幼児期におけるピアノ指導の研究 II : 3歳児グループレッスンの事例の検討
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(2) 北海道教育大学紀要(教育科学編)第62巻 第1号 JournalofHokkaidoUniversityofEducation(Education)Vol.62,No.1. 平成23年8月 August,2011. 幼児期におけるピアノ指導の研究Ⅱ −3歳児グループレッスンの事例の検討−. 水田 香・松永加也子・野呂 任生・寺田 貴雄* 北海道教育大学岩見沢枚ピアノ研究室 *北海道教育大学札幌枚音楽教育学研究室. AStudyofPianoTeachingintheChildhoodII. −ACaseofGroupLessonat3YearsAge− MIZUTAKaori,MATSUNAGAKayako,NOROYoshioandTERADATakao† DepartmentofKeyboardInstruments,IwamizawaCampus,HokkaidoUniversityofEducation. *DepartmentofMusicEducation,SapporoCampus,HokkaidoUniversityofEducation. 概 要 本稿は,幼児を対象としたピアノ指導の留意点について考察したものである。北海道教育大学岩見沢校芸 術課程音楽コースの授業科目「ピアノ指導法Ⅰ・Ⅲ」におけるピアノ指導実習(ピアノ実技レッスンの実習). で実施された3歳児グループレッスンの事例をもとにして,次の4点について提案した。①3歳児のピアノ 指導では,「音楽を形成している音響空間」を理解できるように視覚的活動と連携させたり,身体反応を活 用したりするべきである。②ピアノのよい音を出す基本を体験し,よい響きを味わうことが重要である。③ 幼児が活動に集中できるような環境を準備し,多様な活動を展開できる学習空間を設定するように務めるべ きである。④保護者と協力をはかることで指導上有益な情報を得ることができる。. はじめに 本研究は,ピアノ実技指導において,学習者の. 多様なニーズに配慮した指導計画を立案し,学習. これまでに筆者らは,幼児期のピアノ指導研究 として,ピアノを く弾くこと〉の本質を運動性の 観点から考察し,グループレッスンとして良好な く場〉の設定や,幼児が楽しく学べるための工夫. 者一人一人の教育目標に応じた実践を展開するた. の重要性,家庭での音楽学習を視野に入れた保護. めの方法論の確立を目指した「新しいピアノ指導. 者や家族の活用について提案してきた1。本箱で. 法研究」の一環として,特に幼児を対象としたピ. は,3歳児のグループレッスン(3名,保護者参. アノ指導の留意点について考察したものである。. 加,全9回)を考察対象とし,前回の碇案項目か. 11.
(3) 水田 香・桧永加也子・野呂 佳生・寺田 貴雄. ら選択し,具体的事例と関連させつつより検討を 加えたい。. Ⅰ 考察の対象としたピアノ指導実習の概要. 本稿で考察の対象としたレッスンの概要(実習. 考察対象の事例については,前回同様,北海道 教育大学岩見沢校芸術課程音楽コースの授業科目 「ピアノ指導法Ⅰ・Ⅲ」における学生によるピア. 生立案による計画)は次の通りである。 ① 学習者. ノ指導実習2で実施されたレッスンを,研究素材 として求めている。また,前回の提案を発展的に. 3歳児男子1名,3歳児女子2名 ② レッスンの目標 ・音楽に親しみを持てるよう,遊びのような感. 検討する上からも,前回の報告と同様の構成を採 用し,①ピアノを く弾くこと〉 の技術の指導 ②. 覚で楽しめるようなレッスンを工夫する。 ・音楽の要素(リズム,メロディー,音の高低. く学びの場〉 の設定 ③幼児期のピアノ指導の留. 意点 の3つの視点から論述を進めていく。. 等)を身に付けさせる。 ③ 主な指導内容 次表の通りである∩. 表 実習生によるレッスン(全9回)の主な指導内容 ピアノにさわる活動. 音楽を聴き取る活動. 描く活動(宿題). 第1回 ゆびのたいそう. ピアノにさわってみよう. ドーナッツの絵. 第2回 ゆびのたいそう. ドの位置をおぼえよう. かえるの絵. ドの位置をおぼえよう 第3回. 何の曲がきこえるかな? ぞうさんの絵. かえるのうたをひいてみよう. …かえるのうたに合わせて鍵盤のドを押す 第4回 おほしさまとかみなりの昔を弾いてみよう. 昔の高低を聴き分けよう シャボン玉(丸の形). 第5回 レモンのレ,みんなのミをおぼえよう. 曲のテンポを聴き取ろう 雪の絵(丸の形). 第6回. ゆびのたいそう(左手) ド・レ・ミをおぼえよう. アーティキュレーション おだんご(線の上に丸). を聴き分けよう. ドをさがそう 第7回. …鍵盤上でドを見つけたらドー 曲のテンポに合わせて浜 お家のピアノにもドー ナッツのシールを貼る 奏しよう ナッツを貼ろう かえるのうたを弾いてみよう 音符カードをならべてみ よう. 第8回 発表会の練習(1回通し). 音符カードの復習. 第9回 発表会のリハーサル(2回通し) 庄)おへんじのうた ②ぞうさん(鼻の動きでテンポを感じ取る) 発表会. ③ドレミのうた(ボディサインをつけて,音の高低を感じる) ⑤ジングルベル(リズムに合わせて打楽器を鳴らす). 毎回のレッスンでは次の5つの内容を常時設定. ④かえるのうた(ピアノ). 第4回グループレッスンの主な展開. した。 0′00”挨拶(こんにちは). ・お返事のうた,リズムうた(導入) ・宿題の確認とその他の活動(関連の歌唱など). 歌唱《お返事の歌≫を各自名前で歌う。 2′00”歌唱≪リズムの歌≫手拍子,ひざ打ち. ・音楽を聴き取る活動(主要活動) タンタンタン(ウン)/タタタンタン(ウン). ・ピアノにさわる活動(主要活動) 3′30”ぞうさんの絵(宿題)を確認. ・まとめ. 12.
