<書評>村田治『現代日本の景気循環』(日本評論社
、2012 年、xi+318 頁)
著者
鹿野 達史
雑誌名
経済学論究
巻
66
号
3
ページ
211-223
発行年
2012-12-10
URL
http://hdl.handle.net/10236/10795
〈書評〉
村田治『現代日本の景気循環』
(日本評論社、2012 年、xi+318 頁)
鹿 野 達 史
本書は、戦後の日本の景気循環のメカニズムを考察したものである。景気循 環をもたらす要因について、著者は、各景気循環の拡張、後退局面における、 それぞれ個別の要因の存在を認めているものの、すべての景気循環に潜んでい る一般的な要因が存在する可能性を指摘する。本書では、そうした一般的な景 気循環要因を抽出し、理論的、実証的に戦後の景気循環のメカニズムを明らか にすることが、意図されている。 景気循環に対しては、さまざまな考え方が存在する。景気循環の存在を認め ない立場があるほか、景気循環を認めるにしても、その周期や種類についての 見方の違いがある。バーンズやミッチェルは、景気循環の存在を指摘している ものの、景気循環の種類は一つであるとしており、「単一循環論」を提唱して いる。過去のデータを解析した彼らは、景気循環に一定の周期は認められない としており、周期は、1∼12年の範囲内にあり、固定されていないと主張して いる。一方、景気循環は、異なる周期を持った複数の循環運動が合成されたも のとするのが、「複合循環論」であり、シュンペーター、ハンセンなどが唱え ている。本書で、著者は、後者の複合循環論の立場をとっている。 また、複合循環論では、前述の通り、異なる周期を持つ複数の波の存在を認 めているわけであるが、一般的には、短期循環(キチンサイクル)、中期循環 (ジュグラーサイクル)、長期循環(クズネッツサイクル)、長期波動(コンド ラチェフサイクル)の4種類の波が考えられている。シュンペーターは、この うち、キチンサイクル、ジュグラーサイクル、コンドラチェフサイクルの複合循環について論じているが、著者は、キチンサイクル、ジュグラーサイクル、 クズネッツサイクルの3つの循環に基づいた分析を行っている。 本書の構成は、「複合循環と投資の変動」(第Ⅰ部:第1∼2章)、「在庫投資と キチンサイクル」(第Ⅱ部:第3∼5章)、「設備投資とジュグラー、キチンサイ クル」(第Ⅲ部:第6∼8章)、「建設投資と耐久財のクズネッツサイクル」(第 Ⅳ部:第9∼11章)、「戦後の景気循環と複合循環論」(第Ⅴ部:第12∼15章) の5部構成となっている。 第Ⅰ部では、まず、GDP成長率などについて、キチンサイクル、ジュグラー サイクル、クズネッツサイクルの3つのサイクルが抽出できることを示し、そ れぞれのサイクルの周期を提示する。さらに、それぞれのサイクルにおいて強 い影響を与えている需要要因を明らかにしていく。在庫投資、住宅投資、建設 投資などが、キチンサイクル、ジュグラーサイクル、クズネッツサイクルにお ける循環を引き起こしていることが確認されるが、これを受け、第Ⅱ部から第 Ⅳ部では、各投資項目による循環の抽出が行われ、実証的な検証とともに理論 的な説明が与えられ、循環のメカニズムが明示される。そして、これらの考察 を踏まえた上で、第Ⅴ部では、戦後の日本の景気循環(第4∼14循環)の特徴 を複合循環論の視点から分析している。 各章をみてみると、第1章「複合循環と循環周期」では、戦後の日本につ いて、キチンサイクル、ジュグラーサイクル、クズネッツサイクルの3つのサ イクルの抽出を試みている。著者は、キチンサイクル、ジュグラーサイクル、 クズネッツサイクルの抽出について、これまでの実証研究でも行われているも のの、それぞれ異なった経済変数の動きにより説明されていることを指摘す る。具体的には、キチンサイクルの説明には、在庫投資比率(対GDP)、出 荷・在庫バランスなどが用いられ、ジュグラーサイクルでは設備投資比率(対 GDP)、クズネッツサイクルについては、建設投資比率(対GDP)により示 されるケースが多いということである。3つの異なる投資の動きにより説明さ れてきたため、それぞれが独自の周期であるのか、ほかの経済変数にも認めら れる周期であるのか、という問題に関心が払われてこなかったことを述べてい る。こうしたことから循環要因を特定できず、ほかの経済変数の循環周期との
