く資
料 〉
M・
コ ヴ ァ レフ ス キ ー
『共 同 体 的 土 地 所 有,そ
の解 体 の諸 原 因,過
程
お よび 諸 結 果 殖 民 地 に於 け る共 同体
的 土 地 所 有 お よび その解 体 に対 す る土 地 政 策
の影 響 第一 巻 』 第五章および第六章
中
鷺
太
一
〈目 次〉 前 言 献 詞 ・ 序 文 第一章 赤 色人種に於け る共同体的土地所有,彼 等の間の不動産所有の個別化及び封建化過 程 第二 章 西 イン ドに於 けるスベイソの土地政 策及び西 イン ド群島 とアメ リカ大陸に於け る共 同体的土地 所有 の解 体に与 えた影響 第三章 イン ドに於ける共同体的土地所 有,そ の歴史的形成 の順序 に於 けるイン ドの共同体 的土地所 有の同時代的諸形態 第四章 土 着人王 侯の支配 時代に於け るイン ドの土地関係 の歴史 第五章 回教法及びそれに よりイン ドの土地関係の分野 にもた らされ た変化 第六章 回教徒 統治時代の イン ドに於 ける土地所有 の封建化過程 第七草 束 イン ドに於 ける英国の土地政 策及び イン ド人の下での共同体 的土地所有 の解体に 対す るその影響 第八章 フランス人に よる征服時代のアル ジェ リアに於 ける土地 所有の諸形態 第九章 アル ジェ リアに於け るフランスの土地政策及び土着民の共同体的土地所 有の解体 に 対 してそれが与えた影響 〈訳 文 〉 第五 章 。 回 教 法及 びそ れ に よ りイ ン ドの 土 地 関係 の 分 野 に もた ら され た 変 化 1) イ ン ドに殖 民 した 回 教徒 は,周 知 の よ うに ア ブー ・ハ ニ ー フ ァ派 の 追 随 者 に属 して い る。土 着 民 匠 関 す る征 服 の結 果 及 び 回 教徒 が 占領 した区 域 に 関 して この 派 の 教 義 を知 る こ 1) ア ブー ・ハ ニー フ ァ(Abu Hanifa)西 暦769年 死 去 。 回 教 法 学 の 最 初 の 教 師 。 そ の 活動 時 代 は〈資料〉 瓢 ・コヴァレフスキーr共 同体的土地所有,そ の解体 の諸原因,過 程, お よび諸結果一 。殖民地におけ る共同体的土地所 有およびそ の解 体に対 す る土地政策の影響 第一巻』第五 章および 第六 章 83 とは,か くて最 初 ア ラ ビヤ人 に よる,後 に 蒙 古人 に よ る征 服 に よ って 土 地 関 係 の分 野 で 遂 行 され た 大 変 動 の性 格 を 認 識 す る ため の鍵 な の であ る。 我 々に と って この 派 の最 も有 名 な 二 人 の代 表 者 で あ る ゲ ダ イヤ と ム リテ カ の 著 者 達 の研 究 は この課 題 を 遂 行 す る方 法 で あ る。 最 初,十 二 世 紀 後 半 に 生 ぎ てい た 長 老 ブル・・ン ・アデ ン ・ア リは 自身 の著 述 の 中 で 回 教 徒 に よ る頗 る多 数 の 民 族 と国家 の 征 服 に よっ て惹 きお こされ た 完 全 に新 しい関 係 に屡 々適 応 して ζの派 の 創 始 者 の 基 本的 な 見 解 を,実 際,簡 潔 だ が体 系 的 な 叙 述 と して提 示 した。 そ の 英 国人 謙 訳 者 で あ る ハ ミル トンの 言葉 に よれ ば,長 老 ブル ハ ン・ア デ ン ・ア リと彼 が遺 した 著作 ゲ ダイ ヤ は,イ ン ドの 回 教裁 判 所 で は 争 う余 地 のな い 認定 を これ まで 得 て い る。 ム リテ カか らの 引用 は,回 教 裁 判 の 中 では 殆 ん ど出合 わ な い が,こ の こ とは,こ の選 集 が イ ン ドに於 い て で は ない と して もイ ン ドの 征 服者 が 出 自 した アジ ア前 方 全 域 に亙 る ニ ー フ ァの教 義 の 最 も普 及 して い た注 釈 の一 つ で あ る こ とを 妨 げ な い。 この よ うな事 情 が この 章 に於 い て 二 人 の注 釈 者 の 教義 を 同等 に 遵 守 す る こ とを 私 に余 儀 な くさせ る。 基 本 的 見解 に於 け る彼 等 の一 致 は,彼 等 が創 始 した 土 着民 の土 地 所 有 に対 す る征 服 老 の関 係 に 就 い て の教 義 が,そ の独 特 の 代 表 者が 恒 常 的 に 繰 返 して きた この派 の基 本 的 教 義 に属 す る こ とを 直 裁 に 示 して い る。 「敵 の 土地 に入 り一 ゲ ダ イ ヤの 中 で我 々は 読 む一 異 教 徒 の 町 及 び 城 塞 を 包 囲 す る回 教 徒 は,何 よ り先 ず異 教 徒 にイ ス ラムへ の回 心 を要 求 しな け れ ば な らな い 。 … 拒 否 され た 場 合 に は,被 征 服 老 は 人頭 税(jiziat)を 当然 課 税 され な けれ ば な らな い 。」 ム リテ カは,若 干別 の形 式 で や は り 同 様に 指 示 して い る。 即 ち 「異 教 徒 に対 し反 復 して 回 教受 入 れ を 提 案 しなけ れ ば な らな い。 彼 等 の方 が 同意 しな い場 合 には,勝 利 者は 彼 等 に 人頭 税(djizie)を 課 す る 。とは い え,こ れ は 彼等 が そ の 支払 を許 され て い る人 々 に属 して い る場 合 に 限 られ る 。」 この一 見 曖 昧 な原 文 は 次 の判 断 に よ って 説 明 され る。 これ に 2) 関 し て 残 っ た 回 教 法 律 学 者 の 三 つ の 学 派,マ ー リ ク,シ ャ ー フ ィイ,ハ ン バ ル に よ れ ば, ア ッパ ス 朝初 頭 で,そ の方 法 は,コ ー ラ ンの 演 繹 に よ り他 の 事 件 を 決 定 す る原 則 を確 立 す る こ と で あ る。 回 教 の宗 派 と して は 主 流 で あ る ス ン ニ ー派 に属 し,思 弁 的 ・哲 学 的 傾 向 を そ の特 徴 とす る。 大 川 周 明r回 教 概 論 』 昭17,236頁,241頁 参 照 。 2) マ リ ク ・イ ブ ソ 。ア ナ ス。 教 祖 の 言 行 の 中 で 法 律 的 価 値 を もつ 約1700項 か 与成 る 「ム ワ ッタ」 の著 者 で,そ の 法 学 体 系 は 経 済 的 ・歴 史 的 性 格 を そ の特 徴 とす る。 マ ホ メ ッ.ト・イ ブ ソrイ ド リ ー ス ・ア ッ シ ャ ー フ ィイは,回 教 法 学 の 実 際 上 の確 立者 。 ア ハ マ ッ ド ・イ フ ソ ・ハ ソハ ル は シ ャ _ラ ィィ の弟 子 。 大 川,前 掲 書,238頁,242-246頁 参 照。 又,回 教正 統 派 で あ る ス ン ニ ー派 の 四 派 の 内容 要 旨 「法 学 者 の 個 人 的 意 見 に よっ て地 方 的 事情 を 酌量 しっ っ 類 推 解 釈 を下 す 理 性 主 義 的 な ハ ナ フ イ派 。 個 人的 意 見を 排 し先 例 を重 ん じ,先 例 の な い場 合に は 公 共 の 福祉 を 第 一 義 と し
ア ブ ー ・ハ ニー フ ァ学 派 は,ア ラ ビヤ 人一 偶 像 崇 拝 者 或 は 背 教 者 と彼 等 が そ れ に依 っ て ユ ダ ヤ教 徒,キ リス ト教 徒,マ ー ヂ教 僧,異 教 徒,拝 火 教 徒 を 平 等 に認 識 す る所 謂 「経 典 の 民 」一 の間 に差 異 を設 定 す る。 第 一 の も のは 根 絶 す べ きで あ り,第 二 の もの には 人 頭 税 を 課 す る。 そ こで ゲ ダイ や 及 び ム リテ カは,人 頭 税 を被 征 服 民 に課 す る こ とだ け を征 服 の 直 接 の結 果 と して等 し く承 認 す るが,こ れ は彼 等 が回 教 徒 へ の 改宗 に 同意 しな い場 合 だ け に 限 られ (補注1) る。'所有 に関 して は,唯 動産 だけ が 征 服 者 の 側 か らの 占有 に十 分 に 該 当 す る と 認 定 され る。 又,不 動 産 は 前 もっ て一 定 の税 の支 払(Kharaj)を 政 府 の為 に今 後 引 受 け る場 合,一 部 分 が被 征 服 住 民 の為 に残 され る。一 部分 は 勤 務 の為 の俸 給 と して 回 教徒 軍 隊 成 員 の 手 中 に 入 る。 そ のつ どそれ ら とと もか く関 係 して くる土地 所 有 権 の譲 渡 或 は大 概 の場 合,そ の 土 地 所 有者 か らの 現 物 税 及び 貨 幣 支払 の形 態 に於 け る土 地 所 有 者 か らの財 産 上 の 利 益 だ け の この よ うな移 転 が 如 何 な る結 果 を 持 つ か とい うこ とを我 々 は後 に 見 よ う。 目下 の と ころ は 我 々の 思 想 を裏 書 きす る為 の ゲ ダイ ヤ,ム リテ カ及 び ハ ニ ー フ ァ法 の そ の 他の 注 釈 か ら の若 干 の 抜 萃 の 引用 に と どめ よ う。 イマーム3) 「国 家 を征服 した場 合 一 我 々 は ゲ ダイ ヤ の 中 で読 む の だ が一 国 王 は 回 教 徒 の間 にそ れ を 配 分 す る権 利 が あ る し,又 今 後地 租 の支 払 を 勧 告 され る も との土 地 所 有 者 の 手 中 にそ れ を 残 す権 利 を も有 す る 。」 