(4) 幼児期におけるピアノ指導の研究Ⅲ. 合わせて身体を動かす。. 4′35”歌唱≪ぞうさん≫ 指導者は腕で振りを付ける. 24′20” ≪かえるの歌≫拍に合わせて腕を振り. ながら歌う。飛び跳ねながら元気な《か. 5′05”ぉ星さまとかみなりゲーム. えるの歌≫を歌う。. ピアノの高音と低音を聴いて星と雷の 身振りを付けさせる。 8′10”座卓を用意. ピアノの音を聴き,ワークシートに星. 26′50”シールを選んでレッスンカードに貼る。. 29′15”ぉだんごの絵(線の上に丸)宿題 31′00”挨拶(さようなら). と雷をクレヨンで描き込んでいく。. 19′10”完成したワークシートを紹介する。褒 め言葉をかける。 21′15”靴を履いてピアノの前に集合する。 白鍵だけ自由に押してみる。 22′00”ドーナッツの くド〉 を弾いてみる。 23′30”ぉ星さまの音(最高音域)を弾いてみる。 25′00”みんなでお星さまの音を弾いてみよう。 順番に弾いてみる. 26′40”マット上に移動する。ドレミ…のボ ディサインを確認する。. 28′00”≪ドレミの歌≫ボディサインと共に歌う。 29′00”シールを選んでレッスンカードに貼る。. 30′35”シャボン玉(丸の形)の宿題の説明 31′55”終わりの挨拶(さようなら). 第6回グループレッスンの主な展開 0′00”挨拶(こんにちは). Ⅰ 幼児期に可能なピアノ指導の内容. 今回,3歳児3グループ(母子)を対象とした 指導に際して,担当の実習生2名は,主に二つの 指導目標を設定した。 一つは,拍節的な時間の流れや,音高の変化, 音色の変化など,「音楽を形成している音響空間」. を感覚的に理解させることである。音楽の専門教 育で,いわゆるソルフェージュと呼ばれる活動で ある。具体的な指導方法としては,毎回のレッス ンの前半と終盤に,歌唱とリズム打ち,身体表現 が取り入れられた。 指導目標の二つ目は,ピアノを く弾くこと〉 の. 準備段階として,「ピアノに触れさせること」で ある。言わば「ピアノ指導入門」である。具体的 には,毎回のレッスン後半に入った頃に,ピアノ に触れる活動が行われ,指導回数が進むにつれ,. 指の体操(左手). 4′00”動物の指人形を左手に付けて,歌いな. 「音名と鍵盤上の位置を一致させる」ことに指導 が偏向して行った。. がら各指を動かす。 7′10”雪の絵(宿題)を確認 8′30”歌唱≪ゆき≫身振りを付けながら歌う。. 10′45”≪ドレミの歌≫ボディサインと共に歌う。 14′00”靴を履いてピアノの前に集合する。 ドーナッツの くド〉 を見つける。 高い くド〉低い くド〉 も見つける。 18′40” ≪かえるの歌≫を歌いながら くド〉 を. 筆者らは,幼児期のピアノ実技指導(く弾くこと〉. の指導)について,「方向さえ誤らなければ,音 楽的な指導と共に導入することは可能である」と. いう仮説を立てている。今回の学生によるピアノ 指導の実習でも仮説に関して指摘できる事項がい くつかある。以下では,二つの指導目標ごとに実. 習の指導成果を検証し,その改善策を述べること にする。. 弾く。 20′00”先生の真似をして くド〉 を弾く。 21′30”マット上に移動する。 22′35” ≪メリーさんの羊≫のテンポの変化に. 1.「音楽を形成している音響空間」の感覚的理解. ピアノ指導実習で9回のレッスンを通じて行っ た「全員参加の活動」中,以下の3点は,「音楽. 13.
