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生活空間再生論における資本主義研究 - 玉野井芳郎「広義の経済学」を手がかりとして -

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(1)研究ノート. 生活空間再生論における資本主義研究 ――玉野井芳郎「広義の経済学」を手がかりとして――. 安 村 克 己 . はじめに 本稿は、生活空間再生論における資本主義研究の位置づけと方向性につい て、玉野井芳郎の“広義の経済学”を手がかりとして整理する。 生活空間再生論は、個人の生活空間からグローバル社会までの範域を射程 に収め、生活空間を拠点として、そこから地域社会、国家、そしてグローバ ル社会まで、社会諸空間の各階層レベルの制度を漸次的に変革しようとする 構想である。それは、理論と実践の二つの研究作業からアプローチされる(安 村 2009)。そのさい、理論研究の研究対象となるのは、生活空間の現実、生 活空間再生としての“まちづくり”の事例、生活空間再生論にかかわるマク ロな現実、などである。さらに、理論研究の成果にもとづき、生活空間再生 の実践についての見取図と方策が提言される。そして、この構想には、生活 空間再生は“資本主義”に対抗する社会運動である、という前提が措定され ている。そこで“資本主義”研究が、生活空間再生論の理論研究において、 とりわけ重要な位置を占めることになる。 こうした生活空間再生論の構想の取組は、玉野井芳郎(1977; 1979b)の“地 域主義”(regionalism)を手かがりとして着手された(安村 2009)。玉野井 (1978)は、地域主義が直面するもっとも根本的な問題のひとつとして、資 本主義、特に工業文明の問題を指摘する。そして、地域主義の理論的・実践 的な学問的基礎に、自らが専攻する経済学を据え、地域主義の考察に相応す る経済学のあり方を模索し、従来の“狭義の経済学”に代わる“広義の経済 地域創造学研究. 47.

(2) 研究ノート. 学”を提唱した。 “広義の経済学”は、厳密な理論を追求するあまりに経済の形式を重視し すぎた“狭義の経済学”を批判し、それにたいして“生活”という実体的な 経済に研究の焦点をあてる。しかし玉野井が危機感を抱いた資本主義の諸問 題と、その諸問題を解明できない“狭義の経済学”の限界は、いまだに克服 されていない。資本主義の諸問題はますます激化し、現代経済学はそれらの 諸問題を適正に分析できないばかりか、それらの諸問題を増長させるかにさ えみえる。 そこで本稿では、玉野井の“広義の経済学”の意義を踏まえ、生活空間再 生論が現在の資本主義の諸問題に照準をあわせて実践する資本主義研究とは どのようなものかを検討したい。. 1 狭義の経済学から広義の経済学へ 玉野井は、地域主義を構想するにあたり、「学問の基盤そのものの転換と ともにあらわれる世界、これこそ地域主義の世界にほかならない」(1979b: 311)と指摘し、新たに構想される世界が、それを認識する学問の転換と不 可分であるという、現実と学問の関係性を主張した。そして、地域主義の世 界を認識し構築するための新たな学問として、従来の“狭義の経済学”に代 わる“広義の経済学”を提唱する。この“広義の経済学”は、玉野井の地域 主義を構築する学問的基盤となる。こうした玉野井の主張に倣い、本節では、 まず“狭義の経済学”の問題点とそれが描きだす資本主義像とを概観し、つ ぎに“狭義の経済学”から転換される“広義の経済学”の内容を検討する。. 1−1 狭義の経済学の問題点 玉野井(1975: ii, 231)は、“狭義の経済学”と“広義の経済学”の用語を、 フリードリヒ・エンゲルスの用語から借用している。その『反デューリング 論』(『マルクス = エンゲルス全集』(1968)第 20 巻,大内兵衛・細川嘉六監訳, “狭義の経済学”(politische Oekonomie im engern 大月書店 p.155) によれば、 Sinn) は「資 本 主 義 的 生 産 様 式 の 発 生 と 発 展」 だ け を 研 究 対 象 と す る 狭 48.

(3) 生活空間再生論における資本主義研究 い 意 味 の 経 済 学 で あ り、“広 義 の 経 済 学”(politische Oekonomie in dieser Ausdehnung)は「さまざまな人間社会が生産し交換し、またそれにおうじ てそのときどきに生産物を分配してきた、諸条件と諸形態」を研究対象とす る広い意味の経済学である。 しかし、玉野井は、エンゲルスの“狭義の経済学”と“広義の経済学”の 概念をそのまま援用していない。玉野井が用いる“狭義の経済学”は、マル クス経済を含め、従来のすべての正統派の経済学をさす。それは、近代経済 学に連なる現在の主流の経済学をも指示する。玉野井は、“狭義の経済学” の限界を批判的に検討し、地域主義の構想にもとづいてその根本的な転換を くわだてた。 玉野井は、“狭義の経済学”に限界をもたらす、そのディシプリンとして の特徴を主に二つ指摘する。それらの相互に絡み合う二点の特徴から、“狭 義の経済学”は経済の現実を正確に捉えられず、さらには経済の現実を歪め さえする、とみなされる。 玉野井が指摘する“狭義の経済学”の一方の特徴は、その厳密な理論化へ の固執である 1)。近代経済学は、19 世紀末いらい、経済理論の数学的定式 化によって社会科学のなかでもっとも“科学的”に確立された地位を占める ディシプリンと一般に認識され、現在に至る――そして、マルクス経済学 もマルクスの『資本論』以来、市場経済・商品経済の緻密な理論を展開し た。ところが、精密理論という「強固な甲冑で身を固めた経済学」は、「形 式的経済分析によってもたらされた学問上の地位」ゆえに、社会科学の他 のディシプリンからもたらされる経験データの受容を拒んだ(ポランニー 1977: 319)。“狭義の経済学”、とりわけ近代経済学では、「精緻だが時間の流 れのない平板なモデルが次々と開発され、その数は今や膨大なものになって いる」(室田 1987: 107)。 これに関連するもう一方の特徴は、「無時間的な運動学」としての“狭義 の経済学”である。玉野井(1978: ii)によれば、“狭義の経済学”は、近代 経済学とマルクス経済学のいずれも、「市場や商品形態をとおしての<生産> ―<消費>の循環的な流れを自立的な経済プロセスとして描きだしてきたに 地域創造学研究. 49.

(4) 研究ノート. すぎない」。それは、「無時間的な運動学」とみなされる。すなわち、商品経 済または市場経済を研究対象とする“狭義の経済学”は、価格自動調整シス テムとして自律する市場の作用を、力学モデルを手本に、それと同型の精密 な理論化をめざして完成させた。 こうした特徴から、“狭義の経済学”は理論の厳密さを過剰に追求するあ まり、精密化しやすい価格自動調整システムとしての市場に焦点を絞り、主 にその形式的な側面に焦点をあてて経済の現実を考察する。その完結した理 論体系から、世界の現実の認識に不可欠な“非可逆的な時間”という本質は、 捨象されてしまい、その理論体系から導き出される経済の現実はきわめて限 定的である――さらには、“狭義の経済学”から映し出される経済の現実だ けが経済の事実と一般に認識されるようになった。そのために“狭義の経済 学”では、人間の実生活という、経済学が本来解明しなければならない実体 的側面が看過されている。これが“狭義の経済学”の限界となり、経済の現 実を的確に捉えないばかりか、経済学の科学的地位ゆえに、実体的=実在的 な経済の認識に偏向をもたらしてさえいるのである。 こうした“狭義の経済学”の限界が人間の実生活に露呈したのは、玉野井 が“社会的症候群”とよぶ 1960 年代後半の深刻な問題であった。それは、 「日 本経済が高度経済成長を享受した 1960 年代の後半以降、先進的な工業諸国 にいっせいに生起した「社会的症候群」――環境・公害問題に象徴される工 業文明の危機――にかかわる問題である」(玉野井 1979b: 6)。 この社会的症候群にたいして“狭義の経済学”は、その問題に対応し処理 するために、認識論と方法論を根本的に変革しようとはしなかった。やがて “狭義の経済学”は、環境問題などを“外部性”(externality)の問題として 取り扱うが、そこにみられる理論上の対処は、“外部不経済の内部化”など のように、相変わらず市場原理にもとづいている。こうして、“狭義の経済 学”は、1960 年代の社会的症候群という経済の新たな現実に直面しながらも、 従来通りに市場経済や商品交換に射程を据え、その限定された視点から投影 される制約された現実のみを取り扱っている。 当時、“狭義の経済学”の限界を批判的に検討し、自然環境や生態系を基 50.

