Memoirs of the Osaka Institute of Technology, Series B Vol. 54, No. 1(2009) pp. 95 〜 104
知的財産専門職に関する調査研究
村杉 健・川原 英昭
知的財産学部
(2009 年 5 月 30 日受理)
Research about the Intellectual Property Specialist by
Ken MURASUGI and Hideaki KAWAHARA Faculty of Intellectual Property
(Manuscript received May 30, 2009)
Abstract
In today’s Japan, it is necessary to greatly increase the number and quality of intellectual property specialists, because the need for their services has grown with the revision and increased complexity of the law. Therefore, we investigated the Intellectual Property Specialist via questionnaire and studied the human resource development of the intellectual property specialist. This paper presents a task analysis, skills analysis, career analysis and motivation analysis of the intellectual property specialist.
キーワード; 知的財産専門職、タスク、スキル、キャリア、モチベーション Keyword; Intellectual Property Specialist, Task, Skill, Career, Motivation
1.はじめに 政府は 2002 年に知財立国を宣言し、知的財産基 本法の 5 本の柱のひとつとして「知的財産人材育 成」を挙げ、知的財産戦略本部は知的財産推進計 画 2005 で知的財産制度を支えるのは人であるとし て、2005 年度から 10 年間で知的財産人材を現在の 約 6 万人から 12 万人に倍増する目標を掲げた。国 際的に知的財産の保護の必要性が唱えられており、 これらを背景に、多くの大学に知的財産に関する科 目が置かれ、教育が盛んになった。そんな中、大阪 工業大学では 2003 年に日本で初めて知的財産学部 を、2005 年には知的財産専門職大学院を設置した。 2005 年には東京理科大学も知的財産専門職大学院 を開設した。それまでの知財関係者の教育は、日本 知的財産協会や弁理士受験機関などに依存していた が、いよいよ大学での本格的な教育が始まった。 弁理士は弁護士と共に古い歴史のある国家資格で あり、全特許出願の 90%の代理人になっている。 知財の専門家の中心は弁理士であり、彼らのタスク (業務)やモチベーションはどうなっているのか。 また、2000 年及び 2003 年の弁理士法改正で、弁理 士の業務が拡大し複雑化しており、量(人数)を増 やすならば質(スキル)を維持することも考えねば ならない。 知財の担い手は弁理士だけではない。業務拡大や 複雑化に伴い弁理士を支援するパラリーガル(法務 アシスタント)の重要性も増している。彼らのスキ ルやキャリア形成はどうなっているのか。本稿では 知財専門職のタスク調査、スキル調査、キャリア調 査、モチベーション調査について報告する。 2.調査について 調査は 2008 年 8 月に実施した「知的財産専門職 に関する調査」であり、企業の知財部門 117 名と特 許事務所 100 名の合計 217 名の知財人のデータを得 た。調査票の配布先は表 1 に示した。調査方法は 2 通りであり、大封筒調査は大封筒に 20 ないし 10 通 の調査票を入れ、知人に郵送し配布してもらった。 その際、弁理士と非弁理士、性別・年齢・職階など バランスよく配布することをお願いした。