(5) 水田 香・桧永加也子・野呂 佳生・寺田 貴雄. を形成している音響空間」を聴覚および身体を通. 行われた。これは,幼児の活動に活気を与え,音. して理解させる上で大変に効果的であった。しか. 色の違いを理解する上で,全員に大きな効果が認. も,実習生と生徒+母親の3グループ計8名の一. められた。この活動は,将来ピアノで多彩な音色. 体感を自然に育んで行き,全員で「ひとつの音楽. を弾き分ける高度な技術習得の準備として,価値. 空間を共有する」という状態を,知らず知らずの. のある導入であると言えよう。. 内に達成していた。 (1)全員歌唱による「お返事」 「元気にお返事できるかな?」「00ちゃん」「は. 音色や音高の違いを絵や図式などに置き換え,. 視覚的に捉えるようとする工夫は,実習の監督者 として筆者らが学生にアドバイスした。実習生の. あ−い」「とっても上手に出来ました」. 最終報告にも記載されている4が,幼児は「見て. という挨拶を促す歌を歌唱することにより,言語. 分かりやすいもの」,「/ト動物の様な可愛らしいも. 的コミュニケーションと音楽的コミュニケーショ. の」に対して大変に興味を示し,これら(動物の. ン(音楽上の問いかけと応答)を結び付けた活動. 指人形や動物の絵など)を用いることで明らかに. になった。. 反応が良くなることが実感できた。. (2)拍に合わせた身体運動 第6回レッスンの後半では,≪メリーさんの羊≫. 以上,述べてきたように,瞬時に消えてしまう 「音」を使って「音楽を形成している音響空間」. の歌の拍に合わせて歩いたり,音楽の速度に応じ. の特徴を把握させようとする場合,視覚的に匿き. て歩行(ゆっくり歩いたり,速く走ったり)した. 換える工夫しつつ指導する方法が,幼児の指導で. りする3。このような,即応的な音楽に対する身. は効果的である。視覚的置換を用いた方法は,幼. 体反応を通して,音楽を聴きとろうとする意識が. 児だけではなく,年長者の音楽初学者にも有効で. 集中し,拍節的な流れを感覚的に理解する上で効. あろう。また,拍に合わせた身体運動も,音楽の. 果があった。. 拍節的な時間経過を視覚的に把握する方法でもあ. 第4回レッスンの前半のように≪ぞうさん≫の. る。このように,幼児に「音楽を形成している音. ピアノ演奏に合わせて手を左右に振るなど,音楽. 響空間」を感覚的に理解させる際には,聴覚的活. に規則的な拍子があることを感じる事に効果的で. 動と視覚的活動を連携させることが重要である。. ある。指導者の腕の振り方が音楽に合わない動き をしてしまったなど,やや問題があったが,この ような活動は,その後の音楽学習の上で,音楽の. 流れや変化を物体の運動として感じていくための 適切な方法である。 (3)視覚的置換による音色の理解. 第4回レッスンから導入された音色を聴き分け るゲーム「お星棟と雷ゲーム」(ピアノを使った. 2.ピアノに触れて「よい響き」を体験すること. 考察対象とした実習事例では,毎回のレッスン の中盤で,ピアノに触れる活動が行われていた。 第1回では幼児は立ったままで鍵盤に自由に触 れ,第2回以降は椅子に掛けさせ,鍵盤に触れさ せた。. ここで注目したいのは,第1回レッスンで幼児. 聴覚を鍛える訓練法)」も幼児にはごく自然に受. が出した音の美しさである。ところが,第2恒1日. け入れられていた。これは以下の方法で行われた。. 以降,椅子に掛けてピアノを弾きだすと,鍵盤を. ① 音高「高い音か低い音の比較」を聴き比べ て当てる。 ② 音色「ゴロゴロ」「キラキラ」(トレモロを. この違いは何に起因するのであろうか。二つの 要因が考えられる。一つは,姿勢である。幼児の. 使って低音と高音で区別する)を聴き比べる。. 足が椅子からぶら下がり,足裏が床に付いていな. 音色の聴き比べは,聴いた音のイメージをもと. い。つまり重心が不安定な辛が大きな問題になっ. に「色を選んで画用紙に塗る」などの活動と共に. 14. 叩き,音が次第に荒くなって行った。. ているのである。.