関係も示されてこなかったともいえるわけである。 3つのサイクルがそれぞれ独自のメカニズムで循環しているのであれば、波 及効果により、ほかの経済変数においても3つのサイクルが同時に抽出される ことになる。特定の経済変数によるサイクル分解が可能であるかが焦点となる が、著者は、景気動向指数の一致指数の累積DI、実質GDPにおいて、3つの サイクルが抽出できることを提示する。あわせて、それぞれのサイクルの周期 も明らかにしている。すなわち、キチンサイクルはおよそ4.4年、ジュグラー サイクルはおよそ9年、クズネッツサイクルは、17∼19年である。 第2章「成長率循環と投資の変動」では、それぞれのサイクルの循環のエ ンジンについて考察する。ここでは、GDP成長率の寄与度分解を用いて、キ チンサイクル、ジュグラーサイクル、クズネッツサイクルにおける推進役を示 す。キチンサイクルでは、従来からいわれている在庫投資だけでなく、設備投 資や住宅投資が大きな役割を演じていることを確認している。在庫投資の寄与 度については、3.36年と、キチンサイクルに比べ相対的に短めの周期循環と なっていることを明示している。また、ジュグラーサイクル、クズネッツサイ クルについては、従来の見方通り、それぞれ設備投資、住宅投資が、大きな影 響を与えていることがわかる。この結果に基づき、それぞれのサイクルの循環 エンジンとなる経済変数が絞られることになる。 第Ⅱ部を構成する、第3章「景気循環と在庫投資の変動」、第4章「在庫の 保有動機と在庫投資」、第5章「在庫循環のメカニズム」では、キチンサイク ルの発生要因の一つである、在庫循環のメカニズムを実証的、理論的に明らか にする。 第3章では、最初に、戦後の日本の景気循環(第4∼14循環)における鉱工 業指数ベースの在庫循環の存在が示される。出荷と在庫の変動をもとにした、 いわゆる「在庫循環図」を確認し、さらに出荷・在庫バランスの循環周期を提 示する。出荷・在庫バランスを用いて周期解析を行い、3.36年、4.12年、5.61 年の周期を抽出する。3.36年の周期は、第2章で示されたGDP成長率に対す る寄与度分解における、在庫投資の寄与度の循環周期と一致しており、キチン サイクルと比べ相対的に短い周期を持っていることが、ここでも確認される。
ただ、一方で、循環周期ごとの強度をもとに加重平均した周期が4.34年と なり、第1章で示したキチンサイクルの周期(4.4年)とほぼ一致しているこ とから、総体的には、出荷・在庫バランスが、戦後の景気循環とシンクロして いるともいえるとしている。また、このほか、在庫投資の変動を分析し、一循 環のおける出荷や在庫率の変動パターンを提示している。出荷と在庫の動きを 観察し、在庫投資の動きを、意図した在庫投資、意図せざる在庫などの変動に 分解し、説明している。そして、これらののち、GDPベースの在庫投資につ いて考察し、在庫投資比率の低下が在庫投資の役割が縮小していないことを示 している。 第4章では、在庫の保有動機に焦点をあて、まず、生産平準化動機につい て検証し、マクロデータと製品別のミクロデータにより生産平準化仮説が成立 していないことが明示される。さらに、目標在庫水準を考慮したモデルとし てLovellによる在庫ストック調整モデルを取り上げ、その背後にある生産調 整を考察し、従来、同じものとして混同されることの多かった、生産平準化動 機とバッファーストック動機の区別を明確にする。続いて、このLovell型在 庫調整モデルの背後に、生産平準化動機とともに品切れ回避動機が存在するこ とを、企業の最適化行動から明らかにし、両者の相対的な強さによって、予想 出荷量が目標在庫水準に与える影響が全く逆になることが示される。 