2.産業共同研究センターによせて 2010-June No.9 3 滋賀大学 学長 佐和 隆光 産官学という言い回しがある。産は産業すなわち企業群の総称、官は中央政府および自治体政府、学は大学を、 それぞれ意味する。産官学が協調して様々な課題解決に当たることが、昨今、文部科学省により推奨されている。そ の昔、産学連携はやってはならないことだとされていた。つまり、大学は「知の殿堂」であり、金銭的利益を追求する 産業界とは一線を画すべきである、との通念があまねくゆき渡っていた。学生運動が盛んだった 1970 年代前半まで は、産学協同はタブー視されていた。表立って産学協同などしようものなら、学生からの厳しい(時には暴力的な)非 難を甘受しなければならなかった。 国立大学の法人化が間近に迫った今世紀の初めごろから、状況は一変したかのようだ。学生運動は鎮静化し、学 生や教員の意識が大きく変わった。大学が「知の殿堂」であるといったことは、今や、一片の戯言として退けられる時 代となった。産と官からの経済的な支援なくしては、学の存立が危ぶまれるようにさえなった。産と官からの外部資金 の獲得総額の多寡によって、大学の評価が下されるようになり、「選択と集中」の原則にのっとり、官が恣意的に選 択する(と私には思える)少数の大学に、年間数億円規模の大型研究費が 3~5 年間にわたり集中的かつ継続的に 配分されるようになった。 提案された研究プロジェクトが予想通りの成果を生み出すか否かは、大いなる不確実性にさらされており、「目利 き」を自認する偉い先生方が厳正に審査しようとも、当てが外れることがあっておかしくない。というよりも、予想通り の成果の挙がる研究プロジェクトは十に一つの割にも満たないだろう。 総合科学技術会議のメンバーに経済界の人が数名いるのも、おかしな話だと私は思う。官の科学技術政策の方向 性を定めたり、研究開発費の配分を決めたりする場に、日本経団連を代表する人が参加するという事実は、大学で の研究開発は産業に奉仕するものでなければならない、との国家的意思を雄弁に物語っている。人文社会系の研 究はもとより、純粋数学や理論物理学の研究は、当然、排除の対象とならざるを得なくなる。 幸いなことに、民間企業が創設する学術振興財団の多くが、人文社会科学分野の研究者にも研究費を支給する傾 きが、近年、とみに強まりつつある。1990 年ごろまでは、人文社会科学分野の研究を助成する財団に対し、公益増 進法人の認可を官が授けること有り得なかった。人文社会系の学術研究への支援を企業の社会貢献の一つと心得 る企業が増えつつあるのは、実に好ましいことだ。 かつて倉敷紡績を中心とする大原財閥を築きあげた大原孫三郎(1880~1943)は、昭和 12 年、人民戦線事件で東 京大学を追われた大内兵衛、有澤広巳、美濃部亮吉らを、大正 8 年に開設した大原社会問題研究所に抱え、社会 統計学の古典を翻訳することの対価として、食い扶持を与え続けた。経済学となると即マルクス。お上に睨まれるこ と請け合いだったから、社会統計学というシェルターにマルクス経済学者たちをかくまったのだ。戦後、上記の先生 方は東大経済学部に復職するのだが、大原孫三郎という企業家が、戦中、治安維持法違反容疑で官に検挙された マルクス経済学者たちに食い扶持を与え続けたというのは、企業と大学ないし学術との関係の在り方の模範の一つ ではないだろうか。
2-1.産業共同研究センターによせて
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