(6) 幼児期におけるピアノ指導の研究Ⅲ. 二つめは,補助者の存在である。第1回目では,. 水平方向)については,すでに報告している6が,. 実習生や保護者が幼児の腕を持って,鍵盤にそっ. ここでは,幼児の予備的な指導として十分可能な. と置いている。けれども,レッスンの回が進むに. 垂直方向の運動性について提示しておきたい。. 腕の上下運動を理解するためには,ヨーヨーを. つれ,補助者無しで幼児が一人で鍵盤を叩くよう になり,結果として音が次第に荒くなった。 指導者(実習生)は,このことに対応する必要. 用いるとわかりやすい。下方向への軽い加力で. ヨーヨーが空間を瞬時に打って戻ってくる様子が. があったが,指導の関心が,最後まで音高と鍵盤. 視覚的に明らかである。これは,ピアノの鍵盤に. 位置の対応(ドレミの位置)を教えることに集中. タッチして加力し,力が伝達され,脱力するとい. していた5。. う打鍵運動と同様である。. 幼児のピアノ学習にとって必要なことは,音符 や音高に対応する鍵盤の位置を覚える事ではな. ヨーヨーに対し,下方向に瞬間的に力を加える. く,将来的にピアノを自然に弾ける身体の準備を. (ピアノの鍵盤にタッチ). させることである。. 1. 筆者らは,元々鍵盤の大きさや鍵盤から受ける. 力の伝達. 抵抗を考えると,幼児期にピアノの指導を行うこ とは大変に難しいが,将来を見据えて誤りのない. 1. ヨーヨーが上に戻る. 導入を行うことは十分可能であり,幼児期に必要. (力が抜ける). なことは,ドレミを誤りなく押させることではな 垂直方向の運動は,指で操作できる小型のシー. く,響きのよい音の出し方がある事を体験させる ことである,と考えている。3歳児の手は小さく,. ソーを例に理解することもできる。シーソーの一. ピアノの重い鍵盤を小さく細い指で押す事自体無. 端を指で下方向に押し,反対側が上がって弦を打. 理がある。子どもは,音を出そうと,無理に叩い. つ仕組みを作り,感得させるのである。. てしまいがちである。また,重心が定まらない状 態(足がぶらぶらした不安定な状態)も鍵盤にも. たれ掛かることになる。これはピアノ演奏で最も 悪い状態であり,「鍵盤を叩く癖」を身に付けさ せてしまう。. 匝. 「よい響きを出すための打鍵の準備」は,幼児 の様々な活動,例えば,手を勢いよく振る,上下 に規則的に手を振り下ろす動作を観察すること. 以上のように,幼児のピアノに触れる体験で特. で,十分に可能であると思われる。手を落下させ. に重要なことは,まず脱力して手の重さをタイミ. る,戻す,力を抜く,タイミングを計って指で打. ング良く鍵盤に下し,その結果,良い響きのピア. つなどを自然に身に付ける事は,後のピアノの打. ノの音を出すことと,その昔を十分に聴きとらせ. 鍵に大切である。また,この際,幼児の腕を支え. ることなのである。. ながら下すなどの指導者の補助も有効である。ピ アノ指導の行く末を見据えて,よい響きの音を効 果的に出せるようになるための基盤である「打鍵 の運動性を指導者が良く理解し,整理して指導に 努めること」が,ピアノ教育者には必要不可欠で ある。ピアノの打鍵における運動性(垂直方向と. Ⅱ 学習空間の設定と検討 1.学習環境の整備. 考察対象である実習では,3名の3歳児を2名 の指導者(実習生)がグループレッスンの形態で. 15.
