村野四郎「鹿」の国語科授業実践における解釈の固定化をめぐって 利用統計を見る
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(2) 平成30年 (2018年) 度. 山梨大学教育学部紀要. 第 29 号 pp.89-109. 村野四郎「鹿」の国語科授業実践における 解釈の固定化をめぐって Dispute over Immobilized Interpretation in Japanese Classroom Practice Using “ Shika” by Shiro Murano 茅 野 政 徳 Masanori KAYANO 1 詩人村野四郎と詩集『亡羊記』 詩人村野四郎(1901 ~ 1975)は,江戸時代から酒問屋を営む北多摩地区(現・府中市)の旧家に 12 人兄弟の4男として生まれた。父や兄の影響を受け,特に,著名な歌人として歌誌『香蘭』を主宰した 兄次郎の教えに耳を傾け,幼少期から文学の世界に誘われていった。兄次郎は,家庭回覧雑誌『藻塩草』 を発行するほど熱心で,12 歳の四郎も俳句を投稿した記録が残っている。19 歳の時, 『中央文学』の新 傾向俳句欄で一等に入選すると,選者であった萩原井泉水が主催する層雲社に加入し,俳句づくりに没 頭する。翌年慶応大学に入学。卒業後は理化学工業に就職したものの,すぐに詩誌『旗魚』の発行に携 わり,60 代まで働きながら詩を作る生活を続けた。65 歳で理研電解工業の会長職を辞するまで実業家 として実績を残す一方,48 歳で現代詩人会設立の発起人に名を連ね,52 歳で幹事長に就任し,翌年に は日本文芸家協会理事に就任するなど要職を歴任しながら,詩作に励み,数々の詩論も発表した。7に おいて,村野四郎作品の中学校,高等学校国語教科書への掲載状況を提出するが,平成期の掲載は数少 ない。そのため,現在では詩人村野四郎の業績や詩にふれたことのない生徒が増え,童謡「ぶんぶんぶ ん」や卒業式に歌われることの多い合唱曲「巣立ちの歌」の作詞者としての顔の方が有名かもしれない。 村野四郎は,生涯に 11 冊の詩集を上梓している。第1詩集『罠』は,大学在学中に刊行され,第2 詩集『体操詩集』は,版形の大きさ,新即物主義の実験的詩作,様々なスポーツを題材にした詩にベル リンオリンピックで実際に演技する選手の写真を組み合わせたこれまでにない体裁など様々な点で衝 撃を与えた。そして,第9詩集『亡羊記』(1959)で第 11 回読売文学賞「詩歌・俳句賞」(1960)を受 賞する。この詩集は,「戦争の時代を経て,壮,晩年期を迎えた四郎の心を益々とらえたのは人間の存 在そのものでした。頼るもののない暗い時代にあっても,ニヒリズムに落込まず,自身の責任と主体性 によって生きようという実存的な観点から詩が作られるようになり,新たな文明批評の精神を獲得しま (1) と位置付けられ,受賞を知らせる新聞には,室生犀星から した。第9詩集『亡羊記』はその集大成」. 「現代詩の一頂点」と題した書評が掲載される。その中で「「亡羊記」は現代の詩の一つの尖塔(せんと う)でありこの詩人が三十数年間にわたってこのような若さを養うて来たこと,少しの現識をも失わ (2) ずにいたことは驚きである。我々はその若さを持たねばならないことさえ容易ではないからである。」. と評されている。また,研究者であり詩人でもあった鍵谷幸信(1969)は,村野に対して,「村野作品 が『実存の岸辺』『抽象の城』それに近作の『亡羊記』に至って,テクニックという点では恐らく現代 詩人中他の追従をゆるさない。ことわるまでもないことだが,その村野の詩のテクニックは表現を探索 する苦闘の上に築かれた詩精神と密接につながった。つまり「探索としてのテクニック」であり,この ことでは全く完璧の域に達している。(中略) 『亡羊記』の中にある「鹿」という作品でもわかるように, 村野の詩は,きわめて緻密なコンテキストと構成の上になり立っており,その詩行,詩語は,どれ一つ としてぬきさしならない意味を担っており,どの一行,どの一句を取りはずしても成り立たないもので あろう。詩語の緊張度,構成の堅牢さということでは村野に勝る現代詩人は一人もいない。」と賞賛の 言葉を贈る。 - 89 -.
(3) 平成30年 (2018年) 度. 山梨大学教育学部紀要. 第 29 号. 本論では,詩人村野四郎の円熟期の代表詩集『亡羊記』の中から,先の鍵谷の評論の中でもふれられ, 代表作の一つとされる詩「鹿」に焦点を当てていく。 2 中学校,高等学校国語教科書における村野四郎作「鹿」 7に,中学校,高等学校国語教科書に掲載された村野四郎作品一覧を載せている。中学校では,35 編中 23 編が詩である。その他はほぼ詩論であるが,学校図書が4期に渡って掲載を続けた「少年と小 鳥」は,詩でも詩論でもなく,随筆集『新人の鶏』からの採録となっている。1960 年代の掲載が非常 に多いことも特徴といえよう。なお,詳細は別稿にて論じるが,小学校国語教科書にも村野四郎の詩は 複数掲載されている。しかし,詩論は小学生の児童には難度が高いと判断されたためか,取り上げられ ることはなかった。 高等学校には,1960 ~ 1980 年代を中心に 1950 年代後半から 2000 年代まで満遍なく掲載が続き,こ れまで約 100 編もの作品が掲載されている。そのうち7割近くが詩である。第8詩集『抽象の城』所収 「さんたんたる鮟鱇」,第2詩集『体操詩集』所収「飛び込み」は多くの掲載があり,同詩集に収録され た「鉄棒」, 「鉄亜鈴」も幾度となく掲載されている。そして, 『亡羊記』からは「鹿」, 「空地の群落」, 「モ ナリザ」,「秋の化石」などが採録される。中学校,高等学校の国語教科書全体を見わたすと,「さんた んたる鮟鱇」, 「鉄棒」, 「飛び込み」,そして「鹿」が掲載作品の四天王といえる。その中で, 「鹿」の掲 載状況を詳しく示したのが,以下の表となる。1970 年代に7回の掲載があり,中学校国語教科書にも 一度掲載が確認できる。1981 年を最後にしばらく掲載がなかったが,2004 年から東京書籍が掲載を始 めている。 番号. 校種. 発行. 掲載期間. 出版社. 書 名. 備考 「 」出典. 1. 高. 1967. 1967-1970. 角川書店. 現代国語2 改訂版. 「亡羊記」. 2. 高. 1967. 1967-1970. 明治書院. 改訂 現代国語1. 「亡羊記」. 3. 高. 1970. 1970-1972. 明治書院. 現代国語1 三訂版. 「亡羊記」. 4. 高. 1971. 1971-1973. 角川書店. 現代国語2 三訂版. 「亡羊記」. 5. 中. 1972. 1972-1974. 学校図書. 中学校国語3. 「村野四郎全詩集」. 6. 高. 1973. 1973-1975. 明治書院. 現代国語1. 「亡羊記」. 7. 高. 1976. 1976-1978. 尚学図書. 現代国語1. 「鑑賞現代詩Ⅲ(昭和)」. 8. 高. 1976. 1976-1978. 明治書院. 現代国語1 新修版. 「亡羊記」. 9. 高. 1979. 1979-1981. 明治書院. 現代国語1 新修二版 「亡羊記」. 10. 高. 2004. 2004-2007. 東京書籍. 新編 現代文. 11. 高. 2008. 2008-2016. 東京書籍. 新編 現代文. *出典が教科書に明記され,確認できた場合に限り,備考欄において「 」で記している。. - 90 -.