(5) 生活空間再生論における資本主義研究 礎にすえる経済学を構想する動向は、たしかにあった。“広義の経済学”も また、それらの動向を踏まえながら構築されたのである。そして、それらの 新しい経済学は、経済の市場のメカニズムのような形式的側面の理論的考察 を放棄し、人間の実生活にかかわる経済の実体的側面の理論的・経験的研究 に着手した。そうした新しい経済学の提唱者の一人であるE . F . シューマッ ハーは、経済学が人間の生活の実体にかかわる小規模な単位を扱わなければ ならないことを指摘しながら、次のように主張する。 経済学が国民所得、成長率、資本産出費、投入・産出分析、労働の 移動性、資本蓄積といったような大きな抽象概念を乗り越えて、貧 困、挫折、疎外、絶望、社会秩序の分解、犯罪、現実逃避、ストレス、 混雑、醜さ、そして精神の死というような現実の姿に触れないので あれば、そんな経済学は捨てて、新しく出直そうではないか(シュー マッハー 1973: 97)。 それらの研究成果は、“広義の経済学”の成果も含めて、一時的に注目を集 めたが、正統派経済学に取って代わることはなかった。. 1−2 広義の経済学へ 1960 年代の先進諸国の石油文明の隆盛から生じた社会的症候群にたいし て、玉野井(1979b)は、人間の生活に適正な地域社会の形成を実践する“地 域主義”を構想し、並行して、その学問的基盤となる“広義の経済学”も構 築しようとした(1978)。構想された地域主義における地域社会の理念型は、 生命系・生態系の基盤のうえに構築され、経済自立と相互扶助の原理に立脚 する“開かれた共同体”である。それは、自給自足の精神的共同体とみなさ れる。こうした地域主義の視座を検証する学問的基礎として、玉野井は“広 義の経済学”の構築に着手した。 転換する経済学としての広義の経済学 玉野井の“広義の経済学”にかか わる最初の著作は、『転換する経済学 ― 科学の統合化を求めて ― 』(1975)で ある。本書は、「18 世紀以降の近代文明の空前の危機」に対処するために、 社会の全体像を見渡すトータルな極点からサブ・システムの経済を捉える、 地域創造学研究. 51.

(6) 研究ノート. 諸科学を統合した“広義の経済学”の構築を意図している。ただしこの著作 の刊行時には、“地域主義”はいまだ構想されてない。それでも、“広義の経 済学”で編制されるトータルなシステムが「根柢に自然・生態系をふまえな ければならない」という前提は、すでに措定されている(玉野井 1975: 5)。 この『転換する経済学』(1975)では、“広義の経済学”の主に方法論や認 識論が議論される。玉野井は、『転換する経済学』の冒頭に「転換期におけ る西欧経済学の系統図」(図1)を掲げ、次のように説明している。 これまでの経済学は、主として図の左半分に位置しているアング ロ・アメリカンの経済学とその教科書を中心に語られてきた。それ がいまや左から右へと、図の中央ないし右に位置する大陸の経済学 にもっと光をあてて、歴史学・地理学・生物学をもふくむ隣接諸分 野との連繋を深めながら<狭義の経済学>からの転換と推移の方向 を見究める必要が生じてきたのである。もちろん大陸の経済学はこ れまでいく度か研究の対象とされてはきた。だが今日の問題は、こ れにあらためて転換の諸相から新たな光を注ぎ、既往の経済学研究 との関連を見究めていくことであろう。一種の比較経済学の試みと でもいうべきだろうか。図に示された大きい円は、今日においても 多くの人の関心の対象となっているもの、またはこれからさきます ます研究を深めてゆかなければならないもの、との二つの意味をふ くんでいる。(玉野井 1975: ii). さらに玉野井(1975)は、“広義の経済学”の構想に大きな影響を及ぼし た経済学者として、シュンペーター、ボールディング、カール・ポランニー の三人をあげたうえで、図1の大きな円で示されたアダム・スミス、マルク ス、メンガー、シュモラーなども援用しながら、“広義の経済学”の方法論 や認識論を検討する。そして“広義の経済学”では、“狭義の経済学”の限 界を乗り越えるために、学際的研究法の導入という方法論と、対象の階層レ ベルに応じた科学の統合化という認識論とを提起している。 広義の経済学の方法論 その方法論について、玉野井(1975, Ⅱ , Ⅲ)はま 52.

(7) 生活空間再生論における資本主義研究. 図1 転換期における西欧経済学の系統図(玉野井 1975). ず、カール・メンガーとグスタフ・フォン・シュモラーの方法論争にかんす るシュンペーターの見解から議論を展開する。方法論争における一方のメン ガーは、限界効用→限界革命→均衡理論という新古典派経済学が構築された 出発点に立ち、その創始者の一人とみなされる経済学者である 2)。また他方 のシュモラーは、ドイツの典型的な学問的伝統を当時に受け継ぐ歴史学派経 済学の代表的な経済学者といえる。そして、一方のメンガーは「歴史と政策 と理論を一緒にしたような歴史学派の体系なき体系にたいして、歴史および 政策からはっきり区別した経済理論、しかも方法的には演繹を特徴とする理 論体系をひっさげて、ドイツの学界に登場し」(玉野井 1975: 88)、もう一方 のシュモラーは、帰納法に徹して「歴史的細目研究の大海を突き進むプログ ラムを組織し実践して数多くのモノグラフを公にした」(玉野井 1975: 80)。 この両者の方法論争は、メンガーの勝利に終わったかにみえる。「その[方 地域創造学研究. 53.

(8) 研究ノート. 法論争]後の経済学の発展を見ると明らかなように、このメンガー、それに ジェヴォンズ、ワルラスの三人を想源とする新古典派理論体系は、もはや国 内の学派的次元ではなしに国際規模でひとつの新古典派理論体系をつくり上 げていった。それに引きかえ、当時かくも隆盛を誇ったドイツ歴史学派の学 問的伝統はその後急速に衰微の道をたどって今日にいたっている」(玉野井 1975: 76)。 しかし、この両者の論争にたいするシュムペーターの評定について、玉野 井は次のように指摘する。 この方法論争の舞台では、孤立化的分析の意義や可能性が取り上げ られ、帰納法と演繹法との優劣が論ぜられた。しかし、シュムペー ターによると、そこには論理学的にとくに重要な問題点が展開され たわけではなくて、むしろ重要な問題点は経済学における厳格な理 論分析と前提なき歴史的細目研究にもとづく事実の踏査および収集 との対立が横たわっていたにすぎなかった、というのである。そし て、そのような原理的対立とその止揚という高度の問題意識こそが、 1970 年代の今日においてふたたびメンガー対シュモラーの争点に 新たな光を投げかける機会を提供しているといえないであろうか。 (玉野井 1975: 82) このように、シュンペーターの見解にもとづき、玉野井は、演繹的方法に偏 りすぎた“狭義の経済学”にたいして、“広義の経済学”の方法論には帰納 法も効果的に導入すべきだと主張している。 さらに玉野井は、“広義の経済学”には歴史学・地理学・生物学などをも ふくむ隣接諸分野の帰納的研究の成果が活用できると考える(1975: ii)。す なわち、“広義の経済学”では、帰納的な学際的研究法と、その研究結果に もとづいた、演繹法による経済理論の構成が目論まれている。 広義の経済学の認識論 玉野井(1975, Ⅶ)は次に、E.ネーゲルの科学 の階層構造にもとづき、科学の統合化という視点から“広義の経済学”の認 識論を検討する(図2)。その議論によれば、 “狭義の経済学”の経済理論は、 自然システムを対象とする第Ⅱの動態システム・力学と同型のモデルにとど 54.