第3章、第4章での考察を経て、第5章では、キチンサイクルの発生要因 の一つである在庫循環について、その循環メカニズムを理論的・実証的に提示 している。まず、第3章で示された出荷、在庫の伸びや出荷・在庫バランスな どの変動メカニズムを理論モデルから導く。第2章や第3章で明示されてい る、在庫投資寄与度や出荷・在庫バランスが3.36年という相対的に短い周期 で自律的に循環していることが明らかにされる。その際には、第4章で提示さ れた生産平準化動機、バッファーストック動機、品切れ回避動機の違いを明示 的にモデルに取り入れ、在庫循環の発生メカニズムや、そのエンジンを示して いる。在庫循環をもたらす要因として、これまで多くで言及されてきた生産平 準化動機ではなく品切れ回避動機が循環の加速度因子として働いていること、 生産平準化動機については、在庫の変動を安定化させる役割を果たしているこ
とを理論的に確認している。 さらに、在庫循環における在庫投資、意図した在庫投資、意図せざる在庫投 資の動きを理論的に明らかにする。在庫循環の各局面、すなわち在庫積み増し 局面・在庫積み上がり局面・在庫調整局面・在庫回復局面、における在庫投資、 在庫投資、意図した在庫投資、意図せざる在庫投資の動きを示し、各局面の特 徴を明確にしている。ここでは、在庫循環の周期が、キチンサイクルの周期に 比べ相対的に短いことなどが、引き続き問題として残るが、この問題は、第8 章、第15章に引き継がれる。 第Ⅲ部を構成する、第6章「資本ストック調整原理とジュグラーサイクル」、 第7章「設備投資循環のメカニズム」、第8章「設備投資伸び率のキチンサイ クル」では、まず、ジュグラーサイクルのエンジンとなる設備投資の中期的な 変動について考察し、あわせて、設備投資の伸び率に焦点をあて、短期的な変 動に関しての理論的な説明を行う。 第6章では、設備投資とジュグラーサイクルの関係をみていく。第1章や 第2章でみたとおり、ジュグラーサイクルは、設備投資比率、GDP成長率や 設備投資の寄与度などで観察され、これまで資本ストック調整原理に関係づけ られて論じられることが多かった。ここでは設備投資の関連指標やGDPなど の関係を実際のデータで確認し、これらの関係の背景にある設備投資関数を推 計する。 まず、資本ストックの調整原理と整合的な固定係数型の設備投資関数につ いて概観したのち、資本係数比率と(全産業)稼働率の関係を明示し、戦後の 日本経済のデータをもとにして、資本ストック調整原理と固定係数型生産関数 が成立していることを示す。第1章、第2章で示された設備投資比率やGDP 成長率におけるジュグラーサイクルの背後に資本ストックの調整原理が作用し ていることが実証データと適合していることが明らかになる。 さらに、資本係数、稼働率に加え、設備投資比率、設備投資−資本ストック 比率の関係をデータで確認する。設備投資比率と資本係数の関係を資本ストッ ク調整原理により示し、第1章でみた設備投資比率の変動について、理論的 な解釈を与えている。また、資本係数、GDP成長率、資本ストック成長率の
ジュグラーサイクルのデータを観察し、資本ストック調整原理から派生する資 本ストック成長率とGDP成長率の循環関係についても実証的に明らかにして いる。 第7章では、第6章で示した資本係数比率、稼働率、設備投資比率、設備 投資−資本ストック比率などの相互関係や資本ストック成長率とGDP成長率 の循環関係について、理論モデルをもとに検証する。資本ストック調整原理と 固定係数型生産関数を前提としたジュグラーサイクルの理論モデルを提示し、 モデルの動学的特性を明らかにしたのち、まず、稼働率と資本ストックの循環 メカニニズムが説明される。次いで、GDP成長率、資本ストック成長率、資 本係数比率の変動を導出する。