(4) 村野四郎「鹿」の国語科授業実践における解釈の固定化をめぐって. (茅野政徳). 3 「鹿」の解釈の固定化-3名の実践からー 鹿. 鹿は 森のはずれの 村野四郎. 夕日の中に じっと立っていた 彼は知っていた. 小さい額が狙われているのを. けれども 彼に どうすることが出来ただろう. 彼は すんなり立って 村の方を見ていた. 生きる時間が黄金のように光る. 彼の棲家である. 大きい森の夜を背景にして. (1)斎藤喜博の実践 国語教育関連図書や国語教育に関する月刊誌,季刊誌などを調査した結果,「鹿」を教材にした実践 を多く見つけることはできない。「鹿」の実践を語るうえで最も取り上げられるのが,斎藤喜博が 1973 年に宮城教育大学附属中学校の2年生を対象に行った授業である(3)。この授業については,吉原英夫 (1996)と作間慎一(2008)が詳しく検討し,吉原は授業記録の一部を載せたうえで,詩中の「じっと」 と「すんなり」という言葉に焦点を当て,生徒と授業者の解釈のずれを以下のように指摘している。(下 線は引用者,以下同). 斎藤氏は,二行目の「じっと立っていた」と七行目の「すんなり立って」をとりあげ,それぞ れの語からどのような感じを受けるかについて聞いている。七行目の「すんなり」については, 「何 も感じないで,抵抗しないで」「身がまえを持たないで,すらっとして」「自然な状態でいる」と いう生徒の発言があり,斎藤氏はそれらを受けて, 「どこにも力がはいっていないで,やわらかく, しかも,だれたところがなく立っている」とまとめているが,生徒の発言と斎藤氏のまとめとの 間にはずれがある。生徒の「抵抗しないで」「身がまえを持たないで」という発言は,明らかにこ の詩の三行目から六行目をふまえたものである。それに対して斎藤氏の「どこにも力がはいって いないで,やわらかく,しかも,だれたところがなく立っている」というまとめは,「すんなり」 の一般的な意義を説明しているにすぎない。斎藤氏は生徒の発言を正確に受け止めていないので ある。「じっと」については,斎藤氏が「『じっと』という言葉のなかには,何か『きりっ』とし た冴えた感じがある。決意のようなものもあるし,荘厳な感じとか,こらえた悲しみの感情のよ うなものもふくまれている」とか「何か,きびしい,澄んだ美しさがある」と,自分の受け止め 方を一方的に述べている。(中略)(引用者注:斎藤氏は)「この『じっと立っていた』というのは, どういうこと?」とか「『すんなり』というのがありますね。これどういうの?」というように漠 然と問いかけ,一方的に自分の受け止め方を述べているだけであって,どのような「読み方」を すれば,「じっと」と「すんなり」という言葉を的確に読み取ることができるかという指導をまっ たく行っていない(4)。 吉原は,生徒が叙述をもとに表出した解釈を受容したように見せながら,時に辞書的意味を重視し, 時に語句の意味を拡張し,自らの解釈に固執する斎藤の様を批判的に検討している。作間も授業記録の (5) について次のようにまとめている。 同様の箇所に着目し,斎藤が「鹿」に対して描いた「アスペクト」. - 91 -.
(5) 平成30年 (2018年) 度. 山梨大学教育学部紀要. 第 29 号. 齊藤 (1983) は, 『鹿』に次のようなアスペクトを描いた。じっと立っていた鹿には,冴えた感じ, 荘厳さ,こらえた悲しみ,きびしい,澄んだ美しさがある。狙っている大きなものに対して鹿は 小さい。ぴたりと照準が決まっていて,動いても逃げられなくて,死が迫っている。しかし,す んなり立っている鹿は,どこにも力が入っていないので,柔らかく,しかもだれた所もない。自 分の死が迫ってきたときに,今まであったことを全部忘れて,それを越えた,遙か高い願望があっ て,安らかな,美しい気持ちで村の方を見ていた。自分の死だけを待って安らかな美しい気持ち で村の方を見ている。ぎりぎりの場に立ったとき,自分の気持ちが圧縮され,純粋になり,集中し, 一瞬,ぱっと黄金のように光った。このようなアスペクトは,「死を避けられないと悟った者の生 の充実」という枠組みから描かれていることがわかる。 斎藤は,自らの解釈を生徒に提示している。その解釈は,生徒のそれと大きなずれが生じていた。し かし,それを異に返さず,一方的に自らの解釈を生徒に押し付け,授業が終了する。 「鹿」の実践において, このように,生徒が叙述を基に創り上げた解釈が,授業者が有する固定化された解釈によってある時は 捻じ曲げられ,ある時は意図的に取り上げられない実態が他の実践でも見受けられる。 (2)秋本政保の実践 作間は,「死を避けられないと悟った者の生の充実」というアスペクトが,秋本(1973)の授業実践 でも見られることを述べている。授業者が用意した主題,ある一つの解釈と児童の解釈にどのようなず れが生じているか。長くなるが,授業記録をもとに詳しく考察したい。本時では,「(2) なにかを決意 している」の項において,次のような教師の発問から本格的な読解が始まる。 教師 君たちはね,この詩を読んだら,なにかある景色が浮かんだと思うんだけど,君たちの描い ている景色の中で,鹿はいったいどんな所に立っていますか? 高山 夕日の中や。森のはずれの夕日。そして森の中から村が見えるような場所。 教師 森の中にいるの? はずれにいるの? 高山 あっ。森のはずれや。 竹内 わたしはね,鹿は,村が見おろせるような,小高い丘の上にいる感じ ・・・。 樽井 わたしは,小高い丘でなくって,ものすごく高い丘の上で,夕日がまともにあたる場所に鹿 がいると思います。 家治 森のはずれだから,森の木がまばらになった,ちょっと高い所 ・・・。 児童は,夕日に染まる森のはずれに佇む鹿の情景を思い思いに描いている。そして徐々に「じっと立っ ていた」時の鹿の心情に迫っていく。 大谷 ぼくは,あきらめているとかいうんではなくて,ビクビクして,動こうと思って逃げようと しても逃げられなくて,じっとしていなくては撃たれそうな気がして,ビクビク,ビクビク して,あきらめているような意志は全然ないと思います。 宮内 ぼくはね,森のはずれの崖の淵で,この鹿はもう年をとって,もう何時間かしか生きられな いような気がして,なにかを決意しているような ・・・。 大谷は,鹿がじっと立っていた理由を,一歩も動けず逃げられない状況下におかれ,恐怖のためであ り,決して鹿は生きることをあきらめてはいないと解釈している。この解釈を大谷は授業後半でも披露 する。それに対し,宮内は年老いた鹿を頭に浮かべ,残された数時間の命のために何かしらの決意を固 めていると解釈している。この宮内の発言に対して,教師は次のように述べる。. - 92 -.
(6) 村野四郎「鹿」の国語科授業実践における解釈の固定化をめぐって. (茅野政徳). 教師 君は,その「なにか」というの,いまいえますか。・・・ まだいえない? そう。いま,この 鹿は村の方を向いているんだね。村を見ているというのと,村の方を見ているというのとは, どうちがうんですか。 鹿の心情に迫ろうとする児童の学びの方向性を無視し,鹿が何を見ているか,に話題を変えてしまう。 「(3) 命が燃えている」になると,再び大谷に「さっき,大谷君はあきらめてるんじゃないといった ね。それも鹿の気持ちになると思うんだよ。大谷君,君の考えをもう一回いってくれるか。」と発言を 促す。 大谷 動けないようになって,ちょっとでも動いたら撃たれそうで,あきらめるより逃げたいんだ けど,足が動かないんだと思います。 この発言に対し,授業者はその時の心境を次のように語る。(わたしは,大谷が鹿の気持ちに一番な りきっているのではないかと思っていた。一番現実的な,無理のない解釈をしていると思っていた。し かし,大谷は〈すんなり〉という言葉を読み落としているのだとも思っていた。鹿の気持ちにはなれても, (6) 作者の心境にはなれていないのだと思った。). 授業者は,大谷の解釈を「鹿の気持ちに一番なりきって」おり,「一番現実的な,無理のない解釈を している」と高い評価を与えている。しかし,「鹿の気持ちにはなれても,作者の心境にはなれていな いのだ」と,唐突に「作者」という存在を持ち出す。その後,もう一度宮内に発言の機会が訪れる。 宮内 みんな,狩人にうたれそうな気がしたという人が多いけど,ぼくは,年老いて,もうじき 死ぬ時間が近くなっているという考えでね,〈生きる時間が黄金のように光る〉というのは, 一段といままでより命が燃えているというような感じだと思いました。それに,なにか死ぬ 前に立ち向かっていくような感じです。 授業者は,この発言に対して, (わたしは, 「鹿」の授業記録を読むたびに,この宮内の発言をすばら しいと思う。この子は,これが授業で二度めの発言だが,理屈を少しもいっていない。すべて感じでも のをいっている。いまにして思えば,宮内は〈小さいが額をねらわれているのを〉の解釈が,わたしを ふくめた他のみんなとちがうのだ。わたしはこれを,鉄砲か弓で狙われているのだと決めて疑わなかっ たのだ。避けられない死を自覚している鹿ならば,それはなにも鉄砲や弓に限らず,老齢と解しようが, 病気と解しようがいっこうにかまわないのだった。)と肯定し,解釈の広がりに前向きな姿勢を示す。 次に授業者は,先の宮内の発言「死ぬ前に立ち向かっていく」を「死ぬかくごができている」と言い換え, 〇宮内 死ぬかくごができている ( ) 〇大谷 逃げられたら逃げたい と板書し,宮内と大谷の解釈を対立的に扱う。すると,他の児童が以下の反応を示す。 塩山 逃げる気持ちなんかなくて…映画なんかでピストルでねらわれてて,ちょっとでも動いたら 撃つぞといっているでしょう。それと同じで,動いたら殺されると思ったと思います。 藤岡 べつに大谷君の考えに賛成というわけではないんだけど,少しは逃げたいと考えていたと思 います。だれだって殺されそうになったら…。 塩山と藤岡も大谷と同じように,映画をはじめ自身の生活経験から解釈を導き出していることがわか る。児童にとって,死とは現実世界において出来る限り避けたいものであり,特に他者から突き付けら れた場合,恐怖に駆られるものであることは確かである。続く下前と教師は,次のような応答をする。 下前 ぼくも,死ぬ覚悟を決めていると思います。逃げられるのなら逃げたいし,だれでもすんな り死ぬのはいやだから。 教師 ということは,君は逃げるすきがなかったからということでは,あきらめの気持ちかな。 下前 ハイ 授業者は,宮内の「死ぬかくごができている」をさらに「しかたがない」と「死に立ち向かっている」 - 93 -.
