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看取りでの経験を語る地域住民のつどい〜安心!この町に住んで良かった〜

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Academic year: 2021

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(1)公益財団法人. 在宅医療助成. 勇美記念財団. 2018年度(後期)指定公募 「市民の集い開催への助成」 完了報告書. 指定テーマ. 「看取りでの経験を語る地域住民のつどい」 ~安心!この町に住んで良かった~. 申請者:榮永 徳博 所属機関:水俣芦北圏域在宅医療・介護連携支援センター 提出年月日:平成31年3月29日.

(2) テーマ 看取りでの経験を語る地域住民のつどい. ~安心!この町に住んで良かった~. 申請者名 水俣芦北圏域在宅医療・介護連携支援センター 所長. 栄永. 徳博. 助成対象年度 2018年度後期 提出年月日 平成31年3月29日 助成により行ったこと (1)看取りでの経験を語る地域住民のつどい開催での在宅医療の理解と普及 1部 基調講演 2部 討論会 (2)医師会が実施した看取りの講演会(小笠原文雄先生)の聴講者へのつどいの案内 (3)ポスター掲示やチラシ新聞折り込みでの地域住民への周知 (4)会議録の作成による行事開催の記録保存 結果 (1)今回のテーマである「看取りでの経験を語る」体験発表ができたこと (2)参加者は99名 (3)参加者の内訳は医療・介護・福祉関係者49名。一般住民50名。 (4)一般住民の参加者にこの地域でも在宅看取りができる事をアピールできた。 (5)多職種による在宅看取りにおける各専門職の連携のさらなる研修になった。 効果 (1)基調講演で看取りの暗いイメージではなく、明るい看取りの報告があり、住民の看取りに対 するイメージの変化を与えた。 (2)座談会での在宅での看取りの症例報告では、家族の発表があり、孫の付き添いもある中で、 家族の気持ちの葛藤も発表され、それに対する訪問看護師の傾聴で、家族の気持ちが軽減さ れたことなどの発表があり、住民のアンケートでは家族の率直な気持ちが聞けて良かったと の意見があった。 反省 参加者が99名で、そのうち住民が50名で、その50名のうち約半数が小笠原先生の講演 会の参加者に案内したことによる参加であった。今後の課題としては新規の住民の参加をど うするかであると思います。 感想 在宅看取り経験の出演者をお願いすることに苦慮しています。特に看取られた家族様の参加 が非常に重要だと思われます。ご家族の生の声を聞かせることが住民の在宅看取りへの意識 向上につながると思われます。その意味でもこの事業を継続する必要があると思います。 今回の事業に助成いただきお礼と感謝を申し上げます。 1.

(3) ポスター・チラシ. 2.

(4) 3月10日(日). 日 時 平成31年. 1時30分~3時30分. 午後. 芦北町社会教育センター. 会 場. (芦北町大字佐敷206番地1:TEL82―2213) 参加料. 無料. 第1部 13:30 主催者挨拶 基調講演 演者. 宮竹 克英 (水俣市芦北郡医師会会長・宮竹小児科医院院長). 「在宅医療で満足!家族の絆」 (皆で作り上げよう最後の物語). 深水 良 先生 (深水医院院長・水俣市芦北郡医師会副会長). 14:30 休憩 第2部 14:40 討論会. 「看取りを経験して」. シンポジスト (敬称略) 川上義信 (水俣協立病院院長) 中村由香里 (訪問看護ステーション協立) 松田由美 (グリーンコープケアプランセンター) 福満朝子 (グリーンコープふくしサービスセンター おおきな木) 竹本優子 (水俣市社会福祉協議会訪問入浴) 坂口文代 (家族) 座 長. 森 健一郎 (水俣市芦北郡医師会理事:竹本医院院長). 主 催 水俣市芦北郡医師会. 主 管 水俣芦北圏域在宅医療・介護連携支援センター. 共 催 水俣・芦北郡市歯科医師会 水俣芦北薬剤師会 熊本県看護協会水俣・芦北支部 水俣市介護保険サービス事業者連絡協議会 熊本県介護支援専門員協会水俣支部 後 援 熊本県水俣保健所 水俣市 芦北町 津奈木町 問合せ 水俣芦北圏域在宅医療・介護連携支援センター(84-9996) この事業は、公益財団法人 在宅医療助成 勇美記念財団の助成を受けています。 3.

(5) 看取りでの経験を語る地域住民のつどいの様子 期日 平成 31 年 3 月 10 日(日)13 時 30 分. 会場 芦北町社会教育センター. 座長 森先生. 挨拶 宮竹会長. 討論会. 基調講演 深水先生. 坂口さん(家族) 竹本さん(訪問入浴) 福満さん(訪問介護) 松田さん(ケアマネ) 中村さん(訪問看護師) 川上先生(医師). 4.

(6) 【基調講演】 ○司会(森先生) こんにちは、それでは今からお話しいただきます、水俣市芦北郡医師会の副会長、みなさん、 ご存知ですよね、深水先生にお話しいただきたいと思います。先生は今日は蝶ネクタイですね、 似合います。先生は、医療面だけではなくてですね、文化面、スポーツ面で非常に活躍されてい る水俣市の先生なんですね。本日は先生が力を入れておられます、在宅医療について先生のご経 験を交えながらですね、お話しいただけると思っております。どうぞ先生よろしくお願いします。 ○深水良先生 森先生、ご紹介ありがとうございました。皆さん、こんにちは。芦北には久しぶりにやってき ました。いつもはスカイドームでテニスをしています。芦北のテニス協会の方とはよくお会いし ますがみなさんとお話をするのは初めてです。 今日は看取りということなんですけど、あんまり暗い話はしません、とても楽しくて明るい感 じにしたいと思っております。途中で突撃インタビューがありますので、みなさん心の中で準備 をしていてください。 今日の機会をつくっていただきました榮永さんと一緒に講演の前にマジックをしたいと思い ます。今日は芦北の名産の晩白柚を持ってきました。榮永さんここに来てください。このアタッ シュケースに晩白柚を持ってきました。狭いでしょう。ほら。(会場から笑い、拍手) 人生は4つに分けられると思います。最初の25年は若い時、25年から50年はつらい時、 50年から75年はとってもいい時、頑張れば頑張るほどいい時、75から100まではみなさ ん、これは舞台ではクライマックスで人生で一番いい時です。この時期になっているみなさんは 人生最高の時です。そして、次のステージへ旅立つ。死ぬんじゃないんですよ。次の一番いいス テージに旅立っていくんですよ。そう思うと死ぬのがあんまりいやな気がしません。一番いい時 を過ごしてさらに深みを増していい時を迎えます。そういう考えでいるととても楽かなと思いま す。 今日の講演の前に先週と先々週の日曜日に私は二つ看取りをさせていただきました。とーって もいい看取りでですね、ぜひみなさんに聞いてもらいたいと思って材料は何も作りませんでした。 そのままお話します。 先々週はですね津奈木です。田中さんという方です。名前も言います。93歳の女の方です。 とっても苦労してですね、働いて、働いて、働いてこれ以上働けないというくらい働かれたそう です。その娘さん、息子さんたちを育てるためにものすごく働かれた。そのお母さんが心臓が悪 くなった。そしてそれはどうして悪くなったかというと不整脈があります。心房細動という不整 脈です。そして重症の弁膜症もお持ちでした。おまけに腎臓が悪くなった。貧血がすごく進んで きました。それで、だんだん状態が悪くなりました。その娘さんはですね、実は、昔、私の医院 の看護婦さんを長くしてもらっていました。現在は自分で看護師さんをやっておられますけど、 その方が苦労して苦労してお母さんを看てこられました。あけぼの苑の皆さんにずっとお世話に なりました。 あけぼの苑の方には本当にお世話になったんですよ。 娘の福島さんもとてもお世話になったと思います。それで先々週の週末ぐらいからだんだん具 5.