小封筒調 査は、インターネットの弁理士ナビからランダムに 選んだ弁理士を対象に、小封筒に弁理士と非弁理士 の 2 通分を入れて郵送した。両調査共に返信用封筒 を人数分入れ、個人ごとに直接大学に無記名で返送 してもらった。企業調査は回収率 78%で事務所調 査は 59%であり、企業の方の回収率が高い。全体 では 320 配布して 217 回収で 68%であり、郵送調 査にしては高い回収率である。 3.タスク調査 タスク調査では、知財業務の担当について調査し、 表 2 のような結果であった。表 2 は回収データ全体 217 を分母とする%で示した。Q2 回答者の所属組 表 1 調査票の配布先 ( )内は従業員数や業種 企業調査 事務所調査 B社(5百人、通信開発) 20 A特許事務所(300人) 20 C社(2万人、光学機器) 20 E国際特許事務所(110人) 20 D社(7千人、空調機器) 10 G国際特許事務所(10人) 10 F社(2千人、AV機器) 20 H特許事務所(30人) 20 N社(6千人、通信役務) 10 K国際特許事務所(85人) 20 J社(5千人、ガス製造) 10 W特許事務所(50人) 20 S社(2万人、化学製品) 20 T社(3万人、総合家電) 20 企業弁理士(関東) 20 弁理士事務所(関東) 40 弁理士事務所(関西) 20 合計 150 170 大封筒調査 小封筒調査 小封筒調査
織は、企業の知財部門が特許事務所より 10%ほど 多い。特許業務法人に所属していると回答した人は、 わずか 6 名であった。表 1 の A と E が特許業務法 人であり、40 名に配布したのだから回収率から考 えて 20 数名であるはずである。知財業務が拡大複 雑化し、もはや個人的な特許事務所では対処できに くい。大規模化し法人化して組織的に対応すべきだ と、特許業務法人化が課題となっているにもかかわ らず、回答率が低いのは残念である。 Q6 知財担当者の人数は、③ 31 〜 100 人が 45% と最も多い。表 1 の A・C・E・S・T に 100 人以上 の知財担当者がいるので、④ 21.7%は 100 通配布で 47%の回収であり、企業全体の回収率 73%より低い。 Q5 知財業務の外部委託は 66%が実施していると 回答した。企業は全データの 54%だから、企業が 特許事務所に業務委託するだけではなく、特許事務 所もさらに業務委託していると考えられる。しか し、業務委託しない組織も個人の認識においてだが 26%も存在している。 Q18 回答者が担当している主な業務は、法律によ る分類によると 82%が特許法と実用新案法に片寄 り、意匠・商標・著作権法などは極めて少ない。 このことを踏まえて、Q10 担当している知財業務 (複数回答)と Q47 その問題点(一番困っている業
Q2所属組織は
①企業(53.9)
②事務所(43.3)
③法人(2.8)
Q6知財担当人数
①‑10人(6.9 )
②11‑30人(26.3)
③31‑100人(45.1 ) ④101人‑(21.7)
Q5外部委託は
①有(66.2)
②無(26.4)
③わからない(7.4)
Q18主な業務は
①特実中心(81.6) ②意匠中心(0.5) ③商標中心(7.5)
④著作権中心(0.0) ⑤全般(6.1)
⑥その他(3.3)
Q10 特実法務 ④出願手続(74.2) ⑤審判対応(51.6) ⑥訴訟関連(31.8)
業 其他法務 ⑧意匠関係(15.2) ⑨商標関係(18.4) ⑩著作権関係(8.8) ⑪不競法(10.6)
務 法務支援 ③情報調査(43.3) ⑬事務処理(15.7) ⑭年金管理(10.6)
法務管理 ①経営管理(12.0) ②企画管理(5.5) ⑦契約交渉(37.8) ⑫知財相談(49.3)
Q47 特実法務 ④出願手続(26.3) ⑤審判対応(0.5) ⑥訴訟関連(8.5)
問 其他法務 ⑧意匠関係(0.0)
⑨商標関係(0.5) ⑩著作権関係(0.0) ⑪不競法(0.0)
題 法務支援 ③情報調査(7.0)
⑬事務処理(7.0) ⑭年金管理(0.9)
⑮その他(6.6)
点 法務管理 ①経営管理(28.6) ②企画管理(4.7) ⑦契約交渉(8.5)
⑫知財相談(0.9)
Q11弁理士登録
①有資格(41.0)
②非資格(59.0)