(7) 平成30年 (2018年) 度. 山梨大学教育学部紀要. 第 29 号. という2つの解釈に分ける。つまり,以下に示す3通りの解釈を児童に提示したことになる。. (. 〇死ぬ覚悟が出来ている この状況で死ぬことはしかたがないとあきらめている 間近に迫った死を受け止め,死に立ち向かっている 〇死ぬ覚悟などなく,恐怖に駆られ,逃げられるなら逃げたいが動けない. ). 槙野 わたしは,死ぬ覚悟をしている方で,仕方がないの方なんだけど,〈彼は すんなり立って /村の方を見ていた〉だけを読むと,死に立ち向かっているという感じよりもさみしい感じ がするんです。だから仕方がないという方なんです。 授業者は胸の内を次のように明かす。(わたしは,もうそろそろ,仕方がないと考えている子どもた ちが考えを変えてくれないかなと期待した目で,一人一人の顔を見まわす。下前と槙野の表情には変化 が認められない。もう一つなにか決定的なことばが足りないのだろうか。もう一押ししてみようと思っ た。) ここまで,多様な解釈を認める姿勢を示していた授業者であるが,ある一つの解釈,教師が用意した 主題に導こうとする心境が表れ始める。それを象徴している発言と心内語が,次に記される。 教師 ちょっと手をあげてほしいんだけど,この〈すんなり〉ということばから,どんな感じを受 けるかということを聞いてみたいのです。槙野さんは,しょんぼりした,仕方がないといっ た,こっち(板書をさす)の感じを受けるといったね。槙野さんと同じ感じの人は? ・・・ ハ イ,よろしい。十九人だね。(板書の「しかたがない」の下に十九人と書く)じゃ,この〈す んなり〉ということばから,死ぬことについて,そんなにビクビクしていないんだ,もっと 堂々とした感じを受けると感じた人は? ・・・ ハイ,よろしい。二十人。おかしいな,一人数 えまちがいしたかな? (わたしは,大いにうろたえてしまった。そうでなければ,四十人を三十九人と数えたのはけっしてま ちがいではなく,どちらにも手をあげなかったのは大谷だということがわかったはずである。だが,わ たしはその一人にこだわる余裕さえなかった。「死に立ち向かっている」の板書の下に,二十人と書く。 わたしはあまりの意外な結果に,しばらく絶句した。〈すんなり〉の感じを槙野のように感じるという のにも驚いたが,それに賛同する者が四十人中十九人もいるとはなおさらの驚きだった。わたしは,授 業前にこういうときのことを考えていなかった。そろそろ, 「仕方がない」と考えている子は消えかかっ ているだろうと判断していただけによけいにショックが大きかった。もう一押しだなどと思っていたの は完全な誤りだった。) 授業者は,児童の約半数が授業者とは違った解釈で「鹿」の情景を思い浮かべていたことにショック を受ける。自分の解釈の方向に多くの児童が動いていると考えていた矢先のこの結果。授業者が自らの, 固定化された解釈に囚われていることが伝わる記述である。そして,終盤に〈生きる時間が黄金のよう に光る〉という一文を取り上げ,「だれの感じなのですか。」と問う。1名の児童の発言のあと,「終わ りから三行めの〈生きる時間が黄金のように光る〉という所は,作者が鹿のそういう姿を見ていて,感 じた感じなんです。」と結ぶ。教師の解釈に納得した2名の児童が発言した時の教師の心境が綴られる。 竹内 作者は,鹿がもし死んだらかわいそうだという気持ちもあると思うんだけど,この〈生きる 時間が黄金のように光る〉という所では,作者から鹿をみたら,ものすごく鹿が勇気のある ような,立派だなというふうに見えたんだと思います。 村上 竹内さんといっしょでね,鹿のすることが,作者がもし鹿なら,あんな勇気のあることはで きないと思っていて,それで,鹿をほめ讃えているような感じで,〈生きる時間が黄金のよ うに光る〉と感じとったと思います。 (わたしは,この二人の発言を聞いてうれしかった。たった二人かもしれないが,この詩から,こんな - 94 -.
(8) 村野四郎「鹿」の国語科授業実践における解釈の固定化をめぐって. (茅野政徳). 感じをもった子どもが出たのだ。(中略)ただ,いまになって悔むことは,わたしが,単に,二人の発 言を聞き置いたにすぎなかったことで,次のようなことをわたしが話してやったらよかったと思う。つ まり, 「あなたたちのいおうとすることは,ひるがえって考えると,作者もいつかは必ず死ぬのであり, いつ死ぬかわからない現在の生を,あの鹿のように自分も生きたいという作者の願いがあるということ になるわけだ。」) 教師が最後に話しておけばよかったという,鹿に作者が自分自身の死生観を投影しているという上記 の解釈をどのようにしたら児童は導けるのだろうか。また,聞かされたとしても納得できるのだろうか。 「逃げられたら逃げたい」と当初考えていた大谷は,授業が終わる寸前でも次のような考えを主張する。 大谷 〈生きる時間が黄金のように光る〉というのは,たくましいとか勇ましいとかいうことでは なく,この詩の六行めに〈どうすることが出来ただろう〉とあるでしょう。だから,どうし ようもなくて,鹿は困っているんでしょう。だのに勇ましいって…困っているのに勇ましい のはないからね。〈黄金のように光る〉と書いてあっても,別に勇ましいとは思いません。 教師 そしたら君は,作者はこの鹿を見てどんな感じがしていると思いますか。 大谷 作者は,〈生きる時間が黄金のように光る〉と思っているかもしれないけど,ぼくはそんな 感じは全然ないのです。 (大谷は,この詩の虚構を見つけたんだなと思った。現実は作者の感じた通りではなかったはずだと 疑って,ついにこの詩の世界の中にはいりこめなかったのだ。) 詩の虚構と現実の間で揺れ動き,最後まで写実性を捨てず,叙述を基に自らの解釈を構築する児童が 複数いた。授業者は彼らを,「詩の世界にはいりこめなかった」と判断する。児童の解釈を,何とか教 師の固定化された解釈に引き込もうと喘ぐ姿がここまで包み隠さず記された実践記録も珍しいだろう。 (3)三浦光利の実践 次の実践も授業者と児童の解釈に大きな隔たりが起きている。三浦光利(1996)は,「鹿」に対する 自らの解釈を次のように述べ,「そんな鹿の精神を味わわせたい」と実践に臨む。 死を目前としながらも,力むことなく,力を抜いて,「すんなり」と立っている鹿の姿。 もう敵も味方もなく,憎いも,仲よくも,今まで見てきた美しい自然も,すべて頭から消え去り, それを越えたものが頭の中にあり,やすらかな,美しい気持ちにさえなっている。 そんな濃縮された人生の一瞬。それが,「黄金のように光る」時なのではないだろうか。 三浦は,第1時に「この詩はいろいろ考えられる詩です。これから問題作りをします。この問題を解 くと,この詩がぐっと深く分かるよ,味わいが出るよっていう問題を作ってください。」と指示を出す。 一人あたり3~ 11 問作成し,授業後に授業者がそれを集約し,全 98 問の問題集に仕上げた。森,夕日, 棲家など,98 問を項目ごとに分けた中で最も多く 21 問が関係したのが「鹿の行動」である。そこでは,. (. 49 なぜ,狙われているのを知っていながら逃げなかったのか。. ). 58 なぜ,鹿は狙われているのを知っていて,すんなり立っていられるのか。 61 鹿は生きることへの執着を今は持っていないのか。 69 逃げて行く場所はないのか。. などの問題が作られている(7)。第2時で,解いてみたい問題に対して解答を記入する。そして,第3 時にいよいよ話し合いが行われる。この話し合いの前に授業者は,「みんなで話し合うといい話し合い - 95 -.
