性児親)―子の組 み合わせの計32 対(5,6 歳児各 16 対)が分析対 象である。4.3 分析
(1) 年長児(6 歳児) 先に報告した年長園児及び成人の話者交替タイ ミングの分布を図4-1 に示す[22]。 時間軸の原点は文末である。ラッチングは重複 とみなしている。後続発話までの間が700ms 以上 では,本論で注目している対話の単純なタイミン グ以外に思考時間による遅れが含まれていると考 えられるため,対象から外している。話者交代デ ータ数(後続話者)は、女児 290、男児 317、計 607、大人 782 である。年長園児と成人,年長園児 の男女差はほとんど見られない。 (2) 年中児(5 歳児) 年長園児(6 歳児)と同様の条件で,年中園児 (5 歳児)の話者交替タイミング分析した結果を 図4-2 に示す。話者交替数は、女児 260、男児 292、 計552、大人 690 であった。 6 歳児の結果に比べ園児及び大人共に重複開始 が早い(-500ms)例がみられる。その多くは非親 子関係の対話である(図4-3)。 図 4-1 6 歳児話者交替タイミングの累加分布 横軸0 点は発話末。TRP 開始点は概ね 300ms 前。 図 4-2 5 歳児話者交替タイミングの累加分布 横軸0 点は発話末。TRP 開始点は概ね 300ms 前。 図 4-3 親子関係の有無で分類した5 歳児 話者交替タイミングの累加分布 黒線は対話者が親子関係の場合を,灰色線は対 話者と親子関係にない場合を示す。横軸0 点は 発話末。TRP 開始点は概ね 300ms 前。5.
結果の分析
成人と男女6 歳児に分布の違いは認められなか った。重複が400ms を超えるものは無く,300ms 台の重複も非常に少ない。 またこれらの結果は,大川や滝沢の非言語話者 の分布(図 3-1)とは明らかに異なり,母語話者 の分布と類似している。6 歳児では TRP 制約を概 ね獲得しているといえよう。 今回分析を行った5 歳児の分布を見ると,重複期間が300ms を超え,400ms を超える場合も存在 している。男児及び大人にその傾向がみられる。 しかし何れも概ね TRP 制約が機能していると 思われる。6 歳児に比較し,文末の語尾を長く伸 ばして発話されている例が多いことと,また非親 子の対話には,その傾向がやや強い(図 4-3)。一 般に対話を好むといわれている女児に比較し,対 話になれていない男児に大人が自然に合わせてい る可能性がある(図 4-2)。 女児は表現も豊かになっている。手話対話の重 複傾向と類似の現象である旧情報の再表現もみら れ,そこに共話的に重複する例があり,TRP 制約 が機能していないと看做す必要はないと思われる。 並列表現への重複の例があるが(「…チューリップ とかヒマワリみたいな」の「ヒマワリみたいな」 に「ああわかった」と重複),これをどう解釈する かは,プロソディの分析や他の例を含め検討が必 要であろう。 大人の重複が長い例では,いずれも 5 歳児の発 話末が長い,言い換えればTRP 区間が長い発話に 対してであり(例えば「…買って欲しいんだなー」 の「なー」が非常に長い),TRP 制約としては機 能している。 以上の結果と先行研究を合わせてみてみると, 母語話者の話者交替における TRP 制約の獲得プ ロセスは以下のように推察される。 胎児期から始まり,生後18 ヶ月ころを臨界期と して,プロソディ機能を含む母語のテンプレート が獲得される。このプロソディには母語の語彙構 造(音韻リズムなど)や文体(語彙のセグメンテ ーション情報やイントネーションなども),セグメ ンテーション予告機能や「話者交替予告機能」な どが含まれる。それに基づき3 歳ころには TRP に 用いられる「語彙」などの獲得が徐々に進行して ゆく。しかし3 歳代ではプロソディの持つ話者交 替の予告情報と TRP となる領域は未だ関連付け られてはいない。そのため成人の発話に対しての TRP 制約は未だ機能しない。一方成人は,3 歳児 発話には話者交替予告と TRP の双方が存在して いるため,3 歳児の発話に対して TRP 制約は機能 する。その後も成人との対話を通して語彙能力が 進み,5 歳代には個人差があるものの概ね TRP 制 約が形成されつつあり,6 歳では獲得が完了して いるといえよう。 非母語話者との対話において,母語話者にTRP 制約が機能しないのは,非母語話者は生後18 ヶ月 を臨界期とするプロソディ獲得の時期を失してお り,プロソディの予告機能(イントネーション的 リソース)の獲得が困難なためと考えられる。
6.