全 体,あ れ これ の 制 度 は,自 己の 為 に一 定 の先 例 を もっ て い る。 我 々は ケ ビール の征 服 の後,実 際 に第 一 の 場 合 に 出合 う。 第 二 の場 合 に関 して は,オ マル に よっ て イ ラ ンの 住罠 に適 用 され た。 そ れ らの 間 の選 択 は 国 王 に属 して い る。 あ れ これ の 為 に弁 じつ つ,国 王 は 彼 を と り囲 む 条 件 を 考 慮 せ ね ば な らな い。 あ る人 々の 主 張 に よれ ば,第 一 の制 度 は 回教 正 統 派 の 軍 隊 が生 活 の 手 段 を必 要 とす る場 合 には 常 に望 ま しい の で あ る。 も しこの よ うな こ とが な い な らば 第 二 の 制度 は土 着 民 の土 地 か らの税 収 入 よ り構 成 され て い る恒 常 的 資 金 を 回教 正 統 派社 会 の為 に 蓄 積 す る可 能 性 を 与 え るか ら,第 二 の制 度 て 類 推 す る歴 史 主義 的 な マ レキ ー派 。 回教 法 の法 源 中 で も コ ー ラ ンを 補 うも の と して の ・・デ ィ ス (モ ハ メ ッ トの 伝承 録)の 重 要性 と,民 意 の表 現 と して の イ ジ マ(後 世 代 議 制 の先 駆)の 意 義 を 特 に重 ん じ … … ギ リシ ャ哲 学 に依 拠 しっ っ 慎 重 に 推 理 せ ん とす る論 理 的 民 衆 的 な シ ャ フ ィ'イ派 。 学 説 と して は,何 等 創 意 な く,単 に シ ャ フ ィイ派 の思 想 を反 動 化 し多 少 暴 力 的 傾 向を 有 す る・・ン パ リー 派」 小 川亮 作r印 度 の 回 教徒 』 昭18.4頁 参 照 。 猶,同 書 は 印度 回 教 を 概 観 した 邦 文 文 献 と して は,最 もま とま っ た もの で あ る。 3)Imam。 回 教 教 団 を 指 導 し統 治 す る教 祖 の 後 継 者 た る指 揮 者 。同 時 に カ リー フ ァで もあ り うる 。 大 川,前 掲 書,214」1。 又,他 の 意 味 と して は 回 教寺 院 の礼 拝 を指 導 す る僧 。 小 川,前 掲 書,19 瓦307:頁 。
〈資料〉 飢 ・コヴァ レフスキーr共 同体的土地既存,そ の解体の諸原因,過 程, お よび諸結果一 殖民地におけ る共同体的土地所有お よびその解体に対 す る土地 政策の影 響 第一巻 』第五章お よび第六章 85 は 優遇 され なけ れ ば な らな い。 シ ャ ー フ ィイは,征 服軍 隊 の法 を 自 ら破 る もの と して この 教 義 を 拒 否す る。 人 頭 税 と地 租の 土 着 民 に よる支 払 は,彼 の見 た と ころ で は十 分 に 等 価 的 な もの で は ない 。 「不 動 産 所 有 は,今 度 は ム リテ カが規 定 す るが,そ の源 泉 は 征 服 か ら出 てい る。 それ は 二 つ の範 疇 に分 け られ る。 即 ち,第 一 の場 合 には,土 地 は:税支 払 を 免 除 され て お り,第 二 の 場 合 に は課 税 され る土 地 で あ る。 第 一 の もの はuchrie或U mulkと 呼 ば れ,第 二 の も の はkharadjieと 呼ば れ る。 回 教 を受 入 れ た 所 有者 の土 地 及 び 異 教 徒 の 国家 の 征 服 後,回 教 徒=征 服者 の間 に 配 分 され た 土 地 も同 様 に税 支 払 免 除 の もの と認 定 され る。 逆 に所 有者 =土 着 民 所 有 地 の 中 で征 服 者 に よっ て 放 置 され た もの は 課 税地 と認 定 され る。」 上 記 の原 文 か ら彼等 に よ って征 服 され た 全 て の 国家 の回 教 徒 に よる公 有 地 的所 有 へ の転 換 に就 い て は 問題 とな りえ な い こ とは 明 らか で あ る。 これ に 関 して 旅 行 者 が話 さな か った 為 に,東 洋 4) 学 者達 は最 近 まで や は りどの よ.うな意 義 も引 き出 さ なか った にせ よ,土 地 の 「神 の所 有 」 イマのム へ の帰 属 に就 て の コー ランの 格 言 は,ア ブ ー ・ ニー フ ァの 「国王 は被 征 服 国 家 を全 人 斑 の,又 は 唯 一人 の勝 利 者 の 不 動 産 と して宣 言 す る こ とは で きな い」 とい う言 葉 が,そ れ で も猶 遅 か れ 早 か れ 国庫 の為 に 土 地 を持 たぬ 土 着 民 とい う観 念 を根 本 的 に否 定 す る以 外 の い か な る意 味 も持 た な い こ と と 符 合 しな け れ ば な らな い。 回 教 徒 に よ る 被 征 服国 家 の 土 地 は,ご く通 例 と して共 有 に せ よ私 有 にせ よ,以 前 の所 有 者 の 手 中 に 引つ づ い て残 され る し, 回教 徒 の 為 の 国王 に よ る土 地管 理 は,せ い ぜ い例 外 的 資 格 に よっ て許 され るにす ぎな い 。 さ しあ た って今,ど の よ うな形 で,又 何 の 為 に,こ の 国 王 に よる管 理 が お こる のか が 問 題 で あ る。 法 律 に関 す る記念 物 は,宗 教的,慈 善 的,公 益 的 な各 施 設,換 言す れ ば,所 謂 回 バ ク フ 教 寺 院 ・-学校 等 の公 共 土 地 ・不 動 産 の 不 動 の所 有 制 の 国 王 に よ る創 設 に 就 い て も,回 教 軍 兵 士へ の軍 事 的 恩 貸地(HKTa)の 分 与 に就 い て もひ と し く語 っ て い る。 以 前 の所 有 者 の 手 中 か ら国王 に よ って それ らを 分 与 され た人 々 と施設 の 手 中に 土 地 の 移 転 が もた らす そ の 結 果 に 特別 な注 意 を 向 け つつ,征 服 者 に よって 征 服 され た地 域 に於 け る これ らの管 理 形 式 の 夫 々 を個 々別 々に 詳 し く観 察 し よ う。 バ クー フか ら始 め よ う。 ア「ブ ー ・!・ニー フ ァ学 派 の 法律 学 者 の 著 述 の 中 で,我 々は,教 会所 有地,慈 善 ・公 共施 設 所 有 地 の譲 渡 不 可 能 に 就 い て の度 々の 記 述 に 出 合 う。 寺 院 と僧 侶学 校 維 持 の為 に予 定 され て い る収 入 が 出 て くる土 地 は 第 一 の構 成 に入 る(所 謂medr6ce 4) コ ー ラ ン 。 策2章256,281。 第4章94,142,176。 第64章1各 参 照 。 原 註o
1とmekteb)。 そ れ らに基 い て設 定 され たimare或 は 英 国 の 「救 貧 院 」 と同 じ よ うな 施 設, 更 に病 院,墓 地,橋 梁,井 戸 の 維 持 が そ の 任 務 であ る 所 有 地 が 第 二 の グル ー プを 形 成 す る。 一 見 した と ころ で は,国 王 が 他人 の土 地 の 分 与 を どの よ うに して行 な うこ とが で き る か,理 解 で きな い よ うに 見 え る。 恐 ら くこの よ うな分 与 は,所 有 権 の破 壊 な しに は 考 え ら れ な い。 従 って そ れ は必 然 的 に 共 同 体的 所 有 者 と私 的 所 有 者 の土 地 喪失 とい うそ の 結果 を 持 つ に い た る。 実 際 に は こ の よ うな 結 論 よ り根 拠 に乏 しい も のは 何 もあ りえな い 。 土地 は そ の も と の所有 者 の手 中 に残 され る。 変 更 は 唯,土 地 に課 せ られ る税 が 彼 等 に よ って 負担 され る制 度 だけ に関 係 す る。 以 前 に は 税 は 国 庫 に入 った 。 今 はidjareと い う新 しい名 前 で そ れ らは あれ これ の 公 共施 設 の資 産 とな って い る。 すべ て の問 題 は 結 局 の とこ ろ,国 庫 収 入 の 減少 にな る とい うこ とで あ っ て,誰 か が そ の所 有 を奪 うこ とで は 決 してな い 。 パ ク ー フの創 設 とどの よ うな 結果 が 結 び つ け られ るか を 知 った の で,我 々は 国 王 だけ で な く私 的 所 有者 も屡 々そ の 制 定 に頼 る理 由 を 容 易 に理 解 で き る。 小 所 有 者 は,彼 等 に属 す る所 有 資 格 を教 会 及 び 慈善 施 設 にす す ん で移 転 す る。 この よ うな 譲 渡 は,譲 渡 され た 土 地 の 相続 的 所 有 とい う条 件 の下 に,即 ち既 に不 自 由で あ り,且 つ一 定 の貨 幣 上 の権 利 資 格 を 持 った バ ク ー フ所 有者 へ の毎 年 の 支払 と結 び 付 い た所 有の 保 持 とい う条 件 の下 に そ のつ ど発 生 す る。 小 所 有 者 に 自己 の権 利 の 自発的 な拒 否 を させ る原 因 は,明 らか に彼 等 の土地 が バ クー フ として の公 告 と共 に小 所 有者 が 公売 の方 法 に よって 負 債 の 為 にそ の土 地 を 強制 的 に収 用 され る可 能 性か らも,国 庫 の為 に負 担 させ られ る義 務Kapa酬,換 言 す れ ば 地 租 か らも解 放 され る とい う事 情 に あ る。 