(9) 平成30年 (2018年) 度. 山梨大学教育学部紀要. 第 29 号. になる。その問題を話し合うと,この詩の一番いいところを味わえる。そんな問題はどれかということ を考えてもらいます。」という指示を出し,10 分程度で決めるよう各グループに促している。その結果, 8問に絞られたが,その中に前出の「鹿の行動」に関する問題 49,58,61,69 はすべて入っていた。それ だけ,児童にとって, 「じっと」, 「すんなり」立っている鹿の行動が理解できなかったということである。 「話し合いの後,希望を聞いたところ,49 の「なぜ,狙われているのを知っていながら逃げなかったのか」 が9人で最も人数が多かった。これを話し合うことに決めた。」と書かれている。話し合い後の児童の 感想を読んだ授業者は,「感想を読むと,3の意見に影響されて,仲間を守るために犠牲になったとい う感想が多かった。この意見は,俗っぽく,この詩の緊迫した状況をとらえているとはいえない。第 四時では,何としてもひっくりかえし,この詩の本質に迫らなくてはという思いでいっぱいになった。」 と述べている。3の意見とは「逃げる場所はあったけれど,森に仲間が残っていたから逃げなかった。」 というものである。授業者は,この解釈を真っ向から否定し,強引にひっくり返そうとしているのだ。 第4時では,授業者が2度にわたり詩の解説をする場面が記されている。1回目では,「死ぬ寸前の その時間,鹿はすんなり立って,村の方を見ている。村だけ見ているわけじゃない。村の方を見れば, 自分も住んでいる森も含めて周りが見えるよね。すんなりってのは,力が入っていますか。 (入ってない) 入ってないよね。緊張してがちがちはない。だけどふにゃふにゃじゃない。どっか芯がぴしっとしたき りっとした姿がありますね。」と自らの解釈を語る。2回目には「世の中のもろもろのことはすべて消 え去ってしまって,それを越えた素晴らしいもの,そんなような何にか尊いものが頭の中に巡ってきて, 無心になっている。そんな超越した状態,今まで生きてきたものがぐっと濃縮されたようなそんな死の 直前の時間,それをまさに『光る』と表現したんじゃないかな。」と話し,授業は終了している。 三浦の授業は,斎藤喜博の授業と似通っている。授業者が教材研究に時間を割き,自身の解釈を有す ることは大切なことだ。しかし,あたかも児童と共に解釈を深めようとしているように見せながら,そ の実,最終的には自らの解釈を押し付ける形となり,詩の叙述に設けられた〈空所〉を何とか埋めようと, 鹿が逃げない理由を考え出し,導き出した児童の解釈はこうして授業者に消されていくのである(8)。 3 新たな解釈の可能性-アスペクトの転換への新たな視座- 作間は,国語科の授業で文学的文章に対して従来なされてきた解釈=「通例的主題」(梶原 2017)を 打破すべく,「鹿」に対するアスペクトの転換を求め,「謎解き読み」の実践を試みた。そこでは,「命 がけで生きる鹿」のことが描かれているととらえ,「命がけで生きる」という枠組みから描くことので きるアスペクトの転換を目標としている。なお,このアスペクトの転換に示唆を与えているのが,高橋 金三郎(1977.1982)である。作間は,高橋の論考を下支えに,「鹿」に対して独自の解釈を施す。 高橋は,鹿が森をすみかとする草食動物であるのに,森の中にはえさになる草が乏しいという知 識を前提に『鹿』を読む必要があるという。鹿は草を食べるために毎日すみかの森を出なければ ならないのである。本詩の冒頭,鹿はえさを食べるために森を出ようとして,〈森のはずれに〉あ たりの様子をうかがいながら〈じっと立っていた〉のである。〈夕日の中に〉立っているのは,鹿 が早朝と夕方に森を出てえさを食べに行く習性による。 〈知っていた〉の文法的な意味が佐藤(2001) が指摘するように「前から知っていた」(p.77)であると,鹿は森を出たら常に狙われていること を知っていたということになる。狙われているのが「小さな額」であるのは,実際に狙われてい る身体のことではなく,常に命を狙われていることの象徴的表現ではないだろうか。だから,〈け れども 彼に/どうすることが出来ただろう)〉は,森を出ると命を狙われることがわかっても村 に行かなければならないことと解釈できる。〈彼は すんなり立って〉の「すんなり」の辞書的意 味のひとつは「すらっとしてしなやかで美しい様」(広辞苑)であるので,〈すんなり立って〉は, - 96 -.
(10) 村野四郎「鹿」の国語科授業実践における解釈の固定化をめぐって. (茅野政徳). 走りだそうとするしなやかな立ち方である。〈村の方を見ていた〉は,走り出す前に村の方に危険 がないか,人間や犬などがいないかを見ていたのだろう。危険がなければ,村の方に駆け出すの である。〈黄金のように〉の黄金とは永遠にその輝きを失わせないものである。死を目前にした残 光よりも,命がけで森を出て,村に走り出そうとする鹿の生の輝きという意味が適切ではないだろ うか。このように,『鹿』は,そのタイトル通り,毎日を命がけで生きている鹿が黄金のように光 るということを描いていると思われるのである。これは,鹿に対する詩人の発見ではないだろうか。 このように熟考したうえで,「死を覚悟した者の最後の生の輝き」という枠組みとは異なる「命がけ で生きる」という枠組みから描くことのできるアスペクトへの転換を目標とした授業を設計した。そこ で重要となったのが,森や鹿に対する生態学的な知識など背景的意味情報の教示である。実践の結果, 「多くの児童が本詩のアスペクトの転換を肯定的に評価」したことをふまえ, 「読者が自分なりに読むこ とでは到達しにくい新しい読みを得る読書体験は,文学作品には自分が知らなかったことが書いてある かもしれないと思うようになる効果」があるとし,「授業において一部の詩句の新たな意味を発見でき たことと,授業後の感想では,新しいアスペクトを得たと思われる記述が多数みられたこと,本詩や詩 を学ぶおもしろさがあったとの記述が少なくなかったことなどの成果を得ることができた。」と結論付 けた。 4 解釈の固定化のプロセス (1)伊藤信吉の評価 では,なぜ作間の提唱する新たなアスペクトや,児童,生徒が叙述から導き出す写実的な解釈が受け 入れられないのか。授業者の解釈(通例的主題)が押し付けられ,解釈の複数性が認められないのか。 「鹿」は,先に見たように中学校と高等学校の国語科教科書に 10 回以上掲載された作品である。教科 書の発行と同時に教科書会社は,教師用の指導書,指導用資料を出版する。多くの教師が手に取ったこ とがあるだろう。教材研究の時間を十分に確保することが難しい小,中,高等学校の教育現場,特に実 践経験の浅い若手教師にとっては,教材や作者,発問など様々な情報を入手できる貴重な媒体である。 「鹿」は,初出 1956 年(昭和 31)の『詩学』6月号「村野四郎特集」であり,3年後の 1959 年(昭 和 34)に『亡羊記』に収められ,その詩集は読売文学賞を受賞する。2で示したように,国語教科書 への初掲載が 1967 年からとなる。その教科書掲載に対し,四郎の息子晃一(9)が次のように述べている。 この詩には,伊藤信吉氏の素晴らしい解説があり,この解説がなされてから,この詩の評価が 高まった観さえあります。(中略)この詩は,この名解説によって,高校の教科書や入試問題に多 く採用されるようになりました。 では,教科書にも多く掲載されるきっかけともなったといわれる伊藤信吉氏の解説とはどのようなも (囲み,強調などは引用者,以 のだろうか。『村野四郎詩集』(1961)の「解説」から該当箇所を抜粋する。 下同). この作品はわずか十一行の短かさなので,作者の力量が全的に打ちこまれているとはいえない。 どちらかといえば見過ごされやすい小品である。 それにもかかわらずこの作品には,村野四郎氏の詩的思考や表現の特色がはっきりとあらわれて いる。いま生と死とが入れかわろうとする一瞬のあわいに,眼前の死の谷へ射ちおとされようと する瞬間に,夕陽をうけてきらめくあざやかな時間! なんのための時間のきらめきなのか。空 - 97 -.
