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アジア文化研究所・現代社会総合研究所研究所間プロジェクト二〇〇六~〇七年度研究調査報告書「イスラーム世界における伝統的秩序規範の持続と変容」 利用統計を見る

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(1)

アジア文化研究所・現代社会総合研究所研究所間プ

ロジェクト二〇〇六∼〇七年度研究調査報告書「イ

スラーム世界における伝統的秩序規範の持続と変容

雑誌名

アジア文化研究所研究年報

42

ページ

209-290

発行年

2007

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00011396/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)
(3)
(4)

イスラ

l

ム世界における伝統的秩序規範の持続と変容 ︽ 研 究 期 間 ︾ ︽ 研 究 代 表 者 ︾ ︽ 研 究 分 担 者 ︾ ︽ 研 究 目 的 ︾ 平成十七

1

十九年度 後藤武秀(法学部教授/アジア文化研究所研究員) 後 藤 明(文学部教授/アジア文化研究所研究員) (社会学部教授/現代社会総合研究所研究員) ' h e 本 ・ ・ 多 , , F一 , t n 1 島 訓 川 r 斎藤 洋(法学部教授/現代社会総合研究所研究員) 三沢伸生(社会学部准教授/アジア文化研究所研究員) 進(国際地域学部准教授/アジア文化研究所研究 子島 員 東 長 靖(京都大学大学院アジアアフリカ地域研究研究 科准教授/アジア文化研究所客員研究員) 赤堀雅幸(上智大学外国語学部教授/アジア文化研究所 客員研究員) 昨今の世界情勢に如実に現れているように、現代の国際間題としてイス ラ

l

ム世界の存在は極めて重要な問題として浮上してきでいる。現在はキ リスト教世界とイスラ

l

ム世界との摩擦ばかり注目されているが、臼本を 含めたアジア世界においてもイスラ

l

ム世界との関係は重要である。本研 究はイスラ

l

ム世界の諸問題を、イスラ

I

ム教の宗教意識や、イスラ

l

ム 法といった伝統的価値規範がどのように形成されてきて、それが現今にお いてどのようにして持続しているのか、またはどのように変容してきでい るのかを、総合的に研究することを目的としている。 具体的には、研究期間内において、イスラ

1

ムの根本的価値観を表象す る形で伝統的価値規範を形成している、司法という公的・外的な側面とし ての﹁イスラ

l

ム法﹂、精神的・内的な側面としての﹁聖者信仰・ス

l

フ イ ズム﹂の二つの面について、イスラ

1

ムを専門とする五人の専任・客員研 究員と、アジア法・国際法に精通するこ名の研究員、杜会学的見地から社 会における伝統的規範の有り様を研究する一名の研究員の共同作業によっ て、調査・解明していくことを目的としている。 イ ス ラ

l

ム世界における伝統規範を考える上において、現地におけるフィ

l

ル ド ワ

l

ク経験を豊富有する文化人類学研究者、そしてアラビア語・ベル シア語・トルコ語によるイスラ

I

ム古典に精通するイスラ

l

ム思想・宗教 研究者との共同研究が不可欠である。子島はベルシア語・ウルドゥ

l

語圏 のフィールドワークを専門とする地域研究者・文化人類学者であり、アラ ブ圏を専門とする赤堀が組織に加わることにより、文化人類学研究が磐石 になる。東長は国内ばかりか国際的も評価を得る思想・宗教研究者であり、 また本学東洋大学が前任校という経歴から、全面的な協力を得ることがで きる。また後藤(明)・コ一沢は歴史学研究者として、それぞれアラブ圏・ トルコ圏を専門として研究を展開しており、赤堀・東長とも古い知己であ る。こうして外部の二人を加えて五人のイスラ

l

ム研究者の体制をとり、 二人の法学者・一人の社会学者と共同して、本プロジェクト遂行上、理想 的な体制が完成する。

(5)

︽ 研 究 経 過 ︾ ︿報 告 ﹀ 平 成 一 九 年 度 ﹁ イ ス ラ l ム世界における伝統的秩序規範の持続と変容﹂プロジェクト 再録)。このことから世界的規模で、キリスト教・仏教・神道など他者に プロジェクト最終年度である平成十八年度において、研究プロジェクト 全体の総括を進めながらも、前年度に立案した年度計画に基づき研究を進 めている。そのなかでもイスラ