このモデルでは、稼働率とGDP成長率のリー ド・ラグ関係、稼働率と資本係数比率との逆相関関係、GDP成長率と資本ス トック成長率の循環関係を理論的に導いている。加えて、こうした理論モデル の展開を踏まえ、第6章での実証分析の結果と対比する。その結果、現実の稼 働率、GDP成長率、資本ストック成長率、資本係数比率の実際の時系列の動 きが、理論モデルにより説明されることが示される。第6章、第7章の分析を 通じて、設備投資のジュグラーサイクルとその循環メカニズムが、資本ストッ ク調整原理と固定係数型生産関数をもとに明らかにされているといえよう。 第8章では、設備投資のキチンサイクルに対する影響について考察する。第 2章では、GDP成長率のキチンサイクルにおいて、設備投資の寄与度が大き な影響を与えていることが確認されている。設備投資の成長率に対する寄与 度については、設備投資比率(対GDP比)と設備投資の伸び率に分解できる が、設備投資比率については、第6、7章などでみたとおり、中期的な循環を 描いている。設備投資の伸び率が、設備投資の寄与度の短期的変動のエンジン となっていると考えられることから、ここでは、設備投資の伸び率の短期的な 循環に焦点をあてている。 まず、設備投資の伸び率と資本ストック成長率により示される短期の資本ス トック循環を、製造業について確認し、資本ストック循環のメカニズムを考察 する。製造業の資本ストック成長率の変動は製造業稼働率の動きによって説明 され、設備投資の伸び率の変動は、鉱工業生産の増減率の動きに依存して生じ
ていることが明らかにされる。さらに、全産業ベースの設備投資伸び率につい ても、同様に短期循環が提示される。設備投資の伸び率の短期循環が、資本ス トック調整原理から説明できることが明示される一方、資本ストックの成長率 については、短期的変動が極めて不明瞭なことも主張される。 第Ⅳ部を構成する第9章「住宅投資とクズネッツサイクル」、第10章「建 設投資とクズネッツサイクル」、第11章「耐久消費財とクズネッツサイクル」 では、建設投資並びに耐久消費財のクズネッツサイクルを検証する。 第9章では、住宅投資の長期的な循環に焦点をあてる。第1章では、建設投 資やGDP成長率などからクズネッツサイクルを見出し、第2章の分析では、 GDP成長率のクズネッツサイクルに最も影響を与えているのが住宅投資であ ることが示されている。ここでは、まず、住宅投資の循環周期を検証し、平均 19.9年の循環周期を抽出する。次に、住宅投資の変動要因を考察し、住宅投資 関数を推計し、世帯数と住宅ローンの実質金利が、住宅投資の変動に影響を与 えていることを確認する。一方、減価償却期間を背景とした循環については、 減価償却率を推計し、これをもとにもとめた期間が約42年になるとし、クズ ネッツサイクルを説明できないと結論付けている。 さらに、クズネッツサイクルの循環のメカニズムについてだが、ここで注目 しているのが、人口と世帯数の関係である。世帯数の増加は、住宅投資の拡大 を通じ住宅ストックの増加をもたらすが、世帯数の増加が出生率を高め、人口 増加に結び付くという経路も考える。人口の増加が、十数年後に世帯数を増加 させるとし、この人口と世帯数の相互連鎖、先に述べた世帯数と住宅ストック の関係から、循環メカニズムを説明し、これを裏付ける様に、世帯数、人口の 循環周期がともに約20年となっていることが確認される。 第10章では、民間非住宅建設投資の循環について検証する。第9章では、 GDP、住宅投資の関係を考察、クズネッツサイクルの循環メカニズムを示し たが、従来からクズネッツサイクルは建設投資を関連付けられて議論されるこ とが多いことを踏まえ、住宅投資以外の建設投資を採り上げる。まず、非住宅 建設投資と非住宅建築着工床面積の周期解析を行い、9年、20年前後、32∼36 年の循環周期を見出す。9年周期については、ジュグラーサイクルを反映して