(7) 水田 香・松永加也子・野呂 佳生・寺田 貴雄. 指導を行った。3歳児という年齢と,音楽学習や ピアノのレッスンに慣れていない状況を考えて,. 保護者の協力を得ながら進められるように,学習 環境を整備した。 【事前に用意したもの】 1.カラージョイントマット. 2.幼児用の椅子3脚 3.長方形のテーブル 4.ぬいぐるみ 5.足台 6.トイレの子供用補助便座. 前述した「音楽を形成している音響空間」を感 覚的に理解させる活動のために,次のような工夫 図1机、ジョイントマット,ピアノの配置. をした。. 小中学校の標準的な教室と同様の広さの部屋を 使用したが,今回の学習には広すぎるため,テー ブルを利用して壁を作って部屋の半分を区切り,. 学習空間とした。テーブルで作った壁によって, 学習に無関係な物品をさえぎることになり,学習 に集中できる適切な空間を確保できた(図1)。. ジョイントマットはピアノとテーブルの間に敷 き,マットの上とピアノの前を活動の場とした。 ジョイントマットには弾力性があり,幼時が転ん だときの衝撃を吸収できるため,ケガを防止し安. <>実習生 ○保護者 弓i幼児. 全な活動が可能となる。部屋の中を走り回ること を防ぎ,幼児の活動の場を設定できる点でも利点 があった。また,マットは取り外しも簡単なため,. 図2 ジョイントマット上の配置. レッスン前の少ない時間でもセッティング可能で. あり,多くの点で有効であった。 ジョイントマット上での活動は,小さな座卓を. 参加することで,指導者とも良好な関係を築ける. 中心に置き,幼児用の椅子を黒板,壁としたテー. だけではなく,保護者同士の関係も築け,生徒,. ブル,ドアに背を向けて置き,靴を脱いで座らせ. 保護者,指導者で授業を進めていくための良好な. た。更に,保護者を幼児の横または斜め後ろでレッ. 関係が自然に出来ていった。. スンに参加できるように配置した。指導者(実習 生)2名はピアノを背にしてマットの上に直接座. 図2の配置では,座卓を用いてお絵かきや塗り. り,幼児・保護者と向かい合い,全体を把握しや. 絵を行い,座卓と椅子を片付けた状態で,お返事. すい形態をとった(図2)。. 歌やボディーサインなどの動きのある活動を行っ. 具体的事例は後に述べるが,この配置によって 保護者が幼児の行っている活動を理解し積極的に. 16. た。 数体のぬいぐるみを毎回のレッスン時にピアノ.
(8) 幼児期におけるピアノ指導の研究Ⅲ. の上に置くことにより,教室の中に和やかで楽し い雰囲気を醸し出し,親しみやすい環境を作り出 した。この工夫により,幼児が入室した際に,特 に良い反応が見られた。 前述したように,幼児のピアノ指導において,. 足が床に着いていない状態では,重心が不安定に なっている。これが乱暴な音を出す原因の一つに 繋がっていることから,足台を準備し安定した姿 勢で美しい音を感じることができるように準備し. 図3 ピアノ伴奏時の指導者の動線. た。. 離を移動するだけで,実習生2人が同じ働きかけ 2.衛生安全の確保. インフルエンザ等の予防のため衛生管理に注意 するように実習生に指導した。毎回のレッスンの. を幼児にするなどといった無駄な動きはほとんど みられなかった(図3)。. これは,指導者の役割分担が明確であったこと. 前に掃き掃除をし,その後洗剤で床を磨き,水拭. によると考えられる。このことは実習生の指導の. きをしたジョイントマットを敷くようにした。さ. 手順や内容の工夫なども影響しているが,ジョイ. らに毎回ピアノの鍵盤もアルコール消毒を行い,. ントマットを利用したことにより,学習空間が限. 清潔な環境でレッスンができるように心掛けた。. 定され,結果として無駄な動きを少なくすること. ジョイントマットを敷くことによって,幼児の. が可能になったとも考えられる。子どもを見なが. 転倒時の安全確保にも注意を払っていた。しかし,. ら伴奏をし,歌いながら指導が可能になれば,保. 指導者が目を離した隙にピアノの下にもぐりこん. 護者の協力を得て,指導者1名でもレッスンを進. だ幼児が,ピアノの底に頭をぶつける事態が生じ. めることが十分可能になると思われた。. てしまった。幸い大事には至らなかったが,この. 学習者の動線は,マット上での活動,座卓を使っ. ような事態も想定し,ピアノの下へは入らない約. ての活動,ピアノを弾く活動の3つから成り立っ. 束を子どもとしたり,ピアノの下に空き箱など障. ていた(図4)。活動の範囲は狭いものであったが,. 害物を置いて子どもがもぐり込めないようにした. この3つの活動を組み合わせることによって変化. りするなどの工夫も必要であろう。. をもたせることが出来て,子どもの興味も活動の. また,今回の実習で特に好評だったのがトイレ の子供用補助便座と足台であった。子どもはレッ. 場所とともに変化し,飽きさせずにレッスンに集 中させることが可能となっていた。. スン開始前にトイレに行く辛が多かったので,補 助便座は使用額度が高かった。. 3.指導者と学習者の動き(動線)について 筆者らは拙論において,ピアノ指導をグループ レッスンで行うための指導者の動線を考察した7。 今回はピアノを く弾くこと〉 の準備段階の指導が. 中心のため,指導者1名がピアノで伴奏し,もう 1名はジョイントマット上で歌や体を動かす指導 を対面で行う形態をとった。 ピアノ伴奏のときに1名がピアノまでの最短距. 図4 学習者の動線. 17.