おわりに
今回の5 歳児分析により,母語話者における話 者交替のタイミングの獲得のプロセスが大筋にお いて明らかになったと考える。 残された課題や,新たに浮上した課題について, 幾つか以下に触れておきたい。 (1) 非述部文話者交替重複分析 本論文で多使った多くの対話は課題対話的性格 があり,主部と述部を伴う発話が主であった。し かし極めて自然な対話では,先行発話が,文脈に より必要としない主部のみからなる,述部のない 非述部文発話が非常に多数見られるという報告が ある[23]。非述部文における円滑な対話構造の検 討が必要となろう。 (2)プロソディ獲得メカニズムの検討 母子の接触(抱っこなど―触覚),擬似的対話(聴 覚),表情(視覚)のマルチモダリティの組み合わ せの効果が期待されるが,分析手法の開発が課題 である。 非母語話者の学習手法の開発も課題である。 (3)話者交替時の聞き手の脳計測 プロソディの予告情報は我々の研究において日 本語で見出されたものであるが,他のメカニズム が存在している可能性を否定するものではない。 更には,それが存在しているとしても,他の対話 言語,例えば特にモダリティの異なる対話言語で は未確認である。そこで先行発話の「予告」及び 既知の「TRP 区間」に対して聞き手の脳に反応が 現れるかを,NIRS などを用いて調べることが考 えられる。 円滑な対話を可能としている構造が見いだされ れば,対面対話が苦手な自閉症などの発達障害者 の課題解明の一端に資することにもつながるであ ろう。 (4)言語的リソースの再検討 非母語話者対話は,従来言われてきた「統語論 的リソース」と「語用論的リソース」は直接には 機能しておらず,その裏に一体化して存在してい る「イントネーション(プロソディ)的リソース」 が機能していることが強く示唆された。この点を さらに確認することが必要である。 (5)データ数の問題 先行研究を含め,デカルト以来の客観性(科学的)という視点からは先行研究を含め,データ量 は十分ではないという指摘があろう。一方でそれ らの結果は相互に矛盾がなく,相互の結果を支持 しているという点で,一定の妥当性が存在してい るといえよう。 単にデータ数を増やすという事ではなく,厳密 に量的視点を問うことは,きわめて困難な領域で ある。例えば一人一人の被験者の誕生以来の言語 生活の環境を一定の条件でそろえるために,居住 経歴や家庭環境情報を開示してもらう事は個人情 報の保護という視点からも,極めて困難になって 来ている。まして同じ対話言語である手話を対象 にしようとすると,手話を母語と客観的にみなせ る人数は少なく,方言性も高く,いっそう困難で ある。このような点から,複数の情報から相互に 矛盾がないかどうか見るというような手法が重要 であり,その妥当性の理論的証明が望まれる。 十分なデータ数が得られないという問題は,症 例数の少ない難病の治験や障害支援技術の効果の 評価などにも共通した,現代の重要な課題である。 なお現在,匿名加工情報の利用拡大として個人 情報保護法の改定が検討されているが,その実現 を期待したい。
謝辞
実験及び分析に協力された早大 OB/OG の大橋 君,大川さん,滝沢さん,千田さん,Maptask-kids 開発を主導された当時千葉大学の仲助教授(現北 大教授),TRP についてご教授いただいた千葉大 傳教授に感謝する。本研究の一部は科学研究費補 助金 24650075 及び早稲田大学重点領域研究機構 応用脳科学研究所の支援によった。参考文献
[1] 塩野: 日本人へ 危機からの脱出編, 文春新書 938 (2013) [2] Weisgerber: 母語の言語学(福田訳), 三元社 (1994) [3] 大川他: 非母語話者の音声 対話における話者交 替, SLUD, pp.1-6 (2012) [4] 滝沢他: 日本人学習者の英語対話における流暢性 に関する研究, 音講論, 1-Q-49c (2013) [5] 今井: ことばの発達の謎を解く, ちくまプリマ― 新書191 (2013) [6] Tomasello: 心とことばをつくる(辻他訳), 慶応 義塾大学出版会 (2003) [7] ヘンシュ貴雄: CREST 平成 22 年研究終了報告書 (2011)[8]
Kuhl
: Early Language Acquisition: Cracking the Speech Code, Nat. Rev. Neurosci., Vol. 5, pp.831-843 (2004)[9] DeCasper et al.: Fetal Reactions to Recurrent Maternal Speech, Infant Behav. Dev., Vol. 17, pp.159-164 (1994)
[10] Jusczyk et al: The Beginnings of Word Segmentation in English-learning Infants, Cogn. Psychol., Vol. 39, pp.159-207 (1999)
[11] 児玉他: 言語習得と用法基盤モデル, 認知言語学 のフロンティア6, 研究社 (2009)
[12] Stivers et.al.: Universals and Cultural Variation in Turn-taking in Conversation, Proc. Natl. Acad. Sci., Vol.106, pp.10587-10592 (2009)
[13] 大須賀他: 音声対話での話者交替/継続の予測にお ける韻律情報の有効性, 人工知能学会論文誌, Vol. 21, pp.1-8 (2006)
[14] Oohashi et al: Prosody, Supporting Real-Time Conversation, Speech Prosody, P2b-07 (2010) [15] 千田他: 話者交替に対するプロソディ情報を利用 した聞き手による予測認知の検討, SLUD, pp. 57-62 (2009) [16] 市川: 対話のことばの科学―プロソディが支える コミュニケーション―, 早稲田大学学術叢書 18, 早稲田大学出版 (2011) [17] Sachs: 会話分析基本論集:順番交替と修復の組織 (西阪訳), 社会思想社 (2010) [18] 榎本: 日本語における聞き手の話者移行的確場の 認知メカニズム, ひつじ研究叢書(言語編)69, ひ つじ書房 (2009)
[19] Kajikawa et al.: Speech Overlap in Japanese Mother–Child Conversations, J. Child Lang., Vol. 31, pp.215–230 (2004)
[20] Briton et al.: Conversational Management with Language-impared Children Pragmatic Assessment and Intervention, Aspen Publication (1989)
[21] 仲: 科研特定領域(A)平成 12 年成果報告書, pp. 7-14 (2001) [22] 市川他: 母語(日本語)獲得と年長園児の話者交 替タイミング, 音講論, 3-Q-11 (2014) [23] 金: 談話論と文法論 日本語と韓国語を照らす, く ろしお出版 (2013)