(7) 合が悪くなりました。うちに連れてこられたんですけど、もう顔色が真っ青でですね、おしゃべ りをされるんですけどしゃべられない状態になりました。これはちょっと危ないなあと、私はそ の時、思いました。で、その時ですね、娘さんは家で何とかがんばりたいと言われました。そし て日曜日の朝、あけぼの苑から家におうちにですね連れて帰られました。 そして介護のベッドもちゃんと用意してありました。 日曜日の夕方に娘さんから電話があり、先生、今、母が息を引き取りました。ということで急 いで駆け付けました。そしたら自宅のベッドでですね、とても安らかに旅立たれたという話でし た。今までの看取りがとても大変だったと思います。でも娘さんが看護婦さんというスキルが非 常に高かったので自分で最期まで看取られることができたのだと思います。そこにおられますの で在宅でよかったか。娘さんに少し話していただきたいと思います。 ○福島さん(ご家族) 私が病床のころから見ておりまして、平成14年に心臓の手術をしましたんですが、それが失 敗して死ぬかもしれないということで行ったり来たりすることになりました。 5年前に認知症が出まして芦北クリニックさんにお世話になったんですけど、そのまま仕事を しながら家で過ごしてまいりました。 昨年夏から利尿剤がきかなくなりまして、3年前から深水先生にお世話になろうということで 決めまして、もともと循環器科で私も循環器科の患者さんを何名も看ておりましたので、状況的 にはわかっておりましたので、世話をすることは可能であろうと自分の中で決めておりました。 ただ、1月30日にもう今回はダメよと言われ、その2年前にも心不全と肺がんを併発しまして 今回はダメよと言われたが、元気になりまして、ただ今回1月30日はもう今回はほんとに駄目 よと言われましたので、兄弟、家族に伝えまして、そして何かあるたびに介護や福祉をお願いし ながらデイサービスをお願いしながら、最後の正月はショートステイでお願いしました。 ベッドをまだ借りてなっかたものですから、ベッドをお願いして、ベッドが届いたころに自宅に 連れて帰りました。 やはり下血があったりとか状況的には悪かったんですけれども帰宅後にバイタルチェックを しまして、何もできませんし、悪いなと思ってずっとみてました。 最期に血圧を測ろうと思いまして、触わりましたが脈が出なくなりまして、そしてそのうち息が 止まりまして、死んだのかなということで深水先生に電話をしました。私の中では看てあげよう という気持ちが強かったので死に対する恐怖はありませんでした。良かったなという気持ちが今 ではあります。 それから先生が延命治療をどうするねとおっしゃった時に、もうしませんと、挿管ですか、し ませんということをお伝えして、先程先生にお渡ししたんですが母がメモを書いていまして、亡 くなった日、部屋のかたずけをした時に延命治療はしませんというメモが出てきました。その前 にも掃除をしていたんですけどなかったんですね。いつか自分がこういうことになるんじゃない かということで落ちていたんじゃないかと思いました。 ○深水先生 お母さんの介護でですね、福島さんも大変だったと思います。 非常に重症な疾患を持っておられたんですけどお家で在宅での看取りも可能だと私はこの症 6.

(8) 例を見ていて感じました。感銘した患者さんだと思います。 2例目は先週日曜の夜、100歳の方で、あと何日かで101歳になられるという福山さんと いうおばあちゃんですけれども、小津奈木におられた。ずーと当院に徒歩で通っておられた。こ の方はとってもビールが好きで、毎晩飲んでおられた。100歳の誕生日の時には孫がビールを 持ってきて、とても喜ばれて、いつもこの方は周囲の方々に感謝をされておられて、ありがとう と手を合わせておられました。この方が1か月前からしゃべらなくなりました。ちょっとおかし いなと思っていたら動けなくなりました。それで往診を始めました。先週の日曜のちょっと前に かなり状態が悪くなりまして、1度看護婦さんに訪問に行ってもらいまして点滴してもらいまし た。点滴すると水分が余計入るので口からの方がよいと私が勧めました所、家族の方も納得され ましたので1回だけにしました。その2日後の夜中の11時50分ぐらいに電話がかかってきま して、今、母が息を引き取りましたということでした。その日の夕方に福山さんがみんなを呼べ。 といい、上を指差して、上に行くからと言われたそうです。それからみんな集まって、夕食を食 べながら焼酎を2杯飲んだそうです。12時10分に私を呼んで亡くなられた。そういうことで とてもいい最後の旅出だったと思いました。最後に周囲の人に手を合わせて感謝されたと聞きま した。 昔、インディアンの長老が書いた、今日は私が死ぬのにもってこいの日、という本があったん ですけど、長老が今日私は死ぬから孫さんや子供さんに今までの事を話して死んでいくという話 でした。それを福山さんはしたという看取りでした。家族の福山さんがおられますのでお話を聞 きたいと思います。 ○福山さん(ご家族) 100歳まで非常に元気で、焼酎も昼、晩、飲んで家の周りを散歩し、孫、ひ孫と遊んで、非 常に元気でおりました。しかし、昨年の5月ですね、ちょっと胸が苦しいと言い、急きょ先生の 方にうちのおふくろが孫とですね連絡して私が抱えて夜中に連れて行ったところ、これはペース メーカーを入れんといかんということでした。先生に100歳ですよ。ペースメーカーを入れて いいんですかと聞いたところ年は関係ありません、入れてくださいということで次の日に市立病 院で手術をしました。母は100歳まで病気ひとつせずに。逆に入院もしてなかったものですか ら気が変な風にならないかということが一番心配でした。2週間ぐらいだったですかね、心配し ていましたけど、そういうこともなく退院しました。あとは家の周りを歩いていたんですけど昨 年の11月ぐらいから起きられなくなって、ベッドで家族4人でお世話をしておりました。先程、 先生が話をしてくれましたけど2日の2時過ぎに私の方に姉から電話があってですね、ちょっと 来てくれと。母が呼んでると、もうダメかなと思っていったんですけど、全然、そういうあれは なくて、私の手を握って胸にやるんですね。胸をさすったら落ち着いたんですけど11時過ぎで すかね、亡くなりました。旅立つちょっと前ですか、母はしゃべれないもんですから手でですね 4人にありがとうと、お礼を言いながら旅立っていきました。日頃から非常にいい人生だった。 もういつ死んでもいい。刺身拵えて、バンザイばして送ってくれ。と言っていましたので、通夜、 葬式の晩にもですねみなさんと送られて非常にうれしく思っております。 ○深水先生 在宅で亡くなるとこんなにいいことがありますのであんまり暗くならないようにですね、で 7.