1

ム法と伝統的価値規範との講離・離反・ 相克状況をより明確にすることで伝統的価値規範の持続と変容の研究を重 視し、昨年度末に子島をモルディブに現地調査に派遣して、自身の進める 南アジア圏におけるワクフの比較研究、ならびに観光立国でしられる同国 のイスラ

1

ムの伝統的秩序規範の現状の分析を進めた。これと並行して後 藤武秀・斎藤の協力のもとに、台湾・東南アジアにおけるイスラ

l

ム法研 究を進め、仏教の伝統的秩序規範とイスラ

1

ムの伝統的秩序規範の相克関 係・類似関係について明らかにした。また日本の家族社会に明るい小林は、 三沢の協力を得ながら、戦前期の日本の回教政策展開上に見られた、日本 によるイスラ

1

ムの伝統的秩序規範がいかに表面的で自己中心的であるか を明らかにすることに成功した。その研究成果は三沢との共著として、現 代社会総合研究所﹃現代社会研究﹂五号に掲載が決まった。この結果とし て後藤武秀・斎藤・小林の研究を総合して、東アジアにおけるイスラ

l

ム の伝統的秩序規範が極めて限定され理解されていなかったことが解明され たことが大きな成果である。これに付随して一一一沢の知己であり偶々別件で 来日されたトルコ共和国のセイト・セルトチェリク准教授より、日露戦争 期におけるイギリスにおけるイスラ

1

ムの伝統的秩序規範とアルメニアに 代表される東方キリスト教会の伝統的秩序規範の理解が、同じく表層的で あり小林の結果に通ずるものであるとの指摘を受けた (氏の論稿は本号に

よるイスラ

1

ムの伝統的秩序規範理解に関する比較研究の重要性が明確化 さ れ た 。 聖者信仰・ス

l

フイズムに関しては、赤堀・東長両客員研究員を中心に 進め、後藤明・三沢を交えて、思想研究・文化人類学研究の成果を歴史学 的に解釈して、その持続と変容に関する研究を進めた。本年度は昨年度に 果たせなかった赤堀をアラブ圏の中心的存在であるエジプト・カイロ市に 派遣して、高等ス

l

フ ィ

I

評議会を中心として聖者信仰の現状にかんする 現地調査を遂行した。東長は前年度のトルコへの出張調査成果をより進化 させるべく、聖者信仰のテキスト分析に従事した。また一一一沢の知己であり、 本プロジェクトに関心を有しているトルコ共和国のアフメト・ジハ

l

ン 准 教授の来日に際して、同氏を囲んでの研究会を設けて、オスマン帝国から トルコ共和国への移行期において、国家による宗務庁設立によってイスラ

l

ムの伝統的秩序規範がどのように管理されてきたのかの発表・意見交換が できたことが大きな収穫であった (本号にその詳細を再録 ) 0 加えて三沢は小林との共同研究と並行して戦前期の日本のイスラ

I

ム の 伝統的価値規範の習熟度を解明すべく、新生トルコ共和国首都イスタンプ ルに設けられた日本商品館についてその機関誌である館報の分析を進めて、 成果の一部についてはイスタンプルで開催された学会において口頭発表を 行 っ た 。 最終年度である平成十九年度において、過去三年間の全体の総括として 平成三

O

年一月二六日(土)に研究成果公開事業として東洋大学研究所間・ シンポジウムを開催し、報告書の取りまとめをおこなった。

(6)

︽ 研 究 成 果 ︾ 一、学会および口頭発表 *後藤武秀﹁分権改革後日本的市町村合併和地方税財政改革問題

i

以関 東地方為例﹂台湾・中華大学、二

O

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七年五月二五日。 *後藤武秀﹁華入社会の基礎としての祭記公業の解体と現代的再編

l

華 人の行動を理解するために

l

﹂北九州大学法学部、二

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六年十二月 九 日 。 *後藤武秀﹁これからの日本語教育と池上丈庫の果たす役割﹂台湾・池 上文庫、二

O

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七年三月二十七日。 *三沢伸生﹁日本・オスマン朝史にかかわる文書史料﹂日本中東学会第 二三回年次大会(於東北大学)二

