1.は じ め に
第三次 AI ブームである.毎日のようにメディアで新 しい AI 技術が開発されたというニュースを見る.結構 なことだ.人工知能技術として結実しつつある一連の情 報技術は確実に現代人の生活を豊かにする力がある.た だ,しばしば著者の耳を疑わせる主張もその中には含ま れる.その一つは人類の知性を超えるような汎用人工知 能がそう遠くない将来実現するといういわゆるシンギュ ラリティ論である.書籍も多数出版され,大変な注目を 浴びている.仮にそれが実現するとすれば,この世界の 有り様を一変させるインパクトがあることは間違いな い.本学会でも「全脳アーキテクチャ研究会」が活発に 活動している.そんなメディアを見る限り,人類の知性 を大きく超越する汎用人工知能が近い将来実現しそうに 思える. 本論は人工知能と政治の将来的な関係について論じる ことが課題である.この特集の企画者の意図や期待はお そらく好意的に,具体的に伝達されているわけではない. だが,少なくとも人工知能関連技術が政治的行為や領域 に何らかの影響をもたらすと考えていることは明らかだ ろう. ここで政治という用語の意味について指摘しておきた い.伝統的に政治とは(政治)制度のことであったが, 近代に入り権力を中心とした政治理解が一般的になって いる.権力とは欲望や生物的な動機付けに基礎をもつも のであって,極めて生命的な現象である. そのような意味で,人工知能が政治的行為の本質に 影響するという考え方は自然なことだろうか.少なくと も著者にはかなり野心的な問いかけのように感じる.特 に現在のメディアで扱われている人工知能とは,現在の ブームの引き金となったディープラーニングに代表され る機械学習技術を指しているように門外漢に感じるので ある.そして機械学習はその名前が示すとおり純粋に機 械論的な立場に立った計算技術である.少なくとも生命 系システムを要素とする仕組みではない.そのような機 械論的性質の強い技術がいくら進展しても,政治には本 質的な影響はないと考えられる.言うまでもなく,政治 的行為は生命にとっての本質的本能的な行為であり,機 械に代替されることは困難であるからだ. 一方で,現実の政治を考えるうえで制度も無視でき ない.永田町や霞が関で行われている制度に基づく決定 が国民生活に決定的に影響することは指摘するまでもな い.この国家を含む政治的制度は広く社会の最も重要な 基盤である.後述するようにこの基盤はある種の社会的 知性の発露の結果導き出されたものであって,人工知能 の考え方と密接な関係がある.特にすでにインターネッ トが現代社会の神経系としての地位を確立している今日 では,インターネットがすでに広義の人工知能であると いうこともできるだろう.必然的に人工知能技術は今日 的な政治に強いインパクトをもたらす. また,人工知能のなかでも汎用人工知能が実現するか どうかという論点は政治との関わりを議論するうえで決 定的に重要である.仮に汎用的な知性が近い将来成立す るという前提に立てば,汎用人工知能に内蔵された意識 が現在の政治的行為に介入する可能性は十分に検討しな ければならないからである.正確に言えば,計算機によ る汎用的知性が現在の政治システムのコアコンポーネン トのいくつかを代替するだろうという論理的帰結が導か れる.さらにそれ以上に他の生命に比して高い知性とそ の応用によって環境を変更してきた人類の優位性が危機 にさらされることになる.これは人類の存立にとり,極 めて深刻な課題になり得る. しかし,ディープラーニングに代表される機械論的 な機械学習技術がいくら進歩しても,汎用人工知能にた どり着くことは難しいというのが著者の見解である.繰 返しになるが,著者は本質的な政治的現象は感情や生物 的な本能と密接不可分な生命的なものであり,計算機に よって代替されるようなことは学術的観点から存在し得 ないと考えている.そのため,汎用的知性の成立を前提 とした議論をいったん保留したうえで,今日の技術がも たらす政治的現象への影響をいくつかのトピックから考 えてみたい.AI と 政 治
AI and Politics
佐藤 哲也
株式会社デザインルールTetsuya Sato Designrule Inc.