(9) も、患者さんの熱意、周りの方の熱意、介護スタッフの熱意、すべてがそろったときにとっても いい看取りができると思います。 次、お願いします。これは私の家の庭ですけど桜が春になると咲きます。 桜が咲きますと、厨房で作った弁当をみなさんと一緒に食べます。花見をしたりします。 次、お願いします。私の趣味は踊りもありまして、時々、市民会館で踊っております。今日は 私の趣味の先生も来てもらっています。三味線も習っています。患者さんの前で三味線を弾いて 庭で楽しんでいます。 次、お願いします。やすらぎ苑にも慰問に行っております。 次、お願いします。これはサックスも習っています。もうなんでもやります。これはクリスマ スの時に患者さんの前で歌ったり演奏したりして楽しんでおります。 次、お願いします。これはその時の写真ですけど毎年します。 次、お願いします。私が看た中で最高齢で亡くなられたのが108歳の方で最後の最後まで自 分で立っておしっこに行かれました。ベッド周囲にバーの手すりをつけてもらって伝ってトイレ に行かれました。1回もおむつをしたことがないと娘さんは言っておられました。 次、お願いします。私の在宅の原点は古川先生という方です。この方は私の大学時代の同級生 なんですけど、大学の時から離島医療に熱心で卒業して沖縄の与論島にパナウル診療所を作りま した。パナウルというのは花と意味だそうです。とてもいい診療所ですね。 次、お願いします。与論島というのは沖縄本島のすぐそば、一番我々から遠い、とてもいい島 です。なぜ、与論島の話をするかといえば、与論島では人が死ぬとその場所に魂が宿ると言われ ています。ですから、どこかで死ねばそこに魂が宿る。ですから家族の人はみんな自宅で亡くな ります。沖縄本島で重症でももう駄目だなと思ったら、連れて帰ってきてちゃんと服を着せる。 そして家族全員で写真を撮る。そしてみんなで看取ります。みんなで看取ってなくられたらみん なで体をふきます。孫からひ孫からみんなでお浄めをします。そして亡くなられた方をきれいに して旅立たれます。そういう風習があります。ですから与論島では看取りは自宅です。往診も何 十件とします。全部、自宅で亡くなります。そうでないと年忌のたびに沖縄に行かなければなら なくなる。ですよね、ですからとにかく家に連れて帰ります。以前、古川君が在宅医療を看に来 んねということで、私も25年前にいっしょに回ってきました。100歳のおばあちゃん、95 歳のおばあちゃんがいっぱいおります。そしてとても喜んで、慕われています。私はそれを見て、 在宅医療というのは家族と一緒に暮らして家族と一緒に泣いて医療をするんだなと古川君が教 えてくれました。彼は一昨年ですか日本医師会の赤ひげ大賞というのを受賞しました。離島医療 25年、献身的に患者さんを看てまいりました。私も一歩でも近づければいいかなと思って在宅 医療を続けています。 次、お願いします。在宅医療で最も大事なのは患者さんの安心と家族の安心です。最初に家族 と本人さんの物語を作る。物語を作るというのは亡くなった後でここで寝とったね、ご飯食べ取 ったねという物語をみなさんで作り上げていく。病院とかではなかなかできません。やはり家で はないとできないということです。物語を作ってそれをいつまでも心の中に持つ。それをずっと 続けていく、自分が死ぬ時も誰かが物語を作る、それが大事かなと思います。 次、お願いします。社会ではいろんな人がいろんな方向からサポートしないと絶対うまくいき 8.

(10) ません。ですからこういうシステム、昔はなかったですけど、今はみなさんがほんとに良くして くださるんでですね、在宅は以前よりやりやすいんですけどなかなか難しいこともあります。 次の症例は非常に難しかったけど、非常に良かったというお話をします。この方には悪性腫瘍 がありました。 次、お願いします。安心ということですけど、急な要請があれば夜中でも医療スタッフが駆け つける。本人さんの安心も大事だが家族の方の安心も大事であります。また、医療のほかに家で 看取ることで他の家族の方の生活がどう変わるのか、離職介護いうものはですね東京で働く娘さ んがですねどうしても帰らなければならないので職を辞めて帰ってくる。そういう問題もありま すのでそういうところまで我々は考えてできるだけうまくいくように、それを考えてしなければ なりません。経済的な負担は大事ですからそこまで考えてやる必要があると思います。 次、お願いします。物語です。患者さんが家に帰ります。がんの末期になって家に帰ります。 それからが患者さんの物語になります。患者さんが家で過ごすことから始まります。患者さんだ けではなくて家族の方の物語も始まります。患者さんが亡くなっても残す物語があります。患者 さんと多くの方々が作り上げていく。それがかかわったすべての方が心のうちに残るのではない かなと思います。これは病院ではなかなかできない、やっぱり家でしかできないと思います。 次、お願いします。今度は一番大変な症例ですけど80歳の男性です。高血圧、コレステロー ル、糖尿病、心房細動があってうちに受診されておりました。 次、お願いします。食欲不振があって、黒い便が出たということで入院されたんですけど調べ てみたら、大腸がんがあり、肝臓に転移しているということで医療センターの方に紹介をしまし た。そして、一応手術をしていただいたんですけどお腹を開けますと腹膜に転移がありまして切 除ができないということでした。人工肛門をつけていただきました。そして自宅へ帰られました。 10月3日に帰られました。 次、お願いします。それでまた、非常に具合が悪くなって、さらにまた医療センターに入院さ れました。その時に最期は自宅で看取りたい、本人さんも自宅で亡くなりたい。という強い希望 がありましたので、じゃ大変だけど頑張りましょうか。ということになりました。家族の方には 医療に詳しい方はおられなかったんですけど、ま、何とか頑張ってみましょうという話をしまし た。11月に訪問看護ステーションの宮崎さんの訪問看護と在宅訪問治療を開始しました。とっ ても仲が良くてですね、ご主人と奥さん、子供さんお互いがやさしい思いを持っておられて私も 行くたびの安心したご家族でした。 次、お願いします。症状がだんだん進行しまして、だんだん下血が出てきまして、その時やっ とこれは自分が駄目だなと思われたような様子で私にお話をされました。奥さまが食べさせると 口をあけて鳥の雛になったようだなと、言われておりました。1月9日にチアノーゼを認めて倦 怠感がさらに強くなりました。そろそろ危ないなと言いましたけど、本人さんはとても元気でし た。 次、お願いします。17日に誕生日を迎えました。自宅で誕生日を迎える、その思いがものす ごく強かった。どうしても、誕生日だけは絶対やらなければならないということで無事誕生日を 迎えられたんですけど私は誰にも知らせないでお祝いに駆けつけました。 次、お願いします。動画です。(動画映写) 9.

(11) 次、お願いします。これが、家族と支援チームです。真中がケアマネジャの生魚さん、宮崎訪 問看護の看護師さん、次がうちの准看護師です。 次、お願いします。17日が誕生日で20日に眠るように亡くなりました。3日後ですね。ほ んとにおうちで亡くなりたいという気持ちがありましたのでこちらもいつも待機していました。 この症例を見るたびに思い出して涙が出ます。ご家族が来ておられますので、少しお話を伺いた いと思います。 ○橋本さん(ご家族) 今、あらためて主人の事を思い出すんですけど、全くやさしい主人でした。延命をせずにおう ちでと言い、家族にお世話になるけどおうちが一番いいからと言いました。じゃ、私たちもがん ばるけん、お父さんもがんばってねと言い、そして夜中にそれこそ19日の晩に起こされて、ど うしたのと聞くと右手が切れそうに痛いと、言い、困ったね、と言って、曲げている手を伸ばす よと言って、そしてさすってあげた。痛いの痛いの飛んで行けじゃないけど私の手の上に乗せる んですよ。どうしたのと言ったら、痛いけどお母さん手を握りたいと、それがですね、その時は 一生懸命だったから一緒になろかとお父さんの手をさすってあげて、せっかく起きたから足もむ くんでるから足もさすってあげるね、と言ってさすったら、もういい、お母さん横になってと、 言い、ものすごく私を心配してくれたんですよ。自分は我慢するからお母さん横になって、と言 ってくれたから、じゃそうするねと言った。ほんと、自分を制しても周りを気遣ってくれました。 もう世界中探しても主人みたいな養子さんはいないと思います。養子だから気遣ってくれたと 思います。眠るように亡くなったということが私も涙が出なかったですもの。涙を出したら本人 に悪いなと思うのが精いっぱいでした。だんだん1週間過ぎてきたら、もともとやさしかったか ら、でも、おうちで死んだから最高でした。 ○深水先生 そういうことで在宅で亡くなるということは非常にいいことです。みなさんもできれば在宅頑 張りましょう。非常に厳しい条件がありますけど何とかクリアして物語を作っていただき、心の 中にいつまでも持っていただきたい。順繰り順繰りまわっていけばとてもいい看取りだと思いま す。 次、お願いします。すばらしかった点は娘さんが同居されていたことですね。お互いに非常に やさしい方でずっと見合っておられたことです。それとみなさん看護師、ケアマネの皆さんのと ても良くしていただきました。うちが近かったこともあったと思います。 次、お願いします。まとめですけど、家族の方と本人さんがお互いを思う気持ちが伝わってく るような看取りでした。痛みはつらく自分の思い通りにならないものです。だからと言って忌み 嫌うだけでなく、生き方を考えるきっかけにしてほしいと思います。そして、家族の方と本人さ んで物語を作り上げていく。それがすべての関わった方々の心にいつまでも残っていく、そんな 素晴らしい看取りが皆様の協力でできるようになると思います。そのような看取りが可能な限り すべての患者さんにできるようになること、それが見送り、そして見送られる立場からの切なる 願いであります。みなさんの強い意思と患者さんの強い意思、熱い熱い気持ち、それとスタッフ の熱い気持ちがあれば在宅看取りは可能だと思います。以上です。 ○司会(森先生) 10.

