日本歯科評論 コラム「文献と臨床の橋渡し」 約 3,000 字,図表1~3枚(1 枚 200 字換算) がん化学療法を受けている患者に対する口腔内管理の意義 岡山大学病院 中央診療施設 医療支援歯科治療部 副部長・助教 曽我 賢彦 〒700-8525 岡山市北区鹿田町2-5-1 はじめに 本稿を依頼された期と同じくして,中央社会保険医療協議会から診療報酬改定に関する 答申がなされた。周術期における口腔機能の管理等,チーム医療の推進が重点課題の一つ とされ,歯科医師等によるチーム医療や医師等との連携を推進する観点から,がん患者等 の周術期における歯科医師の包括的な口腔機能の管理等を評価し,管理料等の新設が答申 された。 筆者らはこの 10 年来,本院で化学療法あるいは放射線治療を受ける白血病等の患者に対 し,血液内科医と協力して口腔内の管理を行ってきた。この内容は新設される「周術期口 腔機能管理料(Ⅲ):放射線治療や化学療法を実施する患者の口腔機能の管理」にちょうど 該当する。 本稿では,筆者らが血液内科とのチーム医療で経験し発信してきた文献を中心にご紹介 させていただき,化学療法を受ける患者の口腔内管理について白血病を例とし「文献と臨 床の橋渡し」をさせて頂こうと思う。 急性白血病の治療と易感染性 急性白血病の治療は,抗がん剤による化学療法が中心である。急性白血病の治療のおお まかな流れを図 1 に示す。寛解導入療法および寛解後療法(地固め療法)と呼ばれるがん 化学療法が数回行なわれ,腫瘍細胞の減少が図られる。各々の化学療法の度に,白血球数 が約 2~3 週間著しく減少する。化学療法のみで治癒が難しい場合には造血幹細胞移植が行 われる。大量化学療法および放射線全身照射が行われ,腫瘍細胞を最大限に減少させた後 に造血幹細胞移植が行なわれる。生着までの約 2~3 週の間,白血球数はゼロに近い値で推 移することが多い。 発熱性好中球減少症と歯性感染 白血球減少期には発熱性好中球減少症(febrile neutropenia;FN)が高頻度に発生する。日 本では好中球数が 500 µL 未満あるいは 1,000 µL 未満で 500 µL 未満になる可能性がある状
況下で,1 回の腋窩温で 37.5℃ 以上(口腔内温≧38℃)の発熱が生じ,薬剤熱,腫瘍熱, 膠原病,アレルギーなどの発熱の原因が除外できる場合を FN と定義している1) 。急性白血 病をはじめとする造血器疾患や固形癌に対する強力な化学療法,放射線療法,そして造血 幹細胞移植に伴う FN は,敗血症様の症状を呈しながらも原因菌は不明の場合が 70~80 % を占め2, 3) ,重症化し致死的となることも希ではない。 FN 発症時には複数の感染症が疑われ,歯性感染巣単独との関連を考察するに困難なケー スが多いが,筆者は FN の原因に歯性感染も相当に含まれていると推察している。中等度~ 局所的に重度の歯周炎を有する患者において,口腔以外の感染症の発症が白血病治療を通 じて否定的であり,複数回行われた化学療法の合間の血液像改善時期に歯周病治療を施す ことで,FN が減少した症例を経験している4) (表1)。 白血病のみならず,骨髄抑制で白血球減少を伴う抗がん剤あるいは放射線治療全般にお いて,歯性感染巣は FN の原因となり得る。可能な時期に適切な歯性感染巣の除去を行うこ とは FN の発生予防に役立ち,腫瘍医の治療が歯性感染巣で妨げられることを防ぎ得る。ま た,歯性感染巣に対応するための抗生剤の使用を減らし,耐性菌の発生を減らすとともに, 医療経済的な貢献5) にも繋がり得る。本院では血液内科と連携をとり,化学療法の合間で血 液像が回復した時期に,可能な歯科治療を積極的に行なっている。 口腔粘膜障害対策 抗がん剤や放射線によるがん治療は,時に口腔粘膜の広範かつ重篤なびらん(口腔粘膜 障害)の副作用を惹起する。重度の口腔粘膜障害は麻薬性鎮痛剤を要するほどの耐え難い 疼痛を引き起こす。がん治療における口腔粘膜障害への国際的な臨床ガイドラインの一つ に Multinational Association of Supportive Care in Cancer/International Society of Oral Oncology (MASCC/ISOO)が作成したものがある。これによれば,大量化学療法や造血幹細胞移植治療 を受ける患者の 100 %に,頭頸部腫瘍の放射線治療を受ける患者の 80 %に口腔粘膜障害が 発生し得る6) 。筆者らの造血幹細胞移植患者を対象とした調査でも,大量化学療法・全身放 射線治療を伴う造血幹細胞移植で,移植後 7~10 日をピークとして約 80 %の患者が口腔粘 膜障害を発症7) しており,時に口腔粘膜全面が潰瘍を来すような重篤なものも見られた。 口腔粘膜障害は骨髄抑制による白血球減少期に発生し,感染の危険を高める。造血幹細 胞移植期では多種多様の抗生剤が使用される結果,口腔内の常在菌叢は消失し,日和見感 染に関与する菌への菌交代現象が起こっている8) 。時に抗生剤多剤耐性菌も検出され,通常 考えられないような細菌の侵入門戸となり,致死的になることがある9) 。 このような背景から,本院では血液内科入院患者に対し,口腔内の感染源の量的減少を 目的に徹底した口腔衛生指導を行っている。がん治療の副作用によりブラッシングが行な えないほどの倦怠感等を来した場合は,術者みがきや口腔清拭などで対応している。 感染源の量的減少とともに,細菌の侵入門戸を減らすため,口腔粘膜障害対策・粘膜保 護も積極的に行っている。口腔粘膜の保護において唾液は重要な役割を果たすが,化学療