(9) 生活空間再生論における資本主義研究 まるが 3)、広義の経済学は、統合点から自然、生物、そして社会のそれぞれ のシステム全体をみわたせる理論の構築をめざす。そこで“広義の経済学” は、玉野井によって次のように方向づけられる。 システムの階層構造にしたがって社会を自然とともに統一的に考え るという視点は、社会を自然と区別する科学的二分法をかならずし も拒否するものではないということを知らなければならない。それ どころか、自然とちがって人間社会は、それが自然界ではみること のできぬ一定の歴史的時代区分を容認せざるをえないという点で、 本質的特徴をもっている。しかもきわめて重要なことは、この歴史 的時代区分が実は西ヨーロッパ中心史観の上に成り立ったものにす ぎないということが分かってくるにつれて、歴史認識の意味も、今 日大いなる転換点に立って問いなおさなければならなくなっている ということである。これまでのように人間社会は、西ヨーロッパ中 心のタテの通時的構造において意味づけられるだけでなく、地球 的規模でヨコに広がる共時的構造においても意味づけられなけれ ばならないということが分かってきた。文化人類学、経済人類学 からの刺激に富む貢献がこれをはっきりと示唆している。(玉野井 1975: 230). 図2 対象の階層構造と諸科学のレベル(玉野井 (1975) にレベル名を付加). 地域創造学研究. 55.

(10) 研究ノート. こうして、玉野井の“広義の経済学”は、社会と自然を統合的に把握つつ、 社会、生物、自然のそれぞれのシステム論的異同を階層的に峻別する認識論 を提示している。さらに、当面の“広義の経済学”の認識論レベルについて、 玉野井は生命系・生態系を視野に入れた経済理論の構成を提唱した。そして、 次のように主張する。 経済理論は、第Ⅱ、第Ⅲレベルの物理学や数学をモデルとして展開 を重ねてゆく方向とならんで、このあたりで思いきって第Ⅳレベル 以降の、食物の摂取、排泄、代謝の生物学をモデルとする接近法を とりいれてみる必要があるのではなかろうか。物質やエネルギー、 さらに情報の通過物のただなかで自己を維持し、再生産する開いた システムの特性を経済社会という組織体における再生産の機構に適 用し、そして社会的再生産の物質代謝をめぐって生態学的均衡の問 題を考えるべきところに到達しているように思われるのである。 (玉 野井 1975: 223 - 4) こうした認識論の視座から、玉野井は社会的症候群の現実に対応する“地域 主義”を提唱し、並行して生命系・生態系の基盤に立つ経済理論を展開する ようになる。 生命系を視座とする広義の経済学 玉野井の生命系・生態系を基礎とする “広義の経済学”の構想は、著書『エコノミーとエコロジー ― 広義の経済学 (1978)に集大成された。さらに、その考え方は『市場志向から への道 ― 』 の脱出 ― 広義の経済学を求めて ― 』(1979)、『生命系のエコノミー ― 経済学・ (1982)などで展開されている。 物理学・哲学への問いかけ ― 』 玉野井が生態系研究を経済学に導入しようとする試行は、前述のように、 先進諸国で 1960 年代に発生した環境問題を契機としてなされた。同様な研 究は、欧米の経済学者によっても、70 年代に多く着手されている。それら のなかでも、玉野井(1978)がとくに多用する著作は、ボールディング(1968)、 シューマッハー(1973)、ジョージェスク=レーゲン(1978)などである 4)。 それらの経済理論は、当時の生態学への関心もあり、衆目を集めたが、主流 派経済学にはほとんど影響を及ぼさなかった。 56.

(11) 生活空間再生論における資本主義研究 それでも、玉野井は、それらの生態学を包摂した経済理論を参照しながら、 “地域主義”を提唱し、生命系・生態系を基礎にすえた、独自の“広義の経済学” の構成を志向した。“広義の経済学”は、繰り返すように、生命系の一端と しての開かれた共同体の構築の実践をめざす“地域主義”と表裏一体の経済 学である。ここで、玉野井の“広義の経済学”は、エントロピーや開放定常 系などを構成概念とする生態系研究を適用しながら、従来の市場経済にかん する見方を“人間の生活の非可逆的な世界像”という視座から脱構築しよう とする。その視座の要因について、玉野井は次のように語っている。 この<広義の経済学>の主要な視座――生命系――から、<狭義の 経済学>における生産力という主要概念にもあらためて再検討の光 があてられることになる……慧眼の読者は、労働=生産過程の根底 にあってこれを媒介する人間と自然との物質代謝の領域へとわれわ れの関心が向かっていることに、おそらく気づかれることであろう (1978: 306)。 かくしてその視座は、“狭義の経済学”によって看過された、市場経済の基 盤として実在する人間と自然との関係、生命系・生態系を認識し、再考しよ うとする。(なお、玉野井の地域主義と“広義の経済学”にかかわる生命系・ 生態系研究については、稿をあらためて詳細に検討することにしたい。) かくして、“地域主義”にもとづき、生命系・生態系に視座をおく“広義 の経済学”から、“狭義の経済学”では捉えきれなかった、人間社会と自然 に脅威となる資本主義の本質がみえてくる。次節では、“広義の経済学”が 暴く資本主義の実体と根本的問題について考えたい。. 2 広義の経済学からみる資本主義の実体と根本的問題 “広義の経済学”には、資本主義の根本的問題として、“自然環境の破壊” と“共同体の崩壊”が想定されている。玉野井は、資本主義の発展、つまり 高度工業化によって 1960 年代の先進諸国にもたらされた“自然環境の破壊” の問題に対処する決意をした。そして、その対処策の基礎研究として“広義 の経済学”が構築され、また実践の構想として“地域主義”が提唱された。 地域創造学研究. 57.

(12) 研究ノート. さらに、玉野井の“地域主義”は、 “開かれた共同体”の構築を志向しており、 この目的の裏を返せば、資本主義の浸透が“共同体の崩壊=社会関係の切断” をもたらした問題への対処とみなせる。そこで“広義の経済学”は、自然環 境と共同体を破壊する資本主義の実体を究明することになる。 こうした“広義の経済学”の資本主義にたいする問題意識は、生活空間再 生論がかかげる課題と一致する。生活空間再生論もまた、資本主義による自 然環境の破壊と社会関係の切断とを、文字どおり、生活空間から再生しよう とするのだ。そこで本節では、生活空間再生論の資本主義研究の糸口を探る ために、“広義の経済学”によって剔出された資本主義の実体と根本的問題 の概略を整理する。 まず、資本主義の市場経済の形成が“共同体の崩壊”をもたらし、その拡 大が“社会関係の切断”をまねく事態を、資本主義の実体から“広義の経済 学”に倣って考察しよう。つぎに、資本主義の高度化から生み出された工業 文明ないしは石油文明が、自然や生態系を破壊する状況を概観してゆく。そ して、本節の最後に、“狭義の経済学”につらなる現代経済学が、資本主義 の根本的問題の実体を認識せず、なおかつ、それらの深刻な諸問題の弊害を 増幅する事実を指摘したい。. 2−1 市場経済の成立と共同体の崩壊 玉野井の“地域主義”は、“開かれた共同体”の構築という実践的目標を かかげる。この目標の背後には、地域社会に市場経済が浸透するにつれて、 当該地域の“生態系の破壊”と同時に、共同体の“精神的紐帯の喪失”、そ してその喪失から生じる“社会関係の崩壊”という問題の発生が想起される。 したがって、開かれた共同体の構築という地域主義の目標は、地域社会に“生 態系”と“社会関係”を回復するための、あらたな共同体の構築にほかなら ない(玉野井 1979b: 119)。本節では、とくに“社会関係の崩壊”という問 題に焦点をあて、市場経済による共同体崩壊の事実を考える(生態系の破壊 の問題は次項でみることにする)。 共同体と市場経済社会の社会関係 資本主義が成立する以前の、市場経済 58.