(12) 深水先生、とてもすばらしい看取りのお話をしていただきまして、どうもありがとうござい ました。ここで討論会準備のため10分間の休憩になります。 第2部 討論会「看取りを経験して」 演者. 川上義信. (水俣協立病院院長:医師). 中村由香里(訪問看護ステーション協立:訪問看護師). 座長 森健一郎. 松田由美. (グリーンコープケアプランセンター:ケアマネジャー). 福満朝子. (グリーンコープふくしサービスセンターおおきな木:介護福祉士). 竹本優子. (水俣市社会福祉協議会:訪問入浴). 坂口文代. (家族). 森健一郎. (水俣市芦北郡医師会理事:竹本医院院長). 第2部のテーマは「看取りを経験して」です。本日の発表者は A さんに関わりのある皆. さんです。早速ですが川上先生から報告していただきたいと思います。先生、よろしくお願い します。 川上義信. 患者さんのご紹介をします。73 歳で男性です。. 水俣総合医療センター外科から水俣協立病院へ紹介いただくまでの経過です。61 歳時、S 字 結腸癌、肝転移の診断で手術を施行されています。64 歳時、肺転移に対し手術施行。70 歳時、 膵転移に対し手術施行となり、化学療法行っていましたが 2017 年 10 月(73 歳時)より中断。 12 月より後腹膜への癌浸潤による腹痛、食欲低下出現。鎮痛剤増量により疼痛は改善。今後、 症状が強くなり通院困難となってくると思われるため、在宅診療目的で水俣協立病院へ紹介と なりました。 医療センターからの処方は、ロキソプロフェン、リリカ、オキコンチン、オキノーム散頓、 デカドロン、ベルソムラです。 在宅診療を開始してからの経過ですが、2018 年 2 月 9 日より訪問診察を開始しました。ご 本人より、延命治療は望まないということでありました。痛みはありませんでした。ご本人は 家族に迷惑をかけてたくないので入院と言われることもありますが、家族はできるだけ自宅で 頑張りたいという思いがあられました。2 月 17 日頃より胸痛を認めオキノーム散を内服。疼 痛は緩和しました。2 月 23 日オキノーム散は 2 日 1 回くらい内服していました。プリンを食 べたり鯛の刺身を食べられたりしていました。トイレへは自分で移動しておられました。3 月 9 日食事が摂れなくなってきたのでオキコンチンをデュロテップパッチに変更しました。3 月 10 日プリンは食べておられましたが自力では立てなくなっていました。3 月 13 日本人から何 もわからないように寝かせてほしいと言われました。娘さんより、薬を飲んでうとうとしてい る感じ。苦しんでいる感じではない。3 月 11 日の夜は大変だったが、落ち着いてきたと言わ れました。私はご家族の対応で落ち着いておられると感じました。3 月 20 日入浴していいで すか。とありましたので入浴してもらいました。3 月 21 日訪問看護師より呼吸停止と連絡が あり 12 時 5 分永眠されました。 11.

(13) 中村由香里. こんにちは、訪問看護ステーション協立の看護師です。今回、A さんの訪問看護を行. いました。 A さんの自宅に初めて伺ったのは、平成 30 年 1 月 9 日でした。私達看護師も、初回訪問時 は、少し緊張します。A さん宅に伺う時も同様でした。訪問すると、A さんと長女さんがおられ ました。自己紹介等の挨拶を行い、体温・脈拍・血圧等の測定や疼痛の有無等の観察をいつも の様に、開始しました。すると、 「訪問看護って、何ですか?」と質問されました。訪問看護っ て、何ですか?という質問は、結構、耳にします。以前に比べると、 「訪問看護」という言葉を 耳にする機会は、増えたのではないかと感じています。けれども、具体的に何をするのかは周 知されていない様です。訪問看護を簡単に説明するならば、利用者の方が在宅での生活を、利 用者様らしく安心かつ安全に送れる様に援助・支援する看護です。具体的な業務内容は、スラ イドをご参照下さい。 A さんは、癌に罹患されていました。癌の治療法は、日進月歩で研究が進んでおりますが、 まだまだ不治の病というイメージが、払拭されておりません。癌イコール死と考える人は、多 いと思います。自宅で癌と向き合い、自然な死の形を受け入れるという事は、当事者も大変で すが介護する側も大変だと思います。スライドの様な不安が出てくるのも、不思議ではありま せん。そんな時にこそ、訪問看護の出番なのです。 A さんのご自宅での闘病生活を振り返りながら、訪問看護の実際を皆様にお伝えしたい と思います。 自宅で癌と向き合う為に、最も重要な事は、いかに痛みを取り除くかです。癌の痛みを取り 除く為には、基本的に麻薬を使用します。麻薬は、疼痛の強さに応じて増量していきます。又、 形状にも種類があり、その人の状態に応じて使用します。A さんの場合は、スライドをご参照 下さい。訪問看護では、利用者の病状や使用状況を観察・確認し、主治医へ報告・相談等を行 い、その人に合った麻薬を使用して貰う援助をします。(疼痛コントロール)訪問当初は、利用 者本人や介護者の方がされるケースが多いのですが、訪問看護師が訪問当初から行うケースが あります。 痛みを取り除くことも大切ですが、苦しいことも取り除かなければなりません。A さん は、呼吸困難の訴えや痰が、喀出出来ない等の訴えは、余りありませんでした。(スライドをご 参照下さい。しかし、痰が沢山出て苦しそうという利用者の方も、中にはいらっしゃいます。 訪問看護では、訪問時、呼吸困難の有無や痰の喀出状況等の観察、酸素飽和度の測定を行いま す。呼吸困難が無くても、痰の量や性状・酸素飽和度の値が異常である場合、主治医へ報告し 今後の対応を検討します。又、痰の喀出がうまくいかなくて、呼吸困難に陥っている場合には、 吸引器という機械を使用し取り除く事も可能です。吸引器の使用が継続して必要となる場合は、 利用者本人や介護者に使用方法や手技を指導する事も可能です。 自宅で穏やかに過ごして貰う為に、食事の制限は行いません。好きな物を好きなだけ、好 きな時間に食べて頂く様に、説明します。A さんは、甘い物が大好きでスイーツ男子だね と、周囲に言われる程食べられていました。口内炎が出来ても、食べられる物を食べられて いました。(詳しくは、スライドをご参照下さい)訪問看護では、食べる事についても援助し ます。どの様にしたら食べられるかを、介護者と一緒に考えたり、主治医へ状態を報告・相 12.