パ ク ー フか ら恩 貸 地 的 所 有或 は イ ク タ(軍 事 的 恩 貸 地)へ 移 ろ う。 ゲ ダ イ ヤ もム リテ カ ら も,部 分 的 には 異 教 徒 に 占有 され た地 域 を軍 隊 の為 に国 王 が 管理 す る こ とを 許 して い る と とを 我 々は見 た 。 私 が選 ん だ 全 書 の うち,後 者(ム リテ カ)は,こ の 分与 の実 行 に 関 して 次 の よ うな詳 細 を 含 ん で い る。 「国王 は,彼 が征 服 した 土着 民 の土地 を軍 事 的 恩 貸(ziamet 或 はtimar)の 権 利 に 基 い 七 自己 の 兵士 の 間 に配 分 で き る。 国王 は,又 国 家 の荒 蕪 地 を 自 由 に管 理 す る権 利 を持 つ 。」 「国 王 は,一 定 の 税 金 を 国庫 へ 毎 年 支払 う とい う条 件 で 適 切 と 思 う人 物 にそ の 部 分 を譲 渡 で き る。」 「所 有 者 か ら 自由 な土 地 が,久 しい間 税 金 の 負担 な し に放 置 され な い よ うに国 王 は 不 断 に配 慮 しな け れ ぽ な らない 。 それ 故,彼 に よ る分与 の際 に彼 は 分 与 され る人 物 の 信 教 も,社 会 的 地 位 も顧 慮 す る こ とはで きな い 。」 マ ベ ル ドに よ って 作 られ た マ ー リク,シ ャー フ ィイ 及 び アハ マ ッ ドか らの抜 萃 は,こ れ
〈資料>m・ コヴァレフスキー 『共同体的 土地所 有,そ の解体 の諸原因,過 程, お よび諸結果一一殖民地における共同体的土地所有 およびそ の解体に対 す る土地政策の影響 第一 巻』第五章 および第六章 87 らの原 文 と一 致す る。 そ こで 回教 法律 学 者 は,一 言 で い え ば,国 王 の 回 教 徒へ の土 地 分与 権 を承 認 す る。 こ の よ うな 分与 は,唯 二 つ の場 合 にだ け は 全然 考 え られ な い。 即 ち,第 一 は 軍 事 力 に よっ て征 服 され る迄 に土 着 民 が 回教 に改 宗 す る場 合,第 二 は 投降 に も とづ い て 異 教 徒 の 国家 が回 教 徒 の 手 に移 る場 合 で あ る。 二 つ の場 合 に,土 地 は 土 着民 の手 中 に 残 さ れ な け れ ば な らな い し,又,土 着 民 に地 租が 課 税 され な けれ ば な らな い。 征 服 され た 土地 部 分 を 分与 す る国 王=征 服者 の 権 利 に つ い ての 問 題 か ら,ど の よ うに して,誰 の た め に, そ して どの よ うな 条 件 で こ の分 与 が 行 なわ れ るか とい う問 題 に 移 ろ う。 ア ラ ビヤ人 の法 律 学 者 イ ブ ン 。 ドシ ェム はそ の 三 つ の 種類 を分 類 して い る。 第 一 は,受 領 者 の 完 全 に排 他的 な所 有へ の 土 地耕 区 或 は 個 々の受 領金 額 の譲 渡,第 二 に,あ れ これ の独 占的 使 用権 だ け と して,例 え ば 自分 の為 に 土 地 か ら受 取 った 地 租 部 分,鉱 山 等 に よって 供 与 され る全 部 或 は 一 部 の収 入 を運 用 す る権 利 と して排 他的 所 有 を分 与 す る場 合,第 三 に,夫 々 の使 用 と両 立 す る同 一 の権 利 を 誰 か に 附与 す る場 合 で あ る。 これ らρ イ ク タの 形 式 の夫 々を 別 々に詳 し く見 よ う。 1.イ ク タ の第 一 形 式。 一 定 の 人 々が,こ の 形 式 で 国王 に よ り彼 等 に譲 渡 され た 耕地 或 は 受 領 金額 の排 他 的 な 所 有者 とな る と私 は理 解 す る。即 ち,イ ブ ソ ・ ドシ エ ムに 従 え ば, そ れ は ①未 だ 何 人 に よっ て も耕 作 され て いな い 区 域 に 関 して お こ る② 以 前 の所 有 者 に よっ て 彼等 に残 され た 土地 に関 して 同 じ く起 る③ 既 に異 教 徒 に よ り耕 作 され てい るけれ ど も敵 国 の征 服 の 時 機 ま で に,あ れ これ の 回教 徒 軍 兵士 に 国王 が 約束 して い る土 地 に 関 して お こ る。 も し土地 が地 租 を 課 税 され る と して も,そ れ は 回 教 徒 正統 派 の社 会 全 体 の為 に恒 常 的 イマ ム 収 入 を 捻 出 す る為 の共 同 資 金 と して もは や 国 王 の管 理 を 要 しな い。 これ に 関 しては,他 の 回教 法 律 学老 の多 数 は イ ブ ソ ・ ドシ エ ム と一 致 す る。 そ の 多数 の 中に は一,次の よ うに 規 定 イマ ム した シ ッ ド ・ク レ リール も含 まれ る。 即 ち 「国王 は 既 に耕 作 され て い る耕 地 の所 有 権 を 誰 に も譲 渡 で きな い 。」 こ の よ うな 遍歴 は,実 際 上,土 着 民 の手 中 に 土地 所 有 権 の 大 きな 部 分 を 保 持 す る と い う結 果 を もた らす とい うこ とは 私 が主 張 す る まで もな い。 この 思想 は, そ れ 自体 として 私 の 方 か ら今 後 発 展 させ る必 要 もな い ほ ど明瞭 で あ る。 しか る に一 方,誰 か に耕 作 され た 土地 は,回 教 徒 に よ る国 家 の 決定 的 征 服 の 時点 ま で に イマコム イマ ム 限 っ て イ ク タの 対象 とな り うる。 他方,荒 蕪 地 は永 久 に国 王 の管 理 に残 され る。 「国 王 は 一 我 々 は ム リテ カの 中 で読 む一 いつ で も国 家 の荒 蕪 地 を 分 与 す る権 利 を 持 つ。 彼 が 回 教 正 統 派 で あ るか 否 か に 拘 らず,荒 蕪 地 を 耕 作 に使 用 す る人 々は,皆 そ の所 有 権 を獲 得 す る。」 イ マ ム 国 王 の 許 可 を得 て荒 蕪 地 を耕 作 す る よ うに な る人 物 は,こ の よ うに して そ の所 有 者 とな る
ことを 今 度 は ゲグ イ ヤが 規 定 す る。 反 対 に 許 可 な くそ れ を耕 作す る者 は,ア ブー ・ハ ニ ー フ ァに よれ ば,こ の権 利 を 奪 われ る。」 ゲ ダイ ヤ は この よ うな差 異 の 基 礎 と して次 の よ う な判 断 を 示 す。 即 ち 「す べ て の荒 蕪 地 は,征 服 の瞬 間 か ら正 統派 社 会 全 体 の所 有 に移 行 す イマ ム る。 あ らゆ る種類 の戦 利 品 と してそ れ を 個 別 的 に専 有 す る こ とは,正 統 派 の 首長=国 王 の 許 可 に よ る以 外 には,こ れ に 関 して考 え も及 ば な い こ とで あ る。」 他 の 回 教徒 の 全書 は, 又 同様 な 性 質 の 法令 を 含 ん で い る。 学 派 の 相 違 は,こ れ に 関 す る教 義 の差 異 を もた らす も イマ ム ので は な い 。 シ ッ ド ・ク レ リール の所 で 我 々は読 み と る。 即 ち 「荒 蕪 地 の専 有 は,国 王 の 許 可 を えな い で は 囲 い棚 等 を た て る 方 法 を と る こ とは で き な い。」 この 原 文 を 註 釈 して ア ブ デル ・バ ク ーは 自身 の註 釈 に次 の よ うに つ け加 え てい る。 「領 有 は 耕 作 を しな いそ の所 イマロム 有 者 に よ り放 置 され た荒 蕪 地 或 は耕 地 を 国 王 が譲 渡 す る こ とに よっ て起 るの で あ る 。」 カテゴ リ イマロ ム H.第 二 の 範 疇 の イ ク タに 移 ろ う。 これ らの形 式 に よ り創 られ た 国王 に よ る権 利移 譲 の 利 用 は ① 譲 渡 され た 耕 地 か らの農 業 生 産 物 部 分 の受 取 りか ら構成 され うる。 或 は② 彼 等 に 有利 な よ うに 分与 が な され た 人物 が,地 租 か ら与 え られ た 収 入 の 全 部或 は一 部 分 を専 有 す るこ とか ら構 成 され うる。 利 用 権 利 の譲 渡 は,一 定 の期 限 に も とづ い て発 生 す る。 そ れ を 分与 され た 人 物 の死 亡 まで に 期 限 が 経過 す る 場 合 に は,利 用 権 は,相 続 者 に 移 転 しな い で,逆 に国 庫 に返 還 され る。 せ いぜ い死 者 の 家族 が 期 待 で き る もの一 これ は 政府 か ら終 身 扶 養 を受 け る こ とで あ る。 そ れ に基 いて 利 用 権 の譲 渡 が 発 生 す る最 終 期 限 は 、 それ らを分 与 され た人 物 の生涯 か ら成 立 って い る。 「回 教徒 の 土地 は 一 イ ブ ン ・ ドシエ ムは つ け加 え る一 これ に 関 して マベ ル ド及 び 他 の神 学 教 師 に よれ ば,誰 は と もあれ と もか く相続 的 利 用 は,常 に決 して 譲渡 され る こ とは で き ない 。」 (補注2) ヵチ 皿.