[email protected], http://designrule.jp/
Keywords:
politics, collective intelligence, prediction markets, delivadeliberative poll. 「AI 社会論」2.メディアで踊る感情
2016年は各国で政治的波乱に満ちた年となった.ト ランプの勝利は大半の世論調査の予測結果を裏切る形と なり,専門家の評価を著しく下げた.ある側面では過去 のデータから統計的に導出されたモデルに依存する人工 知能の敗北といえるかもしれない.しかしその一方で一 見荒唐無稽に見えるトランプ陣営の戦略だったが,実際 にはビッグデータを活用した精緻なオンラインキャン ペーンによって費用対効果を最大化したことが勝因とも いわれている.これらのビッグデータ活用による選挙 マーケティングの最適化が人工知能技術の応用と呼べる ものであれば,陣営の人工知能の活用が政治に影響を与 えたということもできるだろう.また,今回はたまたま 結果の予測に失敗したが,未来予測や精緻なマーケティ ング分野での戦略立案に人工知能の活用は今後も広がっ ていくだろう. このような予測や政治的な行動誘引については,実の ところ産業界で一般的に行われている広告技術や消費財 マーケティングの各種の手法を援用しているにすぎない 側面もある.しかし,選挙戦の勝利のために,過度な投 票誘導は許されるものではない.後述するように,アメ リカ大統領選挙では嘘(Fake)ニュースが選挙結果に影 響をもたらしたともいわれており,社会問題化している. 一方でイギリスの EU 離脱をめぐる住民投票でも事 前の世論調査の予測を裏切る形となり世界に衝撃が走っ た.Brexit と呼ばれた歴史的住民投票となったが,トラ ンプの勝利と合わせて大国での政治的な不安定さが話題 となった.今年に入ってもフランス大統領戦に極右勢力 とされる国民戦線のルペン氏が決選投票に残るなど国際 的な政治的不安定は収まる気配はない. そのような政治的不安定さを象徴する言葉として,「ポ スト真実(post-truth)」が注目されている.この用語は オックスフォード大学出版局によって 2016 年の「Word of the year」として選考された.選考にあたり,「ポス ト真実(post-truth)」とは「世論を形成する際に,客観 的な事実よりも,むしろ感情や個人的信条へのアピール のほうがより影響力があるような状況」を示す言葉だと 定義される. 著者はこのような post-truth 時代にあって,メディア における人工知能技術の活用が政治的不安定さにつなが りかねない不安をもっている.民主主義の成立する基盤 として言論の自由は極めて強い権利が保証されており, その自由さに伴う社会的デメリットはしばしば軽視され る傾向にある.実際に一部のキュレーションメディアに よる信頼できない情報が検索結果の上位を占める問題は 日本においても社会問題化されたし,現在もその解消に はほど遠い状態にある.また,匿名掲示板のログの形式 を騙った PV 稼ぎのための悪質なメディアとも呼べない サイトが跋ばっ扈こしている.かつての限られた印刷・電波メ ディアが曲がりなりにもそれなりの信頼性と一定の収益 性を確保していた時代は遠く過ぎ去り,稼げなくなりつ つあるメディアの信頼性をどのように確保するか? と いうことが大きな社会的課題になりつつある. そのような中で,メディアの自動記事生成技術や情報 推薦技術に基づくカスタマイズされた配信のための技術 は急速に発達しつつある.例えば,SNS の複数の投稿か らストレートニュースを生成する技術を開発しているベ ンチャー企業があるという.果たしてそのように生成さ れたニュースはどこまで信用できるものであろうか.ま たメディア側でもビジネスとして数多くの視聴を促すた めに,恣意的なタイトリングや扇動的な記事作成を繰り 返し,人々の感情をコントロールしようとしている.こ れはけっしてマイナーメディアに限った話ではなく,大 手ポータルサイトに掲載されている一般に大手紙とされ るメディアであってもその傾向は否定できるものではな い.