(13) 生活空間再生論における資本主義研究 がその内部に侵入していない時期の共同体では、住民は“自給自足”と“相 互扶助”を基盤に生活していた。生活の基本[必需]物資(staple)などの 生活資料は、共同体内部で基本的生業を通して生産され消費されたのであ る。そうした共同体では、物の生産と消費の過程としての経済が、「社会の 内部に埋めこまれていた(embeded)」(ポランニー 1977: 104-119)。つまり、 共同体の経済は、人間の生活から分離されて(separated)おらず、実生活 とともに共同体の社会に一体化する活動過程である。このように経済が社会 に埋めこまれた共同体の制度において、個人が対称的関係を取り結ぶ“互酬” の社会関係が成立していたとみなせる。 “資本主義”が共同体に侵入すると、経済は社会から分離され、人間の生 活からも自然環境からも自立して作動する。「経済過程が社会から突出し、 ひとつの自律的な過程としてあらわれたのが、資本主義と呼ばれる 19 世紀 以降の市場経済社会にほかならない」(玉野井 1975: 161)。ポランニーによ れば、「19 世紀の経済システムの特質は、それが社会の他の部分から制度的 に区別されている、という点にあった。市場経済では物的な財の生産と分 配は、市場という自己制御システムをつうじてもたらされる」(ポランニー 1977: 104)。 経済が社会から分離した資本主義社会になると、共同体で自給自足されて いた基本物資は、 “商品”として市場を媒介に生産・消費されようになる。「す べての物が商品として生産され、商品として消費される。すなわち、物はす べて市場を通して結びつけられ、市場における売買過程に媒介されて物の需 給が調整される」(玉野井 1975: 61)。ここで商品とは、消費のために生産さ れる物資[あるいはサービス]である。共同体の基本物資が、食・住・衣と 順序づけられるような、ある種の審級性をもつ“富”であったのにたいして、 商品は、市場の価格で等級化され、質的差異をもたない“価値”となる。 このように、市場は生活の<審級性>をあらわす質的差異を完全に覆いか くす役割を果たす(玉野井 1978: 11)。「市場においては、人間生活における 死活的重要性よりも、市場に参加する経済主体の私的利益が「価値」すなわ ち価格の観点から優先するようになる。「富」に代わって「価値」の世界が 地域創造学研究. 59.

(14) 研究ノート. 正面にあらわれるようになる」(玉野井 1978: 10)。そうした市場経済の作用 をポランニーは、つぎのように描き出している。 ……[市場経済社会は、市場という自己調整的システムによって、] いわゆる需要と供給という、それ自身の法則により支配され、飢え の恐怖と利得の希望とのただふたつの誘因を究極的手段として動機 づけられる。この制度的装置は、こうして親族組織や政治や宗教の システムなど社会の非経済的制度から切り離されたものである。血 縁の絆も、また法的強制も、宗教的義務も、忠誠の誓いも、魔術も、 システム内部における諸個人の参与を保証するような、社会学的に 定義された状況をつくりだしはしなかった。そうした状況はむしろ、 純粋に経済的誘因に作用する生産手段の私的所有と賃金システムの ような、制度の創造物だった。(ポランニー 1977: 104) 市場経済は、こうして、経済が政治制度や文化制度から離れて――さらに自 然環境と生態系からも離れて――自律する市場、生活の<審級性>をあらわ す質的差異を完全に覆いかくす市場という経済制度として作用する。 この市場経済が共同体に侵入すると、共同体は次第にその政治制度や文化 制度を変容させ、そして終には共同体そのものを崩壊させる。市場経済社会 では、市場の経済制度が優位となり、市場の機能によって共同体の政治制度 や文化制度が規制される。共同体の社会関係を維持した政治制度や文化制度 は、変容したり、消滅したりして、共同体そのものが市場経済社会にとって 代わられてゆく。そして、共同体の崩壊とともに、共同体の“相互扶助”の 社会関係もまた崩壊することになる。市場は共同体の外部に発生し、外部か ら侵入して、共同体内部の社会関係を切断するのである。 市場の成立と市場経済の歴史的特殊性 前項の冒頭から、「市場経済がそ の内部に侵入していない時期の共同体では」と述べてきたように、市場は共 同体の外部から内部へと浸潤した。マルクス(1967)、ヴェーバー(1924)、 そしてポランニー(1944; 1977)などは、いずれも市場は共同体の内部から 形成されるのではない、と主張する。商品交換としての市場が共同体の外部 に発生し、その内部に形成される経緯について、例えばマルクスは、 『資本論』 60.

(15) 生活空間再生論における資本主義研究 (第1篇第2章) でつぎのように指摘する。. 商品交換は、共同体が終わるところで、すなわち共同体が外部の共 同体のメンバーと接触する点で始まる。ところがひとたび物が共同 体の外部で商品になると、物は反転して内部の共同生活のなかでも 商品になる(マルクス , 1867『資本論』第1巻 , 今村 , 三島 , 鈴木訳 , 筑摩書房) マルクスやヴェーバーは、商品交換は共同体の外部から侵入し、人間生活 において外的形式となる、市場の共同体外発説を唱える(玉野井 1978: 69)。 そして、カール・ポランニー(1944)は、歴史学や文化人類学の膨大な文献・ 資料を引用して、市場が共同体の外部に形成された事実を検証した。 しかし、玉野井(1979a: 69)によれば、「アダム・スミスに始まる近代の 正統的経済学は、現に市場で行われている商品交換というものの起源に、人 間の性向といった心理学的な動因を仮定する。そして、それがしだいに展開 して、今日の市場交換となってあられている、というふうに問題をとらえる。 つまり[市場の]共同体内発説だ」。共同体内発説として、たとえば『国富論』 (第1編第6章) におけるアダム・スミスの考え方を、玉野井はつぎのように. 解説する。 ……いわゆる資本の蓄積と土地の占有に先立つこの社会では、たと えば一頭のビーバーと二頭の鹿との交換が行われる、と説明される。 そこから交換が拡大してくる、というわけである。こうした交換が だんだん発展してゆく。なぜ、発展するかというと、ほんらい人間 には、そういう一種のディスポジション(disposition)がある、と スミスは考える。人間には、それがあるから、分業というものも広 がってくる。そうした交換や取引をさかんにするために貨幣という ものが発案され、交換の便宜から生じたこの貨幣が、やがて広く用 いられて売買取引がひろがってくる。それにつれて分業が拡がり、 技術進歩が促され、今日のような現代社会ができたのだ、というよ うなとらえ方をしている。(玉野井 1979a: 66-7) このような市場の共同体内発説は、市場経済の発展が人間社会の発展の必然 的な一方向的趨勢であり、さらには、市場経済は経済成長をもたらす普遍的 地域創造学研究. 61.

