1.は じ め に
消費現象は非常に複雑な社会現象として,経済学, マーケティング分野を中心に研究が行われている.消 費者行動研究の分野では,消費者の情報処理過程の観点 からさまざまなモデルが提案されてきた [Bettman 79, Engel 95, Howard 69].国内でも,[仁科 07, 田中 91] な ど,1970 年代から『広告心理』シリーズが刊行されて おり,消費者の心理に着目した入門書は数多く出版され ている.こうした研究では,商品購買時の消費者の情 報処理「精緻化(elaboration)」と認知資源(知覚,知 識,記憶)を中心として,精緻化に影響を与える認知資 源の研究や,それらが選択プロセスや購買後の消費者の 満足感に与える影響について検討し,個人差(事前知 識,処理能力,学習要素,年齢などの属性),および文 脈効果(context effects)の影響が議論されている.特 に,広告メッセージとしての情報を受け手が精緻に処理 する見込みがあるかないかということに基づいた消費者 情報処理モデルである精緻化見込みモデル(elaboration likelihood model)[Petty 86] が有名である.このモデル では,消費者が広告メッセージを受け取ると,その個人 の情報処理能力と情報処理への動機によって情報処理を 行う経路が異なるということを指摘している.広告メッ セージの情報処理への動機が高いか低いかによって,商 品に対する態度変容を起こすまでの経路が変わるとされ る.情報処理能力と動機が高い場合,中心的経路により 広告メッセージ内容そのものを情報処理し,認知的反応 (広告メッセージを支持するかどうかなど)の後,最終 的な態度変容を起こすが,情報処理能力と動機が低い場 合,周辺的経路により広告メッセージ内容の周辺的な手 掛かり(タレントやイメージなど)を情報処理してから, 最終的な態度変容を起こすとされる.こうした消費者の 内部処理に注目するミクロ的な研究では,心理学的手法 が用いられる.個々の消費者に,詳細なインタビュー調 査やアンケート調査を行い,個々の消費者の回答から消 費者行動の傾向など消費現象全体を捉えようとする.し かし,消費者外部の変数が多すぎて,消費現象を決定付 ける要因が何であるか分析しきれない,という課題が指 摘されている [川村 01]. インターネット,検索エンジンの普及に伴い,インター ネット上に公開される大量の消費者情報から,消費者特 性を分析することが可能になってきている.しかし,ア ンケートなどによる心理学的手法で定性的な情報を定量 化するために SD 評定法 [Osgood 57] が必要とされたよ うに,人の特性に関する情報は,そのままでは定性的で あり,特にインターネット上の情報は膨大かつ多様であ るため,そのままでは分析することが困難である. そこで,近年,情報技術を活用し,インターネット 上のビッグデータから消費者動向を捉えようとする研究 が盛んに行われている.[川村 01] は,消費者公開情報 の定性的情報をもとに消費者の認知特性を情報システム で自動的に分析する方法を提案し,事例としてインター ネット電子掲示板の情報をもとに,誰から引用したか, どのような領域の引用か,どのような領域の反応か,ど のような作用か,という 4 要素からなる記号集合体を想 定した消費者認知モデルを提案しているが,今後の課題 として,データマイニング・人工知能技術の動向を踏ま え,より高次の記号体系が分析できるようになるとして いる.次章では,このようなビッグデータから消費者動 向を捉えようとする研究について,主に人工知能分野で の研究を概観する.それに続く 3 章からは,個々の消費 者から少数のデータを取得するだけで,その消費者の知 覚特性を微細に推定し,ビッグデータ化し得る技術を紹 介する.触覚的知覚を対象とした実用例を紹介するが, オノマトペで表現される知覚であれば,視覚,聴覚,味覚, 嗅覚にも適用できる.この技術は,物理世界と個人の知 覚世界の対応関係を視覚化が可能であることから,画像 データの学習で実績のある人工知能へ応用しやすいので はないかと期待しており,本特集号で紹介することにし た.AI に学習させやすい知覚データの取得方法
How to Acquire Perceptual Data That Is Easy to Learn by AI
坂本 真樹