特に SNS 上でよく見掛ける真実とはいえない情報 やデマをどのように抑制していくかという課題は現実に Facebookや Google などの IT サービスで対応を試みて いる(http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/ report/15/061700004/111700162/).このような, 本来社会的に求められるメディアの誠実さや信頼を定量 化し,インターネットで適切管理され得るか? という ことは重要な人工知能研究のテーマになるだろう. 伝統的にはメディアの信頼は発信者側の品質・ブラ ンド管理によりこの問題に対応してきたといえよう.大 手新聞だから信頼できるといった具合であるが,一方で 伝統的メディアの既得権益が巨大になりすぎることに よって権力との癒着という本来のメディアの責任が失わ れることも問題になり得る.消費税の低減税率を巡る議 論ではその強すぎる政治的プレーヤとしての大手新聞各 社の立場が明確になったことはよく理解しておく必要が ある.つまり評価の対象となるメディアは必ずしも新興 のメディアだけとは限らず,伝統的なブランドをもつメ ディアもその例外ではあり得ない.3.投票支援システムの可能性
先に述べたように,政治的行為を機械に代替させるこ とは本質的に困難であると著者は考えている.陳情行為 や国会前デモをヒューマノイドロボットが行う様子は少 しイメージしづらい.だが一見矛盾するようであるが, 選挙の投票においては例外的に政治的行為を支援する余 地が十分にあり,むしろ投票にまつわる情報処理コスト の低減は一般の有権者に強く望まれている分野である. 政治的行為の完全なる代替は誰も歓迎しないが,適切な 技術的透明性のもとでの政治的な意思決定支援は求めら れているといえよう.その技術はすでにボートマッチシ ステムとして著者を始め各新聞社などでも実際の運用が行われている.一般的にこれらのボートマッチは投票者 の選好する政策を選択すると,最も政策的に評価された 一致度の高い政党や候補者が表示される仕組みになって いる.この投票支援システムについては,今後さまざま なバリエーションがあり得るだろうし,人工知能研究の テーマとしては極めて取り組みやすく,社会的意義も高 い. 選挙における意思決定支援の取り組みやすさは,意思 決定問題として良構造であることに依存している.公平 の観点から政治的意思を計量的に計測することが選挙で は肝要である.そのために,有権者は提示された立候補 者または棄権という極めて限られた選択肢の中からの選 択を迫られている.各有権者の意思表明はせいぜい数十 の選択肢の中からしか選ぶことができないのが現実であ る.この選挙の仕組みは,意思決定支援システムの出力 を検討するうえで大変望ましい特徴である.つまり意思 決定問題として数理的に単純で扱いやすいことを意味す る.ちなみに我が国では政府的な建前としてもとにかく 投票参加すれば善であるという理解が政治文化として存 在している.そのための選挙啓発予算には多額の税金が 投入されている.これは選挙に参加することにより政治 的意思決定の責任を配分されることになるため,結果的 に社会の安定性に資すると考えられているように著者に は思われる.そのような今日の選挙文化においては,棄 権を推奨する行為は一般的に歓迎されない.結果として 棄権を推薦するようなアルゴリズムは一部のアナーキス トを除いて,一般的な選挙文化的に歓迎されない.あく まで立候補者や政党の中から“投票すべき”選択肢を推 奨することになる. 一方,ほとんどの有権者にとって選挙は唯一の政治的 意思表明の場である.言うまでもなく民主国家にとって 極めて重要なイベントであるが,その判断のための情報 は積極的に与えられているとはいえない.選挙の公平性 を担保するという建前の前に,公職選挙法の改正は困難 であり,インターネットのような技術的イノベーション がもたらす利便性は事実上放棄されている.やむを得ず 有権者が自助努力で判断情報を検索したところで現実的 に負担可能な情報収集コストは限られている. また実のところ,投票行為は外形的・数理的に単純で あるが,実際の投票者にとってはかなり取扱いの難しい 意思決定である.