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七 年 五 月 一 一 一 一 日 。

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七年九月七日。使用言語はトルコ語。 *子島進﹁﹁イスラ

l

ム的

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一事例と研究課題﹂

NIHU

プログラ ムイスラ

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ム地域研究﹁イスラ

l

ム と

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﹂ 班 研 究 会 ( 早 稲 田 大 学 ﹂ 。 二

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七年二一月九日。 *束長靖﹁ス

I

フイズム/タリ

l

カ研究の課題と展望﹂京都大学大学院 アジア・アフリカ地域研究研究科附属イスラ

l

ム地域研究センター設 立記念講演会、 (於京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 ︿ 報 告 ﹀ 平 成 一 九 年 度 ﹁ イ ス ラ l ム世界における伝統的秩序規範の持続と変容﹂プロジェクト 会議室)二

O

O

七年二月二日。

(7)

︿ 報 告 ﹀ 平 成 一 九 年 度 ﹁ イ ス ラ l ム 世 界 に お け る 伝 統 的 秩 序 規 範 の 持 続 と 変 容 ﹂ プ ロ ジ ェ ク ト 二、論文等著作物 *後藤武秀﹁宗教施設における社会倫理教育│日本と台湾の場合│﹂ ﹃ 東 洋 ﹄ 四 十 三 巻 九 号 、 二

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O

六 年 一 二 月 、 三 一

1

三 七 頁 。 *後藤武秀﹁台湾におけるイスラ

I

ム﹂﹁アジア丈化研究所研究年報﹄ 四 十 一 号 、 二

O

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七年二月、二

O

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O

二頁。︻間プロのクレジツ ト 入 り ] *後藤武秀﹁戦後台湾における祭記公業の変遷整理と再編﹂ ア ジ ア 文化研究所・アジア地域研究センター編﹁アジアの経済発展と伝統文 化の変容﹄所収、二

O

O

七年三月、八九

1

O

七 頁 。 *後藤武秀﹁台湾における罪観念│﹃玉歴紗伝﹄ の描く罪とその予防

i

﹂ ﹁ 法 学 新 報 ﹄ -二 一 号 、 二

O

O

七年五月、二八一

l

O

二三巻一一 三 頁 。 * 小 林 修 一 ・ 二 一 沢 伸 生 ﹁ 回 教 研 究 会 機 関 誌 ﹃ 回 教 ﹄ の史料的価値の検 証﹁回教政策﹂に関係する日本語史料分析の試みとして│﹂﹃現代 社会研究﹄第五号、二

O

O

八年(掲載決定)︻間プロのクレジット入 り } 。 *粛藤洋﹁国際法講義ノ

l

ト ・ 資 料 二

O

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七﹄虹有社、二

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O

七 年 四 月 。 *藤藤洋﹁公法基礎入門﹄八千代出版、二

O

O

七 年 五 月 。 *斎藤洋﹁光華寮事件に関する一考察台湾の法的地位を中心に﹂ ﹁ 東 洋 法 学 ﹄ 第 五

O

巻第一・二合併号、二

O

O

七 年 三 月 、 一 八 五

1

O

二 頁 。

*ソンポン・スチャリクル著(粛藤洋訳)﹁タイ法と仏教法﹂﹁東洋法学﹂ 第五十一巻第一号、二

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七 年 一

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月 、 一 一 一

1

一 四 五 頁 。 * Z c σ c o z -ω ﹀ 巧 ﹀ ( 三 沢 伸 生 ) ・

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g a o -S 巴 内 吋 貸 付 明 。 E E ℃ 3 M コ Q 司 、 弘 、 N S U S む3 2 ・ S -N O S -2 ) -N ∞ 出 ・ ト ル コ 語 。 *コ一沢伸生﹁戦間期のイスタンプルにおける日本の経済活動(ごコ ンスタンチノ

l

プル日本商品館(イスタンプル日本商品館)に関する 研究﹂﹃アジア文化研究所研究年報﹄第四十一号、二

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七年二月 一 八

O

1

百九九頁。︻問プロのクレジット入り} *zsg富田﹀者﹀(三沢伸生) h r の C W D 己 門 ﹀ 同 ハ U k r ロ ﹀ の E 叫 , F O 吋 日 門 的 円 E E ロ o m o E 5 ロ 5 ・ ' g b N G 可 。 く o b h ( E 2 1 5 0 品 ) ョ ﹃ 日 本 中 東 学 会 年 報﹄第二三巻一号、二

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七 年 九 月 、 八 五

1

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九 頁 。 * Z O ぴ 己 O 富 山 ∞ ﹀ 者 ﹀ ( 一 一 一 沢 伸 生 ) ﹂ z o E m -D O 同 5 0 8 5 5 2 丘 町