最 後 に 以 下 の よ うな 利 用 権 を公 有 地 行 政 と共 に譲 渡 す る場 合が,イ ク タの 第三 の範 ゴ リコ 疇 を構 成 して い る。(1)鉱山 ②塩 沼地,油 田,硫 黄 鉱 山等(3)道 路 定 期 市,製 粉所 。 上 に 引 用 した も のの 若 干 に関 す る利 用 権 は,明 らか に,例 えば 定 期 市及 び道 路 か らの一 定 金 額 の徴 収 とい う方 法 に よ らな け れ ば実 現 され な い。 カテゴリ 有 名 な回 教 神 学教 師 に イ ク タの 異 った 範 疇 を説 明 す る場 合,我 々 は一 方 で 土 地 と収 入 の 相続 的所 有 の譲 渡(私 は イ ク タの 第一 範 疇 と して理 解す る)を 設 定す る場 合 に,立 法 老 が 実 現 に 努 め る 目的 と,他 方 で一 定 の 人 々 の一 代 限 りの利 用 へ の あ れ これ の譲 渡(私 は後 の 二 つ の範 疇 の イ ク タ と理 解 す る)を 設 定 す る場 合 に,立 法 老 が 実 現 に 努 め る 目的 との 本質 的 な 相 違 を見 失 って は な らな い。 分 与 の第 一 形 式 を 設 定 す る場 合 に,ど の よ うな 目的 が 考 慮 に 入 れ られ るの か一 この答 は分 与 され る土 地 の 性 格 自体 が我 々に与 え て くれ る。 国 庫 の
〈資料〉 瓢 ・コヴァレフスキーr共 同体的土地所 有,そ の解体 の諸原因,過 程, お よび諸結果一 殖民地における共同体的土地所有 およびそ の解体に対 す る土地政策の影響 第也巻』第五章 および第六章 89 為 に正 に 同 一 の地 租 を課 税 され な い荒 蕪 区 域 は,大 概 の場 合,こ の よ うな 土地 であbた こ とは上 述 した 。耕 作 に際 しそれ らを分 与 す る こ とは,耕 作 され る,従 って 課 税 され る土 地 区 域 の拡 大 とい う方 法に よ って正 統 派 社 会 全 体 の収 入 を 増 大 させ る とい う以外 の 目的 を 持 た な か った 。 同 じ 目的 一 地 租制 度 の 普 及 とい う方 法 に よ って 国 庫 収 入 を 増大 させ る こ と は,土 地 を 分与 され た 人 物 が丸 三 年 間 実 際 の耕 作 に着 手 しなか った 場 合 に は,彼 等 に 与 え イマ ム た 耕 地 を逆 に没 収 す る権 利 が国 王 に あ る と回教 法 律 学者 が主 張 す るの を 鼓舞 した 。 没 収 さ れ た 分 与地 は,即 座 に 第 三老 の 為 に 新 しい イ クタ の 対 象 と な りえた が,し か し,こ れ は イマ ム イマロム マベ ル ドの教 義 に よれ ば,国 王 に よ り彼 に 許可 され た 分 与地 を 国 庫 の 為 に 国王 が 没 収 した 時 期 か ら三 年 以 内 に 荒 蕪地 を所 有 地 と して 受領 す る権 利 を この機 会 に 喪 っ た も との所 有者 の た め で は決 して な い の で あ る。 分 与 され た荒 蕪 地 を耕 作地 と して 使 用 す るの を 引延 して イマコム い る人 物 か ら,彼 等 に委 託 され た 分 与 の荒 蕪 地 を 回 収す る国 王 の 権 利 の ため に 弁 じる場 合 に,回 教神 学 教 師 は,マ ホ メ ッ トの 作 と され て い る伝 説的 な以 下 の金 言 を遵 守 す る。 即 ち 「三 年 の間,土 地 を所 有 しなが らそ の耕 作 に着 手 しな い老 は,こ うす る こ とに よ り,そ の 耕 作 に 従事 す る用 意 が あ る各 人 に そ れ を 占有 す る権利 を与 え る。」 イ クタ の この 第 一形 式 は(最 初 に それ らの耕 作 に従 事 させ られ た者 の所 有 へ荒 蕪地 を種 族 と民 族 の首 長 が 分与 す る もの と私 は理 解 す る)回 教 徒 に よ って征 服 され た 諸 国,特 に征 服 され た時 よ りず っ と以 前 の イ ン ドにお いて よ く知 られ て い る習 俗 の存 在 を,回 教徒 統 治 時代 を通 じて表 示 してい る場 合 に の み我 々に とっ て興 味 が あ る。 イ マロム 国 王 に よ る土地 と受 領 金 額 の独 占的 な 利 用或 は 国 庫 と共 同す る利 用 へ の 分与 は,完 全 に 別 の 目的 を 追 求す る。 土 地 の 「蘇 生 」 の 可 能性 で は な く,不 断 の収 入 を 回教 軍 隊 の 将 校 の 報 酬 に 充 当 し よ うとす る願 望 が,恩 貸 地 的 土地 所 有 或 は 第 二,第 三 の 範 疇 の イ ク タ創 設 の 動 機 で あ った。 あ る戦 士 達,セ ポ イは,通 例 と して この よ うな イ ク タの 受領 を 許 され る。 イ ク タか らの排 除 は,特 権 層,裁 判 官 及 び政 府 に 特 別 な奉 仕を す る若 干 の人 々の 為 に だ け イマ ド ム 国 王 に よっ て実 行 され うる。 分 与 され た人 々に と って,こ の よ うな イ クタ の設 定 とい う事 実 と結 び つ い てい る権 利 は,物 権 の 性格 を もつ の で は な く,あ れ これ の地 域 か ら国康 に支 払 わ れ るべ き現 物 税 及 び貨 幣 支 払 の 一 部分 或 は 総 額 の一 時 的 な,せ いぜ い一 生 を通 じて の 利 用 の 可能 性 だ け か ら成 立 って い る。 イ エ ー メ ン政 府,ペ ル シ ャ皇 帝 クシ ルに よ る メ ッキ地:方の あ る 土地 耕 区 の イ ク タへ の 委 任 に就 いて,彼 の時 代 に流 布 して いた 伝 説 に 関 し,ヤ ク タの証 拠 に 立 脚 した フォ ン ・テ ィシ ェ ン ドー フは,今 我 々が 記述 したば か りの ペ ル シ ャ君 主 国 の領 域 で の イ ク タの 形 式 及
び マ ホ メ ッ ト出 現 時 代 よ りは るか 以 前 にそ れ に 依 存 して いた 国 家 の原 始 的 な発 生 に就 い て 正 しい見 解 を 述 べ て い る。 マホ メ ッ トは,彼 の相 続 者 と して の ア ブー ・バ クル の よ うに, 荒 蕪地 耕 区 の所 有権 の譲 渡 以 外 の いか な る土 地 分与 形 式 も知 らか か った 。 オマ ル は,あ る 軍 事的 事 件 に よ る荒 蕪 地 の独 占的 占有 を よ り時宜 を えた も の と見 倣 した が,少 く とも 回 教 徒 の為 にす る土 地分 与 の こ の形 式 は 自制 した 。一 時 的及 び 生 涯 的 な 利用 とい う形 で イ ク タ を 分与 す るペ ル シ ャの制 度 は,折 よ く即 位 した オ ス マ ン の カ リフの 時 に発 生 した 。 この制 度 は オ マ イ や王 朝 の統 治 下 で 就 中 ア ッバ ス王 朝 の下 で広 汎 に適 用 され た。 王 位 を 占有 した ア ッパ ス王 朝 は(ホ ラザ ンか ら)ペ ル シ ヤ人 軍 隊 を支 援 す る こ とに よっ て彼 等 の 本 国か ら ペ ル シ ャ人 が 持 出 した制 度 を そ の成 員 に迅 速 に 適 用 した 。 そ れ らの所 有 者 か らの現 物 及 び 貨 幣的 収 入 とい う形 で,一 定 の 土地 か らの収 入 を 生涯 に亙 って 使 用 す る権 利 を 戦 士へ 分 与 す る習 俗 は,ア ラ ビヤ人 か ら漸 次 彼等 に と って替 っ た蒙 古 人 及 び トル コ人 に 対 す る統 治 権 に 移行 した 。 従 って,我 々は イ ン ドとアル ジ ェ リア に於 い て 全 て の 作用 の点 で それ が 等 し い こ とを見 出す 。 敗北 者 に と って も勝 利 老 に とっ て も征 服 の結果 に 関す る回 教 法 律学 者 の教 義 を 一般 的 特 徴 に お い て認 識 した の で,我 々は,自 ら以 下 の 問題 に否 定 的 回 答 を与 え る権 利 が あ る と考 え る。 即 ち,あ れ これ の国 家 に於 け る 回教 徒 の主 権 は,土 着 民 の 手 中か ら国 庫 及 びそ れ を 分 与 され た 人 物 の手 中へ の所 有 権 の転 換 とい うそれ 自体 の結 果 を もった か,と い う問 題 で あ る。 土 地 は趣 く通 例 として,そ の 以前 の 所 有者 の手 中 に 残 った。 政 府 は あ る公有 地 と更 に荒 蕪 地 を 自己 の も の として 専 有 した。 そ の 総 体 に お いて い つ れ もが 回教 徒 へ の 土地 の 分 与 の為 の手 段 を構 成 してい た 。 殆 ん どの場 合,恩 貸地 の分 与 は,決 して農 村 住 民 の土 地 所 有 権 を奪 うの で は な く,一 定 の 区域 か らの 税 収 入 とい う国 有 財 産 を奪 う以 外 の どの よ うな 結 果 も もた な か った。 農 村 の住 民 は,こ れ に 関 して は今 迄 通 り,共 同 体的 及 び 私 的所 有者 の権 利 に基 き土地 を所 有 し続 け た。 交 替 は 土 地 よ りも早 く人 物 に 関 係す る もの で あ った 。 所 有者 は,自 由 な ものか ら従 属 的 な所 有 者 へ,又 それ と同 時 に 彼等 の土 地 所 有 は ア ロ ッ ド 的 な所 有 か ら封 建 的 所 有 へ 転 化 した。 上 記 の法 律 学者 の教 義 が,永 久 に死 文 字 と して残 った ので は な く,逆 に 回教 徒 の土 地 政 策 にそ の生 きた 適応 を見 出 した こ と,又 そ れ に よっ て示 され た 封 建 化過 程 は,漸 次 的 に ヒ ン ドス タ ンの 個 々 の部 分 を 包 含 して い った とい うこ とは,最 近 に な って や っ と理 解 しや す い 手 ご ろ な欧 州 人歴 史 家 に よ って英 語 版 の 豪 華 な 出版 二 そ の 原 則 は エ リオ ッ トに よっ て設 定 され,現 在 に至 る迄 彼 の 後 継 者 た る ドー ソ ン教 授 に よ って も依 然 と して 十 分 に は仕 上 げ