(14) 談を行い、対応を検討します。相談の中で、点滴を行ってみようかという話になる事もある かと思います。在宅でも点滴療法を行う事は、可能です。訪問看護師が実施します。 自宅での生活を送る上で、一番困る事は排泄の事です。困る事が2つあります。排泄の仕 方(させ方)と便秘で、頭を悩ませます。A さんの場合は、亡くなる 5 日前までトイレを使用さ れていました。しかし、足元はフラフラで、いつ転倒してもおかしくない状況でした。介護者 である長女さんとしては、とても不安だったと思います。しかし、下の事なので羞恥心も強く、 長女さんに負担を掛けたくないと、気丈に振る舞った結果だったのではないでしょうか。 訪問看護では、排泄の仕方について、本人の意思を尊重しながら病状に応じたスタイルを提案 させて頂きます。例えば、トイレ歩行が難しいと思われるならば、ポータブルトイレの使用を 提案したり、紙オムツの使用を提案したりします。紙オムツの使用方法及び処理方法等が解ら ない介護者の方々には、手技の指導も行います。又、介護者の負担軽減を図る目的で、ヘルパ ーさんの導入を勧めたりします。A さんは、亡くなる 5 日前から紙オムツを使用する事となり ました。長女さんに、紙オムツの使用方法等の手技を指導すると同時に、ヘルパーさんの導入 を行いました。 便秘の事ですが、A さんの場合、排便が滞ると痛みが増強してしまうので、あらかじめ慢性 便秘症治療薬の処方を受けられていました。そのお蔭で、便秘に悩まされる事はありませんで した。その様な薬剤を処方されていない方々は、しばしば便秘の訴えをされます。もし、便秘 になってしまったら、主治医へ報告・相談し、薬剤の処方や調節を行って貰ったり、今後の対 応について検討して頂く様にしています。 意識がもうろうとしている状態で、奇妙で脅迫的な考えや幻覚・錯覚がみられる状態がせ ん妄です。せん妄は、全身の衰弱が強くなっている方に多く見られます。A さんも経験してい ます。夜間の言動や行動を全く覚えていなかったり、誰かに命令されて御飯を炊いたり、夜間 お風呂に入ると繰り返し話されたり、日頃は言わない様な冗談を言ったりしています。せん妄 状態の時、長女さんは驚きの連続であった事でしょう。しかし、介護者として上手に対応され ていたと思います。せん妄状態の方の介護を行うには、エネルギーを使います。エネルギーを 使えば、疲労をします。介護疲労は、介護を受ける側にも介護を行う側にも、悪い影響を与え ます。訪問看護は、介護の辛さや大変さの話を聞きます。辛さや大変さを周りに伝えることで、 疲労感は軽減される事もあります。又、介護者の疲労がピークに達してしまった時には、主治 医へ状況の報告・相談を行い、今後の対応を検討する事もあります。 訪問看護では、その人の病状に合わせて、体を綺麗にする援助も行います。A さんの場合 も行いました。A さんに入浴介助を行った際の事です。湯船に入って貰ったら、ニューヨーク に来たと叫ばれました。気持ちが良かったのでしょう。とても印象深い出来事でした。又、全 身の衰弱が強くなってきた際に、訪問入浴の利用を勧める事ができ、亡くなる前日に入浴する 事が出来ました。体を綺麗にする事は、垢を除去して感染を予防する等の目的もありますが、 爽快感やリラクゼーションを与える効果もあります。つまり、心地良い時間を提供する事が出 来ます。在宅での生活を穏やかに過ごして貰う為には、必要な援助であると思われます。 最期の時を過ごしていると、大きな不安に襲われます。癌に罹患している人は、大きな不 安に加え辛さも出現します。A さんの場合、不安や辛さについて、医療センターがかかりつけ 13.

(15) 医の頃、医療センターの主治医に相談をされています。相談の内容を聞き、精神科の受診をさ れています。結果、抗不安薬と抗鬱剤の処方がありました。抗不安剤を服用されていたせいか、 精神的に大きく取り乱す姿は看護師には見せませんでした。辛さに対しては、亡くなる半月前 より、早く楽にして欲しい、眠りたい等の発言を繰り返される様になりました。その都度、介 護者や訪問看護師が本人の思いの丈を、じっくり聞く様にしたり、アロマセラピストのアロマ マッサージを受けて、癒しの時間を過ごして貰ったりしていました。 *当訪問看護ステーションには、アロマセラピストが在籍しています。 在宅での生活を穏やかに送るには、生活スタイルの変化を余儀なくされる事もあります。A さんは、お孫さんの野球観戦が唯一の楽しみでした。球場へは、車を運転して行かれて いたそうです。しかし、病状の進行に伴い、車の運転を主治医から、止められてしまいました。 A さんにとって、とても残念な事だったと思います。訪問時、 「日中、何をすれば良いか・・・ 分からない」と絶望的な話をされる事もあれば、体力をつけて散歩に行かなければと、前向き な話をされる事もありました。いかなる場面においても看護師は、A さんの話に耳を傾け、寄 り添って過ごしました。A さんの本当にやりたかった事は、家族と共に穏やかに生活する事だ ったのかも知れません。当訪問看護事業所では、利用者様の最期にやりたい事を、実現可能な 限りお手伝いしています。 介護者の生活スタイルも、変化していきます。A さんは、長女さんの御家族が主体とな って、介護されていました。長女さんは、仕事も子育てもされていました。A さんの病状に合 わせて、仕事が出来る職場環境であった事や、ご主人・子供さんの協力と実妹さん(福岡在住) の介護支援があり、上手く介護が出来ていたと感じます。しかし、病状と共に介護負担は、増 大するものです。亡くなる 3 日前に、ヘルパーさんの導入を行いました。訪問看護では、利用 者様に対する支援・援助もさることながら、介護者の介護負担が軽減出来る様に、介護サービ スの活用を勧めたり、介護指導や介護相談に乗ったりします。介護サービスの活用にあたって は、ケアマネジャーさんと連絡を密にとる事も、重要です。 A さんの余命は、一か月半と伺っていたのですが、二か月半の闘病生活を送られました。 A さんが満ち足りた時間を、家族と共に過ごす事が出来た結果だと思います。 A さんは、在宅看取りに消極的でした。なぜなら、長女さんのご家族に迷惑をかける事だ と思っていたからです。長女さんは、悔いの無い様に介護をしたいという気持ちがありました が、何処で看取るか?迷う気持ちがありました。在宅での看取りの形は、様々です。予想のつ かない出来事が起こる事もありますし、戸惑う事も当たり前です。 今回の様に、訪問開始後に在宅看取りを希望されるケースもあります。病状や気持ちの変化 によっては、入院されて最期を迎える方もいます。 森健一郎. 訪問看護の状況を詳しく説明していただきありがとうございます。次はケアマネジャー. の松田さんにお願いします。 松田由美. こんにちは。グリンコープケアプランセンターのケアマネジャーの松田と申します。本. 日、A さまの担当をしておりました中村は体調不良のため欠席となっておりますので、私のほ うが中村の代わりを務めさせていただきます。よろしくお願いします。 初めに、私たちケアマネジャーのしごとについて簡単に説明したいと思います。わたしたち 14.