(9) 水田 香・桧永加也子・野呂 佳生・寺田 貴雄. 動線が短いことによって子どもの速やかな移. に触れさせる目的は,ドを探し当てることではな. 動,次の活動へのスムーズな移行が可能となった。. く,音楽の楽しさを知り,音に対する感覚を育む. 最小限の時間で指導の展開が行われ,適度の気分. こと,更にピアノを く弾くこと〉の指導では,ピ. 転換がなされることから良い結果が得られた。. アノ実技の基本である弾く姿勢や,身体を使って 弾く感覚に慣れるということなのである。. 4.発表会の準備. 発表会の練習を始める前までは,前述したよう. 2.響きに敏感になるために. に広い部屋を仕切ることによって,子どもと実習. 前回の報告において筆者らは,よい響きを出す. 年,保護者間に信頼・協力関係が年まれやすくな. ための工夫としてピアノで出せる様々な音色の試. ることを考えて部屋の利用を行ってきた。しかし,. みを碇言した8。今回の3歳児グループレッスン. レッスン終盤は大学のホールで行う発表会の準備. では,高音による音型一星−キラキラ,低音によ. のため,広い空間に慣れさせる必要が出てきた。. る音型一雷−ゴロゴロのように,音の高低からく. そのため,実習生は今までとは逆に部屋を広く. るイメージの違いを幼児らに喚起させ,プリント. 使って指導するように努めていた。. 教材の星や雷の絵に好きな色を塗るという活動を. 今回考察した事例のように,ピアノを 〈弾くこ. 行っている。幼児自身が音を出して響きを確かめ. と〉 の準備段階の指導が中心になる場合,指導さ. る活動の前段階として,音の高低,音色を聴覚だ. れる活動に即した配置等を工夫し,活動の変化に. けでなく視覚的にも捉える活動が重要であること. 応じた動きが可能となるように,学習空間を設計. は,前述した通りである。ここでは更に,以下の. することが重要である。. ような改善を加えることによって学習効果が一層 の広がりを持つと考える。. Ⅳ 3歳児のピアノ指導の留意点 1.ピアノの早期教育で重視すべきこと 前述したように,幼児期のピアノをく弾くこと〉. の導入段階で「ドレミ」を教えることが第一に必. (1)使用する音を限定せずに多くの音を使用する。. ・最高音→遠くの星,少し下の音域→近くの星 ・音型の構成音を変える→塗り絵でそれぞれの イメージの違いを確認する ・音型にヴァリエーションを持たせる→流れ星. 須であるか否かについては,木研究で当初から注. の音,お月様の音,土星の音,遠くの雷,近. 目していたポイントである。ドレミの音名と楽譜,. くの宙,こどもの宙,怒っている大人の宙,. そして鍵盤の位置を一致させることは,ある程度 の年齢になれば,苦もなく理解できることである。 ドの鍵盤上の位置を探す場合,黒い鍵盤が2つの ところを探すことから始めるが,3歳児では数の. 優しい雷など (2)様々な音を,ピアノを用いて表現する。. 元気な音,眠い音,まあるい音,水の音,風の 音,自動車の音など。. 認識についての個人差がある。また,微妙な離れ 具合で黒鍵が二つ並ぶところと三つ並ぶところを. 見分けることは,幼児には相当に困難なことであ. 3.鍵盤を押すこと. 前回の報告では,身体の重さを鍵盤に乗せると. る。実際に今回の考察対象とした全9回の指導実. いうことを体感させるために,手の形をグーにし. 習では,概ねドの鍵盤上の位置を理解したようで. てクラスターで鍵盤に重さを乗せる試みを碇案し. はあるが,間違えて隣の鍵盤を押す場面が最後ま. た。学生らは,グーで黒鍵を弾く,グーで白鍵を. で見受けられた。知識を積み重ねることは,指導. 弾く,パーで黒鍵を弾く,パーで白鍵を弾く,と. 者や付き添う保護者にとって達成度は見えやすい. いう方法で,まず鍵盤に触れることを第一目的に. が,それだけに落とし穴がある。早期教育で音楽. した内容を,実際にレッスンの第1回目から組み. 18.