(16) 研究ノート. な制度である、という思考を誘導しやすい。それは、進歩や発展の必然性を 自明の前提とする近代化の思想と合致するかにみえる。そして、“狭義の経 済学”、とりわけ近代経済学は、市場の形成を共同体内発説からみて、それ を所与として普遍的にとらえがちのようだ(次節)。 しかし、歴史的事実から検証される市場の共同体外発説は、市場経済が歴 史的に特殊な条件のもとに形成され、さらにその形成過程では、人間の生活 や社会の存続を阻害するような、矛盾を孕む制度として存続し拡張してい るとみなせる 5)。市場経済という経済制度が形成された歴史的特殊性と、そ れが有する制度的矛盾を、マルクスは“資本の本源的蓄積”(ursprüngliche Akkumulation des Kapitals)(『資本論』第1巻 , 第7篇 , 第 24 章)として指 摘する。「マルクスは、19 世紀のイギリス資本主義を対象に、資本主義の“特 殊歴史性”を理論的に浮き彫りにした。その作業の焦点のひとつとなったの は、生産手段と労働力との分離を歴史的に用意した 15、6 世紀―18 世紀の <本源的蓄積過程>の解明であった」(玉野井 1975: 162-3)。資本の本源的蓄 積は、つぎのような歴史的事実である。 この「本源的蓄積」の具体的内容は、……15、6 世紀から 18 世紀 の末にかけてのイギリスにおいて、土地の囲い込み運動と呼ばれる 耕地の牧場化の過程をとおして脱農現象が生じ、土地が私有化され ると同時に、人間労働力が商品化される基礎が形成されてくる、と いうあのプロセスである。(玉野井 1979a: 94) このイギリスの歴史的事実である資本の本源的蓄積から、マルクスによれ ば、“土地の私有化”と“労働力の商品化”という事態が出現する。これら の事態は、資本の本源的蓄積と、それにつづく 18 世紀末―19 世紀前半のイ ギリスの歴史的事実となる。「「全般的エンクロジャ法」(General Enclosure Act)が成立をみたのは 1801 年である。これの最大の成果は共有地のエン クロージャであった。これによって小農民の自給自足経済の基礎は大きく破 壊されて、小生産様式の解消へと大きく前進をみた。上層の自営農民=ヨー マンリもこの第二次エンクロージャの過程でほとんど姿を消していった。そ してこの同じ過程をとおして大土地私有と資本家的借地農制との成立をみる 62.

(17) 生活空間再生論における資本主義研究 にいたるのである」 (玉野井 1978: 90)。そのさい、土地という生産手段を失っ た小農民やヨーマンリは、賃金労働者という労働力となり、資本主義的生産、 すなわち市場経済における商品生産の基礎となってゆく。 ところが、“土地の私有化”と“労働力の商品化”は、論理的かつ倫理的 な観点から本質的矛盾をかかえた歴史的事態だといえる。それらは、本来、 商品とはなりえない商品である。商品は、消費のために資本から生産される 物資やサービスであるが、自然である“土地”も、人間である“労働力”も、 いずれも資本から生産されうる物資やサービスではない。それでも、土地と 労働力は、ポランニー(1977)がいう「自己調整的市場に不可欠の商品のフィ クション」となるのだ。 かくして、資本主義経済は、土地、労働力、そして ――ポランニーが付け加 える―― 貨幣の三つが擬制商品(fictitious commodities)となって成立し(ポ. ランニー 1977)、人間の実生活から分離し、自律する商品交換の市場経済と して作動する。共同体の外部に成立したこの市場経済が共同体に浸透し、共 同体の社会関係と生態系は崩壊する。共同体の崩壊の契機は、“資本の本源 的蓄積”の侵攻という歴史的事態である。共同体の土地が私有化され人間が 労働力となるとき、商品交換が互酬に代わって共同体に侵入し、その社会関 係は切断され6)、その生態系は破壊される。. 2−2 市場経済の拡大と環境問題 玉野井が“地域主義”を提唱した直接の契機は、繰り返すように、1960 年代の高度経済成長期の日本社会に発生した公害という現実である。当時、 先進諸国に進展した、高度工業化にともなう、いわば石油文明は、どの当該 国にも公害を惹き起こし、多くの人びとが重大な被害をこうむった。そして、 先進諸国における自然環境の崩壊は深刻な社会問題となった。やがて先進諸 国の公害は、高度資本主義の世界的な拡張とともに、地球規模の環境問題と なり、その被害はますます重症化しながら現在にいたっている。 市場経済と生態系・自然環境の崩壊 地球規模の環境問題の発端となっ た 1960 年代の先進諸国における公害の発生も、その濫觴は、市場経済が共 地域創造学研究. 63.

(18) 研究ノート. 同体から決定的に分離しはじめた事態であった。日本をみると、膨大な石油 消費をともなう重化学工業部門の諸産業が高度経済成長を支え、同時に都市 化が全国的にすすんだ。製造業やサービス業が急激に成長するとともに、農 林水産業は急速に衰退した。日本の産業別人口の推移をみると、第一次産業 は 20 世紀初めに全体の 7 割を占めたが、その後――第二次大戦直後の窮乏 期に 5 割強と一時的に上昇したものの――低下をつづけ、とりわけ高度経済 成長期の 1960 年代には 4 割弱、そして 1970 年には 2 割へと急減した。第一 次産業人口の割合は、近年、1 割を切っている。こうした数字を反映して、 集中的に進展した高度工業化が公害を発生させ、人間が生態系を形成するの に重要な役割を果たした第一次産業を衰退させたのである――それにともな い、都市化の浸透が共同体を消滅させた。 資本主義の高度化による市場経済の拡張は、前項でみたように、共同体に 波及し、経済活動は共同体の生活の実体から分離すると同時に、生活の基盤 であった生態系からも分離した。すなわち、共同体が農業を通じて営んでき た生活様式が、市場経済によって根本的に変容し、また農業を通して形成さ れてきた生態系も、市場経済を通じて消滅した。共同体の農業は、市場経済 によって、市場に相応する工業的生産化を受容するか、あるいは農業を放棄 するか、の進路の選択を迫られる 7)。いずれの進路が選択されるにせよ、共 同体の生態系は崩壊し、共同体それ自体も崩壊の運命をたどるのだ。 こうして市場経済が共同体の生態系から分離する状況は、図3のようにイ メージされる。図3が表示するのは、生態系が植物、動物(人間)、微生物、 非生物物質の 4 要素から成り立ち、それぞれの要素が相互に連関しあい、循 環的作用からエントロピーを処理して存続する状態である 8)(生態系全体の活 動から排出されるエントロピーは、生態系を取り囲む自然の作用によって処理され る)。そして図中の上部には、市場経済が生態系から分離する状態が図示さ. れている。 市場経済は、生態系に生産や都市生活の廃物・廃熱を放出する。図3では、 それらの廃物・廃熱が市場経済の生産から生じる産業廃棄物と、都市生活と その消費とから生じる生活廃棄物で表されている。かつて自給自足と相互扶 64.

(19) 生活空間再生論における資本主義研究. 図3 生態系から分離した市場経済のイメージ図 (玉野井 (1978: 53) に基づいて作成). 助で成り立っていた共同体の実生活は、生態系の中に埋め込まれていたが、 市場経済は生態系の外部に形成された。そして市場経済は、1960 年代以降、 飛躍的な工業の高度化と都市化とによって、人間社会史上に未曾有の経済的 豊かさをもたらしたが、他方で、工業化や都市化のエントロピーは、生態系 のエントロピー処理能力の限界を上回り、さらに地球規模の環境問題は、地 球全体のエントロピーの処理体系にさえも損傷をあたえている。 地球規模の環境問題とその解決策 こうした地球規模に拡大した環境問題 は、いまや人類の、そして地球の存亡の危機と世界中で共通に認識されてい るが、この問題に国際的に対処する方策はほとんど実践されていない。とり わけ、この環境問題の元凶である資本主義や市場経済を根本的に変革しよう とする見解は、南北問題などのさまざまな原因から、ほとんどみられない。 いまだ世界中の多くの人間は、資本主義の弊害をより甚大に体験する先進諸 地域創造学研究. 65.