〈資料〉 瓢 ・コヴァレフスキーr共 同体的土地所 有,そ の解体 の諸原因,過 程, お よび諸結果一 株民地における共 同体 的土地所有お よびその解体に対 す る土地政策の影響 第一巻』第五章 および第六章 91 られ るこ との な か った 出版 一 を通 じて な され た ア ラ ビヤ こペ ル シ ャの,更 に蒙 古=ト ル コ の年 代 記 の研 究 とい う方 法 以外 には,こ れ に就 い て 考 え もっ か な い こ とを確 信 す る。 この よ うな 評 価 され て いな い資 料 を利 用 す る ことに よ って,私 は 次 の章 で イ ン ドに於 け る封建 化 の 過 程 の漸 次的 発 展 を概 観 す るつ も りで あ る。 5) 第 六 章。 回教 徒 統 治時 代 の イ ン ドに於 け る土 地 所 有 の封 建 化 過 程 ・回 教 徒 に よ るイ ン ドの征 服 は一 度 に起 った の で は な く,部 分 に よって は,丸 々百 年 を 要 した 。 イ ン ダス河 に よって 灌 漑 され た半 島 の西 北地 域(シ ソ ド州)は,そ の地 理 的 状 態 に の っ と って,他 に先 が け て 回 教徒 国 民 軍 の獲 物 と な るべ く宿 命 づ け られ て い た。 最 初 の カ 6) リ フ,ア ブ ー ・バ ク ル と オ マ ル の 時 代 か ら始 っ て,ア ラ ビ ヤ 人 は,そ こ に 自 身 の 軍 隊 を 送 ラジヤコ ラジヤ りは じめた 。 異 教 徒 の 領主 及 び 彼 等 か ら殆 ん ど独 立 して い る領 主 の 種 族 との 神 聖 な 戦 争 は,七 世 紀 後 半 を 丸 々通 立て 多 か れ 少 か れ 成 功 裡 に 続 け られ,オ マイ や王 朝 の.カリフ, 7) ワ リ ッ ド一世 の司 令 官,ム ハ マ ッ ド・カ ーシ ムに よ って712年 に シ ン ド州 が征 服 され て 終 った 。 征 服が もた ら した 結果 は,土 地 関 係 の分 野 で は,我 々 の時 代 まで及 んで い る ア ラ ビ ヤ=ペ ル シ ャ年 代 記 の 中 で詳 細 に 記 述 され て い る。 八 世 紀 前 半 の 失 わ れ た ア ラ ビヤ語 原 文 の ペ ル シ ャ語 の改 作,チ ャ フ ・ナ マ は,征 服 され た住 民 に 人頭 税,正 確 に言 えば,寵 税 を課 す る こ とが 「予 言 者 に よっ て 残 され た 訓 戒 に よれ ば」 征 服 者 の 最 も切 実 な 仕 事 で あ った こ とを物 語 って い る。 土 着 民 は,以 前 の地 租 と等 しい こ の租 税 及 び再 び教 会 に よ り設 定 され た 十分 の一 税 を 負 担す る使 命 を 有 した 。 回 教 徒 の何 人 さえ も これ らの支 払 か ら自 由 で は な か った 。 回 教 に 改宗 した 土 着 民 は,地 租 か ら も寵 税 か ら も解放 され た 。信 教 上 の相 違 に 関 係 な くす べ て の住 民 の 為 に不 動 産 及 び 動 産所 有 は残 され た。 チ ャフ ・ナ マ は 断乎 と して主 張 して い る。 「土 地 と財 産 は,征 服 され た 住 民 か ら没 収 され る こ とは なか った 。」 ムハ マ ッ ド ・カ ー シ ムは,土 着 民 か ら土 地 を没 収 しな か った だけ で な く,土 着 民 の 上 に ア ラ ビヤ人 官吏 さえ 置 か な か っ た。 租 税 は以 前 の 通 り相 続 小 作人 か らの 税 の 徴 収 を 「婆 羅 門」,土 着 人 行政 職 員 の メ ンバ ー に依 頼 した。 とは いえ,軍 事 的 封 土(ikt6a't或 はkataya) 5)訳 文 中 の 人 名 を 主 とす る固 有 名詞 の表 記 法 は,主 と して ア ラ ン ・ヘ イ グ,ド ッ ドウ ェル,r印 度 政 治 史 ・上 巻 』 山 本 晃 紹 訳,昭19.の 使 用 例 に よ り,そ の 他,小 川,前 掲 書 を 参照 した。 註 記 は,主 要 な もの に とど め た 。 6)カ リー フ ァは 後 継 者 の 意 味 。 回 教教 団 は 同 時 に 回教 国 家 で あ るか ら,カ リー フ ァは 即 ち イ マ ー ムで あ る。 第 一 代 カ リー フ ァは ア ブ ー ・パ クル で あ り,回 教教 団 は か くて 選 挙 君 主 甲 とな った 。 大 川,前 掲 書,184頁,191頁 。 7)前 掲rイ ン ド政 治史 ・上 巻 』335頁 参 照 。 印 度 に お け る 回教 の伝 播 は こ の時 に始 ま った 。 小 川, oil壬撰}書51頁o
の 権 利 に基 いて 彼 の 戦友 へ の賜 物 として 征 服 老 に よ り与 え られ た村 及 び 地 方 か らの税 収 入 は 例 外 を構 成 した 。 この恩 貸 地 の所 有者 は,軍 事 的義 務 を負 う条 件 でそ れ らを 受 領 した。 そ の上,軍 人 以 外 の 他 の 職 業 に 従 事 す る権 利を オ マル に よっ て 奪 われ た イ ク タの所 有 者 は,必 然的 に彼 等 に 委任 され た 地 域 の土 地 を,そ れ らの以 前 の耕 作老 の 手 中に 残 さな けれ ば な らなか った。 そ して所 有 者 は,耕 作 者 か ら一定 量 の現 物 支 払 を毎 年 受 取 る こ とで満 足 した。 こ の よ うな恩 貸地 は,決 してす べ て の 戦士 に分 与 され た の で は なか った の で あ り, 軍 隊 の指 揮 官 達 だ け がそ れ らを 受 領 した 。 普 通 の兵 士 に関 して は,毎 年 の貸 出 が 彼等 に対 して決 定 され,又 租 税 の完 全 な 免 除 が贈 られ た 。 土着 民 の婦 人 と結婚 した 場 合,ア ラ ビヤ 人=兵 士 は,jumud's(軍 隊 用 語 で 民 兵)及 びamsar(小 都 市 ・都 市)と い う 名称 で著 名 、な,都 市 へ 漸 次 発展 す る特 殊 な軍 事 的 殖 民 地 を少 しつ つ 形 成 した。 彼 に よ って 占領 され た ラジヤロ 地 域 のす べ て の土 地 の中 で,征 服者 は顛 覆 され た領 主 の所 有 地 を専 ら自身 の 公有 地 と して 承 認 した 。 荒 蕪地 と共 に 公 有 的土 地 は,宗 教 的,慈 善 的 施 設,何 よ りも先 ず 僧 院 の取 戻 し の きか ぬ 不 動 の所 有 分 与 の 為 の準 備 を供 給 した。 土 地 関 係 の現 在 の制 度 の 維 持 は,上 で 我 々が 個 々に 見 た方 式 だ け に よっ て保 証 され た の で はな く,国 内裁 判 の全 分 野 が,征 服 者 に よ っ て全 く触 れ られ な い 燈 残 され た と い う事 情 に よって も 同 じ よ うに 保 証 され た 。 「契 約,負 債 等 の財 産 に 関 す る賠 償要 求 は一 ドー ソン教 授 は語 る一 我 々が見 た よ うに,部 分 的 には 成 文 法 だ がそ れ に も拘 らず 慣 習 法,即 ち我 々が 見 た よ うに イ ン ドに於 い て太 古 よ り承 認 され て い た 拘束 力 で あ る もの に塞 いて 農 村 の 長老 会 議 或 は 所 謂 プ ンチ ャ ッ ト(Puncha-yat)に 於 け る第 三 者的 規 準 に よ って 今迄 通 りに 評 価 され続 け た。」 この よ うな条 件 の 下 で,ア ラ ビヤ人 の支 配 が シ ン ド州 に於 いて 如 何 な る堅 牢 な 痕 跡 も遺 さな か った と して も驚 くべ き では な い。 「イ ン ドに ア ラ ビヤ人 の 居 留 が数 百 年 間 続 い た こ とを 証 明 して い るあ らゆ る歴 史 的 記 念物 の欠 除 は一 ドー ソン教 授 は 指摘 して い る一旅 行者 に 衝 撃 を与 えず に は お か な い。 そ れ らは種 々の建 築 様式 を も った 建造 物 の 中 に も,言 語 の 中 に も,伝 説 の 中 に も,風 俗 とか 又気 質 の中 に も存 在 しな い 。」 イ ン ドの西 北 部 分 は,西 暦 七 世 紀 にや は り回教 徒 に よ って 征 服 され た が,一 ・方 で23の 州 が漸 次そ の 構 成 に入 っ た北 方 部 分 は,十 一 世 紀 か らは じめ て 回 教 徒 の武 力 に 従 属せ しめ ら 、れ た。 ガ ン ダ ー ラ付 近 に配 置 され,自 己 の 堅 固 な主 権 を そ こで 獲 得 しな か った ガハ ズ ニ ー き 王 朝 は,十 二 世 紀後 半 にそ の 北方 の隣 人 で あ る ガ ウ ル王 朝 に そ れ を割 譲 す る こ とを余 儀 な 8) 現 在 ア フ ガ ニ ス タ ン の ガハ ズ ニに 本 拠 を お い た トル コ人 奴 隷 王 朝 。傑 出せ るス ル タ ン ・マ ハ ム