(11) 平成30年 (2018年) 度. 山梨大学教育学部紀要. 第 29 号. しさそのものの価値のようなものだ。この一篇は私どもの生にひそむ一回的な最終の歎息を,自 分の呼吸で吸いあげるかのように組み立てられている。 狙われた鹿の情景はこのようにして私どものおもいにしみ入ってくるが,作者の意識を表象し てほっそりと立つ鹿の肢体を,もうすこしふかく作品の中へ追いこんでみるがよい。この詩で作 者は感覚や情緒や思考やのいっさいを,美意識そのものとして形象化した。生と死とがいま入れ かわろうとする事態のけわしさにもかかわらず,作品の表面にただよっているのは美意識そのも のである。攣きつるような生との訣別の瞬間を全身の皮膚にうけとめ,その皮膚感覚をのがれる ことのできない絶対の事態として形象化し,それを美意識そのものとして表現したのである。私 はこの優美な時間の構成にひかれる。一歩あやまればニヒリズムの頽廃に落ちこむばかりでなく, その美意識に秩序をあたえるモラルがなければ通俗作品になってしまうが,作者は詩における美 意識というものが,時としてどれだけ危険なはたらきをするかを知っている。「鹿」はこの詩人に おける生の意識と,その方法論的自覚とを集約的にしめした作品である。 この解説は,文学賞を受賞した翌年 1961 年に刊行された『村野四郎詩集』に掲載されたものである。 この中で注目したいのが,「生と死とがいま入れかわろうとする事態のけわしさ」,「のがれることので きない絶対の事態」, 「生との訣別」, 「美意識」, 「優美」などの文言である。この解説が「鹿」に対する その後の批評に大きな影響を与えていることがわかる。例えば,1968 年刊行の『日本の詩歌 21』には, 生と死とが,まさに入れ替わろうとするけわしい事態を主題にしながら,なんという優美な表 現が行われていることか。美意識の極点に立つ作品である。 夕日は森を染め,森のはずれにほっそりと立つ鹿の四肢を染めている。そんなにも美しい黄昏に, 鹿は自分の小さい額がねらわれているのを知覚した。 戦慄的なその知覚。残された生の短い時間。何万分の一秒のその時間が,生の究極の時間が,夕 陽を受けて痙攣する。生との訣別のぎりぎりの時である。物音もなく叫びもない。絶対の時間が 縮まる。夕日を受けて,生の最後の時間が黄金のようにきらめく。 むなしさの意味を主題にしたような,なんという哀切な情緒だろう。逃れることのできない絶 対の事態が,比類のない優美さで表現されているのである。 と書かれ,先の伊藤信吉氏の解説の中に使われた文言や,同じニュアンスの言葉が多数用いられている ことが見て取れる。同様に,伊藤信吉の解説がいかに国語教科書用指導書(10)に影響を与え,「鹿」に対 する恒常的なアスペクトの形成,解釈の固定化につながったのか,(2)において検証する。 (2)国語教科書用指導書が規定する「鹿」の解釈-他者の解説と作者の説明- 番号. 校種. 発行. 掲載期間. 出版社. 1. 高. 1967. 1967-1970. 角川書店. 現代国語2 改訂版. 書 名. 「亡羊記」. 2. 高. 1967. 1967-1970. 明治書院. 改訂 現代国語1. 「詩について」の中 「亡羊記」. 3. 高. 1970. 1970-1972. 明治書院. 現代国語1 三訂版. 「詩について」の中 「亡羊記」. 4. 高. 1971. 1971-1973. 角川書店. 現代国語2 三訂版. 「亡羊記」. 5. 中. 1972. 1972-1974. 学校図書. 中学校国語3. 「村野四郎全詩集」. 6. 高. 1973. 1973-1975. 明治書院. 現代国語1. 「詩について」の中 「亡羊記」. 7. 高. 1976. 1976-1978. 尚学図書. 現代国語1. 「現代詩鑑賞」の中 「鑑賞現代詩Ⅲ」. - 98 -. 備考 「 」出典.
(12) 村野四郎「鹿」の国語科授業実践における解釈の固定化をめぐって. 8. 高. 1976. 1976-1978. (茅野政徳). 明治書院. 現代国語1 新修版. 「詩について」の中 「亡羊記」 「詩について」の中 「亡羊記」. 9. 高. 1979. 1979-1981. 明治書院. 現代国語1 新修二版. 10. 高. 2004. 2004-2007. 東京書籍. 新編 現代文. 11. 高. 2008. 2008-2016. 東京書籍. 新編 現代文. ここでは,上の表の中で,太線で囲った教科書用に出版された指導書の記載を分析することにより, 「鹿」の解釈の固定化に迫る。明治書院は長年掲載を続けているが,表の備考欄に記したとおり,「鹿」 が単独で掲載されているわけではなく,「詩について」という詩論の中に載っている。これは,7の尚 学図書も同様で「現代詩鑑賞」という詩論の中に「鹿」が使われている。明治書院は,2「改訂現代国 語1」で初めて「鹿」を掲載する。それに先立って発行されていた「現代国語1」(1963)の「詩につ いて」には「鹿」ではなく,「鉄棒」が載っている。しかしながら,指導書には,村野四郎の代表作と して「鹿」が紹介されており,先に引用した伊藤信吉の解説がそのまま掲載されている。明治書院は, 3「現代国語1三訂版」 (1970)及び8「現代国語1新修版」 (1976)の指導書においても,「詩について」 の項の中で伊藤信吉の解説を「批評」として掲載している。そのうえで, 「主題」を次のように提示する。 わずらわしいこの世の「生」を終えようとする人間の特殊な内面を,最も簡潔に描かれた詩の 様相によって表現しようとしたものである。悲喜を越えた,一種の恍惚状態である。 ここで,□で囲んだ「わずらわしいこの世の「生」」,「恍惚状態」という言葉と,先に『日本の詩歌 21』で用いられた「戦慄的」という言葉について考えたい。どれもかなり強い印象を与える言葉である。 この言葉はどこから導かれてきたのか。指導書の執筆者が,独自の解釈から紡ぎ出した言葉であろうか。 村野四郎は,詩作品だけでなく多くの詩論も残している。『今日の詩論』(1952),『現代詩の味い方』 (1953),『現代詩読本』(1954),『現代詩を求めて』(1957)などは,教科書教材ともなっている。その 中に『鑑賞現代詩Ⅲ 昭和』(1962)と『現代詩のこころ』(1966)がある。この2編の詩論の中で,村 野四郎自身が,「鹿」について語っている。 この詩は,まさに射たれようとしている一匹の鹿の姿態を描いたものに過ぎない。しかしここ に描きだされた光景から,いまや「生」が終ろうとする瞬間の,その哀歓のはずれに立った虚脱 的時間,あるいは悲哀や恐れさえ忘れさせてしまうようなその戦慄的な恍惚状態,そういった生 きるもののもつ恐怖とも憬れともつかない微かな心理が,この鹿の姿態によって,感覚的,形象 的に表現されていることを感じ取っていただければよい。 彼は すんなり立って 村の方を見ていた この放心の状態も,「無」にはいるときの姿勢なのである。 この作品については,当の作者も及ばないほど,その詩的感動の根源を深くさぐった伊藤信吉 の批評があるので,それをあげておこう。(中略) この批評より深く,かつ精緻な解明は,とうてい不可能であろう。この批評にあるとおり,「空 しさそのものの価値」と「私どもの生にひそむ一回的な最終の歎息」こそが,倫理と審美とを同 時にこめたこの作品の真実の息づきなのである。 村野自身が,伊藤新吉の解説にこれ以上ない賛同を示している(11)。伊藤新吉の深く精緻な解説を大 いに褒め称えたうえで,自らの執筆意図を説明するこの文章は,尚学図書「高等学校 現代国語1」 (1976)所収の教材「6詩 現代詩鑑賞」(pp.103-108)にそのまま用いられている。要するに,教科書 - 99 -.