(20) 研究ノート. 国の人間でさえも、資本主義による経済的豊かさの実現を信奉し、市場経済 による経済成長のしくみを自明視している。 た し か に、 環 境 問 題 に 国 際 的 に 対 処 し よ う と す る 取 組 は、1970 年 代 初 めから国際会議などを通じてなされてきた。それらの取組がほとんど実効 性をあげないなかで、環境問題と南北問題という地球規模の問題に真剣に 対処する気運が醸成され、1983 年に国連WCED(World Commission on Environment and Development; 通称ブルントラント委員会 )が設置され、当 委員会でそれらの問題の解決策が議論された。WCEDは 4 年後の 1987 年 に、議論の結果を報告書 Our Common Future (邦訳『地球の未来を守るために』 (sustainable 福武書店) に公表している。この報告書には“持続可能な開発” development)の理念と実践の方策が提唱され、世界中で注目された。“持 続可能な開発”の理念は、これまでの市場経済の原理で続行されてきた無計 画で乱暴な開発を反省し、未来の子孫も地球の資源を共有できるような開発 を国際的に協働して実践することをめざす。この理念は、1992 年のリオデ ジャネイロ地球サミットで支持され、環境問題にたいする国際的取組の実践 としてリオ宣言が採択された。しかし、リオ宣言が採択された当時の熱狂に もかかわらず、その実践はまったく進捗していない。 また、市場経済によって環境が破壊される事実を警告するすぐれた研究成 果も、1960 年代から 1970 年代にかけて少なからず公表され、世界中の関心 を喚起した。経済学からもボールディング(1968)、シューマッハー(1973)、 ジョージェスク=レーゲン(1978)等が、前述のように、生態系を視座にす え経済学を再構築しようとした。しかし、それらの研究成果は、玉野井の地 域主義も含めて、今日ではほとんど顧みられることはない9)。 現時点で、資本主義と市場経済は世界のゆるぎない現実であり、その諸問 題にだれもが疑念を抱きつつも、それらを根本的に変革しようとする気運 は醸成されていない。日本でみれば、労働人口の 90%を賃金労働者が占め、 全人口の 85%が都市に暮らす現実から、市場経済の劇的な変化は重大な混 乱を招く。しかしながら、資本主義と市場経済のメカニズムが人間社会を崩 壊させ、地球の自然環境を破壊する可能性は、きわめて高い。現実にその徴 66.

(21) 生活空間再生論における資本主義研究 候は、数多くみられ、資本主義と市場経済を人間の社会生活の基盤として、 それらの諸制度を彌縫策で維持するのは不可能とみられる。おそらく、資本 主義の根本的変革の道程は、生活空間の再生から漸次的に変革してゆくしか ない。その根本的変革の方途を見いだすためにも、資本主義の本質を徹底的 に解明する、生活空間再生論の構想にかかわる“資本主義研究”が求められ よう。. 2−3 現代経済学の問題点 “地域主義”は、市場経済が地域の生態系と共同体を破壊する現実的問題 と、“狭義の経済学”がその市場経済の現実的問題を的確に解明できない理 論的問題とに取り組んだ。そして、その理論的問題を考察するために、“広 義の経済学”が提唱された。“狭義の経済学”は、価格自己調整システムと しての市場を中心に研究対象とし、とくに市場の機能的ないしは形式的側面 を論理整合的な観点から分析して経済理論を構成する。しかし“狭義の経済 学”が研究対象とする市場経済は、人間の実生活から分離して作動し、なお かつ人間の実生活に悪影響を及ぼす。市場原理による市場経済のメカニズム は、生態系の破壊や社会関係の切断という現実を生み出している。このよう な市場経済と、それを研究対象とする“狭義の経済学”との問題について、 玉野井はつぎのように指摘する。 市場では、生活の<審級性>をあらわす質的差異が完全に覆いかく される。……マルクス経済学も近代経済学も [狭義の経済学は]、こ の市場と工業の経済世界を中心に売買の<無意識論的メカニズム> を描きだしているのである。その正統的なパラダイムにはもとより 愛も正義も介在する余地はない。生きた人間が前提されていると いっても、市場の枠で描出されたこの経済的世界のなかでは、人間 は商品経済的に物象化された存在でしかない。たとえ分子生物学か ら社会の側に生命の尊厳について語ることを託されても、狭義の経 済学のほんらいの理論的世界は黙して語らないのである。これに反 発して、“人間いかに生くべきか”を説こうとしても、商品よりな 地域創造学研究. 67.

(22) 研究ノート. る市場経済をその対象的世界とするかぎり、いたずらに理論の折衷 と教説に終わるしかないであろう。(1978: 11-2) 玉野井が問題視した“狭義の経済学”の限界は、――マルクス経済学は社 会主義諸国の崩壊とともにほとんど顧みられなくなったが――現代経済学に おいても依然として乗り越えられていない。そして、市場経済のメカニズム が人間の実生活に及ぼす悪影響は、今日ますます拡大している。われわれ は、市場経済の矛盾を感じながらも根本的変革には思い至らない 10)。そして、 現代経済学は、相変わらず市場原理を経済理論の中心に位置づけ、市場の操 作手法を提供する技術論となっている 11)。その技術論は、いうまでもなく、 人間の実生活から乖離し、生態系の崩壊や社会関係の切断を解決しえない。 このように、“狭義の経済学”としての現代経済学は、資本主義と市場経 済を所与の研究対象と措定し、暗黙裏にその永続性を前提とする。そのため に、現代経済学は、資本主義の根本的変革に踏み込めないばかりか、結果的 に資本主義の高度化を強化さえしてしまう。実際に、1960 年代以来、現代 経済学が市場原理の操作をめぐる経済理論の展開に終始する間に、金融資本 主義が進展して、世界中の人びとの実生活を直接に混乱させてきた――そ して、とくに生態系の破壊と社会関係の切断は世界中にさらに拡大した 12)。 この金融資本主義は、資本の自己増殖という資本主義の本質を増長させ、そ こに、資本主義の前提となる擬制的商品としての労働力、土地、貨幣がまさ に商品としてしっかりと組み込まれた。 かくして、資本主義の根本的問題を解明し、その問題を解決する役割は、 もはや現代経済学には荷えそうにない。そこで、玉野井がめざした“広義の 経済学”の構築が、再考されるべきであろう。ただし、資本主義研究が経済 学の専権事項とみなされる理由はなにもないので、広義とはいえ、“経済学” にこだわる必要もあるまい。“広義の経済学”がすでに学際的研究を取り入 れたように、現代資本主義は、さまざまな学問分野からアプローチされ、さ らにそれらの研究成果が共有され、生活空間再生論に統合されることが期待 される。. 68.

(23) 生活空間再生論における資本主義研究 3 資本主義の現実と生活空間再生論の資本主義研究 最後に本節では、玉野井が“地域主義”と“広義の経済学”を提唱し、そ れらを実践した後に、資本主義の現実がいかに推移したかを概観してみた い。資本主義に対抗するいくかつの徴候――たとえば、観光まちづくり、N PO、地産地消、地域貨幣、などの徴候――はみえはじめたものの、それら が決定的な影響力をもつには至っていない。玉野井の意に反して、資本主義 は依然として健在である。“広義の経済学”で捉えきれなかった資本主義の 本質、そして市場経済のメカニズムがいっそう極限化してみえる今日の資本 主義の現実、それらがいまこそ適正に捉えられなければならない。そこで、 生活空間再生論が、資本主義研究に取り組む基本的な方向性を提示してゆき たい。. 3−1 資本主義の現在――金融資本主義とグローバル化 玉野井が 1970 年代後半から 80 年代半ばにかけて抱いた資本主義にたいす る危機感は、“地域主義”や“広義の経済学”に託した期待に反して、さら に増大したかにみえる。資本主義の“資本の自己増殖”という本質は、市場 経済を通じてますます激化し、また資本主義が浸透する範域は、世界全体に 拡張した。その結果、自然環境の破壊と社会関係の切断という問題は、世界 中の人間の実生活を脅かしている。そのような資本主義の危機的現状は、お そらく金融資本主義ということばでもっとも適切に表現されるであろう。 日本の経済状況もまた、金融資本主義に翻弄されている。1990 年代初頭 のバブル経済崩壊いらい、日本社会は国際経済の動向に翻弄されつづけ、そ の窮状を抜け出せない。1980 年代の日本は、主に貿易黒字の増大によって、 一億総中流といわれる無階級社会を実現し、経済的豊かさを享受した。世界 中の不景気を後目に日本全体が好景気に浮かれ、“Japan as No.1”と世界中 からもてはやされた。しかし、90 年代初頭のバブル経済崩壊を契機に「失 われた十年」とよばれる複合不況で、国民の生活は一気に停滞してしまう。 とりわけ地方の疲弊はいちじるしい。2002 年以降には、いなざぎ景気の期 間(57 ヶ月)を超える長期の好景気がつづいたといわれるが、多くの生活 地域創造学研究. 69.