(16) の仕事は、介護の認定を受けられた方が自宅での生活を安心して送ることができるように、病 院や介護保険で使えるサービス事業所との調整や連絡、ご本人や家族の意向に沿って、介護の 計画を立てる仕事です。もちろん、介護認定申請の相談やお手伝いもします。 平成 29 年 12 月 26 日、医療センターソーシャルワーカーより相談がありました。A さまの 奥さまの担当を以前中村がしていたため、A さまの担当もお願いしたいと、家族からの意向で した。 奥さまが若くして病気になられ、A さまは仕事をしながら献身的に奥様の看病もされてこら れたそうです。残念ながら、3 年前に病院でお亡くなりになっておられます。長女さまはその ことを後悔されていました。今回の入院は、12 月 22 日からで、主治医より長女さまと次女さ まへ、A さまにはもう出来る治療はない。今後、緩和ケアになると話されました。 長女さまは、出来るところまで自宅で看たいとの思いが強く、ご本人さまも自宅で過ごした いとの意向があります。できるだけご本人やご家族さまに寄り添って、支援していきたいと思 ったと中村から聞いております。退院後、往診をしていただき、看取りまで出来る病院、訪問 看護、福祉用具、訪問介護ヘルパーのサービス事業所の調整を行いました。 平成 29 年 12 月 27 日介護保険の申請。退院に合わせ、自費でのベッドの調整を行いました。 12 月30日退院。正月はご自宅で家族とゆっくり過ごすことができました。平成 30 年 1 月 9 日より訪問看護開始。訪問看護ステーション協立。1 月 17 日介護保険の認定結果は支援1。1 月 18 日シャワーチェアーを介護保険を利用して購入。2 月 21 日区分変更申請。体の状態が悪 くなったときは、いつでも申請をし直すことができます。3 月 20 日娘さんが仕事に行けるよ うに、朝の忙しい時のおむつ交換のため、訪問介護開始。尿がでなくなり、意識もだんだんわ からなくなっていく中、お風呂に入りたいとの希望があり、訪問入浴を予定し担当者会議を行 っているとき、訪問診療に川上先生が来られ、訪問入浴の指示をいただき、臨機応変な対応で そのまま入浴することができました。ご本人の満足気なお顔が忘れられないと、中村が申して おりました。その次の日、3 月 21 日 11 時 40 分永眠されました。 このような貴重な体験をさせていただき感謝しております。私たちの財産となりました。今 後の仕事に生かしていきたいと思います。ありがとうございました。 森健一郎. どうもありがとうございます。次はグリーンコープふくしサービスセンターおおきな木. の福満さんにお願いします。 福満朝子. 今回、訪問介護で A さまに訪問させていただいた状況を説明させていただきたいと思. います。以前、奥様の支援で訪問させていただいた事もあり、今回、A さまの支援につながっ たと思います。 ケアマネジャーより、A さまを家で最後まで看取りたいという娘さんからの依頼がありおお きな木にケアをお願いしたいというものでありました。娘さんが仕事しながら介護しておられ、 朝のおむつ交換で娘さんの出来ない部分をヘルパーにお願いしたいという内容でした。ヘルパ ー訪問開始にあたり、3 月 16 日に自宅で会議があり出席させていただき、A さまの部屋で行わ れたため、ベッドをギャッジアップして座っておられた A さまともお会いする事ができ目を閉 じておられましたが自宅にいる安心感を感じておられるようでした。ヘルパーは、朝のおむつ 交換と安楽な姿勢への体位変換という計画で訪問となりました。何か異変があれば、まず娘さ 15.

(17) んに連絡する。その後訪問看護師より医師へ連絡します。等といろいろ取り決めができていま した。A さまの様子がおかしいと感じても救急車は呼ばない。娘さんに連絡する。もし娘さん に連絡が取れない場合も連絡先を決めてあり、私たちヘルパーは安心して訪問することができ ました。 また、痛みが強い時の服薬が準備されていましたが、服薬と清拭は訪問看護とご家族の対応 と役割も分担されていました。結局ヘルパーの訪問は 2 回でしたが、A さまの看取りという大 切な時間にかかわらせていただきました。今回訪問させていただいた中では、幼いお孫さんが A さまの部屋で元気に遊んでおられる姿を見られながら A さまが穏やかな表情でお過ごしでし た。在宅介護ならではの光景だと感じました。 また、娘さんが A さまをお風呂に入れてあげたいという気持ちを聞いていましたが、入浴車 利用でご本人とご家族が希望されていた入浴もできたとお聞きしました。入浴車の迅速な対応 もあったと聞いています。A さまもご満足されたのではないかと思います。 在宅での看取り介護には、家族の理解や協力が不可欠であることと、多職種連携と迅速な対 応が必要と感じました。 本日は、看取りという貴重な経験を発表させていただきありがとうございます。 森健一郎. 訪問介護の立場から発表していただきました。次は水俣市社会福祉協議会で訪問入浴を. されています竹本さまにお願いします。 竹本優子. 皆様、こんにちは。水俣市社会福祉協議会、訪問入浴介護事業の介護士竹本優子です。. どうぞよろしくお願いします。 まず初めに、訪問入浴事業を紹介させていただきます。熊本県下で最も早い昭和 58 年 4 月 に市委託事業所として始まり今年で 35 年目になります。 現在は、訪問入浴介護事業と平成 14 年から市の委託を受け障害者、移動入浴事業の2つを 行っています。水俣・津奈木が対象地域になります。 最近は、利用者が激減し介護保険利用者の方が 16 名、障害者が 1 名です。日曜と年末 31 日 から年始 1 月 3 日まで休日で他は毎日営業しています。 A さまとの関わりはケアマネジャーからターミナルの方で自宅に帰られるので入浴をお願 いしたいと依頼がありました。通常はドクターの入浴可否意見書をいただき事前に自宅を訪問 し、本人の状態を観察、入浴車停車位置、浴槽の置き場所など調査します。その後改めて訪問 し入浴となります。 A さまの場合は、私たちにとって初めてのケースで 1 回だけの入浴でした。事前調査に伺う と、次が入浴予定日になっていましたが、明日入浴できるかなと思えるような状態でした。 そこで、医師が往診に来られました。関係者で話をしているうちに娘さんが「体調が悪化して も気持ちが良ければ 1 回でも入浴させたい。」と言われました。そこで、看護師が医師に可否 をいただければ「今からでも入浴できます。」と医師に伝えると A さまに声掛けされ入浴する ことになりました。入浴後は「気持ち良かったですか。」と問われるとうなずかれました。医 師が最後までいてくださったので安心して行うことができました。 訪問入浴の良いところは、家族の見守る中入浴ができる事。家族の負担なく安心、安全、安 楽で入浴できること。ある程度制限はありますが一人ひとりの希望にそって温度や時間を調整 16.