いると考えられるが、最も周期の強度が大きいのが、20年前後の循環周期で あることが確認され、住宅投資と同様に世帯数の変動に基づく循環メカニズム に着目する。 加えて、着工床面積について使途別の変動について分析を行い、工場・作 業場と事務所の建築着工床面積の変動について、世帯数の動きに連動している ことを示す。さらに、工場・作業場と事務所の変動に遅れて、倉庫の建築着工 床面積が動いていることを提示する。ここでの解釈は、世帯数の伸びが上昇す ると、さまざまな製造業の製品に対する需要が拡大し、これにより工場や事務 所の建設が増加し、GDPが増加するというものである。一方、店舗について は、住宅投資の動きに連動していると結論付けている。続いて、非住宅建設ス トックについても、同様に世帯数との連動を確認し、クズネッツ循環を抽出す る。これらを受け、住宅投資をあわせた建設投資全体についても、世帯数と人 口の相互連鎖をベースとしたクズネッツサイクルを抽出し、提示している。 第11章では、耐久消費財支出の循環を取り上げる。第9章、第10章では、 住宅投資や非住宅投資のジュグラーサイクルや循環メカニズムを示している が、建設投資、特に住宅投資との連動性が指摘されている耐久財消費について も、同様の循環を見出す。主要耐久消費財実質残高の変動が、住宅ストックの 変動と連動していることを確認し、主要耐久消費財実質残高の変動とシンクロ している耐久消費財全体の残高についても、住宅ストックの変動と連動してい る可能性が高いとしている。主要耐久消費財残高と世帯数の間に約18年の周 期を持つクズネッツ循環図が観察され、建設投資と同様のメカニズムで循環変 動しているとの結論に至っている。 第11章までの分析を受けて、戦後の日本経済の景気循環を複合循環的な視 点から考察したのが、第Ⅴ部を構成する、第12章「高度成長期の景気循環」、 第13章「安定成長期の景気循環」、第14章「低成長期の景気循環」、第15章 「日本の景気循環と複合循環論」となる。 まず、第11章までの分析結果に基づき、キチン、ジュグラー、クズネッツ の3つのサイクルの循環周期について整理し、複数の経済変数が同じような 循環周期を持っていること示す。そして、各サイクルの循環エンジンとなる経
済変数を、改めて特定する。キチンサイクルの指標として、出荷・在庫バラン ス、GDP成長率複合サイクル、設備投資伸び率複合サイクルを、ジュグラー サイクルの指標としては、稼働率、資本係数比率、資本ストック成長率の変動 を、クズネッツサイクルについては、建設投資、民間住宅投資の変動を用いる としている。これらに基づき、3つのサイクルの交錯について、戦後の第4循 環以降の景気循環局面を検証していくことになる。 「岩戸景気」を含む第4循環については、ジュグラーサイクルが上昇局面だっ たものの、クズネッツサイクルが下降局面となっていたために、振り返ると、 その後の「大型景気」との対比で「大型」とはならなかったと指摘する。また、 「オリンピック景気」を含む第5循環では、ジュグラーサイクルが1961∼62年 にピークをつけ、下降局面に突入し、当時の「転換期」論争、すなわち設備投 資主導の経済成長の変調をめぐる論争、の引き金になったとしている。一方、 第6循環では、ジュグラーサイクル、クズネッツサイクルがともに上昇を示 し、景気拡張期が長期化し、大型景気である「いざなぎ景気」がもたらされた と述べている(以上第12章)。 続いて「列島改造ブーム」の景気拡張期を含む第7循環については、拡張期 と後退期のGDP成長率の開きが大きく、高度成長期と安定成長期の分水嶺と の位置付けになるが、ここでは、後退期にジュグラーサイクルとクズネッツサ イクルの下降期が重なっている点が指摘される。また、戦後最短の景気循環と なっている第8循環については、ジュグラーサイクルとクズネッツサイクルの 下降期が重なる状況が拡張期の期間の短さをもたらしたとしている。第9循環 については、その後退期の長さと、その過程で生じたGDP成長率複合サイク ルの複峰性に特徴付けられ、いわゆる「世界同時不況」時の後退局面を含む循 環となるが、この後退期の特徴は、ジュグラーサイクルとクズネッツサイクル の下降傾向であり、これが長期間の後退局面を生み出したと主張している(第 13章)。 「平成景気」を含む第11循環については、拡張期は、戦後3番目に長く、 GDP成長率の複峰性が生じており、大型景気なった一方、後退期も戦後2番 目の長さを持ち、拡張期、後退期ともに長期化している。拡張期には、ジュグ