(10) 幼児期におけるピアノ指導の研究Ⅲ. 込んでいる。グーやパーで鍵盤を弾くことの意味. 協力頂いた保護者の言葉を借りるなら,「手さぐ. は,鍵盤に慣れることのほかに,次のようなこと. りで,宇宙人3歳児を少しずつ理解」していった. が考えられるだろう。. のだった。. (1)グーやパーが生み出す,塊の音の響きを聴く。. 幼児のレッスンを成立させるためには,実際に. (2)グーの塊,パーの塊の音域の幅の差を感じる。. 幼児と触れ合う経験を積み,その月齢の特性の理. (3)黒鍵の塊と白鍵の塊の響きの差を感じる。. 解につとめることが,不可欠である。. 一見単純に鍵盤を弾く動作ではあるが,手の形 や弾く場所を変えているわけであり,指導の工夫 によって耳の感覚を養う活動にまでつなげること ができるだろう。. 4.保護者とのコミュニケーション 前回の報告では,グループレッスンに関わる第 三者の活用について言及した9。保護者が付き添. 幼児によっては,手で鍵盤を弾く活動に慣れて. う形のレッスンでは,母親がレッスンを参観する. くると,鍵盤の上から乱暴に叩く場面が見かけら. ことで,家庭での復習の良き支援者となることが. れる。「00ちゃんの手と鍵盤が痛くなってしま. 期待できる。3歳児グループレッスンで重要なこ. わないように ,良い弾き方をしようね。」などの. とは,保護者とよくコミュニケーションをとり,. 声かけをしながら,次の二点に留意しつつ良い姿. 保護者がレッスンに何を望んでいるか理解するこ. 勢へと導びきたい。. とである。子どもにレッスンを受けさせようとす. (1)椅子の高さを幼児の身体に合わせて調節す る。. (2)鍵盤に身体の重さを乗せやすくするため に,必ず足台を用いて高さを調節する。 この姿勢でグーの手の形で静かに鍵盤を押し下. る保護者の動機として,「音楽的素養を身につけ させたい」とか,「音楽の楽しさを教えたい」な どは当然である。しかし,多くの保護者は,その. 他にも様々な意図がある場合が多い。実際に「ピ アノ指導法」の指導実習の生徒役ボランティアに,. げることを行い,慣れてきたらグーからボールを. 子どもが1歳の時点で申し込みをして2年間参加. 掴んでいる形,すなわちピアノを弾くときの基本. を待っていた幼児の保護者は,次のような申し込. 的な手の形に移行し,鍵盤を押し下げる。. みの動機を語っている。 「私(母親)は元保育士をしていました。/ト. 以上,3歳児のピアノを く弾くこと〉 の導入段 階として考えられることを述べてきた。. 昨今,大手楽器店の音楽教室では,2歳児,1. さい頃少しだけエレクトーンをやっていました が,すぐにやめてしまい,保育士の試験を受け るときにピアノに再チャレンジすることが,と. 歳児のグループレッスンのクラスが設けられてい. ても大変でした。ピアノを弾けると,様々な分. る。そればかりではなく,0歳,1歳,2歳の幼. 野で有利になると考えるので(職業選択の幅,. 児の保護者から,ピアノの個人レッスンを依頼さ. 趣味,人とのつながり?),子どもにやらせたい。. れるケースもまれにある。指導に当たる者は,音. また,指先を動かすと脳の発達に良いときくの. 楽の楽しさ,音感,基本的な事項を伝えることを. で,ピアノをやらせたいと考えました。保育士. 目指しながら,育児書や幼児教育の専門書を研究. 時代は0歳児から世話をしていましたが,小さ. し,常に「この月齢ではどのようなことが理解で. いときに歌ったり,手遊びをしたり,音楽に触. きるか」ということを念頭においてレッスン内容,. れていると,大きくなっても歌や音楽を好きに. 言葉の選び方,伝え方,補助教材を準備する必要. なる例をよく見ていますので,そのように自然. がある。今回3歳児のグループレッスンを担当し. な流れで子どもにもピアノを好きになってもら. た学生らは,事前にある程度3歳児についての情. いたいと考えました。」. 報を得ていたが,当初は戸惑うことが多かった。. 更に保護者は,音楽以外の家庭での様々な教育. 19.