法等が引き起こす唾液腺障害で粘膜の保湿度は低下する 10) 。市販の口腔用保湿剤で感染を 助長しないもの11, 12) を用いて,粘膜保護を積極的に行っている。 保清による感染源の減少と保湿による粘膜保護を病棟一丸となって実施したところ,驚 く結果となった。造血幹細胞移植を受けた患者で潰瘍を伴う口腔粘膜障害を呈した者の割 合について,当初 76 %であったものが 20 %にまで減少した13) 。重篤な口腔粘膜障害を発症 させずに移植を乗り切らせられるケースが多くなっている。 おわりに 化学療法を受ける患者の口腔内管理について白血病を例とし「文献と臨床の橋渡し」を させて頂いた。口腔粘膜障害や骨髄抑制の副作用を伴うがん治療は他の固形腫瘍でも多く なされている。外来化学療法で通院によりがん治療を受け,日常生活を自宅で過ごす患者 が多くなりつつあり,かかりつけ歯科医師が前述のようながん治療による口腔の副作用へ の対応を求められるケースが増しそうである。かかりつけ歯科医師は,がん支持療法を担 い得る重要な存在である。今回の診療報酬改定は歯科にこの役割を期待し担わせるための ものと捉えることができるかもしれない。歯科が活躍する場を広げる絶好の機会と考えら れる。
治癒へ
再発
白血病細胞
正常白血球
寛解導入療法
寛解後療法
(地固め療法)
寛解後療法
(地固め療法)
寛解後療法
(地固め療法)
寛解後療法
(地固め療法)
細胞数
血液学的完
全寛解
*
積極的な歯科治療が可能な時期
抗がん剤投与
図1
表1
好中球数
<1,000 (日) うち腋下温>37.5 ºC (日)
割合
(
%)
25
12
48
初回寛解導入
15
3
20
地固め
1回目
23
5
25
地固め
2回目
10
0
0
移植期
歯周病治療
歯周病治療
歯周病治療
1 Masaoka T: Management of fever of unknown origin in the neutropenic patient: the Japanese experience. Int J Hematol, 68 (Suppl 1, 9-11) 1998.
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3 Tamura K, Imajo K, Akiyama N, Suzuki K, Urabe A, Ohyashiki K, Tanimoto M and
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4 Soga Y, Yamasuji Y, Kudo C, Matsuura-Yoshimoto K, Yamabe K, Sugiura Y, Maeda
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6 Rubenstein E B, Peterson D E, Schubert M, Keefe D, McGuire D, Epstein J, Elting
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11 Sugiura Y, Soga Y, Tanimoto I, Kokeguchi S, Nishide S, Kono K, Takahashi K, Fujii
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12 Sugiura Y, Soga Y, Yamabe K, Tsutani S, Tanimoto I, Maeda H, Kokeguchi S, Fujii
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13 Soga Y, Sugiura Y, Takahashi K, Nishimoto H, Maeda Y, Tanimoto M and
Takashiba S: Progress of oral care and reduction of oral mucositis--a pilot study in a hematopoietic stem cell transplantation ward. Support Care Cancer, 19(2): 303-307, 2010.
図表の説明 図1.急性白血病における化学療法での白血病細胞数と正常白血球数の推移,そして積極 的な歯科治療が可能な時期のイメージ 化学療法のみでは予後が悪いと考えられる場合,この後に造血幹細胞移植治療がなされる。 *顕微鏡検査をしても白血病細胞が目で見た限りはなくなり,同時に白血球,赤血球,血小 板の数が正常な範囲内にある状態。全身にはまだ多くの白血病細胞が残っている可能性が ある。 表1.歯周病治療の遂行に伴い化学療法時の FN の発生日数が減少した一症例