(13) 平成30年 (2018年) 度. 山梨大学教育学部紀要. 第 29 号. に村野の説明がそのまま掲載され,執筆意図や鑑賞の仕方が生徒に示されたことになる。「戦慄的」と いう言葉を村野自身が用い,それが数年後に刊行された『日本の詩歌 21』に引用されたことが明らか となった。また,「恍惚状態」という言葉も村野自身が用いた言葉で,それが明治書院の指導書の「主 題」に引用されていったのである。しかし,まだ「わずらわしいこの「世」」という文言はどこにも見 つからない。 次に,唯一中学校国語教科書に掲載が確認できた学校図書「中学校国語三」(1972)の「学習指導資 料」を見てみる。教科書には,話し合いの観点が【学習のてびき】として,以下のように示されている。 【学習のてびき】 一 この詩を読んで,どんな感じを受けたか。自分の印象をもとにして,話しあってみよう。 二 この詩の主題について,次の点から話しあいを進め,それによって考えを深めよう。 ① この生き物は,なぜ牛でもくまでもなくて,鹿でなければならなかったか。 ② この鹿は猟銃でねらわれながら,なぜ悲しんだり,もがいたりしていないのか。 ③ 「生きる時間が黄金のように光る」とは,どういうことか。 ④ この詩は,何をうたおうとしたものか。 この【学習のてびき】二の設問に対し, 「学習指導資料」では,指導の研究として「解答」が示される。 ① この鹿は,はかない生を象徴するとともに,その生の終わりに当たっての「悲哀」や「恐れ」や「恍 惚感」のまじりあった微かな心情を表しており,そのためには,同じ動物でも,可憐な,きゃしゃな, 美しい鹿の姿が必要だった。 ② 自分の直面している死が,絶対的な,確定された,避けられぬものであることを悟り,「生」の最 後の一瞬の恍惚状態のうちに身をまかせているから。 ③ 死に直面しての残された生の一刻一刻は,黄金のように貴重なものであり,その一刻一刻のうちに, 最後の生が燃焼しているのである。その生命の燃焼の美しさを,黄金のように輝くと言っているの である。 ④ 確定的な死の前に立たされた鹿の姿を通して,生の最後の一瞬の燃えるような美しさをうたったも の。 この指導書では,「教材の研究」の項の中で〔主題〕を次のように設定している。 確定的な死の前に立たされた鹿の姿を通して,生の最後の一瞬の燃えるような生の美しさをう たったもの。 この鹿は,いまや死に直面し,最後の生命の一瞬の燃焼の中に戦慄的な恍惚状態を味わっており, 死の悲哀や恐怖も,その忘我のうちに忘れさられてしまっているかのような,無意志の状態にい るのである。その生命の燃焼のありさまが,夜の黒い森を背景とし,夕日の中に燦然と輝いてすっ と立っている鹿の姿に託してうたいあげられているのである。 やはり,村野自身が『現代詩のこころ』や『鑑賞現代詩Ⅲ 昭和』で用いた「悲哀」, 「恐れ」,「恍惚 感」,「恍惚状態」,「戦慄的」などの言葉が使われている。また, 「無意志の状態」とは, 「放心の状態」, 「 「無」にはいるときの姿勢」と共通した意味合いをもっている。「美しさ」という言葉が何度も使われ ており,伊藤信吉の解説の影響もうかがえる解答及び主題の記述である。 さて,この指導書にはさらに〔参考〕という項目が設けられ, 「2 次に, 「鹿」について作者自身が, - 100 -.
(14) 村野四郎「鹿」の国語科授業実践における解釈の固定化をめぐって. (茅野政徳). 本書のために執筆された評釈を記載する。」として,村野が書き下ろした評釈が載せられている。 「鹿」について 村野四郎 この詩は,まさに射たれようとしている一匹の鹿の姿を描いたものだが,その姿態やあたりの情景か ら,いまや「生」を終えようとする瞬間の虚脱状態,いいかえれば悲しみや恐れさえ忘れさせてしまう ような一種の恍惚状態を感じとらせようとしているのである。 猟銃で,じっと狙われていることを知った鹿は,もはや逃れられない自分の運命をさとり,しびれた ように放心して,すんなりと立ち,村の方を見ているのである。 この鹿の心の中には,わずらわしいこの世から解きはなされる歓びと,住みなれたこの世に別れる悲 しみと,死後に対する微かな恐れなどが,いっしょに渦巻いているにちがいない。 しかし,ただ一つ,はっきり感じられるのは,「この世のなつかしさ」であろう。それだから,この 世に残された僅かな時間が,夕映えのように美しく黄金にかがやいて見えたのだ。 最後の二行,すなわち, 彼のすみかである 大きい森の夜を背景として は,かつて鹿のすみかであった森も,すっかり暮れて,いまは茫漠として黒い空間になり,まるで死後 のすみかのように,彼の背後にうずくまっている,ということを言おうとしているのである。 この詩は,このように複雑微妙な心理状態を,一匹の鹿の姿によって形象化したものだが,この詩へ の理解をいっそう深めるためには,次のことがらを自分で考えてみるとよい。 一 この生きものは,なぜ牛でも熊でもなくて,鹿でなければならなかったか。 二 この鹿は,猟銃で狙われながら,なぜ悲しみも,もがきもしていないのか。 この詩の本当の芸術的な味いは,この二つのキイ・ポイントにかかっているといってよいだろう。 (中略)さらに生死の問題をはなれて,なお別な意味が,その背後にひそんでいることを感じとるこ とができれば,いっそうこの詩の発想意図に近づくことになろう。 つまりこの鹿は,現実によって縛られた自我から,「詩」によって,脱出した詩人の姿とも見られる ということである。 【学習のてびき】二①②と内容的な相関が見られるが,ここに初めて,「わずらわしいこの世」とい う言葉が確認された。 『村野四郎詩集』(1961)の伊藤信吉の解説を大いに賞賛し,村野自身も『鑑賞現代詩Ⅲ 昭和』 (1962),『現代詩のこころ』(1966)と立て続けに「鹿」について語る。その語りは,そのまま『高等 学校 現代国語 1』(1976)の教材となり流布していった。中学校で唯一の掲載となった学校図書「中 学校国語三」(1972)の「学習指導資料」にも村野自身が評釈を書き下ろし,そこで用いられた言葉が, 他の出版社の指導書に引用されていく。こうして,立て続けに発表された作者の説明・評釈が指導書を 通して授業者のもとに届いた。作者自身の言葉は,絶対的な影響力をもつ。授業者は,「鹿」の解釈に おける唯一の「答え」と捉えただろう。その結果,叙述を詳細に検討することなく,固定化された解釈 が全国の教室に広がっていったのである。 5 虚構性と写実性の狭間から放たれる新たな光 (1)斎藤,秋本,三浦の実践をふり返る 再び,3で取り上げた3名の実践をふり返る。斎藤喜博は,授業の中で「じっと」という言葉には 「美しさ」があると解説している。通常,「じっと」という言葉の辞書的定義に「美しさ」は用いられな - 101 -.