電気通信大学大学院情報理工学研究科Maki Sakamoto Graduate School of Informatics and Engineering, University of Electro-Communications. [email protected], http://www.sakamoto-lab.hc.uec.ac.jp
Keywords:
individual difference, touch, visualization system, perception map, onomatopoeia. 「AI とデータ─データに基づく意思決定と社会イノベーション創出─」2.個人差取得に関する研究概観
2・1 大規模データ収集と情報分析俯瞰 人工知能学会誌 2008 年 23 巻 6 号では,「サービスイ ノベーションと AI その 2」という特集が組まれ,イ ンターネット上の情報の性質や,その活用に関する論文 が掲載されている.その中でも,[本村 08] は,センサ による計測,情報システムの利用履歴の蓄積,ヒヤリン グやアンケート調査などの方法による情報収集(観測), 得られた情報の統計処理やシミュレーション技術による 人間行動などに関する知識のモデル化(分析),解析結 果に基づくサービス提供者とサービス受容者のインタラ クションの最適化(設計),できた最適化モデルを現場 の実サービスに埋め込む運用,という四つの局面を支援 する技術の創出について俯瞰的に議論している.製品や サービスに対して興味や欲求を抱き,それが記憶に残っ て行動に至るプロセスには「個人差」があるため,この ミクロなプロセスを解明することは,古典的な統計,線 形理論や定性的な方法論による従来のマーケティング理 論では不可能であったとし,製品やサービス(本村らの 言葉で言う「コンテンツ」)を分類したうえで,消費者 がそれらを認知・評価したときの行動を観測し,フィー ドバックデータを収集・分析することで,消費者がある 製品やサービスに接触したときの期待価値を定量的に評 価する計算モデルの構築ができるとしている.そこであ げられている具体例では,日常生活での行動観測を高度 なセンサ技術とパターン処理技術を用いて行い,これと 認知・心理学的調査を組み合わせて大量データを収集し, ベイジアンネットワークモデルを構築することで,あ るコンテンツに接触したときの視聴者の内的状態や選択 行動を確率的に予測できるとしている.さらに,コンテ ンツ視聴者の個人属性や個々の人に対するアンケートや インタビューと大量の視聴者の視聴履歴データを加えた ビッグデータを統合することでコンテンツサービスに運 用できる,としている. 本稿で紹介する著者らの技術は,個人のモノとそれに 対する評価に関する少数のデータを取得すれば,その他 のさまざまなモノに接触したときの期待価値を定量的に 予測できるものであり,本村らによって紹介されている プロセスを簡便化できる可能性があると思われる.この 技術を紹介する前に,「個人差」の収集に関するその他 の情報技術について概観する. 本稿で紹介する著者らの技術は,個人のモノとそれに 対する評価に関する少数のデータを取得すれば,その他 のさまざまなモノに接触したときの期待価値を定量的に 予測できるものであり,本村らによって紹介されている プロセスを簡便化できる可能性があると思われる.この 技術を紹介する前に,「個人差」の収集に関するその他 の情報技術について概観する. 2・2 個人の嗜好抽出技術:ネット上の履歴 ユーザのインターネット上の行動履歴を用いて個人の 嗜好を抽出する技術については,情報処理学会誌「情報 処理」の 2007 年 9 月号「特集 利用者の好みをとらえ 生かす─嗜好抽出技術の最前線─」でも紹介されている が [土方 07],今も商用レベルで広く用いられているこ とから,この技術がいかに浸透しているかがわかる.ユー ザの過去の閲覧履歴や購買履歴を用いて,ユーザの嗜好 を抽出する技術である.研究でインターネット上の情報 が用いられるようになったのは 1980 年代後半からで, 1990年代には,情報推薦・情報フィルタリングの研究 が本格的に開始され,枚挙の暇がないほど多くの研究が 行われている [井原 99, 髙玉 13].情報推薦の方法には, 大きく分けてコンテンツに基づくフィルタリングと協調 フィルタリングの 2 種類がある.