(18) できることです。1 回ごと物品、浴槽を消毒しますので感染の心配なく安心して入浴ができる ことなどです。 訪問入浴の不安なところとして、最近、新規依頼される方はターミナルの方がほとんどで 1・2回入浴されて亡くなるケースが多くなっています。 いつも私たちは行うか・中止するかを悩みとても難しいです。今回のように医師がそばにいて くださればわたしたちもご家族も安心して入浴を行うことができると思います。 今後、在宅医療に取り組んでみたいという方へのアドバイスとしては、限界までご家族で頑 張られ腰など痛めて依頼される方もありますが、一度利用されると皆さん早く頼めば良かった と言われたりします。また、最初入浴を拒否されていた方も 2 回目からは喜んで待っておられ 週 1 回の方も 2 回にしてくださいと言われたりします。入浴専門スタッフが 3 名 1 チームで 伺います。安心してご利用ください。よろしくお願いします。以上です。 森健一郎. ありがとうございました。最後はご家族の方です。それでは発表をお願いします。. 坂口文代. 坂口と申します。昨年 3 月に同居しておりました父を自宅で看取りました。. 大腸がんが肝臓に転移した状態で見つかり、約 12 年、何度もつらい治療を乗り越えよく頑張 ったと思います。 一昨年 11 月頃から激しい痛み、食欲不振、がん末期特有の痩せ方が見られ、12 月に総合医 療センターに入院し主治医から「あと、2ヶ月半ぐらいではないか。」とお話がありました。こ の時、父は「春が来たら、また、元気になる」と口にしていましたので、予後の事を父に告げ るとができないまま、12月30日に自宅に連れて帰りました。 私が、自宅で看取りたいと思った理由の一つに、自らもがんと闘いながら同じくがんであっ た母を看病した父を今度は、私が大好きな自宅で穏やかに送ってあげたいと思ったこと。 もう一つは、 「最後は苦痛を取り除いて、楽に、枯れるように自然に逝きたい」と父がよく話し ていたことがあります。 主人は出張が多いので、私が病院に泊まり込み反抗期ど真ん中の息子を家に一人で置きたく ない、自宅だと家族のことも父のことも面倒みることができると思ったことも理由の一つです。 医療センターのソーシャルワーカーの福田さん、ケアマネジャーの中村さんが早速手配してく ださり、年明けて協立の訪問看護師さんも週3回、先生も往診に来てくさるようになりました。 激しい痛みも薬が効き、ステロイドで食欲もでて年末とは見違えるように衰弱が改善されまし たが、かなり鬱状態がひどく薬がないと大変な状況でした。それでも、1月はしっかり自分の ことは出来て、ステーキにお刺身、サザエに芦北のエビ、焼き肉も美味しそうに食べ、まさに、 グルメ生活で好きな焼酎もたしなみ、これは、在宅のいいところだと思います。私もいつも通 り、週3回仕事に行くことができました。 2月にはいっても状態は比較的安定しトイレも自力でできグルメ生活は相変わらずでした が、せん妄がかなりひどく、昼夜逆転の日が続き同じ部屋で寝ている私も眠れないことが多く なりました。 身の置きどころのないだるさが続き、父の表情は険しく、私に対していつもいらだち怒って いるようでした。その一方で「迷惑をかけてごめんね」と涙を流したり、 「もう少し、皓哉が野 球をする姿を見たかったな」と私の息子のことを話したり、死期を悟り始めたようでした。 17.

(19) 「父は本当に最後まで自宅で過ごすことを望んでいるだろうか。」と悩んだのもこの頃で、 看護師さんによく相談しました。 協立の看護師さんは、アロママッサージでリラックスさせてくださったり、精神面を細かく ケアしてくださったり、足湯をして温めてくださるなど、医療だけではない心配りをしてくだ さり、夜遅くても何度も訪問してくださいました。 看護師さんの存在がなかったら、父を自宅で看ることはできなかったと思います。 3月に入り、酸素や呼吸など安定しない日が増え、全ての事が自力で厳しくなってきました。 父にとっておむつをすることは、最大の苦痛で上手に交換できない私たちにもいら立ち、だる さも増し、「もう死なせてくれ。」と鎮静を望むことが多くなり胸をえぐられる思いでした。 だんだんと眠ることが増えていきましたが、なんと、亡くなる前日にお部屋で入浴させていた だきました。 眠ったままの状態で、あたたかいお風呂につかり丁寧に洗ってもらうと、顔色がみるみるピ ンク色になって、もしかしたら、亡くなるのが数日早まったかもしれませんが後悔はありませ ん。父の状態を考慮し、急遽、準備をしてくださった訪問入浴の方には感謝しています。 点滴もしなかたので、最後はむくみもなく、ふっと私がベッドをのぞき込んだ時、父らしく、 静かに息を引き取りました。 亡くなる数日前に、私を強い力で抱き寄せ小さな声で「ありがとう」と言ってくれたことも 忘れられません。 我が家の場合、介護の手は多くありませんでしたが福岡に住む妹が頻繁に帰省し手伝ってく れたのは助かりました。父も嬉しかったと思います。 大学生の娘も中学生の息子もよく父の部屋で過ごし、家族の声があり、笑いもあり、小言も あり、少し騒がしいぐらいの日常の中で、孤独にならずに最後まで過ごせたと思います。 それと、私は水俣の日の出建材に勤務しておりますが、長い間、両親の看病ができ父を自宅で 看取ることができたのは、子育てにも介護にも、いつも心を配り助けてくださった社長ご夫妻 のご理解があったからです。 仕事もしている年代で、介護となると職場の理解なしでは不可能ですし、それで、仕事を失 い、社会からも孤立してしまうことがあれば、なかなか、踏み切れないのではないでしょうか。 この点が、私は恵まれていました。 実は、父が亡くなった後、思い浮かぶのは、険しくつらい表情をした父の顔ばかりで、在宅 で看取ったことが良かったと思えませんでした。ですが、最近「行っておいで」と優しい声で 見送ってくれた父の表情ばかりを思い出すようになりました。 一緒に泣いてくれた家族や、いつも助けてくれた伯母達、話を聞いてくれた友人のおかげで 気持ちが落ち着き、父と最後まで自宅で過ごし見送ることができて良かったのだと思えるよう になりました。 これまで支えてくださった方々に心から感謝を申し上げますと共に、今回このような機会を いただいて気持ちの整理がついたと思います。本当にありがとうございました。 森健一郎. ご家族の心境を発表していただきありがとうございます。また、発表者の皆様、想いの. こもったすばらしい発表ありがとうございます。ここで会場の皆様から質問を受けたいと思い 18.

(20) ます。 ないようでしたら、討論者の皆様からありませんでしょうか。 松田由美. 介護保険の区分変更についてお尋ねします。がん末期の患者さんは急激に様態が変化し. て区分変更が間に合わない時があります。そんな時どうしたらよいでしょうか。 森健一郎. 区分変更について会場の皆様から意見等はありませんか。. 会場から. ケアマネジャーをしています佐生と申します。私の経験では、医師の意見書に今後の状. 況等が書き添えてあれば行政の対応も早いのではないかと思います。ただ、私の受け持ったケ ースでは「ベッドは必要ない」と記載してあったため急激な変化に区分変更が追い付かなかっ たケースもありました。 深水良(基調講演者) 基本的には介護保険認定審査会にかけられ一定の基準を満たすことが条件 となります。急激な変化への予測は非常にむずかしい問題です。われわれ医師も症状の予測に は非常に苦慮しています。 森健一郎. 他にありませんか。ないようでしたら本日ここに水俣保健所の小宮所長がおいでいただ. いております。感想などをお聞かせください。 小宮智(水俣保健所長) 水俣保健所の小宮と申します。現在、保健所では芦北地域医療構想調整 会議を行っています。地方の高齢化がさらに進んでいく中で在宅医療の重要性は今後ますます 高くなっています。そして、住民に対する在宅医療の普及も必要になってきます。本日、ここ に看取りでの経験を語る地域住民のつどいを開催されました。このような基調講演会や討論会 をとおして住民の理解は深まっていくものと感じました。今後もこのような会を継続していた だくことを希望します。 森健一郎. ただ今、小宮水俣保健所長の感想は本日のこの会をまとめていただいたように思いま. す。所長まとめていただきどうもありがとうございます。この事業は今回が 5 回目です。次は 津奈木町を予定しています。当在宅支援センターはこのような会を今後も続けて行きますので 皆さんのご参加をよろしくお願いします。 以上をもちまして、看取りでの経験を語る地域住民のつどいを終了します。皆様ありがとう ございました。. 19.