〈資料〉 瓢 ・コヴァレフスキ ーr共 同体的土地所有,そ の解体 の諸原因,過 程, お よび諸結果一 殖民地におけ る共同体的土地所有お よびその解体に対 す る土地政策 の影響 第一 巻』第五 章および 第六 章 93 く され た。 そ して 今度 は頗 る多 数 の新 しい 諸 王 朝 が 相 つい で 交 替 した。 数百 年 間 続 い た ガハ ズ ニ ー王 朝 に よる統 治 は,北 方 イ ン ドの土 地 関 係 の 分野 では,全 く 痕 跡 を止 めず に す ぎ去 った 。 何 故 な ら これ は,そ の遠 征 に 於 い て こ の王 朝 の 司令 官 達 が, 非 常 に多 数 の人 々 の根 絶,国 家 の強 奪 及 び 戦 利 品 の奪 取 だ け に止 ま った か らであ る。 回 教 9) スルタン 徒 の統 治 権 は,十 二 世 紀 の 最 後 の十 年 間 に 皇帝 ムハ メ ッ ド・グ フー リーに よ る北 方 イ ン ドの デ リー 占領 に よっ て正 に 堅 固 な基 礎 を 創 った 。回 教徒 に耐 え られ る異 教 徒 の 権 利(Zimmis) に基 い て土 着 民 へ の課 税 は,国 家 の征 服 の 最 も切 実 な結 果 で あ った 。 税 は 一 部は 一 定 の 貢 ラジヤの 納 を毎 年 支払 う義 務 に よ って束 縛 され て い た地 方 の領 主 に課 せ られ た し,一 部は 特 別 に こ の 目的 の 為 に指 定 され た 官 吏=借 地 人 に 委 託 され た 。 以 前 の その 所 有 者 の為 に土 地 を維 持 した が,北 方 イ ン ドの 回 教 王朝 は,そ れ に も拘 らず 既 に十 三 世 紀 の 最 初 の 四分 の 一 世紀, スルタン 10) 皇 帝,シ ャみ ス ・ウ ッ ド・デ ィー ンの 治 世 に於 いて,予 め 一定 数 の 軍 人 の 要 求 あ り しだ い,そ れ を お く とい う条 件 で 自己 の軍 司 令 官 に対 す る村 と地 方 の 分 与 に頼 った 。 この 分与 は,以 前の所 有 者 の手 中 か ら分 与 され た 人物 或 は 所 謂 くイ クタ所 有 者〉 の手 中 に 土地 の所 有 権 の 移 転 を結 果 と して 伴 わ なか った 。 この分 与 は,そ の時 まで に 国 庫 に入 る課 税 総額 へ の権 利 を 被 分与 者 に 譲 渡 す る以 外 の い か な る結 果 も持 た なか った 。 あ れ これ の 「イ クタ」 を 受 取 る場 合,そ れ を 分与 され る人 は,あ れ これ の村 或 は地 域 か らの収 入 総 額 を 自分 の為 に 向 け させ る可 能 性 を 獲 得 した 。 しか し,そ れ 以 上 で は なか った。 土 地 所 有 は,そ の も と の 所 有 者 の手 中 に 残 った し,土 地 に対 す る彼 の 関 係 に は正 しく如 何 な る変 化 も起 らなか っ た 。 イ クタ 自体 は,軍 事 的 義 務 を 負 う条 件で は じめ て与 え られ た。 この条 件 に違 背 す る場 合,授 与 され た 土 地 を没 収 す る とい うそれ 自体 の結 果 を もち え た。 この分 与 が どの くらい を 受 取 っ たか とい う大 き さに 就 て は,次 の事 実 に の っ とって 判 断 で きる。 ペ ル シ ャの雑 報 トーアープ(補注3♪ スルタン 記 者 ズ イ ヤ ウ ツデ ィン ・バ ラ ニ ーは,あ る河 間 地帯 に於 い て 俸給 の代 りに 皇 帝 シ ャム ス ・ デ ィー ンに よ って 二千 の イ ク タが 分与 され た こ とを我 々に 伝 え て い る。 彼 の相 続 者,キ ヒ 11) 12) ア ー ス ・ウ ッ ド ・デ ィ ー ン ・パ ル バ ン と ジ ャ ラ ー ・ウ ッ ド ・デ ィー ン ・フ ィ ー ル ー ズ は,今 一 ドは,前 後17回 の対 イン ド宗 教戦 争 を お こ な った が,実 際統 治 を 試 み た 地 方 は ラホ ール 地 方 だ け で あ った 。r印 度政 治史 』336-339頁 。 小 川,前 掲 書52-53頁 。 9) r印 度 政 治 史 』341-342頁:参 照 。 10) イン ド奴 隷 王 朝 中 の最 大 の ス ル タ γ。 始 祖 ア イパ ッ ク(印 度 王)の 第 一 奴 隷 で 義 子 。 シ ャム ス ・ ウ ッ ド ・デ ィー ン ・イ ー ル トウ ッ ト ミッ シ ュ。 彼 は また バ グ ダ ッ ドの ・・リー フ ァか ら印 度 の 支配 者 と して正 式 に 認 め られ た 印度 最初 の 回 教 君主 で あ る。 小 川,前 掲 書55頁 。 11) r印 度 政 治 史 』349-353頁 。 12) ハ ル ジー王 朝 の始 祖 。1290年,ジ ャ ラ ール ・ウ ッ ド ・デ ィー ソ,フ ィー ル ズ ・シ ャ ー と して 即
度 は 自 ら或 は 州知 事 を 通 じて 軍事 的 貴 族 へ新 しい恩 貸 地 を 分与 した が,年 代記 の言 葉 に よ れ ば,彼 等 は 自分 の為 に 新 しい恩 貸 地 を 配 置 し管 理 す る こ とが 出来 た 。 け れ ど も この よ うな 政 策 の 有害 な結 果 が 明 らか に な るの に時 間 は か か らなか った 。 西 欧 スルタン の恩 貸 地 所 有 者 に と って と同 様 に,イ ク タ所 有 者 は 自己 の 優越 を皇 帝 の 意志 と独 立 した も の と し,世 襲 的 な も の と し よ うと志 向す る よ うにな った 。 同 じバ ラ ニ ーの 言葉 に よれ ば, ギ ピア ース ・ウッ ド・デ ィーン ・パ ル バ ンは,そ の 即 位 に 当 っ て,汗 の 地 位 を 自己 の もの と して 簒 奪 した彼 の父 の イ クタ所 有 者 達 が,独 立 を 志 向 す る よ うにな って漸 次 自分 達 の 間 ス ルルン に皇 帝 の権 力 と国有 財 産 を 分 配 した とい う情 勢 に よ って そ の基 盤 自体 が 動 揺 させ られ て い る君 主 国に 遭 遇 した 。 毎 年 の 軍事 的 検 認 に よる代 りに,彼 等 は不 正 確 な 言 訳 の提 出で 満 足 した し,又,検 認 を実 行 した 官 吏 に対 して は そ のつ ど賄 賂 に よっ て言 訳 を擁 護 した 。 イ ク タ所 有 者 の 多 数 は,や は り露 骨 に軍 事 的 奉 仕 の 負担 を 拒 否 した し,又 イ ク タは条 件 付 で は な く,無 条 件 の所 有 と して 或 は所 謂in'amと して 彼 等 に 下 賜!され た とい う こ とを 引 用 し スルタン た。 こ の悪 を 終 らせ る為 に 皇 帝 は,大 胆 な 方 法 を採 る こ とを 決 意 した 。 彼 は軍 事 的 奉 仕 を 負担 で きな い 人物 か らイ ク タを没 収 し よ うと企 て,更 に そ の代 償 と して 貨 幣 に よって 彼 等 の毎 年 の報 酬 を 決定 しよ うと 目論 ん だ。 同 じ運 命が,最 初 に 土地 を分 与 され た 人物 の年 少 の子 弟 に相 続 権 に も とづ い て 移 転す る恩 貸 地 を捉 えな け れ ば な らなか った 。 彼 等 の所 有 地 を構 成 す る村 落 と周 辺 地 方 は,イ クタ所 有 者 に とって 義 務 と して の軍 事 的 奉 仕 を所 有 者 が 自 ら遂 行 す る こ とが 出来 な い 為 に 国庫 に入 らな けれ ぽ な らな か った。 毎 年 支 払 われ る貨 幣 俸給 は,イ ク タ所 有 者 に よ って 失 わ れ た 財 産 上 の 利 益 の 賠 償 に充 当 され な けれ ば な か っ た。 イ ク タは,雇 員 を通 じて で は な く,こ れ 自体 に関 して 直 接 に軍 事 的 義 務 を 負担 す る こ との で き る養 育 され た土 地 所 有 者 だ け の 手中 に 残 され る こ とが 予 定 され た。 彼 等 の 所 得 は,今 後 一 定 不 変 の額 に限 定 す る ことが 指 示 され,農 民 か らの 毎 年収 入 の余 剰 はすkて 国 スルタン 庫 の為 に向 け られ た。 我 々が これ らの資 料 を 借 りた年 代 記 作 者 は,皇 帝 は 彼 等 に対 し企 て た改 革 の遂 行 か ら後 退 し 自己 の イ クタ所 有 者 達 の不 撓 と涙 に 譲 歩 した と確 言 して い る。 上 位。 ア ラン ・ヘ イグ とドッ ドウェルによれば,「 デ リーの回教王 国は同一系族の政治単位ではな か った。政治は封建 制であった。 然るに,欧 州の封建制 と相違 して いた ことは,封 地 の主はその 封 地に対 して何 等の世襲 的又は個人的な称号 をも有 してい なか った …。地方知事の任務の大部分. を封 侯が行った。大封地は 回教勢 力の中心地で あったが,政 府 の下位の機購及び普通の徴税の代 人は大部分印度政徒 であ り,耕 作者 の立場 よ りしては,恐 ら くは回 教徒,印 度教徒執れの治下に あろ うとも余 りの差 はなかった筈 であって,孰 れの場 合に於い ても農耕者及びそ の家族員が極め て節 倹を行い得て辛 じて生存 を維持 し得 る以上 にはそ の労働 の結実 を保持す ることが許 されてい なかった……。」r印 度政治史』355頁。