コンテンツに基づく フィルタリングは,推薦対象のコンテンツからキーワー ドの出現頻度など特徴量を抽出し,ユーザからのそのコ ンテンツに対する評価から嗜好情報を抽出し,モデル化 するものである.協調フィルタリングは,対象ユーザと 好みの近いユーザを特定し,好みの近いユーザが過去に 閲覧したり購買した商品につけた評価値に基づき,対象 ユーザの予測評価値を計算するというものである [土方 04, 神嶌 08]. 著者も,情報検索に関する研究を行っているが,個人 の主観に基づく直感的な情報検索に関するものである. [仲村 11, 仲村 12] は,色彩イメージで表される所望の楽 曲の検索に関する技術を提案している.海を見たとき, 雪景色を見たとき,桜の花を見たとき,その情景に適し た曲を聴きたいというニーズや,もっと漠然とした感性 による楽曲推薦ができたらよいのではないか,と考えた. 楽曲の歌詞に含まれる単語を特徴量とし,各色彩と単語 の想起確率を求めて推薦する.また,「フワキラしたも のがほしい」といった個人の主観による商品検索のニー ズを尊重する情報検索技術に関する研究も行っている [土斐崎 15].この提案手法は,ユーザの興味に即したプ ロファイル作成が難しいことや [土方 04],潜在的に興 味をもっている情報が推薦されにくいといった問題 [加 藤 05],多くの EC サイトで採用されている上述の協調 フィルタリングでは,ユーザにとって既知のアイテムが 推薦されることが多く,満足な推薦結果を得ることがで きない場合があるという問題 [服部 12, McNee 05, 清水 08]を背景としたものである.人は明確にほしい商品を 決めて検索しているばかりではなく,ぼんやりとした願 望の寄せ集めのようなものを心の中にもって購買を行う ことがある [醍醐 95].漠然としたイメージのみで商品 を探すユーザには,商品の具体的な特徴を入力とする検 索方法は適していない. 実際,マルチメディアコンテンツのイメージや印象 といった主観的な基準に対応して,個人に適したコンテ ンツを検索する「感性検索」と呼ばれる研究が行われている [荻野 06].感性検索とは,感覚や感性を表現する 言語を入力することで,目的とする商品情報を検索でき る技術である [吉川 98].Web ページを対象とした感性 検索の多くは,形容詞を検索クエリとし,入力された形 容詞と Web テキストに含まれる単語とのマッチングに よって,その人の感性に適した Web ページの検索を行っ ている [Heymann 08, Yanbe 07].それに対し著者らは, より直感的で,ユーザの自由な表現による情報検索を可 能にするために,「さらさらした布がほしい」といった オノマトペ(擬音語・擬態語の総称)に着目した.形容 詞よりもオノマトペのほうが,微細な質感の違いまで表 現できるとされる [坂本 13a].例えば,「やわらかい毛布」 といっても,実際には「ふわふわした毛布」,「もこもこ した毛布」,「ふかふかした毛布」などさまざまに存在す る.オノマトペを用いることで,ユーザの好みの質感ま で捉えることができる.実際,消費者は,商品に対して デザインや質感といった感性的な側面を重視する傾向が 強いとされる [土斐崎 15].著者ら [土斐崎 15] が提案し ているユーザの好みの質感の商品検索を可能にするシス テムの概要は図 1 のとおりである. このシステムは,オノマトペが表す質感印象を定量化 する手法 [清水 14] を基盤とし,商品画像や商品の印象 を記述したテキストから抽出された質感印象を用いて, 入力したオノマトペが表す質感印象との類似度を算出す ることにより,オノマトペが表す質感印象に合致した商 品画像をランク付けする.したがって本システムは,ク エリオノマトペが表す質感印象の定量化(機能 1),商品 画像がもつ質感印象の抽出(機能 2),オノマトペの質 感印象と商品画像の質感印象の類似度算出(機能 3)の 三つの機能で構成される. 本章で紹介した技術は,いずれも既存の商品の中から ユーザの嗜好に合った商品など情報を推薦することに関 するものであり,ユーザの個々の商品についてどのよう に感じたか,そのユーザ自身のモノの感じ方そのものを 取得するというリアルなモノと人のインタラクションに 基づく技術とは異なる.つまり,ユーザの嗜好に合った 新製品開発までは想定していない.