(21) 看取りの経験を語る地域住民のつどいアンケート結果のまとめ このことについて、アンケート結果は下記のとおりでしたので報告します。 記 アンケート回収率78.8%(99人中78人). 1 性別 男性. 12 人. 女性. 62 人. 空欄. 4人. 計. 78 人. 空欄 5%. 男 15%. 女 80%. 2 年齢は 20代 30代 40代 50代 60代 70代 80代 計. 3人 2人 10 人 32 人 10 人 17 人 4人 78 人. 80代 5%. 20代 4% 30代 2%. 70代 22%. 40代 13%. 60代 13%. 50代 41%. 3 参加者の住所は 芦北町. 41 人. 津奈木町 水俣市 その他 計. 8人 26 人 3人 78 人. その他 4% 水俣市 33%. 津奈木町 10%. 芦北町 53%.

(22) 4 なんで知ったか ポスター. 5人. チラシ 看板. 18 人 0人. 医師会案内 その他. 39 人 19 人. 空欄 計. 2人 83 人. 空欄 2% その他 23%. チラシ 22%. 看板 0%. 医師会案 内 47%. 5 介護している対象者は いる いない 計. ポスター 6%. いる 21%. 16 人 62 人 78 人 いない 79%. 6 自分の要介護が不安ですか 不安に思う. 59 人. 不安に思わない. 16 人. 空欄 計. 3人 78 人. 空欄 4% 不安に 思わな い 20% 不安に 思う 76%.

(23) 7 最期を迎えるのに希望する場所は 自宅 病院. 44 人 13 人. 介護保険施設等 ホスピス. 15 人 3人. その他 空欄. 6人 5人. 計. 86 人. その他 7%. 空欄 6%. ホスピ ス 4%. 自宅 51%. 介護保 険施設 等 17% 病院 15%. 8 誰に介護してもらいたいですか 夫、妻 子供 兄弟 友人 介護専門職 その他 空欄 計. 16 人 26 人 2人 0人 35 人 7人 8人 94 人. 空欄 9%. その他 7%. 介護専 門職 37%. 夫、妻 17%. 子供 28% 兄弟 2%. 9 介護費用については 十分 心配 わからない 空欄 計. 7人 30 人 40 人 1人 78 人. 空欄 1%. わから ない 51%. 十分 9%. 心配 39%.

(24) 10 リビングウィルについては 書いている 書いていない. 3人 70 人. 知らない 計. 5人 78 人. 知らな い 6%. 書いて いる 4%. 書いて いない 90%. 11 一番心配なことは以下のとおりです。 1人暮らしになった時の安心して暮らせる場所自宅かそれに近い場所がほしい。あれば安心して老 いられる。 1人でいつまで生活できるか、他の人(家族含む)の手を借りらずの生活。 いつ病気が発症するのか、常日頃健康には留意していても、明日のことはわからない。自然災害 等もあるし。 今、現在考えていないが、(心配していない)そろそろ考える年齢と思っている。 今のところ特に心配していない。子供に見てもらいたいと思うが子供には子供の生活があるので、 健康で過ごせるよう、今から気を付けていきたい。 今は夫、義妹の世話をしているが自分が要介護になった場合、どうなるか、不安。(老老介護)子供 一人に負担がかかるのでは? 今は子育てを終え、子供に仕送りするために働くことが優先になっており、両親もまだ手のかかる 状態ではないので実感があまりわかないが、いずれこういう形で在宅で最期を迎えられたら息子家 族に看取られたら幸せだろうなと感じました。 遠方にいる子供たちには迷惑をかけないで「おひとり様」の状態でも自宅で最期を迎えることが可 能か。そのためには何を準備整えておかなければいけないのか。 お金、介護者、親が家で死にたいといったらどうしよう。 夫の介護(93歳) 夫の介護が必要になった時自分にできるか。自分の介護は誰がしてくれるのか。(家族は十分な介 護をしてくれるか)入所できる施設はあるか。入所施設が快適に過ごせるか。 お任せです。.

(25) 親を看ている最中で先の事はあまりまだ考えていない段階です。 介護サービスを担う人材不足。 介護施設のあるところでの費用が心配。看取りの苦労等々を家族の方からじかに聞き実感がわき ました。(リアルであった) 介護してくれる人 介護してくれる人が身近にいるかが心配である。今度集いに参加して勉強になりました。ありがとう ございました。 介護者がいるかが心配です。 家族との関係を考えることが悩みとしてあります。 家族には迷惑をかけないようにとは思うけど子供が遠方、夫が他界などで1人になってしまったとき に色々と不安になると思う。核家族が当たり前に世の中、1人暮らしの人が安心して老いることが できる社会づくりを行っていきたい。 癌の時でも病気によっては痛みや息苦しさが怖いと人は思っている人が多い気がします。自分もそ うですが、ターミナル期は病の痛みの管理が必要ですね。深水Dr.の講演最高。川上先生の痛み のコントロールの話を聞いて不安が激減しました。在宅医療って素晴らしいですね。 子供たちに迷惑をかけたくないという思いもある。今はまだよくわからない。 子供たちも遠くにいるので1人で生活できなくなったときどうしたらいいかわからない。 今後は在宅医療が主流になっていくと思うので安心して家で過ごせるように法制度を考えてほしい と思う。 サービス事業所が足らない。 最期の時に痛みが出ないような治療が自宅でできたら自宅で最期を迎えるのもよいと思いました。 在宅を望んでいるがDr.より看護、介護の質を求める。現在のケアマネには不安。 自宅介護ができるかどうかは、社会資源、人的サポート、熱意など多くの事を充分考えて実行すべ きと思いました。 自宅で過ごす場合、訪問関係のネットワークが充実していないと思う。 自分は親をみていますが、自分が親の年齢になったらどこで誰と1日を過ごしているのだろうか、ま だ想像できません。 第2部で家族の本当の気持ちを聞けて良かったと思います。.

(26) 地域在宅での看取り体制が充足しているか?おひとり様でも在宅死、(納得できる尊厳死のある終 わり方)を迎えるにはと考える。 地域で見守るサービスがほしい。特に山間部、デイケアやデイサービス、介護サービス、宅配弁 当、山間部はなかなかサービスが入ってもらえない。 認知症 認知症 認知症になったら子供に迷惑をかける。歩行が不可になったらどうしよう。医療費は大丈夫か? 認知症になることが一番心配。迷惑をかけるから、その他は病院に任せたい。講演、発表を聞いた 後はいいなと思いました。できるものならそれが一番ですね。今日の発表の方々の場合、幸せな最 期だったと家族の方々に敬意を表したいです。 寝たきり状態になること(長く続く) 残された家族 1人で自活できなくなった時、誰にSOSを出して手助けしてもらい、安心して生きていけるように 今、出来てはいるが、自分に降りかかってくるとやっぱり不安になります。兄弟や子供にいろんな面 で迷惑をかけたくない。 病気の種類によって最期が変わってくるのが不安。ぴんぴんころりがよいとは思うが思う通りには いかないと思う。2部の討論会は実際の看取りの体験が聞け、とても参考になりました。 深水先生にいつもお世話になっています。 マンパワー、施設不足。 娘さんの発表を聞いてとても共感できました。 もし、介護状態になった場合、専門職に任せたいと思っているが、現状では、芦北町の施設が限ら れている。 やりたい事が出来なくなる時 要介護になった時の家族への負担。 ロコモにならないか心配。認知症にならないか心配。家族が在宅で看取ってくれるかもわからな い。今後、話しあう必要があると思います。.

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参照

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