(15) 平成30年 (2018年) 度. 山梨大学教育学部紀要. 第 29 号. い。斎藤の実践は 1973 年であり,伊藤信吉が強調する「美意識」を少なからず踏襲していると考えら れる。 秋本は, 「一番現実的な,無理のない解釈」をしている大谷という児童の発言を認めながらも, 「鹿の 気持ちにはなれても,作者の心境にはなれていない」と否定し,「もうそろそろ,仕方がないと考えて いる子どもたちが考えを変えてくれないかなと期待」し,まだ変化が見られないと察すると,「もう一 押ししてみよう」とさらに言葉を重ねる。それ程まで,固定化された解釈を児童に与えようとしてい た。そして,児童の発言からはまったく予測できなかった作者という存在を持ち出し,「あなたたちの いおうとすることは,ひるがえって考えると,作者もいつかは必ず死ぬのであり,いつ死ぬかわからな い現在の生を,あの鹿のように自分も生きたいという作者の願いがあるということになるわけだ。」と まとめる。 村野自身は,学校図書(1972)の教科書用指導書の中で,「この鹿は,現実によって縛られた自我か ら,「詩」によって,脱出した詩人の姿とも見られるということである。」と語り,鹿に自らの姿を投 影していることを表明している。また,大岡信は, 『現代詩人論』(1969)の中で, 「鹿」について, 「こ こに姿をあらわした鹿は,いうまでもなく鹿そのものであると同時に,人間であり,われわれ自身であ り,すべて生命そのものであるといってもいいのだが,この鹿が射たれて死ぬという惨事が,一瞬前に 詩人のカメラにとらえられたとき,そこに生命の最も美しい瞬間の輝きがあったという点に,この詩の 秘密の鍵がある。」と述べている。秋本の実践も斎藤と同じ 1973 年である。秋本は, 「(一)教師の解釈」 の中で実践前の自らの解釈を述べているが,そこに「村野氏の意図であることを知ってから,わたしは 急速にこの詩の中にはいりこんでいけたのである。」として, 『現代詩入門』の村野の詩作に対する考え 方を引用している。また,「わたしの学校の同僚の先生が,娘さんの教科書を持ってきて,「おい,この 『鹿』は,高校の教科書に出ているぞ。なんでも,高校の授業でも,この詩はいろいろ問題があったそ うだよ。」と教えてくれた。」というエピソードを紹介している。秋本は,事前にかなり綿密に「鹿」に 関する資料や情報を収集していたと思われる。そのような点からも鹿の姿に作者,人間,我々自身を投 影する村野と大岡の言説,村野がたどり着いた実存主義,死生観が秋本の言動を導いた可能性が高いと 推察される。 最後に,三浦も秋本同様,「第四時では,何としてもひっくりかえし,この詩の本質に迫らなくては という思いでいっぱいになった。」など,自らの解釈を児童に浸透させることに躍起になっていること が実践記録の端々からうかがえる。三浦実践は,児童が導く「俗っぽく」,現実的かつ写実的な解釈を 否定し,詩の虚構の世界へ誘おうとする典型例ということができるだろう。 児童が叙述を基に,自らの生活経験やスキーマを働かせて創り出す解釈と,虚構性を基にした固定化 された解釈の間に起きるずれに慌て,修正を図ろうと試行錯誤する3名の授業者の姿が印象的である。 (2)解釈の固定化を脱する 1980 年代以降,約 20 年にわたり国語教科書への採録がなかった「鹿」であるが,2000 年代に入り, 東京書籍の高等学校教科書「新編現代文」に掲載が開始される。 2004 年版指導書では,主題が「必然的な死を目前にして恍惚の状態にある鹿の,残された生命の最 も美しい瞬間の輝き」と規定され,通例的解釈が踏襲されていることがわかる。しかし,「鑑賞」の欄 には,「初読の生徒に感想を聞けば,無抵抗な鹿を撃つとは許せないとか,動物の命は何とはかないこ とかといった動物愛護の意見や,死ぬことが分かっているのに堂々と猟師に立ち向かう鹿は偉いといっ た猟師対鹿の構図でとらえる意見も出てくるだろう。」という記述があり,生徒の生活経験やスキーマ から導かれる解釈に言及している。そのうえで,「しかし,この詩は,一切の出来事を写実的にうたっ たものではない。作者はこの詩について『現代詩のこころ』の中で次のように語っている。」と述べ, - 102 -.
(16) 村野四郎「鹿」の国語科授業実践における解釈の固定化をめぐって. (茅野政徳). 先に記した『現代詩のこころ』での村野自身の説明を紹介し,「鹿」に描かれた虚構世界を結論とする が,授業場面で生徒が表出するであろう写実的な解釈を取り上げた点で,これまでと大きな違いが見ら れる指導書である。 2008 年版指導書では,主題を「自分の生きる世界であった森を離れ,森のはずれで死の危機にさら されている鹿が,死を免れることのできない運命を受け入れ,最後の瞬間まで輝かせて堂々と生きる 姿。」とし,これまで同様の解釈をもとに指導例や発問例の記述が進められる。ただ,「語句・表現の解 説」の項における「彼に/どうすることが出来ただろう」という二行に対する以下の考察は,刮目に値 する。 鹿は本来群れで行動する動物であるため,ここで鹿が一頭だけであるのは不自然である。した がってこの鹿が仲間を逃してあえて自分が残ったとも考えられる。ということは,この鹿が群れ のリーダー的存在であり,年老いていたと想像することも可能だ。年老いた鹿だからこそ,死の 必然という自身の運命を素直に受け入れることができたのかもしれないし,死を前にして恍惚状 態になることができたのかもしれない。 秋本実践の中で宮内という児童は,「みんな,狩人にうたれそうな気がしたという人が多いけど,ぼ くは,年老いて,もうじき死ぬ時間が近くなっているという考えでね, 〈生きる時間が黄金のように光る〉 というのは,一段といままでより命が燃えているというような感じだと思いました。それに,なにか死 ぬ前に立ち向かっていくような感じです。」と,年老いた牡鹿像を思い描き,アスペクトを形成していた。 三浦実践では,三浦が「仲間を守るために犠牲になったという感想」を「俗っぽく,この詩の緊迫し た状況をとらえているとはいえない」と否定しているが,「なぜ,狙われているのを知っていながら逃 げなかったのか」という,最もクラス全体の関心が集まった問いに対し,約半数の児童が「逃げる場所 はあったけれど,森に仲間が残っていたから逃げなかった。」という趣旨の考えを記述していた。 先の指導書は,鹿の生態学的な知識を前提とした時,どのような写実的解釈が可能かを推し量るきっ かけを与えている。そのような前提が認められていたならば,秋本実践においても三浦実践においても, 児童の解釈に様々な見解が見出せたはずである。長い間固定化されてきた解釈を脱し,虚構性と写実性 の狭間から新たなアスペクトを描く光が差し込み始めている。 6 おわりに 村野四郎の息子晃一は,2018 年3月,自らの半生と父四郎についてまとめた約 500 頁に及ぶ書籍, 『孔 雀と社長』(中央公論事業出版 私家版)を世に送り出した。その中の「村野四郎―その人と作品」と いう項において,「鹿」が創作された経緯が紹介されている。 ところで,実は,この鹿のモデルは母なのです。母が友人と外出中,あやうく災難にあうところ, すんでのこと災難が,むこうから避けるかのようにそれて,無事だったことがありました。その報 告を聞いた父は,すぐ書斎に入り,間もなく原稿を持って出てきて「今ので一ついいのが書けたよ」 と,その場で母に読んで聞かせたということを,私は母から聞きました。 だいたい,母という人は,この災難の話がなくても,この鹿のモデルですと言われると,そう かと思うような人です。 「鹿」は,誕生してから約 60 年,様々な人たちによって語られ続けてきた詩である。その流れの中で 「鹿」の解釈が固定化していく要因として,まず発表直後の伊藤新吉と大岡信の解説があり,それを作 - 103 -.