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£ 苫 門 H O D H 冨 O R F m 凶E 2 ・ ﹃ 束 洋 大学社会学部紀要﹄四五巻一号、二

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七 年 十 二 月 、 五 一 j 八 七 頁 。 *コ一沢伸生﹁戦間期のイスタンプルにおける日本の経済活動(二)コ ンスタンチノ

l

プル日本商品館(イスタンプル日本商品館)に関する 研究﹂﹁アジア文化研究所研究年報﹄第四二号、二

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八年(本号 所収 ) 0 ︻間プロのクレジット入り} * Z o σ c o y 角 田 ﹀ 詞 ﹀ ( 二 一 沢 伸 生

)

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ロ σ ゅ の O B B 向 。 片 山 -宮 口 由 。 ロ ロ 5 2 S E )

( E N ∞ l H S 吋 ) ョ ﹁ 日 本 中 東 学 会 年 報 ﹄ 第 二 三 巻 二 号 、 二

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八 年 ( 近 刊 ) 。 * 月 o σ 2 H 白 玉 川 町 g h r ω 5 5 ロ ロ Z } 出 口 冨 ﹀ ( 子 島 進 ) ( 包 ∞ ・ ) 温 h s z a Q 門 向 。 ﹃

(8)

Lecture Series 2006: Pakist , α n , United K ingdom , Ethio~ 会 ia , α nd Gu α temal α. Tokyo: Faculty of Regional Development Studies , Toyo University , 2007. 保帳哨轄

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(9)

モルディブにおけるイスラ

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ムの伝統的秩序規範の変容調査 ︿ 報 告 ﹀ 平 成 一 九 年 度 ﹁ イ ス ラ l ム世界における伝統的秩序規範の持続と変容﹂プロジェクト 済的な状況が大きく変化したこ アジア文化研究所研究員 子 島 期 二

O

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七 年 二 月 一 一 一 1 一 一 一 一 日 問 調査地 モルデイブ(マ

1

レ、バンドス島) はじめに モルデイブは国民のすべてがムスリムというイスラ

l

ム国であるが、イ ス ラ

l

ム研究の文脈で論じられたことはほとんどない。むしろ、近年にお いては、インド洋に浮かぶリゾート立国として広く世界に知られており、 日本における人気も高い。﹁究極のリゾートライフ&ダイビング﹂﹁一島丸 ごとがバカンスの舞台!﹂﹁海に散りばめられた真珠の首飾り﹂、これらが ガイドブックにおけるモルディブ観光のキャッチフレーズである。イスラ

l

ム世界広しといえども、このような﹁南の楽園﹂イメージで語られている 地域は類を見ないのではないだろうか。こうした形で現在に至るまでのイ ス ラ

l

ムの伝統的秩序規範が変容した過程をたどることは極めて意義深い ことである。筆者は、モルデイブ研究の可能性を、端的に言って﹁イスラ

I

ムと観光﹂に見出している。 モルデイブが観光産業中心の国造りを始めてから、四

O

年近くが経過し た。それまでは、カツオ漁を中心とする漁業が中心であった。今日でも漁 業は、観光に次いで重要な産業である ( 写 真 1 ) 。リゾート開発に伴い経 と で 、 モルディブにおける伝統 進 的秩序もまた大きな変容を遂げ たことが予想される。その方向 牲は、﹁近代化に伴、つ世俗化﹂ へと単純に収飲するものではな し ミ (この点は、これまでのイス ラ

I

ム世界全般における研究からも明らかなことである)。 一方では経済 四 マーレの魚市場 1. 教育を受けることが可能となった。 成長に伴い、多くの留学生がサウジやエジプト等の国々でイスラ

1

ム高等 一九七八年以来政権の座にあるアブドウ ル・ガユ

l

ム大統領もカイロのアズハル学院に留学した経験をもっている。 へのアクセスがモルデイブの すなわち、人類学で言うところの﹁大伝統﹂ 人々にも可能となったのである。そうであるならば、本研究で問題となる のは規範の持続と変容ばかりでなく、その﹁強化﹂も含まれることになる。 あるいは、それまでモルデイブでは知られていなかったイスラ

l

ム的規範 の﹁導入﹂さえもが研究の射程に入ってくるだろう。もちろん、短期の訪 問でこれらの問題群になんらかの答えを出すことはできない。ここでの記 述は、今回の予備的調査で得た簡単な印象にとどまらざるをえない。 筆者はこれまでパキスタンを主たる調査地として、文化人類学の研究に けるイスラ