一義的には今後数年間の参政権を委任 する政治家を選択することを意味するが,よほどの知り 合いでもない限りどの政治家が信頼できるかよくわから ないうえに,政策投票を心掛けたところで,政策分野も 多岐にわたる中で自分の政策的選好と一致する政治家が 存在する確率は絶望的に低い. そのような中で,投票者の認知資源を節約するための 支援システムは社会的ニーズも大変高いといえよう.ま た,これまでのいわゆるボートマッチでは政党を選択す る問題として位置付けられることが多かったこともあっ て,政策に基づく投票が望ましいという前提に立ってい た.つまり今日の有権者が投票すべき規準として政策投 票すべきだというイデオロギーに基づいた弱い人工知能 であったともいえる.だが,本来は政策合理性に限らず さまざまな観点からの有権者の意思決定を支援する必要 があるだろう.というのも,ポスト真実現象の発生の影 にはメディアやエリート層に対する不信感をもつとされ る非エリート層の存在が無視できないとされている.こ れらの非エリート層に対して政策合理性に基づく決定を 支援したところで,受け入れられずに社会的分断はさら に拡大するだけではないだろうか. そもそも政策に基づいて投票すべきという政策的合理 性を重視することが必ずしも望ましいとも限らない.政 権交代時の民主党が消費税率増税を断行したり,TPP 反 対だったはずの自民党があっさり TPP 締結に動いたり といったように,実際に選挙前に公約された政策が反故 にされる現象が続いた.そのような現実の環境もあって, 政策規準投票の理論的合理性はかつてのようには存在し ないといわざるを得ない.むしろ別の価値観・規準から の投票推薦アルゴリズムが求められている.極端な一例 をあげると,政治的無関心を改善するために政治家の行 動に対する興味の継続しやすい美男・美女候補を推薦す るアルゴリズムなどがあってもよいだろう.ポスト真実 時代には,それだけ本来政治とは多様なものであり,さ まざまな市民がいることを無視した形式合理性や政策合 理性のみを重視するようなある種のエリート主義はむし ろ否定されるべきものなのかもしれない.
4.集合知としての政体と市場
AIと政治を考えるうえで,社会的知性としての集合知 メカニズムの存在を考えてみよう.集合知の定義は多様 であり,必ずしも定番なものはない.しかし,従来の専 門家の知識内部に所在するとされる,形式的に記述され た専門知に対するアンチテーゼの一つという強い性格が ある.そのうえで,多様性のある分散的な見解の集約に よってより良い意思決定を行うための仕組みであるとい うのが広義の集合知メカニズムであるといえるだろう. 一方で,民主主義はその本質として集合的な意思決定 であり,同時に参加構成員にその意思決定の責任の一部 を配分させる仕組みである.集合知の定義を民主政体に 当てはめることができるとすれば,国家の内包する政府 に対する政治的ガバナンスは自然発生的に成立した集合 知メカニズムであるといって大きな問題はない.本論の テーマである政治と AI は集合知というキーワードです でに結び付いているといえる. さらにいえば,今日多くの民主国家で普遍的価値とさ れる自由主義経済は市場原理に対する信奉から成立して いる.基本的に市場原理の導入は,効率性の高い資源配 分を目指すと考えられているが,そればかりでなく意思決定の結果責任を参加者に配分することによって社会的 不安定を防止する効果もある.その市場原理は,多様な 経済主体の分散的で多様な参加によって成立することか ら,集合知メカニズムの主要な原理としてすでに活用さ れている. もっとも,市場メカニズム自体は誰かが意図的に設計 したというより,生物としての本能的な働きの結果,自 然発生的に表れたものだろう.市場の成立には財産の私 有概念が必要だが,おそらく私有は生物にとっての根源 的な行為のはずである.他者の生命を給餌として採取す ることは不可逆な生命的変化であり,言い換えれば一度 食べてしまったものはもとに戻せないのである.情報学 的にいえば,市場はそのような生物の私有選択アルゴリ ズムをネットワークのノードに活用しつつ,全体の効率 性を高める集合知メカニズムと整理できるだろう. そのような政治と経済という二つの基本システムの原 理がそもそも社会知能的であり,つまり集合知的性質を もつ以上,これらのシステムの隅々でその改善にさまざ まなアルゴリズム改善による人工知能的アプローチが有 効に活用され得ることは必然である.いくつかの例を見 てみよう.