〈
資料〉鑑 藷 繕菓
空 瓶 農 具鰐 嫡1臨王鑑鋸 禦 蓼甥 蘇灘 対
す る土地 政策の影響 第一巻』第五章お よび第六章 95 に 引用 した 計画 が 永 久 に 計 画 とし て残 った実 際上 の 理 由 は た とえ ど うで あ った と して も, スル タン 皇 帝 は 彼 の 前任 者 に よ って 下賜 され た イ クタ を没 収 す る権 利 が あ る と信 じたが,イ クタ の 所 有 者 は,彼 の持 って い る この権 利 を 争 お う とは 決 意 しな か った とい うこ とだ け を知 る こ とが 我 々に と り重 要 で あ る。 引用 され た 事実 か ら明 らか な よ うに,彼 等が 受 とった 貨 幣的 利 益 の代 りに個 人 的 な 軍 事 的義 務 を負 担 し,あ れ これ の 地方 か ら算 入 され る政 府 の 租 税 を 自己 の為 に 徴 集す る権 利 を 一定 の人 々,通 例 として は 騎 士 に条 件 付 で 分与 す る もの と して の イ ク クの 実際 的 性 格 が,か くて現 わ れ る。十 三 世 紀 半 ば に既 にイ クタ の所 有 者 がmulkの 名 称 で 有 名 な所 有 制 一 た だ 公有 地 及 び そ れ に算 入 され た 荒蕪 地 だ け の 中 か ら,通 例 と して スルタン 功 績 多 き官 僚 と廷 臣 に 対 して皇 帝 が 分 与 す る ことが 出 来,実 際 に分 与 した よ うな 完 全 な, 不 動 の所 有 形式 で 自己 の 所 有地 を均 等 化 し よ うと試 み た こ とを知 る こ とは,我 々に と りや は り重 要 で あ る。 普 通 の 貴 族 のみ な らず,宗 教 的 団体 が 所 得 を 引出 す 最 も主 要 な源 泉 を そ こに見 出 した ほ ど に まで,自 身 の為 に あ れ これ の地 方 か ら徴 税 を遂 行 す る権 利 の分 与 は,十 三 世 紀 に は普 及 して い た 。皇 帝 ギ ピ ア ース ・ウ ッ ド。デ ィー ン ・パ ル バ ソ に就 い て は,我 々は 既 に た び た び 引 用 した デ ィー ン ・バ ラニ ーの 年 代 記か ら ムル タ ンに彼 が 建設 した僧 院(Khゑnk6n) が,彼 か ら 「そ の維 持 に 当 て るべ き若 干 の村 」 を 贈 物 と して受 と った こ とを認 め る。 麟訳 す れ ば,こ れ は即 ち,僧 院 に贈 られ た 村 の 住 民 の肩 に ふ りか か って くる税 の総 額 を 自己 の 為 に徴 集 す る権 利 が皇 帝 に よっ て僧 院 に 分与 され た とい う こ とに外 な らな い。 イ ク タ所 有制 度 の普 及 を 脅 した危 険 は,十 四世 紀 の 皇 帝 が新 しい イ クタ を分 与 す る こ と を抑 制 し,以 前 の もの の 中 の多 くを 国 庫 に 直 結 させ,先 行 した王 朝 時 代 に皇 帝 達 に よっ て 分 与 され た 人物 が 自身 の 所 有地 を不 動 の世 襲 的且 つ 完 全 な所 有(milk:或 はmulk)に 平準 化 しない よ うに厳 格 に 探 索 す る こ とを 余 儀 な くさせ る。 シ ヤ ム ジ ・シイ ラヂ ・ア フ ィフは 13) 皇 帝 ア ラ ー ・ウ ッ ド ・デ ィー ン(1296+1317)が,官 吏 と騎 士 に対 す るイ ク タの 分 与 を有 害 な制 度 と見倣 した と伝 え て い る し,夫 々の村 落 で 少 く とも二 百 人或 は三 百 人 を イ クタ所 有 者 に隷 属 せ しめ る こ とに よっ て,官 吏 或 は騎 士 は か くて彼 の傲 慢 を 増大 させ,自 らの上 に長 老 を 認 め る こ とを 欲 しな い よ うに な った こ とを 指 摘 して い る。 イ クタ所 有 者 と彼 等 に 13) フ ィール ーズの甥且っ養子。1316年死。その治世は印度全体に亘 るいわば 回教帝 国の時代 の出 現 と云われ る。彼は多発 した叛乱鎮圧の為に,「 封侯の制を廃止 し,代 案と して,封 土を与え る 代 りに財務部 よ り直接に支払をなす こととし,総 ての無税 の土地権証や宗 教的賜地を回収 し,徴 視官 をして臣民 の手 よ り出し うる限 りの ものを徴収せ しめ る様命令 した。」r印度政治史』367- 368頁。従 属 して い る人 々の 間 に一 致 が あ る場 合,彼 の 意見 に よれ ば,地 方 の叛 乱 の 危険 が,王 朝 を 脅 かす ことが で き る。 この よ うな観 点 か ら事態 を観 る こ とに よ り,ア ラ ー ・ウ ッ ド ・デ ィー ソ は,勤 務 に対 して彼 等 に 毎年 の俸 給 を 補 償す る とい うこの方 式 の 方 を 選択 して,自 分 の特 権 層 と騎士 に新 し いイ ク タを分 与 しな か っ た のみ な らず,交,以 前 の イ クタ数 を で き るだ け 縮 減 し よ うと心 を くだ いた 。 デ ィー ン ・バ ラニ ーの 証 明 に よれ ば,ア ラ ー ・ウ ッ ド ・デ ィー ンは,自 分 の 父 の 多数 の太 守 か ら,父 が イ ク タ と して 与 え た 村 を 没収 した し, そ の村 々を 国庫 の直 接 の 支 配下 にお い た(即 ち,現 在 に 到 る まで 北 方 イ ン ドで一 般 に使 用 され て い る当時 の行 政 用 語 に反 映 され て い るKhalzaを 実 行 した)。 自己 の 所 有 制 を 無条 件 且 つ 世 襲 的 な も のに し よ う とす るイ クタ所 有者 の 今 後 の試 みを 終 らせ よ うと して,デ ィ ー ン ・バ ラ ニーが 言 って い る よ うに 「強 調 した 筆 致 で」 皇 帝 は,そ の所 有 者 が 自分 達 の無 条 件 所 有(milk)に 帰 属 させ よ うと望 み始 め てい るす べ て の村 落 は,本 来 直 接,国 庫 に従 属 せ しめ られね ば な らな い と命 令 した 。 同 じ運 命 が 無 条 件 で(換 言 す れば,mamで)世 俗 の 人 間 で あれ 宗 教 団 体(寺 領 の 所 有者)で あ れ 全 くひ と し く,以 前 の皇 帝 か ら贈 与 と し て あ れ これ の土 地 を受 領 した す べ て の人 々を 捉 え な けれ ば な らな か っ た。 皇 帝 を帝 国 の す べ て の土 地 の 唯 一 の上 層 所 有者 とす る こ と以外 に は何 も期 待 され なか っ た この方 策 は,そ の適 用 に当 って は暫 く続 い た にす ぎな か った。 皇 帝 に最 も近 い相 続 者 を み る際,我 々は騎 士 だ け に で は な く,行 政 官 僚,太 守,将 軍 そ の他 の者 へ の イ ク タ の分 与 と再 び 出合 う。 十 四世 紀 の第 二 四半 世 紀 に建 立 され た ムハ マ ッ ド ・ トウ グ フル'ックの 王 朝 時代 の北 方 イ ン ドの或 る記述 の 中で,我 々は帝 国 のす べ て の軍 事 及 び 行政 人 員 の扶 養 制 度 に関 して 次 の よ うな詳 細 な説 明 に 出合 う。 「汗,将 軍,太 守 及 び 司令 官(isfah'sal盃rs)は,国 庫 が 彼 に 委 任 した あ れ これ の地 方 か ら夫 々所 得 を 受 け る。 兵 士 と傭 兵 は,徴 税 権 は 分与 され な い で 報 酬 に よ って生 活 す る。 将 校 は別 であ る。 彼等 には,村 か ら入 って くる税 支払 を 自己 の 為 に転 置 す る権利 を付 与 した 完 全 な村 落 が 与 え られ る。 村 落 と周 辺 地 域 は,そ れ らを 下 賜 し 14) トウ グ フル ッ ク王 朝 の 始 祖 。 ア ラー ・ウ ッ ド・デ ィー ソ の騎 兵 団長 。1320年 即 位 。 王 は 最 大 の 関 心 事 で あ った 農 業 拡 張 の 目的 の た め に,土 地 収 益 に 対 す る要 求 を 削減 した。 こ の王 朝 の政 治 は, 地 方 の王 侯 の上 に 国家 の上 長 の 任 命 に 係 る知 事 を 戴 く もの で あ った が,実 際 に は あ らゆ る種 類 の 山 師 的外 国人 が 大 きな 州 の行 政 区 で 行 政,徴 税 請 負 の 地 位 を え た の で極 め て不 安定 で あ った 。 第 二 代 皇 帝 の ム ハ マ ッ ドは,帝 国24州 の 官 吏 を デ リー に 召 集 して 土地 を 登 録 せ しめ,帝 国 全体 に一 様 な地 租 制 度 を布 いた 。 『印度 政 治 史 』376頁 。378-379頁 。