1

ム ﹂ 従事してきたが、近年はインドやバングラデシュを訪れ、﹁南アジアにお へと視野の拡大に努めてきた。このような広域調査の 方で、パキスタン以外の場所で、長期の住み込み調査を(幼児を含む家族 連れで)行いたいと希望している。今回の滞在中に獲得した知見から、 モ

(10)

ルデイブの首都マ

l

レ に ベ

l

スを置く形で長期調査を行えば、文化人類学、 南アジア地域研究、ならびにイスラ

l

ム地域研究の分野に、新たな成果を もたらすことができると予測するものである。 2 スケジュール 一 一 一 日 一 ス リ ラ ン カ 航 空

UL461

便成田発マ

I

レ着 一 一 一 一

1

一 五 日 一 マ

l

レ滞在 一 六

1

一八日一バンドス島 一 九

1

一 一 一 日 一 マ

l

レ滞在 一 一 一 一 日 一 ス リ ラ ン カ 航 空

UL460

便成田着 3 モルディブの概要 (※ここでの記述は、後出の文献リストの

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を主と して参考にしている)。 モルデイブは、インド洋に浮かぶ島国である。インドの南六

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キ ロ 、 スリランカの西四

0

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キロに位置している。九万平方キロメートルにおよ ぶ広大な海域に点在する一一九

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の島々から、この国は構成される。その うち、ニ

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の 島 々 に 一 二

O

万人が居住しているが、 一

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万人は首都マ

l

レ に集中している。 一つ一つの島の面積はきわめて小さく、総面積は約三

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平方キロメートルに過ぎない。烏々はきわめて平坦な地形をしており、 標高二メートルを超えるものはない。 国土を構成する島々が赤道を跨いで分布していることからも明らかなよ

、 つ に

モルデイブは﹁常夏の国﹂である。高温多湿の熱帯性気候を示し、 平均気温は日中三

O

度、夜間二四度である。 二月から四月の北東モンス

l

ンの時期が乾季、 五 月 か ら 一

O

月の南西モンスーンの時期が雨季である。 インド洋の広大な海域に島々が点在するにもかかわらず、 モルデイブの 言語は基本的にデイベヒ語のみである。ディベヒ語はタ

l

ナ文字によって 表記される。かつてイギリスの保護領だったこと、また近年、閏際的リゾ

l

トとして発展してきたことを受け、英語もかなりの程度まで通じる。リゾ

l

ト滞在はもちろん、首都マ

l

レでの短期滞在者も英語だけで何の不自由も しないだろう。 イスラ

l

ムの到来は一二世紀と考えられている。この時期からイスラ

1

ムへの改宗が進み、 ヒンドゥーや仏教は姿を消すことになった。今日、ィ ス ラ

l

ムがモルデイブ唯一の宗教となっている。すべての住民がスンナ派 ムスリムに属する。 モルデイブを宗教と社会を考えるうえでは、この国を次の三つの部分の 集合体として見ていくことが当面は有用であろう。 ( 1 ) 首都マ

l

レ ( 2 ) リゾートホテル用として開発された一

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の 島 々 ( 3 ) 住民が居住する二

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の 島 々 首都マ

l

レは全人口の三分の一を抱え、政治・経済・宗教の中心地となっ ている ( 写 真

2

)

モルディブは極小の島々の集合体であり、首都マ

l

レ といえどもわずか二キロ×一キロの広さしかない。ここに一

O

万人近い人 ︿ 報 告 ﹀ 平 成 一 九 年 度 ﹁ イ ス ラ I ム世界における伝統的秩序規範の持続と変容﹂プロジェクト 五

(11)

︿ 報 告 ﹀ 平 成 一 九 年 度 ﹁ イ ス ラ l ム世界における伝統的秩序規範の持続と変容﹂プロジェクト 聞がひしめく。あちこちで古い家屋を取り壊し、七、八階のビルに建て替 グランド・モスク える工事が進行している。ここがモルデイブ調査の拠点となる。 てr ( 写 真

3

)

と併設のイスラミック・センターは、 レの北側、官庁関係のピルが集中するエリアにある。モスクの正式名称は、 一 五 七 一 二 年 に ポ 宮 山 田 口 己

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ルトガルを撃破し、独立を回復した英雄に由来する。五五

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人が集団礼 拝を行うことができる。併設の図書館には、イスラ

l

ム関連書(アラビア 語、ウルドゥ

1

語、英語、デイベヒ語)が収められている。ここに本部を スクを統括している 置くイスラ

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ム最高評議会がマ

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レをはじめとして、 モルデイブには七一

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の モ モルディブ全島のモ ( 二

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七年二月現在で、 スクがある。うちマ

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レに三二。政府予算によって、毎年二五のモスクを 改修あるいは新設している ) 0 サウジアラビア (目白