(24) 研究ノート. 者にとってそれを実感できる社会状況ではなかった。そして 2008 年には米 国サブプライムローン問題に端を発した金融経済危機が世界中を席巻し、日 本経済もまた不況に陥って現在に至る。 日本は 2009 年時点で国内総生産高が世界第2位の経済大国であるが、国 内にその経済的豊かさを実感できる雰囲気はない。むしろ、だれもがいまの 社会状況に言いしれぬ閉塞感を抱いている。事実、経済問題にくわえ、とり わけ「社会関係の崩壊」や「自然環境の破壊」を根源とする深刻な社会問題 が、生活の身近に多様なかたちで発生し顕在化しつづけている。日本の将来 に期待感をもつのは、ごく少数派にすぎない。 そもそも、近代は経済発展を最優先に価値づける時代であり、その経済発 展を実現した社会が近代社会だとすれば、高度近代社会は、今日の日本経済 の窮状にとどまらず、つねに経済に翻弄されるのは必然であろう。近代化の 原動力とみなせる資本主義が現代日本社会における根本的問題の元凶であ る、と考える人は少なくない。資本主義経済の根本的問題は、これまでにも 多く議論されてきたが、いわゆるカジノ資本主義やマネー資本主義ともよば れる金融資本主義が、1990 年代のIT革命とともに飛躍的に拡大し、経済 のグローバル化があらためて喧伝された。そして、資本主義経済が人間社会 の将来を崩壊させるという疑念は、とくに先進諸国において深化しているよ うにみえる。 しかも、資本主義経済の趨勢がもたらす問題は、国内に限らず、環境問題 や南北問題などのように地球規模に広がり、人類社会の将来を脅かすほどに 深刻化している。これらの問題は、70 年代から国際的に議論され、1992 年 にはリオデジャネイロ地球サミットで“環境と開発に関するリオ宣言”を“持 続可能な開発”の理念と行動計画が多くの国に共有されてきたが、先進諸国 と発展途上諸国間の利害関係などから実践にいたっていない。その間に、環 境問題も南北問題も、テロリズムなどの国際問題と絡みあいながら、ますま す危機的状況を増幅させている。 こうしてみると、ポランニーが資本主義市場経済の主眼点とする「利得、 競争、功利主義的利益」の追求の激化は、金融資本主義によってますます拍 70.

(25) 生活空間再生論における資本主義研究 車が駆けられた観がある。金融資本主義のなかで、国際的“労働力”移動や“土 地”の投機的売買が顕在化した。そして、カジノ資本主義やギャンブル資本 主義とよばれる投機的な金融資本主義では、たとえばヘッジファンド、レバ レッジ、金融商品、サブプライムローン、パテント・トロールなどといった、 非合法ではないが、常識的や倫理的に疑問が抱かれる金融商品取引手法など で、貨幣増殖を自己目的化する経済活動がますます活発化してきた。資本主 義の成立における矛盾とみなされた、擬制商品としての土地と貨幣が、金融 資本主義市場で、取引のもっとも中心的な商品となっているのだ。 このような金融資本主義の現実は、人間の本来の実生活からますます乖離 しながら、その影響力は人間の生活をさまざまな意味で攪乱する。そこで生 活空間再生論は、地域主義や広義の経済学に倣い、本来の実生活を問い直し、 それを取り戻すために資本主義の高度化に抗う方途をみいだそうとする。そ のために、生活空間再生論が資本主義をいかに研究すべきかを考えてみた い。. 3−2 生活空間再生論の資本主義研究 生活空間再生論が“広義の経済学”から引き継がねばならない課題は、市 場経済による“共同体”と“生態系”の破壊という現実の認識と、その現実 が生起する市場経済のメカニズムの解明である。“広義の経済学”が解明し た、共同体を崩壊させる市場経済の問題とそのメカニズムにかんする考察 は、つぎのように整理される。. − 商品交換としての市場経済は共同体の外部に成立し、その後、共同体 内部に浸透する。 − 市場経済が共同体内部に侵入するさい、土地、労働力、貨幣が商品化 された。これら三つの要素は、消費のために資本から生産されるもので はないので、本来の商品とはみなせず、擬制的商品である。 − 擬制商品の土地と労働力によって商品が生産され、商品が市場制度の 価格決定を通じて消費される市場経済は、人間の実生活から自立して、 地域創造学研究. 71.

(26) 研究ノート. 功利主義的な固有の法則で自律する。 − 商品交換としての市場経済が共同体に浸透すると、互酬や相互扶助が 喪失して共同体は次第に崩壊する。 − 市場経済における大量生産の産業廃棄物や大量消費の生活廃棄物、都 市化、農業の衰退、農業の工業化などによって、自然環境や生態系が破 壊される。. これらの考察は――示唆に富むのだが――玉野井の“広義の経済学”関連 の著作(1978; 1979a; 1982b)では、資本主義研究はほとんど断片的にしかな されていない。それらの著作では――玉野井(1975)を除き――資本主義研 究よりもむしろ、生態系を根底にすえた“広義の経済学”が展開されている。 ところが、市場経済としての資本主義は、玉野井の著作以後も高度化し、玉 野井が危機感を抱いた資本主義の諸問題は世界中に拡大しながら深刻化し た。 しかし、それにもかかわらず、資本主義の根本的変革は、ほとんど不可能 にみえる。だれもがいまや資本主義の危うさを感じとりながらも、その根本 的変革を求めようとはしない。資本主義は、人間の本来の実生活から乖離し ながらも、人間の生活を呪縛する。そして、資本主義のグローバル化は、人 間の実生活を差し置いて、国家から近代世界システムまでを功利主義的利益 にもとづいて構造化した。いまや生活空間を取り巻く、資本主義に搦め捕ら れた社会制度を根本的に変革することは難しい。その根本的変革には、おそ らく、重大な社会的混乱が生起すると反論されるであろう。 それでもなお、地球規模の環境破壊と特に先進諸国の社会関係の崩壊をみ れば、資本主義の根本的変革は焦眉の急な課題である。資本主義の革命的な 変革は現実的ではないが、それは、生活空間再生論が構想するように、実生 活の本来のあり方を問い直すことから始められるであろう。あわせて、われ われの頭から、「日常生活における経済的決定主義」や「妄想にとりつかれ たような経済中心の考え方」という偏向が、まず取り払われなければならな い(ポランニー 1977: 15)。そのためには、資本主義の現実と本質を十分に 72.