5.多次元データの重要性
複雑系シミュレーションは計算機上に相互依存する サブシステムを備えることで,創発現象を再現させよう という試みである.例えば経済的主体を想定するシミュ レーションであれば,各ノードに比較的シンプルな効用 最大化のアルゴリズムを採用し,創発現象による知性を 導き出そうとする.意識をもつ主体が複雑に相互に交流 することにより成立している社会を理解するための試み としては極めて自然なアプローチである. 複雑系シミュレーションが提唱された当時は KISS 原 則(“Keep it simple, stupid”:バカみたいに単純に)が 重要とされ,例えばエージェントの行動原理はシンプル なものが多かった.また,現実の未来イベントを予測す るための市場シミュレーションである予測市場について も,価格という一次元パラメータに集約されることに価 値があるとされた.この問題はシミュレーションの UI が金融市場のメタファーで理解されやすいという有利な 点もあって今日的に一般に普及を見せている. このスカラー値で表現される価格というパラメータ は,それだけでさまざまな財の計量と交換を可能とする 技術であり魅力的である.だが,数年に一度の政治家へ の投票だけで政治的意見の表明が満足することがないよ うに,価格のように貨幣量で表現されるパラメータだけ では今日求められるさまざまな社会的価値を実現するこ とが難しいケースがある.例えば,NPO のような組織 の行動原理は必ずしも価格パラメータだけでは表現でき ない.その多様性こそ,NPO の社会的価値ですらある. それを数理的に言い換えるとすれば,今後はさまざまな 社会的価値を多次元で把握することがより求められてく るといえる.そのための要素技術は IoT 時代になりさ まざまなセンサネットワークの実現という形で結実しつ つあるし,自然言語処理や音声認識などの技術がそれを 後押しすることはいうまでもない.またオンライン会議 などのリモートワークを支援する技術が一般化していく ことで,参加主体の多様性を増幅させると同時に,さま ざまな組織過程のログが多次元データとして分析可能に なってきていることもそれを後押しするだろう.6.交流からのパターンを抽出
一つ政治分野で注目されるべき例をあげよう.James S. Fishkinにより提唱され多数の国で実施された実績を もつ討論型民主主義(Deliverative Poll)は,無作為に 選ばれた市民が特定の政策課題について討論を行い,そ の前後でどのような態度変容があったか,またどのよう な議論が行われたのかをシミュレーションする技術であ る.我が国における討論型民主主義の実践については曽 根泰教教授が詳しいが,インタビューで特に下記を強調 している [Sone].「重要なのは,一度しか回答を聞かな い通常の世論調査とは違い,討論を重ねることで参加者 の意見が変わっていくことだ.その変化を複数回のアン ケート調査などで捕捉することで,熟議を経たより深い 民意がわかるようになる.また,賛成派・反対派の意見 をバランス良くそろえようと参加者選びの際に恣意的に なってしまいがちなタウンミーティングとは違い,DP は無作為抽出なので参加者の構成が国民の縮図になりや すい.」 この仕組みはいわば一般の有権者の協力を得たうえで 行われるいわば実験室的な政治過程の生成とその態度変 容の記録である.この仕組みに近いものとしては一般の 消費財マーケティングで行われる購買現場の再現を伴う インタビューや実際に国民の判断を司法に生かす取組み としての裁判員制度も関連する制度として取り扱うこと ができる. また,集合知に関心のある研究者らによって,新製 品・サービス開発などを目的としたワークショップやア イディアソンなどの知的交流を伴う創発を期待したイベ ントなどが注目されている.これらのワークショップな どでは,参加者に内在する知識や経験を相互交流させる ことによって,新しい知識を創発することを狙っている. 結果として何らかのアウトプットに結実すればそれに越 したことはないが,そうでないとしても特定の関心をもつ 知人のネットワークを極めて短時間に構築できるといっ たメリットがあり数多くの組織で実践されつつある. 著者はこれらのなかば意図的に発生させようとして いる創発現象のデータの中に,将来的に人工知能が学習 すべきパターンを内包しているように思われる.陳腐な例をあげれば,地球環境問題に関心のなかった市民が実 際のごみ処理現場についてのディスカッションを通じて 態度が変容する可能性が高まるといった,動的な態度変 容のパターンのようなものである.従来このような動的 なパターンの把握は記録装置の限界などがネックになっ ており,特に参加者間の相互作用を記録することは困難 だった.しかし,各種の認識技術や IoT 技術の進展によ りさまざまなログを取得することは実際に行われつつあ る.実のところ,人工知能はこのようなマルチモーダル な多次元ログからパターンを認識する技術としては極め て強力なので,今後は政治やマーケティングにおける知 識獲得や認識を支援していくためのさまざまな技術が実 現してくるであろう.