ラーサイクルとクズネッツサイクルがともに上向きとなった一方、その後の後 退局面では両サイクルが相次いでピークアウトし、ともに下降局面となってお り、こうした動きが、拡張期、後退期の長期化をもたらしたと指摘している。 第12循環については、拡張期では、ジュグラーサイクルとクズネッツサイ クルが上昇、拡張期が比較的長期となり、GDP成長率の複峰性が確認できる が、資本係数比率や稼働率の水準からみると、資本過剰の状況にあるといえ、 「平成景気」に蓄積された資本ストックの調整過程が続いていると解釈してい る。また、「IT景気」を含む第13循環については、両サイクルの下降で、戦 後2番目に短い循環となっており、第12循環とあわせ、いわゆる「失われた 10年」を形成することになったと指摘する。さらに、第14循環は、戦後最長 の拡張期を持ち、GDP成長率の複峰性が生じているが、ここでは、クズネッ ツサイクルが上昇する中で、拡張期の途中からジュグラーサイクルが上昇に転 じ、このことが最長の景気拡張につながったとしている(第14章)。 そして、これまでの分析結果を用いて、キチン、ジュグラー、クズネッツ サイクルの相互作用について考察し、一般的な法則を示すことになる(第15 章)。まず、ジュグラーサイクルとクズネッツサイクルの短期循環への影響を、 短期循環の拡張期間比率でみると、両サイクルともに影響を与えており、とく に両サイクルの上昇または下降局面が重なった場合には、その影響が増幅され るとし、これについては、拡張期、後退期の長さにも当てはまることを指摘し ている。 また、ジュグラーサイクル、クズネッツサイクルの影響で短期循環が長期化 する局面では、GDP成長率複合サイクルに複峰性が生じ、これが出荷・在庫 バランスの複峰性をもたらしていることを明らかにし、GDP成長率複合サイ クルに影響を与えているのが設備投資伸び率の短期・中期の動きであることを 示している。すなわち、設備投資などの動きの影響で、在庫循環が生じても短 期循環の一循環と認識されず、一循環中に複数の在庫循環が含まれることにな る局面が出てくる事実を提示している。さらに、短期循環の景気の量感につい ても、ジュグラーサイクル、クズネッツサイクルの影響が同様に認められるこ とを確認している。最後に、ジュグラーサイクルに対するクズネッツサイクル
の影響にも言及しており、ジュグラーサイクルの上昇期間比率や平均稼働率の 水準にクズネッツサイクルが影響していることを明示する。 以上が本書の概要であるが、結論的に言えば、戦後の日本経済について、キ チン、ジュグラー、クズネッツサイクルを抽出し、その循環エンジン、循環メ カニズムを明らかにし、これらをもとに日本経済の景気循環を考察し、景気循 環に潜んでいる一般的な要因を見出すという著者の目的は達せられているよう に思われる。著者は、本書の冒頭で、「ことさら目新しいものはない」として いるが、これまで全く取り上げられていなかった点を明らかにしているほか、 必ずしもクリアでなかった論点に明確な回答を示し、さらに従来の理論・事実 をもとに新結合的なものを生み出している面も随所にみられ、全体を通じて示 唆に富んだものとなっているといえよう。 まず、本書では、キチン、ジュグラー、クズネッツサイクルを抽出し、そ の循環エンジンを明らかにするが、ジュグラー、クズネッツサイクルについて は、従来の見方通り、設備投資、建設投資が重要な役割を演じていることが確 認される。ただし、キチンサイクルについては、在庫投資が循環エンジンの主 要部分でなく、設備投資の寄与が大きいことが示される。