Q16弁理士登録期間 ①‑4年(48.3)
②5‑14年(32.9)
③15年‑(18.8)
85名
Q19外国案件は
①国内中心(48.9) ②半々(26.5)
③多い(24.6)
211名
Q15訴訟業務登録
①有(32.6)
②無(30.3)
③非受験(37.1)
89名
表 2 タスク調査の集計結果(%) 0 10 20 30 40 50 60 70 80 ④出願手続⑤審判対応⑥訴訟関連⑧意匠関係⑨商標関係 ⑩著作権関係 ⑪不競法 ③情報調査⑬事務処理⑭年金管理①経営管理②企画管理⑦契約交渉 ⑫相談 担当率 問題点 図 1 知財業務の担当率(%)と問題点務の単一回答)を図 1 に示す。知財業務の 14 個は、 4 つに分類できる。④⑤⑥が特実法務、⑧⑨⑩⑪が 其の他の法務、③⑬⑭が法務支援、①②⑦⑫が法務 管理である。図 1 によれば、知財業務のメインであ る特実法務が最も多く、其他法務は少なく、法務支 援の③情報調査や法務管理の⑦契約交渉と⑫知財相 談が多くなっている。 知財業務の問題点、所属組織において一番困って いる業務は、やはり担当率の高い④出願手続だが、 最も多い問題点は担当率の低い①経営管理である。 ヒヤリングでも人材育成や業務のコンピュータ化な どの経営管理問題を多く聞いている。 知財業務の中心人物は弁理士である。Q11 弁理 士登録の①有資格者は 89 名であり、それ以外②は 128 名である。Q16 登録期間は①− 4 年が 48%と多 い。また、この質問の回答者は 85 名であり、4 名 は資格がありながら登録していない。これらのこと は従来毎年 250 名くらいの合格者だったが、最近 数年は 500 名以上に倍増したことによると考えられ る。 弁理士業務の複雑性はグローバリゼーションもひ とつの原因である。Q19 知財業務に占める外国案件 は、①国内中心が 49%であり、②国内・外国が半々 と③外国案件が多いとを合わせて 51%となり、外 国案件がかなり増加したと考えられる。 弁理士業務の最大の変化は、訴訟関連業務への拡 大である。弁理士による訴訟業務は、特定侵害訴訟 代理業務試験に合格し付記登録した人が実施できる のだが、Q15 訴訟業務登録は 33%で 37%が非受験 であるし、実際の業務も原則弁護士同席でなければ ならず問題が多い。 4.スキル調査 スキルとは知財業務を遂行する能力・技能のこと である。能力と経験を素に管理職や所属長に成って 行く。Q3 ポジションでは、①所長や部長などの所 属長が 11%、②マネージャーやチーフなどの中間 管理職が 27%、③所員や社員が 58%であった。 所属組織との一体感が強ければ、持てる能力を最 大発揮するものと考えられるが、Q4 一体感は②中 間(42%)③高い(40%)で合わせて 82%であり、 知財業務に対する誇りから一体感が高いものと考え られる。 また、弁理士が弁理士会の会則を遵守し、不正を しないなどの倫理観がスキルを正当化するのである が、Q17 弁理士会則遵守は回答者が 166 名で 51 名 も少なく、③十分が 36%で②ふつうが 61%と多く、 安心感が乏しい結果である。 Q20 主業務の分野は、①機械系②電気系③化学系 が共に 23%であり、④情報系が 13%と少ない。⑤ その他は 18%で複合系や法律系と書かれていた。特 許庁のホームページでは、論文試験(2008)の選択 が地球工学 2%機械 12%物理 17%情報 19%化学 21%
Q3ポジション
①所属長(11.1)
②管理職(27.2)
③社員(58.0)
④その他(3.7)
Q4一体感
①低い(17.6)
②中間(42.1)
③高い(40.3)
Q17弁理士会則遵守 ①不十分(3.0)
②ふつう(60.9)
③十分(36.1)
166名
Q20主業務の分野
①機械系(23.4)
②電気電子(23.4) ③化学系(22.5)
④情報通信(12.9) ⑤その他(17.7)
209名
Q21フォローアップ
①良好(55.2)
②やや困難(40.5) ③困難(4.3)
210名
Q42能力の担保
①弁理士会(25.3) ②特許庁(3.7)
③発明協会(6.9) ④知財協会(25.3)
⑤個人・企業(8.8) ⑥組織内(8.8)
⑦教育機関(1.8) ⑧独学(41.5)
Q43自律性
①低い(12.4)