3.ものづくりのための個人差取得
3・1 ものづくりと AI 人工知能技術は,ものづくり産業でも期待されている. そこでは,インターネット上のバーチャルなデータだけ でなく,ものづくり現場のリアルなデータ,モノと人と のインタラクションに基づくデータを生かすことが,今 後ますます重要になってくると思われる.図 2 は,経済 産業省による「新産業構造ビジョン」一人一人の,世界 の課題を解決する日本の未来(平成 29 年 5 月 30 日産業 構造審議会新産業構造部会事務局作成資料)である. 第 4 次産業革命の第 1 幕はネット上のデータ競争で あったが,プラットフォームは海外に握られ,日本の産 業は「小作化」しているとされる.図 2 の青字(★印) が日本の弱みとして記載されている.そこでこれから勝 負になるのは,リアルデータを価値ある形で利活用し, 革新的製品やサービスの実現につなげるリアルデータ利 活用サイクルであるとされる.図 2 の赤字(☆印)が 日本の強みでありチャンスであり,現場や市場で起こっ ていることを丁寧に拾い上げる力を生かし,リアルデー タから新たな価値を生み出すことなどが重要とされてい る.特に著者が注目しているのは,「微細かつ高品質な モノを理解・評価できる日本の消費者」である.このよ うな日本人の能力によって得られるデータを拾い上げ, 人工知能が活用しやすいビッグデータ化していくことが 重要であると考える. 次節では,モノから五感を通じて感じたことを直感的 に表すときに日本人が日常的に用いるオノマトペを活用 することで,モノづくりに携わる人や商品としてのモノ に接する消費者の評価をビッグデータ化できる可能性を 示唆したい.日本人が「微細かつ高品質なモノを理解・ 評価できる消費者」であることと,日本人がモノから感 じたことをオノマトペで表現することは関係があると思 われる.虫の鳴き声にもしみじみとした情緒を感じ,虫 図 1 オノマトペによる好みの質感の商品検索を可能にする システムの構成図 図 2 経済産業省「新産業構造ビジョン」一人一人の,世界の 課題を解決する日本の未来(平成 29 年 5 月 30 日産業構 造審議会新産業構造部会事務局作成資料より,http:// www.meti.go.jp/committee/sankoushin/shin_ sangyoukouzou/pdf/017_05_00.pdf)の鳴き声を「リンリン」,「チリンチリン」などと区別し, 光っているモノから感じる見た目の違いなどを「きらき ら」,「ぎらぎら」などと区別し,100 円台から 10 万円 台まで価値の幅が大きい高機能クリームの手触りを「べ たべた」,「しっとり」などと区別している.食べたり飲 んだりしたときの食感をオノマトペで表現することが多 いのも同様である.オノマトペは,欧米の言語には少な いとされるが,だからこそ,オノマトペが豊かな国がオ ノマトペを活用して取得できるデータを強みとして生か すことを可能にする技術が必要である. 3・2 モノから感じる個人差を取得するシステム 同じモノでも,人によって感じ方が違う.2 章で概観 したインターネット上の行動履歴に基づく嗜好抽出方法 は,過去の履歴や類似の振舞いをするユーザの履歴から 個人の感じ方を予測するものであるが,実際のモノ(商 品など)をどのように感じるかを予測するものではない. しかし,世の中には実にたくさんのモノ(商品など)が あり,個人がそれをどのように知覚するかのデータを逐 次取得することは困難である.本章で紹介するシステム は,少数のモノ(商品など)についてのユーザ(消費者) の評価から,そのユーザが接触したことのないモノをど のように感じる可能性があるかを推定できるものであ る.具体的には,モノと,その知覚印象を表現するオノ マトペの対応付けから,個人の知覚空間を簡便に把握で きるシステムである.モノと言葉の関係を可視化できる ため,画像データとして人工知能に学習させることも可 能である.以下では,[坂本 16] の概要を紹介し,その すり合わせを行った実装例について述べる. § 1 モノのマップ 実装例では,[Sakamoto 13b] によって標準化された 50種類の触素材を用いた.