(11) 水田 香・桧永加也子・野呂 佳生・寺田 貴雄. 方針に関連する効果や影響をも,グループレッス. あもしたい,こうもしたいと,夢を無限にふくら. ンに期待している。前述の母親は,レッスン担当. ませて毎週のレッスンに付き添ってくるのであ. の実習生に対し,指導の際は姿勢を良くして欲し. る。幼児のレッスンにおいて個々のニーズに合わ. いという希望を述べ,その理由として以下のよう. せたピアノ指導を行うためには,家庭の教育方針. に答えている。. を深く理解するということも,ピアノ指導者には. 「子どもはすぐに,親や先生の真似をします。. 不可欠であろう。. 言葉遣いや姿勢,居ずまいはきちんとしなくて はいけないと思います。私自身,保育士学校時 代の先年からも,そのように指導を受けまし た。」 このような音楽学習に直接関わらない音楽外の. 教育的要求を持つ保護者は,決して少なくないの である。. また,母親からどのくらい自立しているかにつ. おわりに. 本稿では,3歳児のグループレッスンを事例と して,幼児期のピアノ指導について検討してきた。. 3歳児のピアノ指導では,「音楽を形成してい る音響空間」を感覚的に理解するためには,聴覚 的活動と視覚的活動を連携させることが重要であ. いて,3歳児では個人差が大きい。兄弟の有無や,. り,ピアノに触れる活動では,脱力して手の重さ. 保育園や幼稚園に通っているか,といった事情を. をタイミング良く鍵盤に下し,良い響きのピアノ. 把握しておくためにも,保護者とのコミュニケー. の音を出すことと,その昔を十分に聴きとらせる. ションをうまくとる努力をするべきである。今回. ことが特に重要であった。また,一般的なピアノ. のグループレッスンでは,ある幼児が2回目以降. 指導では,ドレミの鍵盤上の位置を覚えることに. のレッスンで,殆ど毎回といってよいほど,機嫌. 力点が置かれるが,音楽を聴取する耳を育てるこ. を悪くしていた。筆者は8回分のレッスンの記録. とがより重要であり,ピアノのよい音の響きを体. 映像をあらためて見た。この幼児にはレッスン開. 感できるように指導内容を工夫すべきである。. 始時の1ケ月ほど前に生まれたばかりの兄弟がお. 更に,学習空間を幼児の特徴に即して準備した. り,母親がレッスンに連れてきていた。1回目の. り,保護者の教育に対する考えを理解したりする. レッスンの最初の15分くらい,幼児は上機嫌で. ことを通して,学習者に応じたピアノ指導の立. あったが,他の2人の幼児は母親と2人だけの活. 案・実施を可能にすると言えるだろう。. 動で膝に座ったりできるのに対し,自分の母親は 赤ちゃんを抱っこしていて膝の上には座れない状 況に気が付き,はっとした表情を見せた瞬間が あった。経験の豊富な指導者で,この状況を前もっ て充分に把握していれば,赤ちゃんを寝かせる籠 を用意し,幼児が他の親子と同様に母親と二人で 活動できる環境をつくるアドバイスができたであ ろう。. 幼児のレッスンに付き添う母親のタイプは職業 も含めて様々であり,どのような期待を持って,. 註および引用文献 1 水田香,松永加也子,野呂任生,寺田貴雄(2010)「幼 児期におけるピアノ指導の研究−〈弾くこと〉 を楽し く学ぶ実践の工夫−」『北海道教育大学紀要(教育科学 編)』第61巻第1号,233−247頁. 2 受講学生が実習生としてピアノ実技のレッスンを行 う実習である。生徒役を一般市民から公募し,8∼9. 回程度のレッスンを実施する。 3 拍子拍(meterbeat)やテンポ拍(tempobeat)の 知覚と反応は,拍への同期(synchronization)が基盤. どのような教育方針で,具体的に何を望んで参加. となる。リズム反応の発達研究において「同期」は,. しているのか,指導者は情報を最大限収集するこ. 発達過程の出発点であると考えられており,3歳から. とが必須である。やっと1人で歩き,言葉を話し 始めたばかりの幼児の将来を思い描いて,親はあ. 20. 6歳にかけて急激に発達する。幼児期のリズム同期に ついては,次の文献を参照されたい。梅本尭夫(1999).
(12) 幼児期におけるピアノ指導の研究Ⅲ 『子どもと音楽』東京大学出版会,70−77頁. 4 ピアノ指導実習のまとめとして学生が碇出した報告 書には,実習を通して感じた3歳児の特徴について次. にように記されている。 ・体を動かすことや,踊ったりすることが好きである。 ・正確な音程で歌えなくても,大きな声を山し,歌う ことが楽しい。. ・かわいい動物の絵が描いてある教材,色彩的なもの. に興味を示す。 ・ピアノの最低音に対しては怖いイメージを持つ子供 もいる。 ・テンポの違いは敏感に感じ取ることが出来る。 5 ここで実習生が指導した内容は,ピアノ入門指導法 として多くの教則本でも取り上げられ,ピアノ教育者 の多くが行う方法一五線譜でドを教える,書かせる, 鍵盤のドを探し弾かせること−である。これ自体は, ゲームとして面白くもあり,活動は活発であった。し かしながら,音楽的に見て幼児に有効な活動であった. かどうかは疑問である。 6 水田香,松永加也子,野呂任生,寺田貴雄(2010), 前掲論文,236−239頁.. 7 同上,240−241頁. 8 同上,243−244頁. 9 同上,245頁.. (水田 香 岩見沢校教授) (桧永加也子 岩見沢校准教授) (野呂 佳生 岩見沢校教授) (寺田 貴雄 札幌校准教授). 21.
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