〈資料〉 瓢 ・コヴ ァレフスキーr共 同体的土地所有,そ の解体の諸原因,過 程, および諸 結果一 殖 民地 における共 同体的土地所有お よびその解体に対 す る土地政 策の影響 第一巻 』第五章お よび第六章 97 た皇 帝 或 は彼 の相 続 者 に と り,そ れ らが必 要 とな る時期 まで彼 等(被 贈 与者 一 訳 者)の 統 治下 に 引続 ぎ残 され る。 実 際 には,即 位 に 当 って 皇 帝 或 は そ の後 継 者 は,通 例 と して,以 前か らの イ ク タ所 有 者 の為 に イ ク タを 確認 す る。 ペ ル シ ヤ年 代 記 作 者 の 言葉 に よれ ば,ア の うー ・ウ ッ ド・デ ィー ソ の最 も親 近 な相 続 者で あ るク トブ ・ウ ッ ド ・デ ィー ン及 び ギ ヒヤ ー ス ・ウ ッ ド・デ ィー ソ 。 トウ グ フル ッ ク とい った 皇帝 達 は,こ の よ うにふ る ま った。 実 際 に相 続 権 を得 た イ クタは,フ ィー ル ー ズ の統 治 時 代 に 法 律的 承 認 を うけ た。 最 初 に 彼 が 分与 した人 物 か らそ の 相続 者 へ の イ クタ の,争 う余 地 の な い移 転 を保証 す る為 の 実 際 の方 策 を フ ィール ーズ は採 用 した 。 この 日的 にそ って,軍 隊 の将 校 の 中 で誰 かが 死 ん だ場 合 に は,彼 の地 位 は そ の 息子 が 占め,息 子が な い場 合 に は,そ の娘 の 夫 が 占 め る こ と,又 直接 の直 系 が 欠 け る場 合 に は,死 者 は 彼 に最 も近 い奴 隷(ghulam)を,も し 奴 隷 が 折 よ くい な い場 合 に は,一 番 近 い親 類 を もっ て埋 め るべ き ことが 制 定 され た。 死 者 の妻 は イ クタ の 相続 制度 で は,最 も近 い親 族 と され る。 イ ク タ所 有 老 の彼 の相 続 者 との交 替 は,分 与 され た人 物 が 軍 事 的 義 務 を今 援 に互 っ て 負担 す る能 力 が な い も の と して現 れ る場 合 に は,そ の つ ど分 与 され た 人 々 の生 存 中 に起 りえ た の であ る。 この よ うに して イ ク タの 相 続 制度 の原 則 を設 定 す る こ とに よ り,フ ィー ル ー ズは,一 人 将 校 のみ な らず,兵 士 に も イ クタ の利 用 を許 可 す る こ とに よっ て恩 貸 地 制度 の作 用 す る 自弓 の地 域 を拡 大 す る試 み を実 行 した。 極 め て頻 々 と兵 士 は,既 に現 存 して い るイ ク タの 所 有 者 に供 給 され た所 得 の 中か ら参加 部 分 に外 な らぬ もの を受 とった し,こ の場 合,今 度 は屡 々 こ の商 品 を他人 に輯 発 した 買 占 人 の 特別 な階 級 に 自己 の権 利 を通 例 と して売 りわ た した。 軍 事 的 義 務 と恩 貸地 に関 して設 定 さ スルタン れ た相 続 権 の 原 則 は,皇 帝 に よ り普 通 の場 合 に も同 じ く適 用 され た。 この よ うに して フ ィ ー ル ー ズの 治 世に お い て,カ ル ロ ビ ンが王 朝 の カー ル ・ル イサ グの名 前 と結 び 付 い て い る よ うな,封 建 制 度へ の転 換 が イ ン ドに お い て遂 行 され た の であ る。恩 貸地 と同 じ くイ クタ は 世 襲的 な もの とな っ た。 フィ ー ル ー ズの統 治 は,土 地 関 係 に お い て,一 人 恩 貸地 的 所 有 の 制度 の普 及 と強 化 だ け に反 映 され た の で は な か った 。 それ は,又,宗 教 的 団 体 と私 人 の 無 条 件所 有 に対 す る多 数 の土 地 の分 与 に よ って表 示 され た 。 この 分与 は,公 有地 とそれ に 加 算 され る荒 蕪 地 か ら行 な われ た ので,土 心的 所 有 者 の昔 か らの権 利 の 破 壊 を皇 帝 に要 求 しな か った 。 地 租 の 負担 とい う条 件 で,新 しい殖 民 者 に 前 記 の土 地 を分 与 す る こ と に よ り,フ ィ ール ーズ は,彼 の 15) ア ラ ー ・ウ ッ ド ・デ ィ ー ン の 第 三 子 。 前 掲 書,374頁 。
歴 史 家 の 言 葉 に よれ ば,宗 教的 団 体及 び そ れ に基 い た 慈 善 施設 に対 して さえ も殖 民者 に よ って 支 払 わ れ た課 税 総 額 の 使用 を委 任 す るの が通 例 で あ った。 こ の よ うに して耕 作 に向 け バ ク フ られ た 土地 は,大 概 の 場 合,公 共 施 設 不 動産,換 言 す れ ば,宗 教的 団 体,病 院等 の不 変 の 所 有 地 とな った 。 とは い え,死 者 の 所 有地(バ ク ー フ)は,又 別 の 方 法 に よって 発 生 し た 。 既 に 殖 民 され た 村 と周 辺地 域 へ の 課 税 か らの 所 得 を 自己 の 為 に抽 出 す る 権 利 の宗 教 的,慈 善施 設 へ の 分 与 を,イ ク タ の設 定 と同 じ性 格 を もつ もの と私 は 理 解 す る。 こ の よ う ラジヤロ な 種 類 の贈 与 を 遂 行 す る ことに よ って 回 教徒 の王 朝 は,土 普 の領 主 が 彼 等 の時 代 まで 多 く の 世 紀 を通 じて 依 存 して き たそ の こ とだ け を続 け た し,屡 々,あ れ これ の寺 院 に百 千 の 新 バ ク フ パ ク の フ しい 村 里 を編 入 した 。公 共施 設 不 動 産 と恩 貸地 の本 質 的 差異 として は,第 一 に公 共 施 設 不 動産 とい う形 で の所 有 は,不 変 の,保 護 領 的 所 有,中 世 ヨー ロ ッパ の 死 者 の所 有 と同 じ性 質 を もつ 所 有 で あ った と い うこ とで あ り,第 二 に は そ れ らの所 有 者 は,あ らゆ る種 類 の 奉 仕 の 義 務,何 よ り先 ず軍 事的 義 務 か ら解 放 され て い た こ とで あ った 。 フィ ー ル ーズ の 死 と共 に彼 に よ り蟄 固 に され た 封 建 制 の発 達 と彼 の 相 続 者 の内 輪 争い に よ って,彼 の帝 国 の 漸 次的 衰退 の 時 代 が始 ま る。 多 か れ 少 かれ 太 守 達 とイ クタ所 有 者 の 支 援 に よっ て,う ち 続 く流 血 の後 で な け れ ば,誰 一 人 と して皇 帝 は帝 位 に つ く ことは で きな か った。 勿 論,彼 を 支持 す る恩 貸 地 の所 有者 の あ る権 利 を承 認 す る こ と,又 他 者 一 彼 に 敵 意 を持 つ 官 僚 階 層 の 側 の成 員の 手 か らイ クタを 没 収 す る こ とが,新 しい統 治者 の 最 初 の 仕 事 で あ る。 新 しい贈 与 は交 互 に 引 続 い て迅 速 に行 な わ れ,一 方 では 皇 帝 の信 奉 老 の数 を 増 大 させ,他 方 で は,彼 の反 対 者 の 数 を増 大 せ しめ た。 反 対 老 は,遅 か れ 早か れ,一 人 或 は 若 干 の王 位 潜 聖 者 の周 辺 に集 ま るか ら,か くして 殆 ん ど到 る処 で の 蜂 起 に屡 々移 行 す る地 .方叛 乱 の 鎮 圧 に 自 らの時 代 を通 じて腐 心 す る こ とを統 治者 に余 儀 な く させ る。 フ ィ ール ーズ の後 継 者 で あ る トウグ フル ッ ク ・シ ャ ー に就 い て年 代 記 の作 者 は,彼 は専 ら回 教太 守 と将 軍 の大 多 数 の支 援 のお か げ で は じめ て 自分 の 父 の王 位 につ い た と語 っ て い る。 恩 貸 地 的所 有 者,イ ク タ所 有 老 と して 彼 の先 任老 に よ って 彼等 に委 任 され た 権 利 を承 認 す る こ と,そ し て特 権 層 と寵 臣 に新 しい 軍事 的 恩 貸 地 を 分 与 す る こ とが 彼 の 最初 の仕 事 で あ った 。 国家 事 務 に よ る行政 は,や は り彼 の父 に よ って選 抜 され,漸 次 最 大 の恩 貸地 的 スルタン 所 有 者 に な る王 朝 の高 級 官 僚 の掌 中 に完 全 に委 ね られ た 。 皇 帝 が 彼 の兄 弟 の 一 人 を悠 意的 に 逮 捕 した ことは,そ の 息 子,ア ブ ー 。バ クル の側 か らの 公 然 た る叛 乱 の 動 機 を与 え,彼 は 少 しつ つ 彼 の側 に 高 級 官僚 層 の大 多 数 を 引入 れ るの に 成 功 す る。 皇 帝 は 年 が経 過 して 自 分 の 従 兄 弟 に王 位 を 譲 るが,新 しい 贈 与 の 約束 に よ って 彼 の 若 干 の太 守 達 を 懐 柔 す る の に