7.予測市場とスマートコントラクト
市場原理を利用した集合知メカニズムとしてその最も 知られた例は予測市場だろう.予測市場では予測対象と なる将来の出来事にひも付いた証券を市場取引すること で価格を算出し,その価格を予測の参考情報として活用 する集合知メカニズムである.もっとも,すでに特定の イベントにひも付いたさまざまな金融商品が現実の取引 所などで販売されており,予測市場との理論的な線引は 困難である.現実の金融商品は多くの規制をクリアしな いと販売できないが,予測市場とはそのような金融商品 として販売できない証券市場のことか,遊戯的目的のた めにそれら証券市場を模したゲームのことを指している といっても過言ではない.特に明快な貨幣とまでは言い 難いが,それに準ずる便利な交換財としてビットコイン が利用されるようになってから,ビットコインで取引で きる予測市場が支持を集めている. さらにチューリング完全な動作言語をネットワーク上 に搭載する技術であるイーサリウムが登場している.こ の動的処理を内包したイーサリウムネットワークを利用 して,augur をはじめとした非集中型の予測市場がいく つか注目されてきている.これらの予測市場の特徴とし ては DAO と呼ばれる自律分散型契約実行メカニズムを 採用しているところにある.つまり一定の条件が満た された場合に特定の処理が実行されることがブロック チェーン上で保証されているというわけだ.もっとも, 後述するように,著者はビットコイン以外のブロック チェーンについて現状のままで有効なユースケースが現 れることについては悲観的である.そのためこれらのプ ロジェクトが成功するとはあまり考えていない.しかし, 要素技術としては大変興味深い.仮に何らかのイベント 認識がインターネット上で特定の特権管理者に依存する ことなく可能であるとすれば,将来的な人工知能の一つ の入力センサとして活用されると思われる.またスマー トコントラクトと呼ばれる,契約の自動化技術の社会的 インパクトも無視できない.ある客観性をもった認識に 基づく条件の変化があった場合に,特定の処理が“必ず” 行われる技術があるとすれば,さまざまな金融リスクが 理論的に大きく減少するだろう. ちなみに,このスマートコントラクト技術を政治行 政分野で活用することは本来の行政機構のあるべき姿に 沿ったものである.本来政治的な問題は立法府が決めて その執行機関として行政が存在するが,実際には行政の 執行内容が専門的かつ複雑であることが行政の肥大化と 政治的な恣意的行政という問題を引き起こしてきた.し かし,自然言語で書かれる法律や規則よりもチューリン グ完全な言語で記述されたスクリプトのほうがより正確 に執行の条件などを規定できるだろう.さらにその実行 が自動化するとすれば,例えば生活保護受給の水際作戦 のような恣意的な行政運用が不可能になるだろう.8.テクノロジープロパガンダ
最後に,これまでの議論とはレイヤの異なる現象につ いて述べたい.今回の人工知能ブームに関連する,現実 の科学技術政策過程としてのイノベーションの取扱いを めぐる議論である. 端的にいって,今回の人工知能ブームが第三次とされ るということは,以前に 2 回ブームがあったということ である.このようなブームの繰返しは果たしてアカデミ ズムの発展にとって歓迎すべきことなのだろうか. あらかじめ断っておくと,ある種の流行やバブルのよ うなものは必ずしも悪いものではない.中世の錬金術は今 日の化学の基礎となるさまざまな化合物の発見や精製技 術の発達につながったという点で今日でも評価されてい る.ブームとして多数の投資が集まるからこそ開発され る技術も存在するだろう.そのような観点に立てば,科 学技術の振興にとってブームは必ずしも悪いものではな いし,避けられない構造にあるといってもよい.それに 加えて一見無謀なチャレンジを全面的に否定したいつも りもない.よくいわれるように,飛行機を高く飛ばす技 術と大気圏外に脱出する技術は全く異なるアプローチで なければ達成し得ない.