(17) 平成30年 (2018年) 度. 山梨大学教育学部紀要. 第 29 号. 者が大いに賞賛したことが挙げられる。また,作者自身が何度も,少しずつ文言を変えながら執筆意図 や創作過程を公表したことも大きな要因と考えられる。それらの言葉が教科書用指導書に掲載されるこ とで,中学校,高等学校の国語教師に浸透していった。そして,生態学や写実性などの面からの検討な く,虚構世界の中で「鹿」が受容されていったのである。その様相は,まさに解釈のバトンリレーのよ うであり,バトンが受け渡されるごとに解釈は揺ぎなく強固なものとなっていった。確かに,授業者が 教材研究に労力を費やし,作家や作品の背景,実践史など知識を得ることは大切である。しかし,授業 という場で児童,生徒が自らの生活経験や読書経験,スキーマを基に創り出す解釈よりも通例的解釈を 重視する教育的意義,そこから生み出される教育的価値とは何か,再考・再認識すべきであろう。 今後,「鹿」をはじめ文学的文章に内在することの多い虚構性と写実性の両面に目を向け,作品に対 して築き上げられたアスペクトを批判的に検討し,転換を図る試みが多様になされることを期待する。 7 村野四郎作品の中学校,高等学校国語教科書掲載一覧 (1)中学校 番号. 掲載作品名. 詩 掲載期間. 出版社. 1 ふくじゅそう. 〇 1955-61. 三省堂. 中等国語1下 三訂版. 2 ふくじゅそう. 〇 1957-61. 三省堂. 中等国語1下 四訂版. 3 現代詩の味わい方. 1957-61. 筑摩書房. 書 名. 国語2上. 備考 「 」出典 「朗読ラジオ詩集」 「現代詩の味わい方」. 4 鉄棒. 〇 1958-61 大修館書店 新中学国語2総合1下新訂版「少年少女日本文学選集」. 5 花. 〇 1959-61. 6 小鳥と少年. 1960-61. 開隆堂 学校図書. 国語 総合 1上. 「丸山薫編 新しい詩の本」. 国語中学2. 「新人の鶏」. 中等国語2 五訂版. 「丸山薫編 新しい詩の本」. 7 花. 〇 1960-61. 三省堂. 8 飛び込み. 〇 1962-65. 大阪書籍. 9 鉄棒. 〇 1962-65 大修館書店 新中学国語1. 「体操詩集」. 10 鉄棒. 〇 1962-65 大日本図書 中学校国語3年. 「体操詩集」. 11 小鳥と少年. 中学国語2. 1962-65. 学校図書. 中学校国語1年上. 12 若い雲. 〇 1962-65. 教育出版. 中学国語3年. 13 登校. 〇 1962-65. 光村図書. 中等新国語1. 14 夕立. 〇 1962-65. 三省堂. 新国語1 新国語2. 「新人の鶏」 抒情飛行 書き下ろし 「詩の味わい方」 室生犀星の詩の解説「現代詩の味わい方」. 15 あゆの影. 1962-65. 三省堂. 16 現代詩を味わう. 1962-65. 筑摩書房. 国語2. 「現代詩の味わい方」. 17 詩と添削. 1962-71. 教育出版. 標準 中学国語3年. 「現代詩の作り方」. 18 詩の鑑賞. 1966-68. 大阪書籍. 中学国語2. 「詩の鑑賞」. 19 小鳥と少年. 1966-68. 学校図書. 中学国語1. 「新人の鶏」. 20 梅の花. 〇 1966-68. 教育出版. 新版 中学国語1年. 21 鉄棒. 〇 1966-68. 三省堂. 22 外国の詩. 〇 1966-68. 23 雪が来る. 〇 1966-68. 現代の国語中学1. 「体操詩集」. 筑摩書房. 国語2. 「現代詩の味わい方」. 日本書院. 国語1. 「現代少年詩集」. 1969-71. 学校図書. 中学校国語1. 「新人の鶏」. 25 鉄棒. 〇 1969-71. 教育出版. 新訂 中学国語1. 26 夕立. 〇 1969-71. 三省堂. 27 外国の詩. 〇 1969-71. 28 夕だち. 〇 1969-71. 29 鹿. 〇 1972-74. 24 小鳥と少年. 現代の国語 新版1. 「現代少年詩集」. 筑摩書房. 新版 国語2. 「現代詩の味わい方」. 日本書籍. 中学国語1. 「現代少年詩集」. 学校図書. 中学校国語3. 「村野四郎全詩集」. - 104 -.
(18) 村野四郎「鹿」の国語科授業実践における解釈の固定化をめぐって. (茅野政徳). 30 夕だち. 〇 1972-74. 教育出版. 中学国語1 新版標準. 「新日本少年少女文学全集 40 現代少年詩集」. 31 花. 〇 1972-74. 光村図書. 中等新国語1. 「現代少年詩集」. 32 俳句の味わい方. 1972-74. 三省堂. 現代の国語 最新版3. 「毎日新聞」. 33 詩を味わう. 1972-74. 日本書籍. 中学国語1. 「人生の詩集」. 1975-77. 日本書籍. 中学国語1. 「人生の詩集」. 〇 1984-86. 東京書籍. 改訂 新しい国語1. 「体操詩集」. 34 詩を味わう 35 鉄棒. *出典が教科書に明記され,確認できた場合に限り,備考欄において「 」で記している。. (2)高等学校 番号. 掲載作品名. 詩 掲載期間. 出版社. 書 名. 備考 「 」出典. 1 詩論. 1955-58. 東京書籍. 高等学校2年下 柳田国男編「今日の詩論」. 2 詩の効用について. 1956-59. 実教出版. 総合高校国語1上. 3 詩の効用について. 1957-62. 実教出版. 総合高校国語1上 改訂版 「現代詩読本」. 4 現代詩について 朔太郎編. 1957-63. 中央図書. 国語2 高等学校用総合. 「現代詩読本」. 5 詩論. 1959-63. 東京書籍. 新編 国語総合編2. 「今日の詩論」. 6 鉄亜鈴. 〇 1959-63. 東京書籍. 新編 国語総合編2. 「体操詩集」. 7 飛込. 〇 1959-63. 東京書籍. 新編 国語総合編2. 「体操詩集」. 8 断崖からの郷愁. 〇 1959-64. 筑摩書房. 国語3 高等学校用総合. 「私はこうして詩を作る」(創元社). 9 惨憺たるあんこう 〇 1959-64. 筑摩書房. 国語3 高等学校用総合. 「私はこうして詩を作る」(創元社). 10 詩について. 1963-68. 明治書院. 現代国語1. 書き下ろし. 〇 1963-68. 明治書院. 現代国語1. 「体操詩集」. 1963-69. 尚学図書. 現代国語1. 「現代詩読本」をもとに筆者が改訂. 13 鉄棒. 〇 1963-70. 日本書院. 現代国語1. 「体操詩集」. 14 飛び込み. 〇 1963-70. 日本書院. 現代国語1. 「体操詩集」. 15 鉄亜鈴. 〇 1964-66. 好学社. 現代国語2. 「日本本現代詩大系 所収 体操詩集」. 16 断崖からの郷愁. 11 鉄棒 12 詩の効用について. 「現代詩読本」. 〇 1964-67. 筑摩書房. 現代国語2. 「私はこうして詩を作る」(創元社). 17 惨憺たるあんこう 〇 1964-67. 筑摩書房. 現代国語2. 「私はこうして詩を作る」(創元社). 18 抒情詩の進化. 1964-70. 清水書院. 現代国語2. 「今日の詩論」. 19 鉄亜鈴. 〇 1965-67. 東京書籍. 現代国語3. 「体操詩集」. 20 飛び込み. 〇 1965-67. 東京書籍. 現代国語3. 「体操詩集」. 21 鉄亜鈴. 〇 1967-69. 東京書籍. 新編 現代国語1. 「体操詩集」. 22 飛び込み. 〇 1967-69. 東京書籍. 新編 現代国語1. 「体操詩集」. 23 鉄棒. 〇 1967-69 教育図書研究会 国語現代文1 改訂版. 「体操詩集」. 24 鹿. 〇 1967-70. 角川書店. 現代国語2 改訂版. 「亡羊記」. 25 詩について. 1967-70. 明治書院. 改訂 現代国語1. 26 鹿. 〇 1967-70. 明治書院. 改訂 現代国語1. 「亡羊記」. 27 断崖からの郷愁. 〇 1967-71. 筑摩書房. 現代国語2 改訂版. 「私はこうして詩を作る」(創元社). 28 惨憺たるあんこう 〇 1967-71. 筑摩書房. 現代国語2 改訂版. 「私はこうして詩を作る」(創元社). 29 飛び込み. 〇 1970-72. 東京書籍. 新訂 現代国語1. 「体操詩集」. 30 詩について. 書き下ろし. 1970-72. 明治書院. 現代国語1 三訂版. 31 鹿. 〇 1970-72. 明治書院. 現代国語1 三訂版. 「亡羊記」. 32 故園の春. 〇 1971-72. 好学社. 現代国語 1 改訂版. 「村野四郎全詩集 所収 抒情飛行」. 33 現代の冬. 〇 1971-73. 三省堂. 新編 現代国語 改訂版2 「村野四郎全詩集」 - 105 -. 書き下ろし.
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