その触素材を,視覚を遮断 した 21 ∼ 24 歳(平均 22.8 歳)の被験者 10 名(男性 6 名,女性 4 名)に一つずつランダムに提示し,利き手の 人指し指で横になぞる動作と押す動作で触れてもらい, 「温かい─冷たい」,「かたい─やわらかい」,「弾力のある─ 弾力のない」,「湿った─乾いた」,「滑る─粘つく」,「凸凹 な─平らな」,「なめらかな─粗い」の 7 尺度において 7 段 階評定法で回答を求めた.そして,各素材の尺度ごとの 平均評定値から各素材間の相関係数を算出し,多次元尺 度構成法によって図 3 のモノマップを作成した. 実装例では,被験者から取得したデータを用いて,多 次元尺度構成法によりモノの配置を決めており,物理量 による配置はしていないが,企業などで,製品の物理特 性や組成データなどが活用できる場合は,製品間の配置 を物理的な客観的な情報で決めることができるとよいと 思われる. § 2 オノマトペマップ 実装例では,一般的な触感を表すオノマトペとして 2 モーラ(拍,おおよそ 2 音節に相当する)繰返し型のオ ノマトペ 307 語を用意し,それらを“○△○△した手触 り”(○△○△はオノマトペ)という検索語で Google 検 索を行い(2012 年 7 月 6 日実施,Internet Explorer 9), ヒット数が 1 000 件以上のオノマトペ 43 語を選定した. 次に,選定された43語の意味を数量化するシステム[清水 14]に入力し,43 語それぞれに対して,モノ側の評価と 同じ「温かい─冷たい」,「かたい─やわらかい」,「弾力の ある─弾力のない」,「湿った─乾いた」,「滑る─粘つく」, 「凸凹な─平らな」,「なめらかな─粗い」の 7 尺度の評価 値を得た.オノマトペの意味を数量化するシステム [清 図 3 モノのマップの例 図 4 オノマトペの意味を数量化するシステムによる「サラサラ」 の出力結果例 図 5 オノマトペマップの例
水 14] は,日本語のオノマトペが,語を構成する音韻と 語が表す感覚イメージとの間に強い結び付きがあるこ と(音象徴性)を利用し,オノマトペの音韻を入力する だけで,その質感印象を予測するシステムである.図 4 は「サラサラ」の出力結果であり,「乾いた」,「滑る」,「弾 力のない」の数値が高いことがわかる.43 語のオノマ トペの各 7 尺度の評価値を主成分分析し,第 1 主成分を 横軸,第 2 主成分を縦軸としてマップを作成した(図 5). 第 2 主成分までの累積寄与率は 80.9%であった. § 3 少ないデータから個人の知覚空間を推定する モノのマップとオノマトペマップをユーザの主観に合 うようにすり合わせるシステムについて述べる.はじめ に,タッチパネル機能の付いた画面に,オノマトペマッ プが触素材マップの上に触感印象がある程度合うように 重畳された状態で表示する.二つのマップはそれぞれ異 なるデータで独立に作成されたものであるが,同じ 7 尺 度を使用しているため,触素材の印象評価値,オノマト ペマップの軸を参考にして,中心点を合わせ,座標値を 調整し,800×600(横×縦)ピクセルの画面上に重ね 合わせられる. ユーザはオノマトペマップ上の各オノマトペの位置を, それが最も表すと感じられる素材の位置へと移動させ る.このとき,本システムの大きな特徴として,ユーザ が一つのオノマトペを移動させると,その他のオノマト ペもオノマトペの意味を数量化するシステムの出力に基 づくオノマトペ間の類似度に合わせて自動的に移動する. そうすることで,マップ上すべてのオノマトペを配置しな おさなくても,少数のオノマトペを移動するだけで,全 体の配置が調整されることになる.つまり,本システム は,ユーザがいくつかのオノマトペを移動させることを 何度か行うことで,個人の知覚空間を効率的に取得する ことができる.例えば,店頭などで紹介できる少ない商 品について,顧客がどのように評価したか,少しでも取 得できれば,その顧客がその他の商品についてどのよう に感じるかを推定することができる.以下,オノマトペ を自動的に移動させるアルゴリズムについて紹介する. 本システムでは,あるオノマトペ A を移動させた際に, オノマトペ B が受ける影響係数α(0 ∼ 1 の値)を式(1) のように定義し,B も A の移動量のα倍だけ移動させる. 