②中間(46.1)
③高い(41.5)
Q44参加度
①低い(34.6)
②中間(34.1)
③高い(31.3)
Q45相談できる人
①いない(13.8)
②少し(53.5)
③多い(32.7)
Q46一番必要な能力 ①文章力(25.2)
②英語力(8.9)
③法律力(12.1) ④交渉力(13.1)
⑤技術力(20.6)
⑥その他(20.1)
214名
表 3 スキル調査の集計結果(%)バイオ 15%法律 15%なので、弁理士試験と実際業 務のギャップが生じて来たと考えられる。日進月歩 する技術の進歩に業務遂行が困っていないか。Q21 フォローアップは①困らない 55%②+③困る 45% であり、半数近い人が困難を訴えている。 図 2 は能力を担保するために依存している研修を 複数回答で選んでもらった結果である。①弁理士会 の研修と④民間団体(知財協会等)の研修が共に 25%と多い。それよりも⑧独学が 42%と最も多いこ とは問題である。 Q43 自律性は、仕事のペースを自分で決められる かであり、Q3 ポジションで③社員所員が 58%であ り、自律性が①低いと②中間の合計が 59%とほぼ 一致している。 Q44 参加度は、仕事の分担を自分で決められるか であり、参加度が①低いと②中間の合計が 69%と、 Q43 自律性と比べ 10%多くなっている。これは Q3 ポジションの②中間管理職 27%の中の 10%の人は、 分担は所属長が決めペースは自分で決めていると考 えられる。 Q45 相談できる人は、何でも相談できる人が上司・ 先輩・同僚にいるかであり、①いない 14%②少し 53%③多い 33%である。このようなインフォーマル な人間関係が OJT や技能伝承の手段であり、①い ない 14%は問題である。 図 3 は仕事に一番必要な能力を示し、①文章力 25%や⑤技術力 21%が他よりも多い。⑥その他 20% も多く、複合力や人間力と書かれていた。 5.キャリア調査 キャリアとは職歴のことであり、職業人生の中で スキルがどのように形成されていくかである。Q48 年齢では、① + ②(35 歳以下)の若年が 32%、③ 36 − 45 歳の壮年が 35%、④ + ⑤ + ⑥(46 歳以上) の中高年が 33%とほぼ 3 等分されている。しかし、 Q1 経験年数では、①+②の 10 年未満が 59%で、 ③+④ 10 年以上の 42%を上回っている。これらは 最近、転勤者や転職者、弁理士の若年合格者が増え たことに由来している。 これに対して Q7 勤続年数は、10 年未満が 68% で 10 年以上が 32%と大差であり、これは明らかに 0 10 20 30 40 ①弁理士会 ②特許庁③発明協会 ④知財協会⑤個人・企業 ⑥組織内⑦教育機関 ⑧独学 図 2 能力の担保のための研修(MA%) 0 5 10 15 20 25 30 ①文章力 ②英語力 ③法律力 ④交渉力 ⑤技術力 ⑥その他 図 3 一番必要な能力(%)
知財専門職の流動性が大きいことを表している。だ から Q8 所属組織への就職で、現在の所属組織へ③ 転職してきたが 44%と最も多くなっている。 Q9 職業人生の目標はキャリア・アンカーのこと であり、6 つの選択肢からの複数回答で図 4 に示し た。これによれば①昇進・成長と⑥生活の安定が共 に 48%と多く、⑤所属組織の発展 44%と④社会貢 献 30%がつづいている。②独立開業と③資格取得 は意外と少ない。 弁理士の資格取得には 3 つの方法があるが、弁理 士 89 名の Q12 資格取得によれば、①弁理士試験に 合格した人が 96%と極端に多く、②弁護士が弁理 士登録してや③特許審査官の経験年数による者は共 に 2%とたいへん少ない。①の試験合格者で合格す るまでの Q13 合格年数は、① 2 年以下が 20%で② 3 − 5 年が 50%と、合わせて 5 年以下が 70%と多い。 その Q14 勉強方法は、①弁理士試験の受験指導機 関が 79%と多く、②独学 15%や③大学等の教育機 関 2%は合わせて 17%と少ない。 Q49 最終学歴は、③大卒が 52%で④院卒が 44% であり、合わせて 96%と多い。特に、大学院修了者 が 44%であることより、知財専門職は高学歴のキャ リアであるといえよう。