(27) 生活空間再生論における資本主義研究 理解することが急務となる。 そこで生活空間再生論は、資本主義の現状を的確に把握し、さらに高度化 を遂げる資本主義の本質を体系的に考察せねばならない。そのためには、前 述のように、現代経済学だけに資本主義研究を委ねるわけにはいかず、あら ゆる学問から資本主義の現実と本質にアプローチすることが求められる。こ うした資本主義研究は、生活空間再生論の構想の重要な研究課題として位置 づけられる。. おわりに 人間の実生活は、生態系と社会関係に決定的に依存する。すなわち、人間 の実生活は、生態系と社会関係がなければ成り立たない。このことを、生活 空間再生論は構想の前提に措定する。そして、現時点で生活空間にその前提 が充足されず、本来の実生活が成立しないのは、資本主義が原因だと仮設さ れるのだが、この仮設はいまだ状況証拠から導かれたにすぎず、原因の根本 的な究明は、資本主義の本質の分析にかかっている。生活空間再生論は、資 本主義の本質を分析し、その根本的問題を剔出する。 そのさい、玉野井芳郎の“地域主義”と“広義の経済学”が、生活空間再 生論の資本主義研究についても手がかりとなる。ただし、それらの成果には 時代の制約があり、資本主義は爾後にも高度化し、従来の諸問題を拡大し深 刻化するとともに、さらに新たな諸問題も発生させている。生活空間再生論 の資本主義研究は、“広義の経済学”の研究成果を咀嚼しながら、それらを 現実の問題に適応しうるように脱構築しなければならない。 拙稿は、今後の研究の手がかりとしての“広義の経済学”の概要と、生活 空間再生論の資本主義研究における方向性を検討したにすぎない。資本主義 の現実と本質にかんする生活空間再生論の研究については、今後、徹底的な 学際的研究が履行されることになる。. 地域創造学研究. 73.

(28) 研究ノート. 注 1)玉野井(1979a)は、カール・ポランニー(1971)に倣い、 “形式的” (formal)と“実 体的” (substantive)という経済学の二つの意味を強調する。ここで、経済の“形 式的意味”とは、 “狭義の経済学”が商品経済や市場経済のしくみを論理的に分 析して導出される意味であり、また“実体的意味”とは、 “広義の経済学”において、 人間が自然や人間同士との関係から生活する現実を考察し、それによって解明さ れる経済の意味である。そして、玉野井(1979a: 33-44)は、ポランニー(1971) の指摘にもとづき、経済の“形式的意味”を探究する新古典派経済学の端緒を開 いたメンガーが、その晩年に、実は経済の“実体的意味”の解明に取り組んでい た事実を、つぎのように主張する。 [市場制度における]……稀少性と最大化は、目的−手段の関係の論理 的性質から生じるもので、それを「形式的意味の経済」と呼ぶことがで きるが、これにたいして「実体的意味の経済」が考えられなければなら ない。それは、メンガーによると、手段の稀少や不足とは無関係な、人 間の生活の維持、生産の必要からくる経済の実体的なあり方だという。 (玉野井 1979a: 146) また玉野井(1979a: 24-33)は、資本論で商品経済の“形式的意味”を分析した マルクスも、晩年に経済の“実体的意味”の解明をめざしたと指摘する。 2)玉野井(1975)によれば、新古典派の経済学には二つの根源がある。 「一つは、 ベンサム―J . S . ミルから出発したマーシャル、ピグーなどのイギリス経済学 の流れである。もう一つは、ワルラス―パレート―バローネなどの大陸ローザン ヌ学派の流れである。前者は限界原理を構築し、後者は一般均衡理論の体系化を めざした。20 世紀に入って 1930 年代という危機的時代に、一般均衡理論がよう やく大陸からイギリスへと導入され、ヒックスの手で厳密な演繹体系=閉じた孤 立系モデルがつくりあげられた」 (1975: 142)。メンガー(オーストリア学派)は、 ワルラス、ジェヴォンズ(イギリス)と同時期に、限界効用説を唱えた。 3)“狭義の経済学”としての「マルクス理論も古典派理論も、18、9 世紀の西欧資 本主義の発展のもとで形成されきた商品経済または市場機構という現実の核を対 象に、経済というサブシステムの閉じたモデルをつくりあげたのである。そのモ デルは完全競争モデルである」(玉野井 1975: 205)。ただしマルクスは、資本主 義社会が経済体制において一つの特殊な歴史的社会であると捉え、新たな経済体 制の社会を構想した。それでも「計画と制御の経済メカニズムを考えるための理 論上のトゥールについては、マルクス経済学の貢献はきわめて小さかったといわ なければならない」 (玉野井 1975: 207) 。それにたいして新古典派経済学は、 「経 済の制御という考えのはいりこむ余地はほとんどなかった。マルクスのように資 本主義体制の彼岸に理想の体制をデザインするというのでなしに、むしろ此岸の 資本主義経済のなかから、スミスのいうインビジブル・ハンドのはたらく資源配 分の機構を抽象化してゆくような、閉じた理論モデルをつくりあげたからである」 (玉野井 1975: 207)。. 74.

(29) 生活空間再生論における資本主義研究 4)ただし、ボールディング(1968)については、玉野井は、生態学的視点の経済学 への導入を高く評価しつつも、後に、その「宇宙船地球号」の見解を次のように 批判している。 ……ボールディングは社会システムを社会生態システムとしてとらえ て、これを全体的な生態系の一環として説明しようとする。このような 包括的なアプローチは、私の見るところ、自然生態系の機構と社会シス テムの存在とを混同させるものであって、このようなアプローチでは、 人間の工業的世界が生態系から不自然に独立し、生態系固有の自律的な システムとは不整合な一環を形成しているという現代の危機的問題が完 全に見落とされてしまうおそれがあるのである。生態学のアナロジーで 社会システムの説明をおおってしまうのは、厳に慎まなければならない のである。(玉野井 1975: 186) 以後、 “地域主義”の展開において、ボールディングの引用は、ほとんどなくなる。 5)人間が作為的に構築した制度は、やがて人間の統制がときに困難になり、制度自 体が人間の思惑を離れて固有の法則で作動するようになる。これをデュルケーム は社会的事実(fait social)とよび、マルクスは疎外(Entfremdung)とよんだ。 6)小田(2009)は、ネオリベラリズムとグローバリズムにおける社会的連帯の崩壊 という問題について、レヴィ=ストロースの「二重社会」という視点から、「一 般性−特殊性」の軸にくわえて「普遍性−単独性」の軸を設定し、その問題に対 応しうる可能性を提示している。きわめて示唆的な論考であるが、実例として小 田がとりあげる文化人類学の事例は、いまだ経済的にアルカイックな社会であり、 その社会にも労働力の商品化と土地の私有化がほぼ完遂し、商品経済が蔓延する とき、共同体的な社会状況は崩壊し、社会的連帯は消失すると考えられる。 7)ここにあらためて、生活空間や人間社会における農業の意味が浮き彫りになる。 すなわち農業は、土地と植物を通して人間と自然を結びつけて生活空間に生命系 を形成する、まさにその媒体となる産業といえる。ところが農業は、いまや工業 の論理の延長線上に位置づけられ、市場経済において合理的・効率的な経営をも とめられている。「市場システムにおいて、工業から農業にわたる全産業部門が、 市場合理的に経営されるというふうに想定されるというとき、その農業は資本 主義的工業化から投影される限りでの農業ということになるであろう」(玉野井 1979a: 58-59)。そのために、農業の現在の問題は、市場経済の観点から国の食糧 自給の問題などとして議論されがちである。しかし、その問題意識とは異なる次 元から、農業と地球のあらゆる生命源である生態系との関係が崩壊している事実 こそが、いまや問題視されなければならない。 8)エントロピーとは、物理学の精密な概念であるが、日常語に置き換えれば「汚れ の量」を意味する(槌田 1986: 26-8)。玉野井(1979b)は、槌田のエントロピー 論を援用して、地域主義で生態系の再生を強調した。 9)ただし、特にシューマッハーの“Small is beautiful”に象徴される思想は、い まなお多くの研究者に引き継がれ、その趣旨に賛同する研究者の組織、The. 地域創造学研究. 75.

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