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時 2.首都マーレの遠景 で働いている ( 写 真

4

)

パキスタン等での留学経験をもっウラマーがここ

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門 出 口 印 ) 、 エ ジ プ ト 、 評議会を訪問した際に、あるウラマ

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( 正 確 に は ア

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リムだがウラマ

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で統一する)から、リゾートのパンフを手渡された。ページをめくると、 ビキニ姿の女性がカクテルを飲んでいる写真があった。﹁せっかくモルデイ ブに来たんだから、あなたもぜひリゾートを楽しんでいってください﹂と のことだった。多くのイスラ

l

ム地域研究者が驚くであろう、新鮮な経験 である。このウラマ

1

の﹁モルデイブでは、リゾートと住民が暮らす島が 別々なので、観光の発展はイスラ

l

ムにとって問題にならない。人々は落 ち着いて信仰を守ることができる﹂との言葉は、確かにリアリティを有し 早計であろう。 ている。ただし、両者の聞にまったく緊張や対立が生じないと考えるのは グランドモスク 3. イスラーム最高評議会のウラマー 5.バンドス島の新しいモスク 4.

(12)

﹁美しいモルデイブの島々が、 沈 没 の 危 機 に あ る ﹂ 。 モルデイブは地球温 暖化の議論の最前線にも位置している。このことは広く知られているので、 ﹁ イ ス ラ

l

ムと環境﹂の観点からも話を聞いたところ、ウラマ

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側からは ハ デ ィ

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スの引用が披涯された。すなわち預言者ムハンマドの言葉として ﹁木を切ってはいけない﹂﹁池で小便をして汚してはいけない﹂﹁公道脇の 木陰で小便をしてはいけない﹂といったものを挙げ、ここから﹁環境保護﹂ を導き出すというものであった。第一印象では、あまり体系だった内容で はないと感じられたが、学校での環境教育におけるハディ

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ス引用の有無 も含めて、重要な調査課題であろう。 観光客の多くは、国際親で空港島(マ

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レからボ

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ト で 一

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分ほどの距 離)に到着し、そこから直接目的地のリゾート島を訪れる。そして数日間 の滞在後、また空港島を経て帰国する。これらのリゾートでは、ゲストは 水着で歩き回っているし、 アルコールもふんだんに飲める。スパに行けば、 女性セラピストによるマッサージを受けることもできる。パーやスパの仕 事にあたるのは、 スリランカやタイ出身の非ムスリムが多いと言われてい る。ダイビングのインストラクターも含めて、日本人スタッフがいるホテ ルも珍しくない。 筆者が滞在したバンドス・アイランドリゾートは、 一九七六年創設の老 舗リゾートである (モルディブ初のリゾートであるクルンバ島に次いで、 二番目のオープン)。、ダイビングやスノ

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ケリングを楽しむのに適してお り、高い人気を維持し続けている。何度もリニュ

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アルを重ねているとの ことで、古臭い印象はまったくない。宿泊したのはスタンダード・ル

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ム で あ っ た が 、 エアコン、冷蔵庫、電話、シャワーなどが完備されていた。 ︿ 報 告 ﹀ 平 成 一 九 年 度 ﹁ イ ス ラ l ム世界における伝統的秩序規範の持続と変容﹂プロジェクト 七 バンドスはマ

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レ か ら 船 で 一 二

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分程度の距離であるが、五二

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人のスタツ フ全員が住み込みで働いている。 スタッフの出身国は、インド、 スリラン ヵ、バングラデシュ、タイ、 フィリピン、日本、イタリア、インドネシア の八カ国におよぶ。ここには新設の立派なモスク ( 写 真

5

)