Q50 最終学歴の専攻は、① 理工系が 80%で②人文系が 19%で、圧倒的に理工 系が多いといえる。Q18 主業務が特許・実用新案で 82%であり、Q46 必要な能力が文章力と技術力とで 46%であるように、知財専門職は技術に関する仕事 だから理工系が多いのである。 6.モチベーション調査 モチベーション調査は、ハーズバーグの MH 理 論に基づいている。MH 理論とはワーク・モチベー ション(仕事への動機づけ)に、M 因子と H 因子 0 10 20 30 40 50 60 ①昇進成長 ②独立開業 ③資格取得 ④社会貢献 ⑤組織発展 ⑥生活安定 ⑦そ の他 図 4 職業人生の目標(MA%)
Q48年齢
①‑25歳(2.3 )
②26‑35歳(29.5)
③36‑45歳(35.0)
④46‑55歳(21.2 )
⑤56‑60歳(6.0 )
⑥61歳‑(6.0)
Q1経験年数
①‑4年(27.6)
②5‑9年(30.9)
③10‑19年(22.6)
④20年‑(18.9 )
Q7勤続年数
①‑4年(39.7)
②5‑9年(28.1)
③10‑19年(20.7)
④20年‑(11.5 )
Q8所属組織への就職①初就職(22.1)
②配置転換(30.0) ③転職(43.8)
④その他(4.1)
Q9職業人生の目標
①昇進成長(48.4)
②独立開業(8.8)
③資格取得(12.9) ④社会貢献(30.4)
⑤組織発展(43.8)
⑥生活安定(48.4) ⑦その他(5.5)
Q12資格取得は
①弁理士試験(95.6) ②弁護士資格(2.2) ③審査官経験(2.2)
Q13合格年数は
①‑2年(19.8)
②3‑5年(50.0)
③6‑9年(20.9 )
④10年‑(9.3)
Q14勉強方法は
①受験機関(79.4)
②独学(14.9)
③大学等(2.3)
④その他(3.4)
Q49最終学歴
①高卒(0.9)
②専門短大(2.3)
③大卒(52.1)
④院卒(44.2)
⑤その他(0.5)
Q50最終学歴の専攻 ①理工系(79.6)
②人文系(18.5)
③その他(1.9)
表 4 キャリア調査の集計結果(%)があるとする。彼によれば、モチベーションは、達 成・承認・適性・責任・成長など仕事に対する満足 感から起るとし、これらを M 因子(Motivators; 動 機づけ要因)とした。一方、経営・監督・賃金・対人・ 環境など仕事の周辺に対する感情には不満足感が多 く、これらを軽減しなければ M 因子が効果的に機 能しないから、これらを H 因子(Hygienic factors; 環境衛生要因)とした。 ハーズバーグは調査に基づいて、その項目におい て不満よりも満足が多ければ満足要因であり M 因 子と判定し、満足よりも不満が多ければ不満要因で あり H 因子と判定した。これと同様な方法で、表 5 の実現度③大を満足とし実現度①小を不満として、 その差③−①を求め図示したものが図 5 の黒い棒グ ラフである。 これによれば知財専門職の人たちは、適性感と責 任感が強い M 因子であり、経営方針と賃金が弱い H 因子の傾向がある。ハーズバーグが最初に調査し たのは、技術者と会計士という専門職であり、達成 感と承認感が強い M 因子だった。 この理由としてハーズバーグは、人は自己実現欲 求の充足のために働いているからであるとした。こ れに対して知財専門職者は、図 4 キャリア・アンカー で示したように社会貢献意識が強いため、適性感と 責任感が強い M 因子になったと考えられる。 図 5 の白い棒グラフは、実現度の場合と同じ考え 方で、重要度③高と重要度①低の差を示した。ハー ズバーグはリコールメソッド(想起法)で思い出を 調査した。それは実現度(現状の満足や不満)では なく、関心事を調べたものと解釈できる。そこで関 心事 = 重要度と考え、この分析をした。これによ れば、達成感・適性感・責任感・成長感が強い M 因子といえる。 一般に専門職の人たちは、仕事が誇りであり生き がいであり、金銭や対人関係などの H 因子ではな く、仕事の満足感という M 因子がモチベーション ‑1 0 0 10 20 30 40 50 60 70 Q22 達成感 Q24 承認感 Q26 適性感 Q28 責任感 Q30 成長感 Q32 経営方針 Q34 監督指導Q36 賃金 Q38 同僚と の関係 Q40 物的環境 実現度 重要度 図 5 モチベーション調査結果(%)