影響係数はガウス関数であり,A と B の距離(D:ピク セル)が大きくなると係数は指数関数的に小さくなる. 式(1)のσの値は A の影響の及ぶ範囲を規定する定数で, 本システムでは 95 とした.例えば,800×600 ピクセ ルの画面上で A と B が 95 ピクセル離れていると,αの 値は 0.60 となり B は A と同方向に 60%移動し,190 ピ クセル離れていると 0.14 で 15%程度移動し,285 ピク セル離れていると 0.01 となりほとんど影響がなくなる. つまり,画面端のオノマトペを移動させたときには,お よそ画面中央より離れたオノマトペには影響を及ぼさな い値である. = α exp -(D) 2 2 (σ)2 (1) ユーザはオノマトペを左クリックしながら移動した 後,右クリックでその位置を固定することが可能で,次 に,別のオノマトペを移動する際には,固定されたオノ マトペの影響も加味して考える.固定されたオノマトペ Aと,次に移動させるオノマトペ B の近傍にある,オノ マトペ C が受ける影響係数βを式(2)で定義する.こ こでは,B と C の距離(D:ピクセル)の影響(第 1 項) 以外に,固定された A と C の距離(E:ピクセル)の影 響(第 2 項)が存在する.ただし,A からの影響は B に 比べて小さく設定してある(第 2 項の分子の値を 2E と している).例えば,画面上で A,C,B が順に 95 ピク セル離れて並んでいるとき,B を移動させると,C は移 動する B から 0.6 の影響,固定された A から 0.14 の影 響を受ける.そのため C は,B の移動に対して 0.46 倍の 移動を行うことになる.また,もし,A と C の距離が B と C の半分だったとすると(E=D/2),影響係数βは 0 になり,C は B が動いても移動しない(固定点の影響が 大きくβが負の値になった場合も,C は動かないとする). = exp -(D)2 2 (σ)2 exp 2 (σ)2 β - -(2E)2 (2) ユーザがオノマトペを固定していくにつれ,βの第 2 項以降に,固定したオノマトペの影響が付加され,移動 するオノマトペの影響が少なくなる.このような手順を 通じてオノマトペマップを触素材マップに合うように変 形していく.もちろん,初期の配置のマップ間の適合度 によって移動の回数は異なるかもしれないが,σを適切 に調整することで一定の配置に収束すると考えられる. § 4 システムの使用方法例 重畳方法についてはすでに述べたとおりであるが,こ のようにしてできたシステムの使用方法を iPad 用アプ リケーションとして実装したもので例示する.図 6 は, 「さらさら」というオノマトペの位置を自分の直感に合っ た位置に移動しようとしている図である. 図 6 iPad 版個人差可視化システムを操作している様子
適したオノマトペがマップ上にない場合は,左上のタ ブに入力してマップ上に追加することもできる.一人一 人の感じ方を表すマップができることで,どういったタ イプのユーザがどのような感じ方をしやすいのかが一目 で把握できる.
4.お わ り に
本稿では,今後重要になってくると思われる,もの づくり現場のリアルなデータ,モノと人とのインタラク ションに基づくデータを活かそうとする場合に貢献でき る可能性のある基礎技術を紹介した.これまでは,イン ターネット上のデータ競争であり,プラットフォームは 海外に握られてしまっていることは否めない.そこでこ れから重要なのは,リアルデータを価値ある形で利活用 し,革新的製品やサービスの実現につなげるリアルデー タ利活用サイクルであると考えられる.モノづくりの現 場や市場の消費者の感覚を丁寧に拾い上げ,リアルデー タから新たな価値を生み出すことなどが重要である.微 細にモノの知覚を取得し,個人差も丁寧に拾い上げ,人 工知能が活用しやすいビッグデータ化していく研究を今 後ますます進めていきたいと思う.◇ 参 考 文 献 ◇
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