が あ り 、 一 一 人 の専従イマ

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ムが配されている。イスラ

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ム最高評議会で聞いた話では、 空港や軍にもイマ

l

ムは派遣されている。バンドス島のすぐ隣にある無人 のクダ・バンドスは、 モルデイブ人が休日に遊びに行く島として知られて いる。金曜日になると、ここにもイマ

l

ムが派遣され、説教を行うとのこ と で あ る 。 モルデイブ人が暮らす島と、リゾート島は完全に分かれている(モルデイ ブ南端のガンにおいては、住民の暮らす島にリゾートが建設されているが、 大多数のリゾートは上の原則のもとにある)。このことが、外国人のゲス トに自由を満喫する時間を保証するとともに、ムスリムであるモルデイブ 人の落ち着いた生活環境を守っている。経済成長を遂げながら、急激な住 環境の変化(破壊)を経験していないのがモルデイブの特徴だと言うこと もできるだろう。実際、歩いてもほとんどの島は一周一

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分とか二

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分程 度 な の で 、 マ

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レ以外のほとんどの島では自動車も走っていない。先のウ ラ マ

1

の余裕のある態度も、先に述べたように、このモルディブ独自のコ一 空間の分離を前提としている。 バンドス島に近いヒマフシ島を短時間ながら訪れることで、島民の生活 の一端を垣間見ることができた。バンドス・アイランドリゾートが提供す るアイランド・ホッピングの一環である。人口は五

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人程度だが、リゾ

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トから近いため外国人が恒常的に訪れている ( 写 真

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)

。このため、数件

(13)

のおみやげ物屋さんもある ︿ 報 告 ﹀ 平 成 一 九 年 度 ﹁ イ ス ラ

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ム世界における伝統的秩序規範の持続と変容﹂プロジェクト J¥ ( 写 真

7

)

。外国人の訪問地となっている島 (リゾートではなく住民が暮らす島)は、 程度とのことである。ヒマフシには、 港に魚の加工工場がある。 モルデイブ全体で二

O

から二五 みやげ物販売以外の産業としては、 これらの住民が暮らす島々においては、呪術的な要素が色濃く残されて いるとされる。今後の研究課題としてきわめて興味深い点である。換言す れば、知識あるいは学問としてのイスラ

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ムが定着するには、もっと多く のウラマ

l

人口が必要とされている。しかしウラマ

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の再生産を行うため の施設や制度を、現在のモルデイブは有していない。土地が不足している ので、経済成長が続いているにもかかわらず大学も存在しない状況である。 ホテルの従業員のコメントであった。 ﹁埋め立てて人工の島を造れば、大学も建てられるだろう﹂というのが、 ヒマフシ島の外国人観光客 6. 4 文 献 今回、文献の収集も重要な調査項目であった。日本で得られるモルデイ ブに関する情報は大量にあるが、かなり偏ったものである。すなわち、人 気のリゾートとして、観光ガイドや関連エッセイ、写真集、

DVD

などは 毎年内容も更新されており、 モルデイブの高い人気を示している。 一方で、文化人類学やイスラ

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ムといった観点からの情報となると大き く欠落している。まず、 モルディブを調査対象とする研究者自体がきわめ て少ない。これは、すでに述べたように、かなりの調査費用を要するとい うことが大きく反映していると考えられる。文化人類学や地域研究では、 研究者個人による息の長い調査研究が求められる。その基礎となるのが、 たいていの場合、大学院生時代における一年ないし二年の長期調査である。 しかしリゾートに経済の根幹を依拠し、かつ土地の狭いモルデイブでは物 ヒマフシ島のみやげもの屋 価や家賃がきわめて高い。一年間の滞在で数百万円の出費が予想されるフィ

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ルドを調査対象とする大学院生は、ほとんどいないだろう。モルディブ専 門の研究者が育ちにくい環境にあると言える。このため、日本では文献収 集自体が進んでいない。この状況は、他の固においても大同小異のようで ある。研究者の数自体が少なく、論文があまり公表されていなければ、 1;、 くら

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時代になっても的確な情報を入手することはできない。 7. マ

l

レ在住の宗教学者や研究者を訪問し、書面を巡り歩くことで、基礎 的な文献を収集することができた。以下に記す研究所や文献に関する情報 は、今後のモルデイブ研究の基礎となるものである。