ただし,ほぼ技術的には途方も ないチャレンジになっている,一定の冷静さをもった学 術的言論が同時に存在していなければならないだろう. 特に情報学分野ではシリコンバレー型のスタートアッ プ文化が高く評価されている.確かに Y コンビネータの Paul Grahamのような著名な投資家によるとどのプロ ダクトが成功するか? という問題は全く本能的直感で は判断できないようなので,数多くのチャレンジを行う ことが求められている.しかし,その結果として一見無 謀なチャレンジに見える技術スタートアップであったと しても,投資家サイドでも適切な評価がないために実力 以上の評価がされているケースがあるように思われる. もちろん,市場という分散知性の観点からすれば,それ は著者の立場からのしみったれた評価にすぎないから,技術や投資が成功すると考えられる経済的プレーヤの評 価に委ねておけばよいという考え方もあろう. 一方で,アカデミズムの研究開発の資源配分は本来政 府による政治過程の結果として行われている.しかし, 昨今では競争的な資金の割合が増大したことにより,研 究分野間での資源獲得競争は市場的メカニズムの支配力 が強くなりつつある.それは政治的な闘争であり言論空 間における争いである.必然的に技術開発の有用性を各 研究者がアピールして宣伝していく構造となる.やむな く客観的な観点よりも自らがプレーヤ化した主観的な 言論が支配的になることは避けられない.大学発ベン チャーのような利益相反につながる環境であればなおさ らである. さらにこれらの言論を媒介するはずのメディアビジ ネスは,その本質として人々の期待を良い意味で裏切る ニュースや意見に常に飢えている.しょっぱい技術がし ょぼい結果をもたらす地味な現実はニュースにならず, 記者の誤認を含めた派手なニュースばかりがタイトルラ インを飾ることになる. このようなスタートアップやベンダなどの産業界とア カデミズムとメディアの三角関係は基本的に新技術の有 用性を必要以上に声高に主張するばかりで,その客観的 な評価が伝達されることは極めて少なくなる.そういう 構造が形成されると,社会的不利益を被るのは技術に明 るくない一般の納税者であり投資家である.そして著者 はこのような現象にテクノロジープロパガンダという名 前をつけたいと考えている. 日本国内ではそれほど支持者がいないということであ るが,シンギュラリティなどはまさにテクノロジープロ パガンダの一例ではないかと考えている.その他にはブ ロックチェーンなどもあげることができる. すでにバイオや製薬業界では,産業界からのアカデミ ズムへの不正な介入が大きな社会問題となったことはよ く知られているが,それと類似の政治的構造になりつつ あるのではないかという不安は払拭できない. このようなテクノロジープロパガンダのもう一つの構 造として,技術の実現に社会的実装ともいうべき現実の 権力関係が必要なケースが指摘できる. ブロックチェーンを例として考えてみよう.ブロッ クチェーンのような分散的な権力構造を内包するシステ ムを実用化するうえでは,分散的な各主体がブロック チェーンの価値を理解したうえで,現実のインセンティ ブがコストを上回る状態を実現する必要がある.そのよ うな状態を実現できなければブロックチェーンは絵に描 いた餅にしか過ぎない.ただ,伝統的な工学的観点では そのような社会的実装の実現性に関する検討はしばしば 研究上重視されないケースが多いように思われる.もち ろんそれが軌道エレベータのような純粋な萌芽的理論的 研究であれば許されるだろうが,すでにビジネス的な フェーズに入っている段階の技術でそれらの検討が極端 に甘いものは実用的な意味での検討の価値が低いといわ ざる得ない. そのような技術的画餅となり,テクノロジープロパ ガンダとなるのを防止するためには,人文社会的な観点 からの検討を充実させることが一つの解決策になるだろ う.本特集がその役割の一部担うことを期待したい.