質問項目
Q22仕事の達成感・Q23重要度
11.5
52.5
35.9
3.7
34.1
62.2
Q24能力の承認感・Q25重要度
8.8
55.8
35.5
6.9
41.5
51.6
Q26仕事の適性感・Q27重要度
6.0
43.3
50.7
4.1
30.4
65.4
Q28仕事の責任感・Q29重要度
4.1
47.0
48.8
2.8
30.4
66.8
Q30仕事での成長感・Q31重要度
8.3
62.2
29.5
2.8
31.3
65.9
Q32経営方針・Q33重要度
18.1
69.4
12.5
7.4
45.6
47.0
Q34監督指導・Q35重要度
19.1
35.3
45.6
11.5
38.7
49.8
Q36賃金(給料や賞与)・Q37重要度
12.4
74.2
13.4
6.5
42.1
51.4
Q38同僚との関係・Q39重要度
3.2
66.4
30.4
7.4
39.2
53.5
Q40物的環境・Q41重要度
5.1
65.0
30.0
9.2
56.7
34.1
実現度(①小、②中、③大) 重要度(①低、②中、③高)
表 5 モチベーション調査の集計結果(%)の原因である。加えて知財専門職の人たちは、新技 術で企業に利益をもたらし、新技術を社会に普及さ せイノベーション(技術革新)を起こす、というこ とで社会貢献意識の強いことが特徴である。 7.おわりに 本稿は知的財産専門職の現状調査を目的に、企業 の知財部門や特許事務所で働く人 217 名について、 タスク調査、スキル調査、キャリア調査、モチベー ション調査の単純集計の結果を明らかにした。クロ ス集計や相関分析など今後の分析によらなければ、 明確な結論はいえないが、この段階でも明らかに なったことが 2・3 あるので本稿を記した。 その第一はタスク調査より、知財業務(タスク) は従来の単なる特許出願から、情報調査、契約交渉、 知財相談、訴訟対応などに拡大複雑化している。ま た、経営管理問題などもクローズアップして来てい る。 第二はスキル調査より、知財業務遂行の能力(ス キル)を担保するために、弁理士会や知財協会を頼 る人も多いが、独学が最も多いことは問題であり、 今後、大学や大学院などを頼る人が増えねばならな い。 第三にキャリア調査より、知財専門職の人たちは 難しい仕事なので、高学歴であり資格取得に年月が かかり、しかも長い経験が必要であり、流動性が高 く流動しながらキャリアを形成していると考えられ る。 第四にモチベーション調査より、知財専門職には ハーズバーグ理論が有効で、仕事の達成感・適性 感・責任感・成長感など M 因子が強く機能している。 この専門職一般の特徴に加えて、技術を創造し保護 し活用するという点で、社会貢献意識が強いという 特徴がある。 謝辞 本調査は知的財産学部予算の研究調査費を使用し たこと、調査には知的財産専門職大学院知的財産研 究科の田浪教授、則近教授、平松教授のご協力を得 たことを記して感謝の意を表します。 参考文献 [1]板垣浩之「今後の弁理士制度のあり方に関する 調査研究」知財研究所紀要 2007 [2]特許庁総務課「改正新版条解弁理士法」産業調 査会 2005 年 [3]知的創造サイクル専門調査会「知的財産人材育 成総合戦略」2006 年 [4]二村隆章編「知的財産マネジメント」商事法務、 2005、pp.109-121 [5]石井正「チザイの人」三五館、2007p54 [6]金沢工業大学「知財人材のスキルの明確化に関 する調査研究」最終報告書、2006 年 [7]経済産業省政策局「知財人材スキル標準ガイド ブック」日本経済新聞出版社、2007 年. [8]村杉 健「起業家行動論」税務経理協会、2006 年. [9]特許庁ホームページの弁理士試験の項 [10]尾崎哲夫「はじめての知的財産法」自由国民社、 2005 年. [11]荒船良男・大石治仁「2 回の受験で弁理士に なる本」かんき出版、2002 年. [12]村杉 健「作業組織の行動科学」税務経理協会、 1987 年. [13]村杉 健「モラール・サーベイ」税務経理協会、 1994 年. [14]村杉 健「経営の意味探求」税務経理協会、 2000 年. [15]日本弁理士会「JPAA ジャーナル、2008 年 12 月号」