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National Centre for

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nguistic and Historical Research 1992 Male' Department of Tourism 1983 Maldives: A N α tion of Islands , Media Hukuru Miskiiy , National Centre for Linguistic and Historical Transasia Limited for Department of Tourism: Male. Research: Male. Ellis , R. 1998 A Man for All Isl α nds: A Biogra ρ hy of Maumoon 1999 Dhivehi Writing Systems , National Centre for Linguistic Abdul Gayoom President of the Maldives , Times Editions: and Historical Research: Male. Singapore. 一一 2002 The Nation α l Museum , National Centre for Linguistic and Nasheed , M. 2004 Dhivehi Convers α tion (f ifth edition) , privately Historical Research: Male. published: Male. Reynolds , C. 2003 A M α ldivi , α n Dictionary , RoutledgeCurzon: London. 制 E 恒 C"'¥ て七ミ 1 ト干・トれれ T く会♂士!' ト1ihl C 制 E模込ヨヨ崖杓 ~ν ニト。 o ~ 山_)'i:1~--\J_)~担 E~ よさ!' ~与 223Aj 崎、v-C -1+ '!H 示会 0~O 制 E恒さ!t>-ーム 制〈補 gC~ 型車櫨 Evening Weekly 04'幅制 1~ 君臨塀膳--\J~若々回べりや。 〈勝封口)陸ト蛍 1 ・同社側「ャ rく!トー寸劇~~.w士t{ò!与爆密告足並全製縛 C~ と爆心側鮮」。トロ:入司、ム

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・同

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アモイ大学および福州大学におけるイスラ

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ム系少数民族政策の調査と研究 ︿ 報 告 ﹀ 平 成 一 九 年 度 ﹁ イ ス ラ l ム世界における伝統的秩序規範の持続と変容﹂プロジェクト イスラ

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ム系住民が多く居住しており、独特の団結を維持している。清浄 アジア丈化研究所研究員 後 藤 武 期 二

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七年四月二九日 j 五月一日 間 調査地 中 国 アモイ大学、福州大学 中国福建省に設置されているアモイ大学および福州大学は、中国南部地 区の基幹大学であり、とりわけ南部を代表する法学部では南方系の少数民 族政策の研究が進められている。今回の訪問調査・研究は、両大学におい てイスラ

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ム系住民に対する宗教政策と法政策について聞き取り調査を行 ぃ、資料の収集を進めることである。 四月三九日、午後一時過ぎにアモイ空港に到着、直ちにアモイ大学に向 かい、法学院の林束平教授、劉永光教授と面談する。訪問目的はすでに伝 えであったので、 アモイ大学の少数民族政策研究の動向について話を伺い、 イスラ

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ム関連資料の提供を受けた。 四月三十日は、林教授の同行を得て、福州大学を訪問する。福州大学法 学部は、教員の多くをアモイ大学からの派遣に頼っているが、福建省の省 都に位置していることもあり、中国南西の諸州から流入する少数民族問題 の研究が進められている。しかし、福州にはイスラ

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ム系住民は少ないと いうことで、午後より泉州に移動する。 泉州は古代より交易港として繁栄した町であり、イスラ

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ム商人の往来 も多かったようで、 モスクである清浄土寸が残されている。清浄寺付近は、

寺を訪問し、管理人にイスラ

1

ム文化の維持に関する説明を受けた。とり 秀 わけ食事に関する問題が多いことを予想していたが、冷凍技術の進歩によ り、泉州から蘇州方面までの南部地域で共通してハラ

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ルの儀式を済ませ た肉類が入手可能であるとのことであった。毎日行われる礼拝については、 泉州ではイスラ

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ムが中国人の間にも理解されており、仕事中の礼拝も間 題なく行われているとのことであった。古くからのイスラ

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ム系住民が多 いことから、伝統的な中国文化との摩擦は少ないように見受けられた。か って、蘇州のイスラ

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ム系住民について調査したときに、非ムスリムの中 国人から、イスラ

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ム系の中国人の団結が地元の人々との文化的軌蝶の原 因となっているという説明を受けたことがあったが、泉州ではその歴史の 古さからであろうが、文化的な対立は感じられなかった。なお、中国で一 般にイスラ

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ム系住民は﹁回族﹂と呼ばれ、シルクロードを介して中国西 部方面から流入した民族を意味するが、泉州の場合は、それとは異なり、 海上交易を通じて東南アジアを介して伝えられたイスラ

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ムが主流のよう である。清治寺周辺の住民を見る限り、 いわゆる西アジア系の民族ではな く、すべて福建省生まれの中国人であった。単純に中国イスラ

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ム教徒と して一括した理解をすることなく、その多様性を踏まえながら、中国南部 の沿海地域におけるイスラ

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ムの伝播について、研究する必要性を感じた ところである。 短期間の出張であったが両大学のスタッフの協力を得ることができて濃 密で充実した調査を実施し、期待した成果を得ながら、五月一日、午後の 便で帰国した。

参照

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〔付記〕

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