キチン自身の短期循 環の論点も在庫投資ではなかったことを考えると、こうした事実は興味深い。 その在庫投資について、第Ⅰ部では、在庫の保有動機について焦点をあて、 在庫循環をもたらす要因として品切れ回避動機が働いていることを理論的に示 している。品切れ回避動機を導入した先行研究について著者も本書の中で触れ ているが、ここでは、先行研究で行われていない、生産平準化動機と品切れ回 避動機の相対的な強さと生産平準化、集積化の関係の分析にまで及んでいる。 さらに、在庫投資の変動を、意図した在庫投資、意図せざる在庫に分解、それ ぞれの動きを理論的に提示しているが、これについては、従来、理論的に明ら かにされていなかった点であり、重要な貢献といっていいだろう。 設備投資に基づくジュグラーサイクルについては、循環の背景として、資本 ストック調整原理が考えられているといえるが、GDPと設備投資の同期性の メカニズムや資本ストックとの関係などについての実証的な裏付けは必ずしも 十分とはいえない面があった。また、ジュグラーサイクルをとらえる指標とし
て用いられてきた設備投資比率、GDP成長率の中期循環などについては、理 論的な説明の試みは非常に少ない。本書の第Ⅲ部では、こうした点に答えるべ く、実証データで資本ストック調整原理が働いていることを示すとともに、固 定係数型生産関数をベースとした理論モデルにより、循環メカニズムを確認し ている。 クズネッツサイクルについては、循環要因や循環メカニズムについての考察 が、さらに少ないといえるが、本書の第Ⅳ部で、著者は人口と世帯数の相互連 鎖をベースとした循環メカニズムを提示する。人口減に直面している現在の日 本の現状から考えると、先行きクズネッツサイクルが観察されなくなる可能性 があるといえる点は気に懸かるが、一定の回答を与えていると評価できよう。 第Ⅴ部では、複合循環論に基づき、戦後の日本の景気循環に沿って、キチ ン、ジュグラー、クズネッツの「異種サイクルの交錯」がきめ細かく検証され ている。本書全体を通じ、「より長期の循環の上昇(下降)局面では、より短 期の循環の上昇局面は力強く(微弱で)、長期化しやすく(短命に終わりやす く)、より短期の循環の下降局面は軽微で(深く)、短期化(長期化)しやすい」 という、シュンペーター、ハンセンの複合循環論が戦後の日本経済において成 立していることを示すことに成功しているといえるだろう。 本書は、2002年以降の著者の論文を基に構成されているが、各章が有機的 に関連付けられるとともに、結論を支えるかたちとなっており、複合循環論を ベースに理論と実証がバランスよく構成され、通読すると、著者の景気循環論 の体系がクリアに浮かび上がってくることになる。敢えて、留意点を述べると すれば、リーマンショックを契機とする世界金融危機時の景気後退とその後の 急回復の過程が、完全には考慮されていない点だが、本書の執筆時期を思えば、 これは「ないものねだり」と言えよう。また、欧州の債務危機へも繋がる一連 の流れの中では、経済や金融市場の動向について、「100年に1度」との記述 が多かったことは記憶に新しいが、この100年に1度の事態が、本書で取り上 げた3種のサイクルの交錯で示すことができるのか、あるいは、より長期の循 環、コンドラチェフサイクルなどの影響が及んでいるとの理解となるのか、興 味が持たれるところであり、この点についての著者の分析、検証を期待したい。
著者は、需要サイドのショックにより循環変動が起こるとの立場をとり、一 方で供給サイドのショックを重視する見方、また、金融面の動きに重きを置く ものなど、さまざまな考え方があるが、著者と同様の立場の研究者にとどまら ず、違う立場の研究者にも、議論を深めるという意味で一読を勧めたい著作で ある。また、今後の景気分析を行うという観点からみても、本書はその指針と なるものともいえ、政策当局者や民間エコノミストにも、手にとってもらいた い研究成果である。